二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ〜プロローグ(3)〜 ( No.12 )
- 日時: 2013/03/09 23:00
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
「ん〜、なんとなくこれな気がするんだけどな〜」
二人の草人が強い日差しのもと、地べたに大きな茣蓙を敷いた露店が立ち並ぶ市場の目抜き通りで、一脚の古びた椅子とにらみ合いを続けていた。脚と脚の間を覗いてみたり、持ち上げて座面の裏を見てみたり、矯めつ眇めつ一分の隙もなく睨め回している。店に来た時には葉の先端まで真っ直ぐに伸びていた体を覆う葉っぱが、暑さで干からび始め、すっかり萎えてしまっている。
露店の主人である口の端にチョビ髭と豊満な顎鬚をたくわえた花人が、腕組みをしてつま先を小さく鳴らし始めた。表向きは店先の品はなんでも触ってかまわんとばかりに愛想良く振舞っていたが、内心は、全身を彩る大きな花びらが干からびそうなくらい、戦々恐々としていた。
——草人が買い物なんて聞いたことがない。だいたいあの子たちは銭を持っているんだろうか。それにしてもどうして、よりによってあの椅子に目をつけたんだ。見た目からは想像もつかないほどの値の張る品なのに。
人のよさそうなおじさんの仮面の裏で、二人の草人の一挙手一投足を一瞬たりとも見逃すまいと、瞬きは少なく、眼球はしきりに動く。店先で商品を手にしたまま、長時間じゃれつづける二人の種族は、彼にとって、おそらくこの町にすむ花人や人間、獣人、悪魔の輩たちにとっても、人畜無害な存在であった。……昨日までは。
町のいたるところで所在\なさげにうろつき、突然立ち止ったかと思うと、わけのわからないことを口走る。そして突然道行く人に話しかけ、無視されてもにやにや笑っているだけで、何かするわけでもない。
だしぬけに蝶々を追いかけ始めたりするのは、やや迷惑ではあるが、だからこそ今日も、子供たちの気まぐれだろうと思って、品物を触らせていたのである。
店の前を通り過ぎる人間やら獣人の類も、滅多に見られない光景にしばし好奇の目線を向けて去っていく。これで人が寄ってくれば、草人たちになにか適当な褒美でもやってもいいとも一時は思ったが、一向に客がつく気配がない。それどころか、前代未聞の事態に店から距離を置く者もちらほらの見受けられる。
店先で無邪気にはしゃぐ二人の草人がいよいよ勢いづいてきて、椅子を打出の小槌のごとく振り回し始めた。いつも笑顔で線のように細い花人の眼が剣呑な光を宿し、頸より上が見る見るうちに薔薇色に染まっていった。
「……く、草人ちゃんたち、それ、とっても高い商品だから丁寧につかいなね」
公衆の面前であるため、どなり散らしたい衝動を必死になって抑えようと、無意識のうちに忙しなく揉み手をしている両手が、ぶるぶると震え始める。それでも自制心を失わず、商売人然として笑顔でお客を注意できたのは、まさに今は亡き伝説のマナの樹の女神より賜りし奇跡としか言い様がなかった。
子供の姿をした緑色の子鬼の一人が、左手で椅子を振り上げたまま顔を向け、露店の主人に舞い降りた奇跡を木っ端微塵に砕く一言を放った。
「ぼくたち、アーティファクト探してるの〜」
あまりに見事に虚を突かれた花人が、息のするのも忘れ、しばし立ち尽くしていたが、我に返るなり子供に向かって喚いた。
「子供だと思って大目に見てれば…。滅多なことをいうもんじゃないよ。アーティファクトって、災いを呼ぶ呪われたアレだろ?そんなものここに置いてあるわけないだろ。もうこれ以上商売の邪魔しないでくれよ!」
花人の口の両端で垂れていたチョビ髭が怒気にあおられ海老反りになると、自身も両手を腰にあて、しゃちほこばって草人たちを見据えた。
「だいたい、アーティファクトって豪華絢爛な装飾品だって聞いたことあるぞ。よりによってなんでその椅子が——」
急に言葉を切ると、草人が疲れて下ろした右手に携えているくすんだ薄茶色の椅子を一瞥した。そして、道行く人々に聞こえるように、声を張り上げた。
「ま、アーティファクトってことはないですがね、その椅子は世界を巡る目利きの行商から仕入れた品でしてね、椅子自体は特別な素材や仕掛けがあるわけでもない。その椅子を使っていた人物があまりにも偉大なじんぶつなんですよ。何を隠そう、その椅子は遥か昔、その名を知らぬものはいない、あの人形師アニュエラがアトリエで使っていた椅子なのですよ!」
店の前を通りかかった何名かが、人形師の名前を聞いて花人のほうを向き薄暗い店内を眺めていたが、店先の草人が無造作にぶら下げている椅子を見ると、花人の口上のあまりの眉唾さ加減に苦笑を漏らして去っていった。再び草人がダメ押しの一言を放つ。
「アニュエラってだれ〜?僕聞いたことない」
花人の全身の葉っぱが逆立った。
「子供は黙ってなさい。君が椅子を持っているからみんな話を信じてくれないじゃないか」
花人が椅子をぶら下げた草人に詰め寄り、右手から椅子をとりあげようとすると、草人が腕を引いて抵抗した。そこを間髪いれず突き出された花人のもう一方の手が走り出しかけた草人の左肩を捕らえた。
今度は草人が体を捩じらせ花人の手を逃れようとする振りをして、背後に回っていた猛一人の草人に椅子を渡した。
「こら!返しなさい。それは店の品だぞ」
「やだ!これはアーティファクトなのー!」
草人は確かにこの古びた椅子から強い思念を感じ取っていた。しかし、どこを覗いてもそれが映像化されないのだ。今は考えている暇はない。余程の高値で、口上にあった「目利きの行商人」から買い取ったのか、魔王のごとき剣幕で追いかけてくる。
椅子を抱えた草人が目抜き通りを買い物客の隙間を縫って疾駆した。そのあとを花人が死に物狂いで追いかける。それを止めようともうひとりの草人が追いかける。
花人が盗人を捕まえるよう声を張り上げるが、3人の短足の種族が切迫した雰囲気の割にそれほど速く駆けられていない様子のあまりの可笑しさに、周囲の人々が驚いたふりをして草人に道を譲り、追いかけっこの顛末を見届けようとしていた。そしてつい手を差し伸べたくなるような草人の愛らしい佇まいも、人々の無言の協力を得るために一役買っていた。
「あっ」
草人の逃亡劇が目抜き通りの終端に達しようとしたとき、椅子を抱えていた腕がしびれてきて、前に腕を降り出したとたん、手が握力を失い、椅子の足が地面につっかえてしまった。手前でつっかえた椅子の背もたれを前方に向け、馬にまたがるような姿勢で椅子に飛び乗った草人が、目の前の背もたれにしがみついたまま、椅子ごと前転を3回、4回、5回と繰り返した。悲鳴とも歓声とも聞こえる叫び声を上げる。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ〜プロローグ(3)〜 ( No.13 )
- 日時: 2013/03/09 23:04
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
「今だ!」
運よく起き上がった状態で椅子の回転が止まると、花人が跳躍して座面にまたがった草人に飛びかかろうとしたが、何年も運動らしい運動絵をしてこなかった店の主人は、跳躍のコントロールに失敗し、草人へ直撃はせず、目標の左肩に伸ばした右腕が掠めるにとどまった。それでも思いがけず椅子を使ったアクロバティックを披露した草人は、既にバランスを失うには十分なほどに目を回しており、花人が土ぼこりにまみれながら起き上がった時には,、体を著しく傾がせ、椅子から転げ落ちていく姿を晒していた。椅子から離れる刹那の合間に、草人がうなされたように何かをつぶやいていた。
「こ、れ、は、うちの商品なの。返してもらうよ」
草人が椅子から落ちたのを見計らい、花人が椅子の背もたれをかかえて持ち上げた。ハッとして花人が周囲を見渡すと、いつの間にか二人を取り囲むように分厚い野次馬の輪ができていた。そして皆、訝るような目つきで花人を睨み、となりの野次馬と声をひそめてなにやら言い合っている。
明らかに花人にとって分が悪かった。野次馬たちが何を思いこんでいるのか、容易に想像できた。
花人の斜め左前から、野次馬の壁をかき分けてもうひとりの草人がやってきた。
花人の足元に倒れている仲間を見るなりそこへ駆け寄り、相棒の肩を激しくゆすって起こそうとするが、当の本人は頭が揺さぶられてふわふわとした感覚が心地よく、うめき声を上げながらもなされるがままになっていた。しかしその様子が野次馬たちの目には、無辜な子供が、金のためなら血も涙もない拝金主義の商売人に虐げられているようにしか見えなかった、ますます野次馬の睨みが花人の全身に激烈に突き刺さる。花人は椅子をかかえたまま目を泳がせ、その場に立ち尽くしていた。
「うぅ、みえたよぉ、いっしゅん…たぶん」
相方に体を揺さぶられつづけ、次第に気持が悪くなってきた草人が至極血色の悪い顔で言葉を吐いた。
相方が体をゆするのを止め、慣性で頭を揺らし続けている相棒をみた。
「えっ、ほんとに!」
相棒が朦朧とした意識の中、ぼんやりとした笑みを浮かべながら首肯を繰り返した。傍らではバツの悪そうに椅子を抱えたまま、横目で事の顛末を観察していた花人の姿があった。
花人が椅子を一層強く抱きしめ、己を囲む面々のツラをひとつひとつ睨みつけながら見回した。
「これはなぁ、わたしの店の商品なんだよ。この子達はお題も払わずにこの椅子がアーティファクトだと言って何かしようとしたんだよ」
呪われた遺産を耳にした野次馬たちから、小さなどよめきが起きる。大半のものは、世間で広まっているあ呪われた遺産の外観と目の前の椅子の見栄えの違いに、冷笑を漏らしていた。
「そうです、この椅子はアーティファクトなんかじゃないんですよ。いつもの草人の戯言なんですよ、皆さん」
声しか聞こえない輪の外側では、また草人の暴走かとその場を立ち去るものがちらほらと現れてきた。商売人たるもの、商品に興味を持ってもらうことが仕事の第一歩と、花人は常に自分にいい聞かせてきたが、今回ばかりは例外だった。はやく周りの人だかりに消えてもらいたかった。とりあえず野次馬たちにはこの椅子が店の商品だと認識してもらえているはずなので、人だかりが消えたのちに、草人を諭していても彼らに見とがめられることはない。
「ちがうよ!」
草人が声を張り上げた。思わず花人が身を引いた。野次馬の輪から本日一番のどよめきが起き、立ち去ろうとしていた輪の外側の人々の足が止まった。今まで見せたことのない、意思堅固な気迫が草人からみなぎっていた。
「その椅子は確かにアーティファクトなの。ぼくは見たんだ。背もたれを前にして、馬にまたがるみたいにのっかると中に閉じ込められているみんなの姿が見えるんだ。もう椅子の中の時間は動き出しているんだよ。中にいるみんなを閉じ込めたままにしちゃいけないんだ。今僕たちはそうやって、世界中のアーティファクトを開放しているの」
途方もない内容だったが、あまりに真摯に、言い聞かせるようにして話す緑色の小人を、嘲ろうとする者はいなかった。
「どんなにゴタクを並べたってねぇ、この椅子はわたしの店の商品なんだよ、ぼく」
草人になびこうとしている民衆の意識を、どうにかして引きとめようと、花人が必死なって言い返す。草人が言葉を詰まらせた。
ラヴと朝露で生きている草人が、1ルクも持ち合わせているはずがないのは火を見るよりも明らかだったが、それを知っていながらお代をせまる花人に、厳しい目線とヤジが飛び交った。
「そんなら草人にちょっと座らせてやりゃいいじゃんか」
誰が放ったとも知れぬヤジが、罵詈雑言を制した。花人が中空を見上げ、しばし思索に耽った。
それもそうである。あの子供に気の済むまで座らせてやればいいのだ。椅子を振り回したりしなければ全く問題ないじゃないか。どうせ何も起きやしない。そうなったら子供たちも大人しく椅子から手を引くはずだ。
「そうだな、そうしよう、ね、草人ちゃん」
目を回していた草人が正体を取り戻すと、小さな二人の緑の使いが4つの瞳を輝かせた。
誰にもまともに相手にされたことのなかった草人が、今日は人生一番の大舞台を迎えることとなってしまった。内陸の強い日差しに照らされる市場の目抜き通りの端では、買い物も商売もそっちのけにして集まってきた買い物客は商売人で、ごった返していた。十中八九何も起きるはずがないと人々は思っているはずなのだが、もしかしたらという残された一の期待が彼らをここに引き寄せていた。
椅子の中の世界を見たという、先程まで目を回していた草人が、膨れ上がった大衆に目を丸くしながら件の椅子の脇にたった、要領よく観衆の列に収まっている相棒に、もう座っていいのか目配せをする。相棒がニヤけつきながら右目を瞬かせる。
椅子のそばの草人がキョロキョロしながらお辞儀をすると、人だかりのざわめきが一瞬にして消えた。
人間、獣人たちの騒音にうもれていた鶯色の小鳥たちのお喋りがくっくりと浮かびあがった。
そよ風が肩の葉っぱを優しく揺らすと、それに促されるようにして草人が背もたれを前にして椅子に乗り上がった。そして、背もたれを両手でつかみ、うつむき加減になって目を閉じる。
1分が経った——。
2分が経った——。椅子にはなんの変化も見られない。
3分が経った。未だになにも起きていない。人だかりの此処彼処から、人目を憚りながらもつぶやきが聞こえ始めた。
10分が経った。先ほどのやじうまと同じく、人だかりの後ろの方から立ち去るものが現れてきた。
観衆側の草人の右隣に立つ花人が腕組みをして顛末を見届けていたが、安堵の息を漏らした。
「やっぱりなにも起きないんですよ。もともと分かってましたけどね」
花人の言葉で、一気に人だかりが崩れ始めた。11分が経過していた。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ〜プロローグ(3)〜 ( No.14 )
- 日時: 2013/03/09 23:30
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
花人の隣の草人は、いつもの笑みを浮かべながら、じっと目の前の相棒を見つめていた。草人は全員でひとり。椅子にまたがっている草人が脳裏に映し出している映像は、もうひとりの草人の意識にも鮮明に浮かび上がっていた。
二人がいる町とは打って変わって閑静な村。閉じ込められた思念のなかで意識を巡らせると、寂れた民家や雑草が伸び放題の田畑がある。雑草を餌にする小鳥や小動物が雑草のあいだから時折姿を見せるが、人間のような大きな生き物がいない。獣道に成り果てた農道の脇で、切り株に座ってぼう〜っと千切れ雲を眺めている仲間を見つけた。
一瞬、羨ましさが二人の頭を駆け巡る。
そこは住民らに捨てられた農村だった。かつてマナの樹の女神が望んでいた穏やかな世界だった。マナの樹の女神の影は、なまじ頭がよくなり、争いばかりを繰り返す下界の生き物達を見限り、小さな器物のなかに彼らを閉じ込めた。だが、この村にはそのようなおろかな生き物はいない。どうしてこのような村まで封印してしまったのか。
女神の影は、もはや争いを起こす者たちだけではなく、この世界、ファディールそのものを見捨ててしまったのだろうか。
深く考えるのがめっぽう苦手な草人たちは二人同時に頭痛がしてきた。
——この村はどこにあったんだろう。
椅子の中の草人の思念が一気に上昇し、木よりも高く、山よりも高く、ひつじ雲を突き抜け、オーロラのカーテンのすそのあたりから大地を見下ろした。
現実の世界では、既に人だかりはなくなり、椅子の返却を待つ花人だけを残すのみとなった。15分が経過していた。
「みーつけた!」
不意に、二人の草人が高らかに声を揃えて叫んだ。
花人が顔を硬直させ、左に体をひねろうとすると、右から強烈な白光が花人と草人を照らした。慌てて体を戻すと、くだんの椅子から漏れだした白光が瞬く間に大きくなり、3人を飲み込み、道端の露店までも飲み込むと、光はなおも膨らみ続け、白い光の球が市場全体をのみこんだ。雲を突く巨大な光の柱が、刹那ロウソクの炎のように揺らめいた。雲の影が地面から消え去り、天空に映し出されていた。
一分にも満たない短い時間であったが、花人や市場の人々は皆、取り乱す余裕も無く、息をすることすら忘れ、魂が抜けたように呆然と虚空を眺め、立ち尽くしていた。
光が止んだとき、市場は等身大の町のジオラマになっていた。
「やったねー!」地面に佇む草人に、もうひとりの草人が駆け寄り、軽やかにハイタッチをした。
「あ、椅子が、椅子が……ない。あの椅子、50,000ルクで買ったのに……」
愕然として地に膝をつき、肩を墜とす花人に、草人が申し訳なさそうに押し黙ってしまった。
道の真ん中で諸手をついて動かなくなった花人に、脇を通り過ぎようとした子供が、ふと足を止めて花人に近寄ってきた。ぶっきらぼうに左手を突き出した。いたいけな手には小さな硬貨がひとつ、乗せられていた。
「おじちゃん、10ルクしかないけど、あげる。とってもきれいだったよ。もう10ルクあるけど、おやつ代がなくなっちゃう」
「あ、ありがとうな」
目尻に小さな涙を浮かべ、力なく苦笑いすると、慈悲深き子供から硬貨を受け取った。
それを目の当たりにした女性の買い物客が、花人に寄ってきた。
「落ち込まないで下さいね、ご主人。ちょっとわたしも持ち合わせがなくて。これ僅かですけど。あとアーティファクト、とても綺麗でしたわ、ありがとう」
そういって、花人に1,000ルクを渡す。驚いた花人が、両手を振って申し出を断ろうとしたが、女性が有無を言わさず1,000ルクを受け取らせて去ってしまった。花人がお礼を言う間もなかった。
「花人さん、ありがとうね」
「おやじさん、俺も少しだが、ありがとな」
「また珍しいもの仕入れてくれよ」
花人のもとに次々とに人々が寄ってきて、小銭を置いていった。みな草人と花人のやり取りを見物していたやじうまの面々だった。
花人が、息つく間もなくお礼をの得ているうちに、失った椅子の仕入れ代はゆうに貯まっていた。
その夜、二人の草人が町外れにあるの牛系の獣人が営む肉料理屋(?)で花人にご馳走をおごってもらったのは、3人だけの秘密だった——。
草人達によるアーティファクトの解放は極めて遅々とした歩みで進められていった。生来、時間に縛られない、それどころか時間の概念を持ち合わせているかも怪しい彼らが担ってしまっていることもその一因ではあるが、それぞれの外観に全く共通性のないアーティファクトの見つけづらさが、彼らの使命を遂行をより困難なものにしていた。
更には草人達では解放できない代物も数十個と見つかった。それでも小さなマナの樹の女神の使いは、ひとつひとつ着実に世界を取り戻していった。そうやって世界を元に戻し、影ではない本来のマナの樹が守ろうとしたこの世界が決して、自ら滅びの道を進むようなものではないことを自らの目で確かめたかった。
草人たちが自力で解放できる最後のアーティファクトを、ファディールに戻したとき、100年以上もの歳月が流れていた。
草人達は永きに亘った使命をようやく完遂し、あとは平和な世界が営まれていくのを静かに、そして時折ちょっかいを出しながら見守るばかりであった。
——草人達がアーティファクト探しを終えてから、700年が経とうとしていた。
「女神様の影が、世界を封印したのは、もしかするとただしいおこないだったのかな……」
腰掛けるのに手頃な瓦礫を見つけ、ぽつんと座っていた草人が、廃墟と化した都市の残骸を眺めながら呟いた。もうひとりの草人が違う方を向いてすわり、無言のまま乾いた風に足を漂わせていた。
草人たちが役割を終えてから100年余り、下界の生命たちは再び同じ過ちを犯そうとしていた。世界の各地で争いが勃発した。どれも小さな小競り合いで、時がそれを沈めてくれるだろうと、下界の生命たちも草人たちも、そう思っていた。
ほとんどの争いは彼らの望んだとおりになった。だが、3つの争いだけが静まることを知らず、ひたすらに拡大を続けていった。そして平穏を望んでいた多くの都市や町、村、森、海、あらゆるものを巻き込み、世界をあの時と数分もたがわぬ運命へ導びこうとしていた。
まだ、彼らでは解放できないアーティファクトの謎を解明もやろうとしていたが、今となっては争いの種が増えるだけと思い、一人として残されたアーティファクトの解放を試みようとするものはいなかった。
下界の生き物達に失望した草人たちは、次第に他の種族との関わりを拒むようになった。かつて、町の市場で起きた古びた椅子を巡る人々と花人との交わりは、遠い昔話のように語り継がれていた。
そうして草人は時々気まぐれのように一言二言、意味深な言葉をしゃべる、不可解な種族として人々に見られるようになっていたのである。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ〜プロローグ(3)〜 ( No.15 )
- 日時: 2013/03/09 23:12
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
二人の草人の前で、風にあおられた粉塵が霧のように音もなく舞う。刹那目の前が黒く染まる。黄土色の大地を真っ黒に染めあげ、一国の王の城さえも飲み込みそうなほどの巨大なの円錐形のくぼみが、二人の草人の目と鼻の先にあった。巨大な漆黒の「蟻地獄」はその色だけではなく、くぼみの中心から放たれる気も、幾百年も生き続けてきた草人達が経験したことのないほどの強力な邪悪さに満ちていた。
「見て!あれ、なに?」
右側の草人が出し抜けにあげた叫び声に、左を向き鳥の群れを漫然と眺めていたもう一方の草人が、あわてて漆黒の蟻地獄を見る。右の草人が指を刺し、さらに声を張り上げてそれを示そうとしたが、相手が要領を得ない。
「もう、こっち!」
久しく叫んだり、走ったりすることのなかった草人が、手をつないで駆け出した。目にも見えそうなほどの濃密な邪気が彼らに纏わりつくが、草人たちには問題ではなかった。欲望に満ちた下界の生き物達ならばたちどころにその闇を増幅され、正気を保っていられなくなるが、草人たちには増幅されるべき欲望がなかった。
亡者の手のように纏わりつく細かな黒砂の霧を振り払い、蟻地獄の中心へと下っていく。
中心が近づくほど黒い霧が濃く、地面の砂が粘り気を帯び、二人の前進をおおいに阻んだ。
「ど〜れ〜」
走るのが億劫になってきた後ろの草人が、足を止めてしまった。
「ほら、あの白いの」
前の草人が指差す先に、白い二つの点が漆黒の砂の合間からかすかに見える。
「え?!白いのって言ってくれれば、そんなの向こうに座っているときから見えてたよぉ」
「え…」
二人がしばし立ち尽くした。
「とにかく、あの白いの掘り出そう。きっとあれは」
「アーティファクト!でも…、いいの?」
後ろの草人が前の草人の左右の瞳を見据え、力強く頷く。この恐ろしく強い邪気にも関わらず、あの白い何かからは、邪気ではない違うものを感じるのだ。向こうの僕のきっとそれを感じ取ってくれているはずだ。
前の草人が穏やかに目を細めてうなずき返してきた。
邪気の砂に埋もれていたアーティファクトと思しきものを掘り出すと、腰掛けていた場所に持っていった。隙間に詰まった邪気の砂を吹き払い、地面のやわらかいところに「アーティファクト」を突き立てた。
白地の板に赤い屋根、そしてそのてっぺんには白い小さな羽根のついたポスト。ところどころ塗装がはげたたり板が傷ついたり、相当年季の入った代物だった。いつからあの砂に埋もれていたのか検討もつかないが、どの傷も蟻地獄の邪気によってついたものではない気がした。
「どうやって見るんだろうね、このアーティファクトのイメージ」
「あの口からみるんじゃないの?」
「そんなに簡単なの〜」
二人から自然と笑い声がこぼれる。ポストからあふれ出すなにかが二人を温かく包んでいた。
ポストの前に二人で正対する。同時にごくりとつばをのんだ。お互いに目配せをし、首肯した。
「よし」
二人が顔を揃え、恐る恐る投函口を覗き込む。片方が思わず声を上げた。
それに驚いたもう一方が、さらに大きな奇声を上げて横に跳んだ。
「もう、おどかさないでよ」
「だって——」そういうと、自分でもどうして声を上げたのかわからないことに気づく。
気を取り直してもう一度、ポストの口を覗き込む。廃墟を吹き抜ける乾いた風が、ポストのそばに差し掛かると、かすかに温かみを帯び、吹き抜けていった。
小さな民家の寝室だった。背の高い窓から入り込んだ日差しが、部屋を柔らかに暖めている。日差しが部屋の奥深くにまで差し込んでいるところからして、まだ朝なのだろうか。
白い漆喰の壁沿いに置かれた小さな鉢には、鮮やかな黄色い花を頭につけた小さなサボテンが、人間味あふれるポーズをとって佇んでいる。
部屋の奥には、カーテンが据え付けられた、つくりのよいベッドが据え付けられており、人間の少年が柔らかそうな布団をかぶってぐっすりと眠っていた。
「気持ちよさそうだね」
「うん」
何年ぶり、いや何百年ぶりだろう、この感覚、アーティファクトの中の世界を見てみたいという気持ち。アーティファクトを解放すると、中の世界に隠れている災いの種も撒き散らしそうな気がして、とても苦しかった。それで自分達では解放できなかったアーティファクトには触れず、そのままにしていた。でもこのポストは中を見ても、何の不安も感じなかった。それどころか、とても優しい「ラヴ」を感じる。
「やっぱり、このままにしておこっか。ねむってるとこ起こしちゃうといけないし」
「そうだね……、ってダメダメ」
相方の草人がおどけた笑い声を上げる。
再び二人がポストに正対し、それぞれの片手をポストの屋根に当てた。静かに双眸を下ろすと、先ほどポストの口から垣間見た光景を再び脳裏に浮かべた。わざわざポストの口を覗かなくても、このアーティファクトの思念は恐るべき強さで、自身に触れたものにイメージを送ってきていた。なにかと不思議なアーティファクトであった。
二人の脳裏に、朝の陽の光が入り込む、目覚め前の部屋のイメージが一気に広がる。目の前だけでなく、背中の後ろも、足元も、身の回りがすっぽりとイメージに覆われた。
二人の草人は、あの少年の眠るベッドを目の前にして、板張りの部屋の中央に佇んでいた。二人の影が背後から差し込む陽光によって、細長くベッドに向かって伸びていた。
二人の草人が、しばしその光景に心を奪われていた。
突如、二人を包む安寧を破るように、頭上から轟音が響き渡る。部屋の窓はびくともしていない。ベッドで眠る少年もまったく起きる様子がない。外の景色もいたって平穏であった。
解放が始まった。こんなに穏やかな思念なのに、解放の瞬間はとびきり派手ならしい。
「このアーティファクト、どこに解放されるんだろうねぇ」
「そ…だねー」轟音が苛烈さをまし、お互いの声が聞き取りづらくなってきた。
「アーティファクトのー…開くとこ〜」
「見たいね〜!」
そういって二人同時に双眸をあけた。
現実の世界は景色全体が逆さまになり、右から左に激しく回っていた。違う、自分達とポストがぐるぐる回っている。そして激甚極める突風が彼らを宙でもてあそんでいた。
「たつまきぃ!」
「ポストと一緒に」
「いけるかな〜!」
「うん!」
「ひゃぁ〜!」
二人が数百年分の歓声をまとめて放った。ポストと草人たちが行く先もわからぬまま、つかの間の空の旅へと飛び立っていった——。
- 聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ〜プロローグ(3)〜 ( No.16 )
- 日時: 2013/03/09 23:31
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)
分厚い玉虫色の雲が天を覆いつくしている。地は峻険な山谷が地の果てまで続き、濃密な霧が現実離れした雰囲気に輪をかけている。
視界の目の前には、苔と葉に覆われた巨大な樹が霧と雲の間に浮かんでいた。
——少年よ。私が、見えますか?
声を上げようとしたが、なぜか声がでない。手を動かそうとしたが手が見当たらない。腕の感覚がない。視界を動かすことが出来なかった、
——わたしは、あなたの夢に入り込んでいるのです。
「少年」と呼ばれた夢の主が、樹の正体を確かめようとひとつの言葉を思い浮かべるが、やはり声がでない。もどかしさで歯軋りをするのさえかなわない。
——あなたは言葉をイメージするだけでよいのです。そう、わたしはマナの樹。
夢の主が、根っこの先から一番上の葉っぱの先まで、じっくりと見た。
夢の主の庭先からでも、巨大なマナの樹の姿を見ることはできたが、目の前で見るのはもちろん初めてだった。不意にこの樹が何処にあるのか気になった。
——いまのわたしは「イメージ」です。わたしは900年前、すべての力を失い、かつての姿を失いました。
夢の主が、マナの樹の女神の言葉に引っかかりを覚えた。900年前に姿を失ったとはどういうことだろう。昨日も朝一番であの樹の姿を目にしていたはずだった。数え切れないほど目にしていたあの姿は幻想だったのだろうか。
——今でもわたしはファディールにいます。しかし、900年前にファディールのすべてを封印しようとしたわたしの影の暴走を止めるべく、すべてのマナの力を草人に託しました。彼らは自らの身を挺して、わたしの影をひとつの剣に封印しました。
マナの樹の女神の話に混乱が増すばかりであったが、夢の主が、「剣」と聞いて一つの言葉を思い浮かべた。
——そう、それが聖剣、マナの剣です。
——わたしの影との攻防で生き残った草人たちは、世界を蘇らせるべく、アーティファクトの解放に努めました。
あのあどけない子供のような草人たちが、世界を創っていた。相次ぐ突然の知らせに夢の主の意識が、深く考えようとするのを拒んだ。
——世界が元に戻り始めると、剣の中に閉じ込められた草人たちはわたしに代わり、いえ全ての力を託した彼らが今ではわたし。わたしが、剣の中からマナの力を放ちました。そうして、再び「ラヴ」に満ちた世界を取り戻そうとしたのです。
夢の主が首肯するイメージを思い浮かべた。
——しかし、蘇った数多の命のなかで知のあるものは、私の力を感じようとはせず、アーティファクトになる前に既にマナの力を秘めていた魔法楽器やマナストーンという目に見えるマナの力を求め、再び争いを始めました。
——わたしの力はあなた達の生み出す「ラヴ」によってさらに強くなります。そしてあなた達のラヴは、あなた達がわたしの力を感じることによって、より輝きを増します。
——永きに亘る争いは、多くの命を消し去りました。そして人々は、争いの原因となったわたしの力を求めようとはしなくなりました。
——剣から放たれるわたしの力が途絶えると、ようやく、世界に平和が訪れました。そして私の力とともに世界中のラヴの殆どが、この世界から失われました。
平和——マナの樹の女神はいつの時代のはなしをしているのだろうか。眠りについている間にアーティファクトに閉じ込められてしまった声の主は、己が900年もの間、アーティファクトに閉じ込められ続けていることにまだ気がついていなかった。
夢の主の意識では、一握りの権力者が世界の覇権を手に入れるべく争いを繰り返している、アーティファクトに閉じ込められる前の晩の世界が切れ目なく続いていた。
——しかし、平和は永くは続きませんでした。再び世界の各地で、小さな争いが起きています。そしていくつかの争いは、世界を巻き込もうとしています。皆、争いばかりの世界に胸を痛めています。
夢の主は、生まれたときから争いが絶えたことのない世界を鮮明に思い浮かべていた。
そして、夢の主は言葉でしか聞いたことのない「平和」とはどのようなモノなのか、全く思い浮かべることが出来なかった。
——私を、思い出してください。
夢の主がマナの樹をじっと見つめた。
——私を求めてください。
——私は全てを限りなく与えます。
人々がマナの樹の力を求めたがために、争いが起きたのに、何故いまさらマナの樹の力を求めなくてはならないのか。
——私は『愛』です。
愛……。
夢の主が言葉を思い浮かべるのをやめ、じっとしてマナの樹の女神の言葉を受け止めていた。
——愛は諸刃の剣。争いを生むこともあるでしょう。しかし、本当の平和は愛無くして、訪れることはありません。
——私を見つけ、私へと歩いてください。
俄かに夢の世界が白んでいく。マナの樹が光にのまれていく。
夢の主が叫ぼうとした。何処に、あなたは何処にいるのか。どうして僕なのか。
夢の主の意志に反して、世界が白光に埋もれていった——。
分厚い掛け布団を蹴散らしてベッドから飛び出した。夢から醒めても、息苦しさと激しい動悸が続いていた。ひどく汗をかき、寝巻き全身の肌に張り付いている。右手で胸を抑えながらあたりを見回したが、今まで見てきた部屋がいつものように朝の日差しを受け入れ、板張りの床や、鉢植えのサボテンを明るく照らし出している。
外の空気にあたろうと、窓際に行き、勢いよく出窓を開いた。
——?
界隈が暖かさを増すこの時期、土の見える隙間もなく色とりどりの花と若草が埋め尽くす自宅の前庭に珍しい客人が2人、蝶々と戯れてあちこちに駆け回っていた。
出窓の開く音がすると、2人が足を止め、2階の少年のほうを向いた。
「ポストのなかの男の子だ」
「ちょっと怖い顔しているね」
2人がお互いを見ると、可笑しそうに微笑むと顔を戻した。
2人で息を合わせてありったけの花の香に満ちた空気を吸い込む。
「おーい!」
両手をめいいっぱい振り回して叫んだ。
つい今しがた、マナの樹の女神から直々に、世界中の町や海や森を復活させた張本人であることを教えられた緑の子供達が、そんな過去を微塵も漂わせることなく、楽しげに声を上げて自分を呼んでいる。
少年も子供達の声と姿を見ていると、無性に楽しくなってきた。満面の笑みを浮かべ、右腕を力の限りに振り回して応えた。窓から顔を引っ込めると、大急ぎで寝巻きからいつもの服に着替えた。
窓の外から少年をせかす声が聞こえてくる。そのあとに鈴を転がしたような笑い声が響き渡る。
着替え終えると、サボテンに朝の挨拶をし、真紅の大きな帽子をかぶって、階段を駆け下りていった。
失われたマナの力とマナの樹、そして「ラヴ」を取り戻す壮大な物語の主人公が、その表紙を開いた瞬間であった。
〜プロローグ(3) 完〜