二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.31 )
日時: 2014/11/14 22:13
名前: 諸星銀佳 (ID: JnkKI7QF)


【第三章 このままであれば】

 目が覚めたのは、午前中の訓練が終わった後だった。体は鉛のように重かった。ゆっくりと体を起こし、部屋を出る。同期で同じ班のあの二人が心配して駆け寄ってきた。
「大丈夫なのかよ!?」
「ペトラ、貴方には迷惑ばかりかけました。なにも出来ず、申し訳ありません」
「いいって。生き残ってくれていて本当に良かったよ。また…宜しくね」
 二人は何も出来なかった申し訳なさとペトラが無事だった安堵の表情が入り混じった複雑な顔をしていた。

 あまり空腹も感じないので、食事をせず気晴らしに兵舎近くの商店街に足を運んでみた。休日と言うこともありとても賑やかだ。今は兵団服を着ていないので、道行く人に変な目をされずに済みそうだ。
——何かいいの無いかなぁ。
 疲れが取れるような——というより紛らわせるような——何かが欲しかった。ゆっくりと一軒一軒店を覗く。
「あ…」
 ペトラの目に止まったのは、少し値段が張る紅茶だった。店長に頼み、試飲する。鼻に抜けるような爽やかさと、口に広がるほのかな甘みが絶妙だった。また、その香りは本当に今までの疲れが癒されるような気がした。購入したいところだが、生憎手持ちが無い。諦めて帰ろうとしたときだった。
「これ…欲しいのか?」
 聞き覚えのある声が後ろからする。勢いよく振り返った。そこには案の定、彼女の姿があった。
「クララ…」
 クララは店員に金銭を支払い、紅茶をペトラに渡した。
「いいの?」
「あぁ。丁度話したかったし…その代わりに」
 二人は並んで商店街の奥に進んでいった。

 立ち寄ったのは広場だった。噴水の周りでは子供たちが無邪気に遊んでいる。ついこの間巨人が攻め込んできたことなど忘れているかのように。
 調査兵団の兵舎から程近いのこの場所は、ウォール・マリアの内部に位置するので、たとえ巨人が壁を突き破ったとしても、情報がいち早く来るので避難が出来る。また、この一帯では農業が盛んであり、内地の住民ほど贅沢ではないが、生活に不自由が無いくらいに暮らせている。
「ペトラ…」
 クララが苦々しい顔をして言う。
「あたしは…調査兵団を辞める。駐屯兵団に行って、机仕事の方を中心にやっていこうと思っている…」
「うん」
「あんなに偉そうにしてたのにな…情けねぇ」
 いつもの口調でも、少し頼りなく思えるのは会話の内容の所為だろうか…風に揺れる彼女の髪がとても綺麗だった。彼女はきっと、兵士なんて辞めて家に入った方がいいのだろう。顔立ちも良いので貰い手も沢山いるはずだ。
「ごめんな」
 涙ぐんだ声で言った。初めて見る弱弱しい姿になんとも言えなくなった。
「あたし…怖かったんだよ。軽口叩いておけば気が紛れると思って…それで…」
「分かった、分かったから。私こそごめん。何も…出来なくて」
 クララは大きく頭を横に振る。
「そんなこと無い…何度も助けてくれたろ…?あたしじゃなくて、ペトラが付いて行っていれば、こんなことにはならなかっただろうな。ほんと、何で…」
「クララ…」
「あたしはもう足手まといだ。だからペトラ、あたしの代わりだなんてそんな大層なこと言えるような立場じゃないのは分かってる…でも、あたしの代わりに…班長の代わりに、巨人を、必ず…」
「言われなくたって」
 ペトラは立ち上がり、クララの目の前に立って敬礼をする。
「人類に心臓を捧げた身として、やるだけのことはやるわよ!」
 今までのクララのような不遜な笑みを浮かべた。一瞬戸惑いはしたが、その姿にクララも負けじと同じような顔をする。
「言ってくれるじゃん…頼んだぜ」
 クララも立ち上がり、敬礼をした。

 ペトラを見送ったクララは一人残された広場で小さく呟く。
「さよならペトラ。あたしの…相棒」


Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.32 )
日時: 2014/11/27 22:35
名前: 諸星銀佳 (ID: JnkKI7QF)


 賑わう商店街の中を一人とぼとぼと歩く。その瞳は涙で潤み、今にも零れ落ちそうであった。長い間、共に過ごしてきて突然の別れ。寂しくないはずが無かった。悔しくないはずが無かった。だが、これも巨人と戦うもののさだめか。所謂、戦力外通告。前線に立って戦うということは様々なリスクを伴うことが身に沁みて分かったような気がした。
 クララから貰った紅茶缶を片手に兵舎を目指す。その道中、エルヴィンがウォール・マリアの方へ馬車を走らすのを見た。
 何があったのか、考えられることはただ一つ。
——兵団の縮小…。
 ここ数年、大きな戦果を上げられていない調査兵団は、民間や憲兵の反発により兵団縮小の通告を受けていた。
「でも、一番頑張ってるのって私たちだと思うんだよね」
 駐屯兵団は以前まで「壁工事団」と呼ばれていたほど仕事が無かった。有事の際は戦闘するものの、今はそういった動きは無い。あの超大型巨人が現れた時に何名か犠牲になったそうだが、調査兵団の比ではない。それよりも憲兵に至っては壁外に赴くことは皆無。死人は当然出ない。挙句、内部は腐ってると聞く。密輸や賄賂などありとあらゆる罪を犯しておきながら、法で人を裁いている。
「可笑しな話だ」
 いつの間にか先程の沈んだ気持ちは消え、他兵団への鬱憤を頭に浮かべては愚痴を並べていた。周りから見れば独り言が大きいだけだったのに、彼女は気付いていない。

 兵舎に戻り、早速貰った紅茶を入れる。体の芯から温まり、疲れが和らぐような気がした。
「私、昔から紅茶を入れるのだけは上手かったんだよね」
 一人ニコニコしながら紅茶を嗜んでいたが、召集がかかった。午後の訓練の時間だ。飲みかけのまま部屋を飛び出した。

 対人格闘の訓練の中、ハンジはペトラを見つけた。
「おーい!ペトラぁ!」
 呼ばれたペトラは相手を地に伏せさせ身動きを取れなくした後、ハンジのほうを振り向いた。
「今日は無理しなくて良いって言ったじゃん」」
「そんなこと言ってられませんよ。戦力が減った分、私が頑張らないといけませんから」
 ペトラの相手は降参をし、他の相手を探しに行った。
「相変わらず強いねー」
「恐れ入ります」
「どう?私とやらない?」
 突然の申し入れに驚いたが、相手はもう訓練を行っている。何もしない訳にはいかないので、ハンジと組むことにした。
「お手柔らかにお願いします」

 流石は分隊長を名乗るだけあった。相当ぼこぼこにされた。受身をちゃんと取っていたから大事には至らなかったものの、擦り傷が体のあちこちに出来た。
「いてて…」
 まだまだ頑張らなくてはいけないと思った。

 駐屯兵団の兵舎では、クララが本日の報告書をまとめていた。デスクワークが苦手な彼女は人より仕事が遅く、初日から起こられた。自棄になって投げ出したくなったが、自分にそんな資格は無い。
「ペトラの分までデスクワークと思えば、まだ気が楽だ…お互い、頑張らねぇとな…ダニエラ!これ提出頼むわ!」

 兵舎に元気な高い声が響いた。

 


Re: 【進撃の巨人 ペトラ・ラル】貴方に心臓を捧げます。 ( No.33 )
日時: 2014/12/16 18:59
名前: 諸星銀佳 (ID: checJY8/)


 最近、妙な噂が広まっている。

『なんかさ、兵舎の近くの訓練場で夜な夜な変な物音がするらしいよ』

『暗くて殆ど見えないんだけど、立体機動の音がするらしいぜ』

『死んでいってまだ成仏できていない兵士とかって話じゃん!』

 新兵の間では専らこれで持ちきりである。暫くは壁外調査が無いという事で気が緩んでいるのだろう。所詮、根も葉もない噂だ。何かの勘違いだろう。そう思っている兵士も数人居た。ペトラもその一人だ。
「幽霊とでも言いたいの?」
「そうだよ!見た奴がいるらしいの!そいつ曰くまだ立体機動に慣れていなさそうなんだって!だからきっと私らの同期とかだよ!あぁ…」
「音だけで慣れていないって判断されたんだ…」
 食堂でも訓練中も上官に書類を届けたときも、行きかう兵士は幽霊だ何だ騒いでいる。そんなもの全く信じていないペトラは溜息が出るほど呆れていた。
 戦場に身を投じている兵士たちにとって、こういった娯楽的な話題はあっと言う間に広まる。誰と誰が付き合ってるとか、アイツはこんなものが得意らしいから今度やってもらおうぜ、とか。要するに、普段の生活から少し離れたいのである。巨人と言う現実から目を逸らし、普通の人間としての生活も送りたいと誰しもが思っているのだ。
「そんなの…ただの気の緩みじゃない…今にだって巨人が壁を破りましたーって来たって可笑しくないのにさ」
 だが、そう言った時ペトラは思った。私は面白みが無い固い人間なんじゃないかと。

 夜。就寝時間を過ぎたときだった。突然扉をノックされた。
「何…?もう就寝時間は過ぎて…」
 寝ぼけ眼で応じると、目の前には同期が数名居た。
「ねぇ、ペトラ。見に行かない?」
「何を…」
「訓練場の幽霊だよ。いざってなったらコイツで斬ればいいじゃない」
 そう言ってスナップブレードを掲げて見せた。わざわざ持って行くらしい。
 大きく溜息を吐いた。同期たちは目を輝かせている。怖いもの見たさだろうか。
「この前は幽霊よりよっぽど怖いもの相手にしたじゃない…」
 ペトラは行くから外で待っててと告げ、身支度を始めた。流石に立体機動装置までを持っていく気にはならなかったので、とりあえず兵団服は着て外に出た。夜は冷えるので、マントも持っていった。
 同期たちはにこにこしながら手招きをしている。

 ペトラは気だるげに歩みを進めたのだった。