二次創作小説(映像)※倉庫ログ

聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.9 )
日時: 2013/02/10 22:42
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)

プロローグ(2)

 東の地の果てから西の地の果てまで無限に続く、平坦で荒涼とした赤茶色の大地。風にあおられ、コバルトブルーの海に優雅なドレープを飾り付ける風浪。大海を焼き尽くす炎のごとく鮮烈なくれないに染まる暁の空。
 目の当たりにしたもの全てが息をのまずにはいられない、現実離れした鮮やかさを放つ絶景が広がっていた。だが、どんなに素晴らしい景色であっても、世界中どこへいってもその景色が広がり続けていれば、いとも簡単に飽きられ、忘れ去られてしまう。そして、それを見届けるための瞳を持つ者がいなければ、そんな感情すら、この世界に生まれずることはない。

 母なる星の表面をオブラートのように頼りなさげに漂う大地の上で、マナの女神の慈愛によって生きながらえていた矮小な生き物たちが身の程を忘れて行った業の代償は、あまりにも大きかった。
 ひとつの人影によって、下界の魑魅魍魎どもへの苛烈を極る断罪がなされて以来、生命が息づいている音がただの一度も聞こえることがなかった。

 世界に完全な静寂がもたらされ、早くも100年の歳月が過ぎていた。

 神罰の中心地から遥か離れた場所にある砂漠地帯。小高く盛り上がった黄土色の丘の斜面は、さまざまに向きと勢いを変える乾いた風によって、自然の技とは思えないほどの精緻を極める複雑な砂のアートが描かれていた。広大なアートは何者にも感銘を与えることもなく、誰にもその文様をけがされることなく、風の精を失った風がただ自然の法則に従って、淡々と様相を変え続けていた。

 そうして、気の遠くなるような歳月をかけ、砂の丘は大地にはびこる癌細胞のごとく範囲を広げ、ついには乾燥しきった砂の触手が海水まで伸びていた。
 招かれざる黄土色の病巣が、瑠璃色の躯を犯し始めても海は平然として振る舞いを変えることはなかった。風に煽られた水が波打ち際までたどり着けば波浪を起こし、沖合では体をうねらせる、数十億年というの営みのなかで絶やすことなく繰り返されてきた行為を、粛々と行い続けるばかりであった。
 枯れ果てた砂のなかでポツポツと見える小さな突起は、かつてこの砂の軍勢が蔓延る前、つまり黒き人影によって神罰がくだされる前まで存在していたはずの都市に林立していた構造物残骸が地上を覆い尽くす砂から辛うじてはみ出した先端部分であった。

 今でこそ流しの吟遊詩人バードが語るいにしえの戦記さながらの廃墟と化してしまっているが、町が存在した頃の賑わいは、界隈の町の中でも随一であった。一部遠浅ではあるものの、ほとんどの海岸が海水に埋もれたとたんに崖のように地面が落ちる地形をしていたこの地は、貿易港と海軍の拠点として大いに栄えていたのである。
 幾千もの人間、獣人、精霊、魔物たちがゴタ混ぜになり、ひしめき合い、盛り場の喧騒が夜更けまで聞こえていることもしばしばだった。
 この界隈で賑わいを見せていた都市のあまねく命の営みは、神罰によって小さなアーティファクトに閉じ篭められ、他の呪われた工芸品と運命を同じくした。その時に、都市の繁栄の一役をになっていた、海中に潜む幾多の生き物たちも件の町とは別のアーティファクトとして封印され、何処かへ飛ばされてしまった。

 以来、他の地域と同様に枯れ果てた砂漠には一匹の虫けらすらおらず、あまたの生命の泉であるはずの海でさえも、の巨大な胎内に命を身篭ることはなかった。

 日が昇り、乾いた大気が温まり始めると、荒廃した砂の丘を滑り降りる風強さと頻度を増し、砂地に散在する廃墟の先端にぶつかり、あちらこちらでもの悲しげな音を響かせていた。
 砂に覆われたある廃墟の先端と思われる赤と緑のツートーンに色づいた突起を風がこすると、その突起が不自然に震えた。二度三度と風がぶつかるたびに、突起物の震えが大きさを増す。

「ひゃ、くすぐったい」

100年もの間、粛々と続いていた沈黙が、あどけない子供の声にあっけなく破られた。

「んぐ、まっくら」

 また違うところから似たような声がする。

「え、くすぐったいの?おもしろそう」
 再び違う場所から、どれも砂の大地のそう深くはないところから声が発せられていた。

「おもしろいのぼくもやる〜」
「ぼくも」
「ぼくも」
「じゃ、ぼくも」

 4回目の「ぼくも」を皮切りに、大地のしたから子供の声があちらこちらから湧いてくる。その数は10や20どころではない。声の湧き出る範囲は一気に広さを増し、砂の丘が無数の子供が同時に発する大音響に震えていた。そして。砂を押し流すように、さきの赤と緑に染まる突起が地面のしたからひょこひょこと突き出てきたのである。

 熱風が砂の面を吹き抜けるたびに、赤と緑の突起が小刻みに震え、笑い声が砂漠一面に響き渡る。期待はずれで不満そうな声もちらほらと聞こえてくる。
 風が吹いてはざわめき、ざわめくうちに次の風が突起を撫でさらに騒ぎ、そんな単調なことを十日十晩繰り返した。それが突如途絶えたのは、砂の中にうずもれているある声の主の何気ない一言がきっかけだった。

「ぼくたちの尻尾の葉っぱを撫でてるのは、なに?」
「……」
「……」

「見てみたい」
「ぼくも」
「ぼくも」
「んじゃ、ぼくも」

 4回目の声を皮切りに、再び波紋が広がるように、ぼくも、の大合唱が始まった。甲高い声が渦巻く中、うひゃぁ、と叫び声と共に突然砂の塊が音を立てて跳ね上がる。大人の人間の頭の高さほどまで舞い上がった砂の塊からいく筋もの金糸が垂れていく。砂を吹き散らしながらくだんのかたまりが地面に落ちると、かたまりに積もっていた残りの砂のほぼすべてがこぼれおちた。

「わ、まぶしい!」緑色の巨大な葉っぱで全身を覆った人の子供程の大きさの生き物、かつてマナの女神の化身に完膚なきまでに体を切り刻まれていた彼ら、草人の姿があった。

 無数の虎ばさみがバラかまれたポイントに何者かが足を踏み入れてしまったかのように、次々と地中にうずもれていた草人たちが、ばさばさと音をたてて跳び上がった。みたび、砂漠を巨大な波紋が、今度は眩しいばかりの光沢と鮮やかさをもつ緑色の円が一気に広がっていった。



聖剣伝説 レジェンド・オブ・マナ ( No.10 )
日時: 2013/02/10 22:03
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: KZXdVVzS)

 ついに最後の1人が暗闇から抜けだした。一番最初に飛び出した草人から再遠方の地にいた。草人は左手にまぶしいばかりの光沢を放つブローチを持っていた。大きな薔薇の花弁を意匠化したブローチで、針金状に加工された純金と純銀で花弁の筋の一本一本まで細に入り微に入り再現されている。ブローチの中央には、草人の指先ほどのクリスタルの玉石がはめ込まれていた。
「何それ」隣にいた草人が、ブローチを持ったまま初めて見る絶景に立ち尽していた草人に声を掛けた。
「ねえ、見せてよ」
「凄いよ、ほら!空の向こうがまっ平ら〜」
「ねえ、見せて」
「向こうもまっ平ら!」
「ね〜え〜」
「な〜んにもない!」
「ねぇ!」
 痺れを切らした草人が左腕をつかんで激しくゆすった。ブローチを持っている草人が驚いて相手の腕を振り払う。「なに?ぼくになんか用なの?」
 腕を払われた草人が口をへの字に曲げて、正対する草人の左手を指差す。ブローチの草人が左手に何かの感触があることにいたく驚愕した。砂にうもれている間中、ずっと握り締めていたために、握り締めている感覚がなくなっていたのか、それとも草人の身も心も「天然」さゆえのとぼけさ加減なのかは、当の本人に聞いてもわからない。
 二人で顔を寄せてブローチをためつ眇めつ眺めていると、ブローチの中央のクリスタルに光沢以外のなにかが光った気がした。
「ねぇ、何か見えたよね」
「うん!」
二人が同時にブローチに顔を近づけようとして、したたかに頭突きを喰らい、喰らわせた。お互いにお誤りつつ、文句を言い合う。そしてもう一度ブローチを見ようとして、同じ過ちを犯した。お互いにブローチを掴んだまま無言の睨み合いが続いた。草人の背後で日中の大気に熱せられた金色の砂塵が、吹きすさぶ風にあおられ、鮮烈な群青色の青空が薄茶色に濁った。
 ややもせず騒ぎを聞きつけた草人たちが集まってきた。砂漠の砂が滑らかなために、駆け出そうとする草人達の足を大いに滑らせた。既に目的を忘れてわざとコケるものも現れ、緑色に染まった砂漠の一角はマナの木を祭るカーニバルさながらの大騒ぎとなった。何もなくても、砂漠は草人たちにとって最高のアトラクションだった。
 次第に緑色の領域がブローチの持っている草人の居るほうに偏り始めたころ、ようやくくだんの二人の草人の睨み合いに決着がついた。

 一番最初にブローチを持っていた草人の周りに、草人の人だかりがきれいな円を描いた。一番外側の草人はいいように風よけにされ、全身に黄土色のラメが散りばめられていた。
 ブローチを手に持った草人が、自分をぐるりと取り囲む草人たちを自分がぐるりとまわって見回す。周りのみんなの注目を自分が一身に集めている。
 草人が恭しくブローチを両手に抱え、くれないの瞳に近づける。ちいさく唸りながら目を凝らしていると、クリスタルの中に街の模型のようなものが見えた。大理石が積み上げられたお城のようなものが見える。だが、よく見ると模型ではない。小さな街の中に伸びる並木がかすかになびいた。人間や獣人、彼らの仲間たちと似たものが、緑揺らめく並木道を歩いているのが見えるのだ!
 草人がそれを見て、驚かなかった。にっこりと草人らしい微笑を浮かべていた。ここに居合わせるみんなはこれをよく知っている。

—ーよどみない心を持つものだけがイメージして見ることの出来る世界。アーティファクトは見るべきものにそれが秘める世界のイメージを送るんだ。それを見た瞬間、中の世界は時間をとりもどして、みんな動き始める。それを地上のにんげんたちや獣人たちは変な名前をつけて呼んでいた。それでぼくたちもそう呼ぶことにしたんだ。

「アーティファクト!み〜っけ!」

「え?!アーティファクトなの?」
「アーティファクト見たい!」
「アーティファクト見る!」
「んじゃ、ぼくも!」

周りの草人たちが押し寄せよ酔うとするのを、ブローチの草人が、待って!、と叫んで制止する。

「解放しよっ。中に閉じ込められているみんなを」

 一瞬にしてお祭り騒ぎが水を打ったように静まり返った。アーティファクトを解放すると、閉じ込められていた世界が、もとあった場所によみがえるのだ。草人の手に収まっているアーティファクトを解放すると、この広い世界のどこかに、今しがた草人が見たお城のような建物と並木のある街が突如現れることになる。

 ブローチを持った草人から緑色の観衆が距離を置いた。中心に佇む草人が静かに双眸をおろし、呼吸を整える。両手に抱え込んだブローチを目の高さに持ち上げた。周りの草人たちも思い思いの姿勢で目を閉じた。

 広大な砂漠をすき放題に暴れまわっていた熱風が俄かに凪いだ。中空を漂っていた金色の粒々がゆっくりと地面に舞い降り、空気が澄み渡る。

「見える?」緑色の領域の中心に佇む草人が、瞳をふさいだまま静かに話しかける。
「見える!」
「見える!」
「じゃ、ぼくもみえる!」
「えっ?」

 ブローチからろうそくの炎のように揺らめく白光が漏れ出し、輪郭がおぼろになっていく。その光が徐々に明るさを増し、草人たちの影が黄土色の大地にくっきりと映し出される。なおも光は明るさと大きさを増やし続け、遂に草人の集団を呑み込むほどになった。

 突如、草人達の地中深くから耳朶を打つ轟音が響いてくる。思わず草人たちが目を開ける。草人のひとりが叫んだ。
「閉じ込められてる街って!」
ほかの草人たちが我先に言葉を継いだ。「ここにあったんだね〜!」

 草人の大集団が大はしゃぎでその場から逃げ出した。誰もがアーティファクトの解放を目の当たりにするのは初めてで、おびえるのもは誰一人としていなかった。
「よみがえる〜!」
「やっほー!」

 街の復活の際に発生した暴風によって巻き上げられた砂によって、巨大な黄土色の壁が現れた。壁はきれいな円を描き、外側に向かって高波のように大地の砂を巻き上げながら高さと径を増していった。砂漠の砂に足をとられた草人たちは、程なく砂の壁に飲み込まれ、果てしなく上空に吹き飛ばされていった。

「みんな〜」ブローチを持っていた草人があらん限りの声を振り絞って叫ぶ。
「世界中のアーティファクト、見つけようねー!!」
「おっけー!」
「わかったー!」
「りょーかいっ!」
「ひゃぁ〜!」

そういうと、草人たちの頭の上に、本人達よりも大きなたんぽぽの綿毛のようなものが咲いた。

「じゃあねー!みんなー!」
 天空のここかしこで、甲高い声が響き渡った。

 草人たちが一人残らず吹き飛ばされ、大地と天空が何事もなかったように静けさを取り戻すと、砂に覆われ一寸先も見えなかった、草人たちが集まっていたあの場所が、徐々にあらわになってきた。大理石が高々と積み上げられた壮麗な城が姿をあらわした。そして時間を経るにつれ、街の巨大な全容が明らかになってきた。地の果てまで続いていた砂漠は消えうせ、広大な森林とおびただしい民家と商店、貴族の邸宅を抱える都市が現世にあいまみえたのである。大海に面する港では、巨大な軍艦が何隻も舳先を連ね、いつか訪れる出撃のときを静かに待っていた。

 世界を統べる大樹が斃れて100年、あらゆるものが死の淵に堕ち、永久に時間と光、ラブと闇をを失ってしまったはずのマナの女神の創り出した世界、ファディールが気の遠くなるような時を経て、ついに胎動を始めたのである。

〜〜プロローグ(2)完〜〜