二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.1 )
- 日時: 2013/01/26 17:20
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ
〜プロローグ〜
深更の夜空が俄かに緋く染まる。直後、無数の断末魔の叫び声が大地を轟かせる。巨龍に姿を変えた悪魔の王が星の消え失せた大空をゆっくりと羽ばたきながら旋回している。巨龍の円の真下には、数棟の尖塔が悪魔を突き刺さんとばかりに聳え立っている。
巨龍は尖塔の群れの周囲に微塵の隙間もなく張り巡らされた結界が弱まる瞬間を虎視眈々と窺っていた。結界の外は数日のうちに地の果てまで焼き払われた。山は崩され、湖は透き通った水の代わりに人間と魔物の血が溜まっていた。結界の張られた尖塔の群を遠巻きに取り囲むように無数の小高い丘があった。だがその丘は大地の精霊を生み出す土ではなかった。どの丘もところどころに赤や茶色の水たまりのようなものができている。丘の正体はうず高く積み上げられた僧兵達の骸であった。
世界の信仰の聖地ガトは今、崩落の瞬間を迎えようとしていた——。
「私があの人のもとに参りましょう。そうれすれば——」大地が吹き飛ばされる轟音の隙間を巧みにすり抜け、しゃがれた老婆の声が彼女の前を固める瑠璃色の防具を身に付けた僧兵の大きな耳に伝播する。
「だめよ!あなただってわかってるでしょう?あいつはあなたを奪うだけでは満足しない。あいつの目的はこの世界のあらゆる信仰を消滅させること。そうしなくては、あなたを束縛から解放できないと思い込んでる。こんなときに!騎士団が帰ってこない。どうしたっていうのよ!」
先ほどの声とは好対照な、突き刺すような響きが、間髪いれず老婆のもとに返ってきた。ガトの寺院のテラス仁いる二人の遥か下では、寺院に張りめぐらされた結界を破ろうと、小さな尖塔と肩を並べんばかりの巨木の姿をした魔物たちが突進を繰り返すかたわらで、妖しげなオーラを放つマントに身を包む魔導師たちが無数の巨大な火の玉をつくり出しては、引っ切り無しに投擲をしている。
悪魔の王アーウィンが引き連れてきた夥しい魔獣どもの軍勢は、一騎当千と誉れ高いガトの聖騎士単騎の能力を鑑みても、聖騎士団全軍の戦力をはるかに超えている——斥候の兵士らの情報から騎士団団長が出した結論だった。それでも、ガトの信仰に対しことさらに敬虔な聖騎士団は、神の御加護による勝利を露ほども疑うことなく、寺院に迫る眷属の群れを前線で壊滅させようと息巻いて飛び立っていったのである。
だが、聖騎士団が未だに帰還せず、代わりに魔王の軍が大挙をなして押し寄せてきている。この事実の意味するところはただ一つ、そのひとつ以外に疑いようがなかった。
総本山への侵攻を食い止めようと、寺院のほぼ全ての僧兵が出撃したが、ガトの創成期から総本山の近衛を任されてきた精鋭の聖騎士団を打ち砕いた魔王の軍に手も足もだせず、急遽僧兵たちを退却させ、寺院全体を結界で覆い、籠城を決めこんだのである。だが、辛くも寺院に帰還した僧兵たちもほとんどが満身創痍、上空の巨龍には気づかれていないが、僧兵たちの張る結界は既に所々に小さな穴があき始めていた。
——だめだ、もう、結界が持たない。
老女を守る僧兵が思わず唇を噛み締め、天を仰いだ。祈りを遮らんとばかりの漆黒の曇天は、さらに重たさを増し、下界との距離をつめている。双眸の目尻から悔恨の塊りが小さく煌く。
「なぜ、何故我々がこのような報いを受けなくてはならないのですか!我々の信仰に、一片の曇りがあったのでしょうか…。マナの女神よ、どうか、お答えください!そしてふたたび我々をお導きください!」
その瞬間、僧兵の後ろで何かが動いた。
「アーウィン!…私は、ここにいます!もう無益な殺生はおやめなさい!」
老女が到底上空の巨龍に届くとは思えないかすれるた声で天に向かって叫ぶと、突如老女と巨龍を隔てている青みがかった半透明の結界の層に波紋のようなゆらぎ広がり、直後に大きな穴がぽっかりと口を開けていた。
神がガトを滅ぼそうとしている、そう思い込んだ僧兵が声を失い、呆然と空を仰いだのも束の間、弾けるように僧兵が後ろを振り返ると、赤茶色のベールに覆われた銀髪が数分の歪みのない半円を描いて広がっている。双眸は周囲の惨状を忘れたかのように静かに閉じられ、穏やかな笑すらうかべている。
ガトの信仰を統べる聖女、マチルダの思いもよらぬ暴挙に、瞬く間に僧兵の顔か蒼白になる。
「マチルダ何を!」
僧兵が駆け出すのと、巨龍が垂直降下を始めたのは同時だった。巨龍が左の眼球をぐるりとまわし、蒼い防具を身に付けた僧兵を認めると、すかさず僧兵と聖女の間のわずかな隙間に閃光を墜とし、彼女を牽制した。閃光に反応し、僧兵が真横に飛びのき地面に倒れ込んでいく。涙をいっぱいに湛えた大きな瞳は片時も老女から離れることはなかった。老女の名を絶叫する声が、大気を切り裂いた。
上空で何かが煌めいた。奈落の雷か——。
左の頬から否応なしに石畳の冷たさが伝わってくる中、助かるはずも無いにもかかわらず、一撃に備えるように体をちぢ込ませ、大きな耳を閉じた。だが、すぐには雷鳴が聞こえなかった。
尼僧が再び目を開いた。
巨龍は既に結界の内側に入りこみ、聖女を奪い去ろうと勢いを保ったままガトのテラスに突っ込もうとしている。さきの天空の煌きが一気に大きさを増す。光に続き音がする。人の声だった。それは尼僧、聖女、そして悪魔の王までもが幼き日から何度となく聞いたことのある声だった。
「アァウィーン!」
光の点が円になり、白き彗星のごとく長く壮麗な尾をひいている。彗星は一気に巨龍との差を詰めた
。尼僧が目を瞠った。彼女の大きな瞳が煌めきで埋め尽くされ、溢れた。
「エスカデ!」
二人の声に反応し、巨龍が体を翻したときには既に決着がついていた。ガトの聖騎士エスカデが、白銀の鱗を纏うスカイドラゴンを駆り、上空から垂直降下させると、結界に突っ込む手前でスカイドラゴンが離脱、エスカでは背中の大剣を下につきたてたまま、魔王の背中に突っ込んでいったのだ。
体の正面を顕にした巨龍の胸の中央に剣の柄が埋もれるほど、深々と突き刺さっていた。聖なる光が巨龍の全身を覆う分厚いうろこの隙間から漏れだし、ついには巨龍の深紅の瞳からも光が漏れだすと、悪魔の王の魔力が急速に失われていった、ドラゴンの変身が解け人の姿に変わるのと、老女と尼僧のいるテラスに激突したのは同時だった。
「エスカデ、アーウィン!」
駆け寄る尼僧と老女を一瞥だにせず、先に立ち上がったエスカデが、悪魔の王の胸から乱暴に聖剣を引き抜く。激痛にアーウィンの目玉が裏返んばかりにぐるりとまわり、絶叫が空気を圧倒する。尼僧が老女の目を背けさせようと、彼女の胸に抱き寄せる。それでもなお、エスカデの憤怒の相は微塵も崩れることはなかった。
悪魔は胸を突き刺したくらいでは死なぬ。決して消滅させることはできぬ。人間にできることは、首と胴を断ち、崇高なる信仰を以て奈落に封印するまでが限界だ。
まだ気を失っている悪魔の頚を睨めつけ、エスカデが聖剣を振りかざそうと、おもむろに右腕を持ち上げる。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.2 )
- 日時: 2013/01/26 17:22
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
「マチルダ…」僧兵の声に、アーウィンの喉元に釘づけになっていたエスカデの視線が動いた。
僧兵の介抱から解かれた老女が、エスカデに近寄ると、聖剣をもつ彼の丸太のような右腕に、枯れ枝のような細い左手を静かにあてた。重たく被さる左右のまぶたをかすかに押し上げ、若者を諭すようにゆっくりと頸を左右に振った。
エスカデが地鳴りのようなうめき声を上げ、暴発しそうな感情に腕を打ち震わせつつも、慎重に聖剣を下ろす。それを見計らったかのように、悪魔が落ち着き払った表情で瞳を開き立ち上がる。
「なぜだ、マチルダ」
エスカデが問い詰めるように睨みつけるが、老女はエスカデの瞳を見据えたまま頚を横に振るばかりだった。再びうめき声をあげるエスカでを横目に、アーウィンがまだ虚ろな意識のまま、よろめきながら立ち上がった。だが、その紅い眼は、歯がゆさに歪められた聖騎士の顔をしかと捉えていた。人の姿を為す悪魔の王が老女を引き寄せる。
「行くぞ、マチルダ」
「待て!」
聖剣を突き出そうとするエスカデに、魔王が自身の手前に老女を出す。
卑劣極まりない仕打ちに、エスカデが怒りのあまり、持ち上げた剣を下ろすことも忘れ、立ち尽くした。これみよがしに魔王が満面の笑みを浮かべた。
燃え盛るような炎の色の体毛に覆われた悪魔の左腕が老女の左肩に伸びる。対峙する二人のやりとりをじっと見届けていた尼僧が、密かに右腕を後ろに回し、腰に携えたダガーに右手を忍ばせた。
——あわよくば刺し違えても…。
老女が左肩をしなやかに手前にわますと、魔王の左手をやんわりと拒否した。アーウィンが瞠目し、ベールに覆われたマチルダの頭を見た。老女がそのままくるりと体を翻し、魔王と向き合う形になる。伏せていた顔を持ち上げると、ベールの奥の彼女の顔があらわになった。老女の目は見開かれた悪魔の王の瞳を見つめたまま、皴に覆われた顔をさらに皴で覆い、平和に満ちた、穏やな笑みを浮かべた。魔王のあらゆる感情を包み込んでしまうかのように。そして、子供に囁きかけるように悪魔の王に訊ねた。
「私が一緒に奈落に参ります。そうすれば、皆さんを、いえこの世界に手を出さないと誓っていただけますか」
聖女がたおやかに頸を右にかしげる。齢のあまり、彼女の声もたたずまいも力がなく、魔王と対等な駆け引きなど、望めることではなかった。
「俺は俺の思ったままに動くだけだ。誰の束縛も受けぬ」
老女が困惑したように唇を固く締め、少し視線を落とす。そして彼女の視界の上の方に被さるベールの奥から、深緑の瞳で悪魔の王の瞳を串刺しにするかのように睨みつけた。幼少のころから朴訥でおとなしかったマチルダが時折見せる、強気意志の彼女。聖女マチルダの意識が魔王の眼前に佇む老婆の上に舞い降りていた。
「だめです」
急に語気を強めた彼女の声に、魔王が訝しげに眉を寄せる。
「いまここで、私とエスカデ、そして——」
しなやかに左を一瞥する。
「ダナエの前で誓ってください」
アーウィンが顔を引きつらせ、乱暴にマチルダの両肩を掴む。小さな悲鳴とともに、老女の体が柳の枝のごとくゆらりと魔王の胸のなかにうずもれる。
「マチルダを放しなさい!」
叫び声とともにダナエが突進してきた。アーウィンが瞬時に結界を張り、尼僧を枯れ葉のように吹き飛ばした。
ダナエと入れ替わり様、聖剣に全体重をのせたエスカデの突撃し、アーウィンの結界を破った。アーウィンが咄嗟に頸の前に左手をかざしたがそれさえも貫かれた。だが聖剣の切っ先が悪魔の王の頸の皮に小さな傷を刻んだところで、エスカデの突撃は止められた。そしてエスカデもアーウィンの魔力によって弾き飛ばされた。
アーウィンが改めて胸の中の老女を見下ろすと、恐怖で冷え切った彼女の右手が、小刻みに震えながら己の右腕を掴んでいる。赤茶色のベールに遮られ、マチルダの表情をうかがうことはできないが、ベールからややはみ出た彼女の毛髪は、輝きを失った白髪ではなく、かつて、アーウィンが彼女から魔力を奪い去る前の銅色をしていた。
俺の魔力に触れ、マチルダが本来の姿を取り戻したか。
アーウィンが口角を持ち上げ、輝きを取り戻した豊かな髪をベールの上から愛おしそうに撫でると、彼女の体を優しく胸に抱え込んだ。
「マチルダ、行こう」
何もなかったはずのアーウィンの背中から漆黒の翼が姿を現し、飛び立とうと腰を落とした。その瞬間、マチルダの右手の震えが止まった。未だに胸にうずめている少女の様子を窺うことができない。悪魔の王の脳に直接、透き通るような声が響き渡った。
「アーウィン、誓っていてだけないのなら、わたしは——」マチルダがそう言い放つと、彼女の右手が不穏な光を帯び始めた。風もないのに俄かにベールがはためき始めた。
途端に悪魔の全身の骨が軋み、肉が裂けるような激痛が彼を襲った。アーウィンが激しく呻きながら、少女の右手を引き離そうとする。だが彼女の右手が己の右腕にこびりついたように密着し、引き離すことができない。光が強くなるほどに苦痛が苛烈さを増していった。まともに言葉を発することもままならない中、声を絞りだす。
「マチルダ!何の真似だ!」
顔一面にしわを刻みうっすらと開いた瞼越しに少女を睨みつける。その眼球も今にもまぶたを越えそうなほどに飛び出している。
少女を包んでいるローブが壮麗な円を描き、激しく音を立ててばたついている。ベールは完全にはだけ、あらわになったマチルダの顔は蒼白で左右の深緑の瞳は激情に震え、燃え盛るような眼光を放っていた。「わたしは、友を、信仰をそして世界をこれほどまでに壊してしまったあなたを許しません」
聖女の右手が力を増し、さらに残酷な光が迸る。アーウィンの絶叫がガトのの一帯を埋め尽くした。
「さあ、奈落にお戻りなさい。そして永遠に奈落から出られぬよう、あなたは自らの魔力をもって封印されるのです」
皿のように見開かれた悪魔の王の眼球に網目のように無数のどす黒い血管が浮き出ている。悪魔の王の全身から力が抜けていくにつれ、聖女がかつてないほどに強烈な輝きを帯びていくのを、否応なしに見せつけられた。
「謀ったな、マチルダァ!」
一層激しさをます悪魔の王の悲鳴に混じり、ほかの轟音が四人の周りに響いた。そして彼らの居る地面が小刻みに震えた。
アーウィンの一撃で意識が朦朧としているエスカデとダナエがかろうじて上体を起こすと、マチルダたちに細心の警戒をはらいつつも周囲を見回した。最初はガトの寺院が崩落を始めたのかと思ったが、寺院の外壁に大きな変化は見当たらなかった。入口を固めている僧兵の結界もなんとか魔物たちを堰止めている。テラスの付近にいた何人かの僧兵は、上方のテラスの異変に気付き、聖女とダナエの名前を叫びながらこちらに向かっているようだった。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.3 )
- 日時: 2013/01/26 17:23
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
ついにアーウィンが目を剥いたまま、彼の意識が堕ちた。地面に倒れ込んだ魔王の傍らで、聖女が冷徹に封印の魔術をかけ続けている。その時、思いもよらない異変に気付いたのはエスカデだった。
「聖剣が大きくなって、いる?」
彼の片手で掴めたはずの柄が両手を使わないと指が回らないほどに太くなっていたのだ。彼の判断はある意味で正しかったが、真実を捉えてはいなかった。しかし、エスカデとダナエがが真実に気づくまでに、さしたる時間を要さなかった。
「違う、あたしたちが、いや、寺院全体が小さくなってるわ」
いつの間にか寺院全体が僧兵の結界の外側にもう一つ、正体不明の光の球体に覆われていた。
テラスの縁に移動していた二人が、目を疑うような光景に声が出なかった。
激烈な振動と轟音と共に寺院が大地から切り離され、浮上を始めたのだ。寺院を覆う正体不明の光の球体は次第に縮んでいくと、それに呼応するように寺院とその中の全ての物体、生き物が小さくなっていった。
「床が変に光り始めた。陶器みたいになってるぞ。何なんだこれは」
全く情況がつかめぬまま、寺院の建物や土でできた地面に至るまで、透き通るような純白の陶器のように変質していく。その変化は、命あるものにも及んだ。エスカデとダナエの脇を通り過ぎようとした蛾が虚空に留まったまま色とりどりの陶器のブローチのように固まった。そして床に触れていた二人の両足から呪わしき変化が進行していった。二人が無理やり足を床から引き剥がし、お互いの肩を支え、その場から動こうとしたが、一歩、二歩と進んだところで、膝までもが固まり、敢え無く地面に倒れ込んだ。
二人が双方の視線を合わせる。声を発しようとしたが、それ以上の時間は彼らには残されていなかった。純白の光を放つテラスには、お互いの手を握り締め、悔しさに涙を流す聖騎士と女性の僧兵の像が横たわっていた。
悪魔の王の魔力を全て取り尽くそうとした直前、謎の陶器化によって聖女の足の自由が奪われた。聖女でさえも陶器化を免れることはできなかった。
魔王の胸の中央に右手をあてているマチルダが、誰に話かけるまでもなく言葉を発した。
「マナの女神のお怒りを、うけてしまったようですね」
既に肩まで陶器化か進行していた彼女の最後の言葉となった。マチルダの魔力が消えうせた瞬間、体の機能を停止させ、機を窺っていたアーウィンが眼を見開き、最期の魔力を振り絞り、小さなドラゴンに変形した。胸のすぐ下まで陶器化していたが、寸でのところで暗赤色の翼が陶器化を免れていた。悪魔の王が陶器と化したマチルダを一瞥する。口を固く閉ざし、目を伏せたまま全力で翼をはばたかせた。陶器化した体の一部が岩のように自身を下へ引きずり降ろそうとする。
口から青白い火炎の球体を放つと、光の球体を突き破り、辛くも難を逃れた。
アーウィンが上空に達すると、悪魔の王でさえも見たことのない光景が広がっていた。
大空は不気味な紫色に染まり、大地のあちらこちらで先ほどのガトのような変化が起きていた。海が削り取られ、大地をえぐり、城郭を剥ぎ取り、あらゆるものを球体に閉じ込めると、輝石の散りばめられた工芸品と変質させていった。そして遥か遠く、アーウィンと同じくらいの高度の空に、小さな光が揺らめいていた。人間よりも遥か遠くまで見渡せる魔眼を凝らすと、それは小さな人の形をしていた。だが人間ではない。手足、頭の形が微妙に違う。今まで見た魔物、獣人のどれにも当てはまらなかった。
上空に浮上した小さな球体は、広く間隔をおき、その人影を囲むように並んでいる。それを目の当たりにした瞬間、アーウィンはマチルダの言葉を思い出していた。
「あれが、マナの女神なのか。俺たちを、滅ぼそうとしているのか」
この星の生きとし生けるものの全ての源。その中には悪魔や知の龍さえも含まれていると、彼の幼き日にガトの寺院で聞いたことがある。
あいつの手にかかれば、悪魔の王である俺の命を奪うことも、赤子の手を捻るよりたやすいことなのでろう。
肉体の半分以上が錘と化した中で飛び続けている疲労感も消え失せ、全身が激しく戦慄した。そして全身が金縛りのようにひきつり、身動きの自由を失った。辺り一帯を埋め尽くす轟音までもがアーウィンの耳からひいていった。女神のちからではない。女神への畏怖の念がかれ自身をこの状況に貶めていた。
アーウィンの遥か下方、ちょうど寺院のあった辺りで、小さな白い点が蝋燭のように仄かに揺らめく白光が、そしてそれに包まれるように細長いものが見える。
あれは——。漆黒の血を吐き出す心臓の鼓動が激しく悪魔の王の鼓膜を叩く。中央の細長いもの、悪魔の王がそれを見間違えるはずがなかった。アーウィンはそれをいましがた心臓に突き立てられていたのだ。白光に包まれた物体は彗星のように尾を引きながら、アーウィンのいう「マナの女神」に引き寄せられていった。
——聖、剣?
消え失せていた轟音が、言葉を遮るようにアーウィンの耳に押し寄せる。生存本能が主に早鐘を打った。
アーウィンがはばたきを止め、一気に地上付近まで降下すると、一番最初に目についた僧兵の骸の丘に身を隠した。息をひそめ、慎重に夜空を仰ぐ。
球体は等間隔で円を描くように並んでいるが、妙に空いているところが散見された。まだ球体が全部は揃っていないということなのだろうか。俄かに悪魔の王の表情がこわばる。
「奈落が、危ない」
魔力の大半を奪われたせいで、少し動くにも激しく息が切れた。それでも漆黒の翼を羽ばたかせ、小さな人影に気づかれぬよう、地を這うように奈落に向かい飛び去っていった。
焦土と化した大地に点在する人間の血でまみれた丘の間を縫うように、矮小なドラゴンが一匹、何処かをめざして必死にもがき、羽ばたいている。可哀想な魔族の王よ、何処へ行こうと結末は同じであるのに——。
中空に浮かぶ、小さな人影が夥しい数の骸の丘に覆われた大地をじっくりと見回す。
何故森を焼くのです?何故湖を穢すのです?なぜ——。
己が身を包む光のオーラが刹那、大きく膨れ上がる。
「なぜ命を奪い合うのですか?わたしはそのようなことのために生を与えたのではありません」
下界のあらゆる穢れが混ざりあった靄が地表を埋め尽くし、次第に高さを増すと玉虫色のオーラを発する人影の足首をぬるりと舐めた。腰の両脇で拳を固めていた両手をぎりぎりと音を立てさらに強固に固める。前方の彼方でまたひとつ、下界の一部を閉じ込めた球体が、蝋燭のように揺らめく光を放ちながら浮上している。縮みゆく球体の中では、パニックに陥った人間と妖精たちが地面の縁で立ちすくんでいる。だが、その奥では未だに不毛な殺し合いを続けている者たちの姿も見える。人影を囲む球体の環は間もなく完成を迎えようとしていた。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.4 )
- 日時: 2013/01/19 20:16
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
地上を睥睨していた人影が、おもむろに視線を持ち上げる。人影の視線に貫かれたどす黒く濁った雲が俄かに稲光を迸らせる。人影が顔を右に回すと、それを追いかけるように視線の先の黒くもが雷光を放ち、件の球体が去ったあとの大地を抉った。球体の外にいた幾千もの生命が、一瞬にして消えた。
人影が左の空に目を向ける。下界の誰もが経験したことの無い、雷の嵐が大地を完膚なきまでに切り刻む。そして無数の命が一瞬にして消え失せた。
人影が正面に姿勢を正し、遠方の虚空を見つめ、左右のまぶたをゆっくりと閉じると、意識を集中させた。人影を囲み、途切れ途切れに轟いていた大気の怒号が急速に苛烈さを増し、仕舞には天空を埋め尽くす雷雲のあらゆる場所から、巨大な党の如き雷の槍が堕ちてきた。わずかの間に、雷の槍はが何度となく、大地に突き立てられ、まさにこの星のあまねく生命を消滅させようとしていた。光の槍の堕ちた跡は、異様な形にえぐられ、焦土とした大地が残るばかりで命のない、建造物、大河、連なる山々までもが存在を消された。
やがて追い打ちをかけるように、天空の海がそのまま墜ちてきたような豪雨が下界を襲い、汚らしく焼け焦げあ大地を押し流した。
雨粒に混じり空を埋め尽くす暗黒の層から無数の暗緑色の塵が舞い降りてきた。それは白い細線の模様が描かれた、人間の子供ほどもある大きな葉だった。
ほとんどの葉は凶器と化した雨粒に蜂の巣にされ、数多の塵芥と混じり虚空に消えていった。そして何枚かの葉は、惨劇の中心に浮かぶ小さな人影の体躯のあちこちに纏わりついた。
「やめて!世界をこわさないで!」
巨大な一枚の葉の縁から、次々と小さな葉が生え始め、さらにその先から若葉が頭を出し——、瞬く間にそれが幾度となく繰り返されると、葉っぱの塊が人間の子供によく似た輪郭を為し、最後に塊のてっぺんから人間の子供の顔に似た模様が現れた。それを皮切りに、人影の全身に隙間なく纏わりついている巨大な葉の全てが一挙にさきの変化を起こし、かの人影をがんじがらめにしようとした。
だが、人影は石のごとく表情を微動だにさせずに無言のまま、白と黒、光陰のの刃と化した左右の腕で薙ぎ払う。どの葉もみな同じ高さで同じ調子で、同じ言葉を発し、同じような悲鳴をあげて切り刻まれていった。だが、巨大な葉の嵐はいっこうにやむ気配がない。それどころか葉の嵐は強くなり、大地を覆い尽くすように広がっていた葉の落ちる範囲も人影の付近に収束しつつあった。そうして、人影が薙ぎ払う葉の数を、あらたにまとわりついてくる葉の数が上回るのに、時間を要さなかった。
「やめなさい。草人たちよ。あの者たちを救うような真似はよしさない。たとえ草人といえど、私の邪魔をする者は容赦しません」
人影を包むように、薄赤色の球体のオーラが発現した。球体の表面には無数の細かな稲妻が、隙間なくほとばしっている。球体が徐々に大きさを増し、幾重にも積み重なり、人影の動きを封じていた草人たちを一掃する。細切れになった葉っぱの破片が、緑色の吹雪となって台地に降り注ぐ。それでも、天空から舞来る草人の数は、衰えることがなかった。また一人、人影の左腕に纏わりつくものがいた。そしてそれを右の刃を使って切り裂く。
「世界は、既に壊れてしまっていたのです。私はそれを直すきっかけを与えようとしているのです。わたしとともに世界にマナを育んできたあなた達に、それがわからないのですか?」
右肩に降ってきた草人が、人影の耳元で話しかける。
「マナの樹が、きみをとめなさいって」
双眸を細め、葉っぱの嵐の向こうに朧げに見える巨大な樹の深緑色の影を見据える。巨木から黒い霧のように葉っぱが舞い上がっている。草人は雷雲を突き抜け雲海を飛翔し、ここに降ってきているのだろう。
また、同じ過ちを繰り返そうというのですか。……わたしよ!
人影が再び薄赤色の球体をつくりだした。一つ目よりも遥かに膨張した球体は、人影にまとわりついた草人だけでなく、中空を舞い降りるさなかの草人たちをも消し去っていく。子供のような叫び声が、焼け野原に無間地獄のように響き続ける。それでも稲妻の塊に呑み込まれなかった草人たちがあらゆる方向から舞い降りて、あるいは舞い上がってくる。
時を置かずして、人影は中空に浮かぶ緑色の巨大な丸い塊になっていた。
どれほどの時間がたっただろうか。それは、誰にもわからなかった。
誰一人として、この異様な光景を目の当たりにしたものはいなかった。
焼け野原は、静謐さに包まれていた——。
暗黒の空は、いまだに天空を埋め尽くしたままだった。どす黒く焼け焦げ、無数のクレーターが口を開けた大地の様相も変わることが無かった。唯一変化があったもの、それは中空に浮かぶ緑の塊。
草人を完膚なきまでに切り刻んだ、薄赤色の稲妻のかたまりは、息を潜めていた。緑の塊の内部から、草人たちの隙間をぬって、脈打つように暗黒のオーラが漏れるが、草人たちの様子は至って平穏だった。皆、体を寄せ合い、深き眠りについていた…。
人影が大地を呑み込んだ球体からつくりだした器物の数々は、草人ととの争いのさなか、残り二つが欠けたまま、人影の魔力によっていずこかに吹き飛ばされたのだった。
それからして間もなく、人影——すなわちマナの樹の暗黒の神格は持ちうるすべての力を使い果たし、虚空にとどまり続けた。今は彼女の肉体が無意識に暗黒のマナのオーラを発するばかりであった。
遥か遠く、不安定な軌跡を描きながら、かすかな光沢を放つ物体が緑の塊に接近してきた。そして、緑の塊の真下にたどり着くと、乾いた金属音を立てて、地面に落ちた。銀さじだった。
これもあのマナの女神の化身がつくりだしたのろわれた「器物」、アーティファクトであった。銀さじの中に込められた、計り知れないほどの魔力を抑えきれずに、時折カタカタと音を立てて震えている。そして銀さじに触れた地面は黒く抉られ、銀さじがより深みへもぐりこもうとしていた。
銀さじの魔力に呼応するように、緑の塊がうっすらと明滅をはじめた。草人たちの表面を純白のオーラが覆っている。でこぼこだった緑の塊の表面から角がとれ、滑らかな曲面を描き始める。草人たちの体が、溶けるように隣の草人と一体化していく。明滅を繰り返しながら、緑の塊は中心へと吸い込まれるように縮んでゆく。
緑の塊が人ほどの大きさになっても、人の形は現れてこなかった。既にマナの女神の化身は形を失っていた。そのとき、再び不審な飛翔物が塊に引き寄せられるように、飛んでくる。小鳥が羽ばたくように、小刻みにパタパタと音がする。
それの飛ぶ様子も、やはり上下左右にふらついていた。羽ばたき音の正体は、白い小さな翼だった。そして翼の付け根には、ポストが付いていた。汚れまみれの赤っぽいポスト——この世界の様々な報せを受け取る小さなポストが引っ付いていた。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.5 )
- 日時: 2013/01/19 20:35
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
ここに来るまでにカラスにつつかれたり、風雨にさらされたりしていて、本来の赤を維持している部分は殆どなく、地肌の色が見えたり、穴が開いていたり、満身創痍だった。ポストが銀さじのそばにたどり着くと、力尽きたように翼がはばたきを止め、ばたりと倒れこんだ。翼が動いていなければ、とてもマナの女神の化身がつくりだしたのろわれた器物のようには見えなかった。
女神の化身がそろえ損ねた残り二つの器物が、ようやくそろった。世界の彼方へ飛ばされるはずだった二つの器物は、創造主が力尽きたために、その場に並び続けた。
二つの器物の真上、草人の塊とマナの女神の化身がいたはずの場所には、既に緑色の塊はなかった。そこにあったのは、一振りの剣。木の葉のようなつばと、剣先に2つのリングが浮かぶ不可思議な剣が浮かんでいた。
マナの剣——。
ガトに伝わる、絶大な退魔の力を持つと言われている魔法剣。マナの樹、巨大なマナクリスタル、そしてマナの剣。常に世界中の権力の亡者がそれを狙っては、この世に騒乱をもたらしてきた。そのうちのひとつが今、守護者の手を離れ、天空に現れたのだ。だが、それを奪おうとするものはもはや、下界にはいない。
自身の化身を封じるために、力を使い果たしたマナの巨木も既に地に堕ち、静かに横たわっていた。わずかな力も残ってはおらず、巨大な枯れ木に成り果てていた。
ようやく、マナの女神が統治していた世界——ファディールに、平和が訪れたのである。
沈黙という天蓋に覆われて——。
〜プロローグ(完)〜