二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.2 )
日時: 2014/08/30 15:52
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

【第一章 兵士とは】

——846年。長い訓練を終え、ペトラは訓練兵を卒業した。卒業試験の成績で見事上位十名に入ることが出来た。幼馴染であるオルオ・ボサドも同じだった。
 上位十名にはいったのだが、ペトラは不満であった。オルオより順位が下だったのだ。
「へっ、残念だったなぁペトラ。立体機動の成績がお前より上だったからに決まってんだろ?」
「うっさい。そのまま舌噛み千切れば良いのに…まぁ、座学と格闘術は私の方が上だったけど。良いよ別に。憲兵行くから」
 成績上位十名になれた為、所属兵科を選ぶ権利を有したペトラは、憲兵団に入る気満々だ。
 訓練兵団に入ると言ったとき、偉く親に反対されたのだ。その反対を押し切って無理やり入った。親を心配させないためにも憲兵団が良い——そう思っている。憲兵に入れば、巨人の脅威からは逃れられるし、給料は兵団の中で最も高い。良いことずくめだ。仮に調査兵団なんて言ったら、親は顔面蒼白だろう。
 しかし、憲兵団は裏の顔があるとの噂がある。巨人の脅威が一番少ないとされるウォール・シーナを拠点に活動している為、命を脅かされる危険が無い。故に表向きは民を統制する秩序ある兵団でも、実態は上官は部下に仕事を押し付け、酒浸りだと聞く。
「オルオは?どうするの」
「俺は調査兵団に行く」
 意外な返事だった。
「俺は壁の中で燻ってる奴等とは違う…ビクビクおびえながら一生を送るなんて、俺はごめんだ」
 それに、巨人がいなくなれば、チビたちも外で思い切り遊べるしな、と笑っていった。ペトラは「そっか」としか言えなかった
——とりあえず、一週間後の所属兵科を決めるときまでにちゃんと決めておこう。
 ペトラはそう思った。

「明日は駐屯兵団の手伝い…か」
 ペトラは所属兵科を決める日までの日程を見ながら呟く。
 訓練兵でも、卒業試験を終えれば一介の兵士とみなされる為、仕事を頼まれる。駐屯兵団の壁の補強手伝いや、憲兵団の荷物搬送の手伝いもある。調査兵団は主に壁外調査を担当しているため、所属兵科希望段階では、壁外調査には付いて行けない。しかし調査兵団が壁外調査中の間、雑務などは任されたりしている。
「なんか、普段やってることはどの兵団もあまり変わってないなぁ…オルオの話聞いてたら、調査兵団も悪くないと思ってきた…」
 同室の仲間の寝息が聞こえてきても、ペトラは日程を凝視しながら一晩中考えていた。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.3 )
日時: 2014/08/30 15:38
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

「お、おはよう…ペトラ…」
 同期の女子たちは若干引きつった顔でペトラを見る。
「おはよう…」
 前日に考えすぎた。結局寝れたのは1時間程度で、完全に寝不足である。故にクマがすごい。目も充血し、髪もボサボサだった。女子としての自覚はないのかと突っ込みたくなる程だ。
「このあと集会だよ?それで出るの?」
「そんな事言われたって…もう時間そんなにないし」
 あと10分程でこれをどうにかできるとは思えなかったが、とりあえずなんとかしてみることにした。

 公共の水道場にある鏡の前で自分とにらめっこ。確かに髪はボサボサ。目は赤いしクマも酷い。
「兵士になった途端、今まで意識してた髪とかも意識しなくなっちゃったな…入る前はもうちょっとこう…女の子だった気がする」
 とりあえず顔を洗った。充血した目は目薬で何とかした。クマは元に戻らない。戻るはずもない。諦めて髪を整え始めた。鏡に映るブラシを見て、ふと思い出す。
「このブラシも…もうボロボロなんだよね…」
 母親から貰ったものだ。大切に使っていた筈なのだが、何時の間にかボロボロになっている。梳かす部分は何本か折れてしまっていて、柄の色も剥がれ落ちている。
「随分前に貰ったものだもんな…ブラシ借りてくれば良かった」
「おい」
 後ろから声を掛けられた。
 振り返ると、そこには誰もが一度は見たことがあり、壁の中では知らない人はいないと言っても過言ではない、兵士の憧れである人類最強の兵士が立っていた。
 ペトラは急いで立ち上がり、敬礼する。
「おはようございますっ!リヴァイ兵士長!!」
 まさか人類最強と謳われる彼にこんなところで出会うとは思っていなかった。ペトラの背中に変な汗が流れる。
「こんな所で何している」
「あ、それは…同期にクマと髪が酷いと言われ、直しに来たのですが…なかなか直らなくて…えへへ」
 よく分からない身振り手振りを加えながら話す。
 顔色一つ変えずに、リヴァイはペトラの近くに歩み寄った。
「名前は」
「は…はっ!訓練兵のペトラ・ラルと申します!!」
「ペトラか。ちょっと座れ」
 一瞬何を言われたのか分からずに、きょとんとする。
「いいから」
 言われるがままに座る。鏡を見ると、リヴァイがペトラの髪を梳き始めた。
「り、リヴァイ兵…」
「黙っとけ。大人しくしてろ」
 所々ひっかかるペトラの髪を、リヴァイは優しく梳いていく。ペトラの髪にリヴァイの小さな、温かい手が触れる。めちゃくちゃ緊張する。兵士なら誰もが憧れるリヴァイがこんなにも近くにいるのだ。息をするのも忘れていた。
「これでいいだろう」
 舞い上がっていて、突然発せられたリヴァイの声に驚いた。若干体を震わさせる。息をし忘れていたので、酸素をめいっぱい取り込んだ後、慌てて鏡を見直すと、自分の髪は見違えるほどに綺麗になっていた。先程のボサボサで、艶のなかった髪が、指通りの良い天使の輪が出来る髪になっていた。髪を結わえるのが勿体ない程に。
「…あ、ありがとうございます」
「気にするな。身だしなみには気を使え。女だろ」
 そう言い残して去っていった。
「…凄い。何をしたんだろう…ん?」
 自分の横にリヴァイが使っていた、ペトラ的には『魔法の櫛』が置かれたままだった。慌てて通路まで飛び出す。
「居るはずない…か」
 その時、集合の鐘が鳴った。ペトラは自分のブラシをゴミ箱に捨て、リヴァイの櫛を大事そうに持ちながら集会場へ向かった。
 だが、ペトラは一つ忘れていることがあった。それは同期に指摘されて改めて気付いたことだった。
「あ…クマ…」
 髪が綺麗になったのは良いのだが、目の下のクマは何一つとして改善されていなかった。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.4 )
日時: 2014/08/30 15:41
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

「ペトラ、髪綺麗になったじゃん!クマは取れなかったみたいだけど…」
 同室の女子たちに言われる。
「ま、まぁ…ね」
「あんた髪長いんだからさーもう少しちゃんと手入れしなよ」
 いつもポニーテールにしているのだが、今日は結ぶ暇もなかったので、結果的に下ろすことになっている。
——折角綺麗なのに、結ばなきゃいけない挙句、この後埃まみれになるんだよなぁ…
 ペトラは深い溜息を吐いた。そんなことをしている間に集会が始まった。
「本日は駐屯兵団の手伝いとなっていたが、予定変更で、もう一度卒業試験に似たような試験をやってもらう」
 辺りがどよめき始めた。

「え?なんで?」
「あの辛い試験またやんのかよ」
「俺、技巧が苦手なんだけど」

 当然の反応だ。この前終えたばかりの卒業試験をまたやるのである。いや、立て続けにやる、の方が正しいかもしれない。
「まだ疲れとれてないんだけどなぁ」
 何時の間にか横にオルオがいた。そして、耳打ちをする。
「どうやらこれ、スカウトするための試験らしいぜ」
「は?スカウト?」
 突然何を言い出すんだコイツと思ったが、意図がありそうだ。とりあえず聞いてみることにした。
「調査兵団・駐屯兵団・憲兵団…各兵団の班長やら団長やらが総出で見に来るらしいぜ。ヘマはできねぇな」
「上位十名は自分で選べる筈。なぜスカウトなんか…」
「じゃあ聞くが、お前は何処にするか決まってんのかよ」
 先程の出来事で少し調査兵団に入りたくなったなんて、口が裂けても言えなかった。結果的に黙り込む。
「今年の訓練兵は、お前みたいな優柔不断な奴が多いらしい。自分で所属兵科を決めることも出来ない。だからこんな茶番が起きる羽目になってんだろ」
 要するに、所属兵科を決めていない人が多いと上官の耳にでも入ったのだろう。自分で決められないなら他人に決めて貰え的なアレだ。
「でも、大半の人は勝手に決められる。それって、成績上位者に入った意味全くなくなるって事じゃん」
「まぁいいじゃねーか。考えてもみろ。優秀な人材であればあるほど安全な内地に行く。可笑しくねーか?適材適所、己の技術に合った兵団に行く為に、こんなことをやらされるんだと思えば良いじゃねーか。憲兵団のクズも減るだろうて」
 そうかもしれない。オルオの言うことには一理ある。だが、立体機動や格闘術に長けていたら調査兵団、座学や技巧は憲兵団。それ以外はどう考えても駐屯兵団だ。
「結果見えてるな…これ」
 ペトラがボソッと呟いた。
——格闘や立体機動は正直、普通よりちょっとできるかなってくらいだし…兵站行進や馬術も普通…となると私はオルオの言う、クズの憲兵になるのかなぁ…
 彼女はとても不安になった。

『これより!試験を開始する!一班10〜20人の班になっている筈だ!この班員で試験を行う!日程は本日は兵法講義・技巧術、2日目は兵站行進・馬術、3日目は立体機動・格闘術だ!いいな!』

「「はっ!」」

 有無を言わさず試験開始。ペトラは卒業試験以上に気合を入れた。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.5 )
日時: 2014/08/30 20:37
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

【試験一日目 兵法講義・技巧術】

 兵法講義・技巧術は筆記試験で行われた。基礎的な問題から応用的な問題まで幅広く、3時間に分けて行われた。ペトラは最終科目の最終問題で悩んでいた。

『問.貴方は何故兵士になろうと思ったのか。簡潔に答えなさい。』

 それを話すと長くなってしまい、簡潔に答えることが出来ないのだ。

——どうしようかな…なんて答えれば…

『答.1年前のウォール・マリア陥落の時に』

 ここでペンが止まってしまう。思い出したくもない。あの時を思い出してしまう。
——駄目だ。此処で止まっちゃダメ。何時までも引き摺ってたって何も変わりはしないから…
 思い直し、ペトラは再び書き進める。

『答.1年前のウォール・マリア陥落の時に、母を救うことが出来なかった自分に不甲斐無さを感じた為、自分と同じような思いをする人が少しでも減り、平和な世界を取り戻す為。また、自分の力を少しでも誰かの役に立てたいと思った為』

——厨二臭いなぁ。そう思ったとき、終了となった。

「明日は兵站行進・馬術だ!良いな!」
 ペトラは、あの問いの所為で思い出したくもないことを思い出す羽目になった。
「ペトラ、浮かない顔してんじゃねーか。まさか試験がうまくいかなかったのか?」
 オルオが何時ものテンションで話しかけてくる。今は耳障りでしかなかった。
「ごめん、ちょっと独りにさせて」
 足早にその場を去った。

 ペトラは兵舎の外の階段に出て独り夕日を眺めていた。母親のことを思いながら。
 1年前の845年。ウォール・マリア陥落の情報が入ったのは、そう早くはなかった。そして、ウォール・ローゼに巨人が迫ってきているとの情報も入った。噂なのか真実なのか分からない為、住民は混乱していた。逃げ惑う者。嘘だと言い張って何もしない者など。
 ウォール・ローゼに住んでいた、当時14歳のペトラは、万が一に備えて逃げる準備をしていた。
「少しの食料と服があれば十分だよね」
 部屋中駆け回り、必要と思われるものを鞄に詰め込む。
「父さん!早く準備して!」
 一通り自分と家族の準備を終えたペトラは、病気の母親の準備を手伝おうとしていた。だが。
「ペトラ…私の事は置いて行って」
「な、何言ってるの?置いて行くわけないでしょ?連れて行くよ!オルオにも手伝って貰うから大丈夫!」
「良いから。母さんはもう体力も落ちてるし、それに、もう歩けないと思うの」
 長い間病を患っていた為、ずっとベッドの上に寝たままだったペトラの母。所謂、ほぼ寝たきり状態。だが、会話出来る程に意識はしっかりしている。
 医者に診てもらった時、もう長くないと言われていた。ペトラはそんな母を必死に看病し続けた。その甲斐があってか、寿命を宣告されて半年以上が経っていたのだ。だがそれは「なんとか命を繋ぎ止めている」に過ぎなかった。ペトラの看病で歩けるようになった訳でも、症状が良くなった訳でもない。以前のまま、良くも悪くもならずに——いや、むしろ悪化していたのだ。
「嫌だ…だって、看病できるのは私しかいないでしょ?父さんは働いているから、なかなか家に戻ってこないし…今日だって、たまたま仕事が休みなだけで…兄弟がいる訳でもない」
「ペトラ」
「冗談は止して…必ず連れて行く」
「ペトラ」
 母親の言葉を無視し、大声を上げ始める。
「今まで頑張ってきたじゃない!歩けるようにする!だから」
「ペトラ!!!」
 今まで聞いたことがないような母の怒号。それと同時に母がむせ、吐血する。急いで駆け寄り、口元を拭ってあげた。
「もう…無理だから…いいの…ペトラ、父さんと…逃げて」
 血が付いた手をペトラの頬に伸ばす。ペトラは母の手を両手で受け止めた。
「私は…貴女を産めて、良かったよ…こんなに、真っ直ぐ、堅い意志を持った子に育ってくれた…」
 ペトラの目から涙が零れ落ちる。
「かあ…さんっ…」
「ペトラ!早く行くぞ!!」
 ペトラは父に引っ張られる形で母親から引きはがされる。
「貴方…ペトラを、宜しくね…」
「…あぁ」
「嫌だ…嫌だよ…母さん」
 泣く母。苦虫を噛んだような顔の父。
「父さんっ!離して!母さんっ、母さぁぁぁぁぁぁあああああん!!」

 その後、ウォール・マリアは陥落したが、ウォール・ローゼには巨人は来ていないとの正式な情報が入り、人々は安堵の表情を浮かべた。シーナの門の前に溜まっていた人たちは、伝達が遅いと怒っていたり、まだ生きていると喜び合ったり、様々な表情を見せていた。ポツリポツリ、と人々が帰り始めたところで、ペトラ親子も家に戻ることにした——とても重い足取りで。
 家に戻ると、冷たくなった母が待っていたのだった。

 気が付くと日は完全に落ち、辺りは暗くなっていた。ペトラはそれと同時に自分が泣いていることに気が付いた。
「母…さんっ…」
 今になってまた泣き出すのもどうかと思った。なんて弱い人なんだろうと思った。
 こんな思いをしたくないから、ちゃんとした情報を真っ先に住民に伝えられるのは兵士だと思ったから、訓練兵になった。体の弱かった母をおぶって行けるような体力が欲しかったから、訓練兵になった。こんな動機もどうかと思ったが…。
「あれ?訓練兵の子だよね」
 そんな色々な事を考えていると、後ろから明るげな声がした。振り返るとメガネを掛け、ボサボサの髪をポニーテールにした調査兵がいた。
「な、泣いてるの?大丈夫?何かされたの?」
 ペトラの隣に腰掛け、まるで子供をあやすかのように頭を撫でた。「髪サラサラだねー」などとニコニコしながら話している。ペトラは涙を拭い、問いかけた。
「貴方は…」
「あぁ、ごめんね!私は調査兵団の分隊長をやってるハンジ・ゾエ。貴女は?」
 ペトラは向き直り敬礼する。正確にはしようとした。
「あぁ!いいって、いいって。私そういう堅苦しいの嫌いだからさー。で?名前は?」
「あ、はい…ペトラ・ラルと申します」
「ペトラかぁ。良い名前だね」
「有難う御座います」
 胸元の自由の翼のエムブレムをみて、ペトラははっと思い出す。
「あの、突然で申し訳ないのですが…ハンジさんは、調査兵団なんですよね」
「ん?うんーそうだよー」
 ペトラは胸ポケットからあるものを取り出した。
「これは?」
「リヴァイ兵士長にお借りした櫛です。何時返せるかどうか分からなかったのですが…お願いできますか」
「へぇーリヴァイが櫛なんて持ってたんだぁー。分かった、ちゃんと返しておくね」
 翳す様に櫛を眺めた後、ハンジも同じように胸ポケットへ入れた。
「それより、君はこんなところで何をしてたの?」
 ペトラは視線をハンジから外す。
「ちょっと…昔の事を思い出してしまって…それで」
「泣けるときに泣いておきなよ」
 少々驚いた顔をするペトラを目だけ動かしてみた後、ハンジは立ち上がって真っ直ぐと前を見て続けた。
「そのうち泣きたくても泣けなくなるから。それこそ、調査兵団なんかに入ったらね。目の前で何人もの仲間が死んでいく。それに構っている暇はない。自分だって何時死ぬか分からないところにいるんだから。それをバネにして戦わなければいけなくなる。たとえ…どれ程の反感を買おうと」
 どこか悔しさを滲ませたハンジの横顔を、ペトラは食い入るように見ていた。
「それに、泣いている女の子は絵になるしねー!」
 先程とは別人のようにはっちゃけた笑顔を見せ、ペトラの頭を思い切り撫でた。ハンジは身を翻し、歩き始めた。
「もう遅いから、兵舎に戻りなよー!明日も早いんでしょ?頑張ってね!」
「は…はっ!!」
 ペトラは敬礼し、暫くの間その場に固まっていた。先程言われたハンジの言葉を反芻しながら。

『——目の前で何人もの仲間が死んでいく。それに構っている暇はない。自分だって何時死ぬか分からないところにいるんだから。それをバネにして戦わなければいけなくなる。たとえ…どれ程の反感を買おうと』

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.6 )
日時: 2014/08/30 21:11
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

【試験二日目 兵站行進・馬術】

 荒い息づかいが響く小さな森の中。重い荷物を背負って約10㎞の道のりを走る。兵站行進は、10㎞を50分切る速さ。つまり1㎞5分で走れて合格となる。1㎞5分はどれくらいかというと、200mを1分…
 と、面倒臭いことを考えながら走っているペトラ。しかし、これはペトラ——いや、女子訓練兵にとって重要な事だった。
 体力面で劣る女子などは兵站行進は苦手である。しかも、兵站行進が終わって休憩1時間で馬術の試験に移るのだ。なので、なるべく体力を使わないようにギリギリの速さで走ることにしたのだ。
「おい!ペトラ・ラル!遅いぞ!」
「はいっ…!すみませんっ…!」
 などと言いながらも、このペースを落とす気はサラサラ無かった。

 無事に時間ギリギリでゴールしたペトラ。既に一時間後の馬術に備えて30分寝ることにした。ちゃんとオルオに起こしてもらうようにお願いして。
——あぁ…もっと体力付けなきゃダメかなぁ…
 そう思いながら眠りについた。

 見覚えがある光景が目の前に広がる。
——ん…?此処は…家?
 どうやら自分は寝ていたらしい。毛布にくるまっていた。見覚えのある背中。
——母…さん?
「ペトラ」
 振り返って優しい声で呼びかける。
「貴女を待ってたのよ」
——どういうこと?
「あの時置いて行ったこと…後悔してるんでしょ?」
 徐々にペトラに歩み寄る。いつもと変わらないやさしい表情だったが、何か違和感を覚えた。
「一生後悔すればいい」
——何を言って…
「私が楽にしてあげる。さぁ、こっちにおいで」
 腕を掴んで自分の下へ引っ張ろうとする。
——ちょっと、待っ…
「さぁ…早く…」
 思い切り手を引かれた。
——待っ…

「コロシテアゲル」

「ペトラ!!!」
 大きな声で目が覚めた。夢だったようだ。
「どうしたんだよ…やけに魘されてたぞ。」
 額や背中に汗をかいていた。兵站行進の汗ではなく、じとっとした、気持ちの悪い汗だった。
「…大丈夫、有難うオルオ」

 馬術の試験が始まった。足場の悪い道を手綱を上手く捌き、ゴールへと行く。そして、途中で一旦馬を離れ、立体機動に移る。その時に馬が近くにいたり、遠くへ行っても呼び戻せたら合格だ。要するに、己の技術と馬との連携が取れなければいけないのだ。
 ペトラは乗り慣れた愛馬に跨り、手綱を捌いていく。関門も無事に突破し、見事合格した。試験二日目も無事に終わった。

 先程の夢が気がかりになってしまい、晩の食事があまり喉を通らなかったペトラ。明日は最も過酷な立体機動と格闘術の試験と分かっていながらも、体が食べることを受け付けなかった。同室の同期には先に部屋に戻ると伝えて、食堂を後にした。
 昨日と同じ、兵舎の外の階段に出る。
「母さん、憎んでるのかな」
 夜風に亜麻色の長い髪が靡く。
「そういえば、母さんもよく梳いてくれたっけ」
 
——髪は女の子の命なんだから、大切にしなさいよ。

「…なんで今になって母さんが出てくるのかな…何かの暗示かな」
「あれぇ?また此処に居たんだぁ!」
 聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこにはやはりハンジの姿があった。
「ペトラ、だったよね」
 無言で頷くと、昨日と同じようにハンジはペトラの横に腰掛ける。
「ご飯食べた?」
 この時間に外にいることに違和感を覚えたらしい。なんだか虚を突かれたような気がした。
「え…いや、なんか、あまり食欲がなくて」
「大丈夫ー?ちゃんと食べなきゃだめだよー?」
「すみません…」
「あ、そうそう!」
 ハンジは指を一つ鳴らし、思い出したように話を変えた。
「リヴァイがさ、君の事結構評価してたよ!」
「え…?リヴァイ兵士長が?」
「うんうん!『体力はまぁまぁだが、馬術は良い。兵站行進の速さは恐らく馬術を見計らってのことだろうがな』ってさ!」
 リヴァイの真似をして言っているのであろう。あまり似てはいないが、なんとなく雰囲気は伝わった。だが、やはり兵站行進のことは見抜かれていた。流石は人類最強である。嬉しいと同時に、見抜かれた恥ずかしさがあった。
「…光栄です」
「あと、オルオって子も良いって言ってたなぁ」
「オルオも?」
 ハンジはうんうん、と頷いた。話によると、兵站行進の速さは勿論、馬から立体機動への移りがとても良かったという。
「そうですか…伝えておきます」
「…何かあったの?」
 ペトラは少し驚いた。昨日といい今日といい、どうしてこうも自分の気持ちが読み取れるのか、と。
「いや、あの…兵站行進の後、少し仮眠をとったんですが…夢に、母が出てきまして。それでその…あの、『殺してあげる』って言われて」
 ハンジは真剣な眼差しで、黙ったままペトラの話を聞いていた。
「それが引っ掛かってしまって…ご飯食べれなくて…情けない」
「いいや、良いんだよ」
 ハンジが微笑む。終始ニコニコしていたが、この時の表情は娘を心配する母親のようだった。
「忘れないであげな」
「…はい」
「お互い、悩み事が多くて大変だねー。私も研究が行き詰っててさー…」
 などと、すこし与太話をした。巨人の生態を科学という方面から探っているらしい。そして、巨人との比較をするために、人間観察をよくするとのこと。だから自分の感情が分かるのかなと思った。
「んじゃ、明日も頑張ってねー!」
「有難う御座います!」
 ペトラはハンジと話して元気が出たのか、急にお腹が空いて来た。だが食堂が開いている筈もなく。半泣きだったペトラに、同室の同期のがペトラが残していたパンを持ってきてくれた。こんなこともあろうかと。ペトラはがっつくように食べたのであった。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.7 )
日時: 2014/08/30 21:44
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

【試験最終日 立体機動・格闘術】

 これが一番重視されると言っても過言ではない試験最終日。
 立体機動を使って、巨人に見立てた標的を削いでいく。ペトラは着実に成績を残していた。標的をいち早く見つけ、深い斬撃を放つ。
——よし…良い感じ
 今回は班の中で5〜6人で分かれ、一早く標的を見つけ、うなじをそぎ落とせるかというものだった。ペトラはこの中で一番の成績を残していた。
「あと…どれくらいかな…」
 その時、ペトラの後ろをアンカーが突っ切った。ポニーテールに突き刺さる。
「痛っ!!」
 同じ班のあまり立体機動を得意としない男子が操作を誤ったのだ。
「うわぁあああああ!」
 避けきれず、ペトラに激突した。二人のワイヤーが絡み、身動きが取れなくなって、そのまま落下した。

 「ご、ごめん!ペトラ…僕が…操作ミスした所為で」
 ペトラは絡まったワイヤーを丁寧にほどく。その間も同じ班のメンバーは立体機動で飛んでいく。
「大丈夫…次は気を付けてね…」
 激突の衝撃の所為か、なんとなく頭がボンヤリとしていた。一刻も早く戻りたいところだが、自分の髪に絡まったワイヤーがなかなか取れずにいた。
「取れないなっ…」
 イライラした。落ち着かせるために上をみると、上官が見ているのが視界に入った。二人いるのは分かったが、頭がボンヤリしている所為か、視界もぼやけていて、どこの兵団の人かは分からなかった。
——こりゃあもう、だめだな…折角上位十名になったのに…やり直しかな、訓練兵。
 ぶつかってきた同期も必死に直している。なんとかペトラのは元に戻ったが、最後のペトラの髪に絡まったワイヤーだけがずっと取れずにいた。
「ごめん…本当にごめん…僕の所為で」
「いいって」
——とは言ったものの、どうしよう。此処でモタモタしているだけ時間の無駄だな…
 その時、母親の声が蘇った。

——『髪は女の子の命なんだから、大切にしなさいよ。』

 ペトラは手櫛で髪を梳いてみた。この前綺麗にしてもらった筈の髪は、もうボサボサだった。指に髪が引っ掛かる。
「ペ、ペトラ?」
「…さい」
 同期がきょとんとしていると、ペトラは大声を上げた。
「…リヴァイ兵士長、母さん…ごめんなさい!!」
 ペトラはスナップブレードで自分のポニーテールをバッサリと切り落とした。
「なっ…」
 地面にペトラの髪がボトリと落ち、伸びたままのワイヤーも落ちた。
「もう、同じ過ちはしないでね」
 そう言い残し、足早に去って行った。

 飛ばしたペトラだったが、予想以上に時間がかかっていたらしく、もう標的は残っていなかった。集合地点に帰ってきたペトラを見て、皆が驚愕した。
「ペ…ペトラ…その髪」
「あぁ、アンカーが絡まっちゃって。なかなか取れないから切った」
 もう少し丁寧に切ればよかったかなーといいながら毛先を摘む。
「切ったって…大事にしてたじゃない、髪…」
「いいの。もともと戦闘に邪魔だと思ってたし…それより、討伐数が稼げなかったのがなぁ…くそぉ」
 独り言のように呟きながら、その場を後にした。同じ班のメンバーは呆気にとられて、暫くその場を動けなかったらしい。

「なかなか度胸あるじゃん、あの子」
 木の上でハンジが呟いた。手元の資料に自分の評価をつける。
「まぁ、もーすこし早く対応出来てたら良かったかな」
「何故、俺の名を呼んだんだ」
 リヴァイもハンジと同じところから見ていたのだ。ペトラの声は彼らがいる木の上まで聞こえてきた。
「だってーリヴァイがあの子に櫛を貸したからでしょ?髪梳いてあげたんでしょー?」
「貸したんじゃない、その場に忘れてきただけだ」
「大切に持ってたみたいだよー?」
 リヴァイはハンジを睨みつけ、舌打ちを一つする。彼も、自分の資料にペトラの評価をつけ始める。

『困難な状況でも慌てずに冷静な判断ができている』

 ハンジがリヴァイの評価を覗き、またニヤニヤし始めた。それに気付いたのか、リヴァイは評価を書き終えると、バインダーを持ったままハンジの頭を叩いた。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.8 )
日時: 2014/08/30 22:11
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

 
ハンジが移動しながらリヴァイに問うた。
「あの子に色気づいちゃったから、梳いてあげたのー?」
「心配しなくても、お前みたいに何日も洗っていないベトベトで脂ギッシュな髪を括っただけのような髪は触らん」
 ハンジは研究に没頭するあまり、風呂に入らないことが多い。潔癖症であるリヴァイにとって耐え難いことであった。
「仕方ないでしょー?研究が忙しんだから。風呂入ってる時間があったら研究したいよ、私は」
「…汚ェ」
「でもあの子はやってあげたんでしょ?やっぱり色気づいてるとしか…」
 言葉を途中で遮るように言う。
「馬鹿言え。汚いのは見ていて気分が悪い。だから直した。それだけだ。大体、お前は感覚が可笑しいんだ、ハンジ。さっさと風呂に入れ。何日入っていないんだ」
「ん〜…一週間くらい、かな」
 リヴァイは立体機動でハンジから遠ざかった。

「何、その顔」
 ペトラはオルオを凝視する。オルオもペトラを凝視した。
「お前…その髪…どうした…まさか、失恋でもしたのか?」
「は?馬鹿じゃないの?恋愛なんかしてる暇ないし。オルオもそのボリューミーな髪切ったら?スッキリするよ」
 この時のオルオは所謂アフロみたいな髪だった。癖っ毛の髪で量が多い為、もうアフロにしか見えない。
「…時間があったらな。お前みたいにはならないようにするよ」
「うっさいなぁ!あとで切り揃えるわっ!!」

 最終項目、格闘術。要するに対人格闘だ。班員で二人一組ないし三人一組となり格闘するのだ。特にこれと言うべきやり方はない。敵に見立てた相手からナイフを奪えたら勝ち。
 ペトラは人数の都合上、三人一組だった。そして何故かこう言われた。

「ペトラは成績上位者だから、二人で掛かっていってもいいよね!」

 訳がわからない理屈を付けられたが、先程の立体機動でしくじってしまったので、これで挽回できると思えば、と仕方なく承諾した。
「いくよ…ペトラ」
 返事の代わりに軽く構える。
「はぁあああああ!!!」
 一斉にかかってきた。ペトラは、右方向から来た相手の攻撃を避け、身をかがめたと同時に、左方向から来た相手の足を払う。そして、相手がこけたところで手首を捻ってナイフを奪う。だが、すかさず頭上からナイフを刺すようにかかってくる。それを転がりながら避け、起き上がって体勢を立て直す。二人は一旦間合いを取った。
——確か、この子は対人格闘得意だったけ…
 考えていたのは一瞬だった。だが、その間に今度は腹部を狙ってきた。それを右手で払い、空いている左手で相手の肩を突く。体勢を崩したところをペトラは一気に攻める。ナイフを持っている右手を掴み、合気道の術を使い、背中方向へと捻る。そして軽々とナイフを奪った。
「か…完敗だよ、ペトラ…」
「流石に二人は辛かったって」
「何言ってんの!あっさり勝っちゃったじゃない!」

 対人格闘をする訓練兵を、各兵団の幹部たちは回りながら見る。リヴァイやハンジも同じだった。だが、二人は遠巻きに見ているだけだった。
「ねぇねぇ…ペトラが」
「あ?」
「二人に襲われてるけど…確か、一対一でやる決まりじゃなかったっけ」
 リヴァイもハンジと同じ方向を見る。視線の先には二人の相手をするペトラがいた。
 一連のやりとりを見た二人は、思わず感嘆の声を上げる。
「…ほぅ」
「わぁああ!なかなかやるねぇ!あの子」
 ハンジは小さく拍手をする。
「恐らく、立体機動のミスを挽回しようと思ったんだろうな」
「あぁ言う子がウチに来てほしいんだけどなぁ…」
「…悪くない」

 二人はペトラの評価を上げた。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.9 )
日時: 2014/08/30 22:32
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)


 3日間に及ぶ試験が終わった。こんなことをやるのは、私たちが初めてだという。そんな軟弱な精神では巨人に食われてしまうと言われた。それ程、皆慎重なのか、優柔不断なのだろう。後者の方が多いだろうが。
 一年前のウォール・マリア崩壊を見て兵士になった者も少なくない筈。その時活躍した調査兵団になりたい。でも死ぬのは嫌だから駐屯兵団か憲兵団に行きたい。でも憲兵団は簡単にはなれない。となると駐屯兵団だが、壁に巨人が接近してきたら戦わざるを得ない。そんな堂々巡りが延々と続くのだ。無理もない。だが、これは私たちが決めることではなく、兵団が決めること。今回の訓練兵に上位者もそれ以外も関係ない。まぁ、一応は上位者10名にはどこに行きたいかは聞きに来たが、それでもちゃんと答えたものは少なかった。ペトラもその一人だった。
 調査兵団にいきたいと思っていた。だが、いざとなったら怖くなってしまったのだ。
「じゃあお前は何処でもいいのだな、ペトラ・ラル」
「はい。構いません。仰せの通りに致します」
 敬礼をしたまま答える。
「うむ。では先方にはそう伝えておこう」
「宜しくお願い致します」
——巨人に食われちゃうな、私。

【結果発表】

 試験終了後から5日後。訓練兵一人一人に一枚の紙が届いた。ペトラが貰った紙にはこう書いてあった。

『訓練兵 ペトラ・ラル
 貴殿を本日付で下記の兵団に所属とする』

 真ん中に少し大きめの文字で

『調査兵団』

 と書いてあった。
「…調査、兵団…」

『この紙を貰ったら直ちに兵団本部へ行くこと』

 ペトラは急いで荷物をまとめ始めた。

 地図に書かれた場所へ向かうペトラ。だが、地図を見なくとも、訓練兵がそこら中にいる訳で。
「この人たちに付いて行けば…問題ないけどね」
「ペトラ」
 後ろから声を掛けられた。
「…オルオ」
「お前も…調査兵団だったのか」
 黙って頷く。
「そうか」
 二人は並んで歩き始めた。
「親父さんには…伝えるのか」
「当然。まぁ…凄く怒られると思うけど」
「俺もだ…お袋がなんて言うか。親父が止めてくれるのを祈るしかねぇな」
 そんなことを言いながら調査兵団本部へ向かった。

 調査兵団に選ばれた訓練兵たちは、集会場へ集められた。暫くすると、壇上にエルヴィンが姿を見せた。
「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミスだ」
 この前まで副団長だったエルヴィン。前の団長——それが今の訓練兵団の鬼教官であるキース・シャーディスなのだ——が先の壁外調査で大損害を出し、自ら身を引いた為、自動的に団長になったとか。まだ団長になって日も浅い筈なのだが、既に風格があった。
「今回は君たちの意思と関係なくこの調査兵団になった。だからこそ知っていてほしい。我々調査兵団の実態を」
「実態…?」
 エルヴィンは一息ついたあと、ゆっくりと喋り始めた。
「知っている通り、調査兵団は壁外へ赴き、巨人と戦う。そして、最も死者が出る」
 覚悟はしていたが、改めて言われると冷や汗が流れる。これまで何人もの死者を出している調査兵団。そのお陰で、上層部からの信頼はほぼ無いに等しい。支持母体でなんとかやっていけている状態なのだ。
「だが、我々は諦めない。巨人の生態を調べ、巨人を倒す。いつか、人類が安心して暮らせる日を目指して」
 そして、一際大きな声で言う。

「君たちは、死ねと言ったら、死ねるのか!兵士として、巨人と戦う覚悟はあるのか…?人類に心臓を捧げられるか!!」

 その場にいた全員が心臓を捧げた。無論、ペトラとオルオもだ。

「「「はっ!!!」」」

 エルヴィンは微笑みながら言う。
「君たちを、誇りに思う。そして今一度、兵士とは何かを考えてほしい」
 そう言って、エルヴィンは壇上を去った。集会場は、エルヴィンが去った後も、暫くの間沈黙が続いた。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.10 )
日時: 2014/09/02 19:21
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)

 ペトラは自室に案内された。部屋は同期のクララ・ベラルダとの共用だった。
 クララもペトラと同じく上位10名に入った成績優秀者である。彼女は頭は冴えないが、格闘術だけで言えばペトラと互角かそれ以上かもしれない。くせっ毛の金髪を二つに束ねている。
「ねぇねぇペトラ…アンタの髪、ひっどいね」
 大きな碧眼がペトラを見つめる。名前や容姿とは裏腹に、クララの性格はとても男勝りだった。ペトラ以上の。
「仕方ないじゃない。絡まったんだもん。取れなかったから仕方なく切っただけだよ」
「そうじゃなくてさ、切り揃えたりしないの?」
「そんな時間ないし、何より私じゃできないよ。後ろとか切れない」
 諦めるしかないかー。とぼやいていたら、意外な答えが返ってきた。
「じゃあ、あたしが切ってあげるよ。ほら、はさみ貸しな」
 言われるがままペトラはタオルを首に巻き、椅子に腰かけ大人しく髪を切り揃えて貰った。
「ねぇクララ。さっきのエルヴィン団長の…兵士とは何か、って解った?」
「ん〜…私馬鹿だからさ、難しいことはよく分からないんだけども…」
 自分の中でまとめるようにして、彼女は続けた。
「調査兵団に入ったからには、憲兵団や駐屯兵団の連中とは違っていつも死と隣り合わせなわけじゃん?だから、いつでも死を覚悟しなきゃいけない訳で…まぁ、訓練兵になった時点で、心臓を人類に捧げた訳だけども」
「要するに、何が言いたいの?」
 話がまとまっていなくて、ペトラはよく分からなかった。
「要するに…兵士とは、人類に心臓を捧げた身、死をいつでも覚悟しておけってことかな…小難しいことは置いといて。はい、出来たよ」
 クララは鏡をペトラに渡す。鏡を覗き込むと、肩のあたりで綺麗に紙が切り揃えられたペトラの姿が映った。
「ありがとね」
「どーいたしましてっ!」
 クララはめいっぱいの笑顔をくれた。

 その晩。ペトラはクララが寝静まった後、机のライトを灯し、父への手紙を書いていた。

『お父さんへ

 長かった訓練兵を無事に終えることが出来ました。上位十名で卒業試験に合格で来て、本当に良かったです。所属兵科は』

 そこでペンが止まった。

『兵士になるだって?何を馬鹿な事を言ってるんだ!ペトラ!!』
 父親の声が蘇る。
『もうこれ以上…父さんから家族を奪わないでくれ、ペトラ…』
『大丈夫よ!私は死んだりしない!それに…もうあんな思いしたくない。情報伝達が遅かった…人為的な問題かもしれないけど。体力も欲しい。でも…全ての元凶は巨人だから。私は巨人がいない世界を…取り戻したい』
 その言葉を聞いた父は、顔が一気に青ざめる。
『ちょ、調査兵団に入るつもりなのか!?調査兵団だけは、やめ…』
 そこで地面に崩れてしまった。
『父さん?』
『ペトラ、お前が頑固者だってことは、俺が一番よく分かってる。だから、説得しても無駄だってことも分かってる。だから、約束してくれ』
 俯きながら言っていた。だが、顔を上げ懇願するように続ける。
『どうか…死なないでくれよ。生きて…また家に帰ってこい』

 出る前に父と約束した。『死なない』と。調査兵団に入った今、それはほぼ不可能に近くなったような気がした。死なない努力は勿論する。だが、実際に巨人と戦った訳でないので、『絶対に死なない』とは言い切れなくなった。
「ごめんね、父さん…でも、私は…」

『所属兵科は調査兵団です。父さんには申し訳ないと思っています。でも、後悔はしていません。人類反撃の糧になりたいと思います。自分の力を、少しでも役に立てたいです。そしていつか、あのリヴァイ兵士長の下で戦いたいです。』

 そう書いた後、封筒に入れた。
「…リヴァイ兵士長の下で、か」
 少なくともペトラは、あれ以来リヴァイを見ていなかった。
 胸の中になんだかもやもやしたものがあるような気がして、何とも言い表せない気持ちになった。

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.11 )
日時: 2014/08/31 00:42
名前: 諸星 銀佳 (ID: JnkKI7QF)


 ペトラは兵舎の外に出ていた。思えば最近、こうして外に出て思いに耽ることが多い気がする。今日も、壁の外へ沈む夕日を見ていた。
「夕日の最後を見てみたいな…」
「ほぅ…悪くない」
 聞いたことがある声に、恐る恐る振り返る。
「り…リヴァイ兵士長!?」
 ペトラは急いで立ち上がり、敬礼をする。
「そう畏まるな。お前、この前もそうだったな」
「えっ、あっ、お、覚えて頂き、誠に光栄です…」
 ペトラは思い出したようにリヴァイに言う。そして深々と頭を下げた。
「あっ、あの!先日は櫛を貸して頂き、有難う御座いました!」
「気にするな」
 リヴァイは壁の外へ消えた夕陽を見ていた。長い沈黙が続く。気まずい。辺りも暗くなり始め、風も冷たくなってきた。
「お前は答えが出たのか?エルヴィンが言っていた『兵士』とは何か」
「いえ、まだ…」

『人類に心臓を捧げた身、死をいつでも覚悟しておけってことかな』

 クララとの会話を思い出す。
「同期は、いつでも死を覚悟するものと言っていました」
「…お前はどうなんだ。お前は、そう思うのか」
 リヴァイがペトラに向き直ったとき、風が一際強く吹いた。短くなったペトラの髪と暗闇と同化したリヴァイの髪が靡く。短くなった髪は首元を掠め、少しくすぐったかった。
「…正直申し上げると、分かりません。兵士とて人間です。死ぬのは怖い。幾ら精神と肉体を鍛えたとはいえ、自分の死など想像できないし、したくもないです」
 リヴァイは黙って聞いていた。
「人はいつか死ぬ。確かにそれは抗えません。兵士になったら、明日生きているかさえ分からない。それが調査兵なら尚更だと思います。でも…せめて、生きている間は、一人の人間として生きたいです。同い年の女の子みたいにはなれなくても…たまには着飾ってみたり、沢山お話したりしてみたいです」
 リヴァイを見る。何を考えているのか分からない顔でこちらを睨んでいるような気がした。
「あわっ、す、すみません…偉そうにべらべらと…」
 ペトラの顔が真っ赤になった。が、辺りが薄暗かったのでリヴァイには気づかれなかったようだ。
「それが、お前の答えだ」
「…え?」
「お前の中での兵士とは、『普通の人間』ということだ。生き方まで着飾る必要は無い。着飾るのはお前の言うとおり、たまに出かけるときくらいでいい」
 リヴァイは身を翻し、背中越しに言った。
「せいぜい、『人間らしく』生きれるといいな」
「…あ、ありがとうございました!」
 どうして礼を言ったのか解からない。だが、ペトラの心の何処かで引っかかっていたものが取れたような気がした。
 兵士だからこうであれ、というものはない。確かに、人類に心臓を捧げたのだから、一般市民とは全てが違うのであろう。
 それでも、ペトラは普通でありたかった。ペトラ・ラルとして、その生涯を終えたいのだ。それは兵士になった今も、なる前も変わらなかったであろう。普通には生きられなくても、女としての幸せを一度でも感じてみたいと思っている。

 例え、その先にどんな残酷なことが待ち受けていようとも。