二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: ドラゴンクエスト8-光を求め ( No.85 )
- 日時: 2013/08/21 17:23
- 名前: 朝霧 ◆Ii6DcbkUFo (ID: ffzF7wsd)
「では。私からもちょっとした贈り物を差し上げましょう」
ドルマゲスがニヤリと笑うと、シャウラは崩れるように膝をついた。セシルの口からライラスの身体が落ち、彫像のように固まる。
(な、なにこれ)
身体が異様に重い。身体が鉛の像にされたように固くなり、動かせない。手足に力を入れようとするが上手くいかず、無理矢理押し戻されてしまう。
ドルマゲスはゆっくりとシャウラに歩み寄り、身体の線をなぞるように上から撫でた。冷たい感触が肌を抜け、後に鳥肌が残る。
悲鳴を上げたいが、口が開かない。身体同様、閉じた状態で固定されてしまい、開けられないのだ。
ドルマゲスは肌の感触を確かめるかのようにじっくりと撫でて来るのだから、気持ち悪さが倍増する。
シャウラは身動きがとれないまま、全身からさあっと熱が引いていくのを感じていた。
「さて、まずは可愛らしいお嬢様から私のものになって頂きましょう」
ドルマゲスはうっとりとしながら、セシルのすぐ脇で倒れる老人——ライラスに笑いかける。
「ど、ドルマゲス……」
ライラスは何とか顔を上げ、憎々し気にドルマゲスを睨んだ。ふ、と鼻で笑うと、ドルマゲスは膝をつき、俯いた姿勢のまま固まるシャウラの肩にそっと手を置く。杖が赤く光った。
「ところで私は、この可愛らしいお嬢様を気に入りましてねえ。美しい姫君になって頂こうと思うのです」
「シャウラをどうするつもりだ?」
ライラスの怒気を孕んだ問いに対して、ドルマゲスはけらけらと笑い、
「そう。美しい白バラを身に纏う、私だけの可愛い茨人間に変えてさしあげますよ。さて、そちらの高貴な獣はどうしましょうか。馬や魔物はもう見飽きましたし、鳥にでもしますか」
何も出来ずにライラスが歯軋りをする前で、ドルマゲスは不意に片腕を広げた。シャウラの腰に手を伸ばし、そのまま抱き上げる。力が入らないシャウラは頭を前に倒し、両腕をだらんと伸ばした状態のまま動かない。
ドルマゲスが杖を持った手で器用に頭を撫でても、抵抗しない。いや、正確には出来ないでいた。
「己の無力を嘆きながら、大切なものを奪われ」
ドルマゲスはいとおしそうにシャウラの頭を撫でる。いつの間にか杖の先端からは緑の茨が生え、蛇行しながらシャウラの腕に絡んでいった。
「最後に命を奪われる、と言う筋書きは素晴らしいと思いませんかねえ?」
ドルマゲスは実に楽しそうな笑みを浮かべながら、ライラスを見下ろしていた。茨は既にシャウラの両腕に絡み付き、今度は足に到達しようとしている。セシルにも茨が巻き付き始める。何も出来ないシャウラとセシルは、ただなるがままになっていた。
——だが。不意にライラスの口が紡いだ詠唱によって、ドルマゲスの動きが止まる。
「?」
端から見れば、ドルマゲスの全身が淡い黄金色に輝いている。それだけに見える。しかし、ドルマゲスは苦悶の表情を浮かべ、うめき声をあげていた。時折身をよじり、光から抜け出そうともがいているがドルマゲスの身体は輝きを更に強くする。シャウラとセシルに巻き付いた茨も、一瞬で枯れ、朽ち果てた。
「いい気になるな、虫けらめ!」
ドルマゲスは一度、シャウラを地面に横たえる。
そして、獣の咆哮に似た声をあげ、杖をセシルとライラスに向けた。途端、何処からか強い風が生まれ、彼らに吹き付ける。杖そのものが紫に光り、禍々しい気を発していた。その気配に身体に悪寒が走り、恐怖が込み上げてくる。町で感じていた、嫌な感じはまさにこれだ。例えるなら、悲しみ、怒り、憎しみ。人間のあらゆる負の感情を感じさせる、暗い気配。
「セシル、父様!」
風が起こったと同時に、シャウラは身体に力が戻った。身体を起こし、彼らの様子を窺おうとすると、いつの間にかドルマゲス、空中に浮いていた。足は地面に着いていない。まるで見えない足場があるかのように、ドルマゲスは何もない宙に"立っていた"。
その足下には、ライラスがうつ伏せで倒れている。ドルマゲスはいつの間にか、ライラスの上まで移動していた。
「いい利用方法を思い付きましたよ! 殺すには勿体ない」
新しい遊びを思い付いた子供のように、無邪気に笑いながらドルマゲスは言った。セシルが空中にいるドルマゲスに飛び掛かろうと跳躍し、シャウラが呪文を詠唱したその時。——二人は凍りついた。
ドルマゲスが杖を掲げると同時に、ライラスの身体が宙に浮いた。そして、一瞬にして消えた。時間にして、僅か数秒。
「ドルマゲスさん、父様に何を!?」
シャウラが悲鳴のような叫び声を上げると、ドルマゲスは答える代わりに杖を前に倒した。
「暗黒の精霊よ。我が憎しみの心を炎に変え、全てを焼き払え」
ドルマゲスが淡々と言葉を紡いだ途端、辺り一体に巨大な火柱が立った。辺りの空気が夏のように蒸し暑くなり、暗かった室内が一気に明るくなる。
「これは、ベギラゴンか!?」
恐らく——火炎系の魔法、ベギラゴン。唱えると、火が走り、相手を焼く魔法だ。メラは火の玉が相手を襲うだけだが、こちらは帯状に、つまり横に炎が駆け抜ける。
「これはベギラゴンではありませんよ。ギラです」
セシルの言葉にドルマゲスは口角を上げた。
ギラは、縦横無尽に発生し、家に火をつけていった。
まずは天井に。次に木製の本棚に、机に、次々と着火した。そして、あっと言う間に燃え上がり、ぱちぱちと言う音を立てながら勢いを増していった。
部屋にはもう炎しか見えない。しかし、部屋の四方は炎に囲まれ、シャウラとセシル、ドルマゲスがいる場だけが辛うじて炎がない状態だ。まるでそこだけ壁か何かがあるように、炎が迫ってこない。
空間の外では崩落が始まり、炎に包まれた固まりが轟音と共に落下していた。固まりは彼らがいる空間に弾かれるようにあちこちに散らばっていく。
シャウラはドルマゲスと対峙しながら、何とか冷静さを保っていた。
父がいなくなったことで取り乱しそうになったが、今度は命の危機が迫っているせいか急に落ち着いてきた。命がなければ父の居場所をドルマゲスに聞き出すことは出来ない。今一番優先すべきなのは、己の保身であると判断したシャウラは逃げ出す方法を必死に考えていた。
空気はますます蒸し暑くなり、息をするたびに息苦しくなるのをシャウラは感じていた。焦げ臭い匂いが鼻に届く。
しばし硬直状態が続いたが、不意にドルマゲスが笑った。
「ごきげんよう、可愛らしいお嬢様」
ドルマゲスは馬鹿にするような挨拶をすると、踵を返し、自ら炎の中に入っていった。
オレンジの炎の中で、黒い人影は狂った調子で踊り、やがて高笑いをしながら影は小さくなり、ついには消えた。ドルマゲスを追いたいが、この炎で無理なことを悟ったシャウラは追うのを止める。
見慣れた風景は、目が眩みそうなオレンジに染まっていた。むわっとした熱気が息をするたびに喉を焼き、焦げるような嫌な匂いが鼻につく。息苦しさにシャウラが咳き込むと、セシルが一喝した。
「バカ、息をするな!」
ドルマゲスが消えたせいで術が解けたのだろう。前後からは炎が、上からは瓦礫が、それぞれシャウラとセシルに襲い掛かってきた。魔法が得意でもこれらを吹き飛ばすほど強力な呪文を使えないシャウラにはなす術がない。
もうダメか、とシャウラが諦めで目を閉じたとき。
『——諦めないで!』
不意にシャウラの脳裏に声が響いた。夢の中で聞こえた、女性の声だった。その時、シャウラは頭の中に何かの映像が沸いてくるのを感じた。
ヤギのような二本の角がある頭。真珠色に輝く鱗に覆われたヘビの身体。コウモリの羽に似た白い翼の下には、鋭い爪を有す、五つに分かれた指。シャウラは伝説に現れるドラゴンのようだと思った。教会の絵画に見るドラゴンは大抵こんな姿をしていなかったか。
映像が止むと、今度はシャウラの脳裏に単語の洪水が流れ込んでくる。聖なる光。守護。一つに。導く。私に答えよ。
上を見上げると、瓦礫も炎もすぐそばまで迫ってきている。
だがシャウラは動じなかった。バラバラの言葉がゆっくりと一つの言葉として形になっていく。集中するためシャウラは目を閉じ、脳裏に浮かぶ言葉を唱える。
「聖なる守護の光、今交わり一つとなりて、我が呼びかけに答えよ」
すっと何かが脳から指先に駆け抜けた。シャウラは掌を天にかざすと、指先から何かが去っていったような気がした。そして、天からの力が掌を通じて身体に流れてきた刹那。
全身が熱を帯び始め、鼓動が速くなる。額から流れた汗が鼻腔に沿って流れる。視界が急激に霞む。身体が悲鳴を上げる、その感触。
自分に耐えられない力を扱えば、己が壊れると父によく言われたがまさにその通りだ。制御できない呪文を使えば体内の魔力が暴走し、時には命を落とすこともあるというのをシャウラは今更になって思い出した。
この呪文は、ほとんど完成しているが何かが足りない。ほんの僅かな何かが。それが分からないため、力は行き場を失っているらしかった。
押し寄せてくる力が暴れ、身体を蝕む。急な熱さと寒さが交互に体を襲い、脂汗が肌を伝う。浅い呼吸を繰り返しながら、シャウラは立つのが精一杯だった。炎の音も、家が崩れる音も焦げ臭い嫌なにおいも。全てが意識の片隅に追いやられていく。
掌が下がりかかった途端、脳裏に鼓舞する声が聞こえた。
『貴方は生きたいのでしょう? 気をしっかりもって!』
しっかりもてと言われても無理な話だ。しかし、声は必死にシャウラに呼びかけ続ける。
『生きなさい! 生きたいと願いなさい!』
その時、セシルが動いた。
早口で呪文を詠唱すると白い煙が上がった。煙が晴れると、そこにはユリマに化けたセシルの姿。倒れ掛かるシャウラの肩を掴み、身体を支える。
「全く。私の事を忘れよって」
悪態をつくセシルに苦笑しながら、シャウラは目を閉じたまま安心していた。
心内で強く願う。
(生きたい)
ふいに身体の不調が収まった。
暴れていた力が纏まっていく。
炎も瓦礫もすぐそこまで迫っていた。
(生きて、父様を……)
鼓動が速くなる。
力が外に出たいと訴えているのだ。
そして、シャウラは欠けていた最後の言葉を知った。——光の竜、名はオデット。
「そう、それが正解」
ふ、と笑うような声がした。
天からの力がまっすぐ駆け抜けた。
「降誕せよ! 光竜オデット!」
その言葉と共に、不意に轟音が止まった。
何、と思いシャウラが目を開けると、目の前に白いドラゴンがいた。
突如現れた巨大なドラゴンは眠りから覚めたかのように頭を左右に振った。先程頭に浮かんだ映像そのものだが、ヘビに似た身体には尾の先まで白い鬣が生えているのと、指同様五本指に分かれた後ろ足があるのは初めて気付いた。それに鋭い爪は鎌のように鋭く、口は人を丸呑みできそうな程大きくて。 伝説に出てくるドラゴンそのもののように思えるが、シャウラは何故か怖いとは思わなかった。
身体は巨大だがドラゴンが放つ空気は穏やかなもので、共にいて心地よい。琥珀色の切れ長な瞳は優しい光をたたえ、二人を見下ろしていた。
限界が来ていたシャウラが意識を手放し、セシルのほうに倒れこむ。セシルはしっかりと受け止めると、憎々しげにドラゴンを見上げた。
「話は後に。ここから出ましょう」
ドラゴンは瞳を緩めると、何か言葉を唱えた。
するとシャウラとセシルは光の珠に包まれ、珠は小さくなって消えた。
シャウラたちがいなくなった後、炎は家全体に広がり、家は大きな音を立てて崩れ落ちた。
〜序章完〜
追加事項はオデットが登場することです←
竜って時点でバレバレかな……