二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: ドラゴンクエスト8-光を求め ( No.161 )
日時: 2013/10/02 17:36
名前: 朝霧 ◆CD1Pckq.U2 (ID: 9kyB.qC3)
参照: 一章 真意

 ——目を閉じて、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
 不意に世界が変わった。
 気が付くとシャウラとセシルは、草原に佇んでいた。
 鮮やかな緑がどこまでも広がり、地平線で空の青と混ざる様はとても美しい。

 不意に、大きな黒い影が横切り、遅れて突風が吹き付けてきた。シャウラは思わず目を閉じる。夢の世界のせいか、風の温度は感じられなかった。
 風が通りすぎると、獣の咆哮に似た音が降ってきた。シャウラとセシルは、思わず上を見上げる。

 上空には、白いドラゴンがいた。大きな翼を広げ、まるで泳ぐように空を自由に飛び回っている。
 真珠色の鱗が陽光を反射し、ドラゴンの身体は、淡い光に包まれていた。光を纏い大空を翔るドラゴンの姿に、シャウラは思わず息を飲んだ。光の竜、と言う名は伊達ではない。

 ドラゴンはシャウラとセシルの姿を発見すると、軽く羽ばたいた。上空で体勢を変え、シャウラとセシルめがけて急降下を始めた。風が強く吹き付け、スカートが翻りそうになったシャウラは、両手で慌てて押さえる。
 ドラゴンは一気に降りてきたが、大地が近付くにつれ、徐々にスピードを緩め、シャウラとセシルの前に降り立った。シャウラたちの目線に合わせるように首を下ろしてくる。

 自然とシャウラは、姿勢を正していた。悪魔、と言うルイネロの言葉が脳裏をよぎり、気持ちが引き締まる。

 シャウラは、改めてオデットを見上げる。
 琥珀色の瞳は澄んでいて、悪意を感じられない。例えるなら教会の女神像に似た、慈愛に満ちた瞳。
 伝説のドラゴンと正反対だ、とシャウラは感じた。
 オデットは、一見すれば、人間を襲う凶暴さは感じさせない。だが、口からはみ出る牙や、手足にある鋭い爪は、挿絵で見るドラゴンのそれで、セシルの物と比べて圧倒的に太い。それは、オデットがドラゴンの仲間である証。——油断できない。
 疑いの視線をシャウラが送ると、オデットは人間が笑うように切れ長の瞳を細め、笑顔を見せる。

「ようやく……ようやく、お会いできた」

 オデットは人間と同じように話した。口を動かすと、透き通った高めの声が、発せられる。セシル同様、話す事ができるらしい。

「ずっと前から、貴方のことを探し求めていました。やっと、やっと、見つけた……」

 シャウラを見つめる琥珀色の瞳から、雫が溢れた。
 オデットは感極まった様子で、嬉しそうに目を細めながら、大粒の涙を流し続けた。涙が雨のように地に降り注ぎ、大地を潤していく。

 オデットが泣く理由が分からない、シャウラとセシルは困惑する一方だ。シャウラは不思議な顔でオデットを眺める。セシルは不信感を募らせているのか、顔が険しくなった。

「何故、お泣きになられるのですか?」

 シャウラが尋ねると、オデットは数回、瞬きをした。それだけに見えたが、もう涙は止まっていた。

「ごめんなさい。お会い出来たのが嬉しすぎて……」

 オデットははにかみ、俯いた。

「……はあ」

 オデットの気持ちが分からないシャウラは、首を傾げることしか出来ない。
 もしかしたら泣き落としか、と警戒した顔付きでオデットを睨む。

 オデットは睨まれたことなど気にせず、頭を振り、真顔に戻った。

「——えっと。あなたたちのお名前は?」

 その発言に、シャウラは呆気にとられる。
 オデットのような異形の者は、大抵全知全能だと聞く。故に名前くらい知っていて当然と思っていた。
 例えば、勇者を導いた精霊の伝説によると、精霊は夢の中で勇者の名前を呼び、旅の始まりを予言したらしい。

「え、私の名前をご存知ではないのですか?」
「お名前を聞いていないもの。当然だわ。教えて?」

 オデットが当たり前のように言った。話の流れで、シャウラとセシルは、それぞれ自己紹介をしてしまう。

「シャウラと申します」
「……セシルだ」

 シャウラとセシルが、それぞれ名乗ると、何故かオデットは目を輝かせていた。

「シャウラ、セシル……初めて聞くお名前だわ! ねえねえ、名字はあるの?」

 無邪気に聞かれ、シャウラは言葉に詰まった。このドラゴンは何でこんなことを聞くのだろう、頭が疑問でいっぱいになる。
 一方のオデットは興味津々な顔付きで、シャウラが口を開くのを、今か今かと待っている。知りたい、と言うオデットの熱烈な視線に負け、シャウラは渋々答えてやることにした。

「えっと、平民なのでありません。名字があるのは、高貴な身分の方だけです。セシルは獣ですから名字など」

 教えると、オデットは何故か感動していた。また人間を知って賢くなった、と喜んでいた。どうやら、異形の者が全知全能と言うのは嘘らしいとシャウラは、学んだ。

「じゃあ、私も改めて自己紹介しましょう。私はオデット。あなたたち人間が、"精霊"や"幻魔"と呼ぶ類いものだけどー—まあ、精霊と思って頂いて構わないわ」
「ドラゴンの姿をした精霊なんぞ聞いたことがないわ」

 セシルが皮肉たっぷりに言うと、オデットは優雅に微笑み返す。

「精霊の姿は、セシルたちと同じく様々よ。魔物にドラゴンの姿をしたものがいるように、精霊にもドラゴンはいる」

 言い切り、オデットは瞳を細める。

「そうね、私はたまたまドラゴンだけれど、ジークフリートは人間らしい姿だわ」
「ジークフリートさん?」
「私と同じ、精霊よ。とても優しく、勇ましい精霊」

 ジークフリートを高く評価しているのだろう、オデットは笑顔でジークフリートを称えた。
 ——直後、オデットは懐かしむように遠くを見た。その口から、悲しげな言葉が零れる。

「——ジークフリート、どこにいるの?」

 答えはない。
 オデットの呟きは、とても切ない響きだった。シャウラとセシルには、巨大なドラゴンの姿が、孤独で寂しいものに見えた。
 一瞬、何と声をかけてよいか迷うが、シャウラはあることに思い当たる。

「……あの」

 控えめに呼ぶと、オデットはシャウラに視線を向ける。

「——夢で男の方の声が時々しますが、もしかしてジークフリートさん?」

 その言葉で、オデットは安心したように微笑んだ。雫がまた落ちた。

「……良かった。無事なのね、ジークフリート」

 と、そこへセシルが牙を剥き出しにしながら、オデットに近付いた。

「……オデットよ、こいつに取り憑いたか?」

 セシルが身を低くし、唸るとオデットの瞳に冷たい光が宿った。刃物のような、底冷えがする光。ふふ、と愉快そうな笑い声が口から漏れる。

Re: ドラゴンクエスト8-光を求め ( No.162 )
日時: 2013/10/02 17:42
名前: 朝霧 (ID: 9kyB.qC3)

「あら、あのおじさま、人間にしては勘が鋭いのね」

 目の前にいるオデットが、優しいドラゴンではなく、伝説に伝わる、恐ろしいドラゴンに見えた。

「ええ。私は、シャウラに憑依させてもらいました。……これからよろしく」

 オデットは初対面の挨拶のように軽く言うが、憑依された方は不安でたまらない。それを代弁するように、セシルが詰問する。

「一体何が目的だ。はっきりしろ!」
「あなた方は、私の声を聞き、行動する。それだけでいいわ」

 余裕の笑みを浮かべる、オデット。
 その余裕にシャウラは怒りを覚えるが、相手にしないことにする。憑かれたなら、祓えばいい。

「セシル、神父様に祓って貰えばいいわ」
「無駄よ」

 ぴしゃりとオデットが言った。瞳に狂気に似た、暗い光が灯る。
 不意に圧迫感が増すが、シャウラは、しっかりとオデットを見据える。だが、身体は細かく震えていた。足が固定されたように動かない。恐怖のあまり、シャウラは立ち尽くすことしか出来なかった。

「……下手に祓うと、シャウラの精神が崩壊するわよ?」

 ふふ、と顔を歪めて笑う姿は、勇者を迎える悪いドラゴンそのもの。いや、間違いなく伝説のドラゴンはこのような顔をしているだろう。
 まるで試すような笑みに、シャウラは怯える素振りを見せた。が、己を鼓舞し、何とかにらみ返す。

「一方的に取り憑いておいて、その言い方はないでしょう」

 強い口調で責めれば、オデットは呆れたように言葉を吐き出す。

「ドルマゲスが迫ることを教えてあげたし、火事から助けてあげたのだから、見返りは当然でしょう?」

 だから、とシャウラは反論しようとしたが、急に身体が上に引っ張られたような気がしてできなかった。
 気が付くと、辺りが急に歪み始めた。空間が波打ち、蝋のように溶けながら暗闇に変わっていく。空の青が、草原の緑が、あっというまに黒く染まった。
 同時に、シャウラは意識が遠のき始める。何とか意識をつなぎ止めようとするが、オデットの姿は、霞んでいく。

「ああ、もう朝なのね。残念だわ」

 オデットが、残念そうに言った声だけが耳に届く。もはやオデットの姿は分からない程視界はもやに包まれ、どんな表情をしているかも判別できない。

「とにかく、私はあなたから離れるつもりはありませんから」

 その言葉を最後に、シャウラの意識は闇の中に沈んでいった。

〜つづく〜