二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: Ib —『さよなら』の先に— ( No.68 )
日時: 2013/12/20 22:03
名前: 緑茶 ◆hjAE94JkIU (ID: VnoP1T29)

*1

 私が目覚めたのは、五年前なのか、十年前なのか、はたまたそれより前なのか——今の私は全く覚えていない。目覚めた場所が薄暗かったことだけは覚えている。

「やぁ、おはよう。メアリー」
 目覚めた私の前に立っていたのは、一人の男だった。
「メ……アリ……?」
「あぁ。それが君の名前だ。そして私は君を産んだ親——ゲルテナだ。親しみを込めて『お父さん』とでも呼んでくれ」
「お父……さん」
 私の親と名乗った男——お父さんは、

 自分が芸術家であること。
 ここはお父さんが作った作品達の世界で、私もその一人であること。
 ここから出て行きたければ、外のニンゲンと入れ替わらなければならないこと……

 その他にもたくさんのことを私に教えてくれた。

       *

「お父さん。他の作品って、どんなのがいるの?」
「知りたければ見に行けば良い。ここにいる物は皆、お前の兄と姉だ。ちょうど良いから挨拶にでも行って来ると良い。私はここで待っているから」
「……道が分からないよ」
 そう言うとお父さんはフッと笑い、
「あぁ、そうだったな。ならば一緒に行こう。おいで」
 ゴツゴツした手を差し出した。
 私も手を差し出すと、お父さんは私の手を握って道案内をしてくれた。お父さんの手は冷たかった。

 赤い服のお姉ちゃん。
 頭の無いお姉ちゃん。
 逆さまのお兄ちゃん。

 お父さんは、たくさんのお兄ちゃんとお姉ちゃんと絵を紹介してくれた。

       *

「ねぇ、お父さん。前に『外に出たい時は、外のニンゲンと入れ替われ』って言ったけど……ニンゲンって何?」
 お父さんは物知りで、私の知らない事を何でも知っていた。だから、私が質問すると、いつもちゃんと答えてくれた。
「人間とは私達と同じような形をした生き物だ」
「お父さんは人間なの?」
「あぁ。だがお前は違う。私に作られた作品——言うなればニセモノの人間だ」
「ニセモノ……」
 それは本物ではないってこと。これもお父さんから教わった。
「じゃあ、本物になるためにはどうしたらいいの?」
「外に出ればいいのさ。そうすればお前は本物の人間として外に出られる。ただし、その為には外の人間と入れ替わらなければならない」
「入れ替わらるにはどうするの?」
「外の人間をこちらの世界に引き込むのだ。お前が望めば簡単に出来るだろう。お前は私の作品の中で、一番の力を持っているのだから」
 頭を撫でてくれたお父さんの手は、相変わらず冷たかった。

「入れ替わった人間はどうなるの?」
 私は続けて聞いた。
「お前の抜けた穴を埋めるように、私の作品の仲間になる。死ぬ訳では無いが、人間達の世界から見れば絵になる。そうなったら、出られる方法はほとんど無い」
「ほとんど?」
 ほとんどと言う事は、ゼロではないと言うことだ。
「絵になった人間が元に戻る方法はあるの?」
「……一つだけ、な」
 お父さんは暗い天井を見ながら言った。
「私はこの美術館を作った時、いくつかルールを決めた。『こちらに来た人数しか出られない』、『こちらに取り残されれば絵になる』等だ。そのルールの一つが記憶操作——つまり、この世界から生きて出る者は、ここでの記憶はすべて失うように。入って出られなかった者は、元から居なかったように改変されるよう設定している。まぁお前は作品だから、記憶操作は働かないがな。……それで、絵から人間に戻る方法だがな、外の人間と絵になった人間の思いが一致した時に戻れる。だが外の人間は、絵になった者のことなど覚えていない。だから戻れる事など、不可能に等しいのだよ」

 お父さんはそこで一度区切り、短い沈黙の後、思いもよらない事を言った。
「……さて、そろそろ行くとするか」
「え……? どっか行くの?」
 私は驚いて聞いた。お父さんは、私が産まれてからずっと近くに居てくれたから、離れるのが不安だった。
 私の気持ちが分かったのか、お父さんは薄く笑いながら言った。
「すぐに戻るさ。私が留守の間、ここを頼むよ」
「……うん、分かった。行ってらっしゃい」
 最後に私の頭を撫でたお父さんの手は、やっぱり冷たかった。

 そして——
 お父さんが出て行った部屋のドアは、二度とお父さんの手で開かれることはなかった。