二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.12 )
日時: 2014/02/20 22:49
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: gmbFTpMK)  

二章 始まりの代わりに

 翌日の朝。空は蓮の旅立ちを喜んで送ってくれるらしい。空はうっすらとした青がどこまでも広がり、すでにのぼっている太陽は大きな光の輪を作り、にっこりと穏やかに微笑んでいた。
 そんな青空の元にお礼としばしの別れの意味を込め、蓮は思い切り背伸びをした。それからふうっと深呼吸をし、

「いい天気だね! 秋(あき)さん。夏未(なつみ)さん」

 笑みを浮かべながら、自分の両脇を歩く重い空気たちに元気よく話しかける。しかしながら反応が悪い。うん……と戸惑いがちに答えただけで、重い空気たちはまた視線を下に向けてしまう。さっきからこうだとはいえ、上手くいかないものである。

(う〜ん。うまくいかないなぁ)



 話は十分ほど前にさかのぼる。
 蓮は、昨晩円堂と学校へ行く約束を取り付けた。一人で行くのはさみしいし、サッカー部の顔なじみは彼くらいしかいないからだ。頑張って早起きし、円堂と合流した。それから学校へ行く途中でのことであった。
 
「「あ……円堂くんっ」」

 歩き始めてすぐに、二人の女の子が二人の前に立った。一人は深い緑色の髪を耳の下まで伸ばし、右側の前髪をヘアピンでとめている少女——木野 秋(きの あき)。もう一人はウェーブがかかった栗色の髪を肩にかかるくらいまで伸ばしていて、なかなか端整(たんせい)な顔立ちをした少女——雷門 夏未(らいもん なつみ)。円堂の話によれば、二人ともサッカー部のマネージャーらしい。

「夏未! それに秋も! どうしたんだ?」

 円堂に名前を呼ばれた二人は様子がおかしい。頬は紅潮し、やけにもじもじしている。視線は泳いでいて、円堂をまっすぐ見ようとしていない。時々二人で顔を見合わせては、はっとしたような顔になり、また視線をずらす。

「あの……秋さん? 夏未さん?」

 蓮がいることに気付かなかったらしい。声をかけると、二人とも驚愕(きょうがく)の顔つきでこちらを向いた。

「あっ。白鳥くん」
「どうしてあなたが円堂くんと歩いているのよ!? あなたの家は逆方向じゃなくって?」

 いきなり夏未にくってかかられ、蓮は少々むっとしながら答える。

「今日は一緒に行く約束をしていたんだ」

 そしてわざとらしく、

「……ひょっとして、ボク邪魔かな?」

「そんなことないぜ! 人数が多いほど楽しいだろ?」

 男円堂、まだまだうとい。

〜つづく〜

 

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.13 )
日時: 2014/02/21 17:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Heq3a88y)  


 そんな調子で10分間、重い沈黙をまといながら進む女子二人。傍から見るとこの恋の調子が見えてきた。
 想う彼は女子二名の気持ちにはどうやら気がつかぬ様子だし、女子二人のほうも告白はまだの様子。この前の理科でやった”ていたいぜんせん”のよう。そんな”ていたいぜんせん”を見ると、手を出したくなるのは蓮の性分である。さっきから何かにつけて、二人をフォローしようと立ち回る。

「ねえ、円堂くんって好きな子とかいないの?」

 その途端、秋と夏未の顔がいっそう紅潮した。でも少し興味がありそうな顔つきでじっと円堂におそるおそる視線を向ける。円堂は笑顔で、自信に満ちた表情で、

「好きな子? 蓮みたいに、サッカーをやっているやつはみんな好きだぞ!」

 見事に勘違い。彼にとってその言葉は疎遠のようだ。
 秋と夏未はある意味期待はずれ、ある意味安心と言いたげな複雑な表情をしていた。

「じゃあ〜……」
「お〜い白鳥。ついたぞ」

 次の質問を考えようとしたとき、円堂が声を上げた。

 目の前にとうとう雷門中学校——昨日から本来通うはずだった中学校が遠めに見えてきてしまった。
 いつもなら立派にそそり立つ校舎が見えるのだろうが、今は山のような形となって目に飛び込んでくる。

「あれが雷門中学校か……壊れる前に来たかったな」
「オレたちがエイリア学園を倒したら、きっと見える! だから早く校舎に行こうぜ!」

 言うなり円堂は校舎のほうに思い切り駆け出していった。なんというか、早く旅をしたくてうずうずしているように見える。だがこんなキャプテンだからこそ、FFで優勝できたんだろう。
 確かに落ち込んでいる暇はない。今朝もニュースで多くの学校が、エイリア学園に破壊されていると聞いた。壊された校舎の映像も目に焼き付けた。そう——今この瞬間にもあのローブのやつらは学校を壊し、たくさんの人をケガさせているのだ。これを許すわけにはいかない。一分でも早く行動し、エイリア学園を倒さなければならない。

「……うん」

 蓮は覚悟を決めるように肩にかけた鞄の紐(ひも)をぎゅっと握り、円堂の後をゆっくりと追いかけ始めた。

 雷門中学校は完全に崩壊していた。
 正面にある本校舎は斜めに傾き、学校のシンボルであるイナズママークが根からぼっきりと折れている。その下には瓦礫という瓦礫が積み重なり、まさに山のようになっている。本校舎はまだいいほうで、体育館や部室棟は完全にその姿を石の塊に変化させていた。——TVで見る地震が起きた土地のよう。ケガ人、死人がいたら完全に『地獄絵図』の風景になってしまいそうである。
 しかしそこに”希望”は待っていた。崩壊した雷門中学校の中でただひとつ——朝日を受けて輝いていた。

「あれ? なんだ?」

 本校舎の手前、グラウンドに一台のバスがあるのに蓮は気がついた。
 大きさは市営のバスほどか。前面は少しでっぱっているし、屋根の上には籠(かご)のようなものがあり、大量のサッカーボールや旗が紐(ひも)で何十にも巻かれていた。

 深い海を思わせるような濃い青いボディ。乗降口がある方の側面には大きく黄色いイナズママーク。乗降口の左横には、「INAZUMA」と中は黄色く太い自体だが、外側は緑で縁取り(ふちどり)されている。

「これは”イナズマキャラバン”だ」

「”イナズマキャラバン”?」

「これに乗って全国を旅するんだぜ!」

「へぇ……」

 

 蓮は改めて「イナズマキャラバン」をしげしげと見つめてみた。これに乗って旅をするのだ、と考えると色々な空想が頭を駆け巡る。

 サッカー部のみんなと走る姿……新しい選手。そうだな女の子がいいな。顔は美人。もしくはかわいい感じで——

 脳裏に美少女選手を浮かべ惚けた顔をしていると、円堂に思い切り肩をたたかれた。妄想が一気に吹き飛ばされた。

「白鳥! みんなお前を待っているぞ!」

「今行くよ」

 半分美少女の選手に会えることを期待しつつ、蓮はいそいそとキャラバンに乗り込んだ。

 車独特の臭いが鼻を突く。はっきり言って苦手である。入ってすぐに運転席があった。ひげをたっぷりと蓄えた初老の男性が座っている。運転手の古株さんだ、と円堂が教えてくれた。蓮は軽い挨拶をすると、運転席をまっすぐ進んだ。中にはサッカー部の面子が思い思いの席に座り、楽しそうに雑談している。

 内部は3にん掛けの席が縦に4つずつ左右に配置され、一番後ろは5、6人は座れそうな広い席になっている。が、みんなの荷物置き場にされていた。

「円堂くん、白鳥くん。遅いわよ。早く席に着きなさい」

 興味深く内部を見渡していると、後ろから瞳子の声が飛んできた。蓮と円堂は一番後ろの席に荷物を置くと、右側の前から2番目の席に腰掛ける。

「みんな揃った(そろった)わね」

 その声にみんなははい! と声をそろえて返事をした。それから瞳子は円堂と蓮の目の前の席に座る。

「古株さん。発進してください」

「ほいきた! イナズマキャラバン発進!」

 古株さんの声を合図に、エンジンがうなり始めた。続いてバスが上下に小刻みに揺れる。

「いくぞーっ!」

 景色が流れ始める。蓮はバスの窓をスライドさせ、顔を出した。冷たい風が蓮の黒髪を揺らす。雷門中学校が遠くなっていく。普通の学生生活が遠ざかっていく。

「いつになったら僕の学生生活は始まるのかな」

 そんな呟きは風がきれいに流してくれたのであった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.15 )
日時: 2014/02/22 16:31
名前: 竜 スマホより (ID: jd737JEz)



こっちはオリキャラ募集はあるんですか?

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.17 )
日時: 2014/02/24 17:55
名前: しずく (ID: U9CqFAX7)  

 風景が流れていく。
 今は雷門町の商店街の大通りをキャラバンは進んでいた。商店街だけあり、左右にはコンビニやら八百屋やら多くの店が軒先を並べている。
 そこを歩く人々は世界の危機が迫っているにも関わらず、悠然と歩いたり、走ったりしている。実感がないのか、それとも諦めてしまっているのか。

「で、これからどこに向かうんですか?」

 風景に目を向けるのをやめ、蓮は座席から少し身を乗り出して前に座る瞳子に話しかける。

「奈良よ」
「奈良? どうしてそんなところに?」

 と、蓮はいいかけはっと気づいた。“ニュースでやっていたあの事件”か……

「財前(ざいぜん)総理が誘拐されたの……ひょっとして、エイリア学園のせい?」
「あら、なかなか鋭いわね。そうよ。ここのところ、ニュースでずっと騒がれている総理誘拐事件——それはエイリア学園の仕業なのよ」
「どうしてそんなことが……」
「その後に、エイリア学園のセカンドランクチーム”ジェミニストーム”を名乗るやつらからの映像があったの。……だからこそ、証拠がないか探しにいくのよ」
「ジェミニストーム……」

 いやな感覚を覚えながら、蓮は通り過ぎていく空を見上げた。
 晴れているはずの空なのに、どうしてか心は曇っていくだけであった。

 高速道路を使って奈良まで行くにはそれなりの時間がかかる。新幹線で京都まで乗り、そこで乗り換えればさほど時間はかからない。しかしキャラバンは新幹線ではない。渋滞に巻き込まれたり、サービスエリアに寄ったりしていたら、あっという間に深夜になってしまった。
 今は大阪あたりのサービスエリア内で睡眠の時間をとっている。雷門イレブンは座席に体を寄りかからせ思い思いの体制で眠っていた。長いみんなの寝息だけが、静寂の空間に響き渡る。

「寝れない……」

そんな中で蓮は一人で眠れずにいた。元々深夜型のせいで、無理に寝ようとしても眠れなかった。

「深夜アニメって体に毒だよね、うん」

 仲間にいえない趣味に思わず独りごつ蓮であった。

「買い物にでも行くか——」

 隣で眠る円堂を起こさないようにそっと席を立つと、音を立てないようにイナズマキャラバンを降りた。
 車と車の間を通り抜けると、眩しいサービスエリアの光が目に飛び込んでくる。まだ夜の七時か八時のようにしか思えない明るさだ。煌々(こうこう)と輝く、看板を過ぎ、自動扉を通り抜ければ、そこは土産物コーナーだ。
 タコのイラストを印刷したクッキーやらせんべいやらの箱が高く積み重ねられている。そのうちのひとつ——在庫が一個だけしかない箱に蓮の視線は釘付けになった。
 タコ焼きが印刷されていて、表の箱にはでっかく赤い文字で「たこせんべい」の文字。この前テレビで紹介されていた一品。人気がありすぐに売れてしまうそうだが……今日に限ってはなぜか残っていた。当然、蓮は手を伸ばして——

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.18 )
日時: 2014/02/24 17:56
名前: しずく (ID: U9CqFAX7)  

「あ」

 声がかぶった。

 横から白くほっそりとした腕が伸びてきたからだ。この時間だから親父かその奥さんだろうと思い、手を伸ばした人物を見やる。

 驚いたことにそれは蓮とさほど年の変わらないように見える少年だった。背は蓮とほぼ同じくらい。体格は普通。朝起きてすっちゃかめっちゃかに跳ねたかのような短い青白の髪。そして翡翠(ひすい)をはめたような美しい青緑の瞳。服は青いシャツの上に長い袖の服を重ね着していて、下は紺のスラックス。靴は茶色いブーツのような素材のものだ。顔はきれいなのに、与える印象はどこか冷たい。どんなことにも動じそうにない冷静な顔つき。

 あれ、僕この人のことを知っている……?

 しばらく沈黙が続いて、

「ええっと、君それ買うの?」

 たどたどしく蓮が口を開いた。

 少年は澄んだ青緑色の瞳をまっすぐ蓮に向けてくる。何もいわない。遠慮しているのか、蓮の出方を伺(うかが)っているのか。

「いいよ。僕は他にほしいものあるし! いらないから! ほら!」

 遠慮しているのかと思った蓮はおもむろに箱を取り上げると、その少年の体に無理やり押し付けた。少年は相変わらずの仏頂面で箱を受け取ったが、

「すまない」

 そう低い声で言うと、わずかに口元をほころばせ笑って見せた。なかなかかわいい笑顔だった。レジのほうへと消えていく。

 だが数分後、少年は右手でたこせんべいの箱を抱えつつ、左手にパンパンに膨らんだビニール袋を持って蓮の元に戻ってきた。そのことに蓮が呆然としていると、少年は左手を突き出して生きた。

「え? これ僕にくれるの?」

「詫びだ。受け取ってほしい」

「あ、ありがとう」

 遠慮がちにそのビニールを受け取ると、少年は蓮のジャージをじっくりと見やり、

「ところで、キミは雷門の人間か?」

「あ、ジャージでわかるか。FFで優勝したときはいなかったけど、新入り。雷門を知っているってことは、君もサッカーやるの?」

 すると少年は静かに首を縦に振った。

「ああ。だがキミのようにちゃんとした学校のチームではない」

「地域のサッカークラブか。それもいいと思うよ。サッカーへのかかわり方は『学校』だけじゃないし」

 それを聞いた少年は若干微笑みを作った。冷たい顔立ちでも、笑うとなかなか愛くるしい少年である。

「キミとは気が合いそうだな。名前を聞いてもいいか?」

「白鳥 蓮。キミは?」

 その時少年は少しばかり目を大きく見開いた。あれ? と蓮が少しばかり疑ったが、少年はすぐにいつもの真顔に戻り、

「私か……私は涼野。涼野 風介(すずの ふうすけ)」

 やはり懐かしい名前だった。

 どこかで会ったような気がする。でも彼の名前は知らなかった。ひょっとしてよく言う前世ってやつかもしれない。

「風介くんかぁ。なんかFWでもやってて、速そうだ」

 蓮は自分の口から出た言葉に驚いた。初対面の人間をいきなり名前で呼んだからだ。いつもなら名字で呼んでしまい堅苦しいとか笑われるところなのに。何故か涼野には親近感を覚えたのだ。

「あ、いきなり名前で読んだりしてごめん!」

 慌てて謝っておいた。

 涼野は、相変わらず感情変化が乏しい顔で考えはよくわからない。眉をひそめないあたり、怒っているのだろうか。そう蓮が頭を下げながら考えていると、

「別にかまわない」

 それから少し間を空けて、

「私も蓮と呼びたいと思っていた」

 微笑しながら言った。

「じゃあ”風介”って呼ばせてもらうね」

「白鳥くん」

 背後から声がかかり振り向くと、瞳子がいた。

 今日はやけに顔がこわばっている。

「あれ、瞳子監督?」

 首をかしげる蓮の横で、涼野は蓮に背を向けた。そしてスタスタと出口に向かって歩き出してしまう。片手を挙げて、

「客人か。私は邪魔になりそうだから失礼する。……また会おう、蓮」

「あ、またね! 風介!」

 

 蓮は飼い主を見つけた犬のように、涼野に向かって大きく手が千切れるのではないかと思うくらいに何度も振った。

 涼野は、遠ざかっていく蓮を一瞥すると

「やっと見つけたぞ……蓮」

 そうつぶやいたが誰も気づかなかった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.19 )
日時: 2014/02/24 17:57
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: a1/fn14p)  

>>竜さん
今のところ募集するつもりはありません。

>>他の方々へ

初めまして!コメントありがとうございます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.20 )
日時: 2014/02/24 17:58
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: U9CqFAX7)  

>>竜さん
今のところ募集するつもりはありません。

>>他の方々へ

初めまして!コメントありがとうございます。
失礼だとは思いますが、小説の感想を頂けると幸いです。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.22 )
日時: 2014/02/24 22:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

>>オズロックさん
コメントありがとうございます。
すみませんが、小説に関係のないことを呟くのは止めて頂けないでしょうか?荒しに見えてしまうので…
よければ小説の感想をお聞かせください。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.23 )
日時: 2014/02/24 22:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

翌朝——よく晴れ渡った空の元、キャラバンは高速道路を進んでいく。
 辺りの景色も山が多くなってきた。古株さんの話によると、もうすぐ奈良に着くとのことだ。その中で。

「白鳥! すげ〜量の菓子だな……」

 隣の席から覗き込む円堂があんぐりと口をあけた。それは昨晩涼野が詫びだと言っていた袋の中身のせいである。
 袋の中はとにかく大量の菓子袋だらけであった。みんなでつまめそうな子袋入りの菓子から、グミにポテトチップスとてんこもり。値段から言えばあのせんべいと同等はありそうだが、とても一人で食えるような量ではない。

「風介のやつ……何を考えているんだ?」
「そのお菓子、みんなで分けたらどうだ?」

 風介への文句を言っていたが、それは後ろから話しかけてきた風丸の声に消されてしまった。

「お菓子! そうッス! 先輩一人じめなんてひどいッス!」

 その声に続くように、かなりふくよかな体格で、よくふくらんだあんぱんのような顔。目はだるまのように丸く、動物のような印象を与える。それと顔に貼りつくように生える緑の短い髪を持つ後輩——壁山 塀五郎(かべやま へいごろう)が声を上げた。

「だな。全部一人で食べるつもりだったのか?」
「いや〜景品だよ。そう景品。くじ引きで当たったんだ」
「はぁ……お菓子が景品なら、俺も夜にやりに行けばよかったッス」

 適当ないいわけをすると、壁山が崩れるように席に座った。思い切り座ったので、バスが少し揺れた気がした。

「あはは……分けてあげるから元気だしなよ」

 蓮がそう言うと、壁山は目に星を宿して拳を天に突き上げた。

「やったッス〜!」

 みなの笑い声を乗せ、キャラバンは西に進んでいく。

「…………」

 白くツンツンとチューリップのように逆立つ髪と、黒いツリ目を持つ少年——豪炎寺 修也(ごうえんじ しゅうや)一人を除いては。

 それから数時間が立ち、キャラバンは奈良の地に到着した。
 今は市街地を走っているためか、歴史の教科書で習ったような遺跡がところどころに見られ、一年生数人がはしゃいで夏未にしかられた。そんな光景を見ながら蓮はぽつりと一言。

「やっぱり東に来ると違うね。もっとあったかいし、空気もなんか違う気がする」
「……白鳥。奈良県の周りの県と府を全部言ってみろ」
「え〜っと。青森県と沖縄県と名古屋県? あと大阪府かな?」
「…………」



 キャラバンは奈良のシカ公園の駐車場に止まった。外に出ると東京より少しばかり暖かい空気に身を包まれた。

「さっそく財前総理がさらわれた現場に向かうわよ」

 瞳子の一言で、一同は公園の中に足を進めた。

 中は、どこまでも広がる鮮やかな緑の芝生が広がる。今は桜の季節であるためか、ピンク色の桜が空いっぱいに両腕を広げていてグリーンのコントラストが美しい。さらにあちこちにいる鹿が、アクセントとなり風景をいっそう盛り上げてくれている。

 辺りを見ると黒いスーツ姿でなおかついかつい面持ちの男たちがぎろりとした目つきで辺りをうかがっているのが見えてきた。

「ひぇええ〜おっかないッス」

 怖がりな壁山が身を震わせながら、頭を抱えた。

「…ッ」

 その横で風丸が顔をゆがめ、一度足を止めた。

「風丸くん?」

「白鳥。なんでもない気にしないでくれ……」

「……そう? ならいいけど——」

 蓮は再び歩き出す。

「総理が攫われたんだ。仕方がないだろう」

「先を急ぐわよ」

 

 しばらく進むと、ふいに巨大な台座のようなものが見えてくる。

 石段を数段登った先には、銅で作られた立派な台座が鎮座していた。ただその上にあったらしい透明な鉱石で作られた石造は、包丁で野菜を切ったかのようにきれいに真っ二つにされ、今は鹿らしい動物の後ろ足部分だけが無残に残されている。

「ひどいね……」

 像の前で蓮が眉を細めていると、不意に壁山が指を指して声を上げた。

「あああああ! このボール!」

 指の先は台座の石段前を指している。その先に目をやると、サッカーボールが落ちていた。フィーが持っていたものに酷似(こくじ)した白い部分が黒く、黒の部分は黄緑で塗られたサッカーボール。

 一番近くにいた円堂が近づき、持ち上げようと試みるが——

「お、重い」

 沸騰したやかんのような顔をした円堂が何度上に上げようとしても、ボールは何故だかびくともしない。ついには円堂がダウンし、荒い息を吐きながら地面に片ひざをついてしまう。

「く」

「宇宙人め! ようやく尻尾を出したな!」

 円堂の声をさえぎるように、少し低めな少女の声がした。なんのことかと雷門イレブンが声のほうを見やると、黒いスーツをびしっと決めた少女一人と、やはり黒スーツの、しかしさまざまな年齢層の大人たちがずらっと並んでいた。

「へ? 宇宙人ってオレたちがか!?」

「あんたたち以外に誰がいるって言うんだ」

 リーダー、なのかわからないが少女が前に進み出てきた。

 ふんわりとふくらんだ濃いピンク色の髪の上に、青地に中央に白いラインが描かれた青いニット帽を被っている。

「オレたちは宇宙人じゃない!」

「とぼけないでよ。そのボールがなによりの証拠だ。犯人は現場に戻るって言うけど……本当らしいね」

 少女の一方的な言いがかりに雷門イレブンは困惑。サッカーボールに触っただけで犯人扱いなんて失礼だろ! と他にも声をあげたが聞いてもらえそうにない。

 しばらく水掛け論が続いたところで、少女が思いついたように、

「だったらサッカーで証明してみなよ」

 となんだか予想外な提案をしてきた。

「あたしたちSPフィクサーズと戦って……勝てたら、認めてあげる。どう?」

「いいぜ! サッカーでオレたちが宇宙人じゃないってことを証明してやるぜ!」

 円堂は憤っていたためか、すんなりと受け入れてしまう。

 雷門イレブン一同はああ……と困ったようにため息をついた。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.24 )
日時: 2014/02/25 18:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: IsECsokC)  

 巨シカ像からほんの少し離れた場所に、サッカーフィールドがあった。広さはごく一般的な広さ。フィールドの周りを残し芝生はすべて刈られ、砂地が顔を出している。ラインマークは、学校によくある石灰で書かれたものらしく、ところどころ消えかかっていた。

「ところで、どうしてオレたちはサッカーやるんだ?」

 こちら側のゴールの前で円堂が首をかしげた。怒ることに夢中で、ほかの事は気にしていなかったらしい。円堂の発言を聞いた夏未が少し眉間に顔を寄せながら、

「SPフィクサーズは総理を守るためのボディガード……まあ偉い人を守る警察のようなものですって。——サッカー好きな総理の影響で、サッカーで体を鍛えているそうよ」
「……ずいぶん無茶だね。サッカーだけで政府要人を守るなんて」
「まあ、いいんじゃないか」

 少し間があき、鬼道が口を開く。

「監督。今回の作戦は?」
「そうね。きみたちの好きなようにやってようだい」

 またもしごくあっさりとそんな一言。チーム内に小さなどよめきの嵐が起きる。あるものは声を上げ、あるものは無言のまま。だが大抵は不安げな表情をし、互いに顔を見やりながら意見を交わしている。

「お、おい。大丈夫なのか?」
「作戦なしで勝てるんッスか!?」

 そんな中でも鬼道ただ一人だけ顔色をまったく変えず、冷静な口調で言う。

「監督は、オレたちのプレイが見たいんだろう」
「そ。新しい子も加わって、あなたたちのプレーは変わるはず。力を見せて頂戴」

 そして瞳子は蓮へと向き直る。

「……白鳥くんは、下がっていなさい」
「そっか。体力がな……」

 無遠慮な壁山が口を開きかけ、チームからあちこち冷たい視線を投げかけられ、慌てて口を閉じた。蓮へとびくしくしながら視線を向ける。蓮は少し微笑み、気にしてないよ。と声をかける。
 チームは押し黙った。蓮はわかっていたとはいえ、改めて自分がお荷物であることを悟らされる。
 10分しかプレイできない選手など、本来なら捨てられてしまうのだろう。それでも円堂くんは、雷門のみんなは自分をチームに入れてくれた。監督がどのタイミングで入れてくれるかはわからないが、出れたら頑張ろう。時間が長くなるのを待っているチームのために、精一杯やろう。

「わかりました」

 はっきりと蓮は頷くと、チームメイトをぐるりと見渡して、

「みんな頑張ってきてくれよ!」

 と声援を送った。みんなは、白鳥待っているぜ。後で頑張れよ、等と逆に励ましてくれた。そしてフィールドの中へと進んでいく。

 試合は雷門の劣勢(れっせい)だった。

 パスをまわそうとして、SP側にボールを奪われてしまう。ドリブルをしていても、カットされてしまう。サッカーの優勝校とは思えない、凡ミスが目立つ。特に風丸、染岡、壁山の三人が誰よりも反応が遅い。時々苦痛に顔をゆがめ、足をさすっている。その光景をフィールドの中央部分の外側にいる蓮は見て、

「風丸くんたち……足、怪我しているんじゃあ」

 独り言のように呟く。瞳子の表情が少し険しくなったが、蓮は気がついていなかった。

「かもしれないわね。傘美野でのケガは、おそらくまだ完治していないはず。ぴんぴんしているのは、白鳥くんと、友達に会いに行っていた、一之瀬くん、土門くんくらいでしょう」

「え! 怪我したままプレイして大丈夫なのか?」

「…………」

 夏未からの答えはなかった。そして同時に——時計を見ていた古株さんが、鋭くホイッスルを吹き鳴らす。スコアは、0−0のままであった。

「みんな。後半からの指示を伝えるわよ」

 休憩時間の時、不意に瞳子監督が口を開いた。スポーツドリンクを飲んでいたり、ベンチに座って休んでいたりしたメンバーは、視線を瞳子に集中させる。

「風丸くん、壁山くん、染岡くん。後半はベンチに下がっていなさい」

 ざわざわっと再びどよめきの嵐。納得がいかないのか、3人とも瞳子に食って掛かる。

「監督! どういうことだ!」

「そうっス! ただでさえ人数が少ないのに!」

「オレたちが抜けたら、チームは余計戦いづらくなりますよ!」

 いつも通り表情をまったく変えないまま瞳子は、

「……白鳥くん。風丸くんの位置に入りなさい」

「え? DFってことですか?」

 またチームが混乱するようなことを言った。白鳥はFWじゃないのか? なんでDFなんだ? とあちこちでクエスチョンマークが飛び交う。

 それは蓮自身も同じである。小学校のころ——倒れる前は、ずっとFWをこなしてきた。エースストライカーとまでは行かないが、そこそこの活躍はしていた覚えがある。現におとといの試合だって、あいつら点を取れた。それなのに……何故?

「作戦は以上よ」

「でも監督!」

「お〜い! そろそろ後半の時間じゃぞ」

 古株さんから声がかかり、しぶしぶメンバーはフィールドの中へと進んでいく。蓮は、ジャージを脱ぎ、雷門の鮮やかなユニフォームに袖を通していく。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.25 )
日時: 2014/02/25 19:30
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: hbLXOO8r)  

フィールドの中に一歩足を進めると、ドクンと蓮の胸が高鳴る。同時に心臓の鼓動がいつもよりはっきりと感じられた。この感覚は小学校のとき以来だ。強い相手と戦えると思う——ワクワクした感覚。傘美野の時は必死で思えなかったけど、サッカー前は本来こういうものなのだろう。
 ゴール前をゆっくりと通り過ぎ、しっかりと持ち場に足をつける。風丸がもともといたゴール前のDF。あたりを見渡すと、心なしかこちらがスカスカな気がする。DF、FWが欠けたフィールドは不安を駆り立たせる。

「大丈夫かな」
「白鳥! 無理するなよ!」

 心配そうに蓮が呟くと、背後にいる円堂が大きな援を送ってきた。蓮は一度振り向くと、大丈夫! と言う意味合いをこめて円堂に大きく手を振った。

「……蓮。キミのプレイ、見させてもらおう」

 そのずっと後ろ——ゴールから数メートル離れた木の後ろに涼野がいた。もちろん誰も気づいていない。
 やがてキックオフの、後半開始を合図するホイッスルが空気を振るわせる。今ボールは雷門側にある。豪炎寺が鬼道へとボールを蹴った。

「行けるか……?」

 鬼道は敵に近づかれると、遠くにいた一之瀬にロングパス。一之瀬がそのままドリブルをし、一気にゴールへ近づく。

「行け! 豪炎寺!」

 と見せて、左側にいた豪炎寺にボールを回す。SPフィクサーズのDF陣は一之瀬に気を取られていたのか、左サイドはガラ空。豪炎寺はゴール前へ進むと、ボールを空中へと蹴り上げ、自分自身もジャンプした。

「<ファイア・トルネード>!」

 ボールより若干高い位置にジャンプしていた豪炎寺は空中で体をクルクルと回転。同時に彼の左足に炎が渦を巻きながらまとう。その左足を上からボールに叩きつけると、ボールは炎の塊(かたまり)となってゴールへまっすぐ向かう。エースストライカーの必殺技<ファイア・トルネード>。目の前で見ると、迫力が違う。

「負けるか! <タフネス・ブロック>!」

 SPのGK——30代前半ほどのふくよかな男は、両手を胸の前でクロスさせ、手を腰の位置まで持ってくる。そして強靭(きょうじん)な胸元で、炎をまとったボールにぶつかっていった。ボールと体がぶつかる。GKは初めこそふんばっていたものの、とうとう足元から崩れた。ボールがネットに入った。

「よっしゃあ!」

 そこから先の試合は完全に雷門のリズムで流れていった。蓮がDFに入ったことにより、ボールを上手いことカットし、味方へパス。蓮の持ち味の俊敏さは、どうやらDFとしても上手く役に立ったらしい。結局のところ、SPフィクサーズの誰もが円堂の元へ来ることなく、試合は終了した。

「白鳥! お前、30分プレイできたじゃないか!」

 時間が長くなったことに円堂が歓声を上げる。しかし今回はたいして技も使わなかったし……

「今回はワザを使わなかったから——」

 今気がついた。自分は技を使うたびに、身体の力が吸収されていくような感じがする。この前フィーとの戦いでも、技を使った瞬間に意識を失った。つまり……技さえ使わなければプレイはできるのかもしれない。

 蓮と円堂が話し合っていると、SPフィクサーズの少女がこちらに歩み寄り、にこやかに笑いかけてきた。

「さすが全国大会で優勝した雷門イレブンだね」

「え!?」

「いやぁ〜それほどでも……」

 驚いている蓮の横で、円堂は頬を赤く染め、へこへこと頭を下げた。しかしすぐにはっとしたような表情になり、

「え! どういうことだよ!?」

「知ってたよ。あんたたちが全国大会で優勝した雷門イレブンだって。……あ、自己紹介しなくちゃな! あたしは財前 塔子(ざいぜん とうこ)。塔子って呼んでよ」

 そう塔子はにこやかに自己紹介をしたが、”財前”と言う名字に、雷門イレブンの間には少なからず衝撃が走った。

「そ、総理大臣の娘!?」

「そっか〜。よろしくな、塔子!」

 ただ一人、円堂だけは臆することなく塔子に話しかける。SPフィクサーズの視線が少々鋭い気がするのは気のせいだろうか。

「それにしても……どうして無理やり試合を挑んできたの?」

 蓮が尋ねると、塔子は凛とした表情になり、

「あたし、パパを助けたいんだ。エイリア学園のやつらはパパを誘拐しておいて、今も堂々とあちこちで破壊活動を繰り返している。それが悔しいんだ。でも…

…一人じゃ無理って悩んでいたらあんたたちが現れた。雷門中なら行けるかもって思ってさ、力試しをさせてもらったんだ。無理に試合させて悪かったと思ってる」

 と、申し訳なさと強い決意が混じったような 複雑な顔で塔子は頭を下げた。

 騒動の顛末(てんまつ)が、塔子の悪く言えば自分勝手な思いのせいだったので、雷門イレブンに少し不穏な空気が流れる。しかし謝ってくれたんだからいいだろ、と円堂が言ったので許す方向に雰囲気が変わる。

「いいぜ塔子! オレたちと一緒に財前総理を救おうぜ!」

「い……いいのか! ありがとう!」

 目に星を宿した塔子は、嬉しさのあまり跳び上がった。同時にSPフィクサーズがざわつく。すぐさま、SPフィクサーズの一人が、中年で顔が四角に近く、色黒な男が顔色を変えて塔子の前に出てきた。

「塔子お嬢様! 危険です!」

 その男を見た塔子は思い切りむくれた。

「なんだよスミス! あたしは円堂たちと一緒に、エイリア学園からパパを助けるんだ!」

「危険です! 総理だけではなく、あなたまで誘拐されたらどうするのですか」

「あたしは子供じゃないんだ! 誘拐なんてされないよ!」

 ここから先は水掛け論。スミスが危ないから止めろといくら言っても、塔子は子供の様なわがままで……時には核心をついた言葉で反論。それが永遠に自分の尾を噛み続けると言うウルボロスのごとく続く。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.26 )
日時: 2014/02/26 18:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: MDrIaVE2)  

 そんな騒動を数メートル離れた木陰から、涼野が見物していた。相変わらず感情があるかないかわからないような顔つきだが、その双眸(そうぼう)は緩められていた。彼の澄んだ青緑の瞳には——塔子とスミスを仲裁しようと奮闘する蓮の姿が映っていた。

「彼は変わっていないね」

 涼野の真後ろの木から声が飛んできた。少し低い少年の声。その声を聞いた途端、涼野は目つきを鋭くした。だが振り向かない。

「グランか。何の用だい?」

 声の主『グラン』にそっけない返答をした。グランは少しだけ笑った。

「相変わらず白鳥くんにご執心だね。……ガゼルがなかなか帰ってこないから、心配して見に来た。それだけのことさ」

 『グラン』と呼ばれた声の主は、落ち着いた口調で微笑しながら答えた。涼野……いやガゼルは相変わらず蓮を見つめながら、淡々とした調子で話す。

「キミは私の心配をする人間ではないだろう。父さんの命令か?」

「ううん。オレが勝手に来ただけだよ。バーンだってキミがいないのを気にかけている」

「バーンが? だが私は——しばらくそちらに帰るつもりはない。雷門のことをもう少し調べたい」

「だったらすぐに調べられるよ。ほら」

 グランがそう言った同時に、蓮たちがいる場所でくぐもった爆発音がし、もうもうと茶色の土煙が広がっているのが見えた。

「……なるほど。彼らと雷門を戦わせるのか」

「そう。フィーたちから一転奪い取ったんだろう? その実力ってやつを見てみたいからさ」

 一方その頃蓮たちは、土煙に視界を奪われていた。やがて波が引くように砂煙が治まり、ようやく目を開けてみると——そこにはさっきまではいなかった人間たちがいた。

 全部でおよそ11人。ふくよかな男から、標準体型の少女に見える人物まで……色々混ざっているが、彼らはダイビングで着用するようなスェットを身につけていた。そして首からはサスペンダーが下げられ、さらに腰のあたりにある丸いリングにつながっている。正三角形を下にした形の物体があり、その中央には青く丸い石の様なものがはめ込まれている。スェットの色は灰色で半袖、下は膝小僧の上まである。袖と身体のラインの外側にあたる部分は、白いぎざぎざが付いている。

 

(だ……だれだあいつら!?)

 謎のサッカー集団を見ていた蓮は、急に息が荒くなってきた。何故だか心臓が脈打つスピードがいつもより速い。速すぎて、逆に胸が痛くなってくる。立っているのに耐えられず、胸を押さえたまま地面にがっくりと膝をつく。

「白鳥!」

 近くにいた円堂が異変を察知し、蓮に駆け寄る。見る見る間に蓮の顔は青ざめて行き、半ば気を失いかけようとしていた。そのまま前に倒れそうになり、円堂が慌てて両腕で抱きかかえる。顔がこちら側を向くように抱きなおし、

「おい白鳥! 白鳥!」

 必死に呼びかけながら円堂が体をゆする。だが蓮は目を覚ますどころか呼吸だけが荒くなっていき、顔にはびっしりと汗が張り付いてしまっている。

「お前たちは何者だ!」

 蓮と円堂の横で、塔子が威嚇をするように声を上げた。するとその中の一人——緑の髪を抹茶ソフトクリームのように逆立てている人間が進み出て来た。

「我らはエイリア学園セカンドランクチーム”ジェミニストーム”なり。愚かな地球人どもよ……こうしてわざわざ挑戦しに来てやったことを感謝しろ」

「エイリア学園! パパを返せ!」

 塔子がジェミニストームに飛びかかろうとして、スミスが後ろから抑えにかかる。暴れる塔子を尻目に、鬼道が警戒気味に声を上げる。

「ジェミニストームと言ったな? オレたち雷門に何の用だ」

「全国大会優勝校である貴様らを倒し、世界中に我らの恐ろしさを示すのだ」

「要するにオレたちを倒すと言うことか」

「この試合は逃げることは許されない。もし貴様らが逃げると言うのなら、この奈良にある学校をいくつか破壊させてもらおう」

「そんなことはさせない!」

 先ほどからずっと蓮の介抱をしていてようやく終わった円堂が、大きな声で叫んだ。その横では顔色がだいぶよくなった蓮が、少しハイテンポの息を吐きながらジェミニストームを睨んでいる。

「オレたちだって強くなっているんだ! 今度こそ、エイリア学園にだって負けやしない!」

「……愚かな」

 相手チームのキャプテンは憫笑した。

「地球にはこんなことわざがある。”弱い犬ほどよく吠える”」

「吠えるのが無駄かどうか……やってみなきゃわからないよ」

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.27 )
日時: 2014/02/27 16:30
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: hg1Gx/0a)  

さっきまでのサッカーゴールに、雷門イレブンとスミスの反対を押しのけて参加してきた塔子が立っていた。向かいうつはジェミニストーム。どうも雷門をあなどっているらしく、緊迫した表情を全くしていない。

「おい白鳥……本当に大丈夫か?」
「……うん」

 ゴール前に立つ蓮は時折ふらつき、とてもサッカーができるような状態には見えない。しかし本人も大丈夫だと言うし、瞳子も反対はしなかったのでこうしてフィールドに立っている。しかし。

(あいつ……大丈夫なのか)

 円堂の心の中にある雲は決して晴れない。
 そんなさなかでも、試合開始のホイッスルは容赦なく鳴らされた。まず豪炎寺がバックの鬼道にキックオフした瞬間——例の抹茶ソフト頭の男がボールを奪う。獲物を狙う肉食獣のように、その動きは誰も読めていなかった。

「遅い。これしきのスピードで我らにはむかうのか」

 いかにも悪人らしいセリフを吐き捨てると、抹茶ソフト男はフィールドを一直線上に走る。MFの二人がつっこむとするが、速すぎて間に合わない。これならどうだとDF陣がスライディングをしかけ、あっさりジャンプでかわされてしまう。そしてそのジャンプした体制のまま……抹茶ソフト男はボレーシュートを放った。回転がかなり速く、もはや別のものに見える。

「あっ!」

 円堂の位置からすぐ右を狙われたシュートは、とろうと伸ばされた円堂の指先をかすめて。ネットに叩きこまれていた。

「お前たちに必殺技など必要ない」

 ゴールの後には、抹茶ソフト男の冷たい言葉だけが残った。

「円堂くん……ごめん」
「気にすんな! 次はぜったい止めてやるぜ!」

 落ち込むメンバーに対し、円堂はいつもと変わらず励ましの言葉をかけた。しかし相手との実力差は歴然としており、頑張ろうにも頑張れない……と言うみなの思いは消えることはなかった。
 そして再び雷門のキックオフ。再び抹茶男がボールを奪う。しかし今回は塔子の反応が素早かった。抹茶男の前に立ち塞がると、両手を頭上に掲げ一気に腰のあたりまで落とした。

「あたしの必殺技だ! <ザ・タワー>!」

 すると地面からきれいな螺旋(らせん)を描くレンガ造りの円柱が生えて、塔子を空高くに連れ去って行く。そしてさっきまで晴れていたはずの雲が急に暗雲へと変わり、塔子が両手を高く掲げると、雷の球が掲げられた両の手の上に生まれる。振り落とすとともにそれは一筋の稲妻へと変わり、抹茶男に落雷。

「うわっ!」

 落雷を直接浴びた男は白い煙を上げながら倒れ、ボールが近くに転がった。塔子がすぐさま奪い取り、かなり前にいた豪炎寺へとロングパスを出す。

「受け取れ! 豪炎寺!」

「ああ!」

 ジャンプして片足で受け取ると、豪炎寺は一気にあがる。それに引き寄せられるように、蓮も雷門イレブンも相手陣内へとあがっていく。

「豪炎寺! エースストライカーの実力を見せてやれ!」

 円堂の応援を背に豪炎寺は跳ぶ。<ファイアトルネード>をうつ気なのだろう……誰もがそう思っていた。

 

「!」

 突然豪炎寺の動きが空中で止まった。はっとした顔で目を大きく見開き、空中の一点を凝視している。そのままボールと共に落ちて行く。

 その時口がかすかに動き、言葉を紡いだ。

「……夕香(ゆうか)」

「え?」

 本当に小さく優しい一瞬の言葉。

 刹那、豪炎寺がようやくボールをけった。しかし位置が悪かった。炎を宿すボールはゴールから大きくずれ——ポストに当たって、ラインの外に出てしまった。

「えっ!」

 一同は、思わず声を上げた。

 豪炎寺がこんなミスを犯すなど、予期していなかったからだ。

「…………」

 失敗した豪炎寺は青ざめた顔をし、押し黙っていた。

「あ〜あ。シュートを外すようなストライカーかよ。レーゼ様、本当に戦う価値なんてあるんですかい?」

 ふとっちょで大人見たいな顔を持つ青い髪のGKがだるそうに呟く。すると抹茶ソフト男——レーゼは、

「有名無実だな。だが彼らを倒せば、我らの地球侵略もやりやすくなる。……ゴルレオ、続けるぞ」

「へ〜い」

 ゴルレオはあくびをしながら答えた。やはり見下されているらしい。

「みんな! 実力が違いすぎたって諦めるな! 行くぞ!」

 ゴルレオの欠伸を覚ますかのような大声が、フィールドを震わせ、雷門イレブンは再び試合に臨んでいく。

 一方同時刻。ガゼルとグランは、試合の成り行きを見つめていた。スコアはすでに15対0。何度も相手のボールを受けた円堂のユニフォームは、あちこち切り裂かれ、赤く染められている。他のメンバーも、切り傷・すり傷だらけで見ていて痛々しい。

「これほどまでに弱いチームが、私たちの敵になるのか」

 涼野——いやガゼルが独りごちた。それに答えるように、グランはゆっくりと首を縦に振る。

「なるよ。あのキャプテンは諦めていない。恐らく次は力をつけて、オレたちの前に現れるはずさ」

「”次”だと?」

 

 その言葉にガゼルは、目つきを鋭くして尋ねる。

「今回ので地球人にだいぶ恐怖感を示せたはず。十分遊んでやっただろう?」

「勝手にするがいい」

「じゃあ終わらせるよ」

 グランは親指と人差し指で輪を作るとそれを口の中に入れ、甲高い音を生み出した。

「どうやら終わりのようだな」

 シュートを決めようとしたレーゼが言った。

 ボールを横に蹴りライン側に出すと、片手を上げて

「ジェミニストームよ! あの御方たちからの命令だ。撤退するぞ」

 キャプテンらしい指令を出す。

 とたんジェミニストームのメンバーが、溶けるように一瞬で消えてしまった。レーゼを残して。

「ふん……今回は運が良かったようだな」

 だが最後に悪役らしいセリフを残し……彼もまた、空気と同化するように姿を消していった。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.28 )
日時: 2014/02/27 17:18
名前: ゆう. ◆Oq2hcdcEh6 (ID: pvHn5xI8)




しずくさんお久し振りです…!
覚えていらっしゃらないかもしれませんが、二年前(程でしょうか…)に此処でイナイレの小説を書いていたゆうです。

まさか再びしずくさんのイナイレ小説が、蓮くんが見られるなんて!
これからも読ませていただきますね´`


Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.29 )
日時: 2014/02/27 19:24
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: Wwp0q0mP)  

>>ゆうさん
お、覚えてます!ものすごく懐かしい名前を見たな〜と思ったら、ゆうさんでびっくりしました!覚えていて下さって嬉しいです^^二年もすると、色々変わりますね…
蓮の話をきちんと描きたいと思い、無印は古くなりましたが再びカキコに戻ってきました!
しばらくは移転作業でコピペ続きになりますが、3月になったらホワイトデーネタでも書こうかと思ってます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.30 )
日時: 2014/02/27 19:24
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: Wwp0q0mP)  


「いてっ!」

 夏未がグローブに手を触れると、円堂は反射的に手を引っ込めた。

「オレたち……負けたのか」

 試合が終わるころには、空はすっかり茜色に染まる。円堂たちが座るベンチの後ろの池の水面も、空の色を映して鮮やかに、時折波紋を生み出しながら揺れていた。

「やっぱり実力が違いすぎる。本当にこのままで勝てるのか……?」

 誰もが思っていることを風丸が言う。みなはますます沈黙する。でもそんな中で、不意に円堂が立ちあがった。

「オレ、さっきあいつらのシュートが見えた」

 みんなが下げていた頭を円堂にむけて、注目する。

「ほんの少しだったけど……あいつらのシュートの動きが見えたんだ」

「本当か! 円堂!」

「ああ。あと少しで、あいつらのシュートを止められそうだった。さっきの試合であいつらのシュートを、受けまくったからな」

 痛々しい見た目なのに円堂は笑って見せる。それを見たみんなが、少しだけ微笑みかえす。

「だからさ——みんなも諦めるな! 努力すれば、道は必ず開ける!」

「そうだな。オレたちは、常に諦めず進化し続けて来た。これからもきっとそうだろう」

 「ああ!」とか「オレたちならやれる!」と皆が口ぐちに声を上げ、チームの雰囲気が高まって行く。そこで黙っていた瞳子が口を開く。

「ようやくまとまってきたようね」

「はい瞳子監督!」

「なら監督として、一つ指示があります」

 瞳子はちらっと豪炎寺に目配せし、豪炎寺が何かに気がついたような顔をした。

「豪炎寺くんには、チームを離れてもらいます」

「えっ!?」

 誰もが驚かずにはいられなかった。

 エースストライカーである彼を、チームから外すと言うその言葉に。

「監督! なんで豪炎寺を外すんですか! 彼を外したらこのチームのフォワードは染岡だけ……決定力にかけすぎます!」

 すぐに風丸が疾風の如く瞳子を非難する。

 しかし瞳子は凛とした表情を崩さないまま、

「彼がこのチームにいると、私たちは地上最強にはなれないのよ。このチームのためにも、豪炎寺くんにはチームを離れてもらいます」

「豪炎寺がシュートを外したからですか! おい豪炎寺! おまえもなんか言えよ——」

 憤る円堂の口調がだんだん弱くなり、ついには消えた。

 豪炎寺が、本当にチームから避けるように池の橋を渡って行くのが見えた。本当に瞳子の決断を、あっさり受け入れてしまったかのようだった。

「待てよ! 豪炎寺!」

 円堂が、遠くなる豪炎寺の背中に呼びかけた。

 豪炎寺は橋の上で進むのを止める。

「オレたちは地球を守るって決めただろ! 今日、ここでジェミニストームには負けたけど……新しいスタートを切ったじゃないか! 新しい仲間も増えて。それなのにここでいなくなってどうするんだよ!」

 円堂は、心の思いをありったけ豪炎寺の背中にぶつけたようだった。長く叫び、何度も豪炎寺の名を呼ぶ。

「すまない円堂……」

 低く感情を押し殺すような声で、小さく言った。

「オレがいるとチームに迷惑がかかる。……監督の言う通りだ。悪いがオレはチームを抜けさせてもらう」

 短く簡潔に言うと、豪炎寺はまた歩き始めてしまった。その背には悲しみと申し訳ない気持ちが渦となって表れているように蓮は思えた。

「豪炎寺! オレたちはいつでもお前のことを待っているからな!」

 急に円堂が声を張り上げた。まるで下校する友達と別れ、また明日〜と言うような口調であった。

 その口調にさすがにチーム内にどよめきの色が生まれる。

「…………」

 豪炎寺は一度歩みを止めた。振り返らないままで。でも、何か光り輝くものが彼から飛び散った気がした。しかしそれを確認する暇もないくらいの時間で、豪炎寺は奈良シカ公園の夕日の中へと消えて行った。

 

〜二章完〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.31 )
日時: 2014/02/28 18:52
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: vcreLc9n)  

第三章 新しい風の中で

「あたしも円堂たちと一緒に行くんだ!」
「だめです、塔子様!」

 だだをこねる塔子が、スミスにべーと下を出した。そしてすぐに円堂にかけより、

「円堂! さっきのあたしの実力を見ただろ? 雷門イレブンに参加したって足手まといになんかならないだろ?」

 かなり強い口調で円堂に迫る。
 迫られた円堂は少したじろぎながら、そうだな。と軽く返事をした。その返事を聞いた塔子は満足げな表情を浮かべて、胸を張る。

「ほら。円堂だってあたしのことを認めてくれている」
「しかしですね……」

 スミスが渋い顔を浮かべた時、タイミング良く明るいノリの携帯着信音が鳴った。失礼、とスミスは塔子に背中を見せるようにして、少しかがんだ。機密事項の話なのか、声はかなり小さめである。

「えっ! 財前総理が解放された……本当か!」

 急にその声は大きくなり、同時にスミスが手で何かを手早く指示。SPフィクサーズはスミスを残し、四方八方に大慌てで散らばって行った。

「塔子様。一度東京に戻りましょう。財前総理が、先ほど国会議事堂前で見つかったそうです」
「え! パパが……」

 塔子は一度嬉しそうな顔をしたが、すぐに口を真一文字にし、決意に満ちた瞳を見せる。

「だめだ。あたしのせいで、パパは攫われたんだ。申し訳なさすぎて顔なんか見せられない」
「……塔子」

 そっと塔子に歩み寄ると、円堂はポンと塔子の肩に手を置いた。

「財前総理は、きっとお前のこと心配していると思う。だから、会いに行ってやれよ」
「円堂。でもあたし……」

 塔子が困ったように円堂から視線をそらすと、

「塔子さん」

 瞳子と目があった。

「私たちも、一度国会議事堂へ行くわ。財前総理には聞いておきたいことがあるもの。みんな、いいわね?」

 雷門イレブンはしぶしぶ、といった感じで頷く、
 それを見ていた夏未が、そっと蓮に耳打ちをしてい来る。

「豪炎寺くんが外されたことで、みんなは監督に不信感を持っているようね」

「……だっていきなりすぎるだろ」

 蓮も瞳子に聞こえないほど小さな声で悪態をついた。

「エイリアが、次にどこに現れるかわからないからな。少しくらい寄り道してもいいだろ」

「ではみなさん。塔子お嬢様をよろしくお願いいたします」



 深夜。キャラバンは順調に高速を走っていた。関西方面を抜けたとはいえ、窓ガラスの外には都会の鮮やかなネオンが煌々(こうこう)と輝いていて、地上に星座を作っているように思える。

「夕香……夕香って誰なんだろう」

 そんな光景をぼんやりと見ながら、窓枠にひじをついていた蓮がぼやく。

 深夜であるため他のメンバーはすでに眠っており、横では円堂が座席の背もたれによっかかり、穏やかな寝息を立てている。

「豪炎寺くんの妹さんよ。今は入院中なの」

「あれ、監督起きていたんですか?」

 寝ているとばかり思っていた瞳子が独りごとに答えてくれ、蓮はいささか驚いた。

「ところで病院って?」

「彼女は一年前事故にあって、ついこの間目覚めたばかりなの。まだリハビリ中」

「どこの病院にいるんですか?」

「稲妻総合病院に入院しているわ」

 そこまで聞くと蓮は視線を少しの間下に向け、

「……監督。僕だけ、単独行動って許されますか?」

「どういうことかしら」

 瞳子に尋ねられ、蓮は覚悟を決めた顔ではっきりと答える。

「夕香ちゃんに会いに行ってきます。そうすれば、豪炎寺くんがいなくなった理由、わかる気がするんです」

「豪炎寺くんがいなくなった理由を、あなたが調べて何になるのかしら」

「確かに、どうにもならないかもしれない。わからないかもしれない。でも、黙っているのは一番嫌なんです。少しでも糸があるなら、ゴールに続いているかもしれない。わからないなら、知るように努力しろ……そのココロをここで教わりましたから」

 本当は自分がただ知りたいと言うわがままだ。

 彼が夕香と呟いた時の声は、どこか辛そうだった。と、言うことは夕香ちゃんを尋ねればなにかわかるかも。ただそう思っただけのこと。

 反対されると思っていた。

「……いいでしょう」

 少し間が空き、瞳子の許可が出た。

 しかしただし! と強い言葉が続く。

「ただし期限は3日後よ。調査が終わり次第、北海道にある”白恋(はくれん)中学校”に来なさい。3日後までにそこに来なければ、あなたをメンバーから外します」

「解雇通知ですか。3日もあれば十分です」

「じゃあ雷門町のバースターミナルで降ろすわ。今から準備しておきなさい」

 蓮がいそがしく鞄の中身をいじり始め、

「白鳥が一人で北海道まで行けるのか……?」

 その様子を斜め後ろの塔子がじっと見つめていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.32 )
日時: 2014/03/01 13:42
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: DDShUS1b)  

雷門町のバスエリアで降りた蓮は、電車とバスを乗り継ぎ、さらに数分歩いて稲妻町へと戻って来ていた。まだ病院の開院時間でもないし、近くのコーヒーショップに入り、通勤をするであろう大人たちに混じり、コーヒーを飲んでいる。
 地理はめっぽう苦手だが、今の世には携帯と言う便利なものがあり、ネットを使えばたちどころにばしょがわかると言う訳である。もう稲妻病院はすぐ近くで、迷うこともない。
 のんびりしているとあっという間に病院の開院時間。出勤しようと動きだした大人たちに交じり、蓮も外へと出た。
 稲妻総合病院はコーヒーショップからほんの数分の場所にある。地域でもかなり大きな病院の一つで、三階建てのマンションの様な建物が、堂々と立っている。車が100台は置けそうな駐車場を走り抜け、中に入る。靴を脱いで下駄箱に入れ、まっすぐ受付へと進む。
 病院らしい消毒液の香りが鼻を突いた。ソファに座った子供がマスクをし、せき込んでいる。その横では熱っぽい顔をした大人が退屈そうに雑誌を読んでいる。名前を呼ばれた人が、診療室に消えて行く。
 蓮は自然とそういった人々の近くを通らない道を進んだ。受け付けに行くと、若い女性の人が微笑んでくれる。

「こんにちわ。あら、そのジャージ雷門中学校の子ね? ここに入院しているサッカー部の子のお見舞いかしら?」
「えっと……違います。豪炎寺 夕香ちゃんのお見舞いに来たんです」

 すると受付の人はああ! とはっとしたような表情になった。

「豪炎寺先生の娘さん、夕香ちゃんのお見舞いね。その子なら三階に入院しているわ。そこの階段から上がって、すぐ右手の病室よ」
「ありがとうございます!」

 受付の女性にお礼を言うと、蓮は受付から数メートル離れた場所にある階段をのぼりはじめた。天井に裸電球があるだけの、非常階段の様な場所。夜、一人で歩いたら怖いだろうな……と思う。こういう病院は、当たり前のように人が死んでいく場所。ひょっとしたら、死んだことに気づかない幽霊がここを歩いているかもしれないのだ。

「ないない……」

 二階を通り過ぎ、ようやく三階に着いた。 
 受付で言われた通り右手に進むと、病室があった。ネームプレートに『豪炎寺 夕香』ときれいな字で、書かれている。

「ここが夕香ちゃんの病室……」

 蓮は騒ぎ立てる胸を押さえるように深呼吸をし、ガラッと引き戸式のドアを右にスライドさせる。
 窓が開けられていて、白いカーテンが風に揺れていた。病室は4畳ほどの広さで、入ってすぐに洗面台。その隣に木製のクローゼットが置いてある。窓辺にはベッドが置かれ、ベッドの左横には棚が設置。上にテレビと黄色い花が生けられた花瓶がある。

「だあれ?」

 ベッドにいる少女と目があった。
 青いパジャマ姿の少女。歳の頃は6,7歳に見える。茶色い髪を二つ結びの三つ編みにしていて、大きく小動物を思わせる愛くるしい茶色の目がなんともかわいらしい——彼女が夕香だろう。

「あ! そのジャージ!」

 首を傾げた夕香だったが、蓮のジャージを見るなり声を上げた。

「おにいちゃんとおんなじ学校の人だ」

「えっと……僕は白鳥 蓮。キミ、夕香ちゃんだよね?」

 蓮は夕香のベッドわきのイスに座る。それから小さい子に慣れていないため、少し緊張しながら自己紹介をする。

 しかし一方の夕香は、

「白鳥おにいちゃん? 知ってるよ! この前お兄ちゃんが新しい仲間が出来たって、おはなししてくれたから!」

 子供らしいあどけない笑顔で答えてくれる。明るい性格なのか、人見知りは全くしていない。

 おかげで蓮も少し、緊張がほぐれる。

「ねえ夕香ちゃん」

 あくまで平静を、自然そうに演じながら蓮は、

「最近怪しい人が来ていないかな?」

 夕香に聞きたいことを尋ねる。

 かわいらしく首を傾げた夕香だったが、思い当たることがあるらしい。来てるよ! と不安げな顔で言った。

「あのね”おじさん”が、ときどき夕香の病室に来るの。それでね……夕香すっごく怖いの」

「おじさん? どんな人かな?」

「あのね夕香、絵が得意だから描いてあげるね!」

 夕香はベッド横のタンスの引出しを開き、中からスケッチブックとクレヨンを取り出した。

 スケッチブックを何枚かめくるので、蓮はそっとその絵を覗き込む。リンゴに家族の絵……どれも子供ながらに、ものの特徴をうまく掴んでいるなかなか上手な絵である。

 白いページが出てくると夕香は、クレヨンを丁寧にすべらせていく。

 やがて完成した一枚の絵は——人らしいが人に見えない。そんなやつがいる不思議な絵であった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.33 )
日時: 2014/03/01 17:43
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: hbLXOO8r)  

夕香が完成させた絵には、一人の人間がいた。
 体格は標準的な大人の男性のものだが、肌の色が何故か明るい黄緑色で塗られている。頭部は、髪がなくいわゆる禿げ(はげ)頭。そして目を隠すような黒いフレームのサングラス。下に来ているのは、真黒なコートの様なもの。自分は不審者です、と言っているような奇妙な身なりである。こんなやつが来たら、自分だって怖いと蓮は絵を睨みながら考えた。

「ありがと。夕香ちゃん」

 夕香に礼を言った蓮は、鞄からクリアファイルを取り出すと、その絵を大切にしまう。
 そのとき、夕香が気付いたように、

「ところで白鳥お兄ちゃん。今日はお兄ちゃんは来ていないの?」

 一番聞きたくなかった言葉を言った。
 灰色には程遠い脳をフル回転させ、蓮は夕香への言い訳を考える。

「う、うん。豪炎寺くんは、風邪引いちゃってさ。今日は来れないんだって」

 結局出てきた言葉はかなり苦しい言い訳。それに蓮の笑顔も引きつっているのでどうなるかと思ったが、夕香はくりくりした瞳に不安色を宿した。

「そうなの? お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「……うん」

 純粋に兄を心配する妹の瞳が良心をえぐる。
 心の中で、夕香に真実を言え派とこのまま黙れ派が対立する幻聴すら聞こえてくるような気がする。

「じゃあお兄ちゃんに、早く元気になってねってつたえてほしいな」

 蓮の言葉を聞いて安心してきたのか、夕香が微笑を浮かべながら小さな小指を差し出してくる。

「わかった。約束するよ」

 夕香に向かい”必ずお兄ちゃんを連れ戻すから”と言う意味を込め、蓮はほっそりとした小指を、その小さな指に絡めて小さく上下に揺らした。

『ねえ! ——。——。約束だぞっ!』

 夕香と指切りを終えた途端、急に脳裏に声がした。 夕暮れの中、三本の指が絡み合って大きく揺れる。一つは幼いころの自分で。あれ? いつ、誰と指切りしたんだっけ……

「お兄ちゃん?」

 夕香にじっと見つめられていることに気づいた蓮は、慌てて手を離す。

「じゃあ! またね、夕香ちゃん」
「うん。またきてね!」

 夕香の笑顔に見送られながら、蓮は恥ずかしさから逃げるように病室を出た。

「ご、豪炎寺くんがいたら殺されてたかも」

 とたん身体の力が抜け、蓮は扉に背を預けたまま座り込んでしまう。

「はぁ」

 長いため息を吐くと、蓮は自分の両手を見つめる。

(誰だろ……誰と指切りしたんだ……?)

 考えれば考えるほど、記憶と言う名の糸は絡まりほどけなくなる。

 誰かは覚えていないが、手の感触だけははっきりと思いだせる。二人とも、温かくて、握ると元気になれる太陽の様なぬくもりだった。そして自分は指切りをした二人のことを、とてつもなく大好きなのだ。それだけは、はっきりと感じることが出来る。わかることができる。なのになんで名前が思い出せないのか。

「誰……」

「なんだよ白鳥。疲れちゃったのか?」

 聞き覚えのある声に蓮は現実世界に引き戻された。声の方を見やると、何故か塔子の姿があった。

「と、塔子さん? なんでここに?」

 立ち上がりながら、蓮は目を白黒させる。

 すると塔子は蓮に近づくなり腕をひっつかんで、上へと続く階段をさし示した。

 

「話は後だ。とりあえず、屋上に行くぞ!」

「あ、ああ! 待ってよ!」

 塔子に袖を引っ張られる蓮の姿は、傍から見れば飼い主に引っ張られる犬そのものに見えるに違いない。

 

 三階からの階段を登りつづけると、屋上へと続く鉄扉が視界に入ってきた。 

 階段を登り終えた塔子が両開きの扉を開くと、涼しい風が流れ込んできて蓮の短い黒髪と、塔子の長いピンク色の髪を揺らす。

「あたしが一番ノリ!」

「塔子さんはおてんばだなぁ……」

 はしゃいで先に屋上へかけていく塔子の後から、蓮はゆっくりと屋上に足を踏み入れる。

 屋上は周りを全て落下防止用の緑のフェンスに囲まれ、東西北の位置に一個ずつベンチが置かれている。北には住宅街が広がり、駅の青い屋根が見える。東側には住宅街上空を高圧電線が通り、二段重ねにした緑の丘へと消えて行く。緑の丘には、雷門町名物の”鉄塔”があるが、今は針の先っぽの様な先端が見えるだけ。そういえば円堂がここを気に行っているらしく、エイリア学園との戦いが終わったら案内すると、嬉しそうに話していた。

「雷門町ってきれいな場所だな」

 北側のベンチに座った塔子は、景色を見て歓声をあげていた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.35 )
日時: 2014/03/02 15:05
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: qJ0dFxMT)  

しばらく沈黙が流れ、不意に塔子が口を開いた。

「なあ白鳥。夕香ちゃんに豪炎寺のこと、聞いたんだろ?」
「え? 塔子さんが、どうして知っているのさ?」

 蓮が驚いていると、塔子は風景を見つめながら答える。

「実は瞳子監督から『白鳥くんは、放っておくと北海道の大地で凍死していそうだから、迎えに行ってあげてちょうだい』って、こっそりメールが送られてきたんだ。その中にどうして白鳥がいなくなったかも、書いてあったよ。だからあたしパパに会ってから、みんなに適当な言い訳して抜けて来たんだ」
「そっか。お父さんと会ってどうだった?」
「元気そうだったよ。本当に無事でよかった」

 そう話す塔子の横顔は本当に嬉しそうだった。しかしその笑顔はすぐに曇り、

「でも、パパはなにか隠しごとをしているんだ」
「隠しごと?」
「エイリア学園に攫われた時に、何か見せられたらしいんだけど……それがなにか教えてくれないんだ」

 塔子は不満そうに頬を膨らませ、足をぶらぶらと揺らす。
 
「あたしだけじゃない。スミスや警察の人にも……パパは一人でなにかを抱え込んでいる。あたし、どうすればいいんだろう」

 完全に表情を曇らせ、俯いてしまった塔子を見た蓮は、

「塔子さん」
「なんだよ」
「お父さんを信じてあげなよ。きっと財前総理は、なにか大事な決断をしないといけないんだ。総理って言うからひょっとしたらこの国の行く末を決める大事な決断なのかもしれない」
「どう信じろって言うのさ」
「黙って傍にいてあげれば……あ、メールとか電話すればいいと思う。僕たちは大人じゃないから、総理の悩みを聞くことなんてできない。でも、そのうち塔子さんのお父さん自身が、信じられる身近な大人に話してくれると思う。今、お父さんはきっと一人だと思っている。だからお父さんに”一人じゃないって”メッセージを発信し続けなよ。いつか誰かを信じる日までさ」

 笑顔で言い切った蓮を、

「あ、ああ……」

 塔子は見つめた。すぐに蓮はたじろいで、

「あ。意味不明だし、ながったらしいよね。ごめん」
「いいよ白鳥。あたしなんか気持ちがすっきりした。パパが誰かを信じるまで、あたしがパパを支えるよ」

 蓮に笑顔が戻る。だが恥ずかしいのか、

「……ところで瞳子監督が、塔子さんを迎えによこすなんて意外」

 すぐに話題を転換させる。

「あたしもだよ。なあ、監督のメールに書いてあったんだけど、白鳥って地理が苦手を通り越してすごいやばいんだろ?」

「うん。小学校のとき、都道府県名を書くテストで0点とったことある」

 と実にあっさり蓮は言いきった。

 それに塔子は呆れた表情を見せ、

「例えば北海道の位置ってわかるか?」

「うん。日本の一番北で、その下に沖縄県があるんだよね? 首都は函館で、他にアイヌ町とか、ムツゴロウ王国とか、流氷って町があるんだよね?」

「首都じゃなくって県庁所在地! しかも函館じゃなくて札幌だぞ! それからアイヌ町とかムツゴロウ王国なんて……あるのか? 後、沖縄県は日本の最南端だ」

「うう……覚えたくない。日本の地理なんて生きて行くのに役に立たないのに」

 地理が大嫌いな蓮は、頭を抱えて悶える(もだえる)。

 そして塔子は盛大なため息をつき、

「こんな地理ダメダメのお前が、白恋中学校に行けるのか?」

「た、多分行けないかな……」

 蓮はだじだじになりながら答える。

「本当に瞳子監督の判断は正しい。白鳥一人だったら、絶対に札幌辺りで凍死しているよ」

 事実をズバッと言われ、蓮は苦笑いを浮かべる。

「瞳子監督、意外と優しいよな。だから豪炎寺をチームから外したのも、何か意味があると思うんだ」

「だったら面白い情報をつかんでるぜ?」

 名誉挽回、と蓮は夕香が描いてくれた絵を鞄から取り出し塔子に渡す。その時に夕香から聞いた話も簡潔に伝える。

 おおまかな話が終わると、絵を見ながら塔子はうなりながら手を顎にあてた。

「”怪しいおじさん”か。確かにこいつのせいで豪炎寺がチームを離れたとするのも一理あるよな」

「でも、これだけじゃなにもわからない。このおっさんがどこの誰なのか、何者なのかわからないと……豪炎寺くんって言うゴールにはたどり着けない」

「あたしたちはサッカーで言うと、まだボールを蹴ったばかりで相手陣地内に進めていないのか」

 塔子は腕組みをし、しばらくしてはっとしたような顔をした。

「そうだ! SPフィクサーズに協力してもらおう!」

「え? SPのみなさんに?」

 蓮が声を高くして問い返すと、塔子は笑顔で、

「うん。政府の機関だし、情報量も多い! このままやみくもに探しまわるよりいいと思うよ」

「せ、政府の機関を私利の目的で使用していいのか?」

「豪炎寺がいなくなったことは、世界滅亡にも匹敵するだろ! とやかく言っている暇はないよ!」

 塔子の力強い言葉に黙らされた蓮は、

「ま、まあね……」

 しぶしぶ了解した。

 心の中で国民の皆さん、税金無駄遣いしてごめんなさいと謝りつつ。

「なあ白鳥」

 塔子がまた遠くの景色に視線を送って言う。

「ん?」

「豪炎寺のこと——これから二人だけで調べないか?」

「チームのみんなには秘密にしろってこと?」

 蓮も塔子と同じく遠くの風景にめをやる。

「うん。夕香ちゃんのところにいた”おじさん”が何者かわからない以上、下手に動くと危険だ。みんなを巻き込みたくないし、二人だけの秘密にしておこう」

「……わかった。僕と塔子さんだけの秘密」

「あたしたち”豪炎寺調査隊”の、な」

 塔子は軽くウィンクをした。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.36 )
日時: 2014/03/02 15:15
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: Wwp0q0mP)  

>>オズロックさん
???何を仰りたいのでしょうか…申し訳ありませんが、今回は厳しい言葉を使います。
セリフから察するにキャラクターになりきられているようですが、こちらは小説掲示板です。小説を書いたり、その感想を言い合う場です。なりきりを書くのは場違いです。
キャラクターになりたいのでしたら、なりきり掲示板に行って下さい。そちらでなら、どんなになりきりをされても大丈夫なので。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.37 )
日時: 2014/03/02 19:24
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: vcreLc9n)  

 屋上を降りた塔子と蓮は、稲妻総合病院二階の負傷した雷門イレブンの5人を見舞っていた。
 二階の広い20畳ほどはあろう部屋。夕香の部屋と形状はあまり変わらない。ベッドが4つ設置され、それぞれ4人が横になっている。
 松葉杖を片手に蓮と塔子を応対するのは、ピンクと青ボーダーで猫の耳のようなものがついた帽子をかぶる少年——松野 空介(まつの くうすけ)。愛称はマックス。結構小柄でぱっちりと開いた丸い黒い目は、まさに動物チック。帽子からわずかにのぞく茶色の短い髪から思うに、りすあたりかもしれない。

「白鳥に塔子かぁ〜。わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。みんなはまだ寝てるけど、ボクが話に乗るよ」

 まあ座ってよ、と言われ二人はマックスにケガ人のマックスを立たせて申し訳ないと思いつつ、見舞客用のイスに座る。
 マックス以外の4人は病人のうすい青パジャマを身にまとい、すやすやと眠りに落ちている。二人ほど、足に包帯を巻かれギプスで固定されていた。

「けがの調子はどう?」

 眠りに落ちる四人を起こさないよう、蓮はそっと小声でマックスに尋ねる。
 するとマックスはん〜と渋い表情を浮かべた。

「歩けるようにはなったけど……ずっと歩いていられるわけじゃないんだ。雷門サッカー部に戻るには、まだまだ時間がかかりそうだよ」
「そっか。『戻ってきたら猛特訓だぞ』って、円堂が言ってたぞ」
「あはは。キャプテンらしいね」

 マックスは小声でだがしばらく笑った。
 つられて蓮や塔子もトーンダウンして一緒に笑う。

「ところで地上最強への旅はどうなっているんだい?」

 逆にマックスに問い返され、今度は塔子と蓮の顔つきが曇る。

「僕たち、奈良でジェミニストームって言う、新しいエイリア学園のチームに負けてしまったんだ。しかも監督は豪炎寺くんをチームから外しちゃって——」

 蓮が悲しそうな面持ちをしているのに気づいた塔子が慌てて明るい調子で、

「で、でもこれから北海道に新しいストライカーを探しに行くんだ!」
「ストライカー?」「へー」

 瞳子に何も聞かずに飛び出してきた蓮は、新しい情報にいささか驚く。

「へ〜って白鳥も知っていることだろ?」
「あはは……」

 マックスに突っ込みを入れられ、蓮は引きつった笑みを浮かべた。

「北海道にある白恋中学校に”吹雪 士郎(ふぶき しろう)”ってやつがいるんだ。情報によると、一人で一試合に十点叩きだし、”ブリザードの吹雪”とか”熊殺し”っていう異名がある。……らしい」

「……らしい?」

 微妙なニュアンスのちがいに気がついた蓮が、首をかしげる。すると塔子は、ああ……と困ったような表情をする。

「なんでも白恋中学校はフットボールフロンティアに出ていないらしくってさ、情報が手に入らないらしいんだ。後わかっているのは、<エターナルブリザード>って言う必殺技を使うことくらいらしいぞ」

「まあ一人だけ強い選手がいても、他がダメダメじゃ全国大会には出れないよね」

 そうマックスが言って、

「でも<エターナルブリザード>には期待できそうだな。今のあたしたちには決定力が欠けている! 吹雪ってやつがいれば、エイリア学園もきっと倒せる!」

 と塔子が期待に胸を膨らます。

 その言葉に若干マックスの眉がひそまった。

「じゃあきみたち、そろそろ北海道に行くんだろ?」

 マックスはいつもののんな顔に戻り、言う。

「あ、そうだな。白鳥、さっさと行こうぜ!」

 すごい勢いで塔子が扉を開けて飛び出て行った。

 蓮は扉の前まで歩くと、一度マックスの方に振り返る。

「うん。またね、みんな! 今度こっちに寄ったら、また顔出すから」

「バイバイ」

 マックスが手を振るのを確認すると、蓮は扉を閉めた。

 二人を見送ったマックスは

「本当はボクたちも二人のように走りたい……」

 さびしそうに呟いた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.39 )
日時: 2014/03/02 22:05
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: 8HM4KmaQ)  

病院を出た塔子と蓮は、どこに行くあてもなくとりあえず近くの町内公園に来ていた。
 塗装がはげ鉄色が見えているブランコとシーソーがあるくらいの小さな公園。そこにあるやっぱり塗装が落ちて木の色があらわになっている古いベンチに座り

「ところで……いつ北海道に行く?」

 次の北海道行きの計画を話し合っていた。

「そうだな〜。北海道行きの飛行機のチケットなら二人分もうとってあるけど、出発は明日なんだよな」 
「明日かぁ」

 蓮はベンチの背もたれに頭を乗せ、空を見やる。
 今日も突き抜けるような青空の中に、小さく音を立てながら飛行機が飛んでいた。

「そういえば瞳子監督に一人で行くなんて言ったけれど、今思うと無茶な発言だった。激しく後悔」
「少しは後先考えて行動した方がいいぞ」
「……だね。昔からよく言われてたよ」

 と蓮はそこまで言って、はっとしたような表情になる。

「——あれ? 誰に言われてたんだっけ?」
「なんだよ、記憶喪失か?」

 茶化すように塔子に笑われ、蓮は背もたれから背を離し、腕組みをして前かがみになる。

「ん〜実は小さいころのこと、あんまり覚えてないんだ」
「なんかあったのか?」
「小学校3年の頃より前の記憶がところどころぶっとんでんだ。親に言わせると、家の階段から落ちて頭をうったらしい」
「白鳥意外とドジだな。でもぶっとんで困ることとかあるのか?」

 しばらく蓮は考え込むポーズをし、首を横に振る。

「ないね。友達のことも、勉強のことも覚えてたし」
「白鳥ひょっとして、そのせいで地理の知識が全部なくなったんじゃないか?」

 地理が苦手なことをからかってくる塔子に、憤りを覚えつつ蓮は言葉に力を込める。

「それはない! 仮に忘れているとしたら——」

 そう言いかけて不意に脳裏に涼野がよぎった。
 会ったこともないのに……すごく懐かしい感じがする不思議な少年——涼野 風介。

「ねえ塔子さん」

 蓮は神妙な面持ちで口を開く。

「なんだ?」

「……この前初めて会った子——涼野 風介って言う子に、すごい懐かしい感じを覚えたんだ。こういうのってどう思う?」

「急にどうって言われてもな……」

 難しい質問なのだろう。塔子は眉根をよせながら、さき程の蓮のように背もたれによりかかり、空中へと視線を泳がせる。

「”懐かしい”ってことは、白鳥がどっかで会った子なんじゃないか? その頭を強打して忘れた頃かもしれないし、ひょっとしたら前世とか」

「ぜ、前世? 塔子さんってそういうの信じる方?」

 蓮が訪ねて、塔子は勢いをつけて起き上がる。

「ああ、信じるよ! だってパパが『人と人が出会うのは生まれてくる前に、互いが望んだからだ。塔子と私も前世では、家族や友達だったのかもしれない』って前に言ってたからな。そいつと蓮はどっかで知り合いだから、懐かしい気がするんじゃないか?」

 そう言えば涼野は自分が名乗った時、少しばかり彼は驚いたような表情をしていた。と、いうことはやはり知り合いだったのだろうか。しかし思い出すと涼野は、久しぶりとかそんなことは一言も口にしていない。何度反芻(はんすう)しても、やはり……初対面。そう蓮は結論づける。

「でも向こうは全くの初対面って顔してた」

 すると塔子はう〜んと人差し指を唇の下に当て、

「じゃあ『既視感(デジャビュ)』ってやつかな?」

「『既視感(デジャビュ)』?」

「フランス語の言葉で、それまで一度も経験したことがないのに、かつて経験したことがあるように思うってことだって。ん〜つまりだな。白鳥が涼野と初めて会うのに、むかしどっかで出会った気がする。それは”既視感”だけど、あたしはこう思う。白鳥は涼野とつながってるからじゃないか?」

「なにが?」

 塔子は手を自分の胸に当て、ポンと軽くたたく。

「”心”、だよ」

「心?」

「心が通じあっているから懐かしくなるんだろ。やっぱり、前世の白鳥のおくさんとか子どもとか……親友なんじゃないか?」

 そんなことが塔子の口から出てくることに驚きつつ、蓮は改めて自分は涼野のことをかなり気に行っていることに気づく。

「風介と心が通じ合っている……か。だとしたら、彼とはもっと仲良くなりたいな」

「今度あたしにも会わせてくれよ! どんなやつなんだ?」

 え〜とか口ごもりながら、蓮は涼野を回想する。

 冷静に見えて……表情はめまぐるしく変化しいたし。微笑んでいた顔はなにより可愛らしかった。

「かなり冷静で、表情が無表情に近いんだ。でもよ〜く見てると少しずつだけど変化していて、面白かった」

「なるほど。ミリ単位で変化するってやつか。SPフィクサーズにもそんなタイプのやつはいるよ」

「へぇ……」

 塔子とクールな人間について話を咲かせながら、蓮は何気なしにふっと空を見上げた。そしてわかるはずのない答えを模索する。

(風介……キミはいったい誰なんだ?)

 風が吹き、蓮の短い髪をいたずらに揺らしていく。今日も空は青い。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.40 )
日時: 2014/03/02 22:10
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: ewri1wGo)  

オズロックさん
繰り返しますが、此方は小説を書き、その内容や感想を言い合う場であり雑談の場ではありません。
GOについて話されたいのなら他の方の小説に行かれるといいでしょう。この掲示板だけでも、イナズマイレブンGOの小説はいくつもありますから。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.41 )
日時: 2014/03/03 18:39
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: C6pp1bGb)  

それから蓮と塔子は、しばし稲妻町で食べ歩きをしたり、観光したり。雷門イレブンは今頃何をしているのか知らないが、他のメンバーには申し訳ない休日。しかし、そんなことをしていると、日が暮れるのも早く、気がつくと町中の時計は午後6時を告げていた。
 時計の下の石づくりに座って雷門名物の人形焼きを頬張っていた蓮と塔子が、

「もう六時?」

 同時に声を上げた。蓮は人形焼きを飲み込み、

「今日ってまさか野宿?」

 不安げに空を見上げる。すると塔子が心配するな! と胸を張る。

「スミスたちに頼んで、ホテルを予約してもらったんだ。今日は、そこに泊ろうよ」
「ところでさ……塔子さん」

 今まで気になって仕方がなかったことを、塔子にズバッと尋ねる。

「ホテルといい、飛行機のチケット代と言い、本当に出してもらっていいのか?」
「大丈夫だよ! スミスたちがいいって言うんだから」

 友達の金の分もあたしが出すのは当然だ! と笑顔で塔子は言ってくれるが、実際問題いくら彼女が払ってくれているのかわからないので、ますます蓮の不安と申し訳なさは募る(つのる)一方だ。
 しかし塔子が言うなら大丈夫だろうと無理やり自分を納得させ、気分を切り替える意味合いも込めて、

「ところでそのホテルって言うのは、この近く?」

 話を切り替える。

「ううん。明日飛行機に乗るから、近くの方がいいと思ってさ、空港まで電車で数駅って場所に取った。そろそろチェックインもできる時間だし、行こうよ!」
「そうだね」
 
 
 そうして稲妻町から電車を何本も乗り換え、さらにそのホテルの最寄駅から、歩く頃には、すっかり七時を回っていた。空は暗いが、都会のネオンが煌々と光り輝いているので眩しすぎるほど。その下で、

「……これが……ホ……ホテル?」

 ホテルを見た蓮が震えた声で言った。
 都会によくある全面がガラス張りのビル。光りながら夜空に向かってそびえたつ様子は、東京タワーなんかを連想させる。その造りは一般人の蓮からすればどうにも豪華だ。塔子と蓮が立つ入口は外国風の大理石造りで、上には黒い石に金色の文字でホテルの名が浮かび上がっている。横にはしゃれた西洋風のランプが。さらに出迎えのボーイが立っている。
 そして左右に視線を向ければ、リムジンに上品そうな服を着た淑女紳士たち。
 
「ああ。パパの知り合いが経営しているんだ。だからいつもより安く泊まれるぞ」

 がくがくしながら塔子の袖を掴んで進んでいく蓮は、もはや涙ぐんでいる。まるで歯医者に連れて行かれる幼い子供のようだ。そんな情けない姿の蓮とは対照的に、塔子はしごくあっさりしている。

「ほっほほほほ……ほんとうにここにとまるのか!?」

 蓮が塔子に耳打ちをする。

「なに言ってんだよ。このホテルはあたしが泊った中じゃ結構安い方だぞ。白鳥ったら大げさだなぁ」

 塔子は笑い飛ばして見せる。

 それから情けない姿の蓮をロビーのソファに放置しておいて、塔子はフロントへと進む。やはり外と違わず(たがわず)ロビーも豪華であった。

 ソファに放置された蓮はシャンデリアを見つめて、目を丸くしてる。

 

「財前 塔子様に白鳥 蓮様ですね。ご連絡承っております」

「どうも」

 フロントのホテルマンと塔子が会話を交わし、チェックインの手続きをする。

 それが終わるとボーイが現れ、二人の荷物をすべて真鍮製のキャリアカートに乗せた。エレベーターに乗り泊る階へと到着すると、派手ではないが優雅さを醸す部屋に案内された。ボーイが恭しく(うやうやしく)礼をして退室した後、

「あ〜疲れた」

 蓮は靴だけを脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。塔子はもう一つある別の部屋に荷物を置きに行く。やはり中学ともなると、異性を意識するものだ。

 改めて蓮は部屋を見渡す。ベッドの横には立派な木製の机。上には白いティーカップとポット。そして窓側に置かれた本革で作られたらしいソファ。イギリスとかからの輸入品か。ベッドの上にはポストカードサイズの抽象画が、額縁に入れられ飾られている。

「白鳥! すぐ夕飯に行くぞ!」

 塔子にせかされた蓮は、

「……あ、ああ」

 しぶしぶ起き上がる。

 そして二人はエレベーターで食堂へ。ボーイに案内されて座る。

 高級レストランを思わせる白いテーブルクロスに机、イス。照明はいい塩梅に調節され、中は少し薄暗い。そしてバッグに流れるのは美しいピアノの旋律。

「僕たち、なんか浮いているね」

 テーブルの上にある高そうな食器や、倒したら簡単に割れそうなグラスを見ながら蓮が小声で言う。

 周りにいるのは下にいた上流階級らしい紳士淑女。彼らから見れば、ジャージ姿の二人はきっと奇妙に見えるに違いない。いや、そうだ。ひそひそ話をする紳士淑女が蓮の黒い瞳に映る。

「そうか? パパとホテルに泊まったら、こんなもんだぞ」

 塔子が、すでに運ばれてきたステーキをフォークとナイフで、きれいに切りながら答える。周りの紳士淑女に負けない、美しい切り方だった。

「塔子さんは、テーブルマナーがなってるな」

 両親に聞いたことがある知識と塔子のみようみまねで蓮は、下品にならない程度にステーキを切って行く。

「白鳥だって。なかなかだぞ」

「そ、そうかな」

 高級レストランで楽しそうに話すジャージ姿の二人は、それなりに浮いていた。

 やがて夕食が終わり部屋に戻った二人は、順番でシャワーを浴びる。

「じゃあな白鳥! おやすみ!」

 ピンクの髪をぬらしたままの塔子が、隣の部屋に消えて行く。

「おやすみ、塔子さん!」

 蓮はそこまでは精一杯の笑顔を作ってあいさつを返したが、塔子の姿が完全に見えなくなると、

「こんな高級ホテルに僕が泊っていいのか……いいのか」

 またベッドに倒れ込んで苦しみだした。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.42 )
日時: 2014/03/04 16:16
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: w/AVokpv)  

翌日——蓮が眠る部屋では、無機質な電子アラーム音が響いていた。高級羽毛掛け布団から蓮の手がするりとこぼれ落ち、アラームを止めるスイッチをオフに切り替える。続いて蓮は布団から起き上がり、ベッドから出した足だけを床につける。それから少しぼーっとしていた。ジャージのまま眠っていたので、首筋や顔にうっすらと汗が浮かんでいる。エアコンが効いていて、そこそこ涼しいのだがジャージ+厚い羽毛布団はなかなかきついものがある。

「……まだ6時30分」

 ベッドわきに腰かけたまま、蓮はデジタル時計の表示を見てぼやいた。いつもなら絶対に起きられない時間。どうしてか旅行先だと、いつもより早起きになる性分なのである。親がいない分、塔子に迷惑をかけられないといった責任感のせいに違いない。
 やることが特にないので洗面所へと行き、冷たい水で顔を洗い、鏡を見ながら髪を整える。

「おはよう。早いな」

 そこへ塔子が入ってきた。帽子を被っているせいか、髪は特に乱れていない。

「おはよう塔子さん」

 あいさつを交わすと、塔子の邪魔にならないよう蓮は右にずれた。
 塔子は洗面台に置かれた霧吹きに手を伸ばすと、それを持ちながら髪に吹きかけ始める。水滴が薄暗い明りの元に舞い、いい香りが辺りを包みこむ。それからくしで念入りに髪をとかしていった。

(へぇ……塔子さんはおしゃれだなぁ)

 そんな塔子を横目に見ながら、蓮は小さいタオルを水に浸し、汗まみれの首筋や身体を拭いていた。暑いので、ジャージの上は腰に巻きつけてある。

「よし終わった」

 やがて朝の手入れが終わったのか、塔子が霧降きやくしを持って部屋に消えて行った。蓮の方は昨晩中に私物は片づけてある。残っているのは元々置かれていた、コップや歯ブラシセットのみ。

「白鳥! 朝飯に行くぞ〜!」

 そんな塔子の元気な声がしたので、

「うん!」

 蓮もまた元気に声を出して部屋を出た。

 朝食の会場は昨晩と同じであるが、バイキング形式なので形状はだいぶ異なっていた。
 机の配置などは同じだが、いくつかのテーブルはくっつけられ、料理が並ぶ。少し目を向ければ、ふだんならまずお目にかかれない高級素材……例えばトリュフやフォアグラ、キャビアなどが豪勢に使われた料理が。少し横を見れば北京ダック。だが一般人向けのパンやジュースなどもしっかり置かれていり、蓮は少し安心した。それでも、格調が高そうなボーイやシェフには相変わらず慣れることが出来ない。
 朝の日差しが入ってくる食事会場は開放感にあふれ、そのうえさらに鳥のさえずりが上のスピーカーから流れ込んで、朝のさわやかさを演出してくれる。

 

 やはりボーイに案内され席に着いた二人は、各々(おのおの)で好きな料理をプレートに乗せる。蓮はクロワッサンやスクランブルエッグに、サラダを足したバランスのいい食事。飲み物は緑茶。

 対する塔子はご飯を取ってきたと思えば、プレートの上には何故かウィンナーやハムなどの西洋風料理。と思ったらわきには焼き鮭や肉じゃが。飲み物はオレンジジュース。和洋混合のよくわからないレパートリーだ。

「いただきます」

 二人は両手を合わせてきちんと礼をする。

 

「あ、おいしい」

 クロワッサンをかじった蓮が歓声を上げた。

 噛むと風味豊かなバター味が口の中に広がり、噛めば噛むほど濃厚さが増す。

「うまいだろ? ここの料理は天下一品なんだぜ」

 目の前に座る塔子がオレンジジュースを飲みながら、自慢気に言った。

「うん。こんなうまい料理食べたことないよ」

 そう蓮が感慨深げ(かんがいぶかげ)に漏らすと、塔子はグラスを置いた。

「なあ白鳥。今日の北海道に行くことについてだけど……」

「ん?」

 パンをちぎり、バターをぶっていた蓮の動きが止まる。

「せっかく後一日と何時間も休みがあるんだ。今日は北海道観光の日にしないか?」

「え〜……」

 本来なら大声を出したいが場所が場所なので、声をひそめながら呆れた声を出す。

「さっさと合流した方がいいと僕は思うよ?」

「昨日出たばっかりなのに、みんなはまだ白恋中学校についているわけないだろ? 先に行って会えなくてもつまらないし……な、いいだろ?」

 子供のようにせがむ塔子を相手に、蓮は項垂れる。

「でもお金……」

 また似たようなことを遠慮がちに蓮が尋ね、

「費用はあたしもちだから大丈夫だよ! それにもうスミスにそう行くからって頼んじゃった」

「…………」

 二の句が継げない。断わる権利がないのだから。

 朝食を終えた二人は電車に乗り、空港の最寄り駅で降り、そのまま空港に行った。そこで塔子に渡された航空チケットを見ると、行先が「千歳」。

「まずは旭山動物園に行くぞ!」

「あの……旭山に行くのか」

 飛行機に揺られ数時間ほど。千歳空港に降り立った二人は、スミスが迎えによこしたリムジンで一路旭山動物園へ。北海道は東京よりぐっと寒く、ジャージでいても涼しさを感じるくらいだ。

 そして半日ほどかけて動物園を見学。

「すごい! ペンギンが近くにいるぞ!」

 子供のように塔子が目に超新星を宿してはしゃぐ。トンネルのようなガラスドームの向こうには海の底の岩が綺麗に再現され、ペンギンが悠然と泳いでいた。

「ひゃあ……話には聞いていたがすごいや」

 この後、塔子はぬいぐるみやら限定グッズを買い込んでいた。蓮は両親への土産にとクッキーやペンギンのぬいぐるみ、シャーペンなんかを買った。

 夜は何故か夜景で有名な函館へ。そこで夕食(やっぱり高級レストラン。蓮はかなり疲れていた)や雷門イレブンへのお土産、自分用のお土産を買ったりしてすごした。そして宿は稚内(わっかない)。疲れが残るまま飛行機に乗り、また来た迎えの車で宗谷岬の近くにとった宿へ。今度は海辺のコテージといった感じで、部屋では波の音がはっきりと聞こえる。

「あたしもう疲れた……おやすみ」

 やはり塔子とは別々の部屋。疲れたのか宿に着くなり、塔子は欠伸をもらしながら部屋に入って行った。今日の部屋は木材で作られたベッドやタンスがあるだけのシックな部屋。キャンプで使うランタンが煌々と明かり変わりに輝き、独特の雰囲気を出す。だが、蓮としてはこっちのほうが落ち着く。

 

「まだ眠くないなぁ」

 あれだけはしゃいだのに、蓮は眠気が全然ない。はしゃぎすぎて逆に目がさえてしまったのだ。

「岬でも見てくるか」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.43 )
日時: 2014/03/05 18:14
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: .3t6TJMo)  

蓮は与えられた部屋には戻らず、コテージを出た。外に出た途端穏やかな波音が耳を騒がせ、心地よい潮風が髪をなでる。草の感触を踏みしめながら、岬へと向かいそろそろ見えてくるか……というところで。身体を押し戻すような強い潮風が吹いてきた。蓮は目を閉じた。そして目を開けたとき——先客がいるのが見えた。
 ゴールの証である、円状の台座に三角定規を乗せたような記念碑に誰かがのっている。月光を鈍く弾き返す銀の髪と紫のフードが、潮風を受けてはためている。彼は三角定規の斜辺に手をあてながら、ただただ暗い海に視線を送っている。その後ろ姿に、蓮は見覚えがあった。

「……風介?」

 だっと鞄を揺らしながらかけだすと、台座の正面部分にある階段を上り涼野に近づく。なにか考え事をしているのか、近づいてもこちらに気がつかない。

「お〜い。風介」

 蓮が彼のかたをぽんぽんと叩くと、涼野は目を大きく見開いて振り返った。

「……蓮?」
「やあ久しぶり。うわぁ〜!」

 涼野に挨拶をしながら何気なしに見やった風景に、蓮は歓声を上げる。
 海上の天には、宝石をこぼしたように多くの星が輝き、月と星が打ち寄せる波頭を青白く照らし出し、波の音は静かに闇をさざめかせる。空を映した海は黒く、暗闇を宿すようだった。黒い海の向こうには月の光が海面に映り込み、光の道が伸びているようにも見える。

「どうしてキミがここにいるのだ。雷門もこの稚内に来ているのか?」
「いや。僕は塔子さんと別行動」

 蓮は並んで丸い台から足を投げ出すように座る。
 それから会話の内容が思いつかず静寂が流れた。蓮は鞄に手を突っ込むと函館で買った土産の一つ——バター飴の袋を開ける。そして立っている風介に手を伸ばし、

「……食べる?」
「それはなんだ?」
「バター飴。北海道名物だって」
「そうか。いただこう」

 手早く子袋に分けられたビニールを切り、涼野はポテトチップスの袋膨らんだの様な形をした飴を口の中に入れた。

「美味いな」

 蓮も封を切り、バター色の飴をなんとなく口に入れた。甘いバターの味がとろけるように広がる。
 蓮は風介に目をやった。潮風に涼野の髪が翻り、月光が横顔の輪郭を浮かび上がらせる。その姿に蓮は、またもや懐旧の思いに駆られる。知っている気がする。でもそれはどうしてなんだろう。

「蓮」

 不意に涼野に呼ばれ、蓮は肩を震わせる。

「こんな遅くまで起きるなど……不健康だぞ」

「元々僕は夜行性なんだ」

 バター飴を下の上で転がしながら蓮は言う。

「長年の惰性(だせい)か。……キミは大人になって、長生きしないだろうね」

「冷たいなぁ」

 冷たすぎるその一言に蓮は、自分を嘲笑うように笑う。すると立っていた涼野は、蓮の横に、同じ体勢で座った。

「……前言撤回だ。早起きしろ。キミに早く死なれてしまったら、私は困る」

「へ?」

 唐突すぎる涼野の言葉に蓮がほけっとしていると、涼野が蓮をしっかりと見つめて来た。

「私は、キミのことを友だと認めている。そう、だからだ。だから……早く死ぬな」

 そこで言葉を切ると、涼野は揺れる黒い凪へと視線をやった。

「少し、私の昔話をしてもかまわないか?」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.44 )
日時: 2014/03/06 18:00
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: 66F22OvM)  

「いいよ」

「いつのころだったか——私は”大切なもの”を失った」

 そして静かな涼野は口調で語りだした。

「失った?」

「……昔は手の届くところにいてくれた。あの頃は、近くにいるのが当たり前だとすら思っていたのだ。しかし——」

 ぶらぶらと揺れる涼野の足が、一度止まる。

「ある日を境に”それ”は、突然私たちの前から姿を消してしまった。まるで最初から存在しなかったかのように忽然(こつぜん)と、な」

 静かな口調で仏頂面だが、その瞳には悲しみの色が宿っていることを蓮は言葉の端端から感じ取っていた。

「私の友は”それ”に向かい、恨み事や戯言(ざれごと)を言っているが、私はそうは思わない」

 そのときだけ涼野はじゃっかん笑みを浮かべた。

「完全ではないが、見つかったからな」

「完全じゃない、か」

 繰り返すように蓮は涼野の言葉を呟く。自分だって、サッカーをやるようにはなったがまだ完全ではない。

「……しかし。ヒトというのは悲しい生き物だ」

 再び涼野の瞳が陰る。

「今はこうして仲良くしていても、時がたてば忘却の彼方に忘れ去られてしまう。記憶とは——どんどん風化していくものなのか」

「『人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける』ってか」

 いきなり和歌の様なことを蓮が読み上げ、涼野が首をかしげる。

「何の歌だ」

「百人一首の詩。この前授業で習った。え〜っと。『あなたはさあどうだろう、人の気持ちは私にわからない。昔馴染みの土地では、梅の花だけが昔と同じ香りで匂うのだったよ』って意味で、人の気持ちは変わりやすいのに自然は変わらないって言っているんだよ。あ、関係ないか」

「いいや。関係はある。”それ”は気が変わり、私のことなど、どうでもよくなってしまったということだろう」

 涼野が憫笑しながら言うが、その横顔にはやはり悲しさと寂しさが入り混じっているような気がした。

「う〜ん。なんか事情があったとか〜。そういうことはないのか?」

「”それ”の事情など知らない」

「じゃあなんかあったんだろ。僕だって子供の頃に、階段から落ちて頭をうって記憶喪失になったんだから」

 その言葉に涼野がまた蓮の目をまっすぐ見据え、

「キミはドジだな」

「ほっとけ!」

 蓮が絶叫した。波の音が静かに響いた。

「……すまない、蓮」

「!」

 涼野はすくっと立ち上げると、蓮の背後に回る。そのまま腰辺りに手を回し、抱きついてきた。弱く、優しい抱擁。おかえり、と挨拶するような。

 いきなりのことに蓮は呆然とし、そのまま固まっていた。だが徐々に理性を取り戻し、自分が抱きしめられていることに気づく。

 首あたりに顔をうずめているらしい。はっきりと涼野の体温をそこから感じる。ポカポカとしていて温かい。性格とは真反対だ。ときおり彼の生ぬるい呼気が、はっきりとした呼吸音と共に首筋にかかる。

「あ……あの風介?」

 たじろいだ蓮が涼野に話しかける。答えはない。

 そのときだった。首を、なにか生暖かいものがすべる感覚がしたのは。

 同時に涼野が抱きしめる力を少し強めてくる。ぬくもりがいっそう強く肌にしみる。

 初めはその”あたたかい感覚”は気のせいかと思ったが、違う。降り始めの雨のように、定期的に首筋をつたい流れて、ジャージに降り注いでゆく。優しくて、寂しい、不思議なもの。それはきっと——涙だ。

 なんで。なんで風介は泣いているんだ? やっぱり僕は彼のことを忘れてしまったのか。記憶の海には、まだ彼が眠っている……?

 

「…………」

 口をつぐんだまま蓮は揺れる黒い海を見る。

 頭の中では色々な思考が混じりあい、まさに混沌(こんとん)の世界が生じていた。

 また……また懐かしい感覚が身を包みこむ。霧の様な懐かしさだ。向こうにその正体はありそうなのに、靄(もや)がかかっていて見ることが出来ない。

 なんで靄があるんだ。風が吹いてきて飛ばしてしまえばいいのに——

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.45 )
日時: 2014/03/08 17:45
名前: しずく ◆CD1Pckq.U2 (ID: 4nNMzbDf)  

 しばらくして、涼野は蓮の身体から手を離した。不思議なことに、まだ首筋には彼のぬくもりが残っている。本当に優しくて、温かい感触だ。そして二人に沈黙が再び訪れる。
 何気なしに蓮はジャージを脱ぎ、腰に巻く。立りあがり、海を見つめる涼野の横に。腰に巻いたジャージが潮風を受けてふくらむ。

「あ、あの風介」

 ためらいがちに蓮は涼野に尋ねようとする。
 『僕たちって、どこかで出会ったことがある?』と。
 しかし次に言葉を口に出そうとした時、

「……私の気まぐれだ。気にしないでくれ」
「え? あ、うん」

 海に視線を向けたまま涼野がそんなことを言うので、蓮は適当に返事をして口ごもった。
 
「蓮」

 すぐに涼野に名前を呼ばれ、蓮は横を向く。
 見ると涼野の片手に、水色の携帯電話が握られていた。

「ん? 写メ?」

 蓮が思ったことをそのまま言うと、涼野はこっくりとうなずく。

「そういえば。この宗谷岬って、すごく綺麗だよな。写真に撮っておきたい」

 ぐるりと夜の宗谷岬を見渡しながら、蓮が笑う。
 すると涼野の目つきが変わった。暗闇の中、青緑の瞳がいっそう強い輝きを放った気がした。
 
「風景ではない。私が撮りたいのは……キミだ」
「あ〜そっか。せっかく仲良くなれたんだしね」

 ポンと両手を合わせ、蓮は納得した。
 ふっと小学校の修学旅行を思い出す。あの学校の旅行では、カメラが持ち込み可能だったので、友達とぎゃーぎゃー騒ぎながらいろいろ撮っていた。旅と言えば、写真は醍醐味だ。
 今日だって塔子と写メを撮りまくり、『雷門のみんなには内緒だぞ?』と、約束をしたっけ。

「それもあるが」

 涼野が携帯をぎゅっと握った。

「私の気が変わらないように。自分自身を戒める(いましめる)のだ」
「大げさだなぁ。ひょっとして、さっきの歌をまだ気にしてるの?」
「そういうキミは、あの梅の歌をどう思う」
「僕? 僕は——」

 しばらく頭を抱え、悶える(もだえる)蓮。だがすぐにあ……と声を漏らし、涼野に笑顔を見せる。

「僕は確かに”変わるかも”しれないけど、”基礎部分は残して”変わって行くと思う。『人間って忘れてしまう生き物』って言うだろ? 今日の日だって、細かいことは忘れるかも。けど、風介への思いは絶対変わらない。少なくとも、風介のことは絶対に忘れたりしない。この46億年間だっけ? 変わらない海と同じで」

 蓮が長い言葉を言いきると、涼野は口元に微笑をたたえていた。それから携帯を開き、階段を下りて、こちらに携帯のカメラ部分向けてくる。

「撮るぞ!」

 いつもとは違う、明るいトーンの声だった。

「は〜い」

 応えるように声の調子をいつもよりも上げ、蓮はおちゃらけてみせる。再び台座に腰かけ、TVのお姉さんのように夜空でも光る笑顔を見せながら、手を振って見せる。

 カシャ! と音がし、暗い辺りをわずかに照らした。

「どうさ?」

 すぐに蓮は立ち上がると、台座から飛び下り、写真を撮って満足げな表情を浮かべている涼野の横から、画面を覗き込んだ。

 背景が黒い中、台座に座っている自分が満面の笑みで片手を上げている姿が、しっかり映し出されている。暗いから映らないかと思ったが、そんなことはなかった。何がそんなに楽しくて笑っているのか知らないが、笑顔が非常に子供っぽすぎて恥ずかしい。と蓮は思う。

 

「次は二人で撮りたいな」  

 

 写真のことを半ば忘れたい蓮は、涼野に提案する。写真の閲覧を止めた涼野は、携帯から顔を上げた。

「しかしこの時間では、人がいないだろう」

 ん〜と蓮が唸り、ポンとまた手を叩く。

「コテージのおじさんがまだ起きていると思うから、その人に撮ってもらう?」

「そうだな。ところで、コテージは近いのか?」

「すぐさ。すぐに呼んでくる!」

 蓮は言いながら、鞄をそこらへんに放り投げた。そして脱兎のごとく丘を下り、その姿は見えなくなった。

 その光景を呆然と見つめていた涼野は、携帯をズボンのポケットに仕舞う。それから、蓮が放り投げた鞄を拾い上げ手で軽くはたいた。

「まったく。雑な性格も相変わらずだな」

 

 悪態をつくと、蓮の鞄を階段の下に置いた。涼野は階段を登り再び台の上に立った。

 変わらず黒に飲まれた海と、散りばめられた星たちが輝いているのが目に飛び込んでくる。潮風は、いたずらに銀の髪をめちゃくちゃにしていく。

「……私のことを絶対に忘れない、か。蓮らしい」

 眩しそうに星を見つめながら、涼野は独りごちた。そして軽く俯く。

「確かにこれから先、互いに忘れることはないだろう。が、”壊れる”可能性はあるんだよ、蓮。キミが雷門に居続ける限り——いつかは」

 そこまで言い切ると、再び顔を上げる。星達に何かを訴えるような表情を浮かべ、左手で右手首をつかんだ。

「お〜い風介!」

 そこへ蓮の呼び声がし、涼野はいつもの冷徹な表情で振り向く。

 50代ほどの恰幅のいいおじさんを連れ、丘の中腹からこちらに手を振っている。蓮は息切れもせずに全力疾走。もう台座の前に来ている。さすがと言うか、サッカー部なだけはある。対するおじさんは顔を真っ赤にしながら、だいぶ遅れて到着した。ぜえぜえと荒い息を吐いている。

 手を振り返しながら涼野は階段を駆け降りると、鞄を手に蓮の元へ歩み寄る。

「鞄を放り投げるな。大切なものも入っているだろう」

「あ、ごめん! 邪魔だから投げ捨ててた」

 叱咤された蓮は、謝りながら鞄をもらった。

 おじさんの息が整い終わるのを待ち、二人はそれぞれ携帯電話を手渡した。ちなみに蓮の使用する携帯の色は、藍に近い黒。

「ほうら。並んだ、並んだ」

 携帯のカメラを向けながら、おじさんが手で右にずれろの合図を送る。

「この辺かな」

「そうだろう」

 宗谷岬のシンボルをバックにした方がいいと言う、おじさんのアドバイスに従い、蓮と涼野はモニュメントの階段部分に立っていた。おじさんの画面には、直立する二人がしっかりと映っている。

 〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.46 )
日時: 2014/03/09 18:33
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: dfpk6DJ/)  

「風介、もっと笑ったらどう? にぱ〜って」

 蓮が右横にいる涼野に笑って見本を見せる。

「失敬だな。私の中では最高の笑顔なのだぞ?」

 涼野は少し尖った口調で応対する。
 確かに口元はちゃんと笑っているし、目もいつもより笑っているとわかる。さすがに本人が言うだけはある。
 しかし蓮としては、目元をほっそりとさせた『完全に笑った涼野が見たい』とひそかな野望を抱いているのだ。

「それじゃあ撮るぞ?」

 ただ本人が応じてくれそうもないので、ここはいったん退却。
 涼野の肩に親しげに蓮が腕をまわし、口元を笑わせ、ピースサイン。シャッターを切る音がし、フラッシュが闇夜を一瞬だけ昼に変えた。おじさんは、もう一つの携帯を取り出し、同じことをする。その間、二人は彫刻のように同様の体制で固まっていた。

「撮れたぞ?」

 おじさんの声に蓮はすぐに階段から跳び、礼を言いながら携帯を受け取った。
 そうしておじさんは欠伸をしながら、ゆっくりと丘を下り始めた。

「わしは帰るが、キミも友達と遊んでいないで早く戻ってきなさいよ?」
「知りません! 身体が疲れたら戻ります」

 そう声をかけるが、蓮には適当な返事をされた。
 早くも涼野と写真を見て盛り上がっている。
 おじさんは蓮のことを気にも留めず、さっさと進んで行った。丘には二人が残された。

「もっと笑えばいいのにな〜風介」

 蓮は自分の携帯に撮ってもらった写真を見ながら、涼野を肘で小突く。

「笑えと言われても……どう笑えばよいのだ?」
「ど、どうって? う〜ん」

 悩みこみ、数秒後蓮は思いついた! と叫ぶ。

「ピースをするとか。こんな具合に」

 左手でピースサインを作り、頬に当てて見せる。
 それを涼野は見て、

「こうか?」

 蓮の真似をし、ピースをして見せる。
 だが冷たい顔つきとピースは笑えるほど相性が悪い。蓮は噴き出しそうになるのを、必死にこらえていた。

「ま、さっきよりはましだね」

 感情を必死に抑え込み、蓮は大急ぎでカメラモードを起動。珍しい姿の涼野をきちんと携帯に納めた。

 とここで、蓮がパンと両手をあてる。

「あ、そうだ。今から風介を笑わせてみよう」

「は?」

 涼野がきょとんとした。

「大声で笑えば笑顔になるだろ? そうしたら風介も完全に笑えるんじゃないか!?」

 そう蓮に力説され、涼野は渋い表情になる。

「それはそうだが……私は、あまりお笑いなどでは笑わないほうだぞ?」

「難攻不落(なんこうふらく)の要塞ってとこか。よ〜し」

 渋い表情を浮かべながら、涼野は首をかしげる。

 その横で蓮ははり切りながら、携帯のボタンを押している。まず、『ミュージック』のフォルダを開く。いまどきの流行歌もぽつぽつとあるが、大部分はアニメのOPやらEDである。風介や雷門イレブンに見つかったら、もう生きていけない。

 その中から、某動画サイトから拾ったものを選ぶ。それはよくある『おかしな次回予告』と言う奴で、村の観光案内をしているのに、むちゃくちゃ怖いスポットばかりを紹介する内容。蓮的にはいいと思ったが、

「彼女は、ずいぶんと紹介する箇所を誤っているな」

 涼野には、理性的な突っ込みをいれられただけで終わってしまった。目論みとは違い、涼野の顔色は全く変わらず、効果なし。

 

「現実ツッコミするかっ! 次!」

 蓮はめげずに次の曲を再生。

 声優さんが、キャラクターの声で歌ういわゆる『キャラソン』である。アップテンポの曲で、叫びまくる、吠えまくるの嵐。なのに、突然綺麗な美声に切り替わる。歌詞の内容も萌えについて語ったもの。突っ込みどころが多すぎる歌だがこれも、

「何を言っているのだ?」

 涼野には通じない。冷淡な反応の元、『固有結界』撃沈。

「うわ、強いなぁ……次!」

 これならとありとあらゆる曲を流すが……やはり結果はどれも同じ。微かに眉根が動くことはあっても、冷静な表情は崩さなかった。

「うへ〜怖すぎる」

 蓮は力なく階段に座り込むと、顔を月に向け、祈るように両手を握る。

「あ〜神様よ、この人を笑わせる方法を教えたまえ」

 一発芸の類ではなく、蓮は全身全霊本気だった。しかし——

「……ふふふ」

 わずかに笑い声が漏れた。もちろん蓮ではない。

 びっくりして振り向くと、涼野が手を口に当てて必死に笑いをこらえている。顔は少し強張り、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 だがダムが決壊するように、涼野が小さく笑いだした。ここまで声を上げて笑う涼野は、やはり不思議だ。そんなイメージがないからか。

 目は完全に細められ、月光を宿す雫が時折散る。

「はははは……素晴らしく滑稽だよ、蓮。この私を笑わせるなんて」

 涼野は指先で涙をぬぐいながら、片目だけを開けて言った。

「む〜少し屈辱的だが、まあいいか」

 蓮は少し頬を膨らませ、笑いつづける涼野の横に立つ。そしてカメラ部分をこちらに向け——シャッターを切った。

 カメラにばっちりと本当に心から笑う涼野と蓮が映る。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.47 )
日時: 2014/03/10 10:42
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: DWh/R7Dl)  

 時は少し遡る(さかのぼる)。
 蓮と塔子が、のんきに旭山動物園を見学していた頃——雷門キャラバンは、すでに北海道の大地に入っていて、のんびりと白恋中学校へと向かっていた。
 キャラバンの中の円堂は、指で窓の水滴をぬぐう。理科で習った”凝結”というやつだ。寒すぎて空気が凍ってしまい、窓にびっしりと雫が張り付く。子供の頃、よくふざけて雨の日の教室の窓に落書きをしたものだ。
 円堂は退屈で、なんとなく指先を動かし続け、サッカーボールのイラストを描いた。やがてそれにも飽き、手のひらでサッカーボールのイラストを消した。すると、外の様子が見えてきた。
 
 窓の外は一面の白い海原だ。もし晴れていたら、この海原一面はきっとキラキラと光り輝くだろう。しかし今日の天気はあいにくの曇り。分厚い鼠色の雲が、空を覆い尽くしている。天気予報で雪が降るとか言っていた。
 周囲の視界全てはほとんど白銀の雪に覆われ、ところどころ点々と立つ木々ですら茶色い幹部分を残し白化粧。
 こんな場所だからか、窓を閉め切っていても中は肌寒い。さすような冷たさが、ジャージを着ていてもはっきりと感じられる。まさに天然のクーラーである。

 その時、円堂は窓に映る自分の顔を見る。
 憂いに満ちた瞳が、まっすぐと見つめ返してきた。一度目を閉じ、再び開いた。不安げな眼差しは消えなかった。 
 なんで落ち込んでいるだろ……と、円堂は思う。
 これから新しいストライカーに会いに行くんだ。わくわくしないはずはないのに。すっげー楽しみなのに。
 いたずらに流れていく風景の中で、不意に声がはっきりとした。
 ——『オレがいるとチームに迷惑がかかる。……監督の言う通りだ。悪いがオレはチームを抜けさせてもらう』
 はっと我に返り、円堂は雪原にいるはずのない豪炎寺の姿を求めた。だがそこに広がるのは永遠に続く純白だけ。もちろん豪炎寺はいない。

「豪炎寺……」

 悲しそうに彼の名を呼ぶと、円堂はバスの背もたれに身体を預け、長い息を吐く。
 そして自分の両手で頬をビシビシと叩いた。きっと目を吊り上らせ、窓の外へと視線を向ける。

「絶対に帰ってくるよな」

 そう信じている。だからあの時、学校で友達にお礼を言うように明るく見送ったのではないか。
 豪炎寺は、仲間を見捨てるやつではない。きっと何か理由があってチームを離れたのだ。けど、あいつは絶対に帰ってくる。だから……だから。

(オレたちは進むけど、絶対に戻ってこい!)

 北海道の先の先——南か北か西か東か。どこかわからない、豪炎寺がいる場所を見据えて円堂は心の中で強く祈った。あいつになら、きっとこの祈りも届く気がして。

 そんな窓の外を食い入るように見つめていた円堂を、ウェーブの藍色のボブカットで、赤い縁の眼鏡をカチューシャのようにしている少女——音無 春奈が見て、となりの席の夏未の肩を叩き、そっと耳打ちする。

「夏未先輩……」
「なにかしら? 音無さん?」
「キャプテン静かですね。静かすぎて、怖いです」

 夏美は一度円堂にちらりと視線をやると、すぐに春奈に向き直る。

「仕方がないでしょう。豪炎寺くんが、チームを離れてしまったのだから」

 そこへ秋が、

「豪炎寺くんは、チームの”柱”の一つだもの。この雷門サッカー部を廃部の危機から救ってくれたし、いつも前線で相手からゴールを奪ってくれていた」

 懐かしむように視線を宙にやりながら話した。

 それに夏未と春奈も豪炎寺の姿を回想し、頷く。

「その彼がいなくなって……円堂くんだけではなく、みんな動揺してしまっているのね」

 くるりと四方を見渡した夏美が呟いた。

 

 キャラバンのメンバーはさっきの円堂のように、不安げな面持ちをしていたり、悲しみを瞳に宿らせながら、黙ってしまっているものがほとんどだ。おかげで中は葬式の会場のようになってしまっている。

 例外と言えば冷静な鬼道とピンク色の坊主頭で、ちょっぴりいかつい顔の染岡 竜吾(そめおか りゅうご)。鬼道は腕組みをし、何やら思案にふけっているようだ。染岡と言えば、侮蔑を含んだまなざしをじっと瞳子に送りつづけている。しかし相手にもされておらず、時折悔しそうに窓に拳をぶつけている。

「豪炎寺くんを外すなんて、本当に瞳子監督は何を考えているのかな?」

 秋が考え込む横で、

「さあどう……あっ!」

 『どうかしら』と言いかけ、突然甲高いキキーっと言う音が声をかき消した。同時に夏未の身体は前につんのめる。春奈と秋が左と右から同時に手を伸ばし、夏美の身体を支える。そのおかげで前の席に軽く頭をぶつけただけですんだ。

 キャラバン内に目をやると、全員身近なものに捕まり、難を逃れていた。

 軽くぶつけ少し痛みがする頭を擦りながら、夏未は支えてくれた二人に声をかける。

「木野さん、音無さん、ありがとう。大丈夫かしら?」

「うん。なんとか」

「それにしても……急ブレーキなんてどうしたんでしょう?」

 眉をひそめる春奈にこたえるように、円堂が席を飛び出し古株さんの元へと向かう。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.48 )
日時: 2014/03/10 20:10
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 8HM4KmaQ)  

「古株さん! どうしたんですか?」

 口をあんぐりと開けていた古株さんが、円堂に気づいて前を指差す。その先には、まだまだ白い雪原が。だが、その先に黄色が混じっていた。暗めな黄色が、白の中で小さく揺れる。

「人だ! この雪原の中に人がいるんじゃ!」

「人? オレ、ちょっと見てきます!」

 言うが早いか、円堂はキャラバンを飛び出た。

 瑞々しい(みずみずしい)空気が肺に流れ込んでくる。外は寒く、円堂は身を震わせたがすぐに”黄色”の元へとかけだす。

 その後ろ姿を見ようと、キャラバンの窓を開け、雷門中サッカー部のメンバーが顔を出す。

 シャーベット状の雪を踏みつけ、靴下が濡れる。

 その黄色がいるのは雪原の真ん中で、進めば進むほど円堂を拒むかのように雪が深くなる。

 初めは足ほどもなかったのに、今はもうスパイクが雪に埋もれている。雪を踏む感覚は心地よいが、靴下が濡れて肌に張り付き気持ちが悪い。

 進むのも大変だ。普通に歩けないので、足が埋もれたら素早く次の足を出す。また埋もれる。また出す。その繰り返しだ。おかげで進みずらい。

「あ。いたいた」

 進みにくさに円堂のイライラが始まったころ、ようやく黄色の元にたどり着いた。

 それは予想通り人であった。黄色い地に雪を思わせる黒いラインマークが入ったジャージを身につけている少年。目を大きく見開き、身体を抱くようにして震えていた。

 少年は、歳も背丈も円堂と同じくらいだろう。北海道人らしく雪の様な色白の肌。きめが細かく、目をひかれる。しかし今はさらに白さが増し、血の気がうせている。

 顔立ちは端整で、垂れ目で少し色素が薄い緑の瞳がなんとも可愛らしさを演出している。が、目のせいで頼りなさそうな印象を受けるのも事実である。雪の日の雲を思わせる灰色の髪が横に跳ねていて、その首には白いタオルの様なマフラーがまかれていた。

「お〜い。キミ、大丈夫か?」

 円堂が呼びかけると、少年は助けを求める視線を円堂に投げかけてくる。身体を震わせながら、片手を上げて弱弱しく振る。

「あ……あ、あ……」

 何か口が言葉を紡いでいる。

 しかし呂律(ろれつ)が回らないらしく、うまく聞き取ることが出来ない。

 どうしたんだ? と声をかけながら、円堂は少年に歩み寄る。揺れる片手を掴んで——外にも負けない切られるような冷たい体温を感じ、反射的に離した。

 どうやら彼は立派な遭難者である。さすがの円堂も状況を素早く理解した。

「身体が冷たいじゃないか! こっちに来て休めよ」

 

 片手を差し伸べながら誘うと、少年は強張った笑みを浮かべ

「あ……あ、ありが……と、と、と」

 必死に口をもごもごさせ、お礼を言った。

 そして数歩歩いたところで……円堂の手を取った。

 円堂に手をひかれ、ゆっくりとキャラバンに戻った少年は今は留守である蓮の席——円堂の横に座らせる。少しは寒さが和らぐキャラバン内にいても、少年の身体はまだ悪寒で震えていた。

 円堂がキャラバンのみんなに少年と会った経緯、遭難者であることを説明した直後、キャラバンが忙しくなる。

 

 悪いが女子全員をキャラバンから一度外に追い出し、少年の濡れた服一切合財を着替えさせる。服と言えば予備のジャージしかないので、応急手当に雷門ジャージを着せた。靴下とスパイクもはぎとり、雷門用のものを身につけさせる。

 そして女子たちを呼び戻し、毛布で何重にも少年を包む。少年はあっというまにごわごわになった。顔色もだいぶ良くなり、血の気が巡ってきたようだ。頬に赤みが差している。震えも止まっている。それどころか逆にうっすらと汗が浮かんできてしまっていた。

 途中、春奈が「ぬいぐるみみたいで可愛いです!」と叫んでいた。

 それからしばらくして、少年の頬が完全に火照ったのを確認。毛布を外し、春奈が湯気の立ったココアが入ったマグカップを手渡す。

「大丈夫ですか?」

「ふ〜」

 少年は安どの様な長い溜息を吐くと、キャラバン内の全員を見て、

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 澄んだきれいな声でお礼を述べた。

 それに対して夏美が顔をしかめ、

「全く。こんな雪原の真ん中で一人で歩くなんて、不用心じゃなくて?」

「あははは……でも、あの北ヶ峰(きたがみね)はボクにとって大切な場所だから」

 少年は苦笑して、白い一点を指し示した。

 さっきまで気がつかなかったが、白くそれなりの高さがある山がそびえている。なるほど。北ヶ峰と言うだけあり、険しそうな山だ。

 そこへ古株さんが口をはさんでくる。

「北ヶ峰じゃと? あそこは雪崩が多くて危険な場所じゃろう? 何年か前も大きな事故があったらしいじゃないか」

「……雪崩」

 ”雪崩”を恨めし気に囁いた少年は、マフラーを片手でぎゅっと握りしめ口をつぐんでしまう。カップの中のココアが静かに波紋を広げる。その瞳には、悲しみの色がたたえられていた。

「ところでお前、どこの学校に通ってるんだ?」

 話題を転換するように、円堂が少年に聞く。

「この先の白恋中学校だよ」

「へぇ〜。奇遇だな。オレたちもこれから、『吹雪 士郎』ってやつに会いに行くところなんだ」

 そう円堂が言うと、少年は自分を指差して誰もが耳を疑う言葉を口にした。

「え? ボクに会いに来たのかい?」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.49 )
日時: 2014/03/11 22:06
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: w/AVokpv)  

 ざわっ……ざわっ……少年を中心として、騒ぎが波紋のように広がる。

 「え? あいつが?」とか「嘘だろ」とか言う言葉が、あちこちで飛び交う。

「な、お前が『吹雪 士郎』!? あの熊を素手で倒して、一試合に十点叩きだしたという『ブリザードの吹雪』が、お前?」

 驚愕の表情で円堂が尋ねると、後ろの席にいた染岡が急に立ち上がり、

「んななよなよしたやつが、豪炎寺の代わりになんのかよ!」

 吹雪に大声でくってかかった。怒らせやしないかと周りがハラハラする中、吹雪は少し頬を膨らませて、とげとげしい口調で返す。

「なよなよだなんて失礼だなぁ。キミこそ、汗臭そうでボクは苦手だなぁ」

「んだとぉ!」

 言わせておけばこの野郎っ! と怒号がし、染岡は席を乗り越えて吹雪に躍りかかろうとする。吹雪の席はだいぶ離れているが、そんなことも頭に入らないくらい怒りが脳を支配しているらしい。

 が、隣の鬼道にポンと肩を叩かれ、

「……染岡。少し落ち着け」

「覚えてろよ! 吹雪!」

 なだめられた。

 染岡は悔しそうに捨て台詞を吐き、かなり乱暴に席に座った。

「ごめんな、吹雪」

 キャプテンの円堂が詫びを入れると、吹雪は微笑を浮かべ、横に首を振った。

「ううん。気にしていないから、大丈夫だよ」

 それからまた苦笑いをして、

「みんなが勝手な噂を流してるみたいで、よく大男と勘違いされるんだ。でもこれが正真正銘の『吹雪 士郎』だよ。よろしくね」

 すっと片手を円堂に差し出してきた。

「ああ、よろしくな!」

 円堂はしっかりと吹雪の手を握り、握手を交わす。体温はすっかり健康な人間並みに回復していた。

 そのはるか後ろで、

「へっ。オレはお前を認めねえからな」

 染岡がつっけんどんに言ったが、吹雪には余裕綽々で「よろしくね。染岡くん」とか返されてしまい、染岡は強く奥歯をかみしめた。

「ならついでに白恋中学校まで送って行ってやろう」

「蹴りあげられたボールのようにまっすぐ……進んでください」

 白い雪の中を、キャラバンは進んでいく。

〜つづく〜
世界編ですが、試練が終わり次第進めますのであちらはしばらく休載。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.50 )
日時: 2014/03/12 19:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: iP.8TRIr)  

 バスに揺られること五分。何もない雪原が不意にひらけて来た。左右に森が広がる。クリスマスツリーでもあるモミの木々が、その雪に染まった姿をさらけ出していた。時折どさっと雪が落ちる音がして、バス内では悲鳴が上がっていた。
 その森を抜けると、校舎らしき建物が姿を現す。
 東京では見かけない、木製の校舎だろうか。色は土色だった。時計塔のようなものを中心に、楕円形をしたものが左右にくっついた構造となっている。
 屋根にはやはり雪がしっかりと積もっていて、茶色と白のコントラストが目を引く。

「あれが白恋中学校か」

 円堂は窓を開けると、そこから顔を出す。冷たい風が円堂の前髪を激しく乱す。そんなことも気にせず、校舎へと想いをはせる。
 あそこで吹雪の実力を知ることが出来る。あいつの<エターナルブリザード>ってどんな技なんだろう? 考えるだけで、ワクワクが止まらない。
 だんだん近づいてくる校舎に胸の高鳴りもいっそう早くなる。

 やがてレンガ造りの学校の塀前にやってくると、キャラバンは静止した。
 全員が鞄を手に、ゆっくりと下車。外の新鮮な空気を肺いっぱいに流し込む。

「北海道は空気がうまいッスね」

 そのでかい全身を使い、壁山が深呼吸をする。腕を上下に振っているので、ラジオ体操をする小学生のようにも見える。
 
「……でも寒いでヤンス」

 しかし、対照的に小柄な栗が壁山の横で身を小刻みに震わせていた。
 栗の様な頭にやはり栗色の坊主刈り。マン丸の黒い瞳。鼻の位置には絆創膏がある、小柄な少年——栗松 鉄平である。

「オレは、もう慣れたッス」
「壁山はしぼーが多いからでヤンスね。……ある意味で羨ましいでヤンス」

 栗松は心底羨ましそうに、壁山の巨体を眺めながら呟いた。

 白恋の生徒である吹雪を先頭に、後から雷門サッカー部がゆっくりと白恋中学校内に進んでいく。
 中は雷門中と同じくらい。あちこちに、雪を被ったモミの木が点々としている。
 校舎はやはり木製だった。木材の目が見えるように組まれている。
 校舎の前には丸い広場があり、時期が時期だからか白い氷が張っている。その上をジャージにニットキャップやら、マフラーをまいた生徒たちが楽しそうに滑っている。転んでいるやつも数人いるが、ほとんどが支えなしで進めている。
 そんな中を進んでいると、吹雪の存在に気づいたらしい女子生徒が声を張り上げた。
 
「あ、吹雪くんが帰って来たっぺ〜!」

 白恋の生徒が止まった。話していたものは顔を上げ、下校途中のものは足を止めた。一斉にこちらを見る。一斉に人が雪崩のように押し掛けてくる。

 それを合図にしたかのように吹雪は主にというかほとんど女子に、雷門サッカー部は白恋の中学の生徒たちに、それぞれ囲まれてしまう。

「FFの優勝校、雷門中サッカー部までいるっぺ! しかも吹雪くんが雷門中のジャージを着てるっぺ。どうなってるっぺ?」

 「サインくれー」や「握手を!」と矢継ぎ早に声がどんどん上がって行くが、あまりにも人が押し合うせいで雷門サッカー部は潰されかけていた。憧れの熱気が暑苦しさを生み出し、いっせいに押すことが息苦しさを生み出す。

 特にキャプテンである円堂の被害は尋常じゃない。人の波に完全に飲まれ、頭が出たり下がったりしている。

「お、落ち着いてくれ。苦しいのだが……」

 鬼道が前にいた茶髪のショートヘアーに、昔の笠(かさ)を被った小さい女の子に訴える。すると彼女は目を白黒させ、腹の底から声を出した。

「みんな〜もっと広がるっぺ! 雷門サッカー部のみなさんが苦しいって言ってるっぺ!」

 その声で全体的に2,3歩ほど下がってくれた。

 北海道の澄んだ空気がようやく戻ってくる。安堵のため息が一斉にもれた。

 雷門サッカー部は顔を真っ赤にしながら、冷たい空気を必死に吸い込む。その横で、

「お帰りなさい! 吹雪くん! 昨日の1時間目から、ずっとどこになにしに行っていたの? スキー? スケート? ボブスレー? ルージュ?」

 女子の集団に囲まれた吹雪が、そんなことを尋ねられていた。

「あいつ……そんなにスポーツが出来るのか」

 人に飲まれたせいで頭がぼーっとしている円堂が、感心するように言った。

「ええ。吹雪くんは、ウィンタースポーツ全般が得意なのよ。それに優しいし、ルックスもいいし——まさに完璧! 素敵すぎるわ〜!」

 円堂の傍にいた女子が解説をし、恍惚(こうこつ)の表情で吹雪を見つめる。その眼差しは陶酔(とうすい)に近い憧れに満ちていた。ときおり、彼女がため息を漏らす。

「……でもみんなに会えなくてさみしかったよ」

「きゃーっ!」

 その女子に呼応するように、女子の黄色い歓声が上がった。

「吹雪さんってモテルんですねぇ」

「ったく! あんなやつがすごいストライカーなわけがあるか!」

 春奈が素直に感想を漏らすと、染岡が敵意に満ちた面持ちで吹雪を睨みつける。

 するとトタン、みるみるうちに女子の形相が変わる。染岡はいっせいに数人の女子に取り囲まれた。

「そこの坊主! 吹雪くんの悪口言わないでよ!」

「吹雪くんに嫉妬するのはわかるケド、それは彼の実力を見てから言って方がいいと思うけどな?」

「そうよそうよ! あなたなんて、吹雪くんにやられちゃえばいいのよ!」

 ほとんど同時に食ってかかってくる。その上早口でまくしたててくるので、染岡には、『そこの吹雪くんに嫉妬するのはあなたなんて悪口を見てからやられちゃえばいいのよ』と聞こえていた。

「って言われてもな……」

 それだけでは気が済まないらしく、女子は吹雪がいかに素晴らしいかを永遠と語りまくってくる。

 染岡は心底ウザそうにため息をついた。

 もはや女子たちの独壇場(どくだんじょう)である。

 そんな光景を見ていた瞳子が、女子の間を通る。不思議なことに瞳子が黙っていても、道は勝手に開かれていった。吹雪に近づくと、

「吹雪くんの実力を確かめるためにも、この学校と練習試合をさせてもらえないかしら?」

 と言った。

 そして校舎が飛ばんばかりの叫声(きょうせい)が上がる。澄んだ空気を切り裂く。

「あああああああっ! あの天下の雷門中と!?」

「す、すごいことになったわね!」

 白恋の生徒たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる中、吹雪だけは冷静な表情で瞳子を見つめる。

「へ〜面白そうですね。ボクは構わないですよ」

「それじゃあ決まりね」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.51 )
日時: 2014/03/13 15:52
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: m1/rt.pA)  

「白恋と雷門の練習試合? あ〜どうぞどうぞ。好きに行ってください。う〜寒い寒い……」

 そう白恋中学校の監督は、はっきりと快諾(かいだく)した。その後、あかぎれだらけの手をこすりながら校舎の中へと消えていった。
 監督は、白い毛糸で出来たふわふわのニット帽。目を覆い隠すように赤い縁のスキー用ゴーグルをし、口から首元にかけては、青いマフラーで覆い隠されている。全身は、動物の毛皮せいらしくごわごわした厚めなオーバーコートを着用している。そんな人だった。
 大変な防寒装備にも関わらず寒いらしい。それではこの北海道の大地で凍死してしまうのでは? と思わず疑いたくなるが、白恋の生徒に言わせると冬には覚醒し、別人のようになるらしい。

「みんな、雷門イレブンをグラウンドまで案内してもらえるかい?」

 吹雪が周りの女子を見渡しながら言うと、女子たちからまたもや黄色い歓声があがった。はい! とかもちろん! とかやけにはりきった声がする。
 恍惚(こうこつ)の表情で吹雪を見つめていた女子たちが、我先にとたがいを押し合い、へしあい行動を開始する。

「みなさ〜ん! グラウンドは本校舎の下ですよ!」

 素早い女子が校舎の左はじにある階段前まですかさず移動し、手を振りながら大声で呼びかける。

「由美ちゃんだけ抜け駆けなんてずるい!」

 別の女子が頬を膨らませると、由美と言う少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。由美に負けたのが悔しいのかその女子は雷門イレブンに近づくと、

「荷物、私が持ちますよ?」

 雷門イレブンの鞄を持った。
 さすがに一人では抱えきれないので、複数の女子が分担して1人2,3個の鞄を持ち合うこととなる。
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.52 )
日時: 2014/03/13 18:54
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: WSl7zu6B)  

 白恋のグラウンドは、校舎左わきの木製階段を下りた先にある。
 階段にはところどころ雪が残っていた。生徒が踏んでいるのか土色に染まり、靴跡がしっかりあった。
 足を滑らせそうで怖いし、一段を踏みしめるごとに軋んだ音を立てるのがますます恐怖感をあおる。雷門サッカー部は一段一段丁寧に、てすりに捕まりながら慎重に下りた。
 その先はまた雪原。校舎近くに多かった木も、こちらにはほとんどない。
 用具を入れるとおぼしき丸太を組んで作られた倉庫や、木の背もたれがないベンチ以外、白がほとんどを占めていた。
 その中央部分は、雪が左右にどかされ積み上げられている。むき出しになった地面には、サッカーフィールドのラインが引かれていた。
 フィールドの周りにはベンチがあり、騒ぎを聞いた多くの白恋中学校の生徒が腰かけていた。立ち見のものもいる。
 またベンチとベンチの間に小さなかまくらがあり、中でろうそくがきらめいている。それを見た円堂は、心なしか、身体が温かい気がした。

「やあ。待たせちゃってごめんね」

 しばらくして、白恋のユニフォームに身を包んだ吹雪が同じユニフォームを着た11人と共に歩いてきた。この学校のサッカー部メンバーだったようだ。
 白恋のユニフォームのシャツは、クリーム色の毛糸製。両腕には雪を連想させる紺色のラインが通っている。ズボンはラインと同じ色で、足の付け根部分から膝に向かって、切るように斜めの白い線がある。靴下もシャツと同じで、上部分に雪のラインが。スパイクは紫色で、なかなかずっしりとした感じがある。

「え! 吹雪がなんでDFの位置にいるんだよ」

 白恋メンバーがそれぞれの位置に並ぶのだが、吹雪はGKの右手前——すなわちDFの位置にいた。

 ストライカーだと聞いていただけに、雷門サッカー部はそろいもそろって頭にクエスチョンマーク。いろいろと相談を始める。

「ところでそっち人数が足りないっぺ?」

 紺子の言葉に、ああ……と雷門イレブンが一斉にため息をつく。

 豪炎寺が奈良で抜け、今はさらに家の都合(と雷門の面々は聞かされている)で、蓮と塔子が一時離脱している。そのせいで9人しかいない。

 監督曰く二人は、明日には白恋につくそうだが、今いないことに変わりはない。ちなみに当の二人は、そんな事態だと露知らず。旭山動物園のミュージアムショップで買い物を楽しんでいたりするが。

 
「くっそ……白鳥も塔子も家の用事だけで、何日かかってんだよ!」

 染岡が悔しそうに地団駄を踏んだ。吹雪に何か言われたことが、とても悔しいようだ。

「こっちから一人、スケットを出そうか? 公式試合じゃないし、10対10で問題よね?」

 いらねえよ! と染岡がつっぱねるが、半ばそれはシカトに近い形で吹雪に流された。

「お気遣いありがとう。でも、必要はないわ」

だが、結局瞳子の一言でスケットはなしとなった。
試合を始めるに辺り、白恋、雷門、それぞれのメンバーがフィールドに並ぶ。張り切り気味な雷門に対し、白恋の面々はどこか不安気な顔をしている。それを見た吹雪は、
「みんな、大丈夫だよ。後半からは……」

 何か小声で囁いた(ささやいた)。雷門側からでは聞き取れない。

 その言葉で、白恋サッカー部のメンバーに急に活気が戻る。手と手を取り合って跳ねたり、野生動物さながらに声を張り上げたりと表現方法はいろいろだが。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.53 )
日時: 2014/03/15 07:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 7H/tVqhn)  

 試合の開始ホイッスルが鳴り、雷門は鬼道から染岡へのパスでキックオフ。
 外側では白恋の生徒たちが(主に女子)、吹雪く〜んと黄色い歓声を上げていた。男子たちは、白恋! とそれなりの声を張り上げているが、女子の甲高い声にほとんどかき消されていた。
 暇な、と言うか器用な生徒は手製の応援タオルを持参している。持っているのはやはり女子軍団で、白い地に赤い刺繍で、『L・O・V・E』『ふ・ぶ・き』と書かれた二つのタオルを横つなぎにして、激しく振っている。その横ではどっから持ってきたのか、避難訓練に使われる拡声器を持った女子生徒が、白恋! 吹雪! と誰よりも大声で叫んでいた。うるさいのか、辺りの生徒は両手で耳をふさいでいる。
 そんな激しい吹雪コールに、染岡はいら立ちの表情を見せる。元々強面の彼だが、怖さがいっそう増す。目はさらにつりあがり、視線もとげとげしい。
 白恋のサッカー部のメンバーは、猛獣を前にしたように後ずさる。

「どけぇっ」

 染岡が強引に単独ドリブルで上がって行くと、もちろん白恋のMF陣は、彼に近づく。が、彼の鋭い視線にたじろぎ、

「こ、怖いっぺェ!」

 悲痛な叫び声を上げながら、狼狽(ろうばい)。あるいは、勇気を持って飛びこんでいっても、染岡の力強い体当たりに吹き飛ばされてしまう。MFが壊滅し、後はDFだけ……というところで吹雪が動く。
 だいぶ距離はあったはずなのに、風の様な速さで染岡の横までやってくると、染岡と吹雪は並んで走りだした。

「染岡くんって、北海道の肉食動物みたいだね」
「うるせえ!」

 満面の笑顔で、吹雪が染岡に挑発気に話しかけて来た。
 肉食動物のようだ、と言われ染岡は憤怒する。吹雪にタックルをしかけるが、きれいに身体を動かしてかわされた。
 それからあの気持ち悪いほど得意げな笑みを、顔にまた浮かべる。

「でも肉食動物って、獲物を捕らえることに必死で、周りを見ていないことが多いんだ。だからね——」

 突如吹雪が消えた。いや、素早く染岡の進行をふさぐように動いたのだ。
 染岡は強行突破をしようと吹雪に突っ込んでいく。 対する吹雪は、慌てず地面をすうっと氷の上を滑った。いつのまにかフィールドに氷が張っている。軽く滑ると、両腕を胸の前でクロスさせる。

「<アイスグランド>!」

 吹雪はその体勢で飛びあがる。まるでスケート選手の様な美しい三回転ジャンプ。そして着地すると、氷のフィールドがもこもこと、モグラの通り道のように盛り上がり、染岡の方へと進む。染岡がその盛り上がりに触れた途端、彼は六角形の氷柱の中に閉じ込められていた。サッカーボールが零れ落ち、吹雪が滑りながら、軽くのけぞってボールを胸で受け取る。寒い冷気が、彼の周りに吹いた。
 それから吹雪は満足そうに笑い、ボールを地面におろして足で抑える。

「こんな風に、猟師さんの罠にすぐに捕まっちゃう。でもそういう強引なプレー、嫌いじゃないよ」

 びびっているMF陣にパスを出した。
 だがそれを上がってきていた風丸が、きれいにカットする。吹雪がまたにっこりと笑いかけ、風丸も口元だけ笑って見せる。

 染岡にたじろぐ白恋メンバーから、ボールを奪うのは簡単だったのかもしれない。

「早いな、あいつ」

 風丸はボールを保ちつづけながら、氷から解放された染岡の横に並ぶ。
「あいつ、DF能力が優れているのか。噂とは全然違うじゃねえか」

 息を切らせながら、染岡は悔しそうに呟いた。

 ゴール前までやってきた風丸は、吹雪に回り込まれる。そして染岡に右に動くよう目配せし、染岡にパスを出した。染岡はしっかり、片足で受け取る。

「FWとしての力は……また別の話よ」

「いけ! 染岡!」

 ゴールから円堂が大声で叫んだ。

 任せろ! と染岡は手を上げてこたえると、右足を引いた。

「おう。<ドラゴンクラッシュ>!」

 右足を引くと同時に、背後に青い色の龍が現れた。染岡をしめつけように回り込むが、染岡がボールを撃つと同時に、口を開けて獰猛(どうもう)に牙を見せつけながら、ボールと一緒に進んでいった。

 その恐ろしい龍の姿に、白恋の緑の帽子をかぶったGKは反射的にボールをよけた。とろうともしなかった。

「ひえええええええええっ」

 彼の絶叫をBGMに、ホイッスルが鳴った。

 女子の吹雪を応援する声に拍車がかかる。

「雷門の先制? これはいい戦いになりそうだね」

 吹雪は白いマフラーを掴むと、白恋メンバーに笑いかけた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.54 )
日時: 2014/03/16 15:34
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: C6pp1bGb)  

いよいよ後半戦に入った。
 ここまで完全に雷門の圧勝である。その理由は、白恋中サッカー部、正確には吹雪を除いたメンバーだ。
サッカー部とは思えない程、実力が低いのだ。
染岡が睨みつければ、すぐに逃げてしまうし、パスを回しても、必ずと言っていいほど雷門にカットされてしまう。あんまり素早くない壁山ですらカットできるんだから、実力はお察しだ。
 しかしDFの吹雪は厄介で、すぐに邪魔されてしまう。つっこめば<アイスグランド>がくるし、フェイントをかけると素早く回り込まれる。
 圧勝とはいえ、たいしてシュートは打てず、雷門2点に白恋0点と言う微妙なスコアのままだ。

「ふ、吹雪く〜ん」

 フィールド中央にあるスコアボードを見ていた紺子が、吹雪に懇願するような声を出す。白恋のメンバーも、何やら必死に訴えかけるような表情になった。吹雪はメンバー全員を見渡してから頷き、

「それじゃあそろそろ反撃しようかな」

 チームからわっと歓声が上がった。
 白いマフラーを手でつかんだ吹雪は静かに目を閉じ、俯く。

「……出番だよ」

 その途端、すざまじい冷気を伴った風が雷門イレブンにに吹きつけて来た。かなり強く、風に身体を持って行かれそうになる。雷門のユニフォームは半そでだから、寒さが身を震わせる。が、それはわずか数秒の出来事だった。すぐに弱い風となり、寒さも和らいだ。だが、相変わらず張りつめたような寒々しい空気は残っている。
 冷気の方を見やると、吹雪がいた。冷気は吹雪を中心におこり、雷門に吹きつけているようだった。だが様子がおかしい。俯いたまま口元に浮かぶ笑みは、何やら獰猛だし、垂れていた青白い髪の毛が、さらに白みを帯び、上に跳ねているではないか。まるで別人がいるよう。

「うぉおおおおおおおっ!」

 狼が上げるような雄たけびを、おとなしいはずの吹雪が上げたことに、雷門サッカー部は驚愕する。同時に寒い空気も消えた。

「な、なんだ!?」
「これくらいで驚くとは、しょぼいやつらだな。イイかよく聞け!」

 荒々しくも自信に満ち溢れた口調が、吹雪の口から発せられる。
 雷門イレブンは固唾を飲んでみることしかできない。

「オレがエースストライカー”吹雪 士郎”だ!」

 そして下を向いていた吹雪が顔を上げる。また冷気が波となって襲い掛かってくる。
 垂れていた青緑の瞳は、吊目のオレンジ色の瞳に。頼りなそうだった目元も、きっと吊り上っていて強いライオンのような威厳(いげん)を保っていた。さっきまでとは、正反対の吹雪がそこにはいた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.55 )
日時: 2014/03/17 22:14
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Kwou2MmU)  

ホイッスルが吹きならされると同時に、雷門は勝利の歓声を上げ、白恋は残念そうに、だが満足気味に項垂れていた。そして、『吹雪』の様子が変化する。 
 跳ねていた髪と吊り上った目は再びたれ気味に。優しい目つきへと戻り、また温和な印象を与える。ライオンのような威厳を秘めていたオレンジの瞳も、森の様な静かさを秘めた青緑へと戻っていた。試合前の、温厚で頼りなさそうな「吹雪 士郎」そのものだった。
 その吹雪は、ふぅ……とため息をつき、円堂の近くに歩み寄ってきた。

「さすがだね、円堂くん。負けちゃったよ」
「そんなことないぜ! おまえの<エターナルブリザード>だって、すごかったぞ」

 円堂と吹雪は、互いの手をしっかりと握り、互いの顔をしっかりと見据え、握手をした。吹雪も円堂も、力強く握っていた。
 そこへ、瞳子監督が颯爽(さっそう)と二人の方へ歩み寄ってきた。吹雪は円堂から手を離し、瞳子を見つめる。

「吹雪くん、あなたイナズマキャラバンで全国を旅してみる気はない?」
「え? 全国ですか?」

 瞳の口から出た言葉に、吹雪は驚きの色を見せた。
 円堂が、いままでの旅の経緯を単純に吹雪に話す。雷門中学校はエイリア学園と戦うため、強いストライカーを探すためにこの白恋中学校まで来たと。
 話し終えると、吹雪は納得した表情でうんうんと頷いて、

「なるほど。強いストライカーを探していて、ボクに白羽の矢(しらはのや)が立ったわけだね。面白そうだし……ボクはかまわないよ」
 
 快諾してくれた。
 染岡が露骨に嫌な顔をするが、円堂は気付いていなかった。すぐに次はどうするか? と言う方に考えが行ってしまう。
 
「じゃあ、これからどうします? 監督?」
「……そうね」

 考えがないのか瞳子が宙に視線を泳がせていた時。 一人の白恋中学校の女子が、息せき切って階段を降り、瞳子の元へ走り込んできた。女子の顔は汗まみれで、呼吸も荒い。その子は数回深呼吸して息を整えると、慌てた素振りを見せる。

「た、大変だっぺ! 今、監督がエイリア学園から襲撃予告が来たって」

 早口で口を開きながら、女子は一枚の茶封筒を瞳子に手渡した。表面に『雷門イレブンへ』と達筆な字であて名が書かれている。消印、切手はともになし。瞳子が封筒をひっくり返すと、差出人の名も書かれていなかった。

「エイリア学園からだって!?」
「あいつら北海道に来てたのか!」

 雷門イレブンが手紙のことで騒ぎ立てると、瞳子が今から読むから静かにしなさい。と注意された。瞳子が中から四つ折りにされた便箋一枚を取り出す。
 この場にいる全員が口をつぐみ、瞳子が読み上げる声だけを聞く。

「読むわよ。拝啓 雷門イレブンへ……」

『 拝啓 雷門イレブンへ

 我々はエイリア学園、セカンドランクチーム『ジェミニストーム』なり。

 雷門イレブンよ、貴様らが北海道の白恋中学校にいることは既に我らは知っている。唐突だが、今から3日後の正午……貴様らに再戦を申し込む。場所は知っての通り、白恋中学校だ。断わることなど許されない。断わったとしたら、白恋が雷門中のようになる。

 せいぜい準備をしておくことだな レーゼ』

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.56 )
日時: 2014/03/18 18:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: .iyGyIWa)  

瞳子が手紙を読み終えると、白恋の生徒たちは不安げな面持ちで互いを見やり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。特に女子たちは、一斉に懇願(こんがん)するような目で吹雪を見つめた。

「白恋中学校が破壊されるって!」
「ふ、吹雪く〜ん! 白恋を救ってほしいっぺ!」

 女子に見つめられる吹雪を尻目に、瞳子はきっぱりと円堂と雷門イレブンを見渡しながら尋ねる。

「どうするの?」
「もちろん勝負は受けます」

 円堂はぐっと拳を作り、力強く頷いた。
 もう雷門中学校のように破壊される学校を出してはいけない、とそう誓ってここまで来たのだ。今でもはっきりと思い出せる。壊れたがれきだらけの校舎、人々の泣き叫ぶ声。この世の終わりを見ているようだった。
 だからエイリア学園と戦ってきたのだ。前に進んだら今更後戻りなんてできるはずはない。オレ達は、進むんだと円堂は小声でつぶやいた。豪炎寺もきっと帰ってくるはずだ。だから進み続けるのだ。
 その決意が、円堂を動かし続ける。

「この白恋中学校を、雷門中のように破壊させたりはしない! オレたちの手であいつらを倒すんだ!」
「でも……豪炎寺さんなしで、勝てるんッスか?」

 それでも雷門イレブンはまだ不安半分、期待半分と言った感じだ。
 吹雪が加わることにより大幅な強化は望めるが、前回ジェミニストームにはぼろ負けだった。吹雪一人の力でジェミニストームと対等かそれ以上に戦えるかなど、誰も知らない。それに豪炎寺がいないショックからも、まだ抜け切れてはいなかった。

「大丈夫だ。明日には塔子と白鳥も帰ってくるし、今のおれたちには吹雪がついているじゃないか!」

 そう円堂がみんなを力づけるように言って、この場全員の視線がいっせいに吹雪へと向けられる。吹雪は頬を染めてはにかんだ。白恋の女子たちから、黄色い歓声があがる。その歓声から話を切り替えるように、風丸が咳払いをする。

「そうだな。吹雪のスピードなら、やつらに太刀打ち(たちうち)できるかもしれない」
「だろ? 吹雪はどうする?」
「もちろん協力するよ、円堂くん」

 にっこりと笑い吹雪は快諾してくれた。けど……と言葉を紡ぐ。

「けど、やりたいことがあるんだけれど、いいかな?」
「やりたいこと?」
「うん。実は——」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.57 )
日時: 2014/03/18 22:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: enDlMgfn)  

そして時は再び晩に戻る。
 月光が照らし出す暗い草原の上で涼野と蓮は、

「風介、行くぞ! おりゃあっ!」

 パス練習をしていた。月明かりはそこそこ明るく、やや薄暗いがお互いの姿やサッカーボールを確認することができる。
 蓮が軽くボールを蹴ると、涼野は転がってきたボールを左足で止めた。

「蓮、なかなかいいパスではないか。次はこちらの番だ!」
「それっ」

 止めていた左脚を引くと、力強い掛け声とともに涼野が蓮に向かってボールを蹴る。キック力があるのか、転がるスピードが速い。
 しかし蓮はお得意の反射神経でボールに素早く反応した。自分の前に転がってきたボールを片足で止めると、つま先ですくう。そして頭上に軽く上げ、ヘディングをしてから腕の中にキャッチした。
 蓮はボールを抱えながら、涼野の元へと歩み寄る。

「すごいキック力だなぁ……憧れるよ」
「キミこそ、DFとは思えないキック力だな。FWにも向いているのではないか?」

 そう涼野に尋ねられ、蓮は難しい顔をして首をひねる。

「う〜ん。どうだろう。どっちにしろ、スタミナ不足だからDFで精一杯だよ」
「スタミナ不足?」

 涼野に聞かれ、蓮はサッカーボールを見つめながら自分のサッカーの悩みを涼野に聞かせていいものか悩む。
 しかし、彼になら話してもいいかも……と妙な安心感から、淡々と涼野に自分のサッカーの弱点を、悩みを語り始める。蓮は自虐気味な表情を浮かべると、

「技を使うと、身体の力が吸収される気がするんだ。そのせいで僕はすぐに倒れてしまう。他のスポーツでは全然疲れないのに、サッカーだけは異常に疲れてしまうのさ。ほーんと、なんでこんなスタミナ不足の僕が、雷門にいるのかな」

 本当に仕方がない、くらいにしか聞こえない話し方。けれど最後に自分の本音が、ついポロリと漏れてしまった。
 雷門サッカー部にいるみんなは普通にフルタイム走っていられる。なのになぜ自分だけ走ることが出来ないのか。
 持久走には自信がある。テニスだって、炎天下で何時間も中一の頃は練習できていた。
 なのにサッカーだけはだめ。でも、周りが認める力はあるらしい。それを頼られて、入部させてもらったのに、役に立てない自分が嫌で嫌でしょうがない。
 蓮の悩みを察知したのか、涼野は澄んだ青緑の瞳を、まっすぐ蓮へと向ける。その瞳には友を心配をするような光が宿っている。表情は仏頂面だが、ところどころに彼の感情が滲み出ているのは新しい発見だった。

「悩んでいるのか?」
「……どうかな」

 蓮は瞳を陰らせると、長いため息を吐いた。

 そしてしっかりとした口調で話し始める。

「実はこの前さ、エイリア学園と戦ったときにさ、試合前に倒れちゃって。試合中も身体が重くて言うことを聞いてくれなかった」

「どうして倒れたのだ? 無茶をしたのか?」

「全然。ジェミニストームを見た瞬間、胸がギュッと掴まれたみたいに痛くなってさ……だんだん息も苦しくなって、立っていられなかった。不思議だけど、ジェミニストームがいなくなってからは、苦しさも急に消えた」

 実にジェミニストームを見た途端、急に胸が締め付けられた。アレルギーのように、身体が過剰なくらいに”何か”に反応しているようだった。やつらが持っている『気』のようなものに、身体が共鳴している——そんな感覚だった。向こうが叫ぶと、身体が叫ぶ。それが痛みとなって身体を襲ってくるのだ。

「それは不思議だな」

 涼野の疑問の言葉は蓮にとっても同じだった。

 この身体はやつらのなにに反応したのだろうか。

「チームのみんなには迷惑をかけてばかりだ。円堂君が、試合に出れる時間をだんだん長くしていけばいいって言ってたけど、もっと早くフルタイムで出られるようになりたいな。いつまでも、お荷物でいるのは嫌なんだ。この前の奈良だって前半はベンチで悔しかった。見ていることしか出来なくて嫌だった。確かに僕は非力だけど……僕にだって、雷門サッカー部の一員としてのプライドがある。僕はここにいる」

 わりかしら悲観的に言っていたが、最後の一言には蓮のはっきりとした意志が宿っていた。他の部分より強く、しっかりとした口調が、蓮の意志の強さを表しているようだった。

 黙って神妙な面持ちで話を聞いていた涼野は、蓮にふっと笑いかける。

「蓮」

 蓮が振り向くと、涼野は海へと目をやった。

 潮風が涼野の銀の髪を静かに揺らした。

「キミならできるはずだ。今日……キミとパス練習をしてそれを痛切に感じさせられた」

「どうしてさ?」

「わからない。ただ、そんな気がするだけだ。そう私が思うことに理由は必要か?」

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.58 )
日時: 2014/03/18 23:00
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: TW9kGICx)  

「……いらない。理由なんて、ない方がいい」

 潮風がいっそう強く吹き、蓮の呟いた言葉をさらって行った。

 それから何時間もパス練習を続けるうちに、すっかり深夜となってしまった。星の位置が、だいぶ変わっている。寒さも増してきた。

「そろそろキミも寝る時間だろう」

「やっば。こんな時間なのか」

 蓮はサッカーボールを片手に、コテージの前まで一気に丘を下った。後に涼野も続く。

 コテージの中へと続く扉の前で、立ち止まり、二人は向き合った。

「風介本当にいいのか? よかったら送るのに」

「私は大丈夫だ。……会えたら会おうではないか」

 そう別れのあいさつをして、涼野が踵(きびす)を返す。

 あっと蓮は声を上げ、涼野を呼びとめる。

「あ、風介。ちょっと待って」

 完全に涼野が立ち止まったことを確認すると、蓮は鞄をあさりながら涼野へと近づく。

 鞄の中から引っ張り出した白い獣のキーホルダーを涼野に握らせた。それは白いオコジョをかたどったもの。上に、ビーズがついたチェーンが通されている。

「……これはなんだ?」

「北海道のオコジョのキーホルダー。塔子さんに二個ももらっちゃってさ、やり場に困っていたんだ」

 苦笑いを蓮がすると、涼野はキーホルダーをじっと観察するように上下にひっくり返したりしていた。

だがやがて止め、ポケットの中へと滑りこました。

「もらっておこう」

「それならよかった。じゃあ、おやすみ風介」

「おやすみ、蓮」

 互いに別れのあいさつをすると、蓮は涼野に片手を上げ、彼に背を向けコテージの中へと消えた。しばらくして二つ目の部屋から明かりがもれる。

「……私はどうすればいいのだ」

 明かりを目を細めて見つめながら、涼野は小さく呟やいた。天井を仰ぐ。

 たくさんの星たちが自分の存在を主張するように瞬いていた(またたいている)。

「キミはどちらを望む、蓮——」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.59 )
日時: 2014/03/19 14:50
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: I6Mvfk2/)  

翌朝。今日も穏やかに波がさざめく音が聞こえる。朝日が窓から差し込む中、蓮はベッドの上で、腹に薄い掛け布団をかけ、丸くなるように上下ジャージ姿で寝ていた。時折、口から静かな息が漏れる。その姿は、眠りに落ちる猫などの小動物を連想させる。日光が顔に当たっても起きないのは、涼野とのパス練習ですっかり疲労がたまっていたのと、塔子に振り回された精神的疲労から来るものであった。

「大変だ! 白鳥!」

 そこへやはりジャージ姿の塔子が、乱暴に扉を開けて部屋に飛び込んできた。その手には女の子らしい明るいピンクの携帯が握られている。蓮はびくっとわずかに身体を震わせただけで、再び夢の世界に戻る。
 蓮の様子を見ていた塔子は苛立ちの表情を見せると、うつした行動は大変ストレートなものだった。ベッドのわきまでずかずかと大股で歩くと、携帯をベッドの上にある棚の上に置いた。そしてベッドの左はしに両膝で乗っかると、丸くなる蓮の肩を鷲掴み(わしづかみ)にした。

「お・き・ろ! お・き・ろ!」

 腹の底から大声で叫びながら、塔子は命令系をひたすら連呼する。掴んだ蓮の肩を関節脱臼を目論む(もくろむ)がごとく激しく揺らす。しばらくすると、蓮がかすかに眉をひそめて唸リ声を上げた。重そうに瞼を開き、目を半開きにして上半身だけを起こした。

「……なに塔子さん? 空から隕石が来た?」

 完全に寝ぼけているらしく、意味不明な問いかけが来た。
 塔子は盛大にため息をつき、棚の上の携帯をとった。そしてメールを呼び出し、蓮の半開きの瞼ぎりぎりに押しつけるように近づけた。
 
「そんなことあったら、あたしたちは死んでるよ! 白鳥も自分の携帯を見てみろ」
「携帯? なんことさ」

 欠伸を噛み殺しながら、ベッドから蓮は全身を起こした。ベッド下に置かれた自分の鞄から携帯を取り出すと、ベッド上にあぐらをかいて携帯をいじる。起動するなり、『新着メール1通』の文字が画面に表示。誰からだろう、と思いつつメールを開くと、差出人は円堂からであった。ボタンをクリックし、メールの本文を見たところで、

「え」

 蓮の眠気は一気に吹き飛んだ。目が驚きで完全に見らかれる。
 メールに、北海道で吹雪がすごいストライカーであることを確認した、と言うこととジェミニストームが雷門に勝負を挑んできたことが記されていたからだ。蓮は確かめるように視線を何度も上下させ、やがて塔子に向き直る。

「エイリア学園がこの北海道に攻めてくるだって!?」

 円堂からのメールを塔子に見せると、塔子は自分の携帯を蓮に手渡した。そこにはSPフィクサーズからのメール画面が映し出されており、北海道にエイリア学園が向かったと言う全く同じ内容が書かれていた。ただしこっちは、可愛らしい絵文字付きであるが。あちこちにハートマークとか顔文字とか。女子高生のメールの様だ。

「スミスたちからも連絡があった。エイリア学園が、この北海道に来ているらしいんだ」
「なんで僕たちの居場所が分かるんだろう」

 あくまで蓮は気になることを呟いただけだった。

 しかし塔子の面持ちが険しくなり、蓮は少しばかり不思議そうな顔をする。

「ん? 塔子さん、どうかした」

 塔子は腕組みをしながら、真剣な表情で答える。

「言われてみると、話が出来すぎていないか? あたしたちが北海道に向かっていることをエイリア学園は何故か知っていて、勝負を挑んできた。なんで知っているんだろ」

「確かに。偶然にしては、出来すぎているよな。どっかで情報が漏れたのかもしれないな」

 その時、ふっと頭に涼野が浮かんだ。

 エイリア学園がいた場所は奈良、そして北海道。どちらの近くにも涼野はいた。昨日会ったときは嬉しさのあまり大して気にも留めなかったが、深夜遅くに子供が一人でふらつくなどまずあり得ないことだ。親はどうした、所属するサッカークラブってまさかエイリア学園? 

 一度生まれた疑問は、やがて涼野を疑う疑念へと変わる。白恋にストライカーを探しに行くんだ、と昨晩彼に話した。そのせいで雷門の居場所がばれたのだろうか……?

「……風介。そういえば、エイリア学園がいる傍には、いつも風介が——」

 自分の内面世界にのめり込んでいる蓮は、塔子の話を全く聞いていなかった。

 漏れたってあたしたちが倒してやるよ! と言う返事のあたりからずっとだ。それでも塔子は蓮の返事も聞かず、独壇場のようにべらべらと話し続ける。

「だから早く宿を出て、みんなと合流するぞ……と言いたいけど」

 ようやく現実世界に戻ってきた蓮が、とりあえず話を合わせようと塔子に聞き返す。

「言いたいけど?」

「少し時間を調整するぞ。東京から白恋中学校まで、飛行機で行くなら半日はかかるんだ。だから昼過ぎくらいにつくように調整するよ」

 蓮は苦笑しながら、

「……塔子さん、ずるがしこいね」

「二人での観光旅行代、白鳥に請求するか?」

「ご勘弁」

「だろ?」

 得意げに塔子にふふんと笑われ、蓮はしてやられたりと言う気分になっていた。ベッドに思わず額をぶつけ、敗北感を紛らわせる。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.60 )
日時: 2014/03/19 18:32
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: .iyGyIWa)  

午前十時過ぎまでコテージの外でパス練習をしたり、体力づくりとして走り回ったりしてから、再び迎えの車で二人は一路空港へと向かう。まずは飛行機で、白恋中学校のに最も近い場所にある空港へ。そしてスミスが手配したと言う黒いリムジンで、二人は白恋中学校へ向かった。
 初めてみる一面の雪景色に二人ははしゃぎ、しばらく雪合戦をしたりとじゃれ合っていた。やがて白恋中学校に足を踏み入れると、円堂たちが吹雪と共にこの雪原で特訓していると生徒に教えられた。詳しく場所を聞き、二人でその場所に向かって歩き出す。
 学校から5分ほどにある小高い丘。人工的に木は切られているのか、白い雪原と雪が積もった大岩の灰色だけしかない。もっこりとかまくらのように膨らんだ斜面に雷門イレブンはいた。ジャージの色が黄色や青であるため、白い雪原ではよく目立つ。
 みんな頭にヘルメットをし、足にはスキー板、手にはスキーの時に使うすべる棒が握られている。何故かスキーをしていた。
 そんなメンバーを見つけた蓮は微笑みながら、斜面へ塔子と共に近づく。

「なんかみんなずいぶん辺鄙な場所に——」

 発せられるはずの言葉は飲みこまれてしまった。
 嫌な視線を背中に感じる。刺すような、それでいて探るような、不快感に満ちた冷たい視線。蓮の足がすくむ。まるで背中に重い”何か”が乗っているかのように、身体全身が重い。それはたぶん威圧感のせいだろう。見ている何者かが発する禍々しい(まがまがしい)空気が、蓮の身体を潰そうと乗っかってくる。ちょうど肉食動物に睨まれる獲物の気分だ。とても怖い。体中の毛穴が開き、冷や汗がだらだらと流れていく。心臓の鼓動をいつもよりもはっきりと感じられる。顔が青ざめる。
 視線の主がニタァと不気味に笑った。ゆっくりと感じる視線の距離が短くなる。どんどん近づいてくる。蓮は自分を奮い立たせた。逃げない、こいつと戦わなきゃと無理に言い聞かせる。おそるおそる後ろを振り向くと、そこには——

「やあ、キミたちが白鳥くんに塔子さんかい?」

 吹雪がいた。白恋のジャージを身につけ、頭には青いヘルメット。片手で地面に刺した青字のスキー板を支えている。柔らかい笑みを口元に浮かべている。
 いつのまにか圧迫するような威圧感も、辺りを凍てつかせる視線もなくなっていた。こんな穏やかな人間がさっきの人物だとはとうてい思えない。

「白鳥どうした? 顔が青いぞ?」

 蓮の顔が青ざめていることに気づいた塔子が、蓮を心配そうに見つめた。蓮は顔に生気を取り戻しながら、

「今、誰かに見られていた気がする……」

 言いながら辺りを見渡す。
 聞こえるのは雷門イレブンがスキーで上げる歓声と悲鳴だけ。
 見えるのは雷門イレブンがスキーを行う姿と、白銀のこの広い世界だけ。
 塔子も同じように辺りを見るが、異変などないことに気づき笑い飛ばす。

「気のせいじゃないのか?」
「ん〜……」

 唸り声を上げると、蓮は腕組みをした。

 と気付いたように塔子が吹雪に話しかける。

「ところで、おまえは誰だ?」

「初めまして。ボクは吹雪 士郎」

 にこやかに自己紹介をした吹雪を、塔子と蓮は好奇と驚きが入り混じった瞳で見た。

「え! お前が吹雪なのか!」

「イメージと全然違うなぁ」

「やっぱり……噂に惑わされていたんだね」

 それから吹雪が噂は勝手に人が作ったものに尾ひれが付きすごく大げさになった事、自分はこれからジェミニストームと戦うために雷門イレブンを特訓していることを話してくれた。

「思うんだけど、雷門イレブンにはスピードが足りないと思うんだ。これを使えば、きっと早くなるよ」

 背後にあるスノーボードを見ながら吹雪は言った。蓮と塔子が互いを一度見合い、首をかしげる。

「スキーで早くなるのかな」

「ボクはこうやってスピードを上げて来たんだ。風と身体を一体化する感覚を覚えれば、もっと早くなると思うよ」

「モノは試しだ! 白鳥、やろうぜ!」

 はりきりだして蓮の袖を引っ張る塔子を見て、吹雪は丘の上を指差した。

「スキーの道具は上にあるから、とりあえず持ってきてもらえるかな。二人にはボクが一から教えるよ」

「よ〜し! あたしが一番乗りだぁ!」

「僕だって負けないぞ!」

 言うが早いか蓮と塔子は、はり合いながら丘の上にかけだし始めた。雷門イレブンに挨拶をしながら、必死に丘を走って登る。蹴りあげられた雪の切片が、日を反射してきらきらと輝く。

 そんな二人を笑顔で見ていた吹雪に、弱い冷風が吹きつけた。白いマフラーがはためく。みるみるうちに目がオレンジになり、髪の毛がツンと上に尖る。『吹雪』であった。『吹雪』は塔子に負けじと、歯を食いしばって丘の上にのぼる蓮に視線を向ける。口元を不気味にゆがませた。

「白鳥か……くく、おもしれえ野郎だぜ」

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.61 )
日時: 2014/03/20 17:23
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 5prxPZ/h)  

特訓を続けていたら、あっという間に空が夕日でオレンジに染まった。
 夕日は北ヶ峰の稜線(りょうせん)をはっきりと浮かび上がらせながら、山の向こうへと沈もうとしていた。夕日が差す雪原は、光が通る部分は道のようにピンク色に輝き、影の部分は青色になっていて、コントラストが美しい。
 夕暮れ時まで、蓮は吹雪とワン・ツーマンでスキーの特訓を受けていた。
 元々不器用なためか、スキーで滑ろうとしてすぐに蓮は顔から転んだ。ちなみに雷門のメンバーは昨日からの特訓でみんなそこそこ滑れるようになっていた。
一緒に練習を始めた塔子は、昔パパとやったとか言って、踊るようにきれいなスキーを見せた。つまり、滑れないのは蓮ただ一人。

「負けないぞ」

 そう悔しそうに呟くと、蓮は吹雪に頼んで昼食も忘れて熱心に練習した。何回も転んだ。木に衝突もした。それでも、みんなから遅れた分を取り戻そうと、必死に斜面を滑りつづけた。
 やがて吹雪の教え方がいいおかげか、日が傾くころにはそこそこスキーで進めるようになった。

「いいよ、白鳥くん! もう滑れるようになったね」

 斜面を下りきった蓮に、吹雪からねぎらいの言葉がかけられた。蓮はスキーを八の字の形にして止める。靴をスキー板の金具から外し、板を脱ぐと、頭に被っていたオレンジ色のニット帽を取り、愛嬌のある笑顔を吹雪に見せる。

「吹雪くんのおかげさ。教え方、とても上手いな」

 吹雪は蓮にほめられて小さく照れ笑いをすると、首を軽く横に振った。

「ううん。白鳥くんの努力の賜物(たまもの)だよ。キミって、とても負けず嫌いなんだね。ボクが教えたこの中で、一番熱心な子だと思う」
「みんなよりできないって恥ずかしいからさ……今日中にできるようになってよかったよ」

 蓮は頬を軽く朱に染めながら、頭を掻いた。

「うん。ところで、そろそろ夕食の時間だって。白恋中学校まで戻ろうよ」
「あ、ごめんな吹雪くん。遅くまでつきあわせて。でも、もう少し滑っていたいんだ」

 蓮は申し訳なそうな顔で吹雪に謝る。
 とっくに雷門メンバーは白恋中学校に引き上げたらしく、雪原は閑散(かんさん)としていた。風が起こす外れの音だけが、雪原を包んでいた。
 こんな場所で一人で滑るのは寂しいものがあるが、明るいうちは大丈夫だろう。早く雷門イレブンとしてサッカーをやるためにも、もっとスタミナをつけたい。だから蓮は、できるだけ身体を動かすことにしたのだ。
 それを聞いた吹雪は、みんなに伝えておくよ。と答え、スキー板を抱えながら小走りで、白恋中学校の方角へと駆けていってしまった。
 吹雪の背中が小さくなる頃、蓮はスキー板を脇にかかえると再び丘を登ろうとした。その時。

「どけええぇえええええっ!」

 大きな怒鳴り声が近づいてきた。
 びっくりして声の方角を見やると、スキー板に乗った染岡がまっすぐこちらへと下ってくるのが見えた。焦りの色を顔に浮かべ、両手をまっすぐに伸ばし、鳥のように上下にばたつかせている。びっくりするバランス感覚だ。もちろん人は飛ばない。

 すぐに蓮は染岡が、スキーを止められずにいることに気づく。何度か声をかけるが、染岡が下るスピードは加速する一方。どうやら止め方がわからないらしい。

 染岡が風を纏(まと)っているように思えるくらい、空気が染岡と共にうごめくのをはっきりと感じた。それだけ近いと言うことだ。染岡は叫ぶのを止め、ひたすら羽ばたこうとしている。蓮が何もできないまま、距離はじりじりと縮む。ついに染岡と蓮の距離は30cm程になり……

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.62 )
日時: 2014/03/20 17:23
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: sIzfjV5v)  

「うわぁっ!」

 素っ頓狂(すっとんきょう)な悲鳴を上げると、蓮はスキー板を抱えたまま地面に倒れ込んだ。冷たい雪が頬をなでて、ひんやりとする。

 蓮の額近くの空気が切られ、前髪が舞う。直後、どがっと派手な音が上がり、どさどさと雪が落ちる音がした。

 髪についた雪を払いながら起き上がると、木立の根元に大きな雪玉があった。青と黄色の鮮やかな袖から出た手が露になっている。

 

「そ、染岡くん大丈夫!?」

 それが染岡だと理解した蓮は、スキー板を近くに放り投げた。染岡の救助にかかる。

 手袋をした指を関節でしっかりと折って、猫の手にすると、そのまま手でひっかくように無我夢中で雪を掘った。上部分から掘り下げると、染岡の頭が出て来る。いかつい目と蓮の黒い目が合い、蓮は肉食獣を前にした草食獣のように凍りついてしまった。

「ありがとよ、白鳥!」

 にっと得意げに笑うと、染岡は木に手をついて、立ち上がる。雪が食器を割るように砕け、地面へと還る。ひどいめにあったぜ、と文句を言いながら、染岡は体中の雪を手ではたく。

「あ、あの大丈夫?」

 再起動がかかった蓮が、控えめに染岡に尋ねる。

 顔で人を判断してはいけないと言うが、どうも彼の強面(こわもて)な顔つきが苦手なのだ。いつ怒られるのかわからず、少々びくついてしまう。

 染岡は、ん? と不思議そうな顔をした後、笑い飛ばす。

「そう怖がんな。オレは白鳥のことを食ったりしないぞ?」

「あははは……そ、そうだよね」

 苦笑する蓮を前に、染岡は瞳を陰らせた。口を真一文字に結び、すぐにぐっと歯ぎしりをした。

「くっそ! なんで滑れねぇんだ……」

 そしてスキー板を脱いで持つと、頂上へ登り始める。蓮も後に続く。雪がさくさくと心地よい音をたてた。

「染岡くん、焦りすぎてるよ」

 頂上について二人はスキー板の金具に再び靴をはめる。

 蓮がまずお手本にと滑って見せる。傾斜のない斜面は、スケートをするみたいになめらかに進んだ。染岡は蓮の姿を食い入るように見つめる。

 少し下で止まると、蓮はここまで下りてきて! と両手を振りながら、染岡に向き直る。

「おら! 行くぞ!」

 つるーっとスキーは斜面を滑りだし、蓮の方へ。両腕でバランスを取ろうとするが上手くいかず、前に転びそうになりながら下って行く。

 このままだと転ぶ! と思った瞬間、下に待機済みだった蓮が両手で穏やかに身体を止めてくれる。染岡は、ほっと安堵の息を漏らした。

「僕が後ろで支えるから、頑張ってみようよ」

 蓮は一度染岡から手を離すと、軽くスケーティング。染岡の背後に回ると、脇の下に手を差し入れてくる。その体勢のまま、開いたスキーの間に染岡のスキーをまたいで重なるようにする。そしてスタート。二人のスキーはゆっくりと斜面を下りる。

「おお、なんか違う気がするぜ!」

 バランスはしっかりと保たれ、染岡も自然と前傾姿勢になる。風を切って、あまりなだらかでない斜面をスキーはいいリズムで進んでいく。

「スキーが重ならないように気をつけてな!」

「おう! なんか……気持ちいいな、白鳥!」

「うん。風になるのってすごく心地いい」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.63 )
日時: 2014/03/20 19:33
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: hFu5/zEO)  

吹雪にさっきこうして教わったのだ。
 自分の体の脇に吹雪が手を入れてくれて、支えながらやってくれると、驚くくらいに上達のスピードが速くなった。だんだんハの字を重ねた形できれいに進めるようになり、バランスをとるのにも慣れた。初めて風と身体を一体化できた感動は、心にはっきりと残っている。

「よし、そろそろ手を離すぞ!」

 染岡がだいぶバランスをとるのに慣れて来たようなので、蓮は染岡の脇から手を離した。染岡はいきなりかよ! とたじろぎ、一人で下って行く。また、バランスが崩れ下半身がぎくしゃくし始める。

「染岡くん、風だ!」

 スキー板から足を外すと、蓮は吹雪に教わったことを反芻(はんすう)して、腹の底から叫んだ。
 ——いい? 白鳥くん。スキーでは、怖がっちゃだめだよ。風になるんだ。風と自分を一つにする。そうすれば、きっと上手く滑れるようになるんだ。さあ、風になろうよ!

「風ってあんだよ!」

 意味がわからないと言った調子で、染岡の声が下から流れて来た。スピードはさらに増し、今度は染岡がどんどん見えなくなっていく。目の前に木立が迫る。

「空気の流れに身を任せて! そのまま進むんだ! 風になれ!」

 心の底から叫びながら、蓮は息せき切りながら走る。見逃したくなかった。染岡は、自分より上達のスピードが速い。ただ怖がっているだけなのだ。
 その直後だった。染岡の身体に安定感が戻る。身体をしっかりと前傾させ、スキー板もハの字を描いている。目の前に差し迫った木を、体重を片足にかけて、きれいなカーブを描いて避けた。

「染岡くん、いい調子! いい調子!」

 蓮は転がりそうになりながら走り続け、応援の手拍子を合わせた歓声を送る。
 やがて染岡は自力で丘を下り切ると、蓮にガッツポーズをしながら止まった。
 蓮の心に熱いモノが生まれた。その衝動に駆られるがまま、染岡の元までたどり着くと、彼の身体に思い切り飛びつく。染岡は驚く素振りも見せず、両手を広げて蓮を受け止めると、お礼の意味も込めて蓮の髪がぐしゃぐしゃになる程、激しく擦った。

「これでようやく吹雪のスピードに追い付けそうだぜ」

 スキー板を立てながら、染岡は満足そうに言った。蓮が首をかしげる。

「え、吹雪くんに?」

 すると染岡は難しい顔をすると、蓮の顔をじっと覗き込んできた。その視線は強い敵愾心に燃えたもので、蓮は染岡を直視するのがやっとな程、とても強いものである。

「白鳥は、吹雪を認めるのか?」
「うん。えっと、まあ……」

 強く詰問(きつもん)され、蓮が語尾を濁らた。曖昧な返事をあうる。

 染岡は満足な同意が得られなかったせいか、ふんっと不機嫌そうに鼻息を吐くと、腕組みをして目を吊り上げる。

「俺はあいつを認めねぇ」

「どうして?」

 そう蓮が聞くと、染岡は怒りと悲しみとが混ざった複雑な表情を見せた。

 今日、染岡の様子がおかしいことに蓮は気付いていた。いつもむっとした顔で、一人で滑っていた。その視線の先は、そういえば自分と特訓していた吹雪。何故だろうか。

 しばし返答に困ったのかだんまりとしてた染岡だが、ポツリと呟く。

「あいつを認めたら」

 そして覚悟を決めたような顔をし、蓮をしっかりと見て語りだす。拳を作り、それを震わせながら。

「豪炎寺が帰ってこなくなっちまう気がするんだ。あいつはチームのエースなのに」

「豪炎寺くんは、チームをずっと支えて来たのか」

「初め、俺は豪炎寺を嫌っていた。でも、あいつはすごいストライカーだってことが、一緒に戦ってきてわかるようになった。だから俺は、豪炎寺の力を認め、共に戦うことを選んだ。そうしたらあいつ、本当にすげえんだ。でも、あいつ一人じゃできないこともたくさんあることにも気がついた。そうだからこそ、俺は二番手でもいい、豪炎寺と共に2TOPを組んでやってきた」

 そこまで言い切ると、染岡は長い溜息をつく。

 顔がみるみる曇り、寂しさを漂わせ始める。

「だけど吹雪は豪炎寺とは違う。確かに強い奴だが、あいつを認めると豪炎寺がいなくなる気がするんだ——チームのエースは豪炎寺なのに。円堂も『豪炎寺が帰って来た時がチームが完成する時だって』言ってたが、オレはどうすればいいのかわからねぇ」

 黙って聞いていた蓮が、何か思いついたような顔をした。優しい口調で、

「んっと、じゃあ染岡くんに聞くよ。例えばの話、僕とキミの二人は、小舟に乗って夜の大洋を航海していたとする。だけどうっかりして、明かりを海に落としてしまった。だけど、目の前には運よく漂流してきた明かりがある。……さあ、どうする?」

 染岡に質問を投げかける。

 しばらく考え込んだ後、染岡は逆に強い口調で問い返してきた。蓮にかなり詰め寄る。

「その明かりが強すぎたらどうすんだよ。俺たちは、そのまま水の泡になっちまう」

 蓮は怖がらなかった。まっすぐに染岡を見据えた。微笑をたたえると、地平線に沈もうとしている巨大な火の玉を見つめた。

 真っ赤に輝くそれは、確かに強すぎることもある。昔近づきすぎて翼を焼かれた人間がいたと学校の歌で習った。だが、無ければ生きていけないと言う事実も学校で習った。

「明かりがイカロスの翼を焼く灼熱だったらどうする? ってことか。でも、その光は僕たちを導いてくれる太陽かもしれないよ?」

「……確かに、な」

 盲点を突かれて驚いたのか、染岡は俯きながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 そして蓮はまだ太陽に視線を送りながら、話を続ける。

「答は使うまでわからないさ。どう思うかなんて、自分自身の問題だから。……とにかく試して体感してみなよ。それから、染岡くんが選べばいい。灼熱だと言って捨てるか、光だと受け入れて共存するかは、さ」

「吹雪の力を……感じろってのか」

 ゆっくりと染岡が顔を上げる。その顔には、怒りも悲しみもなくなっていた。

 蓮はにっこりと笑ってみせると、背伸びをする。そして軽くウィンクして見せる。

「食わず嫌いはよくない。食べてみると、あんがい上手かったりするもんだよ」

「へへ、そうだな。白鳥の言う通りだぜ。俺も昔はゴーヤがまずそうだから食ったことがなかったが、食ったら上手かったぜ」

 釣られたのか染岡も口元に笑みを浮かべると、懐かしそうに言う。くすっと思い出し笑いが時折漏れる。

「そうそう」

 試してみなきゃわからないのだ。

 吹雪の穏やかな人柄はスキーの特訓で理解した。蓮としてはいい人間だと思っている。後は、染岡がわだかまりを解き、直接理解してくれればいいのだが……

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.64 )
日時: 2014/03/20 22:52
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 907dJaBJ)  

日が完全に傾き、空には薄藍色が広がり始めた。昨日見た宗谷岬の空とは違い、見える星の位置はだいぶ異なっている。北海道と言っても、宗谷岬はもっと北。緯度が違うだけで、こんなにも星は違うものかと蓮は心の中で感心していた。
 星明りだけを頼りに、スキー板を抱えた染岡と蓮はゆっくりと白恋中学校へと足を進めていた。雪上の歩き方もなれ、歩くように進むことができる。
 闇色に染まった木が、時折さわさわと風で音をたて、ふくろうが鳴く声が夜のしじまを震わせる。一人でいたら完全に怖くて、足がすくむだろう。染岡が隣にいるのが心強い。改めてみると、彼のこわもてはどこか男の貫禄(かんろう)を感じさせる頼もしいものな気がしてくる。
 ますます冷え込みも激しくなり、ジャージだけでも身震いが起こる。蓮は手袋をこすり合わせた。雪が溶けた手袋もまた寒さの原因だろう。横では染岡が手袋をはずし、手に白い息を吹きかけていた。

「そっか。ジェミニストームの襲撃予告があったのは、昨日のお昼だったんだ」
「ああ」

 蓮は、染岡から自分と塔子が不在だった間の話を聞いた。
 遭難していた吹雪と出会い、成り行きで白恋中学校と試合をしたこと。吹雪はDFもFWも優れた稀有(けうな能力の持ち主であること。……そして、ジェミニストームから昼過ぎに襲撃予告があったこと。
 吹雪のことにも興味を持つべきなのだろうが、蓮はジェミニストームの襲撃予告を受けた時間が、昨日の昼だと聞いてほっとしていた。涼野は、風介は無関係だと信じられたからだ。だが一方で自分が、みんなはきちんとサッカーしていたのに、遊び倒してしまったと言う咎められるべき行為に対する、後悔の思いも生まれたが。

「……そっか」

 安堵と後悔が混ざった複雑な気持ちを、蓮は北海道の澄んだ空気に吐き出した。気持ちを切り替えるように、思い切り深呼吸をする。
 染岡も蓮のまねをして体を伸ばしながら深呼吸をし、

「ところで、白鳥は”あれ”どう思う?」
「今日見につけた”あれ”か。きっとジェミニストームにも太刀打ちできるよ」
「ああ」

 はっきりと頷いた蓮は、染岡とこぶしを軽く合わせた。
 そして、時は来る——
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.65 )
日時: 2014/03/21 15:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: horemYhG)  

今日の空模様は悪い。一雨来そうな分厚いねずみ色の雲に覆われていた。空までもが宇宙人の襲来に脅えているとでもいうのだろうか。
 曇天の白恋中学校のグラウンドに、雷門イレブンは整列していた。フィールドの外では夏未たちが、不安げな表情で雷門イレブンを見守る。白恋の生徒たちは、危険だと言う理由で校舎内に待機させている。試合前だが、相手側のフィールドには誰もいない。
 瞳子が腕時計を見た。長針と短針が、”12”の位置で重なった。その時。

「うっ……」

 蓮が小さくうめいた。
 胸が異様なスピードで、鼓動を打つ。胸を誰かに鷲掴み(わしづかみ)にされた様な痛みが、身体に襲い掛かってくる。奈良の時と同じだ。
 痛みで、視界が霞んでいく(かすんでいく)。冷や汗がどっと体中から噴出し、雷門イレブンの姿が陽炎のように揺らめく。

 何か、空を切る音がする。でも、何が降っているのかは、ぼやけてよく見ることができなかった。息がつまり、呼吸ができず苦しい。蓮は、喘ぎ(あえぎ)ながら、自分の身体が地面へと投げ出されるのを感じていた。だが、地面に顔が着く前に逞しい腕——恐らく円堂だろうが、腕を支え、引っ張り上げてくれた。霞む視界に、円堂がはっきりと映りこむ。

「白鳥!」

 声はやはり円堂だった。円堂くん……と彼を頭で認識はする。だが痺れたように(しびれたように)脳は思考をとめてしまい、ぼーっとするだけであった。声が出てこない。

「大丈夫か!?」

 円堂は、焦点の定まらない目をした蓮を何度も、何度も激しく揺らす。蓮は浅い呼吸を繰り返しながら、虚ろな(うつろな)黒い瞳を、ただ円堂に向けるだけであった。

「ふん、愚かな地球人どもめ」

 そこに聞き覚えのある声が響いた。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.66 )
日時: 2014/03/21 18:05
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: FHdUl2HC)  

「ジェミニストーム!」

 円堂が吠える。
 いつのまにか、誰もいなかったグラウンドにジェミニストームの姿があった。人数も11人、顔ぶれも前と同じ。変わらず余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に前髪を掻きあげたり、欠伸をしたり。ひどいものは、試合前にもかかわらず、アニメの萌えキャラについて語り合っている者までいる。
 そこへレーゼが円堂の近くまで進み寄ってきた。

「逃げはしなかったか。称賛に値する行為だ」
「オレたちは逃げも隠れもしない!」

 つんと円堂は言い返した。
 それから蓮を地面に横たえると、夏未と春奈を呼んで、蓮をベンチに連れて行かせた。蓮は浅い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとし、夏未と春奈に肩を預けている。

「強がりだな? 今度も我々の力にひれ伏すがいい」

 レーゼは蓮に視線を送りながら、挑発してくる。
 悔しくて円堂が言い返そうと前に出た時。白い手が円堂が前に出るのを制した。

「どうかな」

 吹雪はゆっくりとレーゼに歩み寄ると、にこやかに微笑みかける。

「この雷門イレブンは、特訓して強くなったんだ。キミたちにだって、負けないと思うよ」
「特訓だと。ふん、笑わせてくれるわ」

 鼻を鳴らし、レーゼは冷笑を浮かべた。

「人では、我ら宇宙人の力などに到底及ばぬわ。地球にはこんなことわざがあるだろう……高根の花」
「高根の花だって言うのは、とれない人の言い訳だ。とれる人だっているんだよ?」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.67 )
日時: 2014/03/22 13:21
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Heq3a88y)  

ボールが大きく跳躍し、ジェミニストームのゴール側に落ちる。ジェミニストームの選手は、とろうと走るが、風丸にボールを奪われた。
 雷門イレブンは、吹雪の言う通り大きくパワーアップできたのだ。ジェミニストームのスピードに追い付けているし、仲間内のパスもしっかりと通っている。
 朦朧(もうろう)とする意識の中、ベンチに座る蓮はしっかりと試合の成り行きを見据えていた。ぼうっとする黒い瞳に、空中に上がるサッカーボールが映り込む。
 胸の痛みこそ治まったが、今度は頭がくらくらする。熱でもあるかのように、脳から思考が奪われ、ただ見ることしかできない。それでも想いは、胸から絶えず込み上げてくる。
 ——僕も雷門イレブンなんだ。フィールドを駆け回って、みんなと一緒に戦いたい
 見ているだけなんて嫌なのだ。
 なんのために自分はキャラバンの旅に参加しているのか。そう、エイリア学園を倒すためだ。なのに自分一人だけベンチに座り、応援するだけになっているではないか。なにもできない悲しさが、蓮の心にのしかかってくる。
 戦いたい。早く痛みなんかなくなれ、と身体に命令してみるが、響くような痛みは断続的に脳を襲う。蓮は息を吐きながら、額を片手で押さえる。視界がまたうすぼんやりとし始めた。刹那、脳裏に鮮烈(せんれつ)な映像が浮かび上がってくる。まるで、映像だと忘れさせるような現実的なものだった。

 

 暑い、夏の日だった。

 目に痛いほど青い空。灼熱の太陽がアスファルトを温め、陽炎のように風景が揺れている。周囲には、蝉が狂ったように大合唱をしていて、耳に痛いほどだ。 どこかの住宅街だろうか。塀がどこまでも続き、多くの家が立ち並んでいる。

 

「うっ……いたいよぉ」

 幼い子供の情けない声が聞こえた。

 ふっと足元に視線をやると、サッカーボールを抱いた小さい蓮がアスファルトに、うつ伏せになって泣いていた。

 その顔はぐしゃぐしゃで、その目は涙ですっかり充血しきっている。青い短パンから覗く膝小僧が擦れていて、小さなすり傷になっていた。周りに砂利がくっついている。

 ああ、転んだのか……と”今”の蓮は思う。

 小学校4年生になるまで、自分は泣き虫だった。転べばなき、叩かれれば泣き、よく友にからかわれていた。本当に思い起こすと恥ずかしいくらいに気弱で。我ながら幼い頃の記憶は闇に葬り去りたい。でも、過去は確かにあったのだ。消し去ることなんてできない。

 蓮は呆然と幼い自分を見つめていた。

 と、幼い蓮がふっと顔を上げる。そこには塀があった。

 なんで塀に向かって顔を上げるんだ? と”今”の蓮はじげしげと幼い蓮を見る。

 それからあどけない笑顔を浮かべて、うんっと声を出す。声の方向には塀しかない。幼い蓮は、サッカーボールを横に押した。

 急に元気になった幼い自分は、手のひらを空に向けて立った。傍から見ると、誰かに向かって手を差し出し、その誰かに手を掴まれて立ったように見える。しかし、そこには誰もいない。

 立ち上がると、地面に落としたサッカーボールを両手で持ちながら、住宅街の奥にかけて行く。

「——! ——!」

 誰かの名を呼びながら。

 でも、よく聞き取れなかった。妙な雑音が混じり、幼い自分が呼ぶ人物の名がわからない。それでも、とても温かい気持ちになり、蓮は頬笑みを浮かべた。

 幼い蓮が遠ざかって行く中、風景が歪み始める。ぼんやりと幼い背中がかすんでいき、風景がチョコレートのように溶けていく。待ってと言っても、待ってくれない。

 やがて意識の片隅に甲高く長く尾を引く音がした。前半終了を告げる、ホイッスルの音。それが合図だったかのように、周りの風景が白恋中学校のグラウンドに戻った。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.68 )
日時: 2014/03/22 13:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Heq3a88y)  

(ここ、白恋中学校だ)
 
 蓮はぐるりと辺りを見渡した。
 雷門イレブンがグラウンドに立っている。
 白く残った雪、倉庫のような木造家屋。ぼーっとする頭を覚ます切る様な冷たさ。間違いなく北海道だ。

(なんでだろう。なんかひどく懐かしい夢を見ていた気がする)

 蓮は目を細めて、ねずみ色の空を見上げた。
 あれは間違いなく幼いころの記憶だった。階段から落ちて失ったはずの暑い夏の日。何故いまさら思い出したのだろう。
 考えながらフィールドの右側に目をやると、青ざめているジェミニストームのメンバーたちがいた。全員が目を見開き、フィールド脇の一点に視線を据えている。
 蓮はジェミニストームメンバーの視線を追うと、そこにはスコアボードがあった。白く大きな文字で「雷門1:ジェミニ1」と書かれている。その文字を見た瞬間、蓮の心が躍った。
 身体はうまく言うことを聞かず、座ったまま蓮は思いっきり笑う。
 雷門イレブンは、ジェミニストームと互角(ごかく)になったのだ。眠っている間に行われたであろう、苛烈(かれつ)な試合が脳裏に浮かぶ。
 同時にフィールドに立ちたいと言う思いが心の奥底から湧き上がってきて、胸を締め付ける。

「白鳥」

 肩をたたかれていることに気づき、蓮ははっとして現実に戻る。後ろを振り向くと、円堂が瞳子と共に立っていた。

「あ、円堂くん」
「大丈夫か?」

 円堂が蓮の隣に腰掛け、心配そうに覗き込んでくる。

「うん。頭がぼうっとするけど、大丈夫」
「……そっか」

 心配させてはならないと、蓮は作り笑いをした。それでも顔は素直で、すぐに潤んだ目があらわになる。
 円堂は瞳を陰らせて、瞳子を見つめる。瞳子は円堂に何か目配せをし、蓮に視線をやる。
 しばらく円堂は黙って考え込んでいたが、やがて何か決め込んだような表情で、ちらっとグラウンドを見てから蓮に向き直った。

「栗松が……あんな状態なんだ。後半から試合に出てほしい。出れそうか?」

 グラウンドを見ると、足を引きずった栗松が壁山と塔子に肩を支えられて、こちらに歩いてくる途中だった。どこかぶつかったのか、しきりに顔をゆがめている。
 苦しむ栗松の姿を見て、何もできない自分の無力さに愕然(がくぜん)とする。こうして苦しむ仲間がいるのに、のんきに眠っていた自分が恥ずかしい。蓮は唇をぐっと引き結ぶと、立ち上がった。

「……僕で役に立てるなら」
「お前は十分強い! 自信を持てよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.69 )
日時: 2014/03/22 13:29
名前: しずく (ID: f7aWX8AY)  

「われらに敗北は許されない! 絶対に勝つのだ!」

 レーゼが士気を高めるように、ジェミニストームたちに掛け声をかける。
 ジェミニストームたちから、どこか余裕ぶっていた態度は消え去り、絶対負けられないという気迫が滲み出ている。
 口を真一文字に結び、きっと鋭い目つきで雷門イレブンをにらみつける態度は、後に引けない覚悟がそれをさせているのだろうか。だが、雷門イレブンもまた負けじと睨み返す。視線と視線がぶつかり合い、北海道の澄んだ空気を熱くしていく。
 やがて、後半開始の合図であるホイッスルが吹かれた。
 染岡が、後ろにいる鬼道へとボールを蹴る。途端、フィールドを黒い影が残像すら残さずに突進し、あっという間もなくボールを奪い去る。——レーゼである。

「くっそ」
「リーム!」

 悔しそうに舌打ちをする染岡を尻目に、レーゼは、雷門の陣地をかなりのスピードでかき乱していく。
 まず鬼道と風丸がとめようとして、フェイントをかけられる。一人で突進するように見せかけ、がら空きの右サイドにいつのまにか進んできていた、やや暗めの桃色の髪で片目を隠し、後ろ髪は風に舞い上がったかのような状態で固定されている選手——リームにパスをした。
 パスを受け取った直後、リームは再びレーゼに向かってボールを蹴る。恐ろしい位速い。MFの頭上をボールがむなしく通る。ボールをとろうとしたDFである壁山の頭上を、ボールが放物線を描きながら通り過ぎて、レーゼにとられた。DFもとうとう抜かれた。
 ——残るは、ゴール前にいる蓮と、大急ぎで下がってきた塔子のみ。
 どのような行動をするのかと構える二人の前で、

「レーゼ様!」

 レーゼは急にボールを頭上に蹴り上げ、ボールの後に続くように大きく跳びあがる。リームもまた、同じように跳んだ。
 とたんボールが静止する。だが直後、激しく回転を始め、回転するたびにどんどん緑のオーラをまとい、そのオーラはやがて木星をイメージさせるような形でとまる。
 ちょうど二人が静止したボールの高さにまで跳びあがるころ、ぶわっとオーラが弾け、黒い煙が広がる。
 すると煙が広がった部分にだけ、空に円形の穴が開いた。ボールの背後の穴の中では、藍色の空に、銀砂(ぎんしゃ)を零したような星たちがたくさん瞬く。その星に混じり、理科の教科書でみるような木星や、多くの惑星が輝く——奇妙な空間が広がっていた。力強く輝く星たちは美しく、そのままその世界に突入したくなる。
 綺麗……と蓮は半ば見とれかかっていた。

「<ユニバースブラスト>」

 高々と叫ばれたレーゼとリームの声で、それがシュートなのだと気づかされ、蓮は身構える。
 円形の穴部分の上空に到達した二人が、足の裏を思い切りボールにぶつける。
 美しいと思っていた空間が伸びる。丸いネットが伸びるように、宇宙空間は丸く伸びてくる。もはや宇宙の神々しさはそこになく、黒いエネルギー体を纏う(まとう)ボールが、空気を切り裂いて円堂へと襲い掛かろうとしてくる。
 冷たい空気が一段と冷え込み、半袖である雷門イレブンの体を容赦なく冷やす。多くの仲間たちは身震いし、しゃがみこむ。
 

「白鳥! 塔子!」

 だが最後の砦である二人は違った。

 塔子は勇敢にもボールに向かうと、手のひらを上空に向け、下まで下ろした。

「<ザ・タワー>!」

 茶色いレンガ造りの塔が、ボールの行く手を阻むように現れる。だが、黒いボールはあっけなく塔を粉々にした。塔が消え去り、塔子が地面に叩きつけられる。

 すると今度は、蓮がボールの前に立ちふさがる。

「<ブロック・スラッシュスノー>」

 間髪いれずに、足を振り子のように動かした。

 蓮が足を動かした跡に沿って、地面から多くの雪がぶわっと湧き出し、一枚の雪の壁を作り出す。青白く、体の芯まで凍えそうな冷気を放っている。

 ボールと雪がしばらくぶつかり合うが、やがてボールが雪のカーテンの中から飛び出てきた。蓮がひっくり返り、地面に体をぶつける。

「ふん。カットしようと、無駄な話だ」

 レーゼは地に横たわり、苦しそうに呻く二人を見下す。

 だが蓮はゆっくりと顔だけをあげると、円堂に微笑みかける。

「威力は弱まったはずだ。……円堂くん!」

「<ゴッドハンド>!」

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.70 )
日時: 2014/03/22 13:30
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: f7aWX8AY)  


 塔子と蓮の意図を察知した円堂は、黄金色の巨大な手を作り出し、鈍く輝くボールに当てる。

 <ゴッドハンド>が、ぱっと金色の円を描きながら光って消える。円堂の手のひらには——しっかりと、サッカーボールが握られていた。雷門イレブンから、大きな歓声が上がる。

「なに!? 我らの<ユニバースブラスト>が——」

 ずっと冷静でいたレーゼの表情に初めて、驚きの色が浮かんだ。

 円堂は仲間たちにガッツポーズをとると、ボールを持った手を大きく振り上げる。

「反撃だッ!」

「行かせるな。我等には勝利しか許されない!」

 同時にレーゼが焦ったように、慌てて指示を出す。

 MFたちを経由してボールを持って攻めあがっていた染岡は、見る見るうちにジェミニストームのメンバーに取り囲まれてしまう。

 

「くっそ! ごちゃごちゃとうぜぇな!」

 困ったように染岡は味方の姿を探す。

 近くにいるメンバーは、ジェミニストームに張り付かれ、ボールを回しても奪われそうな状況にあった。万事休すか……と染岡が諦め掛けた時。身震いがした。嫌いな虫がはいずるようなぞくぞくとした感触がし、視界の端っこで白いものが動いた。風にたなびく白いマフラー——吹雪。囲まれている自分の外側を、悠然と走り抜けている。

 ジェミニストームのメンバーは張り付いていない。

 染岡は、ぐっと唇を引き結ぶと、蹴ろうとわざと後方にいる鬼道の方に向き直り、足を引いた。

 ジェミニストームの選手が、パスをさせまいとパスコースを封じるように動く。

「……おらよ!」

 急に染岡はくるりと向きを変えると、走っている吹雪に向かってボールを思い切り、蹴りつけた。ジェミニストームの間をうまく突き破り、ボールは吹雪の元へと向かう。

 狙い通りといわんばかりに吹雪は口元に笑みを浮かべると、胸元で受け取り、ゴールへ向かって進む。

「染岡くん」

 ようやく円堂が願っていた行動をした。

 蓮は立ち上がると、ふっと笑う。周りをぱっと華やぐような明るい笑みだった。つられて円堂も笑っていた。

「何のつもりだ?」

「お前、いい動きしているじゃねぇか。食ってみれば意外とうまい、か。なるほどな」

「いみわかんねぇな。でも、ナイスパスだぜ、染岡」

 吹雪がそう言い、ゴールに向かって行く。

 並列して走っていた染岡は、小さくなる吹雪の背中を見つめながら口元に笑みを浮かべていた。

「後は任せな。<エターナルブリザード>」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.71 )
日時: 2014/03/22 13:32
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: f7aWX8AY)  

氷塊が回転しながら、ゴルレオに向かう。
 冷気が激しく波打ち、場の空気を一段と冷え込ませる。時折氷の破片が、花弁のように風にあおられる。暗雲の元で、キラキラと煌く。
 初めて見る<エターナルブリザード>は、<ファイアトルネード>を負けないほどの迫力がある。この子ならきっと雷門イレブンを支えてくれる——そんな思いが、心の底から湧き上がってきた。
 心なしかゴルレオの顔は青ざめ、膝がガタガタと震えているような気がする。だが気合を入れるように片手にこぶしを作り、掌(てのひら)にたたきつける。
 <技>は使わず、無謀にも片手でボールを押さえつけてきた。前回と違い、その顔から余裕は消えている。回転を続ける氷塊は、ますます勢いを増す。
 ゴルレオは、ぐっと踏ん張って見せるが、じりじりとボールに抑えられていた。
 やがてゴルレオは力負けしたらしく、ボールごとネットに体を叩きつけられた。ネットから零れ落ちたボールが、虚しくコロコロと転がり、やがて静止した。同時に甲高い音が一回鳴り響き、続いて長く響く音がフィールドを振るわせる。

「勝ったぞッ!」

 円堂が腹の底から大きな歓声を上げた。やがて水の波紋が広がるように、雷門イレブンは、次々と喜びの声をあげる。
 その時吹雪の髪が垂れ下がり、大人しめないつもの吹雪に戻っていたが、誰も気づかなかった。
 蓮もふらつく身体ながらも、懸命に拳を宙に突き上げ、横にいた風丸や円堂と肩を組む。だがふっと気が抜けてしまった。やっという安堵感に身体が支配され、必死に保っていたものが崩れる。蓮は軽く微笑むと、そのまま意識は深淵へと引きずり込まれた。長い間無理をして戦っていたが、もう限界。身体はだるさに覆いつくされ、眠気が再度込み上げてくる。今度ばかりは身体の衝動に身を委ねるしかない。 蓮は眠るように目を閉じ、身体が再び前に投げ出され——かけて、風丸と円堂がが慌てて蓮の身体を前から支える。二人で蓮の肩をそれぞれの肩に手を回す。

「白鳥にずいぶん無理させちまったな」

 風丸が、蓮を優しい眼差しで見つめながら言う。
 意識を失った蓮の寝顔は非常に穏やかで、満足そうな表情をしていた。

「ああ。白鳥のやつもとても頑張ってくれたよな」

 円堂は眠っている蓮に軽く微笑みかけ、労う(ねぎらう)ように頭を撫でる。風丸もまた穏やかな笑みを浮かべ、蓮の頭にそっと触れる。

 穏やかな空気が流れる雷門と違い、敗北したジェミニストームは慄然と雷門イレブンを見つめていた。顔から血の気は失せ、呆然と立ち尽くしている。足が小刻みに震える。
 誰かが弱弱しい声でレーゼ様、と呟く。とたんすがるような視線をジェミニストームがいっせいにレーゼへと向けた。レーゼはたじろいだ仕草をし、逃げるように一歩後進した。

「——どこへ逃げる気だ? レーゼ?」

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.72 )
日時: 2014/03/22 13:36
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Heq3a88y)  

「うっ……」
「白鳥?」

 しばらく穏やかに眠っていた蓮が突如呻いた。浅い呼吸を繰り返し、顔中に冷や汗が張り付いている。

 蓮の急変に気づいた風丸が円堂と共に、蓮の身体を激しく揺さぶる。すると蓮はうっすらと目を開けた。

「白鳥?」

 円堂が心配そうに蓮の顔を覗き込む。蓮は、魂を抜かれたように揺さぶっても反応しない。痛みを必死に堪えているのか、顔が時折苦痛によってゆがめられる。

 瞳子を呼ぼうと円堂と風丸が顔を上げると、フィールドからジェミニストームの姿がなくなっていた。まるで初めから存在しなかったかのように、気配すら残っていない。冷たい一陣の風がフィールドを吹きぬけた。風が声を運んでくる。

『ふん。ずいぶんと愚かな連中だな』

 とても低い中年のおじさんを思わせる渋い声。円堂はあたりを注意深く見渡すが、誰もいない。白い雪が積もるだけ。

 その声を聞いたとたん、蓮は苦しげに身をよじる。

「誰だ!」

 警戒心をあらわにしながら、円堂が声の主に吠える。声はふんっと鼻で笑う。

『私か? 私の名は『デザーム』。エイリア学園ファーストランクチーム『イプシロン』のキャプテンだ』

「イプシロンだって?」

 新しいチーム名が聞こえ、雷門イレブンに緊張と不安が走る。皆、強張った面持ちでせわしく辺りを見渡すが、声の主は見つからない。

『そう不安げな顔をするな』

 まるで見ているかのような発言に、雷門イレブンは雷に打たれたように呆然とする。

『だが我々に挑む気があるのならば、京都へと足を運ぶがよい。そこでわれらは貴様ら雷門イレブンをまとうではないか。ははははっ!』

 再び北風が吹きつけ、高笑いを持ち去っていく。風がやむころには、空気はしんと静まり返っていた。声はするはずもなく、何もかも風が持ち去ってしまったようであった。

〜三章完〜
北海道編までコピー完了。
参照1000突破ありがとうございます^^
1000記念に短編を一本上げようかと思います。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.73 )
日時: 2014/03/22 22:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Heq3a88y)  

夜の雑談「1000突破記念」

台座から足を垂らし、二人で空を見上げていると、不意に涼野が呟いた。

「……星が綺麗だな」
「そうだね」

蓮は限界まで首を傾け、夜空を見上げる。
暗い夜空に輝く、たくさんの星たち。静かな夜を裂くように波のさざめきが聞こえ、何とも言えない、不思議な風景を作り出していた。
東京ではまず見られない光景に、蓮は目を輝かせた。綺麗な風景を、涼野と見れて本当に良かったと思う。
「こんな夜空を見たのは、いつ以来かな……」

寂し気に呟いた涼野。蓮は頭を涼野の方に向けた。星を見上げる彼の顔は、どこか遠くを見ているようで。
「風介が住んでいる街は、星が見えないの?」
「ああ。星は全く見えないな」
「そうなんだ……都会に住んでるの?」

答えはない。無言で俯き、翡翠色の瞳に複雑な感情を宿す涼野を見て、蓮は黙ってしまう。何と声をかけてよいのか分からない。困った表情で涼野と海を交互に見ていた。
二人の間に、沈黙が降りた。
海風が涼野と蓮の髪を乱していく。

しばらく無言が続き、それを破るように蓮は口を開いた。

「雷門町も、あまり星は見えないなあ。街灯が明るいから、星はあまり見えないんだ」

その声で今まで俯いていた涼野が顔を上げ、仏頂面で蓮を見つめる。

「ところで蓮、キミは将来の夢はあるか?」

聞かれた蓮は、腕を組んで唸る。プロのサッカー選手、サッカーの審判、サッカーに関する雑誌の記者。あれこれ浮かぶが、サッカーに関わる仕事ばかりだ。
悩むが、あれこれ考えるのはとても楽しい。蓮は自然と口元を綻ばせながら、自分の将来を空想する。
悩んだ末に、蓮は一つの結論に至った。

「やっぱりプロのサッカー選手かな」

でも、と蓮は付け加える。
「体力ないからなあ……ん……まだ決めてないや」

未来の夢に思いを馳せる蓮は生き生きした表情で、瞳を輝かせて話す。
その顔を見ていた涼野はふと自虐的な笑みを浮かべ、蓮を眩しそうに見た。

「……自由に悩めるキミが羨ましいな。私は、将来のことなど考えられない」

キミと違ってね、そうボソリと呟いた涼野の言葉の意味を蓮は分からなかった。
「え?」
「……ただの独り言だ」

蓮が問うと、涼野は首を振り、口角をあげて見せる。先程の言葉の意味を蓮は知りたかったが、涼野は聞くなと言わんばかりに鋭い眼光で睨んできた。
嫌なものを無理に聞くわけにも行かず、蓮は諦めて話題を変える。

「ねえ、風介の夢は?」
「私か?私は……秘密だ」
「僕は言ったのに」

不満そうな顔で蓮が言うと、涼野はくすりと笑う。

「私はキミの夢を聞いただけだ。答える義務など、どこにもない」
「えーひどい」

そう言いつつも、蓮は楽しそうに笑っていた。涼野も口元を緩め、笑っていた。楽しい、夜だった。

——涼野の言葉の意味を、蓮はもっと後で知ることになる。

——
宗谷岬でパス練する前の会話です。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.74 )
日時: 2014/03/22 23:08
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: ZZSfsyIC)  

第四章 闇からの巣立ち

「イプシロン……」

 デザームの声が消え去った後、円堂が呟いた。
 同時に蓮は身体が一気に軽くなるのを感じる。胸の痛みも、頭のぼうっとする感覚も全てが治まっていた。まるで熱が出た翌日に、一眠りするとだるい気分がなくなっているような——そんな状態がたった数時間で起ったのだ。
 何でだろう、と蓮は誰もいないフィールドを見つめながら思案する。ジェミニストーム、イプシロン。彼らに出会うと己の身体は、確実に痛み出す。彼らの、——デザームは声だけだがからは強い”何か”を、言葉では表現できないエネルギーを感じる。宇宙人だからか、感じたことのない禍々しく邪(よこしま)な力。そういえば同じエイリア学園でも、ライザーシルフからはその力はまったく感じられなかった。それは何故なのか。
 多くの疑問が泡のように浮かんでは消える中、風丸と円堂の肩に置かれた手を、蓮は自分の意思で下ろす。病人だった蓮が急激に回復したことに気づいた二人が、びっくりして見やってくる。

「白鳥! 身体はもう大丈夫なのか?」

 風丸が心配げにたずねてきて、蓮は半ば堂々巡り(どうどうめぐり)になりかかっていた思案をやめた。気分を切り替え、軽く跳ねてみせる。

「ほら! もう大丈夫だ」
「本当だ。すっかりよくなったみたいだな」

 蓮が元気そうにジャンプする光景を見て安心したのか、円堂と風丸の二人は安堵(あんど)の表情を浮かべる。が、風丸が腕組みをし、何かに気がついたような顔をする。

「いつも思うんだが、白鳥はどうしてエイリア学園が来ると苦しみだすんだ?」

 蓮は跳ねるのをやめると、頭の中でしばし考えをめぐらせ、つっかえつっかえに自分の考えを説明する。

「よくわからないけど……えっと、あいつらからは、なんというか……途方もなく強い”エネルギー”を感じるんだ」
「”エネルギー”?」
「その”エネルギー”に身体が反応して——とても強い痛みを感じるんだ」
「それってアレルギーじゃねぇか?」

 そこへひょこり染岡が吹雪を引き連れて、会話へ割り込んでくる。みんなは一斉に染岡と吹雪に視線を向け、蓮が続きを促す。

「染岡くん。アレルギーって?」

 ただ思いついただけなのか、染岡は少し戸惑いがちに頭を掻く。

「なんつーか食べ物アレルギーってあるよな? その食べ物食うと、身体に発疹(ほっしん)や痣が出るってテレビでやってたんだ。つまり、だ。白鳥の身体は、やつらの”エネルギー”に反応して痛むっつーことだろ」

 その仮説に風丸と蓮が同時に、なるほど、と納得する声を漏らした。
 確かにアレルギーという仮説は正しいかもしれない。やつらの邪悪なエネルギーに身体が反応し、痛みが襲い掛かってくるのなら合点が行く。

「やつらのエネルギー体に対するアレルギーか……染岡の言うとおりかもしれないな」

 風丸が言って、蓮がうなずく。だがその瞳は少し沈んでいた。

「でもそれじゃあ、エイリア学園との試合じゃ出番が限られてしまう。このアレルギー克服したいな。今のままじゃお荷物だ……」

 蓮は思わず内心を吐露(とろ)してしまい、慌てて口を両手でふさぐ。辺りをぐるっと見渡すと、やっぱり円堂たちが、驚いたような表情で見つめてきていた。

 チームメイトに、雷門イレブンのみんなに心配をかけたくなくてずっと黙っていた思いが、口をついてでてしまった。バカバカ、と蓮は自分を激しく責め立てる。今ここで心配をかけてしまったら、身体のことでさえ迷惑なのに、チームの負担がなおさら増えることになる。自分ひとりのために、チームに迷惑をかけるのはいやなのだ。蓮は作り笑顔で、

「な、なんでもない! 本当になんでもないって!」

 慌てて両手を振ってみるが無駄だった。

 円堂が、みんなが申し訳なさそうな表情で蓮を見据えてくる。蓮は悲しげな面持ちを浮かべ、円堂たちから逃げるように視線を下にそらした。むきだしのグラウンドの土がそこにあった。

(今の僕と同じだ。むき出しになった土は人に踏まれる。そう土足に踏まれていくんだ……)

「白鳥……おまえ、まだ自分のことをチームのお荷物だと思っていたのか」

「そう」

 円堂の低い問いかけに、もはやこれまでと観念した蓮は、自虐的に笑うと、沈痛な面持ちで仲間たちに順々に目をやる。そして感情が溢れるままに叫ぶ。

「後半しかフィールドに出られないプレイヤーなんて、聞いたことない。僕はいっつも後半しか出てない。たいしたプレイヤーじゃないってわかってる。そんな自分は荷物じゃなきゃなんだって言うんだよッ!」

 蓮の語勢が徐々に強まり、最後には誰もを押し黙らせる勢いがあった。その場に居合わせた四人は、立ち尽くすことしかできない。瞳を細め、各々(おのおの)は蓮に哀れむような視線を送っている。

 いつのまにか瞳が潤み始め、言葉を零すたびに、涙は頬を伝って空中で弾けていった。キラキラと煌く水滴はそれなりに美しかった。まるで自分の奥底に溜めていた気持ちが……水を入れすぎたコップから、水が零れるように、涙に姿を変えて消えていくようだった。現に泣くのに反比例し、気持ちだけはどんどん軽やかになっていくのだ。涙で息が詰まるのも、鼻水がつまって呼吸が困難になるのですら心地よいと感じるほどに。

 こんなに大泣きしたのは、ずいぶん久しぶりだ。心地よいと感じる一方で、泣いてる自分を女々しいと感じる客観的な自分もそこにはいた。

 と、そこに鈍い衝撃がきた。誰かに殴られたのだと気がついたのは、その後のことだった。

 身体が吹き飛ばされる。北海道の冷たい空気が、半袖のユニフォームに容赦なく吹き付けてくる。身体が地面にたたきつけられ、地面に激突した右腕に鋭い痛みが走る。そのまま蓮の身体は勢いで数回転する。空の青と地面の茶色が交互に見えた。やがて空の青が再び見えたところで、身体の回転は止まる。ちょうど右の辺りから、染岡やめろ! と円堂のなだめる声が聞こえる。が、すぐに染岡が、三白眼で自分を見下ろしている光景が目に飛び込んできた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.75 )
日時: 2014/03/23 13:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: WV0XJvB9)  

(染岡くん……)

 蓮を覗き込む染岡の瞳には、怒気とも憐憫(れんびん)の情ともとれる奇妙な色を宿していた。
 その瞳と目が合うと、蓮はうっと小さく呻いた(うめいた)。殴られた左頬と地面に強打した右腕が針の先でつつかれたようにしくしくと痛み始めた。だが同時に、心もまた痛み始めた。自分はとんでもないことをしたと言う黒い思いが胸の底から湧き出る。わかってはいたが、感情が欲するままに叫び引き起こしてしまったこと。不思議と後悔の念はなかった。
 イライラした時にやけ食いをしたり、人に愚痴ったりするとすっきりするのと根本的に同じだ、と蓮は考えていた。ただ、今回はぶつけられる相手が……サッカーで例えるならGKが着用するグローブなしの選手に、強いシュートを打ちこむようなものだろう。普通そんなことをしたら、相手にもよるが怪我は免れない。きっと思いをぶつけた雷門メンバーは、ねんざの代わりに『嫌悪』と言うものを持つだろう。散々強いシュートを放っておいて、謝りもしないのだから。
 そんなことをうっすらと思案していると、やはり染岡の相貌(そうぼう)が厳しくなった。染岡の瞳にあったのは、怒りの色。嘲笑、侮蔑(ぶべつ)。頭に嫌な単語が駆け抜けて行く。ゆっくりと染岡の口が開いていく。どんな風に嘲笑われるかな、と蓮は自虐的に心の中で笑っていた。——しかし。

「……なんで」

 とても低い声。でもその声はとても震えていた。染岡は蓮から視線をそらし、拳を震わせている。だがすぐに蓮へ視線を戻すと、

「なんでオレたちに相談しなかったんだ!」

 腹の底から出す大きな怒声を、蓮に浴びせかける。あまりのでかさに風圧が生まれ、蓮の前髪が浮いた。
 予想とは違う言葉に蓮は一瞬戸惑うが、疼く(うずく)右腕を擦りながら起き上がった。見るとぶつけた部分には大きな赤紫の痣が現れ、周りには小さな切り傷がかなりあった。周りには小石や砂利が付着している。
 蓮は、不安げな面持ちで染岡を黙って見つめた。次の言葉を待つ。
 苛立ちの表情で染岡は蓮を見つめ返していた。腕組みをし、片方のスパイクの先で地面を叩いている。ややあって、染岡は足の先で地面を叩くのを止めた。

「白鳥。お前大事なことを忘れてるだろ」

 急に飛んできた言葉に蓮はわけがわからず困惑する。
 忘れていることと言っても、思いつくのは幼い頃の記憶がないことのみ。だが、それは今更すぎる。
 蓮は、遠慮がちに染岡に聞き返す。

「えっとな、何を?」

 すると染岡は、呆れたようにため息をついた。

「やっぱりわかってねぇんだな。いいかお前は、今ここで何をするために北海道に立っているんだ?」
「サッカーやるため。仲間を集めて……エイリア学園を倒すためだ」

 蓮の語気はだんだん尻すぼみになった。最後の方は、もはや囁きに近い。答えを聞いた染岡は頷き、さらに問いを重ねてくる。

「そうだな。そのサッカーをやる仲間はどこにいる?」

 何が言いたいのかと思いつつ、蓮は当然のように、

「”ここ”。この白恋中のグラウンド」

 答えた。すると染岡の顔が明るくなる。

「そう、それがお前が忘れているもんだ」

 ますます染岡の意図(いと)を見抜けず、蓮はとうとう頭を抱えて悶え始めた(もだえはじめた)。すると染岡がまあよく聞け、と前置きをした。

「はっきり言うぜ。白鳥は、自分の内に閉じこもっていて、”ここ”——つまり周りが見えなくなってんだよ。お前のこと誰も荷物なんて、思っちゃいねえ。一人で考えることも大事だけどな……お前のアレルギーの問題は、一人じゃ解決できないだろ? ま、円堂に代わるぜ。こーいうのは円堂が得意だからな」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.76 )
日時: 2014/03/23 18:58
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  

突然の言葉に状況を飲み込むのに数秒を要した。
 染岡はおとなしく引き下がり、代りに円堂が蓮の前に立つ。円堂はしばらく食い入るように蓮を見つめていたが、急に頭を下げた。

「ごめん! 白鳥!」
「え、円堂くん?」

 それから数回平謝りされ、蓮はますます罪悪感が増していった。
 謝らなくちゃいけないのはこっちなのに、こんなに謝罪を入れられていいのだろうか。やっぱり自分はまだ円堂くんに迷惑をかけている——顔に出さないよう努めていたが、蓮の黒い瞳はますます暗さを増していた。そのことを円堂は察知したらしく、バッと顔を上げる。

「オレ……キャプテンなのに、お前の悩みに気付いてやれなくて本当にごめんな」
「いいよ。昔から悩み抱え込んじゃうのは、僕の悪い癖なんだ。僕こそ急に思いを爆発させたりしてごめん」

 蓮は悲しげに顔をほころばした。瞳は笑っているが、口元をぐっと噛んでいる。かなり強い力で噛んでいるらしく、唇の輪郭が赤く浮かび上がっていた。そんな蓮を、円堂は真剣な眼差しで見つめる。そして本当に心からの思いを蓮にぶつける。

「お前はチームの荷物じゃない。後半だけだって、参加していれば立派な選手だ。今回だって、レーゼの<ユニバースブラスト>を弱めてくれたじゃないか」

 蓮は首を横に振る。

「あれは、塔子さんもいたからさ。僕だけじゃ、とてもあそこまでは弱められなかった」
「塔子がいたとしても、お前が弱めてくれた事実に変わりはないだろ? もっと自信持てよ」

 蓮は首を横に振る。そして長い息を吐きながら、目線を円堂から下の地面にうつす。

「今回も前回も活躍できたからまだよかった。でも、もし本当に痛みが激しくて、僕が試合に出なかったら。それだって怖いくらいにあり得る話なんだ」
「それはオレだって同じだ、白鳥」

 その言葉に弾かれたように蓮が顔を上げ、円堂に目をやった。顔には、涙が流れた跡がまだ残っていた。

「なんで?」
「オレだって、次の試合の時には怪我をしているかもしれないし、ひょっとしたら熱で倒れているかもしれないんだ。試合に出れない可能性は、オレ達雷門サッカー部全員にある。だから白鳥が一回か二回出れないくたって、気にしない。それに……」

 円堂は一度言葉を切ると、風丸、染岡、吹雪を順番に見やった。三人ともこっくと小さく頷いた。
 少しじれったい気持ちになった蓮は、せかすように続きを促す。

「それに?」

 円堂は、にぃっと澄んで光を反射する水面の様な笑みを浮かべる。自分の胸をポンと手でたたいた。

「それに仲間がいるだろ? 倒れているときは、別の仲間が頑張ってくれる。次に出ればいいだろ?」

「……仲間」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.77 )
日時: 2014/03/23 21:52
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lrJDaE6x)  

蓮は感慨深げにポツリと呟いた。
 その時柔らかい視線をあちこちから感じた。周りを見渡すと、自分と円堂を中心にキャラバンに乗る仲間がぐるりと円状に立っていた。いつからいたのだろう。みんながみんな全員笑っていた。微笑んでいた。顔全体で笑っていれば、口元だけの子もいる。例えるなら子供が帰ってきた時の母のような。休み時間に、ふざけた友達が見せるような。表現はいくらでも思いつく、どこまでも純粋で優しい、暖かい笑み。見ていて幸せになる笑み。
 わがままを言った自分にどうしてこんな笑みを、みんは見せてくれるのだろう。こんな笑みを見せてくれる人は、自分を荷物だと思っていない——僅かな希望が確信に変わった時、蓮は全身が熱くなった。

「オレに鬼道」
 
 円堂は言いながら、歩き始める。円状に立つ仲間の前を時計回りに、ゆっくりと通って行く。仲間の前を通る時、その人物を手で示し、呼びながら。蓮の目線も、自然と円堂の動きを追っていた。黒い瞳にたくさんの人が映り込んでいく。

「風丸、吹雪、染岡、塔子、壁山、栗松、一之瀬、土門、目金、夏未、秋、春奈」

 仲間の名が呼ばれるたび、蓮の心は震えた。同時にその人物との思い出が脳裏に浮かぶ。
 円堂くんにはいつも励ましてもらってばっかり。鬼道くんは、とても戦術が上手い。自分の能力を見極め、色々と指導してくれたっけ。風丸くんは身体を支えてくれた。吹雪君はスキーを教えてくれた。染岡くんは一生懸命スキーをやり、<ワイバーンクラッシュ>と言う技を身に付けた。ジェミニストームとの試合の前半、つまりは自分が気絶していた時に決めたと聞いた。見てみたかった。塔子とは北海道旅行をした。みんなには言えないけど、楽しかった。壁山くんと栗松くんにはいつも笑わせてもらっている。一之瀬くんと土門くんは、アメリカの話をしたっけ。英語をしゃべって見せたら驚いていた。目金とは語った。いや、彼の知識はすごい。常人の域を超えている。秋に夏未に春奈。おにぎり、とてもおいしかった。
 本当にどうでもいい……道端の石のようにありふれた、変哲もない思い出だらけ。けれども。それら全てで自分の周りに雷門のみんながいることを思い出す。みんながいる——そう小さく言葉を漏らした時、再び鬼道の前に来た円堂が、蓮の正面に戻ってくる。

「それに今はいないけど豪炎寺だって——ここにいる雷門サッカー部は、みーんな白鳥の味方だ!」

 そこまで言いきり、円堂が思い出したように、

「それにオレ、旅立つ前に白鳥に言ったよな? お前が十分プレイできるようになるまで、チーム全員で支えるって」

 蓮は、改めて円状になっている仲間を全員見渡してみた。みんな蓮と目が合うと手を振ったり、笑いかけてくれたりする。誰も視線をそらしたり、睨んだりしなかった。ちゃんと蓮を見据え、ちゃんと笑みを見せてくれる。それが妙に嬉しくて。気付くとまた眦(まなじり)から涙が溢れていた。頬を伝って、グラウンドを濡らす。滂沱だが、今回は息苦しさが全くない。蛇口をひねると水が流れるように、無駄にだらだらと流れるのだ。蓮は男が簡単に泣くなど情けなくて、両手で顔を覆い俯いた。口だけは覆わなかった。

「……わがまま言ってごめんなさい」

 蓮は大きく、はっきりと涙声で謝罪した。そして顔を上げる。黒い瞳は少し充血し赤っぽい。涙の跡がまた増えている。けれどその表情に葛藤の類は見られず、変わりに強い意志が宿っていた。
 円状に並ぶ仲間たちを再度順々に見やり、最後に円堂と一対一で向き合う。

「どうか」

 蓮は息を吸い、一気に言葉を述べる。

「迷惑じゃなきゃ。どうか、これからもこの白鳥 蓮の面倒を見てやってください」

 一度だけ頭を下げ、再び蓮は顔を上げる。笑っていた。細められた瞼に残る涙が、キラキラと輝く。周りも花が咲いたように、一段と明るくなった。心から笑った、蓮の偽りのない笑顔。赤ん坊が見せる笑顔によく似ていた。

 その時、風が吹いた。空のねずみ色の雲を、円堂たちから見て東側に押し流していく。雲の切れ目から光が差し込むみ、グラウンドが、ところどころスポットライトで当てられたように明るくなる。やがて雲は完全になくなり、北海道の太陽が顔を出した。辺りが急に明るくなり、グラウンドのラインを、周りにある木々を徐々に浮かべあがらせていく。眩しくて、雷門イレブンは目を細めた。

 ただ円堂と蓮は、光の中で見つめ合ったままだった。互いの髪が風を孕んで(はらんで)、静かに揺れている。蓮の目からたくさんの煌きが零れ、風が持ち去って行く。小さな煌きは、集まって光のカーテンを形作る。

 カーテンは風に揺らされ、流れるように左から右へと光の粒となって消えていく。蛇行しながらどこへ消えていく。地上に天の川が生まれたようだった。

「堅苦しくなるなよ、白鳥。もちろんだ。なっ?」

「うん。これからもよろしく」

 蓮はもう一度だけ、太陽にも負けない笑顔を見せた。その時、不意に涼野が宗谷岬でかけてくれた言葉が耳の奥底にはっきりと蘇る。

『キミならできるはずだ』

(そうだな、風介)

 蓮は上を見上げる。どこまでも澄み渡る青い空に、力強く太陽が頭上にある。よく晴れていた。

(もっと頑張ってみるよ、風介)

 太陽はどこからでも見えるから、きっと届くだろうと信じて。蓮は太陽に心の中で語りかけた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.78 )
日時: 2014/03/24 12:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: BA35VKfF)  

「ようやく気づけたようね」

 円陣の向こうから瞳子の声がした。
 やがて鬼道と春奈が道を明けるように左右に割れ、その間をゆっくりと瞳子監督が進んでくる。

「瞳子監督」
「実はな。お前が悩んでいるって、瞳子監督が教えてくれたんだ」
「え? そうなんだ」

 蓮がびっくりしていると、蓮の目の前まで歩み寄ってきた瞳子に円堂は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、瞳子監督!」

 自分のことでお礼を述べているのかと思えば、円堂の口から出てきたのは思いがけない言葉だった。

「白鳥のことも、ジェミニストームのシュートを止められたのも、監督のおかげです!」
「どういうこと?」

 ジェミニストームのシュートを止められたのも、監督のおかげだという言葉がいまいちしっくりこなかった。
 そういえば奈良でボロボロなった後、円堂はあいつらのシュートが見えたといっていた。野菜をたくさん切ると、そのうちきれいに切ることができるように、相手のシュートの『数』をこなすことで、受けることができるようになったのだろう。そのことなら合点(がってん)がいくと蓮は思う。あの時、瞳子が円堂をベンチに下げたりしたら円堂は強くなれなかったかもしれない。

「オレさ、奈良であいつらのシュートを受けまくたっだろ? その時、シュートが見えるようになって、今回やっと止める事ができたんだ。これも監督のおかげだ!」

 円堂が自信満々に言い切った。監督を信じているんだな、と蓮は心の中でつぶやく。だからこそ、自分もこの監督を信じて仲間たちと進んでいくと改めて、心に誓う。流した涙で心は浄化され、すがすがしい青空のような気分だった。
 礼を言われた瞳子はどこ吹く風と言った顔つきで、黙って円堂の話を聞いている。

「本当はそんな意図があったんですね」

 何気なく瞳子に言ったが、瞳子はそうかしら? と素っ気無い対応をしてくれただけだ。でも、と蓮は目を細めて瞳子を見る。

(豪炎寺くんを外したのも、何か意味があるはずだ)

 夕香が言っていた『怖いおじさん』。これがもし、豪炎寺の離脱に関係があったとすれば。瞳子はその『おじさん』の正体を知り、あえて豪炎寺を逃がしたことになる。そういえばあの日の豪炎寺は顔はどこか浮かないものだったし、シュートをはずすという彼らしくない失態を犯していた。『おじさん』に狙われた豪炎寺は、仲間に火の粉がかからないようあえて、チームから離れたのではないだろうか。
 豪炎寺くんはどこですか? と無言の圧力で瞳子に問うが、彼女の目が揺れ動くことはなかった。ただただだんまりしたまま、静かに見つめ返してくる。

「吹雪くん」

 そこへ女の子の声がした。見ると、吹雪の後ろに白恋のユニフォームを着た白恋サッカー部のメンバーが立っている。いつのまにか吹雪の周りにいた雷門メンバーはあちこちに散っていて、吹雪の周りから少し距離を置いた場所にいる。

「吹雪くん、本当に行っちゃうっぺ?」

 笠を被った女の子が、名残惜しそうな顔で語りかけた。後ろにいるサッカー部のメンバーには、眦(まなじり)から涙を流しているものもいる。白い帽子を被った子が泣いちゃだめよ、と白恋サッカー部をなだめ、みんなユニフォームの袖で目をごしごしと拭いた。

「でも僕がいなくなって大丈夫かな」

 吹雪は心配そうな表情で白恋メンバーを見据えながら言って、笠を被った女の子が前に出てくる。その子はにっこりと笑いかけ、

「大丈夫だっぺ。私たちみんなで、しっかり白恋中学校は守っていくっぺ」

「そうだっぺ!だから吹雪くんには、宇宙人を倒して欲しいっぺ!」

 同時に背後の白恋メンバーがいってらっしゃい! 吹雪くんと声を揃えて大声を張り上げる。

 驚いたようにぐるりと白恋メンバーを、吹雪は見つめると、最後ににっこりと微笑みかける。

「……うん」

「それじゃあ、そろそろ白恋中学を出発するわよ」

 瞳子の声が合図で、雷門イレブンはぞろぞろと校門へあがる階段へと向かっていく。吹雪も別れが惜しいのかしばらく戸惑った表情で白恋メンバーを見つめていたが、円堂にポンと肩を叩かれると、踵を返し、蓮と円堂と一緒に階段へと走り去って行く。


〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.79 )
日時: 2014/03/24 17:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: iAJranvs)  

白恋中学校正門前には、既にイナズマキャラバンが止まっていた。雷門サッカー部のメンバーは、一番初めに来た瞳子を先頭に、ぞくぞくとキャラバン内に乗りこんでいく。風丸に先を譲り、風丸が先にキャラバン内へ入って行くのを見送っていると、視界に黒い物体が飛び込んできた。

「あ、ハト? それともカラス?」

 イナズマキャラバンの昇降口の上あたりに、一匹のハトが止まっていた。
 見た目こそ、神社や町中いたるところに出没するハトとなんら変わりはないが、その全身は黒。カラスと同じ色の体毛なのだ。しかも野生のハトにしては、その体毛は光沢があり、毛並みもいい。
 そのハトは、太陽を思わせる金色の双眸で、静かにこちらを見下ろしていた。ただのハトにしてはずいぶん存在感を感じさせる。

「ハト? こいつはカラスじゃないのか?」
「え〜でも、これはどう見てもハトだと思うなぁ」

 円堂が首をかしげ、蓮が腕を組んで、ハトと睨みあいをしていると、ハトはプイッと横を向いた。
 小さな翼を広げ、羽音を立てながらみるみるうちに大空へと消えていった。
 二人は呆気にとられてハトを眺めていたが、やがて既にキャラバンに乗っているメンバーが窓から顔を出して、こちらを見つめているのに気がついた。二人とも、バツが悪そうな表情で互いを見やり、

「ところで吹雪くん、キャラバンはどう?」
「イナズマキャラバンは、すごいだろ?」

 話題をそらすかのように、後ろにいた吹雪に話しかける。吹雪はにっこりとほほ笑むと、

「イナズマキャラバンって、思っていたよりも広いんだね。うん、これならみんなと楽しい旅ができそうだよ」

 感慨深くキャラバンを見た感想を述べた。そっか〜と言いながら、円堂がチームメイトの視線から逃げるように、そそくさと早足でキャラバンに滑りこんでいく。
 蓮は吹雪と苦笑いをしながら、後に続く。むっとした車独特の匂いが鼻をついたが、もう慣れた。キャラバン内は、外に比べるとほんの少しだけ暖かい。蓮は自分の席に座ると、ジャージ上下を身にまとった。吹雪は蓮の席から数えて二列後ろの染岡の隣に座り、楽しそうに染岡と話し込んでいる。

「それで……瞳子監督。次はどこへ向かうんですか?」

 ジャージを身に付けた蓮の横で、円堂が前の座席に座る瞳子に尋ねる。瞳子は立ち上がると、キャラバン全体に響くような大声で、

「まずは京都に向かうわよ。今、SPフィクサーズに頼んで、京都でエイリア学園から襲撃予告があった学校を探してもらっているところ。場所がわかり次第、そちらへ向かいます」
「それじゃあ、まずは京都に向かうことになるんですね」
「そういうことになるわね」
「よし。それじゃあ出発するぞ!」

 古株の声が合図で、エンジンが唸り始め、同時に白恋中学校がどんどん遠くなり始めた。

(イプシロン……いったいどんな奴らだろう)



同時刻。

「”ジェネシス”の座は……”ガイア”のものです」

「わかりました。父さん」

「なっ! 父さん、何故オレたち”プロミネンス”ではないのですか!?」

「我々ダイヤモンドダストも何か……」

「ガゼル、バーン。聞こえませんでしたか? ジェネシスの座はガイアのものだと——」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.80 )
日時: 2014/03/24 22:01
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: ilLKTbvz)  

昼過ぎに白恋中学を出たせいか、北海道を出る前に日が沈んでしまった。ちょうど、その頃イナズマキャラバンは山中を走っていたので、適当な場所で一晩を明かすこととなった。ちょうどよく、木がない広場の様な場所が見つかり、イナズマキャラバンはそこに止まっていた。
 その晩。やはり眠れない蓮は、一人キャラバンの屋場に乗り、物思いにふけっていた。ジャージをしっかり着て、体育座りになり、天を見上げていた。
 ふーっと息を吐くと、すぐさま白くなり、やがて空気の中に溶けていった。まだ北海道にいるせいか、空気は澄んでいて肌寒い。蓮はぶるっと身を震わせた。
 キャラバンの屋場には荷物を乗せるために、鉄製の柵で囲まれた小さなスペースがある。大人二人が楽々座れる程の広さはあり、キャラバンの後ろにかかっている鉄製の段から登ることが出来る。よくここに円堂や他のメンバーが座りに来るのだと言う。
 円堂に乗ってみろよ! 気持ちいいぞ! と前々から勧められてはいたが、機会がなく、蓮は今日こうして初めて乗ったのであった。上に乗っているせいか、辺りの風景が良く見える。
 キャラバンの前には女子メンバーが止まる、とんがり帽子の様な形をしたピンクのテント。辺りには針葉樹林が生え、空いっぱいに枝を伸ばしている。針葉樹林の下には短い雑草が惜しげっている。夜であるせいか、虫が鳴くどこか儚く(はかなく)弱弱しい音だけが聞こえてくる。嫌なくらいに静かである。

「星、綺麗だなぁ」

 蓮は呟いた。
 頭上を振り仰ぐと、枝と枝の間から、満天の星空が見える。冷たい風が吹き、ざわざわと葉を揺らす。その風情(ふぜい)がある光景に目を奪われていた蓮は、下から誰かの視線を感じた。
 誰かと思い、落ちないよう柵を掴みながら下を覗き込むと、吹雪がこちらを見上げていた。白いマフラーが風に弄ばれている(もてあそばれている)。

「ふ」

 吹雪の名を呼ぼうとして、蓮は言葉を飲み込む。

(あれ? なんだかいつもの吹雪くんじゃないみたいだ)

 妙な違和感を覚えた。確かにそこにいるのは吹雪だが、”何か”が違うと己の第六感が、蓮に囁きかけてくるのだ。何だろうと思い、蓮は吹雪の顔を凝視し、蓮の相貌が獲物を狙うハンターのごとく鋭くなった。
 集中してみると、吹雪の違いが驚くほどはっきりと見えて来た。雷門ジャージと風をはらんで揺れるタオルの様なマフラーだけは同じだが。
 まず髪の違いに目が言った。いつもより青白くなり、上に跳ねている。そして何よりその瞳。今の吹雪には好戦的な色が宿っているし、第一彼の瞳はオレンジではないはずだ。
 違和感の原因に気づいた蓮は顔をこわばらせ、

「……お前は誰だ?」

 威嚇するように低い声で『吹雪』に尋ねた。恐ろしさからか、柵をつかむ手が小刻みに揺れている。

「誰?」

 素っ頓狂(すっとんきょう)な返事がし、『吹雪』は高笑いをした。にいっと口元を不気味に歪ませ、蓮を見上げて嘲笑する。

「おいおい、白鳥。たった数日で、チームメイトのこと忘れちまったのかよ。オレは吹雪だ。吹雪 士郎」

「お前は、吹雪 士郎くんじゃない!」

 からかうように自分を指差し言った吹雪の言葉をいなし、蓮は言い放った。自分を奮い立たせ、攻撃的な口調で攻める。不気味な『吹雪』の視線を弾こうとするかのように、きっと『吹雪』を睨みつける。

 初めは驚いたように『吹雪』は目を丸くしていたが、再び含み笑いを浮かべ、くく……っと引くように笑った。

「くく……オレを『士郎』じゃないと見破ったのは、お前が初めてだ。雷門には、とんだやつがいたもんだぜ」

 そこまで言い切ると、『吹雪』は真顔に戻る。

「ああ。オレは吹雪 士郎じゃねぇ。オレの名は『アツヤ』だ。吹雪 アツヤ」

「……じゃあ吹雪くんは二重人格」

 頭の中に浮かんだ可能性を独り言のようにポツリと言うと、アツヤはあっさり首を縦に振った。

「そういうことだ。よく覚えておきな。ちなみに試合の時に、FWとして出てんのはオレ。DFとして出てんのは士郎の方だぜ」

「吹雪 アツヤ——それがお前の名前なのか。お前はアツヤって呼ぶ。士郎くんの方は、これからも吹雪くんと呼ばせてもらうよ」

「好きにしろよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.81 )
日時: 2014/03/25 13:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: U9CqFAX7)  

そうアツヤが言ったのを最後に、しばらく二人の間に沈黙が下りた。牽制(けんせい)しあうように睨みあい、そのまま固まっている。風が起こす葉擦れの音だけが、静寂の空間を切り裂いていく。

「……そっち行ってもいいか?」

 不意にアツヤが口を開き、蓮は顔の警戒の色を消さないまま頷いた。アツヤは蓮から視線を外すと、キャラバンの裏手に回る。鉄が叩かれる高い音がし、アツヤがキャラバンの屋場に上がってきた。蓮は占領していた中央部分から少しそれ、アツヤが座れるようにする。アツヤは無言で蓮の横に腰をおろした。

「様子を見る限り、主人格は吹雪くんのほうだね」

 沈黙が嫌で蓮はアツヤに話しかけた。アツヤは蓮の方を向くと、当たり前だろと言わんばかりの顔をする。

「白鳥の言う通り、士郎の方だ」
「じゃあさお前、何でわざわざ出て来たんだ」

 蓮は語勢を強めてアツヤに聞いた。するとアツヤは薄ら笑いを口元に浮かべ、

「白鳥と一回話してみたかったんだよ」

 急にアツヤが膝立ちになった。すっと人差し指を蓮のあごに当て、蓮の顔を無理やり上げさせる。とたんアツヤは蓮の瞳を覗き込もうとするかのように、顔を思い切り近づけた。二人の顔の距離は数十センチほどしかない。
 アツヤは蓮の目をじっと見つめる。蓮は恐怖のあまり目を見開いたまま、動かない。

「……黒い瞳か。随分便利なもの持ってんじゃねぇか」
「な、なんのことだよ」

 アツヤの冷たい眼光を真正面に受けながら、蓮は声を震わせて言った。
 そらせない。何故だか目をそらせない。そらすことを許さない威圧感がそこにはある。アツヤの視線が、自分の奥へ奥へと進んでくる。まるで心の内を探られているかのようだ。圧迫感が心の奥を無理やり引きずり出そうとしている。心臓が早鐘をうつように激しく脈打つ。早く終わってくれと心の中で祈る。それしかできない。
 
「黒ってのは便利な色だよなぁ? 混ぜればほとんどの色は黒に染まって行く。混ぜれば混ぜるほど、黒味は増して——やがては漆黒に染まる」

 ずぶずぶとアツヤの視線が、ますます心に突き刺さってくる。これがナイフなら血が出ているくらいに。
 アツヤは確実に自分の心を見透かしている——蓮はそのことを言葉の端端から感じ取っていた。

「お前、その瞳の奥で幾重(いくえ)黒を重ねてんだよ?」
「え」

 蓮は思いがけないことを聞かれ、一瞬目線を下げた。しかしアツヤは人差し指の力を強くし、容赦なく視線を合わせさせる。だが心を引きずりだそうとする嫌な感覚はなくなっていた。

「僕が、何か隠しているって言いたいのか」

 嫌々ながら答えると、アツヤは目を丸くした。

「ほう。馬鹿じゃねぇ様だな。オレが言いたいのは、その漆黒の奥に何を隠しているかってこと」

 蓮は目を瞬く。

「隠す? ひょっとして僕がチームのお荷物だとくよくよ悩んでいたことか? それならもう大丈夫だ。染岡くんに殴られて、円堂くんに励まされて……なんかふっきれた。みんな、僕のことを拒んだりしない。邪険に扱ったりしない。それどころか仲間として認めてくれている。だからこそ、僕は最後までエイリア学園と戦うつもりだ」

 力強く蓮が話すと、アツヤは首を横に振った。

「そっちじゃねぇよ」

「え? 違うのか?」

「一言で言うぜ。白鳥、お前——一部記憶喪失になってるだろ?」

 そこでアツヤが蓮のあごから人差し指を離した。

 解放された喜びよりも、蓮は記憶喪失だと言うことをアツヤに言い当てられた驚きが増しアツヤの方に、身を乗り出した。

 

「な、なんで僕が小学校3年生の頃より前の記憶がないこと知っているの?」

 興奮しているせいか早口になり、声が上ずった。

 アツヤは冷静に蓮をまっすぐ見据えて、

「瞳(め)でわかる。お前は、自分で自分の記憶を封じ込めてんだよ。意識的にじゃない。無意識に……な。士郎とある意味で同じだ」

「え? 吹雪くんと?」

 吹雪の名が出て蓮はきょとんとした。アツヤは腕を組み、なおも淡々と語りつづける。

「士郎は白鳥と逆だ。意識的に、自分の記憶を抑えつけようとしている。だけどな、無理して自分を抑えつけてんのはお前も士郎も同じだ。オレはな、お前の”月”になるつもりだ」

「つ、き……?」

 蓮が不思議そうに首をかしげると、アツヤは天を見上げる。蓮も上に視線をやると、ちかちかと輝く星の中でも、少しだけ優しい光の満月があった。アツヤはあんなに優しくない。

「お前の光はナイフだ。鈍く不気味に輝き、僕から全てを剥ぐ(はぐ)つもりなんだろ」

 蓮がアツヤに視線を戻しながら素っ気なく(そっけなく)言った。

 

「どうだろうな。お前の瞳は、例えるなら夜を移す水面(みなも)……オレはその真っ暗闇を照らしたいだけだ。お前が本当に嫌いなら、ここまでしねぇよ」

 アツヤが自虐的な笑みを浮かべ、蓮はそっぽを向いた。

 恐怖感こそ消えたが、アツヤには不信感を抱かざるを得ない。何を考えているのかわからないその不敵な顔に、蓮は憮然(ぶぜん)とした表情を一人浮かべた。

「じゃあ、オレはそろそろ帰るぜ」

「は?」

 一瞬理解に苦しみ、蓮は驚きの声を口から零してアツヤを見なおす。アツヤは左手で白いマフラーを触ろうとしている姿勢のまま、蓮を見ていた。

「言っておくが”アツヤ”のことは、士郎にも雷門イレブンにも話しても無駄だ。白い目で見られたくなかったら、黙っていることだな」

「ちょ……どういうことだよ!」

 蓮が吠えた瞬間、アツヤは目を閉じて白いマフラーに触れる。冷たい風が吹き付け、蓮の前髪と吹雪の白いマフラーを揺らした。

 アツヤが見る見るうちに戻って行く。上から押さえつけたかのように髪は下向きになり、色も元の濃さを取り戻した。やがて目をあけると、そこに濃い緑の瞳があった。——吹雪 士郎であった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.82 )
日時: 2014/03/25 17:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: a7WresCQ)  

主人格——吹雪は、何が起きたのかわからないといったようにせわしく首を動かし、辺りの様子を見渡していた。蓮も急に”アツヤ”が”士郎”に戻ったことに驚きを隠せず、口をあんぐりと明けて吹雪を見つめることしかできなかった。
 風が生み出す葉擦れの音が蓮と吹雪の間を駆け抜けて行った。身が震えるような冷たい風で蓮は一気に現実に引き戻される。きょろきょろとする吹雪を見つけ、蓮はおそるおそる吹雪に声をかけた。

「ふ、吹雪くん? 吹雪 士郎くんだよね?」

 すると、吹雪は蓮の存在に気づいたらしくはっとした顔で振り返った。濃い緑の瞳には不思議がる色が宿っていたが、すぐに吹雪は何事もなかったかのように温和な笑みを浮かべる。

「そうだよ。何かのギャグかな? 白鳥くんは面白い人だね」

 聞こえた声は澄んでいてよく通る、いつもの吹雪の声だった。さっきまでの”アツヤ”の声は、どすがきいたような低く恐ろしい声だったから、まるで別人のようだ。

(……さっきのこと覚えてないのか。やっぱり吹雪くんは二重人格なんだ)

 心の中で呟き、改めて吹雪をまじまじとみた瞬間——鼻が急にむずむずしはじめ、蓮はそのまま両手で口を覆い、くしゃみをした。同時に身体が小刻みに震え始める。今更ながら、手足の感覚が麻痺していることに気付いた。同時に寒いことに気づいた。
 長居をするつもりはなかったのだが、アツヤのせいですっかり身体が冷え切ってしまったらしい。さっきまで寒いことも気付かないほど、アツヤと対峙することに集中していたせいだろう、と蓮は考えた。そうかもしれないがアツヤにも責任はあるので、内心でアツヤに悪態をつき、鼻をすすった。吹雪が苦笑した。

「そろそろ寒くなってきたね。白鳥くん、長いこと北海道の夜の風に当たっちゃだめだよ。風邪をひいちゃうよ」

 吹雪に諭され、蓮は困ったように笑った。

「北海道をなめてたかな〜じゃ、中に戻ろうか」

 梯子を降りると、蓮は吹雪と共にキャラバンの中に戻った。少し肌寒いとはいえ、やはり車の中の方がだいぶ暖かい。蓮の体の震えが止まる。
 円堂たちは眠りに落ちているらしく、静かな寝息があちこちから漏れていた。が、壁山だけは大きないびきをかいていて、隣に眠る栗松が少し寝苦しそうな顔をしている。その光景を見た二人は思わず微笑みあう。

「吹雪くん! また壁山くんいびきかいてる」
「あははは。本当だね」

 チームメイトを起こさないよう、二人は小声で囁いた。だがすぐに吹雪の口から小さな欠伸が漏れた。吹雪の目がまどろみはじめ、今にも閉じてしまいそうだ。蓮は一番前の席にそっと入ると、

「吹雪くん、おやすみ」

 小声で言った。吹雪もまた欠伸を噛み殺しながら、

「おやすみ、白鳥くん」

 眠そうな声で答えると、自分の席に座った。

 様子が気になった蓮はそっと吹雪の席に近づいてみる。吹雪は、染岡に寄り掛かり、両の手を膝の上できちんと組んで寝ている。寄り掛かられた染岡は、明らかに顔をしかめて眠っていた。

 染岡を不憫(ふびん)に思った蓮は、吹雪の身体を横に引っ張って染岡から少し離すと、そのまま座席にもたれかからせた。吹雪は起きるどころか、能天気に穏やかな寝息を立てている。そのリスなんかの小動物を思わせる可愛い寝顔に、蓮はアツヤを思い出した。

(アツヤって誰なんだ——それに僕が、自分で自分の記憶を封じてるってどういう意味なんだよ)

「……アツヤ」

 蓮は独りごつ。しかし、吹雪は眠りに落ちているだけだった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.83 )
日時: 2014/03/25 23:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: xwXeKUvt)  

蓮がバスの中で夢の世界に入り始めていた頃、新幹線は東京を出発し、博多へと進んでいた。深夜であるし、時期が時期なので車内はガラガラ。ところどころぽつぽつと座る人々も大人の風貌の人間が多い中——明らかに周りから浮いた人間が二人、隣同士に座っていた。一人はまた私服姿の涼野であったが、横には見慣れない少年がいた。
 年のころは涼野と同じくらいだろう。炎を思わせる横に跳ねた真っ赤な髪。頭の上では何やらチューリップのような形になっている。少しきつめな金色の瞳は自信に満ち溢れたような光を宿し、鋭い観光を宿している。服は両袖部分は白く地の部分は黒いジャンパーの様な上着に、緑がかかった黄色の短パン、藍色のスニーカーを履いている。今は足組みをし、頭の後ろで手を組みながら、不機嫌そうに涼野を見ている。

「涼野 風介、おまえ長い間どこに行ってたんだよ」

 窓に頬杖(ほおづえ)をついて外の景色をボーっと眺めていた涼野は、めんどくさそうに横にめをやった。めをやっただけであった。何事もなかったかのように、再び視線を窓の外に向ける。外は真っ暗で、時折見える街灯の光を除いては何も見えない。

「雷門イレブンを追っていただけだ、南雲 晴矢(なぐも はるや)」

 涼野はめんどくさそうに答えた。横に座る『南雲 晴矢』と呼ばれた人間は露骨に嫌そうな顔を作る。

「それだけのためには、ずいぶんとなげー外出だったよなぁ?」
「キミには関係のないことだ」

 ガラス越しに涼野が嘲笑う表情が見え、南雲の顔はますます強張った。涼野はまだ嘲笑うような表情を浮かべながら、南雲の方に身体を向けた。

「キミこそ、何故私の後をついてくるのだ」

 南雲は苛立ったのか舌打ちをすると、
 
「風介、てめーがオレを京都行きに誘ったから、し・か・た・な・く! 着いてきてやったんだ」

 ”仕方なく”の節々に力を込め、南雲は吐き捨てるような勢いで涼野に噛みついた。金色の瞳でぎっと涼野を睨む。猛獣が見つめるような恐ろしい視線だが、涼野はまったく物怖じしない。鼻で笑うと、冷笑を浮かべた。

「”仕方なく”? 冗談も休み休み言うことだね。キミも私も考えることは同じだろう。京都に行けば、確実に蓮に会える。彼に会いたいからこそ、私に着いてきたのだろう」

 正鵠を射る(せいこくをいる)ことを涼野にずばり指摘され、南雲はばつが悪そうに俯いた。そして悲しげに蓮の名を呟いた。

「……蓮」
「彼とは5年ぶりの邂逅(かいこう)だったが」

 涼野は口元にほほ笑みをつくると、再度窓の外を見やった。また南雲に背を向けた。

「印象はずいぶんと変わった。あれほど私とキミの背に隠れて泣いていた蓮はずいぶんと強くなったぞ。いや、今も泣いていたらおかしいな」

 自分に言い聞かせるかのように涼野は、南雲に語りかけ、自嘲めいた笑みを浮かべた。南雲は顔を上げ、席わきの窓ガラスが映す涼野の表情を黙って睨んでいる。と、急に涼野が少し顔を下げ、しゅんとなった。傍から見てもわかるほど寂しげな面持ち。南雲は目を瞬く。

「だが。あの……愛嬌(あいきょう)のある笑みは、昔と変わらないね」

 何か思うところがあるのだろう、涼野はそれっきり口をつぐんでしまう。憂いに満ちた瞳がガラスを通じて南雲の瞳に飛び込んでくる。正確には涼野は視線をげていて、南雲を見てはいなかったが、嫌でも窓ガラスを見ていれば涼野の瞳は見えてくる。

 南雲もまた口を閉ざしていた。退屈そうに席前の網に手を突っ込んでペットボトルを取り出すと、ごくごくと飲んだ。列車が線路を走る音だけが定期的に聞こえてくる。

「あいつ。なんでオレ達の前から姿を消した」

 ややあって南雲が恨みがましく口を開いた。ペットボトルにふたをし、乱暴に網の中につっこむ。涼野が振り向く。

「また蓮が私たちを裏切ったと言うのか」

 非難するような口調で涼野が尋ね、南雲は目を細め、苛立ち混じりの口調で答えた。

「いなくなるタイミングがよすぎるんだよ。お前が作り話してなきゃ、確かになんかあったのかもしんねーけどよ。……オレは自分の耳で蓮の言葉を聞かない限り、あいつを完全に信じることはできない。それにあいつは雷門イレブンなんだろ?」

「ああ」

「話は変わるが、風介こそ正体がばれたらどうする気なんだよ」

 涼野は考え込むように視線を数秒宙に彷徨わせ、南雲をしっかりと見据える。青緑の瞳に強い意志の様な光が宿っていた。

「そのことなら何度も考えた」

 瞳に宿る光同様、迷いのない声で涼野は続ける。

「正体が判明していまえば私と蓮は今のままではいられないだろう……だが」

 ためらうように涼野は一度言葉を切った。顔に戸惑いの色が出ている。

「だが?」

 南雲がせっつき、涼野は迷いを払った顔で南雲をまっすぐ見つめる。

 

「だがこのまま敵同士でいれば蓮とは必ず会える。それだけで私は幸せなのだ」

「…………」

「5年前のように行方知れずになることもなく、ずっと蓮と会い続けることが出来る。それがどれほど幸福なことかわかるか?」

「わかんねーよ」

 南雲は呆れたように返事をした。涼野がふっと笑う。

「なら、たとえ話をしようではないか。たまたまスーパーで何でもよい、私がある菓子を買うことをためらったとする。欲しい私は翌日再度買いに行く。すると、そのある菓子はスーパーの棚から既になくなっていた、つまりは入荷しなくなっていて、二度と買えなかった——そんな経験は一度や二度、キミにもあるはずだろう」

「……まーな」

「この話と同じだ。菓子を買わない……ためらっていては、私は菓子を二度と買うことが出来ない——つまりは蓮と二度と会うことが出来なくなってしまうと思うのだ。彼がどこに住んでいるかなど私は知らないし、この戦いが終わったら蓮がどこへ行くのかわからない。敵だからと躊躇(ちゅうちょ)していては、彼は名字の通り、渡り鳥のごとく、どこか遠くの地へ——行ってしまう。そんな気がするのだ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.84 )
日時: 2014/03/26 14:45
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: AzXYRK4N)  


「バカじゃねーの」

 南雲は呆れたように言うと、だらしなく座席にもたれかかった。考え込むように数秒程視線を宙に彷徨わせてから、目だけを涼野に向ける。涼野は思いつめたような表情で過ぎていく窓の景色を追っていた。声をかけたが返事はなかった。ぼうっとただただ景色を見つめているのだ。
 真っ暗で、せいぜい山の稜線(りょうせん)がかろうじてわかる程度の景色を見て何が楽しいのか南雲には全くわからない。聞いていないだろうと思いつつも、南雲は背を向ける涼野に語りかける。

「蓮は”今”のオレたちにとっちゃ敵だ。敵に情けなんてかけてたら、ジェネシスの座をグランから奪い取れなくなるぞ」

 叱るような口調で南雲が言うと、涼野は僅かに顔を南雲の方へ向けた。悲しげな青緑の瞳で南雲を睨みつけてくる。悲しげな色がいつもの涼野らしい嘲笑のそれへと変わって行く。

「なら晴矢、今すぐプロミネンスを率いて雷門を潰してくるといい。果たしてキミに蓮を倒すことが出来るかな?」

 ふふと涼野が不敵な笑みを浮かべながら尋ねると、南雲はバネではじかれたように立ち上がった。焦りと戸惑いが混ぜったような表情になっている。

「れ、蓮がいようと! オレは……オレは……」

 言葉は尻すぼまりになり、南雲はとうとう口ごもってしまった。涼野はまた窓の向こうを見ていた。だがガラス越しに、やっぱりそうだと言わんばかりの得意げな笑みを浮かべているのが目に入り、

「くっそ!」

 何故だか馬鹿にされたような感覚を覚え腹立たしくなった。南雲は、乱暴にも前の座席を蹴りつけた。幸い前には誰も座っていなかったので、靴越しに空しく座席が揺れる振動が伝わってくるだけである。南雲は空虚感を覚え、独りでにため息を漏らした。

「……人の絆と言うものは」

 不意に涼野が口を開き、南雲は涼野に視線をやる。相変わらず自分に背を向けているが、南雲は黙って言葉の続きを待った。
 涼野はちらっと流し目に南雲見ると、ガラスに手を当てながら目を伏せた。

「実にやっかいなものだ。時にこうして我々の手枷(てかせ)、足枷(あしかせ)となるからな」

 蓮の存在がどれだけ涼野にとって大きいかが、言外に匂わす。どうして蓮にここまでこだわるのかわからない。確かに昔はとても仲の良い友人だった。幼い頃に共に遊んだ遠い記憶は南雲も鮮明に思い出せる。
 
 例えばある日住宅街で蓮と三人で走っていたら、蓮だけがずっこけて。男のくせに泣いて。仕方がないから自分と風介が立ち止まってかえるぞ、と言って手を伸ばすと、笑みを見せてくれる。見るものを和ませる不思議な笑み。そしてはるやー! ふうすけー! と自分の名前を呼びながら、嘘のように元気になった。立ちあがってこちらに駆けて来た。

 でも今は違うのだ。どんなに名前を呼んでも、蓮は来ない。いや、名前を呼ぶことすら本来なら許されないのだから。

 言うか言うまいか悩んだが、南雲は覚悟を決めて、

「風介、だったら今のうちにその”絆”を立ち切っちまえばどうだ? どうせいつかは正体ばれるんだ。早いうちの方がお前のためになるだろ?」

 多分涼野は激怒するだろう、と南雲は思っていた。自分が蓮が裏切ったと口にするたび不愉快そうな顔をするから、きっとそうだろうと考えていた。しかし、思った以上に涼野は冷静だった。

 ガラスから手を離し、伏せていた目を上げると、振り向いて南雲を見、静かに首を振る。

「断わるね。確かに、いつかは蓮に私の正体を知られる日が来るだろう。しかし、だ。私は彼とこうして仲良くすることを覚えてしまった。蓮は、”ジェネシス”の称号よりも遥かに価値のあるものだ。関係が崩れる日までせいぜい楽しませてもらうよ」

 涼野は力強く言い切った。語勢から、誰に何と言われようとも自分は蓮と付き合うことを止めないと言う意志の強さがしっかり伝わってくる。南雲はわかっていたとはいえ、言葉が出てこなかった。

 言葉事態は喉元まで迫上がってきているが、呆れの方が先行してなかなか口に出すことが出来なかったのだ。数秒無言の時間を要し、電車が線路を走る音だけがまた二人の間を通り抜けていく。

 ややあって、南雲は幽霊でも見たかのような面持ちでようやく言葉を発した。

「風介、一応聞いてやるが頭は大丈夫か?」

 呆れを通り越した戸惑いの声で南雲が尋ねると、涼野はふっと柔らかい笑みを見せた。

「私はいつもと変わらないつもりだ」

「……ビョーキだな、お前」

 南雲はうんざりしながら呟いた。

「ああ。私はビョーキだよ」

 涼野は自虐気味に呟いた。

 二人の間に静寂が戻り、南雲が欠伸をした。ぶっきらぼうにオレはもう寝る。おやすみと言った。涼野もそっけなくおやすみと返した。

 南雲は涼野に背を向けるように座席に寄り掛かると、身体を少し丸くし、そのまま目を閉じた。五秒後には彼の口から穏やかな寝息が洩れていた。心地よい電車の縦揺れが南雲の眠気を催したのだろう。

 穏やかな南雲の寝顔を見つめていた涼野は、顔をほころばせた。今までの悲しげなものではなく、優しく見守るような慈愛に満ちたものだった。

「……明日は早いぞ、晴矢」

 南雲の寝息が口から洩れる。答えはなかった。満足したように涼野は小さく笑い声を立てると、窓辺につっぷした。額に窓ガラスを当てると、ひんやりとした感触と電車の振動が伝わってくる。これでは眠れない。窓ガラスから少し手前につっぷすと、涼野もまた夢の世界に落ちて行った。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.85 )
日時: 2014/03/26 18:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 8w1jss8J)  

北海道を発った雷門中学校サッカー部一同は、再度南下を始めた。
 途中瞳子はSPフィクサーズに京都のどこの学校が襲撃予告を受けたのか調べるよう塔子経由で尋ねた。いくらチームに総理大臣の娘がいるとはいえ、公共の機関をただで使うのはどうかと思われるが、塔子に言わせると大丈夫だそうだ。蓮は、前の秘密の北海道旅行という弱みを握られているので口出しすることはできなかった。

 休憩しながら高速道路を南下し、イナズマキャラバンはいよいよ京都の街に入る。わずか数百年前の首都まで首都だった街。大きな路線の駅前はビルが並びかつての面影(おもかげ)は見られない。だが、一度駅前を離れると寺やTVで見るような昔ながらの街並みが広がり雷門サッカー部はおおいにはしゃいだ。壁山が土産を買いたいと叫んで、みなの失笑を買っていた。
北海道に比べると温度は心地よいもので、外でサッカー練習などもやりそうである。

 イナズマキャラバンは京都駅から一時間ほど走った、郊外のような場所で止まった。街から少し離れた、畑と田んぼが織りなす緑が永遠と広がる殺風景な場所だ。瞳子に言われるがままイナズマキャラバンを降り、10分程歩くとこじんまりとした丘が見えてくる。丘にはなぜか竹林があった。空に向かいまっすぐのびる竹の長さは数メートル程。まめに手入れされているのか長さは均一だった。
建物の一部と思わしき赤い壁面と石造りの屋根が竹林の間から顔をのぞかせている。。

「あれが漫遊寺中学校? なんだか中国のショウリンなんとかに出てきそう」

 蓮が竹林の間に見える建物らしきものを指さしながら言った。すると先頭を歩く瞳子が後ろを振り返り、

「ええ。SPフィクサーズからの情報によるとあそこで間違いないそうよ。漫遊寺は、“裏の優勝校”とも呼ばれる実力があるそうだから、それで狙われたのかもしれないわね」

 その話を聞いていた鬼道が腕を組む。

「聞いたことがある。表のフットボールフロンティア優勝校が帝国学園(ていこくがくえん)だとすると、裏の優勝校は漫遊寺中学校だと」

 思いもかけない話に雷門サッカー部は素直に感嘆の声を漏らす。世の中はまだまだ知らない未知のことだらけだ、と蓮は考えていた。
 
 それから漫遊寺中学校の内容をとりとめもなく話していると、あっという間に丘のふもとについた。
 竹林が日の光を遮り、辺りは薄暗い。そして少し肌寒い。竹林の足元には緑の藻(も)が多く張り付いていて、京都と言う土地柄のせいかどこか歴史を感じさせる。
 そんな竹林の間が、ある縦のラインだけ不自然になくなっていた。漫遊寺中学校へと続く石段があるからだ。横幅は大人四人は楽々通れそうなほど余裕はあるが、段数はかなり多い。ゴール地点の段は灰色の点のように見える。
 あまりの長さに雷門サッカー部は絶句しながら、一段目へと近づく。光が差さないせいだろう。灰色の石のあちこちにコケが生えている。

「んじゃあ行くぞ!」

 円堂が張り切りながら拳を天に突き上げ、意気揚々と階段をのぼりはじめた。

「おー」

 他の部員たちはやる気がなそうな声を出しながら、弱々しく拳を上げた。

 調子よく階段を進んでいく円堂と対照的に、いかにもだるそうな感じでゆっくりと階段を上り始める。手すりと言うものはないので、自分の力で上るしかないのだ。

 円堂はわくわくしているのだろうか。階段を一段や二段飛ばしながらどんどん進んでいく。

「白鳥! 早く来いよ!」

「ま、待てよ! 円堂くん!」

 初めから円堂の横にいた蓮は不幸にも、円堂と同じペースで進まなければならなくなっていた。慌てて階段を一段、二段とまたぎながらぐいぐい上って行く。

「ほら、もうついただろ?」

 円堂に追いつくことだけで必死だった蓮は、大した疲れも感じないうちに学校前についた。

 漫遊中は本当に中国にありそうな学校だ。校門は日本にある寺の入り口のようだ。違うのは寺は屋根部分などは黒などが多いが、こちらは赤いと言うこと。校門の向こうはグラウンドらしく、サッカーゴールとプレイしている選手の姿が視界に飛び込んでくる。

 蓮がぼーっと漫遊寺中学校を見ていると、円堂は一人校門の中に駆けこんでいった。蓮は我に返り、円堂の後に続いて、

「どわあっ」

「わっ」

 二人分の悲鳴が上がった。砂煙が派手に上がる。グラウンドで練習する選手たちは誰も見向きもしなかった。

 煙が止むと、深さ二mほどの穴の底に円堂と蓮が倒れているのが見えた。円堂がうつ伏せで穴の底に倒れ、その背中に蓮がやはりうつ伏せで乗っかっている。二人とも苦しそうに呻いていた。

 円堂は落ちる時に、とっさに蓮のジャージの袖を引っ張ってしまった。そのせいで蓮はまき沿いをくらって、共に落ちてしまったのだ。

「なんで落とし穴があるんだよ」

 蓮は円堂の背中から起き上がりながら、憎々しげに上を見上げる。すると上からこちらを見ている一人の少年と目があった。

 ベージュの道着をまとっているから、この学校の生徒なのだろう。悪魔の角を思わせるように、左右で二対ずつ跳ねている藍色の髪。小さな顔からすると結構大きめな山吹色の瞳。見上げているので何とも言えないが、かなり小柄な体格のように思える。

 初めこそ不思議がるようにこちらを見下ろしていたが、蓮と視線がぶつかった瞬間、口元が歪んだ。嘲笑するような顔つきになり、馬鹿にするような視線を投げかけて来た。

「うっしっし〜ひっかかったなぁ」

 少年は拳を口元に当て、実に楽しそうに笑った。蓮は目つきを細め、上にいる少年に尋ねる。

「この落とし穴作ったのキミだね?」

「そうだよ。オレが作ったんだ。うっしっし」

 少年は明らかに蓮を小馬鹿にする態度で答え、愉快そうにニヤリと笑った。蓮は呆れたようにため息をつくと、腕を組んで少年を睨みつける。

「ずいぶんとひどいじゃないか」

 睨みつけられた少年はわずかにびくついたが、べ〜と舌を出して見せる。

「ひっかかるほうが悪いんだよ」

 

 さすがにイライラが募ってきた蓮は、目つきを鋭くした。怖い、と言うか迫力のあるもので、少年は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。顔から一気に血の気がうせ、青ざめていく。逃げ出そうとそろそろと穴から離れようとする。逃げられる前に叱り飛ばそうと、蓮は大きく息を吸い、怒鳴ろうと思った瞬間、

「こら! 木暮(こぐれ)!」

 耳の鼓膜が破れるかと思うくらい大きな怒鳴り声が聞こえた。蓮は怒鳴るのを止め、反射的に耳を両手で塞いだ。同時に少年が青ざめた顔のままどこか遠くへ走って行くのが目に入ってきていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.86 )
日時: 2014/03/26 20:08
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  


 木暮が見えなくなると、代わりに縦に細長い楕円形の顔を持ち、オレンジのバンダナを頭に巻いた人間が焦った顔つきで、穴の中を覗き込んできた。見えている衣装は木暮と同じもので、漫遊寺の生徒らしい。その少年に続いて、雷門サッカー部のメンバーも心配そうに穴の中を見てくる。

「お、お二人とも大丈夫ですか!?」

 少年が呼びかけてきて、蓮と円堂は安全だと言うことを示すために手を振って答えた。


 雷門サッカー部のメンバーが総出で蓮と円堂を穴の底から引っ張り上げ、穴の底から救出された二人はジャージに着いた砂埃を手で払っていた。払っても後は消えるわけではないので、青と黄色のジャージにはところどころ茶色い斑点がこびりついてしまっている。蓮は円堂の上に落ちたので、痛みはない。しかし蓮の下敷きとなった円堂は背中が痛むらしく、しきりにさすっている。埃(ほこり)を擦ったせいで喉はからからに乾き、いがらっぽい。二人とも長い間咳き込んでいた。

「ぷはぁ……喉がカラカラだ」

 円堂の声は少し擦れていた。蓮も喉がかゆいような感覚が残っていて、時折喉を指でさすっている。

「ひどいめにあったね、円堂くん」

「我がサッカー部の部員、木暮がご迷惑をおかけして。本当にみなさまには、謝っても謝り切れません」

 少年こと漫遊寺サッカー部のキャプテン——垣田(かきた)は、深々と頭を下げた。
 垣田のすぐ後ろのグラウンドでは、木暮が一人でグラウンド整備をやらされている。今は雑巾でゴールのポストを拭いていた。クロスバーの上に乗っかり、嫌そうな顔で黙々と拭き掃除を続けている。

「あの子は、いつもあんな感じなんですか?」

 木暮を軽く一瞥した春奈が、垣田に尋ねる。すると垣田は顔を上げ、呆れたようにため息をついた。

「はい。木暮はあんな風に毎日いたずらばかりですよ……周りをすべて敵だと思い込んでいまして、あやつからすると復讐のつもりなのでしょう。ですから、サッカーをやらせるよりも、精神を一から鍛えるべきだと思い、あのように修行をさせているのですが」

 垣田は振り向き、背後で掃除をしているはずの木暮の姿を探した。しかしいつの間にか木暮の姿はなくなっている。クロスバーの上に雑巾だけがかかっていて、当の本人がお寺の様な漫遊寺校舎の中へと走り込んで行く後ろ姿があった。
 垣田が再度大きな声で怒り、雷門サッカー部は一斉に両手で耳を塞ぐ。木暮はわざとらしく立ち止まると、ニヤリと性根が悪い笑みを作りながら振り返る。そして、何事もなかったかのように、校舎の中へと駆けこんでいった。顔をしかめ頭を抱えた垣田が、

「……徒(いたずら)に終わってしまいます」

「もう! どうして人にいたずらばかりするのかしら」

 苛立った様子を見せる春奈に蓮がなだめるように声をかける。

「木暮くんって、寂しがり屋なのかも」

「寂しがりにしてはやりすぎだわ」

「でも、どうしてそんな性格になったのかしら」

 何気なく秋が呟き、垣田の顔が少し暗くなった。話すのを逡巡(しゅんじゅん)しているのか、視線が宙をさまよっている。やがて覚悟を決めたように雷門サッカー部をぐるりと見渡し、キャプテンである円堂をしっかりと見据える。

「それは恐らく木暮の過去のせいだと思います」

「過去?」

 続きをためらうように垣田は視線を少し下げ、

「……あやつは幼い頃、母親に捨てられたのです」

 重い口調で口を開いた。

「……捨てられた」

 春奈と鬼道がわずかに眉根を寄せる。蓮が無表情で氷のように冷たい声で言ったが、誰も気にしなかった。垣田は憐れむような悲しげな表情で話を続ける。

「母親と一緒に出かけていたところ、駅に置き去りにされたようでして……それ以来、人を信じることが出来なくなり、あんなひねくれた性格になってしまったのです」

「……バカ」

 蓮が低い声で呟いたが、誰も気にしなかった。

「立ち話は何ですから、中にご案内しましょう。どうぞこちらへ」

 垣田の先導で、重苦しい空気の雷門サッカー部はゆっくりと校舎の中へと歩みを進めていく。その時、蓮は春奈がひとりでみんなとは逆方向——先ほど木暮が姿を消した方向に進んでいくのが目にとまった。

「あれ、春奈さんどこに行くんだろ」

 蓮はそっと気付かれないように列から抜けると、春奈の後を尾行し始めた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.87 )
日時: 2014/03/26 22:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: a1/fn14p)  

 春奈の後をつけていた蓮だが、途中で春奈に気づかれたらしく、上手いこと逃げられてしまった。かと言って、雷門の仲間の元に戻ろうとしたが、どの場所に案内されたのか全くわからない。蓮は一人でグラウンドをとぼとぼと歩き、石造りの屋根をぼんやりと眺めていると、

「木暮くん! わたしの話を聞いて!」

 春奈の悲鳴のような抗議する声が聞こえ、続けて木暮が怒鳴り返す声が聞こえた。そのままひと悶着が起きているのか、春奈と木暮が互いに罵り合う声がする。声は、塀の裏側、つまり校舎の外から聞こえる。蓮は校門を潜り抜けると、すぐに塀よりの竹林の中に、春奈と木暮を発見した。春奈が蓮に背を向ける形で立ち、その向かいに腕を組んで嫌そうな顔で春奈を見つめる木暮の姿。

「さっきから、おまえはうるさいんだよ! おまえは親に置き去りにされたのか?」

 木暮がむっとしながら春奈に尋ね、春奈は首を振り、必死に木暮に語りかける。蓮は、ゆっくりと春奈と木暮に歩み寄る。

「違うわ。でも、わたしの親も飛行機事故で死んだのよ。木暮くんと同じで、親はいないの、だから……」

 それ以上、春奈は言葉が出ないのか口を閉じてしまった。
木暮は春奈の言葉尻を捕らえ、反論してきた。

「事故? それなら、違うじゃんか!」

 言葉が続かず、答えに窮する春奈の横に蓮がやってきた。何か言いたげな表情で、黒い瞳をだまって木暮に向ける。木暮は警戒するように目を細め、蓮を睨みつけた。しかし、蓮は何もせず何も語らず木暮を見つめ続ける。風が吹き、蓮の黒い前髪と春奈の青いボブカットが静かに揺れる。そうやって、二人は長いこと木暮と対峙していた。

「……白鳥先輩?」

 蓮の考えが読み取れない春奈は、蓮の顔を覗き込みながら尋ねるように声をかけた。いつもなら怒ったり笑ったりと、表情を映すはずの黒い瞳。今日は何も訴えかけては来ない。どうやら蓮自身が感情を押し殺しているようだ。まるで感情を木暮に悟られたくないかのように。

「おまえも何のようだよ!」

 しびれを切らした木暮が声を荒げて尋ね、蓮は静かに問う。

「聞いたよ。キミ、親に置き去りにされたんだって?」
「それがなんだよ」
「キミは馬鹿だ。どうして親への恨みの八つ当たりを周りの人にするんだ」

 蓮が木暮をあざ笑うように言って、木暮は反論できずに俯き、春奈は目を見開いた。どかどかと春奈は蓮に近づき、胸倉を掴みそうな勢いで蓮に食って掛かる。

「先輩! そういう言い方はないですよ!」

 怒りで鼻息を荒くする春奈と対照的に蓮は平静だった。春奈に怒鳴られても顔色一つ変えず、ただ怒鳴られるがままになっている。それから、春奈は木暮の境遇がどんなに不憫であるか述べ、それから蓮の無神経さをひたすらなじった。蓮は無表情のまま、口をつぐんでいた。ただ、先輩はお父さんとお母さんが死んでいないから、木暮くんの気持ちがわからないんですよ! と、春奈が勢いのまま言ったとき、蓮の瞳がわずかに見開かれた。           そのことに気づいた春奈は、言葉を失った。今の言葉を言った直後から、明らかに蓮の表情は変っていた。無表情だった顔に動揺の色が見えている。

「おまえにオレの気持ちがわかるか」

「……わかるよ。悲しい、かな」

 木暮がポツリと呟き、蓮が悲しげに零した。

 春奈と木暮が同時に蓮を見るが、蓮は沈痛な面持ちで自分の過去を思い出すように話を続ける。

「親に置き去りにされるってさ、悲しいよね。置き去りにされたら、言いようのない孤独と不安感だけが身を支配して、泣く事しかできなかった」

「え、おまえも親に置き去りにされたのか?」

 蓮は首を振る。そして自分に言い聞かせるように言った。

「木暮くんとは違うんだ。でも置き去りにされたのは事実。遠い昔、たった一人で置き去りにされた」

 春奈は暗い表情で話し続ける蓮を見て、尋ねるか迷ったが、思い切って聞いてみることにした。

「白鳥先輩、何があったんです?」

 蓮は言いたくないかのように視線を下に向けた。話すか話すまいか迷っているのか、時折視線をちらちらと春奈に向けている。

春奈は、蓮の過去に何かあったことをここまでの態度で悟っていた。しかし、暗い過去と言うものはなかなか話したくないものだ。自分だって、つらい思い出を思い出してしまうから、話したくない気持ちはわかる。

「……へんなこと聞いてすいません。実はわたし、おとうさんとおかあさんが飛行機事故で死んでいるんです」

 蓮が話しやすいように、と春奈は自分の過去を蓮に打ち明けた。蓮は驚いたように目を見開き、話して、と目で合図して来る。春奈は、淡々と語り続ける。

「“音無”は今の引き取ってくれた両親の苗字なんです。その頃、事故で親が死んだことは頭でわかっていても、当時のわたしは、頭の中で裏切られたような気持ちになっていました。お兄ちゃんがいなかったら、木暮くんのようになっていたと思うんです」

 そこまで言うと、蓮は悲しそうな顔をした。何か言おうとしているのか、口が陸に上がった魚のようにパクパクと動いている。

「……僕は」

 そこまで言うと、蓮は言葉を切った。木暮のほうへとゆっくり歩み寄り、木暮から少し離れた場所で立ち止まる。そして、重々しい口を開く。

「僕の生みの両親は、自分で海に身を投げたんだ」

 長いため息と共にゆっくりと言葉を吐き出した。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.88 )
日時: 2014/03/26 22:56
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: f7aWX8AY)  

「え。じ、じぶんで……?」

「ま、まじかよ」

 蓮の壮絶な過去を聞いた春奈と木暮は、驚愕と戸惑いでそれ以上のことは言えなかった。木暮は黙って俯き、春奈は言葉を選ぶようにえっとを何度も繰り返している。蓮は急にこんなこと言ってごめん、と申し訳なさそうに謝った。

「話は続けない方がいいかな」

「先輩、つらいとは思いますけど、話してください」

 自虐的な笑みを浮かべ話をやめようとする蓮に、春奈は話を続けるよう懇願する。すると、蓮は覚悟を決めたような顔になり、回想するように竹林へと目を向けながら、淡々と切り出した。

「今の両親から聞いた話だから、ほとんど覚えていないんだけど」

 春奈と木暮が、話しを聞こうと身を乗り出す。

「元々僕の生みの両親は仕事運に恵まれない人で、僕を生んだときから既に生活は貧しかった。でも、しばらくはなんとか貧しいながらも生活はやっていけた。けれどある時……金融会社の一つとトラブルを起こして、両親は幼い僕を連れて、夜逃げ同然に家を飛び出した」

 記憶喪失になっても、蓮は両親が海に身を投げる当日のことはうっすらとだが覚えている。

 当日、両親はお金がないはずなのに、ファミレスに連れていってくれた。そして、好きなものを何でも食べていいと言っていたことを覚えている。元々物欲があまりない自分は困った。どうして、と尋ねると、両親は寂しげに笑いながら、自分の頭を撫でた。その、寂しげな笑みがいまだに脳裏にこびりついて離れない。大きくなって、『最後の晩餐』と言う言葉を知った。両親の一連の言葉は、幼い自分が、この世に未練を残さないために、と言う彼らなりの優しさだったと思う。この時までは、両親は自分をまき沿いにするつもりだったのだ。

「それで海に……」

 悲しげに春奈が零した。そして両手で顔を覆い、さめざめと泣き始める。

「先輩……わたし、先輩のこと何も知らずにあんなことをいってごめんなさい」

 消え入りそうな涙声で春奈が頭を下げ、蓮は彼女の肩に両手を置いて、気にしてないよとにっこりと笑いかける。

 木暮は考え込むように下を向いていたが顔を上げ、話に口を挟む。

「でも、普通そういうやつって『むりなんとか』って、小さい子供もよく巻き込まれてるだろ」

 蓮は首を振り、再度自虐的に笑った。

「ところが、僕の生みの両親は何を思ったのか……僕を近くの店に置き去りにして、二人だけで海に飛び込んだ。その時ね『すぐに帰ってくるから』って言ってたんだ。でも、母さんはさ、最後に僕を抱きしめてこう言ってたかな。『蓮、せめてあなただけは幸せになって』って。考えるとおかしいことだらけだ」

 両親の気が変わった理由は今もわからない。途中まで、母は自分を抱いたまま、父と共に崖下にある海を見つめていた。海は早くおいでとでも言うように、崖下で音を立てていた。

 両親は長いこと海を見つめていたが、急に海に背を向け、しばし歩いた。近くの土産物屋で自分を下ろした。交互に自分を抱きしめ、すぐに帰ってくるから待っているのよ、と母は言って幼い自分は、無邪気に頷いた。そして大きな背中はどんどん遠くなり——二度と帰ってくることはなかった。

 蓮は難しい顔になって恨みがましく呟いた。そして、苦痛を耐えるような顔になり、ぐっと唇をかむ。

「記憶喪失になっても、両親が自分から遠ざかっていくところまでは覚えているんだ。忘れられるのなら、その場面も忘れたかった」

 感情を抑えた声で蓮は言ったが、無意識に作った拳は震えてた。声も心なしか震えていた。その様子を、木暮は複雑な顔で眺めていた。

 今まで泣いていた春奈は、袖で涙を拭うと、控えめに蓮に話しかける。

「先輩は」

 話しかけて、後悔するようにはっとした表情になった。しかし蓮をしっかりと見据え、話を続ける。

「先輩は自分だけが生き残ったこと、どう思っているんですか?」

 春奈の声に迷いはなかった。

 蓮は静かに首を振り、複雑な顔で木暮と春奈を交互に見やる。

「わからない。あの時、親と一緒に海の藻屑(もくず)になればよかったのか、生きててよかったのか……答えはまだ見つからない。でも、生きててよかったと思いたい。だって、雷門のみんなに会えたから。だからさ、今はそう断言できる」

 初めは沈んだ声音だったものの、最後はだんだん明るい調子になった。

 生きているから、雷門サッカー部の仲間に会えた。風介に会えた。はっきりとはわからないが、仲間と会えた嬉しさに感謝しながら、蓮は自信を持って断言する。その言葉を聞いた春奈が安心したように微笑み、木暮は悲しげに目を伏せた。

「……お前はオレと違って、幸せなのか」

 木暮が羨むような嫉妬するような声で呟き、蓮はすぐに否定した。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.89 )
日時: 2014/03/27 16:09
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: MDrIaVE2)  

「そんなことないよ。木暮くんだって、キミを大切に思ってくれる人がいるだろ?」

 言って、蓮は春奈に目配せする。

 春奈は、はっとしたような顔つきになり、木暮に詰め寄る。

「ねえ、木暮くん。悔しくないの?」

「え?」

 予想外の質問をされたのか、木暮は瞬きをする。春奈は早口でまくし立てた。

「毎日毎日、やりたくもない修行をやらされるのよ! 悔しくないの!?」

「た、確かにフィールドにも立たせてもらえないし、悔しいけどな」

 春奈の勢いに気おされたのか、木暮はとりあえずと言った感じに春奈に話をあわせる。すると、春奈は満足そうに頷いて、溌剌(はつらつ)と宣言した。

「じゃあ、わたしと白鳥先輩と一緒に特訓するのよ!」

「勝手に決めるな!」

「ちょ、なんで僕まで数に入ってるの?」

「いいの、いいの! 人数は多いほうがいいでしょ?」

 何故か自分も含まれていることに驚いた蓮が、木暮と共に抗議の声を上げる。しかし、春奈はどこふく風で、先輩である蓮に敬語も使わずに軽くいなした。二人の意見を無視して勝手に話を進める。

以前、鬼道が春奈は一度言い出したら聞かない、と苦々しく呟いていたのを蓮は思い出し、心内で苦笑いをした。

「木暮くん、ポジションは?」

「し、しらねぇよ。オレ、ベンチ(控え)だからな」

 木暮の話によると、仲間にいたずらをする罰として、自分自身、試合に出せてもらえないのだという。しかし話を進めると、過去には出させてもらっていたが、自分勝手なプレーをするため、あっけなくベンチ入りとなったらしいことが分かった。

 因果応報とは彼のためにある言葉だろうな……と蓮は口に出さずに思いながらも、どこのポジションとして練習させるか悩む春奈に助言をする。

「修行で鍛えられた身軽さを見ると、DFに向いていると思うよ」

「あ、そうね。DFならいのじゃないかしら!」

 春奈は手を叩いて喜び、木暮が憤る。

「二人で勝手に決めんな!」

「まあまあ」

 蓮は木暮をなだめるように優しくにっこりと笑いかけた。周りを明るくする、笑み。それを見た木暮は少し目を見開いた。

「ね、こんなふうにキミを気にしている人はいるんだよ。春奈さんみたいな人。そのことに気づけないキミは、馬鹿だって言ったんだよ」

「あ、さっきの馬鹿ってそういう意味だったんですか」

 誤解が解けたのか春奈が神妙な顔付きで頷く。

 木暮は唇を尖らせたが、その顔に怒りや警戒の色は泣く、もうすっかり春奈や蓮と打ち解けたようすだった。

「うるせーよお前も忘れんな。ところで、一つ聞いていいか? お前はどうやって立ち直ったんだ?」

「ね、木暮くん。キミはサッカーって好きかな?」

 蓮は優しい顔で木暮に尋ねる。初めて自分から人に過去を話したが、心は自然と落ち着き始めた。

「罰としてやらされるから、微妙だな」

「僕はすごく好きだ」

 言いながら、蓮はリフティングの真似事をする。ボールがある“つもり”で、両膝を交互に動かした。その間、蓮は楽しそうに笑っていた。しばらくすると足を下ろして、足に履いた雷門のスパイクを見つめながら、感慨深げに語り始めた。

「立ち直れたのも、サッカーのおかげなんだ。生みの両親が死んでから、連れて行かれた施設で、サッカーが得意な子たちと仲良くなってさ、その二人のおかげで立ち直れたんだ。ボールを蹴るのに夢中になると、だんだん悲しみが和らいでいった。それに、その二人も、僕を明るく励ましてくれたおかげたんだ。サッカーとその二人のおかげで、両親がいなくても、前に進める勇気が生まれてきたんだ」

 サッカーとの思い出を話す蓮は、今までと違いとても嬉々とした表情で、力強く、明るい声で話してくれた。話を聞く春奈や木暮も穏やかな表情で聞いていた。

 でも、と蓮はきゅうにしおらしくなり、悲しげに目を伏せ、木暮と春奈は、心配そうに蓮を見つめた。

「ど、どうしたんだよ」

「でも、その二人の顔も記憶と共に忘れてしまった。僕を立ちなおさせてくれた命の恩人で、とても仲のよい二人だったのに。二人は、今、どこで何をしているんだろう」

 サッカーを始めたきっかけは人それぞれだ。

 蓮はボールを追いかけていると、ふっと自分がサッカーを始めるきっかけは何だったのだろう、と思うことが小学生の頃からよくあった。

 周りの子は父の影響とかテレビでと言うが、蓮の場合仲がいい友達であることは確かだった。それは覚えている。が、その彼らの顔と名前を全く思い出せない。記憶喪失になったのは小学校3年生。

 その頃には、サッカーを始めていたから、始めたのはもっと前だ。そういえば、ぶっとんでいる記憶のほとんどは、施設で過ごした頃の記憶。意識が回復した同時に別の学校に転入させられたため、友達関係に困ることはなかった。

 過ごした施設に彼らはいたのか。そういえば妙に懐かしい雰囲気がする涼野は、その仲がよかった人間の一人なのかもしれない。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.90 )
日時: 2014/03/27 16:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: w/AVokpv)  

 頬に冷たい感覚がし、涼野はぱっと目を開けた。見ると、片手にコンビニ袋を提げた南雲が、自分の頬にアイスクリームを当てているのが目に飛び込んできた。

 

 涼野と南雲は清水寺に来ていた。今いるのは、かの有名な清水の舞台。遠くには緑の山が見え、その裾野に張り付くように京都の町が広がる。

 辺りには老若男女問わず様々な人間がいるが、私服の中学生二人はその中から見るとかなり浮いているように見える。

「ああ、晴矢か」

「なにぼうっとしてんだよ。凍てつく闇はどうした? ガゼルさんよぉ」

 涼野は不機嫌そうに南雲の名を呼びながらアイスをぶんどり、嫌味を言う南雲をきっと睨みつけながら、手すりに背を預ける。南雲は、退屈そうに手すりに両肘をつき、手の上に頬を乗せている。

「蓮がおひさま園に来たのは、この位の時期だったと思っていただけだ」

 むっとしながら涼野が答えると、南雲は変らずに頬杖をつきながらも、話に乗ってきた。

「覚えてるぜ。あいつ、父さんの元に来たときはずっと泣いていたよな」

「両親は蓮を置き去りにして、海に身を投げたのだ。あの頃の蓮には、何もわからなかったのだろう」

 涼野は蓮を擁護するように言った。

 おひさま園に長いこといた涼野はさまざまな子供を見てきた。

 おひさま園は孤児を保護する目的で立てられたものだから、当然ここに来る子供たちは、何らかの理由で親を失った。事故、病気……上げればきりがないが、初めは誰も彼も慣れずに不安そうな目をしているものだ。

 もちろん泣いているものもいたが、蓮はかなり特殊だった。まず3日間ずっと泣き通し。どっからそんなに涙が出ているのだと思うくらい、父と母の名前を呼んで泣いていた。幼い涼野は、泣き虫なこの少年が何故か気になっていた。

「それから泣き止むと、ずっと木の下で塞ぎこんでたな」

 南雲が哀れむように呟き、涼野は同調する。

「ああ。魂が抜かれたような生気のない顔色で、焦点の定まらない目で、ぼんやりと地面を見ていたのは今も忘れられない」

 それから親がいないことを悟ったのか、ずっと一人で幼い蓮は外にいた。子供でもよじ登れる程の木の下で体育座りになって塞ぎこんでいた。

 肌から血の気はうせ、土色になっていたし、瞳は光を宿していなかった。生きる気力を失った、焦点が定まらないぼんやりとした瞳。誰かが声をかけても反応しない、生きる人形と化していた。

 当時の蓮は、今の明るい表情を見せる蓮からは想像がつかない程ひどく落ち込んでいたのだ。

「んで、お前は何を思ったのか、蓮が塞ぎこんでいるのを、蓮が寄りかかる木に登ってみていて……あいつの上に落ちた」

 南雲がからかうように言って、涼野は無言で俯いた。

 

 幼い涼野は蓮が気になり、蓮が落ち込んでいる様子を、太い枝に座って見下ろしていた。すぐ下では、幼い蓮がずっと地面を見ている。時々声はかけたが反応はない。何をしようとしたのか幼い涼野は、枝の上に立ち——うっかり足を滑らせて、木から落下した。

 さほど高さはなかったから、もしそのまま落ちても怪我はなかっただろう。しかし、ちょうど幼い涼野の落下点にいた幼い蓮は、哀れにも下敷きに。砂埃が軽く立った。小さく呻き、大の字でうつ伏せになった。ちなみに落下した幼い涼野は、幼い蓮の背中の上で正座をする体制で着地していた。

『だいじょうぶか?』

 幼い涼野は正座をしたまま、幼い蓮に話しかけた。幼い蓮は瞳を潤ませながら、顔だけを動かして振り向き、幼い涼野に向かって頷いた。始めてみる、人間らしい顔付き。

 幼い涼野は蓮の背から立ち上がると、幼い蓮の前に回りこみ、手を差し出した。

『わたしはふうすけ。キミは?』

『れんだよ。ぼくは、れん』

 幼い蓮は差し出された手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。

 今思うと、この出会いがすべての始まりだった。

 

「それからキミと私、蓮の3人で遊ぶようになったのだろう」

 少し話してからと言うもの、幼い蓮はしきりに幼い涼野に懐いてきた。やがて南雲も含めた三人で遊ぶようになり、よくサッカーをした。すると、幼い蓮は表情も日に日に明るくなった。笑顔が非常に愛嬌があるものだとこの頃からわかり始めたのもこの頃だったはずだ。

「んなの、昔の話じゃねぇか」

「そうだな」

 南雲が呟き、涼野は自嘲気味に笑った。

 ところで、と南雲が続ける。

「ところで、そろそろイプシロンが漫遊寺を攻める時間じゃねぇのか?」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.91 )
日時: 2014/03/27 17:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /jbXLzGv)  

南雲が何気なく呟いたのと同時刻。漫遊寺に黒い流星が近づいていた。いや、流星ではない。よく見ると、本来白い部分が黒く塗られ、黒い部分は赤く塗られたサッカーボール。かなりのスピードで落下しているために、空中で熱を帯び、黒い尾を引く姿が流星のように見えるのだ。黒い流星は狙いを違わず——漫遊寺の校舎の一角に激突した。くぐもった爆発音が辺りに響き渡り、煙がもうもうと立ち込める。グラウンドは騒然となり、漫遊寺の生徒はただ逃げることしかできなかった。

「な、なんだ?」

 その時、蓮は木暮や春奈と共に学校の裏手にある竹林の中にまだいた。何が起こったのかわからず、三人ともおろおろと不安げに辺りを見渡していたが、やがて思考が回復してきた蓮が脳内に思い浮かんだ嫌な仮説を唱える。

「まさかエイリア学園……!?」




 漫遊寺のグラウンドへとかけて行く紅葉の背中を見て、蓮と春奈は現実に戻った。
 そうだ。おそらくだが、“イプシロン”がこの漫遊寺に攻めてきたのだろう。蓮は自身のうかつさを攻めながら振り向き、春奈と木暮にグラウンドへ行くよう声を投げかける。

「木暮くん、春奈さん、行こう!」

 木暮と春奈は同時に頷き、木暮は蓮の後を大急ぎで追いかけ始めた。蓮は意外とスピードがあるらしい。姿がもう校舎の中に入っていた。木暮とは距離が広がる一方である。その姿を見ながら、春奈は脳裏に一つの疑問を覚える。

(白鳥先輩、今日はどうして倒れていないのかしら?)

 そうエイリア学園が現れると決まって倒れていた蓮が何故、倒れないのかという疑問。

「さあ、勝負だ! イプシロン!」

 漫遊寺のグラウンドでは、既に雷門中サッカー部とイプシロンが睨み合っていた。

 イプシロンは11人。控えはいないらしい。宇宙服を思わせる赤い地に黒のラインが入ったユニフォーム。見ていて痛々しくなるのは気のせいだろうか。

「おや、お仲間も到着したようだな」

 蓮と春奈、木暮が走ってくるのを見ると一際背の高い男——イプシロンのキャプテン、デザームが唇をゆがめる。

 デザームはひょろっと長い顔にかあんり吊り上った赤い目、と言う爬虫類を思わせる顔付き。ぼさぼさに乱れた髪の一部は首元で何十にも巻かれ、マフラーのようになっている。

 デザームとイプシロンが投げかける侮蔑の視線を蓮は丁寧に睨み返しながら、歩く。怖いのか木暮は、蓮の足元にぴったりとくっつきながら、おずおずとイプシロンの顔を眺めていた。蓮が円堂の真後ろに立つと、円堂は振り向き、心配そうな顔で口を開いた。

「白鳥、今日は身体の方は大丈夫なのか?」

 仲間たちも蓮を気遣うような視線を送り、蓮はみなの優しさに心が震えた。不思議なことに今日の体調は優れているから、力が出せそうだ。蓮は自信に満ちた表情で、はっきりとした声で答え、好戦的な光を目に宿してイプシロンを見やる。

「うん。これはいつもより戦いやすそうだ」

「でも無理すんなよ。つらかったら、いつでも言ってくれていいんだからな?」

「大丈夫」

 蓮が力強く断言すると、聞き覚えのある含み笑いが聞こえた。声の方を振り向くと、あざ笑うような顔をした吹雪——いや瞳がオレンジになっているからアツヤ、がいた。アツヤを発見した途端、蓮の顔が強張る。柔らかい笑みがみるみるうちに蓮らしくない、警戒心に満ち溢れたものへと変貌する。蓮の態度に雷門サッカー部に小さなどよめきが駆け抜けた。

「よお、白鳥。倒れてお荷物になるなよ」

「余計なお世話だ。おまえは攻めることだけに集中しろ」

 からかうようにアツヤが言って、蓮は口調を荒くしながらアツヤに鋭い視線を送った。吹雪(アツヤ)と蓮の間にピリピリとした空気が流れていることに、雷門サッカー部の面々は、ただただ疑問符を浮かべることしかできなかった。隣り合ったもの同士でどうしたんだ? と耳打ちをしあっても、誰も何もわからなかった。そのうち円堂が二人をなだめようと近づき、

「みんな、作戦を伝えるから集まって」

 瞳子に集合の指示を出され、アツヤは挑発するように蓮に笑いかけ、蓮はすました顔をしてアツヤに背を向けて通り過ぎた。イライラしたように大またかつ早足で歩く蓮に染岡が近づき、小声で話しかける。

「おまえ、吹雪のこと嫌いなのか?」

「FWの吹雪は嫌いだ。でもDFの吹雪は好きだ」

 蓮はアツヤを睨みながら小声で答える。

 仲間たちは”士郎”と”アツヤ”の区別がついていない。相談しても無駄だろう。

 何故か自分だけにあのような態度をとるアツヤ。瞳を覗き込んだときの恐怖感は今も忘れられない。あいつだけは理解できない。あいつだけは信じられないんだ。

 

 蓮と春奈は今までのいきさつを聞いた。

 

 イプシロンは急にグラウンドに現れ、漫遊寺サッカー部に勝負を挑んだのだと言う。

 しかし漫遊寺サッカー部は、『サッカーはあくまで修行。勝負は受けかねない』と自身らの信条で断った。だがイプシロンは『断るのなら、敗北宣言をしたのも同然だ』と学校破壊を始めた。蓮たちが一番初めに聞いたのはその音だったのだ。

 そして当然の流れで、円堂たちが漫遊寺に変わり試合を受ける羽目になった。

 

 漫遊寺の生徒は、遠巻きに校舎の影から雷門イレブンを見やっていた。その視線には応援する気持ちが込められたものと、勝てるかどうか半信半疑、と言った物が混ざっている。

 学校を破壊するような地球外生命体に一般人が勝てるか、と言う疑問を覚えても無理はないだろう。

 瞳子の指示で雷門イレブンはそれぞれのポジションに着く。蓮は瞳子の指示で、右サイドのMFの役職に置かれた。そのわけは木暮。

 春奈が必死に懇願し、晴れて木暮は雷門のDFとして試合に出られたというわけだ。雷門のユニフォームを身にまとう木暮はなにやら緊張の面持ちでいまいち頼りない。そして足が小さく震えていた。

 対するイプシロンは余裕綽々だった。前線に立つ青い髪を扇風機のようなおだんごにした少女——マキュアは振り向いて、ゴールに立つデザームに甘ったるい声で質問を投げかける。

「ねぇデザーム様。あたしたち“エネルギー”0だけど、“チャージ”なしで大丈夫かなぁ?」

「マキュア。無駄口を叩くな」

 デザームに叱られたマキュアは、はぁ〜いと間の抜けた返事をして前を向いた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.92 )
日時: 2014/03/27 22:18
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: RSw5RuTO)

お久しぶりですというかなんというか……!
どの面提げてって感じですが、桃李ですごめんなさい。

色々あってネット触れない時期が続いたんですが、なんとか落ち着きまして。久々にカキコ覗いてみたら好きだった作品がリメイクされていることに気付き、いてもたってもいられず突撃した次第です。
合作まで約束してたのに黙って消えて本当にすみませんでした。またてたなどころじゃないです。ごめんなさい。

でも、蓮くんの活躍をまた見ることができて本当に嬉しいです。
わたしもイナズマ熱が冷めない組なので、ひっそりこっそり応援させてください。

本当に申し訳なさ過ぎて、このコメは無視して頂いても構わないくらいなんですが……。
大好きな作品をまた読むことができて私は本当に嬉しいです。これからも応援しています。
お目汚し、失礼いたしました。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.93 )
日時: 2014/03/27 23:17
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: K9lkoYz9)  

>>桃李さん
お、お久しぶりです!
桃李さんのお名前があったので、嬉しさのあまり画面を思わず何回も見てしまいました。いえいえ来て下さっただけでとても嬉しいです^^まさにぶっとびジャンプで←
私も諸事情あり、一時期カキコから離れ、あちこちさ迷いましたがやはりカキコが一番落ち着きます。他サイトさんはランキングがどうも肌に合わなくて…
それに完結させたいと言う思いがあり、一番思い出のある試練をリメイクすることにしました。
時間が立っても、作品を、蓮を大好きだと言ってくださる桃李さんがいて、私も嬉しいです。
GOも終わり、円堂世代がどんどん遠ざかる中で話が合う方がめっきりいなくなってしまって。

合作の件は気にしないで下さい><桃李さんも何かしらの事情があったのだろうと思っていましたから、私自身気にしてないので。また色々お話できると嬉しいです。
私もオリキャラを預かったのに小説を挫折したりと申し訳ないですorz

本当にコメントありがとうございました!
乱文失礼しました。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.94 )
日時: 2014/03/27 23:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: K9lkoYz9)  

今の会話を鬼道は、はっきりと聞いていた。ゴーグルの奥にある切れ長の赤い瞳が細められ、『天才ゲームメイカー』と呼ばれる優れた頭脳がわずかな言葉に疑問を呈する。

(“エネルギー”だと?)

 だが考えを邪魔するように試合開始のホイッスルが鳴らされた。染岡がセンターラインに置かれたボールをタッチし、アツヤに。

 次の瞬間、アツヤはドリブルの体制に入る。そのまま持ち前のスピードでイプシロンのMF,DFを一気に抜きさった。いや抜きさる、は違うか。

 イプシロンのMF・DFはアツヤに邪魔しようと近づく素振りは見せるものの、何もしない。

 アツヤがゴール前へと進んでいくのを黙って見送っているのだ。

 

 ——確実に実力を測っている。そのことに気が付いた蓮は前に進みながら、舌をかんだ。そんな中でも時間は流れる。

 アツヤはデザームと一対一と言うまたとないチャンスを作り出していた。円堂がゴール前から大きな声で声援を送る。デザームが不適に笑い、アツヤは地面に手をつけて両足を広げる。とたん寒気がしてきた。空気が渦を巻き、風が低く唸る音が聞こえる。

「吹き荒れろ! <エターナル・ブリザード>!」

 アツヤの雄たけびと共に、冷気を纏った氷塊がデザームに襲い掛かる。氷塊が日の光を受けてきらめく中、デザームは嘲笑を浮かべた。飛んできた氷塊に向かい、すっと片手を差し出す。まるで普通のシュートを止めるかのように。

「なっ」

 小さくアツヤが驚きの声を上げる中、デザームの掌と凍りついたボールがぶつかり合う。氷のボールはデザームの掌に収まった途端、姿を一瞬で水に変えた。しゅーっとスチームに似た音が立ち、白い煙と共に水滴がデザームのスパイクを濡らした。

 

 雷門イレブンの誰もが、愕然とした。この光景を信じられなかった。

「……<エターナル・ブリザード>が片手で止められた」

 蓮が呆然と呟く中、デザームは大きく目を見開くアツヤに笑いかける。

「これが雷門最強の必殺技か。笑わせる」

「なんだと!」

「イプシロンの戦士たちよ! 反撃だ!」

 デザームは大きく振りかぶり、目の前にいたDFへとボールを出す。しかし、そのボールはDFに届くことはなかった。

「そうはさせないよ!」

 近くにいた蓮がすぐさまDFの前に立ち、すばやくボールを奪い取ったからだ。すぐさま辺りを見た渡すが、染岡にもアツヤにもイプシロンの選手が張り付いていて、パスを出せない。

 無理をするなと言われたがやるしかないようだ。倒れる覚悟を決めると、蓮は右足を後方に振り上げて、シュート体制に入る。

「久々にシュートをうってやるよ! <ホーリー・ウィング>!」

 蓮がボールを蹴った瞬間、ボールの周りに多くの発行する白い羽が現れた。白い羽はまるで自分の意思を持つかのように軸をデザームのほうへと向け、ボールと共に矢のように降り注ぐ。身体の力が一気に抜け、視界が揺らぐ。

 大した威力がないことをデザームはわかっているのか、不敵な笑みを浮かべた。

「ならばこの一撃でゲームは終了だ」

「え?」

 デザームが言い放った刹那。

 気づくと蓮は、身体を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていた。痛む身体を擦りながら上半身を起こすと、雷門サッカー部の面々が悲鳴を上げて宙に身体を持ち上げられている光景が視界に飛び込んできた。その原因は、赤いオーラを纏ったボール。

 槍か何かか。先端を尖らせ、槍のような形になったボールが地面をえぐりながら、円堂の元へと近づく。    

 

 止めたいが、この位置では間に合わない。とうとう壁山が吹っ飛び、残るは木暮一人。しかし、彼は逃げていた。ボールが進むのと同方向、つまりは円堂の元に。必死に走っているようだが、とうとうこけてしまい、赤いオーラを纏ったボールに追いつかれた。

 蓮は無意識に木暮の名を叫び——固まった。

 こけて逆立ちになった木暮が両足でボールをはさみ、その体制のままこまのように回り始めたのだ。

 吹き飛ばされることもなく、むしろボールの方が木暮の回転と共に赤い光を弱まらせていく。やがて木暮が力尽きたように、回転をやめて足から地面に倒れた。木暮の足から零れた、ただのサッカーボールが、地面に落ちて何回か跳ねて止まる。そして辺りを見渡すと、

「イプシロンが、消えた?」

 イプシロンの姿は忽然と消えていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.95 )
日時: 2014/03/28 00:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: bQbYMR0G)  

「い、いなくなったね」

 蓮は肩で息をしながら、無人のゴールを憎々しげに見つめた。まるで空気と同化したかのように、イプシロンの姿はどこにもない。ジェミニストームと同じで、宇宙人だから魔法の呪文でも唱えたと言うのか。雷門中の面々は注意深く首を左右に動かすが、イプシロンがいなくなりほっとしている漫遊寺の学生らしか見えない。
 
やがて漫遊寺の生徒は校舎に戻り始め、一部だが壊された校舎の残骸を拾ったり、無事に宇宙人が姿を消したことに手を取り合って喜んでいる。

「オレの技を見てびっくりして逃げたんだろ!」
 
 うっしし〜と得意げに笑う木暮だったが、雷門中サッカー部の空気はどこか重い。みな、顔が笑っていない。
 そのことに気がついた木暮は、決まりが悪そうな顔で雷門中サッカー部の面子の顔を眺めた時、蓮がポツリと呟いた。

「これでエイリア学園の出掛かりはゼロだね」

 その言葉に鬼道が顔を上げ、首を振る。

「いや。そうでもない」

 どういうことだ、と問うように、みなの視線が鬼道に集中する。鬼道は、瞳子を軽く一瞥してから、雷門中サッカー部のメンバーに向き直った。

「一つだけだがわかったことがある。それは、奴らが言っていたエネルギー”と“チャージ”」
「つまり、エイリア学園はドーピングしているってこと?」

 蓮が間髪いれずに鬼道の言葉を継ぎ、円堂たちから小さな驚きの声が漏れる。予想外の言葉なのか、円堂たちは戸惑う顔になり、続きを待つように鬼道を見つめた。

「やつらの強力な運動能力は、“特別な”エネルギー体による可能性が今時点では高い」
「エイリア学園は宇宙人じゃなくて、たんなるドーピング集団ってことかよ」

 染岡が口を挟み、鬼道は腕を組んで小さく首を横に振った。

「やつらの話から察するに、だ。まだ断言はできない」
「じゃあ白鳥先輩が倒れなかったのは、その“エネルギー”がなかったから、なんですね」

 春奈が何気なく呟き、蓮は疑問を呈する。
 
 自分が倒れる理由は、エイリア学園が使う“エネルギー”体にあるようだが、何故そんな身体になってしまったのだろう。染岡が言うとおり『アレルギー』なのかもしれないが、実際には何かあったのではないか。
 
 考えてみると、記憶が一部とは言え欠落しているのはおかしい。しかも欠落した部分は、施設で過ごしていた年月全て。偶然にしては出来過ぎている。今の両親も、施設のこととなると、決まって口を閉ざす。

「私はこれからエイリアの行方を捜しに行きます。今日一日、あなたたちの好きにしていていいわ」

 蓮がふと我に返ると、瞳子が事実上の休日宣言を出していた。今までの真剣な空気はどこかへふっとび、雷門中サッカー部は浮かれ出した。自然と仲のいい人間同士が集まり、わいわいと騒ぎ出す。

「もしかして京都観光してもいいでヤンすか!?」

「じゃあオレはおいしい八橋(やつはし)のお店にいくっす〜!」

 観光地に行くと言ったり、食べ物を食べるといったり。誰もサッカーをやろうとは言わない。蓮はたまたま隣にいた塔子と話し込んでいる。

「なあ、白鳥はどこに行くんだ?」

「疲れたけど、ちょっと遠出しようかな」

「遠出? どこに行くんだい?」

「ちょっと清水の方に」
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.96 )
日時: 2014/03/28 10:24
名前: 雪菜 (ID: KqRHiSU0)

お久しぶりです。
なかなかコメが出来なくて、すみませんでした。
試練の戦いをこれからも楽しみにしています。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.97 )
日時: 2014/03/28 18:41
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 7H/tVqhn)  

塔子を連れ立って清水まで来たものの、塔子はいつのまにかいなくなっていた。

 

 パパに土産物を買うからあたしは好きなところを見てくるよ、待ち合わせはここ〜と早口で言い残し、塔子は土産物屋街の中に消えていった。

 困った蓮は、人の流れに乗り、いつのまにか教科書でもよく見る清水の舞台に来ていた。平日ながらも人はたくさんいて、写真撮ったり、遠くの景色を眺めている人がいるその中に、

「あ」

 見知った顔がいて蓮は小さく声を上げた。涼野だ。見慣れた私服に身を包んでいる。手すりの上で腕を組み、ぼうっと視線を前に投げかけている。その横に、見知らぬ少年が手すりにもたれかかり、腕を組んで目を閉じていた。

 刹那。蓮の頭は、熱でもあるかのように熱くなり始めた。記憶がざわめき、脳内にぼんやりとしたイメージが浮かぶ。楽しげな音……それは聞きなれたサッカーボールの音だ。辺りではきゃあきゃあと歓声が聞こえる。自分の声。いくよー! と高めな明るい声がし、続いて変な雑音。誰かの名前を呼んでいるのに、聞こえない。なんて名前? 誰だっけ? 暗転。

 今度は鈍い光の反射。何かはわからない——が、まっすぐ自分の元へ振り下ろされる。ナイフのように煌くそれは自分の腕にどんどん近づいてくる。身をよじっても逃げられない。距離が縮まる。そして……。

「蓮?」

 肩に手が置かれる感覚がして、蓮は我に帰る。

 目の前には相変わらずの無表情で——でも心配しているような顔付きの涼野が、蓮の黒い瞳に映る。涼野の横では、赤い髪の見慣れない少年が蓮を見定めようとするかのようにじろじろ見つめてきた。

「風介。また会えたね」

「ああ」

 蓮がにこりと笑って涼野との再会を喜ぶと、涼野もつられたのか、口元に柔らかい笑みを浮かべた。それから互いの近況を一言二言交し合ったが、蓮の心の中は暖かい懐かしさに包まれていた。

 それは涼野の横にいる赤い髪の少年のせいであろう。脳細胞がこの少年も涼野と同じく知っている、と告げてくるものの名前も顔も思い出せない。ただ懐かしいという感情が込み上げて来るのみ。

「あれ、今日は友達も」

 じろじろ眺めてくる少年に蓮は怖気づき言葉を切ったが、思い切って続ける。

「友達もいっしょなんだね。邪魔しちゃ悪いから退散するよ」

 くるりと踵を返そうとすると、涼野が蓮のジャージの袖を掴んだ。安心させるようにわずかに笑って見せると、手を離し、赤い髪の少年のほうを向いた。非難するような鋭い目つきを伴った顔。蓮に見せていた穏やかな表情とはだいぶ異なる。

「晴矢、そう蓮をじろじろ見るな。困っているだろう」

「あ〜わりぃわりぃ」

 少年は軽く謝ると、涼野の脇を通り抜け、蓮の前に立った。

 

 何度見ても、自信に満ちた金色の瞳は記憶の片隅をつつく。脳内の記憶と言う記憶がざわざわと騒ぎ、心は温かくなっていく。蓮は懐かしむように目を細めていた。横では、涼野が複雑な表情で蓮の顔を横目で見ていた。

「オレは南雲 晴矢だ。よろしくな」

 南雲が自己紹介をした。

 その名前もどこか聞き覚えのあるものだった。思い出せないもどかしさを胸に抱えながら、蓮も明るく努めて自己紹介をする。

「僕は、白鳥 蓮」

「おまえが蓮か。風介から話は聞いているぜ」

「どんな話?」

「階段から落ちて記憶喪失になったドジなやつだってな」

「風介。なんてこと言いふらしているんだ!」

 南雲が茶化すように言って、蓮は涼野を怒鳴った。ただ、どうも(本気を出さない限り)怒っても蓮は大して怖く見えない。

 涼野は子犬に吠えられた大型犬のように悠然と構えている。

 蓮は取り直すように笑顔を作り、知り合ったばかりの南雲に声をかける。

「ね、キミのこと晴矢って呼んでもいいかな?」

「べつにいいぜ」

「じゃあ、よろしくな。晴矢」

 本人が許可してくれたので、蓮は南雲を晴矢と呼んだ。

 その時、耳の奥から声が突き上げてきた。晴矢、風介! と嬉しそうに叫ぶ自分の声。声の高さから言って、もっと幼い頃——忘れてしまった頃なのかもしれない。

 蓮は、思い出した勢いそのままに、まくしたてた。

「晴矢、風介! 僕たち小さい頃にどこかで会ったことない!?」

 南雲と涼野の瞳に一瞬、同様の色が走った。蓮はわずかな顔付きの変化を見逃さなかった。

 問いただそうとするが、南雲と涼野はすぐに何でもないような顔を作り、

「ないな。キミと始めて出会ったのは、大阪のパーキングエリアだろう」

「オレもだ。今日始めてお前と会ったんだぜ? 気のせいだろ」

 しっかりとした声音で言った。二人とも身体の後ろに回された手で、服をしっかりと握っていた。

 初めの顔の変化は何だったのだろう、と心内疑いながらも、二人がそう言うのだから間違いないだろう、と考え、蓮は追求しなかった。

「なにかあった?」

 南雲と涼野が暗い顔で俯いていることに気がついた蓮は、心配そうな声で話しかける。

 すると涼野は自虐めいた笑みを浮かべて顔を上げた。手すりに寄りかかり、景色を見ながら息と共に言葉を吐き出す。

「以前、キミに私はとあるサッカーチームに所属していると言っただろう」

「ああ。地域のって言ってたっけ」

 蓮は涼野の脇で軽くてすりに身体を預け、涼野の横顔を窺う。だいぶ涼野の表情が見分けられるようになってきた蓮は、涼野が難しい顔をしていることに気づいた。

 

「そこでは、どう表現すればいいのかわからないが……いわゆる、ランク付けのようなものがあるのだ」

 涼野は真っ直ぐに景色を見据えながら、前髪を書き上げながら、説明しづらそうに言った。

「やるきを出すためだとしても、あまり僕は感心しないな」

「オレたちの監督の意向だ。仕方ねえだろ」

 南雲が諦める様に呟き、蓮の横で手すりに背中を預け、そのままそっくりかえる。てすりを超えてオチやしないかと蓮は心配になったものの、南雲はすぐに体勢を戻し、手すりに寄りかかる。

「それで、二人とも一番になれなかった?」

 南雲と涼野は同時に目を見開き、涼野はふんっと鼻を鳴らす。

「ふん。キミは恐ろしいほど鋭いな」

「風介と前に少しパス練習したからわかるさ。風介はとてもサッカーが上手いし、なにより自分のプレーに自信を持っていた」

 北海道でのパス練習、あれで涼野の性格を蓮は少し悟っていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.98 )
日時: 2014/03/28 18:46
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: cASJvb5A)  

>>雪菜さん
お久しぶりです!
もうすぐコピーが終わりそうなので、新たに頑張っていきたいと思います。
コメントありがとうございました!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.99 )
日時: 2014/03/28 18:50
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: EI9VusTL)  

力強いパス。そして自分の力量を見定めるかのように輝いていた青緑の瞳。それらは、涼野の自信に満ち溢れた態度の表れだった。自信があるからあれ程強いパスが出せ、パス練習にも応じてくれたのだろう。自分のプレーに自信を持ち、フィールドで力強く輝く。蓮があこがれるプレイヤーの理想図そのままだった。

自分なら見慣れない人間に弱みを見せるのがいやで、どうしても知らない人間とのパス練習は渋ってしまう。ただ涼野なら弱みを見せても大丈夫と言う、自分勝手な自信でパス練習を頼んだのだった。

「落ち込むなんて、認められなかったとしか思えないんだ」

「少しのパス練習でそこまで見抜かれるとは」

 再度自分をあざ笑うような笑みを見せると、涼野は景色に目をやりながら、

「ああ。そうだな。監督に認められずに2位どまりだ。所詮(しょせん)その程度の実力と言うことか」

 自分を笑うように言った。横にいる南雲に目をやると、悔しそうに地面の板を睨んでいる。蓮は二人の悔しそうな顔を眺め、その“監督”に強い憤りを覚えた。

 景色に視線を向けると、怒った声で監督を非難する。

「そんなことない。風介や晴矢を認めないなんて、おかしい監督だ」

「オレもか」

 自分が含まれていることに驚いたのか、南雲が目を瞬かせる。

 蓮はニコリと明るい笑みで南雲と涼野に交互に笑いかけ、言い切った。

「晴矢も風介もすごいプレイヤーだ。僕が言うんだから間違いないよ!」

「……ははっ! そういうことは、この南雲晴矢さまのプレーを見てから言うんだな」

 南雲が楽しそうに笑い、涼野はくすぐったいような顔で小さく笑っていた。が、すぐに沈痛な面持ちに逆戻りし、重々しく口を開いた。

「それで……ひとつ問題があるのだ」

「え?」

 蓮が強い調子で聞き返し、涼野はしまったという顔をして蓮から目線をそらした。

 蓮の横にいる南雲も、何やら視線で涼野に非難するようなとげとげしい視線を投げかけている。   

 

 聞いてはいけないことを聞いたような気がして、蓮は話題を変えようと頭をひねって、

「そういえば八橋食べた?」

「私たちが一番になるには、“大切なもの”を壊す必要がある」

「お、おい! 風介!」

 涼野は抗議する南雲を無視して話を続けた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.100 )
日時: 2014/03/28 23:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: xwXeKUvt)  

「壊す必要があるって、北海道で言っていた“大切なもの”のこと?」

「ああ、そうだ」

 涼野が首肯し、蓮はなおも問いを重ねる。

「せっかく取り戻しかかっているのに、壊す必要があるの?」

「ああ、そうだ」

「風介はどっちが大切なの?」

「……わからない」

 答えると、涼野は口ごもる。本当に葛藤している様子が傍目に取れて、蓮は心を痛めた。——その原因を知らずに。

「一位になりたいのは事実だな。だが、“大切なもの”を壊すのも怖いのだ」

「オレは……別に」

 南雲は脇で言葉を濁していた。二人にとって大切な友人でもいるのかなと蓮は考え、

「その“大切なもの”、壊したらどうなるの?」

 恐る恐る蓮が聞くと、涼野はしっかりと蓮を見つめ、落ち着いた声音で答える。

「恐らく、二度と元には戻らないだろう。永久(とわ)に戻ることはない。一位になるのはいつでも可能だろう。しかし、こちらは失ってしまえば永遠に帰ってこない」

 蓮は頭の中で次にどんな言葉を紡げばよいか悩んでいた。
 単なる人生相談ではないのだ。決定しだいでは涼野と南雲が大きく後悔するかもしれない。そう思うと、尚更(なおさら)下手なことは言いたくない。

「キミならどうする?」

「……え?」

 いきなり話を振られた蓮はびっくりして現実に戻った。
 涼野が青緑の瞳で蓮を見据えている。
 その瞳にからかいや冗談といった類(たぐい)のものはなく、真剣な瞳そのものだ。そして瞳同様真剣な声で、

「目の前に見える利益と、自分にとって“大切な何か”。……表現が悪いな。こうならどうだ? 目の前に財宝がある。しかし、財宝をとるには仲間を殺さなければならない。どちらかを選ばなければならないとしたら、キミならどちらを望む?」

 上手い答えが見つからず助けを求めるように南雲に目をやると、南雲も蓮の答えを聞こうとするかのように身を乗り出し、金色の瞳で蓮をじっと見つめていた。蓮は困った顔で交互に二人を見やると、仕方なしに自分の考えを述べ始める。

「えっと、僕なら、“大切な何か”を壊すのが怖くて、えっと仲間を殺すのが怖くて……きっと逃げてしまうと、仲間と共に財宝を捨てて逃げてしまうと思う。僕はそう言う臆病な人間だから」

 苦笑すると、蓮は景色に目をむけ、手すりを掴んだ。風が吹いて、三人の前髪を揺らした。

 

 周りにいる人間の顔振りはだいぶ変わり、男子中学生3人でなにやら話をしている光景は、明らかに浮いていた。外人らしい人間が興味深そうに三人を観察していた。

「けど、人は追い込まれると変わる。僕だって地理は大嫌いだけど、テスト前はかなり勉強して、赤点以上は取ろうとするしね。——それと同じで、例えば親から期待がかかっていてさ、レギュラーになれ、とか言われたらその“大切なもの”を壊すかも。あ、財宝で言うとだな。親が病気で大金が必要とかそう言う理由があれば、仲間をやってしまうかもしれない。人は状況によって、すぐに変わってしまうから」

 昔、蓮は母を喜ばせようとして取ってはいけないと言われた公園の花を摘んだことがある。

 あの年でやってはいけないと分かっていたはずなのに、悪いことをした。ルールを守る大人しい子が、一日でいたずら小僧に様変わり。このくらいなら軽いものだが、人が良くも悪くも簡単に変わることを蓮はよく知っていた。——そう、自分一人を置き去りにし、海に身を投げた親がそうなのだから。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.101 )
日時: 2014/03/29 09:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: vWq4PSF8)  

その後、涼野と南雲は用があると言って帰り、蓮は清水寺の土産物屋がある通りに来ていた。
その姿を見つめる影。土産物屋の裏にある路地に二人の少女がいた。こんな狭い場所にいるのも怪しいが、彼らの瞳はずっとある人物を追っていた。——土産物屋の前を駆け抜ける蓮の姿を。

「ねえ、レアン」

「なに、クララ?」

 レアンと呼ばれた少女が不機嫌そうな声で尋ねる。あまり仲はよくないらしい。

「ガゼル様とバーン様の幼馴染……ちょっとムカつくと思わないかしら?」

 クララが目の前を通り過ぎていく蓮を憎憎しげに見つめながら呟いて、レアンは鼻で笑う。

「ふ〜ん。あなたとわたし。珍しく気が合うのね」

「嫌だけど、プロミネンスに相談があるのよ」

「なあに? ダイヤモンドダストさん」

 クララは長いことレアンの耳に何やら耳打ちをしていた。

 蓮は彼らの前で塔子と合流し、何やら楽しげに話しながらクララとレアンから遠ざかっていく。レアンはその背中を見つめながら、

「・・・・・・ふふ。面白そうね」

 暗闇の中で笑った。

〜四章完〜
京都まで終了。
四月中には続きを書けそうです。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.102 )
日時: 2014/03/29 17:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Qz56zXDk)  

第5章 希望と絶望 

 暗い部屋だった。何も見えない暗闇だけが広がり、肌を突き刺すような寒さが場を満たしている。
 その時、スイッチが入る音ともに黄色いスポットライトが上下灰色スーツ姿の男の姿を浮かび上がらせた。
 背ばかりがひょひょろとした男。緑の髪はかにの横足のように跳ね、頬は何かにえぐられたようにくぼんでいる。そして意地が悪そうな切れ長の黒い瞳。肌は生気を失ったような白さで、見ていて気持ちが悪い。
 そして、男の右肩には一羽のハトが止まっていた。白いが毛並みはくすんでおり、羽毛はぼさぼさだ。ただ色素が薄い金色の瞳だけはぎらぎらと暗闇を照らす街灯のごとく輝いている。

「ようやく戻ってきましたか。バーン、それにガゼル」

 男は誰もいない暗闇に語りかけた。しばらく男の声が反響していたが、すぐに静寂に包まれる。ややあって、ようやく不機嫌そうな声が返ってきた。

「なんだよ、研崎」

「父さんから何か命令でもあったのか?」

 パッと赤と青のスポットライトがつき、バーンとガゼルの姿を浮かび上がらせる。二人の長い影が床に広がる。
 赤いスポットライトに照らされるバーンは目の下に黒い切れ込みが入った南雲、青いスポットライトに照らされるガゼルは涼野その人だった。
 しかし、服装はいつもと違う。二人ともユニフォームのようなものに身を包んでいる。
 バーンは赤と白が基調のユニフォームに、下は黒に近い灰色のハーフパンツ。左腕に白いキャプテンマークをつけている。ユニフォームは赤い長袖で、白地のシャツ部分、胸元には紫のボタンのようなもの。周りを炎をかたどった赤い模様が描かれている。
 ガゼルは青と白が基調で、下は藍色のハーフパンツ。何故かユニフォームの両袖はまくりあげており、邪魔ではないかと思いたくなる。
ガゼルのユニフォームはバーンのものと同じく、胸元に紫のボタンのようなでっぱりがある。デザインは傍目には白い部分がキャンディーに真下からYの字をしたから突き刺した形に見えた。

 バーンとガゼルは声どおり、嫌そうな顔で腕を組み、研崎を睨んでいる。それを見た研崎は静かに首を振った。右肩の白ハトが落とされまいとして、鍵爪に力を入れる。研崎は小さく呻いた。

「いいえ。旦那さまは、“ジェネシス”の面倒を見るので忙しいのですよ」

 バーンとガゼルはほとんど同時に鼻を鳴らし、腕を解いた。

「だろーな。オレラらなんかよりグランの方がお気に入りだからな」

 バーンは他人事のように言った。どうやら研崎と話すのをめんどくさいと思っているらしい。先ほどからしきりに欠伸をして、研崎の顔をしかめさせている。

「だからこそ、父さんは、グランが率いる“ガイア”に、エイリア学園最強のチームであることを認める称号——“ジェネシス”を与えたのだろう」

 ガゼルもまた話を早く終わらせたいようだ。自分とは関係がないと言わんばかりの口調で述べ、バーンにかえるぞと声をかけ、研崎に背を向ける。

 それを見た研崎はニタァ、と笑い、帰ろうとするバーンとガゼルの背中に問いかけるような言葉を投げかけた。

「バーン、ガゼル。なに他人事のように言っているんです?」

 その瞬間、バーンとガゼルの足が止まった。靴音が反響し、辺りに響きわたる。

 二人は振り向いて、めんどくさそうな視線で研崎に目をやった。研崎は気味が悪い笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

「あなたたちは、それでもマスターランクチームのキャプテンですか?」

「何が言いたいんだよ!」

 問いかけれたバーンは研崎に向き直り、つんけんな調子で返した。横ではガゼルが抗議するような瞳で研崎を睨みつけている。

 研崎は無言だった。気持ちが悪い笑みを口元に浮かべ、口を閉ざしていた。その時、

「ガゼルにバーン」

 からかう調子の声がした。バーンとガゼルは身を震わせ、刺々しい視線を研崎の右肩に止まる白ハトに向ける。睨まれた白ハトの顔が、まるで人間のように歪む。嘲笑の形に。そしてパクパクと動く薄桃色の嘴は、流暢な日本語を紡いでいく。

「おまえたちはジェネシスの座を求めると思うよぉ〜」

「リアティ、口を慎みなさい(つつしみなさい)」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.103 )
日時: 2014/03/29 19:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 7H/tVqhn)  

研崎はリアティを叱ったが、リアティは喋り続ける。

「元々大仏。あ、間違えた。元々父さんに認めてもらうために、ここまで頑張ってきたんでしょ〜? なのにさ、ジェネシスの座を雷門と戦ってもいない“ガイア”に与えるなんておかしくな〜い?」

「……父さんの意思だ。私は気にしていない」

「オレもだ」

 ガゼルは、リアティから目をそらしながら自分を納得させるように呟いた。バーンも弱弱しい声で同意する。

 リアティはそんな二人を愉快そうに眺めていたが、不意に両翼を広げ、空中に飛び立つ。羽音が立ち、研崎の髪が揺れた。そのまま自分から目をそらしているガゼルの周りを円を描くように飛び回る。

「ふ〜ん。でもさ、不公平はよくないとリアティは思うんだよねぇ〜。今すぐ雷門を倒せば、大仏だって認めてくれると思うよぉ〜?」

 からかう声がガゼルの周りでくるくる回る。ガゼルはいつもの冷静な表情で——俯いていた。バーンはずかずかと飛び回るリアティに近づくと、リアティを片手で下に落とすように叩く。リアティはくすんだ羽を数枚落としながら落下し、地面に叩きつけられた。羽を伸ばして痙攣を起こしている。

「リアティ、旦那さまを『大仏』と呼ぶのは止めなさい」

 呆れたように研崎がため息をつきながら、研崎がリアティを両手ですくい上げる。

 研崎の両掌の中で起き上がったリアティは、ぴょーんと飛びおり、くすんだ羽を上下に動かして、宙のある一点に“止まっている”。そして嫌そうに、

「いいじゃ〜ん。めんどくさいし〜」

 口答えし、黙る。くるりと向き直り、リアティはバーンの前まで飛んだ。

 バーンは苦しそうな顔で頭を抱え、涼野はその横で明らかに悲しげな顔をしていた。リアティは、のんきに飛びながらそれを楽しそうに眺めている。

「雷門とは戦えば蓮が……」

 バーンは言葉を切った。

 頭が起きて欲しくない最悪のビジョンを見せつけてくる。雷門のユニフォームを纏う蓮がいる。周りには円堂を初めとする“今”の仲間たち。蓮はこちらに向かって、鋭い視線を投げかけてくる。きっと怒っているのだ。正体を隠し、普通の友達として付き合ってきたから。どうして嘘をついたんだ、と極限まで低められた声が問いかけてくる。そして。僕はお前を許さない、と蓮は低い声で続けてくる。可能性が高いビジョン。

「蓮とは、蓮とだけは戦いたくない」

 ガゼルは苦しそうに言葉を吐き出した。

 神などいないと改めて思った。神はいるとしたらこんなむごい仕打ちをしないだろう。かつて分かれた大切な人間とどうしてこんな最悪なタイミングで会ってしまったのだろう。もし会わなければ悩むことなどなかったのに。学校を破壊することに罪の意識は覚えなくても、彼に手を下すことだけはためらわれる。何故、何故なのか。理由を問う声が、脳内をぐるぐると巡る。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.104 )
日時: 2014/03/29 19:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: LkHrxW/C)  

「ん〜? おまえたち、まだ幼馴染との関係ひきずってるんだぁ〜? あははっ!」

 リアティが馬鹿にするように高笑いをする。バーンとガゼルは何も言えず、恨めしそうにリアティに鋭い視線を送る。するとリアティは嘲笑の表情で二人を見つめ、今まで黙っていた研崎が二人に現実を突きつける。

「バーン、ガゼル。あなたたちは、自分たちがエイリア側の人間だということを忘れていませんか? それに白鳥は記憶喪失。何年かかってもあなたたちのことなど、絶対に思い出しませんよ」

 バーンとガゼルは思わず互いに見つめ合った。はっとしたような全く同じ顔。どうやら、全く同じことを考えているようだ。楽しかった幼少期には戻れない、と言うわかりすぎている現実のことだ。そして、自分たちがいかにかりそめの付き合いを楽しんでいるか。

 

彼らが見合う横で、リアティが一層高く笑う。人間なら抱腹絶倒と言うところか。羽を激しく上下に動かし、脚をばたばとさせている。

「そぉ〜そぉ〜! それにさぁ〜今、思い出したりしたら白鳥って子、かわいそうだよね。友達が実は敵側の人間だったなんてねぇ〜」

 バーンが再度リアティを黙らせようと近づき、それを察したリアティは素早く定位置である研崎の右肩に止まった。それから再度中に飛び、バーンとガゼルを見下ろす位置で止まる。

「どうせばれるんなら早いほうがいいよねぇ? ねぇ、早く雷門倒しちゃいなよぉ。プロミネンスとダイヤモンドダスト——どっちが先にジェネシスになるのかみものだねぇ〜」

 それ聞いたガゼルは歯を少しむき出してリアティを見、バーンはリアティに剣突(けんつく)を食わせる。

「おい、土鳩(どばと)! 話はそれだけか!」

 リアティは叱られてもけろりとしていた。滑るように部屋を縦横無尽に動き回り、バーンを小ばかにする調子で声を投げかける。

「な〜に怒ってるのぉ? 優しいリアティはおまえたちに助言してあげただけなのにぃ〜」

 バーンが両手で挟み込むようにリアティを捕まえようとして、リアティは素早く上へと飛んでかわす。掴み損ねた両手と両手が重なり、拍手(かしわで)を打ってしまった。

バーンは悔しそうに舌打ちをすると、リアティを嫌そうな顔で眺めているガゼルの肩を掴んだ。

「おい、土鳩の相手しないで帰るぞ」

 ガゼルは無言で首を縦に振り、こちらを気味悪い笑みを浮かべながら見続けている研崎に背を向けた。リアティは不適に笑うと、再度研崎の右肩に止まる。バーンとガゼルを浮かび上がらせるスポットライトが消え、彼らが闇と同化した時、

「ですが、バーン。ガゼル。だんな様に逆らうのも結構ですが、エイリア学園以外にあなたたちの居場所はないのですよ。それを心に刻んでおきなさい」

 研崎は釘をさすように口を開いた。返事も物音もなかった。ただ暗闇が広がるばかりだ。

「ちぇ〜。おもったより手ごわいなぁ〜」

 めんどくさそうにリアティがため息をつく。研崎は闇を見つめながら腕を組み、ポツリと零した。

「あの二人では、恐らく雷門を倒せないでしょう」

「幼馴染がいるからかぁ〜。でもね〜羽崎ぃ」

「……研崎です」

 研崎は肩に止まるリアティを見ながら切実に訴えた。しかしリアティに軽くかわされた。

「いいじゃ〜ん、羽崎で。でもね〜羽崎。人間は簡単に変わることができるんだよ? 強い友情で紡がれた(つむがれた)絆なんて、見せかけさ」

「しかし、ガゼルとバーンにとって、白鳥の存在は大きすぎるようですが」

 リアティは得意げに笑う。

「へへ〜わかってないなぁ、羽崎。バーンとガゼル、白鳥の絆は例えるなら谷と谷にかけられた一本の丸太橋さ。ちょっと手を加えてやれば、丸太はすぐに谷の底さぁ〜」

「ふむ、では策があるのですか?」

 研崎が尋ねると、リアティは自信満々に、

「あの二人はリアティのために必要なんだぁ〜。でもいきなりじゃ退屈だからぁ〜」

「から?」

「今回、少しだけ手を加えて二人が改心するか見てみようよぉ〜」

 やがて光が消え、辺りは再度闇に包まれていた。だが闇の中に爛々と輝く二つの金色の円があった。パッと赤いスポットライトがその姿を照らし出す。そこにいたのは、北海道でキャラバンの屋上にいた黒いハト。ライトの光で赤みを帯びた黒い体毛が輝いている。

「……バーン、ガゼル」

 黒いハトは闇を睨みながら、若い女の子のような声で呟いた。

*同時刻、沖縄。

『なんと、雷門がジェミニストームを……』

 商店街のTVをショーウィンドウ越しに見つめる男がいた。オレンジのフードつきパーカーに身を包み、その顔はうかがえない。しかし男は次々に移り変わる画面を食い入るように見つめていた。

「円堂、みんな」

 切なく彼らの名を呼びながら。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.105 )
日時: 2014/03/29 23:34
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: C6pp1bGb)  

三日後。サッカーの練習をし終えた雷門イレブンは、紅葉をキャラバンに乗せ、漫遊寺を後にしていた。まだ京都の中を走り、とある駐車場に停車していた。中で少し問題が起こっていたからだ。

 それぞれの席から身を乗り出しながら、後ろのある一点に視線を注ぐ雷門中サッカー部の面々。その顔には驚きと呆れが混ざり合っている。原因は、一番後ろの席で、鞄と鞄にはさまれて座る木暮だった。

「うっしっし〜」

 いたずらめいた笑みを浮かべながら木暮は引くように笑う。
木暮は何故か雷門のジャージに身を包んでいた。木暮の左右にある鞄も、数えると、数が一つ増えていた。
 木暮が仲間になった覚えがないだけに、円堂たちの頭には、疑問符が飛び交う。
 こうして見ると、木暮はかなり小柄だ。雷門中サッカー部のメンバーは全員、足が床に届いているが、木暮は届いていない。退屈そうに届かない足をぶらぶらさせている。もう10cm背が高ければ地面に足がつくだろうか。

「なんでキミがここにいるの!?」

 蓮が戸惑う円堂たちの気持ちを代弁すると、木暮は得意そうにそっくり返る。

「このイプシロンを破った木暮様が味方になるんだ。ありがたく思え! うしし〜!」

 “破った”のではなく、“試合放棄”が正しい。それを勘違いしているのか、誇張しているのかわからないが、自慢げに木暮は高笑いする。 それを聞いて大半のものは呆れたように目を細めるか、相手にせず無関心な態度を取るかのどちらかだった。だが、染岡は今にも木暮を殴ろうと席を立ち上がり、吹雪にたしなめられた。
 
 蓮は通路を挟んで隣に座る春奈と目を合わせ、苦笑しあう。そして、春奈の横から鬼道が殺気に溢れた刺々しい視線を送ってくることに気づいた。春奈は兄が殺気立っているのに気づかず笑いかけてくる。
 
 鬼道は無表情。しかしゴーグルの奥から発せられる力は恐ろしいほど強い。怒気を孕んだそれは、大抵の人間なら黙らせられるだろう。しかし蓮は屈せず、言い訳を必死に考えていた。
 その三人を余所に(よそに)瞳子は、木暮の足腰の力を買ってこのチームに入れたことを説明していた。

「木暮くんはDFに向いていると思ってこのキャラバンに入れたわ」

 おぉ、と納得する声が上がる。そしてよろしくな木暮、と挨拶が飛び交う中で、

「き、鬼道くん! 僕は春奈さんと今日初めて話したんだよ!」

 蓮は、鬼道の誤解を解こうとやっけになっていた。

 両親を事故で失い、二人きりの兄妹なせいか、鬼道は春奈をとても大切に思っている。かつて春奈と施設にいた頃は、いじめられっこの春奈を守っていたと言うのだ。
 だが少々度が過ぎることもある。いい例が春奈とあまり親しくなりすぎると、春奈に恋心を持ってるのではと疑われることだ。
 鬼道のことはチームメイトから注意されていたので、春奈とは軽い付き合い。が、今回春奈には自分の過去を打ち明け、同情の気持ちを抱かせてしまった。 最近、春奈の方から声をかけてくることが多くなってきて、同時に鬼道がいかめしい顔付きでこっちを見てくるのが増加したのも気のせいか。
 

 疑わしきは罰せずなどと言うが鬼道の場合、疑わしきは罰す。疑いをもたれようものなら、とことん追及するのが彼のやり方だ。

「そうなのか、春奈?」

「そうよ、お兄ちゃん。白鳥先輩はわたしと木暮くんにつらい過去を打ち明けてくれたの」

 鬼道が確認するように春奈に尋ね、春奈は同情の眼差しを蓮に向けながら頷いた。蓮は、優しい眼差しとナイフの切っ先のような怒気を同時に受け止め、作り笑いで応対していた。    

 そのうち鬼道と蓮の間に横たわる異様な空気に気づいた円堂たちの視線が、自然とそちらに集中する。固唾を呑み、成り行きを見守っていた。

「……ほう、過去を打ち明けられたのか」

 落ち着いた声音だが蓮は背筋を寒気が走り抜けるのを感じた。円堂たちが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえる。

 同情とも哀れむともつかない視線が背中に突き刺さる。

 同情するなら助けて、と蓮は一応振り向いて、円堂たちに助けの視線を送るが、みなことごとく蓮から視線をそらした。一之瀬なんか親指を立ててごまかした。まさに万事休す。

 蓮は油切れ掛かったブリキのように首を動かしながら、鬼道のゴーグルに目をやる。中の赤い切れ長の目が、探るような目つきでこちらを睨んでいた。

「先輩はわたしたちとは違うけど、悲しい形で両親を失っているの」

 春奈が沈んだ口調で鬼道に語り、鬼道の目が見開かれた。円堂たちが驚いたように蓮へと視線を向ける。木暮だけは眉根を寄せていた。

 蓮は四方八方から飛んでくる視線を受け止めながら、春奈に目配せをした。控えめに春奈は首を縦に振ると、

 蓮は鬼道を見ながら、淡々と自分の過去を語った。ついでにどうして春奈に話すことになったのかもきちんと説明した。

 長いこと語った蓮を、鬼道は、円堂はずっと無言で見つめていた。

 鬼道の表情は疑うようなものから、徐々に哀れむようなものになっていた。そして勘違いして申し訳ないという思いも顔に表れ始めていた。円堂たちも複雑な表情で蓮の話を聞いている。

 やがて蓮が語り終えると、

「……春奈、円堂の横に座れ。白鳥は俺の横に座れ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.106 )
日時: 2014/03/30 13:41
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: vWq4PSF8)  

隣に座る鬼道はいつもの落ち着いた顔つき。ゴーグルの奥の瞳は穏やかな色をしていて、蓮は心内でほっとため息をつく。鬼道はお冠ではないらしい。

「すまない白鳥。オレは勘違いをしていたようだ」

 すまない、と開口一番に鬼道は蓮に謝った。

 何を、と聞こうとしたが聞くのも気が引けるので、蓮は聞かずにおいた。

「ううん。気にしていないから」

「一つ気づいたが」

 鬼道は前置きすると、

「この前まで自分がお荷物だと感じていることを隠していたな。それは両親の死に方と関っているんじゃないか?」

 円堂たちがどよめく。

 蓮は考え込むように目を伏せると、訥々(とつとつ)と語りだした。

「多分。何となくだけど、自分が迷惑をかけると、相手がいなくなる気がして怖いんだ。両親みたいに永遠に帰ってこないかも、って」

「だがオレたちは消えたりしない。むしろ思いをぶつけてもらわないと困るな」

 安心させるように鬼道が口元に笑みを見せ、蓮は持ち前の明るい笑みを向けた。雰囲気が少し明るくなった気がする。

「そうだね」

「ところで」

 鬼道は辺りを窺いながら、ぎりぎり聞き取れる位の声で蓮に耳打ちする。

 興味があるのか座席の近くにいた何人かが身を乗り出して声を聞こうとしたが、蓮と鬼道に睨まれ、後ずさった。

「白鳥。お前は春奈のことをどう思う?」

 蓮は鬼道の耳にそっと口を寄せ、ひそひそ声で、かなり早口で語りかける。

「明るくて優しいし……いい子だと思う」

「そうか。ならいい」

 満足げに笑うと鬼道は腕を組んで春奈を見た。春奈は可愛らしく小首をかしげ、取り巻きの後ろにいる目金がポツリと呟く。

「……シスコンですね」

 その後、蓮は鬼道と長いこと話し合っていた。春奈と鬼道の過去について散々聞かされた。勘違いは奇妙な友情へと変わったらしい。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.107 )
日時: 2014/03/30 18:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 22LHFLcQ)  

「風丸?」

 その夜、目が覚めた蓮は窓の外から声がすることに気がついた。眠い瞼を擦りながら窓の鍵を外し、窓を開ける。涼しい夜風が蓮の前髪を舞い上げた。風が声を運んでくる。

「どうしたんだよ」

 心配するような円堂の声。窓の上から聞こえてくる。蓮は脇に丸めておいたジャージの上を羽織ると、みなを起こさないよう注意しながら外へと出た。木々がざわめく音を聞きながらキャラバンの屋根を見上げると、果たして円堂と風丸の後姿が見えた。二人とも足を崩して座っているようだ。蓮の方を向かない辺り気づいていないのだろう。風丸の青いポニーテールが暗闇の中でも、確認できるほど揺れている。

「円堂。オレたちはこのままでエイリア学園に勝てると思うか?」

「もちろんだ。みんな努力して、この前まで勝てなかったジェミニストームにも勝てたじゃないか!」

 風丸が真剣な声で聞いて、円堂が明るく答える。風丸の表情は伺えないが、蓮は風丸が何か悩んでいる様子であることをうっすらと感じ取っていた。無言で二人の姿を見上げ、様子を窺っている。

「でも、この前のイプシロン戦はどうだ? デザームの放った必殺技にオレたちは、何もできなかっただろ」

「…………」

 現実的な問題を風丸に突きつけられ、円堂は言葉を返せなかった。しばらく沈黙が二人を支配し、不意に風丸が沈黙を破るように呟く。

「“神のアクア”があれば」

 “神のアクア”と言われても蓮ははっとした。“

神のアクア”は、フットボール・フロンティアの雷門中の決勝戦の相手——世宇子(ぜうす)中学校が使った飲み物だ。一見、ただの水であるが実は身体能力を一時的に向上させるドーピングアイテムなのだ。蓮は実物を見たことはないものの、円堂たちから話は聞いていたので知識はあった。苦戦した様子や、世宇子のキャプテン、アフロディなる人間が強いこと。美しくも華麗な選手らしい。アフロディと言う人間に蓮は興味を覚えたが、会うことはできないと諦めていた。

 そして風丸は円堂に詰め寄る。横を向いたので、風丸の顔の輪郭が月に照らされはっきりと見えた。必死な顔つきで円堂を説得しようとしている。

(風丸くん、今すぐ強くなりたいの……?)

 蓮は風丸の思いを読み取ろうと、目と耳に意識を集中させた。風丸の顔を見上げ、声を聞く。

「なあ、円堂。世界を救うためなら、“神のアクア”を使っても許されるんじゃないか?」

「風丸!」

 円堂は非難するように風丸の名前を呼んだ。

「だってそうだろ!? エイリア学園もドーピングしているって鬼道が——」

 声を荒げ、風丸は言葉を続けようとしたが、円堂に肩をつかまれて言葉を切った。

 円堂は風丸の両肩をつかみ、風丸を見据えながら諭すように言う。

「あいつらがドーピングをしていたとしてしても。オレたちまでやったら、オレたちはエイリア学園と同じだ。勝つためにドーピングをするのはずるだ。努力すれば必ず勝てる」

 力強く言い切った円堂の言葉を聞きながら、蓮は心の中で円堂に問いかける。

(でも努力で追いつけないときはどうすればいいんだ? 円堂くん)

 すぐに効果が出ればいい。しかし努力の成果が出るのが遅ければどうなるのだろうか。このキャラバンの旅で求められるのは“早い成長”だ。エイリア学園は短期間でどんどん強くなる。こちらも素早く進化しないと敵わない。でもそのスピードに追いつけなけなくとも円堂はしっかり待ってくれるようだ。それが嬉しくもありプレッシャーでもあった。

「……そうだな」

 片手で肩に置かれた円堂の手を払いながら、風丸は暗い調子で答えた。円堂がもう片方の手も外すと、風丸はまた前を向き、俯いてしまった。落ち込むように丸められた背中が蓮の黒い瞳に焼きつく。

「悪い。一人で考えさせてくれ」

 風丸が沈んだ声で言って、円堂は無言で立ち上がる。そのまま地面へと降りる梯子の方へ進もうとしたとき、風丸が円堂を呼び止める。

「円堂。一つだけ教えてくれ」

 円堂がゆっくりと振り向いて、

「この戦いは、いつになったら終わるんだ?」

 蓮が答えられずに硬直している円堂を見ていると、後ろから小ばかにするような声が聞こえた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.108 )
日時: 2014/03/30 18:36
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 22LHFLcQ)  


「ふん。うつうつ悩みやがって」

「あ、アツヤ!」

 円堂たちに悟られないよう、蓮は小声で叫びながら振り向いた。後ろにいたのは吹雪。しオレンジの瞳。逆立つ白い髪——アツヤだ。

 気づかれたか心配なので後ろを見ると、円堂と風丸は対峙したまま固まっていた。

「よう白鳥。眠れないのか?」

「……なんだっていいだろ」

 アツヤは蓮に歩み寄り、嘲笑めいた顔で蓮に声をかけた。蓮は強張った顔でアツヤを睨んだ。口調も自然と荒くなる。

「……お前、少しは瞳にある黒を薄めたようだな」

 蓮の黒い瞳をじっと観察しながらアツヤは言った。今回は胸の奥にまで刺さるような視線ではなく、あくまで”観察”するような視線だ。恐ろしさは感じられない。

「わかるのか?」

 蓮は強張った面持ちを崩さずに尋ねた。

 アツヤは鼻を鳴らすと、白い歯をむき出しにして獰猛に笑う。すべてを見透かし得意になったような表情だ。

「ああ。でも、お前の分厚い黒の層は並大抵のことじゃ剥がせないな」

 唐突に今日感じた懐かしい感じが身体の奥底から、這いずって来た。身体の内を焦がすような熱い思い。頭はしびれ、全身は火照る。蓮は暑さにふらつきながら、額をキャラバンの側面に当てた。心地よい冷たさが額を冷ます。

 南雲や涼野の顔を思い浮かべながら、蓮は身体の熱にうなされるように言葉を零す。

「思い出そうとしても、思い出すことができない。手を伸ばせば届きそうな位置にあるのに、するりと僕の掌を通り抜けてしまう」

「……通り抜けた方がおまえの幸せになるからだろ」

 アツヤを問いただそうと後ろを向いたとき、アツヤは”消えていた”。そこにいたのは穏やかな顔付きの——士郎の方だ。

「あれ? ボク、どうして起きているのかな」

 アツヤとしての意識がないらしく、吹雪はせわしく辺りの様子を窺っていた。白いマフラーが風になびいている。

「アツ……暑いからじゃない?」

 蓮は適当なごまかしをでっちあげると、

「わかったよ!」

 吹雪は突っぱねるように同意した。

「へ?」

 話がかみ合わずに蓮が聞き返すように声を出すと、吹雪は驚いた顔で連のほうを向いた。どうやら、蓮に気がついていなかったらしい。

 吹雪は取り繕うように作り笑いを浮かべると、ゆっくりと蓮から後ずさる。

「ご、ごめんよ。独り言なんだ。じゃあ、おやすみ!」

 言うが早いか吹雪は逃げるようにキャラバンの中へ消えていった。揺れる白いマフラーを目で追いながら、蓮はため息をついた。寒くないのか無色透明のまま空気と同化した。

 キャラバンに背を当てたまま、蓮はずるずると崩れた。冷たさをジャージごしに感じながらしゃがみこむ。

 地面にキャラバンの黒い影が伸びている。吹雪の中にある”アツヤ”と言う”影”を隠そうとした吹雪。でも、自分はもうアツヤのことを知っている。

(そういえば吹雪くんと僕が同じってどういうことだろう?)

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.109 )
日時: 2014/03/30 21:33
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: KEq/ufVV)  

それから雷門中サッカー部は、広い公園に来ていた。
 円堂が練習をしたいと我を張り、瞳子も許可をしたので練習をすることになったのだ。公園には人口芝が植えられ、抜けるような青空の下に緑が広がる。雷門中サッカー部はユニフォームに着替えていた。
 広いので練習できるスペースは十分にあるが、ゴールはない。
 だが円堂がいる背後にゴールがあると思い、みなは思い思いに行動していく。
 その中で蓮は、FWの位置に立たされ、染岡と共に駆け上がっていた。風丸たちを敵と見立て、抜くように鬼道に指示された。
 当の鬼道は、少し離れた場所からじっと蓮の動きを観察している。

「抜かせるか」

 足の速い風丸が、ボールをキープする蓮にスライデイングタックルをしかける。蓮は冷静に、空いている左サイドにパスを出した。すぐさま染岡が受け取り、ぼうっとする木暮を抜いた。そしてボールは再び蓮の元へ。
 塔子と壁山が前に立ち塞がるが、蓮は塔子の左に行く素振りを見せた。

「ダメだよ、白鳥」

 塔子と壁山が左に注意を向け、右側への注意が薄くなった。その隙を突いて、蓮は塔子と壁山の間を通り抜ける。
 二人がフェイントであったことに気づいて、しまったという顔をした時には、蓮はすでに円堂の目の前に飛び込んできていた。一対一の決定的チャンスである。

「早いな、白鳥!」

 試合ではふらつく蓮の姿しか見ていなかっただけに、円堂は蓮を見直した。

 ——そういえば白鳥は落し物や地震にすぐ反応するよな。そういえばイプシロンのボールもカットしていたな。
 蓮が何かと敏感だったことを思い出し、円堂は納得する。蓮が右足を引いた。円堂も腰を下ろし、両手を前に突き出してシュート受ける体勢になる。

「くらえっ!」

 勇ましい掛け声と共に蓮がボールを蹴った。
 円堂から見て左側に向かって、まっすぐ飛んでくる。だがそれは円堂からするとかなり取りやすいボールだ。円堂はボールの元へ歩くと、両腕で包みこむように受け止めた。蓮は悔しそうな顔で肩をすくめる。

「あ〜。やっぱり止められた」

「なかなかいいシュートだぞ! 白鳥!」

 円堂は蓮を褒めながら、ぐっと親指を立てて笑いかけた。蓮は照れ笑いをしながら、円堂に頭を下げる。
 その光景を見ながら、鬼道は顎に腕を当てぶつぶつと独り言を呟いていた。

「白鳥は身体能力が高いようだな。だが……」

 染岡と共に駆け上がり、風丸を相手にしたときのこと。今度は風丸が逆にフェイントを仕掛けた。右に動くように見えるようわざと身体を右に向けた。すると蓮はがら空きの左側を突破しようとし、風丸がほくそ笑む。

「あっ!」

 蓮は進路を塞がれ、すれ違いざまにタックルを仕掛けられた。身体がバランスを崩した僅かな瞬間、ボールは風丸の足に張り付いていた。鬼道が片手を挙げて、それ以上動かないように指示する。

「あ〜僕の馬鹿ぁ。何度同じミスを繰り返せばすむんだ」

 蓮は自分を責め、右手で拳を作り自分の額を軽く叩いた。そこへ腕を組んだ鬼道が近づいてきて、蓮は叩くのをやめる。

「おまえはフェイントに弱いようだな。反応が速すぎて、逆にフェイントを食らっている」

「フェイントなのか本気なのか、見極めるのが苦手なんだよなぁ」

「それと、お前は吹雪のようなパワーファイターも苦手だな。よく“ボールウォチャー”になっているぞ」

「……強引に突っ込んでくる子に気圧されてしまうんだ」

 鬼道に自分の弱点を指摘され、蓮はしゅんとなりながら言った。

 大人しい蓮は、普段から強気な人間に押されてしまうことがある。それがサッカーのプレーにも影響しているらしく、サッカーをこなす上で荒々しいプレイヤーは天敵だ。

 相手が放つオーラや雰囲気に飲まれてしまい、ボールウォチャー(相手オフェンスやボールの動きに対応できず、ボールをただ見ているだけの状態になってしまった選手)になってしまうことがよくあるのだ。

「じゃあ、オレが特訓してやろうか?」

 特訓を終えて、染岡とこちらに来た吹雪——アツヤがからかう様に提案して、蓮はむっとした顔付きになった。反射的にその提案を突っぱねる。

「おまえには頼まない」

 蓮はアツヤに厳しい視線を向け、アツヤは小ばかにする笑みを返してくる。二人の間に漂う形容しがたい空気は、円堂たちを当惑させた。遠巻きに二人の様子を眺めている。

 見かねた染岡が二人の間を割るようにして入り込み、双方をなだめる。

「おい、吹雪そんな口調で言うなよ。白鳥、お前は吹雪が嫌いなのか? よくこいつと楽しそうに話しているじゃないか」

「そっちはDFの吹雪。FWの吹雪とは違う」

「どっちも吹雪だろ」

 警戒するような低い声で蓮が言い放ち、染岡は呆れた声を出して頭を抱えた。

“アツヤ”の存在を知るのは相変わらず蓮だけのようだ。FWになると性格が変わるのは、『試合のときは熱くなりやすい』と言うのが円堂たちの共通認識のようだった。
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.110 )
日時: 2014/03/30 21:43
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: KEq/ufVV)  

アツヤは蓮を嘲笑の表情で見つめ、蓮の面持ちがますます固くなっていく。そこへ、颯爽(さっそう)と瞳子が現れた。

 円堂たちの視線は自然とそちらに向き、アツヤは最後にもう一度口元を歪めて蓮を見た。その挑発的な表情に蓮は怒りを覚えたが、表には出さずに瞳子を見た。アツヤも瞳子を見る。

「次の目的地は愛媛よ」
 瞳子は円堂たちを見渡しながら言った。

「愛媛?」

理由が分からない蓮たちは一斉に首を傾げる。

「最近、愛媛では子供が誘拐される事件が相次いでいるのよ」

「誘拐事件? エイリア学園と何の関係があるんだよ」

 染岡が聞いて、瞳子は淡々と答える。

「サッカーが上手い子供たちが次々と誘拐され、行方不明になっているの。——そしてその誘拐犯連中は、『エイリア学園』と名乗っているそうよ」

 『エイリア学園』と言う単語を聞いた途端、円堂たちの顔色が不安げなものになる。“名乗っている”だけではエイリア学園かどうか判断がつかないため、鬼道や蓮は難しい顔をしたが。

「エイリア学園の名前をかたっているのかよ!?」
「僕たちをおびき寄せるため、かな」

 信じられないと言わんばかりに染岡が声を張り上げるのを聞いて、蓮がふっと脳裏によぎった可能性を呟く。本当は頭で考えていただけなのだが、いつの間にか独り言になっていたようだ。円堂たちがええっ!? と一斉に驚きの声をあげてから、蓮はそのことに気がついた。

 目を丸くして円堂たちの驚愕の視線を受け止める蓮は、迷子の子供のようだ。

 瞳子はおろおろする蓮を余所に説明を続ける。

「その可能性は高いわね。命からがら誘拐犯の元から戻ってきた子供たちは、みな『エイリア』と言う単語を呟いているそうだから」
 エイリア学園である可能性が濃厚になるにつれ、円堂たちは腕を組んだり、顎に手を当てたりと各々の姿勢で考え込み始めた。風丸が腕を組んで唸る横で、頭を使うのが苦手な円堂はすぐに音を上げた。退屈そうに持っていたサッカーボールをいじり始める。

 その時、明るいノリの曲が辺りに響き渡った。円堂たちは、顔を上げ、音の震源——鬼道へと一斉に注目した。鬼道は口をぽかんと開けていたが、すまないと言う様に片手を挙げると、ポケットに手を突っ込みながら円堂たちから離れていく。聞かれたくない相手なのだろうか。鬼道はポケットから携帯を取り出すと、円堂たちから2mほど離れたところで立ち止まって、通話ボタンを押した。

「オレだ」

『鬼道!』

 電話口から鼓膜が破れそうな大声がして、鬼道は反射的に携帯から耳を離した。離れている円堂は、電話の内容に興味があるのか鬼道の下へと歩み寄ってくる。後に何故か蓮が続く。鬼道は円堂と蓮の姿を確認すると、声量を落として電話の主に話しかける。

「どうした?」

そして、答える。

「え、愛媛だが」

その直後、鬼道は携帯を耳から離し、呆然としていた。

「い、今の声は洞面(どうめん)か?」

 鬼道が呆然としていると、円堂が明るく声をかけてきた。

「どうした、鬼道?」

「帝国学園のメンバーから電話があったが……すぐに切られてしまった」
「何かあったのかな?」
 蓮が不安そうに目を細め、鬼道は首を振る。

「わからない。だが愛媛につけばはっきりするだろう」

 この時、鬼道はかすかだが異様な胸のざわめきを覚えた。心臓を作る細胞一つ一つが、何かを訴えるかのようにむずむずするのだ。だがすぐに消えてしまったので、鬼道はさほど気にはしなかった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.111 )
日時: 2014/03/30 21:46
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 4nNMzbDf)  

「僕達、あまり歓迎されていないみたいだね」

 蓮が、隣にいる吹雪に声を潜めて話しかけて、

「そのようだね」

 吹雪は静かな声で同意。蓮の脇にいる染岡が、不安げな面持ちの吹雪と蓮を守るように、前に立ちふさがり、

「ったく。愛媛はどうなってるんだよ」

 小さく悪態をついた。

 京都を立って早くも数日が過ぎ、蓮たちは愛媛にやってきていた。
 愛媛は、日本でも有名な温泉地の一つだ。現在蓮たちがいる市街地は、小高い丘の上にある。まっすぐ進めば川とぶつかり、やがて埠頭(ふとう)に出る。埠頭は工業地帯特有のもので、遠くからでもうっすらとクレーンの姿を確認することができる。
 道の左右には、小綺麗な旅館風の建物と土産屋が軒を連ねている。旅館の近くには無料の足湯もある。円形の石造りの台座には、同じく石を削って彫られた龍が、開けた口からお湯を注いでいた。時折、風に乗って硫黄の香りが漂って来た。
この時期、愛媛は込み合うのが常なのに、温泉街は閑散としていた。土産屋は全てシャッターを締切ってしまい、いくつかの足湯は水が濁っている。人の姿もほとんど見受けられない。
 活気が見られず、寂れた温泉街のようだ。蓮が以前TV番組で見たときには、ひなびた雰囲気の温泉街だったのだが、名残すら見られない。閉じられたシャッターに張られた張り紙を、蓮はやるせない表情で眺めていた。
 そして僅かにいる人々は、刺すような視線を、立ち止まっている蓮たちに向けてくる。罪人を見る瞳そのもの。言葉にせずとも、蓮たちが歓迎されていないのは明らかだ。
 円堂が人々の警戒を解こうと、大きく手を振りながら近づこうとして、人々に逃げられた。

「オレたち嫌われているんッスかね」

 壁山が遠くなる人々の背中を悲しげに見送りながら、肩をすくめた。短気な染岡などは、人々に文句を言おうと足を一歩踏み出していた。鬼道がなだめ、一生懸命引きとどめていた。

「こんな状態じゃあ、話も聞けないよ」

 染岡の背中から顔を出して、辺りを見渡しながら、蓮は嘆いた。
情報は紅葉とネットが教えてくれた、サッカーが上手い子供が誘拐されている、と言う事実のみ。現地で話を聞けば、何とかなるだろうと踏んだ円堂たちだが、考えは甘かった。
 愛媛では子供たちがさらわれるせいで、現地の人々は観光客のような外部の人間を疑うようになっていたのだ。

「誘拐事件のせいで、皺寄せが、僕達よその人間に来ているのかも」

 勘が鋭い蓮がずばり言い当てて、鬼道が顎に手を当てて考え込む。円堂たちは、蓮の意図を掴めないらしく、怪訝な顔つきで蓮を眺めている。壁山は栗松と確認しあいながら、議論していたが、双方わかっていなかった。とちんかんな言葉が飛び交う。

「それもあるだろう。しかし、観光客が減った苛立ちもあるのではないか?」

「死活問題だしね」

 円堂たちの顔色が険しくなった。今の言葉で風丸や夏未は理解したようだが、壁山や栗松はきょとんとしている。

 そのことに気がついた鬼道が、説明をした。

「つまり、だ。愛媛の人々は、生活への不安と、オレたちが誘拐事件の犯人ではないかと言う猜疑心さいぎしんからあんな態度をとっているのだろう」

「そうなのか!」

 円堂が納得したような、していないような、声で叫んだ。すぐにう〜んと悶えている辺り、わかっていないのだろう。

 壁山と栗松が困った顔で互いを見つめあっているのを見、蓮は助け舟を出す。

「子供が誘拐されたのも、観光客が来ないのも僕達のせいかもって疑っているんだ」

「ひ、ひどいッス」

「むきー! オレたち何もしていないでヤンス!」

 蓮のシンプルな説明で理解した、壁山と栗松は憤る。

 でも、と蓮は制し、二人をなだめるように言葉を続ける。

「でも忘れないで。愛媛の人たちは、不安なんだ。僕達は、その不安を取り除きに来たんだ」

「え、それ本当!?」

 その時、円堂たちのものではない高い声がした。

 蓮たちが声の方に目をやると、茶色い髪をした男の子がいた。興味津々でに視線を蓮たちに投げ掛けている。

「どうしたのかな?」

 皆を代表して円堂が、男の子の前に進み出て、目線が対等となるようしゃがんだ。

 男の子は、必死な声で円堂に頼み込んできた。

「お兄ちゃん! ユウを助けて!」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.112 )
日時: 2014/03/30 22:53
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /PzKOmrb)  

「ユウくん?」

 円堂が問い返すと、男の子はしっかりと頷いた。

「ユウはとてもサッカーが上手くて、この前エイリア学園に連れて行かれちゃった。でも、何とか逃げ出して、帰ってきたんだ。でも、帰ってきてから様子が変なんだ」

「変って?」

「話しかけても返事しないし、大好きなサッカーもやらなくなったんだ」

 その言葉にエイリア学園に何かされたのかな、と円堂は考える。同意を求めるように雷門イレブンをちらりと見た。
 何か思うところがあるのか蓮だけは物思いにふけっていたが、円堂の視線に気がつくと顔を上げてにこりと笑った。他の仲間たちも、似たようなことを考えているのか、円堂の視線をしっかりと受け止めて返し、小さく首を縦に振った。

「じゃあ、オレたちが話しかけてみるよ。ユウくんはどこにいるのかな?」

「ユウは川辺にいるよ。いっつも一人でいるんだ」

 温泉街をまっすぐ進むと橋があった。石で作られた、幅2メートルほどの橋。車は通れず、往来するのは自転車と歩行者ばかり。橋を渡ってしまえば、そこは住宅街と旅館が混在する少し変わった景色へと変貌する。右手の建物の真下には川が流れている。横幅は2,3メートルありそうだが、深さはあまりない。川の流れは穏やかで、簡単に向こう岸に渡れそうだ。対岸には、多くのみかんの木が群生している。よく熟れたオレンジ色が自分の存在を主張するようになっている。壁山がそれを見てよだれを垂らしながら橋を渡り、木暮にたしなめられていた。
 
 サッカー部の人数が十何人もいるのだ。通行人の邪魔にならないよう、円堂たちは橋の脇に寄りながら、身を乗り出してユウスケの姿を探していた。
 その時、春奈が何かに気がついて、ある一点を指差しながら、大きな声を上げる。たまたま側にいた蓮は、ジャージの袖を鷲掴みにされ、春奈と同じ方向に強制的に向かせられた。

「キャプテン! あれがユウくんじゃないですか!」

 春奈が指差す先には、遠目だが、男の子の姿がはっきりと捉えられた。小学校低学年くらいの栗色の髪を持つ少年。短パンにTシャツと活発そうな格好だ。ずっと下を向き、川の水面を見続けている。騒ぐわけでも動くわけでもなく。じっと彫像のように佇んでいる。

「あれがユウくんだな。よし、みんな行くぞ!」

 円堂はユウの姿を確認すると、雷門サッカー部に声をかけてユウの元に直行する。
 橋を渡りきり、河川敷へと降りる階段の元まで走ると、一気に駆け降りた。川は飲めば体調不良を起こしそうな色をし、陽光を鈍く反射して煌いていた。魚が住むどころか、人の飲み水としても使えそうにない川だ。
 愛媛の河川敷は、雷門町の河川敷と違い、整備がされておらず砂利だらけ。そのせいで円堂たちは、足元の石に足をとられそうになったが、懸命にユウの元に寄った。

 だが、途中で蓮の足が遅くなってきた。円堂たちがどんどん遠ざかっていく。苦しそうに喘ぎながら、懸命に足を引きずって円堂たちの後を追おうとする。蓮の異変に気づいた吹雪が、立ち止まって蓮の元に戻り、「大丈夫?」と心配そうな顔付きで声をかける。蓮は「へーきへーき」と気丈を振舞うが、息は荒くなる一方で、声も弱々しかった。

「肩を貸すからいっしょに歩こうよ」

 吹雪が蓮に片手を差し出しながら笑いかけ、蓮は返事をする代わりに持てる限りの力で笑みを見せた。吹雪が差し出した手をしっかりと掴んだ。吹雪は蓮の腕を自分の肩に回し、空いた手で蓮の身体を支える。

 一方、蓮たちから離れた場所では。

ユウが、円堂たちの靴が砂利を踏みしめる音に反応したのか、一瞬だけ振り向いた。その瞳は、生気を感じない光の灯らない目だった。ユウはすぐに視線を川の方に戻してしまった。

「お〜いユウくん」

 気さくに円堂がユウの背中に声をかけるが、ユウは振り向かなかった。

 川のせせらぎが耳に涼しく、わりかしら温暖な愛媛の気候に汗をかいている円堂たちの気分をさわやかにした。

「こんにちは、ユウくん!」

 聞こえていないのかと思ったのか、円堂は先ほどよりも大きな声でユウに話しかける。しかしユウが動くことはなかった。円堂たちなど川辺の石のように思っているのか、何の反応も見せない。円堂たちとユウの間に響く川のせせらぎが空虚感を増大させた。

「弱ったなぁ」

 困ったように円堂は頭をかく。そして蓮と吹雪の姿が見えないことに気がついた。慌てて辺りを見渡し、後ろを向いたとき蓮と吹雪の姿を見つける。

 吹雪の肩に腕を回し、反対の腕で支えられながら、蓮は重い右足で踏み出し、引きずるように左足を前に出して進んでいた。苦痛に耐えるように唇をかみ締め、唇の輪郭がうっすらと赤色に浮かび上がっている。大地を一歩一歩踏みしめるような歩き方で、速度はかなり遅い。時折ふらついて倒れそうになり、吹雪が懸命に起こしていた。吹雪は蓮の歩調にあわせゆっくりと歩く。文句も言わず、蓮を励ましていた。

 ゆっくりとこちらに向かってくる蓮と吹雪のため、鬼道たちは一歩身を引いて道を開ける。蓮のつらそうな表情を見ながら、不安げに前へ進む蓮を凝視していた。

 円堂はだるそうな蓮に駆け寄ると、蓮は吹雪に身体を預けたまま目を閉じていた。

「キャプテン。白鳥くんのこの症状って、ジェミニストームのときと似ているよね?」


Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.113 )
日時: 2014/03/30 22:53
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /PzKOmrb)  

 蓮の顔には汗がびっちりと顔に張り付き、乱れた呼吸をしている。確かにジェミニストームとの戦いのときに起こした症状によく似ている。胸が痛み、頭がぼうっとする。ただ胸を押さえていないし、歩ける等ジェミニストーム時に比べれば幾分か軽い気もする。

 円堂は、蓮の頬を平手で軽く叩きながら呼びかける。

「白鳥大丈夫か?」

「……う、ん。へーき、だよ」

 すると、蓮は黒い瞳を半分ほど開き、ゆっくりと上半身を起こしながら、うわ言のように答える。息を吐くテンポは大分短くなっているが、頬の赤みは増し、黒い瞳は潤んでいる。熱があるように見えた円堂は、自分の額を蓮の額に押し当てた。少し熱かったので、反射的に身を引く。それを見た雷門中サッカー部は蓮をいたわる様に一瞥してから、警戒気味に辺りを見渡す。エイリア学園が近くにいると思ったのだ。

「まさか近くにエイリア学園がいるのか?」

 しかし辺りにはユウ以外誰もいない。

ユウに話しかけても無視されるだけなので、円堂たちは一度引き上げることにした。今度は円堂がぐったりしている蓮の肩を支え、来た道を引き返す。

 何故かユウから距離を置くたび、蓮の顔色がどんどんよくなった。頬の赤みは健康的な肌色に戻り、潤み閉じられていた瞳が完全に開かれる。姿勢も正しくなり、歩くスピードも早くなった。やがて円堂の支えなしでも平然と歩き回るようになり、円堂たちを安堵させた。

「もう大丈夫だよ!」

 階段を上り終えると、蓮は今までの症状が嘘であったように元気に跳ね回って見せる。円堂たちは微笑みながら蓮に視線を向ける。ジェミニストームのことを知らない木暮には、春奈が今までのいきさつを説明をしていた。

 しかし蓮が回復したことを喜ぶこともつかの間、ユウから話を聞き出せなかったという事実は雷門中サッカー部を悩ませていた

「話は聞けなかったな」

 風丸が残念そうに言って、円堂たちが一斉に頷く。

「う〜ん。どうすればいいのかなぁ」

 蓮が呟くと、ユウの友達である男の子がある提案をしてきた。

「だったらユウの父さんに話してみたら? ユウの家はすぐ近くなんだ」

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.114 )
日時: 2014/03/31 21:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  

こっちだよ!」と元気に走っていくユウの友達を追うこと数分。川からさほど遠くないところにユウの家はあった。いや、家と言うより店でだろう。小奇麗なスポーツショップだった。客は一人もいない。ガラス戸の向こうには、バスケットボールやサッカーボールが整然と並べられている棚が見える。奥にあるカウンターでは、一人の男が上に設置されたTVに目をやっていた。恐らくユウの父親だろう。後姿がどことなくユウに似ている。
 
 ユウの友達は遠慮せずに、スポーツショップの中へと続く扉を押した。円堂たちも後に続く。少しほこっりぽい臭いがした。
 ちりんちりんとドアの上に下げられたベルが心地よい音で来客を告げ、男が「いらっしゃいませ」と気の乗らない声で応対しながら、振り返る。
 40を過ぎたくらいの黒縁めがねをかけた優しそうな男だ。直後、目を限界まで見開くと、座っていたパイプ椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。

「あ、あなた方は雷門中サッカー部のみなさん!」

 思わぬ来客にユウの父親は、興奮で声を上擦らせながら、円堂たちを見やる。憧れの人間に会えたという恍惚の表情を浮かべていたが、すぐに真顔に戻る。
 倒したパイプ椅子を元に戻し、カウンター上に置かれたリモコンでTVを消した。ユウの父親が、リモコンをテーブルに置くのを確認すると、鬼道が前に進み出て話を切り出す。

「失礼ですが、ユウくんがエイリア学園から戻ってきたとお聞きしたのですが」

 ユウの父親は、ユウを見つめるように店の外へと目をやった。そして、小さくため息をつきながらパイプ椅子に腰を下ろす。

「なるほど。息子に話を聞きたくてここまで来たのですね。ですが、息子はごらんの有様です。毎日食事もろくにとらず、ああしてずっと川辺で一人、水の流れを眺めています。話しかけても言葉はユウスケの心に届かず、どうすればよいのかわかりません」

 ユウの父親は沈痛な面持ちで両肘をカウンターについて、頭をくしゃくしゃと掻き始めた。初めは平静を装って落ち着いた声音で話していたが、だんだん悲しむようなものになっていった。
 息子を心配する父親の気持ちに、円堂たちは同情しながら、ユウを救ってやりたいと決意を新たにした。しかし上手い方法が思いつかず、どうにもならない。

「エイリア学園に攫われて、怖い思いをしたんだろうな」

 蓮が同情するように口を開いて、円堂が何か思いついたような顔付きになる。考え込む蓮たちを見渡しながら、大声で叫んだ。

「じゃあ話は簡単だ! 大好きなサッカーをやって、嫌なことは全部忘れればいいんだ」

「そう簡単に言うけど、話しかけても無反応だったじゃないか。どうするの?」

 蓮に問われ、円堂は黙った。数秒ほど唸ると、嬉々とした表情でカウンターに近づく。カウンターから身を乗り出し、ユウの父親は少し身を引いた。円堂は、ユウの父親に顔を近づけて勢いよく尋ねる。

「そうだ、ユウくんのお父さん。ユウくんが、サッカーをやっていたときの品物ってありませんか!?」

「ス、スパイクならあるが」

 円堂の気迫に押されたユウの父親は、戸惑いながら返事をした。パイプ椅子から離れると、ボールが並べられた棚に近づく。円堂たちが好奇のまなざしを向ける中、ユウの父親は棚の一番上に置かれた箱を取り上げて戻ってきた。カウンターに置かれた箱を見ようと、雷門中サッカー部が周りに集まる中、ユウの父親は箱の蓋を外す。

 中には、紙で包まれたスパイクが入っていた。子供向きの小さいもので、緑の地にグリーンのラインが通っている。あちこちに泥がついていて、靴紐も汚れていて、相当使い込まれていることが分かる。

「これ、借りてもいいですか?」

「ああ。構わないよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.115 )
日時: 2014/03/31 22:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: C6pp1bGb)  

紙を外すと、円堂は箱の中からユウのスパイクを取り出して聞いた。断られても持って行きそうな雰囲気で蓮はひやひやしたが、ユウの父親はあっさり承諾してくれた。ユウのスパイクを掴むと、円堂は張り切って店を飛び出していく。

 蓮たちは慌てて円堂の後を追い、河川敷へと向かった。

 円堂が河川敷に降りる階段を下りた頃、蓮は染岡にユウに近づくことを止められていた。「ユウに近づいて体調が悪くなら、ここで待ってろ」と言われ、蓮は染岡の行為に甘えることにした。その際、吹雪が留守番役を買って出てくれて、蓮は吹雪と共に遠くから成り行きを見守ることになった。

「みんな。ユウくんをよろしく! みんななら大丈夫だ」

「ボクがしっかり白鳥くんを見ているから大丈夫だよ」

 階段を下りていく染岡たちに蓮が応援の言葉を投げかけ、大きく両手を振る。その横では、吹雪が染岡たちを安心させるように声を送った。別に逃げるわけではないので、蓮は少し苦笑していた。

 染岡たちは一度階段の途中で振り向くと、力強く頷いた。染岡などは、

「この染岡様がいりゃあ、サッカーの楽しさなんてすぐに思い出せるぜ」

 軽い口調だが頼もしいことを言って、親指を立てた。蓮は吹雪と共に親指を立てて返す。染岡はまかせろ言うように笑うと、階段を駆け下りていく。円堂はユウから少し離れた場所で染岡たちを待っていた。

 染岡たちが円堂に駆け寄ると、円堂は先陣を切ってユウに近づく。相変わらずユウは、円堂たちを無視していた。円堂は片手にスパイクを持ち、ユウの肩を掴んだ。

 ユウは小さな身体を震わせ、青ざめた顔でこちらを振り向く。円堂の手を乱暴に払いのけ、逃げ出そうとする。

「安心してくれ。オレたちはキミの敵じゃない」

 円堂が安心させるようにユウに語りかけながら、借りてきたスパイクを前に出した。それを見た途端、ユウの顔付きが変わる。怯えた顔が不思議そうな顔になる。

「あ、そのスパイク」

 ユウが言葉を零すと、円堂は明るく白い歯を見せて笑った。

「キミのお父さんからもらったんだ。お父さん、すっげー心配してたぜ!」

「……キミたちはだあれ?」

 少しは信頼してくれたようだが、まだ警戒心が残っている顔でユウが聞いてきた。円堂は、ユウにスパイクを返すと、片手で染岡たちを示しながらはっきりと答える。

「雷門中サッカー部だ」

「え、雷門中? じゃあぼくを助けてください!」

 その言葉を聞くと、ユウの顔から警戒心が消えた。真剣な声で助けを求めてきた。

 円堂たちはもちろん承諾し、ユウに守るという意志を見せるためポーズをとったりして見せた。    

 ユウは安堵したような怖がるような表情で、辺りを窺いながら話を続ける。

「何とか逃げてきたのですが、追っ手が来ていて」

「大丈夫だ。オレたちがついている」

 鬼道が断言し、ユウの肩に両手を置く。そしてユウを守るように、雷門中サッカー部の中に入れ、ゆっくりと階段に向かい始めた。

 ユウが近づくたび、蓮は異様なだるさに襲われる。身体がふらつき、また吹雪に身体を支えてもらった。

 ユウは雷門中サッカー部に守られながら階段を上りきると、はっとした顔でズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「あ、そうだ。ぼく、この石を押し付けられたんです」

 ユウが円堂に差し出したのは、ペンダントだった。500円玉ほどの大きさで、6角形にカットされた紫色の石に、首にかけられるほどの長さの黒い紐が通されている。

 

 円堂はその石を見て寒気を覚えた。石の色は禍々しい紫で見ていて気持ちが悪い。宝石のようにきれいにカットされているのだが、どうしても綺麗とは思えなかった。底が見えない奈落のような闇を感じさせた。見ていると引き込まれそうで怖い。

 その時、円堂は風丸の声で我に返った。見ると、全員が焦った顔で蓮に注目している。

「白鳥、おい! 大丈夫か!?」

 見ると、吹雪に身体を支えられた蓮が呻き声を上げていた。苦痛で顔をゆがめながら、荒い息共に必死に言葉を吐き出している。風丸が耳を近づけて掠れた声を一生懸命聞こうとしている。

「この石見ると……すごく……くる、しい」

 蓮が苦しんでいたのはこの石のせいだったらしい。 どう見てもアメジストの変種などにしか見えないのだが、なにやら特殊な力があるようだ。風丸はこわばった顔でユウが差し出す石をにらみながら、鬼道に目をやる。

「鬼道、もしかすると白鳥がジェミニストーム戦のときにふらふらしてたのは、この石のせいじゃないか?」

 鬼道は腕を組むと、用心深くペンダントに顔を近づけ、顔をしかめた。

「これが、やつらの言っていた“エネルギー”である可能性が高いな」

「これが”エネルギー”……」

「でも、これはただの石にしか見えないッスね」

 風丸は石をじっと見つめ、壁山が恐々とペンダントを覗き込みながらのんきに呟いて、近くにいる蓮が喘ぎながら、必死に円堂たちに懇願する。

「おねがい。はやく……こわすかなにか……して」

 その言葉が通じたのか、円堂たちは憎憎しげにユウの掌を睨んだ。気にはなるが、仲間を苦しませる“嫌な”ものであることには変わらない。早く壊すに限る。

 染岡がジャージの袖をまくりながら、どかどかと大股でユウの差し出す掌まで近寄った。

「あっても白鳥が苦しむだけだし、さっさと壊しちまおうぜ」

「よし、じゃあオレが……」

 近くにいた円堂がユウの掌に乗せられたペンダントに手を近づけ、紫の石に円堂の指が触れた瞬間。石が欠けた。円堂の指が触れたところだけがポロポロとビスケットのように崩れる。円堂が驚いて石から指を離した瞬間、石に縦横無尽に亀裂が入り始めた。ガラスがきしむような音を立てながら、ヒビは蜘蛛の巣状に広がる。

 やがてガラスが割れるような音がし、紫の石は木っ端微塵に割れた。砕けた欠片はユウの手から零れ落ち、その姿をパステルカラーの砂に変えて消えていった。パステルカラーの砂は地面に落ちて消えるか、風に流されて見えなくなる。

 

 わずか5秒ほどの出来事を、円堂たちは瞬きもせずに凝視していた。石が砕けると同時に、蓮が喘ぐのをやめた。呼吸もいつもどおりに戻り、顔色もよくなっている。

 しばらく無言が続き、円堂がようやく声を張り上げた。

「え、く、砕けた!?」

「ようやく見つけたぞ小僧め!」

 石のことが気になるが、悩んでいる暇は与えられなかった。

 男の声がして、ユウが円堂の背中に隠れる。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.116 )
日時: 2014/04/01 19:03
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: IsECsokC)  

謎の石が砕けたことを、驚くことを許さないように、野太い男の声がした。ユウがびくっと身を震わせ、円堂の背中に隠れる。ジャージの裾を強く握り締め、目をきつく閉じて身を縮めていた。

 ユウの様子がおかしいことに気がついた円堂たちは、一斉に声の方を見つめ——蓮と塔子だけが。はっとした顔つきで、声の主を眺める。
 以前夕香が描いた、『あやしいおじさん』の絵がそのまま実体化した連中がそこにいたからだ。

 背丈は円堂たちより遥かに高く、ニメートルはある。血の気を感じない肌の色をした顔で四十代を過ぎたおじさんに思える。連中に、髪は一本もなく、禿げ頭である。目を覆うのは、黒いフレームに赤いガラスをはめ込んだ怪しいデザインのゴーグル。濃い紫のハイネックセーターを着込み、上に丈の長いジャーンパーを羽織っている。連中は、分身の術でも使ったように、同じ背格好の奴らが五人横にならんでいる。
 
 蓮は夕香の絵を思い出しながら、塔子に視線を向けると、塔子は頷いた。どうやら様子を見よう、と同じことを考えていたらしい。
 横に並ぶ男たちは、円堂たちに気がつくと、苦虫を噛み潰した顔になった。五人は一斉に舌打ちし、

「ちぃ。雷門連中が、何故ここにいる」

「関係ない。奴らを潰し、あの小僧から石を取り返すのだ!」
 
 男の一人が強く言い放ち、円堂たちに詰め寄ってくる。
 蓮たちは、男たちを睨み据えながら、ユウを守るように円堂を取り囲み、円堂は両手を広げ、戦う意思を男たちに示す。辺りにいた人々は円堂たちから離れ、不安げに様子を伺っている。

「ガキごときに、なにができる!」

 不意に男の一人が、両腕を振り上げて蓮たちに躍りかかってきた。出さない辺り、どうやら、銃やナイフなどは持ち合わせていないようだ。
 蓮は、それを確認すると、不適な笑みを浮かべ、勇敢にも男に突っ込んでいく。たじろいでいた円堂たちが、止めようと手を伸ばすが、蓮は上手く身体を動かして避けた。

「白鳥先輩!」

「うわっ!」

 春奈が止めるように蓮の名前を呼んだ直後。恐怖で固まっていた木暮の身体が男の強烈なタックルで宙に舞った。それを合図に、残りの男たちも攻め混んでくる。

 雷門はめちゃめちゃだ。男に怖じけづき、逃げ出すもの。恐怖で固まり、男たちを見送ってしまうもの。何人かは、男たちに立ち向かったが、大人の力には敵わず、吹っ飛ばされ、身体が地面に叩き付けられた。

「みんな!」

 円堂は、叩き付けられた風丸たちを気遣かう声を飛ばす。だが、仲間の心配をしている暇はなかった。三人の男たちが、円堂に近づいているのだ。距離はもう、30センチメートルとない。ユウが裾を掴む力が、一層強くなるのを、円堂は感じた。

「大丈夫だ、ユウくん」

 円堂は庇うように、片手を広げて、迫り来る男たちと対峙する。男たちは、円堂の背中からユウを引きずり出そうと、片手を伸ばした。円堂になすすべはなく、男たちのての一本が、円堂の手を払いのけ、裾を握る小さな手に伸ばされた。円堂は、悔しそうに後ろを向いた。ユウが泣き叫ぶ。

 その時、男の手がユウの腕を掴む寸前で凍り付いた。円堂が反射的に前を見ると、地面に華麗に着地し、にっこりと微笑む蓮と吹雪の二人がいた。

「頑張ったけど、危なかったね、キャプテン」

「ぎりぎりセーフだよ。円堂くん」

 二人に労いの言葉をかけられ、円堂は状況を理解できないまま辺りを見渡す。

 四人の男たちが、そっくり返った姿勢で氷の彫刻になっていた。透明な氷は、陽光を受けて、その輪郭を際立たせ、光を反射して七色に輝いている。氷らされた男たちは、罰を受けて氷にされた囚人のようだ。周りにいる仲間たちは、つついて遊んだり、感心そうに眺めている。

 円堂は、氷の一つに歩み寄る。ひんやりとした冷気が、肌をくすぐる。

 まだ怯えているのか、ユウは円堂の背中から恐々と顔を出しながら、氷の男を見上げていた。円堂は、手でグーを作ると、氷を軽く叩いた。中々固く、拳がじんじんする。そして、手が冷えた。

「よく凍ってるでしょ?」

 蓮が吹雪を伴いながら円堂の元に来て、得意そうに言った。

「もしかして、〈アイスグラウンド〉と〈アイススパイクル〉で氷付けにしたのか!」

 円堂が気づいて声を張り上げると、蓮と吹雪は互いを見合い、小さく笑い声をたてた。

「そうそう! 二人の合作『氷のエイリアン』だよ。ねー吹雪くん」

「キミとの合作、とても楽しかったよ」

 蓮が冗談めかした調子で、吹雪に同意を求めた。吹雪は吹雪で、楽しそうに答えた。

 あまり捻っていないタイトルに円堂は、思わず失笑した。

しばらく和気あいあいと話していた三人だったが、春奈の何気ない一言で、それは止まる。

「あら? 木暮くんは?」

木暮の姿が、忽然と消えていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.117 )
日時: 2014/04/01 23:42
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: aQf5AfGs)  

木暮がいないことに気がついた円堂たちは、蓮と吹雪が氷付けにした男たちを問いただすことにした。

 男たちが溶ける前に、円堂たちは、ロープを四つ、キャラバンから持ってきた。太さも長さも十分あり、簡単にはほどけないだろう。

 男たちの氷が溶ける頃を見計らい、円堂たちは四つのグループに分かれて、それぞれロープを持って男に襲いかかった。

 数で敵わない男たちは、あっさりと捕えられ、ロープで身体をぐるぐる巻きにされた。手は後ろ手に縛られ、身動きはとれないようだ。

 男たちは、息を切らしながら、頭と足を激しく動かして逃げ出そうとするが、身体がエビのように反るだけだ。動かすタイミングは、計ったように同じで気持ち悪い。やがて疲れたのか、荒い呼吸をしながら、動くのを止める。

 蓮は、転がされた男の顔の近くに歩み寄る。隣に吹雪が並ぶ。

 男は、うつ伏せになっていたが、二人のスパイクが砂利を踏む音に気付くと、頭を持ち上げた。白い歯を剥き出しにした獰猛な顔で二人を睨む。

 蓮も吹雪も全く動じず、穏やかな二人にしては珍しく厳しい視線を、男に送った。

「木暮くんはどこ?」

「ふん。守秘義務だ」

 蓮が腕を組ながら率直に聞いて、男はつんけんした態度で答える。

 残りの三人も円堂たちが問い詰めているが、答えは似たり寄ったりだった。

「じゃあ、何で子供をさらったりしたんだい」

 吹雪が厳しい表情を崩さずに質問を変えると、男はにやりと怪しく笑った。

「気になるんなら、この先にある埠頭ふとうに行きな。そこで、すべてがわかる」

「口が滑ったな」

 揶揄するように蓮が言うと、男はますます嫌な笑みを深くする。

「わざと滑らせてやったのだ。オレたちが警察に捕まろうと、雷門が潰れるのは確実だからな。ははははっ!」

 頭だけを動かして、男は高笑いをした。蓮は睨むように目を細め、吹雪は驚いたのか目を丸くした。

そして、静かな川のせせらぎに混じり——パトカーのサイレンの音が聞こえ初めた。円堂が、知り合いの鬼瓦おにがわら刑事を呼んだのである。

「くっそ。木暮の行方はわからずじまいかよ」

「木暮くん、無事でいて」

 遠くなっていくパトカーを睨みながら、染岡は地団駄を踏んだ。横では、春奈が手を組んで木暮の無事を祈っていた。

 染岡は、八つ当たりに足元にあった小石を一つ掴むと、川に向かって放り投げた。小石は、弧を描きながら川に向かい、僅な水音としぶきを上げて、水の中に消える。

 それを目で追っていた鬼道は顔を上げ、円堂たちの方に振り向いた。

「……やはり、埠頭に行くしかないだろう」

「でも、罠だったらどうするんだ?」

 用心深い風丸が意見し、何人か顔を鬼道から反らした。返り討ちにされたら、という不安の色が顔に出ている。

 悩む鬼道に、蓮が助け船を出す。

「罠でも、手がかりはそれだけだ。可能性があるなら、食いつかなきゃ」

「そうだけど……!」

 風丸は何か言おうとして、口を閉ざした。物言いたげな顔つきで蓮の顔を見ている。

「オレは行くぜ」

 微妙な空気が漂う中、その空気を破るように円堂が声を発した。

 みなの視線が、自然と円堂に集中する。円堂はみなの視線を浴びながら、堂々と断言した。

「だって、仲間のピンチなんだぜ。罠でも、木暮の手がかりになりそうなら、行くべきだ」

「けど、襲われたりしたらどうするんだ?」

 風丸が聞いて、蓮が提案する。

「じゃあ、四人くらいで行ったらどうかな? 少ない方が動きやすそうだし、もし見つかっても、すぐに逃げられるんじゃないかな?」

「確かに大勢で行くより、行動できそうだな」

「白鳥! 頭いいな!」

 納得するように鬼道が呟き、円堂たちが素直に誉め称えた。蓮は、仲間の感心するような声にはにかみ、円堂が高らかに宣言する。

「さあ、木暮を救うぞ!」

 蓮たちは力強い雄叫びと共に拳を天に突き上げた。空は曇り始めていた。

〜つづく〜



Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.118 )
日時: 2014/04/02 17:48
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: w1PAg8ZW)  

蓮の提案どおり、埠頭へ行く4人の少人数グループが作られた。
 チームのリーダー格である円堂、鬼道、そしてついて行くと言い張った風丸、鬼道の推薦により蓮。
 ユウのスポーツショップに仲間を残し、蓮たち4人は埠頭に向かった。

 川を北上するにつれ、家はどんどん減っていき、やがて工場が並ぶ工業地帯になった。工場の煙突からは黒い煙が天を汚すように立ち上がっている。
 辺りの空気は心なしか汚れていて、煙っぽい気がする。辺りに木や草の類が見受けられないせいだろう。蓮たちは何度も咳き込んでいた。
 また、汚れているのは空気だけではない。川の水も濁り、底が見えない。愛媛は人の心のようだ、と蓮は思う。
 ユウの話によると、川や空気が汚染され始めたのは、子供が攫われるようになってからだという。今の環境は、愛媛の人々の心を映し出す鏡のようなものだった。子供を解放すれば元に戻るかな、と心内で呟き、埠頭に足を進める。

 しばらく歩くと、ようやく埠頭が見えてきた。高い塀の向こうには、左右に広がる貸し倉庫。ペンキは真新しく、最近舗装されたばかりのようだ。ただ屋根だけは潮風でさびてしまっている。近くに荷物を持ち上げる赤いクレーンが寂しく佇んでいた。上空では、のんきにかもめが鳴きながら空を舞っている。日差しが強い。
 倉庫の向こうは当然ながら海に面している。簡単に超えられてしまいそうな車止めの向こうに、工業用物質が溶け込んでいる色をした海水が揺れていた。日が反射して

 円堂たちは、横に伸びる高い塀と塀の間に作られた、閉じられた鉄扉の間から中の様子を垣間見ていた。潮風が時折吹くものの、生ぬるく心地よくない。潮風で鬼道の青いマントがなびいて音を立てている。
 蓮だけは、鉄扉の脇近くの塀上に設置された妙な看板に目が行っている。白地に『真・帝国学園』と明朝体で大きくプリントされた謎の看板。しかし、風丸に袖を引っ張られ、鉄扉の中を見た。

「あ、さっき逮捕された奴らがいっぱいいるぞ」

 円堂が声を潜めながら鉄扉の向こうを指差す。海寄りの倉庫の扉の前には、先ほど逮捕された男と全く同じ姿・体格の男が立っていた。腕を組み前をじっと睨んでいる。こちらには気づいていないようだ。
 さらに、波止場近くには、やはり同じ姿の男が十人ほど歩いている。パトロールなのか、波止場の道を行ったり来たりしている。

「何か守っているようだね」

 蓮は水面を見ていたので、眩しさのため目を細めながら呟いた時。波止場を歩いていた男の一人がこちらに向かってきたので、円堂と風丸は鉄扉から見て左に、鬼道と蓮は右の塀に咄嗟(とっさ)に隠れた。四人とも強張った顔つきで互いを見やると、恐る恐る鉄扉の向こうに視線を送る。
 男は倉庫の前に立つ男に何か声をかけ、倉庫の前に立っていた男と共に倉庫の中に消えた。
 蓮は円堂と風丸を手招きし、円堂と風丸が素早く鉄扉の前を横切った。中の様子を窺う鬼道と蓮の横に来ると、同じタイミングで安心したようにため息をついた。

「ああ。あの倉庫に、木暮が閉じ込められていても不思議ではない」

 落ち着いたところで鬼道が蓮に同意するように言った。鬼道の横から港の様子を観察している蓮が、波止場前をうろついている男を指差し、何気なく言葉を零す。

「あの男たちって、複製かなにかしたロボットみたい」

 再度倉庫から男たちが出てくるのを見つけ、蓮と鬼道は身体を塀の方に引いた。鬼道は塀に背を当てながら腕を組む。

「あの石といい、あの連中といい、エイリア学園には、高度な科学技術があるようだな」

「本当。でもロボットくらいなら人でも作れそうだよね」

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.119 )
日時: 2014/04/02 21:37
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: WV0XJvB9)  

 蓮の言葉に鬼道は手を顎に当てた。風丸と円堂と位置を入れ替え、物思いにふけ始める。二人が鉄扉の向こうを盗み見る間、蓮は若干下向き加減になっている鬼道に近づいた。

「人……か。恐らくだが、地球人の協力者もいるのだろう。宇宙人は知識と策、そして石だけを与え、やつらに協力する人間が今の事態を引き起こしているのかもしれない」

「それなら、エイリア学園の能力も説明がつくね。元々は人間だけど、あの石の力で能力を飛躍的(ひやくてき)に伸ばしているってね」

  鬼道の独り言に蓮は天を仰ぎながら同意した。その時、蓮は誰かに肩を叩かれた。気づかなかったが、鬼道が位置的に叩けない方の肩を叩かれた。
 蓮が反射的に振り向いたところ、一人の男が立っていた。
 歳が相当上であるように思える小太りの男だ。口元に白いひげをたっぷりと蓄え、目には丸い小さめなサングラス。頭には濃い紫のバンダナを巻き、中華風のバンダナと同じ色の服を着ている。蓮は敵かと思い、目つきを鋭くして睨むと、鉄扉を睨んでいた円堂が振り返り、小さく、だが明るい声を出した。

「あ、響木(ひびき)監督!」

 円堂が駆け寄ると、続いて風丸と鬼道も響木の周りに集まり始めた。その顔に恐怖や焦りといったものはなく、むしろ頼っているような顔付きだ。雷門の知り合いなのだろうか。
 蓮があんぐりと口を開けていると、響木の方から蓮に歩み寄ってきた。

「お前は雷門の新入り、白鳥だな?」

 その言葉で大まかな察しはついたものの、蓮は念を押すように一応、尋ねた。

「え、どうして僕の事を知っているんですか?」

「白鳥、響木監督はオレたち雷門サッカー部の監督なんだぜ!」

「普段は雷雷軒って言って、ラーメン屋の店主をやっているんだ」

 円堂と風丸が順々に小声で解説し、蓮は予想通りで納得した。
 蓮は緊張した新入りのようにびしっと体制を整え、よろしくおねがいしますと響木に頭を下げる。もちろん声量を落として。すると響木は苦笑しだす。

「そういえば転校初日にお前には迷惑をかけたな。ここで謝らせてもらう」

 今度は円堂たちがぽかんとする番だった。わけがわからないと言った顔で蓮に目を向け、蓮ははっとした顔でいつも通りの声量を出そうとして、慌てて口を塞ぐ。一息つくと、ひそひそ声で話し出した。

「あ、もしかして転校初日に傘美野に行くよう僕の家に電話かけてきたのも、転校初日なのに瞳子監督が僕のことを知っていたのも——」

「そうだ。俺が全て手を回した」

 蓮がもう気にしていません、と取り繕うと、円堂が口を開いた。

「ところで、響木監督がどうして愛媛に? 鬼瓦さんもいたみたいだし」

「愛媛で子供が攫われるという事件に、とある“男”が関っていると聞いてな。ここまで調べに来たんだ」

「“男”って?」

 蓮の問いに響木は、鬼道に哀れむような、ためらうような視線を投げかけたその様子を察した鬼道が首をかしげる。鬼道に何か関係があることだろうか。

 その時、蓮は先日鬼道の携帯に帝国学園の仲間から連絡があったことを思い出した。そしてすぐ上にある真・帝国学園の文字。とても無関係とは思えない。

「帝国学園で何かあったんですか?」

 心配そうに蓮が尋ねると、鬼道は口を開けた。ゴーグルの中の赤い瞳が驚きで揺れている。ここまで動揺を見せる鬼道は始めてみた。話してください、と懇願するような眼差しを鬼道は響木に向ける。動作がいつもより慌しく見える。響木は、話すのをためらうように考え込み始めた。

 しばし沈黙の時間が続き、響木が重い口を開く。

「実は影山 零治(かげやま れいじ)が、この愛媛にいる可能性があるんだ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.120 )
日時: 2014/04/02 23:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: s5c4A2FH)  

『影山 零治』の名を聞いた途端、円堂たちは計ったかのように瞠目した。中でも鬼道はひときわ大きく目を見開き、驚きの光を宿している。口まで無造作に開けられている。
 普段、わりかしら落ち着いている鬼道が、ここまで感情を顕にするのを蓮は初めて見た。誰が見ても感情を理解できるはっきりとした顔つき。蓮はその顔と円堂たちの顔を交互に眺めていた。

 鬼道はふらつく身体を支えるように、一歩後退した。顔中に冷や汗が張り付き、表情も凍り付いている。風丸が「おい、鬼道。大丈夫か?」と声をかけ、鬼道は戸惑いながら返事をする。思い詰めた顔で憎憎しげに塀をにらんだ。
 一方、影山がわからない蓮は、呆然とした表情で鬼道と風丸を見ていた。その横で、円堂が円堂にしては小さな声を上げた。

「か、影山がいるんですか!?」

「……ね、影山って?」

 蓮が遠慮がちに尋ね、円堂と風丸が同時に声を上げた。鬼道は鉄扉の方に走っていく。

「あ、そっか。白鳥はフットボールフロンティアの時にはいなかったもんな」

「あいつは卑怯(ひきょう)が服を着たような男だ。ところで、白鳥は『帝国学園』を聞いたことがあるか?」

 風丸は恨みがましく呟いてから話を切り替えて、蓮に聞いた。蓮は首を縦に振る。

「今年雷門が勝つまで、四十年間優勝し続けた王者の学校だろ?」

 蓮が生まれるずっと昔から、フットボールフロンティアで優勝を続けてきた帝国学園は、サッカーをやらないものですら名前を聞いたことがあると口をそろえる有名校だ。
 ただし、『帝国』の名かどうかは不明だが、通うには相当のお金が必要なのだという。一方で、中には帝国学園であることを誇りに思い、他校を見下す暴慢(ぼうまん)な人間もいると嫌な噂も絶えない。

「そうだ。そして、影山は帝国学園が四十年間勝ち続けた時代の監督、いや帝国の選手たちには『総帥(そうすい)』と呼ばれていたから総帥と呼ぶことにするか。総帥だった男だ」

 響木が説明して、蓮は初めて気がついた。
 帝国学園が勝ち続けていた間は、影山がずっと監督をしていたのだ。いくら帝国が強いとはいえ、選手は毎年入れ替わる。能力が高い選手が集まる年もあれば、全くと言っていいほど強くない年だってあるはずだ。いや、なければおかしい。“永遠の強さ”なんてありえない。
 
 授業で習った『平家物語』の一説に、『たけき者も遂(つい)にはほろびぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ』がある。勢いが盛んなものも、いつかは滅び去り、その姿は風の前の塵と同じだというわけだが、サッカーもそうだ。
 サッカーが上手かった友人は怪我し、サッカーができなくなってしまった。年をとった選手は引退する。大会で勝つ国は毎年変わる。——ずっと頂点に君臨し続けるのは無理だ。

「40年も無敗なんて、おかしい気がする。偶然にしては勝ちすぎだ」

 思ったことをそのまま言うと、鉄扉と睨み合いをしていた鬼道が首だけを蓮の方に向け、

「白鳥は鋭いな。あいつは——影山は、帝国が勝ち続けた四十年間の間、巧みに裏から手を伸ばし、帝国の相手校を潰してきた。ある時は相手校に喧嘩を起こすよう仕向け、ある時は相手校を試合で叩き潰し、またある時は鉄骨を落として相手校を怪我を負わせた」

 感情を押し殺した声で淡々と言った。感情を表に出さないように振舞っているようだが、顔は時折悔しそうに歪み、唇を強く噛んでいた。感情を隠すように時々前を向いた。

 苛立ち紛れに鉄扉を蹴ろうとしたのか、片足を引き、男がいることを蓮に注意されてしぶしぶ止めた。

 気持ちのやり場がないらしい。鉄扉の変わりに足元のコンクリを強く蹴りつけた。強く。何度も。何度も。その度に背中の青いマントが舞い上がる。頭の中の“影山”に攻撃しているのだろうか。

 蓮は目を細め、悲しそうに鬼道を眺めている。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.121 )
日時: 2014/04/03 17:22
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: zypMmNa5)  

影山と鬼道の間には、何かあるのだろう。しかしフットボールフロンティアの時にはいなかったから、理解はできない。
 蓮は地面を蹴り続ける鬼道に近づくと、落ち着いてというように鬼道の両肩を掴んだ。鬼道は地面を蹴るのを止め、顔をバッと上げた。
 ゴーグルの奥の瞳は驚いたように揺れていたが、すぐに怒りの光を宿す。

「……影山ってやる時は徹底的なんだね。ひどいやつだ」

 蓮は鬼道の肩から両手を離し、同調するように言った。鬼道は悔しそうな顔で天を仰ぐ。

「あいつは雷門を倒すことにした後は、世宇子中の名の下に“神のアクア”を作り、そのおかげでようやく逮捕された。だが、あいつはここにいる。あいつの企みは早く止めなくては……!」

 鬼道は鉄扉に近づこうとして、蓮は鬼道が何をしようとしているのか理解する。急いで両腕を伸ばしながら、鬼道の前に回りこむ。鬼道はこの前見せた怒気を孕んだ瞳で、蓮を睨み据えた。
 円堂たちが怖さのあまり身体をびくっと震わせる中、蓮は怖気づかずに強気な顔で鬼道と対峙している。鬼道が睨めば、睨み返す。普段の穏やかな態度からは想像がつかない、強気な態度だ。

「白鳥。そこをどけ! オレは影山と決着をつける必要がある!」

 鬼道が怒鳴り声を張り上げ、蓮は反射的に振り向いた。
やはり声が聞こえたらしく、波止場前をうろついていた男たちが一斉にこちらを向く。
 向かれる前に蓮は鬼道の腕を掴んで、無理矢理円堂たちがいる塀側に連れ込んだ。鬼道が蓮の手を払いのけようとし、蓮は、鬼道を睨みながら非難するような声で意見する。

「一つ聞くけど、僕たちまで捕まったら、木暮くんや他のみんなはどうなるんだよ?」

 その言葉でようやく鬼道は今の事態を思い出したような顔付きになった。「すまない」と短く謝ると、蓮に背を向けて俯いてしまう。
 蓮は鬼道の腕から手を外すと、心配そうな声で鬼道に話しかける。

「鬼道くんどうしたの? 急に焦りだして」

 すると今まで黙っていた円堂が動く。蓮の横に歩み寄ると、鬼道に控えめに声をかける。

「鬼道、白鳥に話してもいいよな?」

 鬼道はみなに背を向けたまま頷いた。背中から喪失感と怒りと悔しさと悲しみと——複雑な感情を感じさせられる。蓮は黙って鬼道を見つめていたが、円堂に向き直る。

「鬼道は元々帝国学園にいたんだ」

「え、帝国学園に?」

 話はこうだった。
 
 両親を早くに亡くした鬼道と春奈は養護施設に引き取られた。その養護施設で、鬼道はサッカーの才能を影山に見出され(みいだされ)、影山が鬼道財閥に養子縁組を推薦し、鬼道は鬼道家に引き取られたのだという。司令塔として育成され、それはサッカーにおいて司令塔であることは、多くの系列企業を束ねることのシミュレーションであるというのが理由らしい。こじつけっぽいと蓮は思ったが、あえて声には出さなかった。

 

 春奈も言っていたが、その後、施設に残された春奈は音無夫婦に引き取られ、二人はバラバラになってしまったのだ。春奈と鬼道の苗字が違うことは気にしてはいたが、こういう悲惨な過去だとは春奈の話を聞くまで蓮は知らなかった。

 春奈はごく普通に育ったのに対して、鬼道はずっと影山にサッカーを教わったのだという。そして当然のごとく帝国学園に入った。相手校を圧倒的な力で捻じ伏せていたらしい。今からは考え付かない。だが、雷門と一戦を交えたことで鬼道は変わる。

 影山が行う行為に疑問を持ち、雷門と再度戦うときには雷門の命を助けたらしい。もし鬼道が口を出さなければ、雷門は鉄骨の下敷きになっていたのだと言う。帝国学園は影山から離反し、自分たちのサッカーで戦った。

 この鉄骨が原因で影山は一度は警察に捕まったらしいが、証拠不足で釈放。今度は世宇子中を率いて、帝国学園を潰した。そして世宇子を倒すため、鬼道は雷門の仲間に——

「…………」

 長い話を聞き終わり、蓮は驚きと戸惑いが混じった顔で鬼道の背中に目をやっていた。風になびく鬼道の青いマントだけが音を立てている。

 鬼道が影山にこだわる理由が分かった気がする。離反したからこそ、逆に悪事を止めたいと思うのだろう。かつてサッカーを関ったからこそ、”悪事”を許せないのだろう。ただ鬼道が影山を拒絶するような態度から察するに、影山との関係を断ち切りたいのかもしれない。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.122 )
日時: 2014/04/03 20:05
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: horemYhG)  

鬼道の指示で、蓮たちは音を立てないよう鉄扉に近づいた。声を殺しながら、強張った面持ちで中の様子を窺っている。静寂だけが鬼道たちを包み込んでいた。いつもは元気な円堂ですら、緊張した顔付きであることからみなが真剣であることが分かる。
 
 男たちは二人。やがて中からもう一人出てきて何やら話し込んでいる。三人とも違う反応をしているとはいえ、姿形が全く同じなのが不気味だ。ややこしいので、今倉庫から出てきた男は『男A』、元々立っていた二人は、『男B』、『男C』とそれぞれ表すことにしよう。特に深い意味はない。

「おい、そろそろ出発の時間だ」

「了解」

 男Aが早く倉庫の中に入るよう男BとCを促す。男Bはこくりと頷き、男Cは跳ねるような仕草をした。見た目こそ似ているが中身は微妙に異なるらしい。円堂たち五人は、新たな発見に思わず互いに顔を見合わせた。

「それとさっき捕まえたやつも連れて行くそうだ。早く支度をしろ」

「わかったにゃん。四十秒で支度するにゃん」

 男Cが変な語尾と共に崩れた敬礼。不覚にも円堂が噴出しそうになった。風丸が容赦なく円堂の口を片手で覆う。円堂は顔を真っ赤にして暴れた。風丸に口を塞がれた際、鼻まで塞がれたため、苦しいのだろう。息苦しそうに顔を歪め、抗議するように何か叫ぼうとしているが、言の葉にはならない。
 その様子を蓮は呆れたように眺めていたが、しばらくして風丸が円堂を解放した。それを見た蓮は、前を向く。

「風丸、塞ぎ方が悪いよ」

「悪いな」

 円堂が小声で抗議し、風丸も声を潜めて短く謝り、二人とも門の向こうを見やる。
 男たちA、B、Cが倉庫の中に消えると同時に、波止場前をうろついていた男たちが、一斉に身体を右に向けた。軍隊の行進のように揃った足並みで、蓮たちから見て左から右に進んでいく。男たちの気持ちが悪い行列は五分ほどで、全員が右の方向に進んだ。それ以上後には誰も続かなかった。
 
 見張りがいる可能性がある、と鬼道の意見で、蓮たちは十分ほど様子を見る。十分たったが誰も来ない。鬼道は中をにらみつけながら呟いた。

「……いなくなったようだな」

「よし、早く行こうぜ!」

 円堂が元気よく鉄扉に駆け寄り、無理やり引っ張る。が、鍵がかかっているらしく、びくともしない。
顔が見る見るうちに赤く染まり、唸り始めた円堂を見て、蓮は円堂に声をかける。

「任せて」

 蓮はジャージの袖を捲り上げると、身軽に鉄扉をよじ登り始める。
鬼道たちが驚いたように蓮を見上げる中、蓮は早くも鉄扉の上に腹を引っ掛け、両手足をだらしなく下げている体勢になっていた。そのまま器用に身体を動かし、鉄扉の向こうに飛び降りる。着地するとすぐに扉を閉めている閂(かんぬき)を外し、と鉄扉を開いた。鉄が地面にすれる甲高い音と共に、扉が開く。

「すごいな白鳥!」

「よじ登れるなんて、大した運動神経だぜ」

「来てもらって正解だったようだな」

 扉から入ってきた円堂たちが、次々に蓮を誉めそやす。蓮ははにかみとも苦笑ともつかない表情を浮かべていた。

 なんせ校門登りを自力習得したのが、遅刻を防ぐため。通っていた小学校の裏門には、ある時間を過ぎると先生がいない。従って、よじ登ってしまえば怒られることはないのだ。そのために習得した。これを説明するのはどうにも気が引ける。

「あの倉庫だな」

 円堂は、男たちが入っていった倉庫を指差す。

鬼道の指示により、辺りに気を配りながら慎重に進んだ。試合といい今といい、鬼道は優れたリーダーだなぁと蓮は改めて痛感する。

 倉庫と倉庫の間や波止場前と注意深く視覚と聴覚を働かせるが、見えるのは誰もいない港。聞こえるのは、海鳥の鳴き声と風の音。

 ゆっくり進むうちに、問題の倉庫の前についた。コンテナなどを置く長方形の建物だ。扉は開け放たれており、中から冷気がこちらに吹き付けてくる。円堂たちは身を震わせた。

 その冷気は、涼しい場所にあるものではなく、霊山や神社で感じる凛とした空気に近い。ただ、心地よいものではなく、身体を内から震え上がらせるような威圧感を纏ったもの。

 蓮は心がざわつき始める。そしてそのざわつきが的中するように、

「ふふ。待っていたわよ、雷門中サッカー部」

 まだ若い女の子の鋭い呼びかけが聞こえる。冷気が一層激しくなった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.123 )
日時: 2014/04/03 22:11
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

「だ、誰だ!?」

 冷気を吹き飛ばすように円堂が叫んだ。
 その声に反応するように吹き付けてくる冷気は収まった。しかし、肌をぞくぞくと撫でていく気味の悪い寒さはまだ肌に残っている。それは冷”気”でも、人が放つ”気”のように蓮には思えた。中にいる人間は普通の人間ないことだけは何となく感じ取っていた。
 
 蓮たちは顔をこわばらせながら、扉を乱暴に蹴破り、中に突入する。砂っぽい乾いた空気が喉を直撃し、蓮は咳き込んだ。風丸に背中を擦って介抱され、口を開けたまま立っている鬼道と円堂と同じ方向を見た。

 何もない灰色の床を、明り取りの窓から差し込む日差しが、照らしていた。光の中にほこりが舞っている。だが日差しは別のものを、倉庫の奥に浮かび上がらせていた。それは秋や夏未とさほど変わらない少女たちの影。

 一人は、以前バーンが纏っていたユニフォームをまとう少女。小さな胸のふくらみと細い腰が可愛らしい。背丈は秋ほどか。オレンジの髪をショートカットにしているが、前髪はカールを描くように渦を巻いていて、かなり独特のヘアスタイルだ。可愛い身体な半面、青い切れ長の瞳は吊り上っていて、きつそうな印象を与える。

 もう一人はオレンジの少女よりほんの少し背が低い少女。かなり小柄で、木暮と同じ背丈に見える。濃い青い髪をボブカットにし、もみあげを黄色い髪留めで止めていた。垂れ気味な黒い目に小さな桜色の唇が人形のよう。顔付きは固く、与える印象は冷たい。
 二人の少女は蓮たちと目が合うと、待っていたといわんばかりに口を歪めた。蓮たちは緊張のあまり生唾を飲み込む。静かなせいで、その音がはっきりと自分たちの耳に届いた。

「初めまして、かしら。あたしはエイリア学園マスターランクチーム、<プロミネンス>の一員、レアンよ」

「わたしは、同じくエイリア学園マスターランクチーム<ダイヤモンドダスト>の一員、クララ」

 オレンジの髪の少女——レアンと、青い髪の少女——クララは、淡々と自己紹介をする。
 『イプシロン』に続く新たなエイリア学園チームの登場に、蓮たちは驚きを隠せなかった。そういえば彼らはエイリア学園のチームだと名乗っているが、リーダーや他のメンバーが見当たらないのは何故かと蓮は思ったが、その疑問はすぐに消えた。驚愕の面持ちになりながらも、同時に緊張の面持ちも浮かべ、身構える。

「エイリア学園、オレたちに何のようだ! 木暮を返せ!」

 円堂が怒鳴ると、レアンとクララは目を伏せて静かに笑う。蓮は、背筋を寒さが駆け抜けた気がした。
 
「そうね。返してあげてもいいわ」

「なんだって?」

 予想外の言葉に円堂は聞き返すように言葉を漏らす。するとクララは、視線を横に動かし、黒い瞳で見据える。レアンもまた、同じ人物に目を向ける。——風丸の横にいる蓮に。

「あなたが、今すぐ雷門中サッカー部から去るのなら、ね」

 落ち着いた声音で、クララはしっかりと蓮の瞳に視線を合わせながら言った。目つきこそ凪のように穏やかであるものの、視線自体は刺々しいものだった。目が合った瞬間に初めて感じ取れる、地雷のようなものだ。憎悪や怒りがこもった視線に蓮はたじろぎそうになるが、負けじとレアンとクララを睨み返す。

 

「何を言っているんだ」
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.124 )
日時: 2014/04/03 22:13
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: I1RbCwCF)  


 蓮の低い声に、レアンとクララは蓮に向ける視線をますます厳しくした。蓮も目つきを鋭くする。蓮とレアン、クララの間には見えない空気がぴんと張り詰め、他のものが近づくことを拒んでいた。

 しばらく無言のにらみ合いが続いていたが、クララが口を開く。

「あなたがいると目障りなの」

 囁くような小さな声。けれど言葉はとても恐ろしい。円堂がクララに食って掛かろうとして、蓮が手を出して制する。風丸も鬼道も憤っているらしく、クララを睨む。続いてレアンが、

「あんたが雷門にいるとね、困る”お方”たちが居るのよ」

 クララの言葉は無視することにするが、レアンの言葉が引っかかる。僕が雷門に居ると困る人って誰だ? 

「それって、誰?」

「あなたに教える義務はないわ。ただ、一つだけ教えてあげる。あなたはね、その”お方”たちをとても傷つけているの」

 馬鹿にするような口調で言っていた言葉を切ると、クララは垂れている目を吊り上げる。今まで違い、無表情だった顔に怒りがはっきりと刻まれていた。瞳にも憎しみや怒りの感情がはっきりと見え、今までの冷静さが嘘のように思われる。

「あなたはなんにも知らずに、”お方”たちを悩ませているの。少しは罪の意識を持っているのかしら!? 答えなさいよ!」

 今までの冷静な口調とは打って変わり、激しい口調。唾が飛んできそうな勢いで、恐ろしい剣幕で蓮を問いただす。”気”が風となって身体に吹き付ける。円堂たちはクララの雰囲気に圧倒され、その場で立ち尽くしていた。蓮だけは、円堂たちの前に出た。円藤たちを守るように、腕を組んで仁王立ちになり、クララやレアンと対峙する。

「…………」

 何、わけの分からないことを言っているんだと言い返すように、クララに冷めた視線を送る。誰を悩ませているのかは知らないが、こいつらの言うことはいちゃもんの可能性が高い。根拠のないでたらめだ。嘘だけで、雷門をやめるわけなんてない。

 クララは呆れた顔付きで笑った。冷たい顔が哀れみを送ってくる。

「あなたは愚者ね。雷門中のサッカーは『仲間ごっこ』だってことに気づいていないんだもの」

「『仲間ごっこ』?」

 蓮は思わず尋ね返した。クララはレアンに目配せし、レアンが哀れむように——見下すようにせせら笑ってきた。

「あんた、エイリア学園との戦いで倒れてばかりで、大して活躍していないそうじゃない。試合で役に立てないような人が、どうして雷門にいるの?」

「……それは」

 蓮は頭に言葉が出てこず、口を閉ざしてしまう。レアンは、蓮の言葉尻を捕らえて畳み掛けてきた。クララと同じく、その瞳には強すぎる負の感情が渦巻いている。

「あら、咄嗟に答えられないの? やっぱり『仲間ごっこ』ね。どうせ『今は無理でも後で何とかなる』とか、言われていそうだけれど——それは、あなたを傷つけないための”嘘”。本当はみんな、あなたみたいに成長の見込みがない人は、やめてほしいと思っているの。でも、言えば双方の気分を害することになるわ。だから言わないの。自分が嫌な思いをしたくないから黙っている……雷門は、そんな自分勝手な人間の集まりよ」

 以前に悩んでいたことをぶりかえされ、それでも図星なことを指摘され、蓮は悲しくなった。今すぐ消えてしまいたかった。

 『試合で役に立てないような人が、どうして雷門にいるの?』と言うレアンの台詞が頭を支配し、何度も反芻する。円堂たちがレアンに噛み付く声も聞こえなくなっていた。

 

 ——チームのみんな本当は僕のことをどう思っているんだろう?

 倒れるたびに心配そうに優しい声をかけ、介抱してくれる仲間たち。しかし、それは”本心”ではなく、レアンの指摘するとおり”仕方なく”と言う可能性もある。今までもそう感じることはあったが、その可能性は打ち消してきた。本心は嫌だが、”チームメイト”として、仕方なく助けてやっているのかもしれない。早くサッカー部からいなくなってほしいと思われているかもしれない。

「……僕は、僕は……」

 蓮は頭を抱え、唸るような声を発した。何かを堪えるように唇をぎゅっと噛み、瞳を閉じている。身体が不安げに揺れていた。円堂たちが蓮に駆け寄り、三人で蓮の名前を呼ぶ。四人の様子を眺め、レアンとクララは顔を元の静かなものに戻した。レアンがすうっと短く息を吸い、

 

「ここまで言えば分かるでしょう?」

 静かな声で問う。蓮ははっとした顔でレアンを見て、円堂たちは厳しい目つきで応対した。

「さあ消えなさい、白鳥 蓮!」

 クララが怒りの炎を目に灯したまま叫んだ。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.125 )
日時: 2014/04/03 22:16
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

消えろ、とクララに言われ、蓮の思考は混乱の渦の中にあった。

 雷門の仲間は、倒れたり、体調が優れないと優しい言葉をかけてくれる。あれは”建前”で本音ではないのだろうか。建前であんなに優しい響きを持つわけない。けど、もしかしたら——考えれば考えるほど、頭が熱を帯びてくる。

 北海道のあの言葉も嘘よ、とクララの冷たい幻聴が聞こえ、熱が引いた。追い討ちをかけるように、レアンがだからあなたは愚者なのよと囁く。蓮は、悶えた。わからない、わからない。誰を困らせているのかも、誰が自分を必要としているのかも。

 蓮が頭を抱えている間、円堂たちは蓮に己の思いを真っ正面からぶつけていた。

「白鳥! オレたちは、お前に雷門中サッカー部にいてほしいと思っている!」

 と円堂が、

「奴らの言葉に惑わされるな。イプシロン戦でのお前の活躍をオレは知っているぞ」

 と鬼道が、

「お前は、これから活躍するんだろ! ここでにげだすな!」

 と風丸が。

 三人の言葉を聞いた蓮は、頭から手を離した。三人の思いを確かめるように、円堂、鬼道、風丸の順に顔を向ける。蓮に顔をむけられるたび、三人は力強く頷いた。本当だ、と答えているようだ。

 三人の真意を確かめた蓮は、強い意思を秘めた黒い瞳でレアンとクララを睨む。同時に、仲間を疑った自分を恥じ、拳を握る。しかし、クララとレアンは蔑むような顔で四人を眺めていた。

「僕は雷門を止めない」

 蓮が力強くいい放ち、レアンとクララは面白くなさそうに眉にしわを寄せる。感じる冷”気”が一層強くなる。肌に悪寒が生じる。

 これ以上何か言えば、恐ろしいことを起こす、とレアンとクララは無言でどすをきかせてきた。彼女らが発する冷”気”は、憎しみと怒りを交えた総身を粟立たせるものだ。でも、怖くない。蓮は、後ろに立つ三人に微笑みかける。三人は笑い返してくれた。——そう、仲間がいるから。

 勇気を得た蓮は、強い眼差しをクララとレアンに向け、続けた。

「僕はエイリア学園を倒すため、仲間と共に”ここ”にいる! ここが僕の居場所なんだ!」

 蓮が、今までに見せたことのない気迫で叫んだ。散々悩んだからこそ出てくる。はっきりとした、自信に満ちた叫び声だった。強い叫びは、冷”気”をかきけした。

 蓮の気迫にレアンとクララは圧倒され、目を限界まで見開いて固まっている。円堂たちは、「よく言ったな!」、「それでこそ雷門の一員だ」、「いいぞ、白鳥」と口々に蓮を誉めそやす。蓮は、親指を立ててウィンクしてみせた。それからクララとレアンに向き直り、みながかろうじて聞き取れる程の声量で、こぼした。

「……それに知りたいんだ」

 最後に晴矢と風介のことを、と誰にも聞こえない音量で追加しておいた。

 懐かしい気持ちを起こさせる彼ら。いつも、頭の片隅にもやががったように懐かしさの原因を思い出せない。しかし、旅を続ければわかる気がした。何となくと根拠のないものだが、その予感はある。

「やっぱりあなたは愚者だわ!」

 今まで黙っていたレアンが急に高く笑う。

「せっかく警告してあげたのに、突っぱねるんですもの」

 レアンが蓮を愚弄ぐろうし、蓮は挑発するような笑みを見せる。

「たった二人で何かする気?」

「……あなたに残された選択肢はひとつだけ」

 クララが哀れむように目を細め、細い声で呟いた。蓮は、円堂たちは身構える。ずっと立ち続けていたレアンが初めて動いた。スパイクが床を叩く音が、倉庫に何重にも響く。

「私たちに消されるって選択しか残っていないのよ」

 レアンが憎悪に満ちた声で言った。切れ長の青い瞳は、怒りに満たされ、背中からは怒りが赤く、憎しみが黒となって混ざりあっているように見えた。

「覚悟しなさい。<イグナイト・スティール>」

 レアンはその場で飛び上がると、勢いを保ったままスライディングを仕掛ける。その先にいるのは、——蓮。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.126 )
日時: 2014/04/03 22:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

「あっ!」

蓮は、レアンの動きに敏感に反応した。スライディングが足に当たる寸前、飛び上がる。ジャンプで生じた僅な空間をレアンが滑っていった。その後には、炎が生じている。レアンが滑った後には、一本の炎の道。熱くはない上、すぐに消えた。
蓮の足の下を通りすぎると、憎々しい顔で振り向きながら、レアンは壁に激突した。
それでほっとしたが、

「ガゼルさまの痛みよ。<フローズン・スティール>!」

「白鳥! 避けろ!」

風丸の注意を促す叫びに振り返ると、クララがこちらにスライディングをしかけていた。普通のスライディングよりも速く蓮に襲いかかる。あっという間に蓮の前に来た。
先程のレアンと同じ体勢ではあるが、彼女がスライディングで通った道は凍っている。

「……しつこいよ」

風丸の注意で、蓮はまた宙に舞い上がって難を避けた。クララは当たらないと見るや素早く立ち上がり、また体勢を整えて<フローズン・スティール>をしかけてけてくる。また、ジャンプでやり過ごし地に着陸。
その後もクララとレアンの猛攻は続く。
蓮ばかりがターゲットにされ、円堂たちは蓮を守ろうと動くが、レアンに邪魔される。その隙にクララは、蓮に<フローズン・スティール>で攻撃した。蓮は、持ち前の運動神経でかわしつづけるものの、だんだんジャンプするタイミングが遅くなってきた。着地の度に荒い息を吐いている。
なにもできず、歯痒い思いで円堂たちは蓮が疲れていくのを見もることしかできなかった。
しばらくクララを避け続けていると、クララは勢い余って壁に足を激突した。蓮は、肩で息をしながらクララを睨んでいる。しかし——それに夢中で背後から<イグナイト・スティール>で迫るレアンに気づいていなかった。

「白鳥!」

青ざめた顔で風丸が蓮の名を呼んだ時——蓮の身体は、仰向けで宙にふっとんでいた。吹き飛ばされた蓮は、呻き声を出しながら、つらそうに顔を歪めていた。レアンが下でほくそ笑み、素早く立ち上がる。そして、重力の法則で蓮が地面に落下する寸前、

「<フローズン・スティール>!」

楽しそうな声をあげながら、今度はクララが蓮の身体を宙に送る。蓮は、痛さから悲鳴をあげ、きつく閉じられた目から涙をこぼした。円堂たちが助けようと走り込み、レアンの<イグナイト・スティール>にまとめてぶっとばされた。壁際まで跳ばされて後頭部を強打し、崩れるように三人とも前にたおれこんだ。

「……み、みんな」

痛みに耐えながらも、宙にいる蓮は、倒れた円堂たちを心配そうに眺めていた。
その顔を見たかったと言わんばかりにレアンが高笑いをする。

「あはは! いいざまだわ。あなたのせいで仲間はきづついた。でも、バーン様の痛みはこんなものじゃない。もっともっと味わいなさい!」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.127 )
日時: 2014/04/04 20:26
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

レアンが<イグナイト・スティール>で、蓮を空中に浮かせ。そして蓮が落ちると、クララが<フローズン・スティール>でまた宙に送り返す。下に行けばレアンが<イグナイト・スティール>で……蓮は、クララとレアンによって何回も空中へ撥ね飛ばされる。まるで蓮の身体をボールにし、バレーボールでもしているようだ。スライディングで蓮の身体を宙に浮かせ、落ちたらまたスライディングで打ち上げる。

蓮は、抵抗できずにされるがままになっていた。ジャージがあるのでまだよいが、身体に力はなく、動かすことすらできない。
跳ばされるたびに、焼けつくような痛みと刺すような痛みが交互に走り、激痛となって肌を蝕んだ。苦痛を耐える顔には冷や汗かびっしり張り付いている。息のテンポが速くなる。
レアンとクララは、スライディングが当たって痛くなるよう角度を計算しているらしい。やたらと腕を、弱い力で狙ってくる。どうやら長いこといたぶりたいようだ。
そのせいか足は平気だが、腕はもう感覚がなくなっていた。痺れていた。二人のスパイクが当たっても、痛くもない。スパイクの先が、肌をえぐるように当てられるのを感じるだけだ。

初めは痛みに耐えきれず、小さく呻き声や涙を漏らしていた。それでも唇をかんで、声を出さないよう必死に堪えていた。が、あまりにも早すぎる間隔で痛みが襲ってくるので、やがて声がでなくなる。息がつまり、視界が端から霞んできた。倉庫の窓や壁の輪郭が溶けるようにぼやけはじめる。

(……だめ、いしきが)

どさ、と身体が地面に落ちる音を聞いた。半拍ほど遅れて、床のひんやりとした冷たさが脳に伝わってくる。身体を動かしたいが、重りでもつけたように重く、動かなかった。

「……反省した?」

クララの冷ややかな声が降ってきた。蓮は力を振り絞って身体を震わせながら、頭だけを動かし、声の方を見上げる。霞ゆく視界にレアンとクララが、蔑むように見下ろす姿がぼんやりと映った。

「その顔だと、していないみたい。まあ何も知らずに消えた方が幸せね」

クララが静かに語りかけ、レアンも哀れむように口を開く。

「命は助けてあげるわ。”消えろ”って言うのは、エイリアとの戦いから”消えろ”ってことよ。この戦いであなたは、”いてはならない存在”なのよ。お仲間とおんなじで、病院で大人しくしていればいいのよ」

「……いやだ」

蓮は、レアンとクララを弱々しく睨みながら、ゆっくりと言葉を吐き出した。
かろうじて上半身を支えていた腕から力が抜け、蓮は床にうつ伏せになってしまった。

「あら、まだ話せる元気が残っていたの」

レアンが冷たい眼差しを送り、蓮はまた腕に力を込めて上半身を起こした。力ないが、強烈な光を宿した瞳で二人を捉える。速くなる呼吸のせいで、変な区切りかたをして話す。

「みんなと、仲間と、一緒に、戦うって、約束したから」

「バカじゃない」

クララは蓮を嘲笑うと、蓮の腕に軽く蹴りを入れた。蓮は、前につんのめりかかったが、歯を食い縛って、何とか持ちこたえる。

「仲間? あのおべっかをまだ信じていたのね」

レアンは小馬鹿にする口調で言いながら、勢いをつけ、蓮の背中に座った。

レアンの全体重をかけられ、腕で身体を支えられなくなった蓮は、呻いて、両手を前につき出すようにして上半身を伏せてしまった。レアンは椅子に座るように、伏せた蓮の背中の上で足を揺らしている。弱りきった蓮に抵抗する力はなく、少女の重みが身体を圧迫し、息がますます苦しくなるだけだ。

苦しむ蓮の前にクララが立ち、前髪をわしづかみにした。髪を引っ張り、蓮の顔をあげさせる。苦痛の色を顔に出しながらも、瞳は媚びていなかった。むしろ、抗うような意志を宿してクララを見据えていた。クララは、面白くなさそうに鼻をならして、蓮の顔を自分の顔に近づける。

「さっきから弱音の一つも吐かないけど、どうせ来ないとは言え、助けくらい求めたらどうなの? わたしに求めてもいいのよ」

「お前たちに、助けなんか求めない」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.128 )
日時: 2014/04/04 20:29
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

蓮がはっきりと言い切り、クララは驚いたように目を少し見開く。レアンは、変わらず腕を組んで、痛みに耐えながら、顔をあげさせられてもなお、睨み付ける蓮を背中から見下ろしていた。

蓮に助けを懇願する様子はなく、抵抗しようとする意志がはっきりと表れていた。苦痛で顔を歪め、荒い息を吐き出しながらも。残ったわずかな力で歯を剥き出しにし、弱々しくも厳しい視線を二人に向けた。

レアンは、退屈そうに頬づえをつきながら、気絶している円堂たちを一瞥すると、

「つまらない意地ね」

視線は蓮から逸らしながら、レアンは吐き捨てるように言った。馬鹿にする一言に、蓮は震える声で必死に言葉を紡ぐ。

「ぼ、僕には、サッカーが、導いて、くれた、な、か、まが、いる。彼らは、絶対に、ここに、く、る……」

ほとんど聞き取れない、掠れた声が蓮の口から発せられた。レアンが「元気だけはあるのね」と、呆れた声を出した。

話すにつれ語勢ごせいは、徐々に弱まり遂には消える。蓮は、なおも口を動かしているが、言葉にならない。虚しく口だけが動いていた。それを見ていたクララは、蓮の髪を掴みながら冷笑を浮かべた。

「来るわけないじゃない」

「来る!」

それを否定するがごとく——突如、蓮が大声をだしたことにクララとレアンは瞠目する。場を支配するような圧迫感が一瞬、流れた。あまりの気迫に、レアンは転がるように蓮の背中から飛び降りた。クララの手から、蓮の頭が落ちた。蓮は額を軽く床に打ち付けたものの、最後の力を腕に込め、手のひらを床につけた。震える上半身を起こしながら、凍り付く二人を睨む。ライオンが睨むような迫力にクララとレアンは、たじろいだ。

「僕は仲間を信じて待つんだ! だって、これが仲間たちを信じていると証明する……」

蓮は力の限り叫び、最後に「から」と続けようとした。しかし急に息がつまる。それに気づいた瞬間、全身から力が奪われていった。両腕が折れ、身体が床に引き寄せられる。冷たい空気が風となって吹き付けてくる中、視界がどんどん床の灰色に染まる。

倒れる直前、蓮の口がはっきりと動く。”ご”、”め”、”ん”と。特定の誰かに向けられたものではない。ただ、雷門のみんな、そして晴矢と風介に向けられたものであることは間違いない。

もうエイリア学園とは、戦えないみたいだ。そんな絶望が胸を支配する。でも、と蓮はその絶望を心のすみに追いやる。

その時。蓮は顎を床につけ、うつ伏せの姿勢のまま動かなくなっていた。意識はあるが、身体に力は残されていない。ただ、異様な達成感が身体全体を包み込んでいた。仲間を信じ、待つんだと言ってやれたから。そう、それでいい。……でも、ごめんね。この思い、みんなに伝えたかったよ。……ごめん。晴矢のことも風介のこともまだまだ知らない。キミたちは、僕の一体なんなんだ。はるや、ふうすけと言う響きは、いつも懐かしくて暖かい。暖かさの先にあるものは何なのか。それを知りたい——そう考えた瞬間、ここで旅が終わるのは嫌だと、頭の細胞たちが訴えてきた。本当の雷門の一員になるため、南雲と涼野を”探す”ため、ここで旅は終わってはいけないと蓮に告げる。しかし、

「……バーンさまとガゼルさまが手を下せないなら、あたしたちがくだすまでよ」

「あなたがいると、バーン様とガゼル様の居場所がなくなってしまうの」

クララとレアンが、自分を説得するように呟くのを聞いて、やはり見逃してもらえないことを悟る。視界の霞も一層酷くなってきた。目眩が波のように押し寄せてくるし、耳を貫くような耳鳴りもする。身体が悲鳴をあげているのだ。蓮は、消えかかる意識の中、バーンとガゼルのことを考えた。何故、バーンとガゼルは自分が雷門にいると困るのだろう。だが、考える間もなく、

「<フローズン・スティール>」

「<イグナイト・スティール>」

なんの感情もこもっていない声がはっきりと聞き取れた。これで最後だと通告する冷えきった声。蓮は、覚悟を決めて目を瞑った。

熱気と冷気がじわじわと両側から迫ってくるのを感じる。二つの気はぶつかり合い、蓮の辺りでは心地よいそよ風と化していた。その時間だけは、ゆっくりに思われた。レアンとクララの行動が、スローモーションで再生されたように——近づいてきた。イグナイト・スティールが生み出す炎が陽炎のように揺れ、フローズン・スティールが作った氷が光を反射して輝く。その二つは、とても美しく思えた。自分の最期を美しく飾るために光っているように思えた。クララとレアンのスパイクの底が、腕から僅か三十センチ位の場所に来て、蓮が瞳を一層強く瞑り、意識を投げ出そうとした——その時。

「<アトミック・フレア>!」

「<ノーザン・インパクト>!」

倉庫の入口から、立て続けに声がした。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.129 )
日時: 2014/04/04 20:30
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

聞き覚えのある声がし、蓮ははっとしと目を開けた。頭からわずか数センチ上を、まず高熱を帯びた物体が通りすぎる。お湯が沸騰するのに似た音が耳に届く。肌寒いはずの気温が一気に上昇し、真夏並の暑さとなった。辺りは数秒のうちに、熱気に満たされる。蓮の肌にうっすらと汗が浮かび、熱気が空気を陽炎のように揺らす。蓮は、頭だけを動かして、真夏を作り上げるものを目で追った。それは、赤い隕石を連想させる、巨大な火の玉。正しくは火の玉のように膨らむ、炎を纏うサッカーボールだった。激しく炎を燃やしながら、レアンに近づいていく。豪炎寺の<ファイア・トルネード>を凌ぐ炎だ。炎が燃える勢いも、炎の大きさもこちらの方が勝っていた。

蓮が南雲のボールに見とれていると、今度は気温が一気に下がった。最初の気温を通り越し、真冬の寒さとなった。あまりの寒さに、蓮は頭を下げ、身を震わせた。頭の上を、風を伴いながら、物体がよぎったのだ。氷のような、冷気を放つ物体。何かと顔を上げると、凍り付いたペットボトル。透き通った氷の中に、スポーツ飲料のラベルが見える。凍り付いたペットボトルは、虹色の輝きを溢しながら、クララとの距離をどんどん縮めていた。

レアンもクララも、技を放つ体勢だったが、身軽にも身体を横に捻った。勢いがついていたせいで、壁際まで身体を回転させながら進んだ。<アトミック・フレア>と<ノーザン・インパクト>は彼女たちには当たらず、床に落ちる。火の玉も氷も消え、ただのサッカーボールとペットボトルに戻った。乾いた音をたてて、床に転がった。

レアンとクララは、壁に身体がぶつかると、素早く立ち上がり、振り返った。驚いた面持ちで、蓮を守るように立ち塞がる南雲と涼野を見る。南雲と涼野の顔には、強い怒りが露になっていた。敵意を目に灯し、威嚇するように白い歯を剥き出しにしている。蓮は、晴矢と風介が助けに来てくれた……と、二人の逞しい背中をぼんやり眺めていたが、とうとう意識を失った。崩れるように額を床につけ、それきり動かなくなる。

「蓮!」

涼野が心配そうに蓮の名を呼び、蓮に駆け寄った。南雲は、目を眇め、クララとレアンに食って掛かる。

「テメーら! 蓮に何したのか分かってんのか!」

南雲の怒声が、広い倉庫の中に反響した。南雲に同意するように、しゃがんで蓮の容態を窺っていた涼野も二人を睨む。南雲と涼野の迫力にクララとレアンは、びくっと華奢な身体を震わせた。しかし、レアンは懇願する光を目に宿し、

「バーンさま、ガゼルさま。何故そんな、塵芥川ちりあくたのような存在を守ろうとするのですか?」

青い瞳を潤ませながら、静かに南雲に尋ねた。南雲は無言でレアンを見つめながら答えない。レアンは、南雲の後ろにいる蓮を憎々し気に見やる。

「幼馴染み、だからですか?」

冷ややかにクララが聞いて、涼野は立ち上がって頷く。クララは、はっきりとわかるくらい動揺した。

「どうして、記憶のない幼馴染みを大切に思うんですか!」

クララの悲痛な叫びが、事実そのものが、涼野と南雲に突き付けられた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.130 )
日時: 2014/04/04 20:32
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lwQfLpDF)  

事実を突き付けられた南雲と涼野は、答えに窮し、顔に皺を寄せた。

蓮は、自分たちと過ごした日々をきれいに忘れている。だが、南雲と涼野の記憶に蓮はいる。変わっていない愛嬌のある笑み。幼少期に見せていたサッカーの片鱗。——戻れない楽しい日々だ。あの頃には戻れないが、新しく”友達”の関係は築けるとそう二人は信じていた。

「……記憶がなくとも」

涼野が口を開き、クララは絶望した顔つきで涼野を見る。口が少し開けられ、瞳が潤む。顔から血の気が失せていく。どうして、どうして、と狂ったように呟いていた。涼野は顔色一つ変えず、倒れた蓮を一瞥し、

「蓮は、私と晴矢の幼馴染みだ。そのことに変わりはない」

はっきりと言った。クララは、静かに首を振る。光の雫が弾けるように光った。

「ガゼルさま。もう昔には戻れません。彼を裏切って雷門を倒してください。……今、雷門を倒さないと、あたしたちの居場所はなくなります」

クララが先程とはちがい、はっきりと感情を露にした。必死、必死、必死。それしかなかった。彼女の訴えは実に切実なものだった。南雲と涼野は口を閉ざした。居場所は、エイリア学園しかない。分かりきっていることだった。このまま蓮を理由に雷門と戦わなければどうなるかも。分かりきっていることだった。

南雲と涼野が反論しないところに、クララが畳み掛けて言葉を投げ掛ける。

「父さんは『ジェネシス』だけしかいらないと言っています。わたしたちはいつ、エイリア学園からお払い箱になるかわからないんですよ!?」

南雲と涼野は悔しげに顔を歪めて、お互いを見、次に気絶した円堂たちを。最後に蓮の背中を見つめた。倒れたままの蓮の背中をじっと見つめていた。

レアンは苛立ちを隠すように腕を組んで、爪先で地面を叩いている。スパイクが床を叩く音が反響し、多くの人間が一斉に床を叩いているような錯覚を起こさせる。やがて爪先で床を叩くのを止めた。腕組みをとき、何も言わない背中に向かって、確認するように問いかける。

「バーンさま。わたしたちの居場所はエイリア学園だけ。このままその幼馴染みに拘っていると、プロミンスもダイヤモンドダストも居場所がなくなるんですよ?」

南雲と涼野は振り向かなかった。それどころか、倒れた蓮に近づくと、彼の近くにしゃがみこんでしまった。クララは悲しそうに目を伏せ、レアンは顔を真っ赤にした。

「……どうして何も言わないんですか」

静かで抑揚がない——だが、はっきりと怒りに震えた声でレアンは言った。

南雲も涼野も答えない。レアンとクララに背を向けたまま、一言も発しない。

しばらくの間、レアンは二人が何か言うのを待っていた。しかし、やがて限界に来たらしい。突然、

「バーンさまとガゼルさまの分からず屋!」

と、子供のように泣き叫んだ。その時だけ、南雲と涼野は悲しみと怒りが混ざった顔で振り向く。

同時にレアンを飲み込むように、彼女の背丈程の火柱がさっと立つ。人間の身体など簡単に焼いてしまいそうな勢いの炎だ。クララも慌てて、火柱の中に飛び込んでいった。わずか数秒もしないうちに火柱は、消える。消えた後には、何も残っていなかった。クララもレアンも、彼女たちが存在していた痕跡すら。火柱が持ち去ってしまったようだ。何もない、倉庫の床が広がる。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.131 )
日時: 2014/04/04 20:36
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lwQfLpDF)  

「風介、何でオレたち蓮に拘っているんだろうな」

南雲はクララとレアンが立っていた床を睨みながら、独り言同然に呟いた。前を向いて倒れた蓮の脇の下に手を突っ込み、蓮の身体を転がして仰向けにする。顔は苦痛に耐えるような表情だった。続けて、南雲は、蓮のジャージのチャックを下げて、右腕から、ジャージを脱がせにかかる。腕を触られると痛みが走るのか、蓮は小さくうめき声をあげた。見かねた涼野が変われ、と目で合図したが、南雲は続ける。蓮の腕で辛うじて肌色になっている部分をそっと掴み、やがて——唇を噛んだ。

蓮の右腕は、青い痣と赤い痣で覆われ、痛々しい。クララとレアンは、蓮が痛みをできるだけ感じるよう当てる部位を少しずつだがずらしていたのだ。

南雲と涼野が不安そうに蓮の顔を眺めていると、蓮の身体が少し動いた。

「……は、る、や? ふ、う、す、け?」

蓮はうっすらと目を開け、聞き取れるのがやっとの声で二人の名を呼んだ。

視界は霞がかかったようにぼんやりとし、ピントが合わない。ぶれてばかりだ。服の色で何とかわかるが、輪郭をなさない映像では、彼らがどんな表情かも、何を話しているかさえもわからない。身体にも力が入らず、口を動かして、二人の名前を呼ぶのが、やっとだった。助けられて、熱い思いが喉まで、熱い水が目までせり上がっているのに。表現できる程の元気が欲しいと、蓮は、ぼうっと思った。

一方、南雲と涼野は、膝を地面に付け、蓮を心配そうに覗きこんでいる。南雲は、蓮の手を床に下ろすと、

「……くそ、レアンもクララも蓮にこんなことしやがって」

憎々し気に呟き、舌打ちをした。蓮には、南雲の声が聞こえていない。わずかに見開かれた黒い瞳で、弱々しく南雲と涼野を見つめかえすだけ。

「……昔に戻れないことなど、分かっているが。少しでも、あの頃に戻りたいな。晴矢を”バーン”と呼ぶこともなく、蓮がいた昔に。三人で楽しくサッカーをやれていた頃に、な」

涼野が過去を回想するように天井へと視線を投げ掛けた。顔がだんだん綻んでいく。だが、どこか寂しげでもあった。蓮が忘れていようとも、南雲と涼野にとっては、暖かくも悲しい思い出だった。

「お前らしくねえこと言うな」

南雲は、涼野を元気づけようとしたのか、口元を歪め、涼野を茶化した。すると、涼野は短く鼻を鳴らし、からかうような瞳で南雲を見やる。

「キミこそ、『ジェネシス』の座は諦めたのか?」

南雲は首を横に振る。

「諦めてはいねーよ。オレも父さんに認められたい。けど、雷門と戦うのはごめんだ」

「……しかし、そのままだと私たちはエイリア学園から追放される」

涼野が苦し気に言葉を吐き出す。顔には、わずかに恐怖の色が浮かび、冷や汗が頬を伝って、手の甲に滴り落ちた。南雲も追い詰められたような面持ちになり、床を睨んだ。自然に作られた拳が、独りでに震える。やるせない気持ちが、二人を支配していた。

「最悪なことに、雷門にプロミンスの存在も、ダイヤモンドダストの存在ももうばれているしな」

「……私たちの正体がばれるのも、時間の問題か」

苦々しく涼野が言って、南雲と涼野は思わず顔を見合せた。気絶する円堂たちを一瞥。続いて、視線を落とした。そこには、また意識を失ったのか目を閉じたままの蓮。顔つきは、先程より、少しだけ穏やかになったものの、まだ苦しそうだ。顔には、汗が張り付き、早い呼吸を繰り返している。

南雲と涼野は、静かに頷きあった。立ち上がって蓮に近づくと、涼野は、蓮にジャージを着せ直す。右腕に袖を慎重に通し、再度チャックをあげる。そして、涼野は蓮の脇の下に手をいれ、南雲は方膝を地面について、背中を丸めた。蓮の身体を涼野は、背中を丸めた南雲の元までゆっくり引っ張ってくると、南雲の背に覆い被さるように乗せた。蓮の両腕が南雲の背中から、だらんと垂れる。南雲は、蓮の膝裏をしっかり持つと、立ち上がった。蓮は、南雲にしっかりおぶわれていた。

「…………」

南雲は無言で、ゆっくり倉庫の出入口に向かって歩く。横を涼野が、平行して歩いた。最後には外にでた。倉庫の中には、気絶した円堂たちだけが、取り残されてしまった。

〜つづく〜
コピー終了。
次回からは更新が遅くなります。
本当ですと、病院で会話するシーンですが個人的な理由で変えます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.132 )
日時: 2014/04/12 13:22
名前: ふぁいん (ID: V2/o1KYD)

お久し振りです!試練の戦いが復活なんて…嬉しすぎます。頑張って下さい!!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.133 )
日時: 2014/04/13 20:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 66F22OvM)  

「どういうことですか、父さん!?」
「これは最後の警告です。できないのなら、今すぐにエイリア学園から立ち去りなさい。バーン、ガゼル」「……何故」
「エイリア学園の王者たるチームはザ・ジェネシスだけで十分。あなたたちの役目は、雷門中を倒し、エイリア学園の、引いてはザ・ジェネシスの力を世に知らしめることなのです」
「…………」
「…………」
「それができないと言うなら、あなたたちはこのエイリア学園には不要なのですよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.134 )
日時: 2014/04/14 23:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lTRb9CJl)  

目覚めた蓮が初めに見た光景は、白い天井だった。薬品でも使っているのか、消毒薬のような臭いが鼻をつく。少なくとも、あの倉庫ではないらしい。
ゆっくりとベッドから起き上がると、腕に小さな痛みが走り、蓮は小さく呻く。腕を見れば、白い包帯が巻かれ、ギブスで固定されていた。
首を捻って横を見ると、緑のカーテンが引かれ、周りの光景は見えなかった。
辺りの状況から、蓮は自分が病院にいるらしいことを察する。

「ここ、病院か……」

呟いて自分の服を見れば、雷門中のジャージから、黒いパジャマへと変わっていた。足にも包帯が巻かれ、足は何かの道具で固定され、上げられている。
何で病院にいるんだろう、と頭を捻っていると、カーテンが引かれ、瞳子が姿を現した。

「監督……」

突然現れた瞳子を見た蓮は、驚きで目を丸くする。
一方の瞳子はいつもと違い穏やかな顔つきで、口角を上げていた。
ベッドの脇にあった椅子を近くに寄せると、瞳子はそれに腰を下ろす。
そして包帯を巻かれた蓮の腕を見て、表情を曇らせた。

「調子はどうかしら?」
「まだ手足が痛みます」

病院で手当てを受けたためか酷くは痛まないが、少し動かせば痛みが襲ってくることがある。

「……ひどくやられたのね。お医者様の話だと、完治するまでに、数週間はかかるそうよ」

完治するまでに数週間、と言う現実。
蓮は頭をトンカチで殴られたような衝撃を覚えた。
雷門中サッカー部は、かなりの速さで行動している。完治までに数週間もかかるようでは、恐らくマックスたちと同じく病院に置いていかれるだろう。
仕方がない、と分かってはいる。自分が完治するまで待っていたら、多くの学校が被害を受けてしまう。
エイリア学園と戦うためには、怪我人を置いていくしかない。いたら、邪魔になる。
分かってはいる。が、一人取り残されることに蓮は強い恐怖を覚えた。

〜つづく〜
相変わらず下手。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.135 )
日時: 2014/04/27 09:34
名前: 雪菜 (ID: KqRHiSU0)

こんにちは、お久しぶりです。
最近学校が忙しくてなかなか見に来れませんでした。
でも、たくさん更新されていたので嬉しいです。
これからも応援してます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.136 )
日時: 2014/05/05 00:42
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: .WGhLPV.)

こんばんは、突撃させてください!

この回は南雲と涼野の気持ちもわかるけど、レアンちゃんとクララちゃんの心の叫びに涙腺があああ、と昔叫んでいたような気がします。
南雲と涼野は大切なものをどちらも守りたくて、でもどれも捨てられなくて。女子二人はただ自分の居場所を守ろうと必死になっているだけで。蓮くんもボロボロだけど、皆の心もボロボロですよね……。

そして蓮くんに離脱フラグ……?
全体を優先するためなら、もうちょい先の点取り屋さんのような決断も必要なのかもしれませんが。だからってはいわかりました、では割り切れませんよね。いかに超次元サッカーと言えども、中学生ですから。神の手も炎もペンギンも出せるけど、彼ら中学生ですから。繊細なんです。
瞳子監督がどんな判断を下すのか、どきどきです……。

では、のんびり待たせて頂きます(^^*)
更新頑張ってください!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.137 )
日時: 2014/05/08 19:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: NPMu05CX)  

そして不安は現実のものとなった。
しばらく無言で俯いていた瞳子は顔を上げ蓮を見据えると、淡々と告げる。

「白鳥くん。監督して命令します。イナズマキャラバンから降りなさい」

殴られたような衝撃を覚えながらも、蓮は間髪入れずに身を乗り出して反論した。勢いよく起き上がったせいでつられた足が少し痛んだ。

「監督。僕、雷門を辞めたくありません!こんな大怪我して役立たずだって言いたいのは分かってます。……けど、まだ戦いたいんです!」

必死な声音で訴える蓮を、瞳子は考えを読み取れない無表情で見つめながら、

「あなた、またクララとレアンに襲われたらどうするつもりなの?」
「え……」

蓮は咄嗟に答えられなかった。

「次にクララとレアンに襲われたら、今度こそサッカーができなくなるかもしれないのよ」
「…………」
「これ以上エイリア学園と戦うのは危険と私は判断するわ。だからこそ……」

〜つづく〜
にっすうあけた上に短文ですみません。受験生なためあまり書けず…
コメント返しは夜に。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.138 )
日時: 2014/05/08 22:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 4dKRj7K1)  

>>雪菜さん
お久しぶりです!
やっぱり新学期は忙しくなりますよね^^;私も模試やら何やらでなかなかSSに手をつけられてませんorz
春休み中は現実逃避、コピーで大量に更新してました←(え受験が終わる今年冬ごろまで更新ががくっと落ちる予定です…
コメントありがとうございました!

>>桃李さん
突撃ありがとうございましたあぁっ!
この回は書いていて何とも言えない気持ちになります。
余談ですが、当時、五章辺りからバンガゼ蓮の関係が変化していくのを考えていました。父さんの言葉通り、バンガゼ追い詰められてます。
バンガゼもクラレアもそれぞれに守りたいもの、やりたいことがあるけど理解しあえずすれ違ってしまい、みんなボロボロと言う悲しい事態ですよね…自身の居場所、友情。どちらも天秤にかけるには難しすぎる問題。
バンガゼ・蓮が悩み、どのような結論を出すか。
瞳子監督は離脱するよう提案しました。
ですが桃李さんの仰る通り、はい止めますで終わらない問題です。
蓮自身全てを取り戻したがっているし、何より円堂たちはどう思うか。

亀更新になりますが、書いていきたいと思います。
コメントありがとうございました!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.139 )
日時: 2014/07/03 23:37
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: gmbFTpMK)

「だからこそ、戦いから離れなさい。……一ヶ月後に真・帝国学園との試合があるけれど、あなたには危険すぎる」

その言葉を押し退けるように、蓮は毛布をきつく握りながら、口を開く。
「嫌です」
「え?」

いつもの蓮からは想像が付かない、強いはっきりとした口調。それに驚いた瞳子は目を丸くする。
「僕は、まだみんなと一緒にサッカーをしたいんです!」

蓮に正直な思いをぶつけられた瞳子は、我に返った。今度は、冷静な口調で反論する。

「白鳥くん、あなた人の話を聞いていなかったのかしら? これ以上エイリア学園に関れば、あなたサッカーができなくなるかもしれないのよ?」
「それでも構いません」
確固たる決意があるのだろう。いつもなら唯々諾々となるはずの蓮は、今日に限って自分の意見を曲げようとしない。
叱るような目付きで睨む瞳子に負けじと睨み返している。

「何故?」
「どうしても知りたい、いや取り戻したいんです。僕自身の過去を」
「どういうことかしら?」

自身の決意を図るような目付きで見つめる瞳子を前にした蓮は、軽く深呼吸をする。
この戦いから、離脱すると決まった訳ではない。少し療養して、完治したら合流すればいい。医者は全治数週間と言っていたらしいから、一ヶ月後の試合にはギリギリ間に合うはず。
瞳子を説得しようと、蓮は自分の気持ちを正直に打ち明ける。

「……実は。僕、養父母に引き取られる前の記憶が、施設に居た頃の記憶が全くないんです」
「あなたのご両親は、施設のことを知らないのかしら?」

蓮は首を横に振る。

「ある日、自宅の前で僕が倒れていたのを拾っただけですから。何も知りません」

今の養父母と蓮の出会いは、意外なことに蓮が養父母の家の前で行き倒れていたのが始まりだった。養父母に聞いた限りでは、この時の自分は、服は汚れ、痩せこけた状態で危険だったと聞いている。施設から追い出されたのか、逃げ出したのかは定かではないが、相当長い間、一人でさ迷っていたらしい。

「そう……」
「一応、施設の人が書いた手紙を持っていたみたいですけど、手紙にあった施設の名前は架空の名前だったみたいで」

幼い蓮は、施設の人間が書いたと思われる手紙を持っていた。内容はパソコンで打たれた字で、「この手紙を見た方、この子をよろしくお願いします、尾火佐間園」と素っ気なく書かれていたらしい。まるで猫か何かのような扱いだと養父母が酷く憤慨しながら会話していたのを、蓮は今でもよく覚えている。
その後養父母は、一応警察にこのことを届けたらしいが、蓮がどの施設から来たのか全く分からなかった。どうやら施設名が架空のものだったらしく、日本中どこを探しても見付からなかったとのことだ。

「よく引き取ってもらえたわね」
「僕を世話するうちに情が移ったらしいです。本当に今の両親には、感謝していますよ」

養父母は自分を解放するうちに情が移り、養子にしようと決意したようなことを話してくれたことがある。身元不明の怪しい子供を引き取ろうと思ってくれた両親には、いくら感謝しても足りない。
だが、今は感謝の気持ちに浸っている場合ではない、と蓮は話を戻す。

「当時の僕に分かることは、蓮と言う名前と、生みの両親が僕を置き去りにしたまま帰ってこないことと。——そして、サッカーだけでした」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.140 )
日時: 2014/07/09 21:24
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

連君の強い覚悟が素敵です。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.141 )
日時: 2014/07/09 21:29
名前: IR (ID: vzo8adFf)

はじめまして!!IRと申すものでさぁ以後よろしくな!
見てみたんですけど、めっちゃ面白いですよ
それでひとつ質問なんすけど、ここってオリキャラ募集とかするんですか?

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.142 )
日時: 2014/07/10 22:09
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 66F22OvM)  

>>ふぁいんさん
お久しぶりですっ。蓮はサッカーを止めたくなく必死です。
リアル多忙なため更新が遅くてすみません。

>>IRさん
お初です。お褒め頂きありがとうございます。
残念ですが、オリキャラ募集はしておりません。する予定も今のところありませんね。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.143 )
日時: 2014/07/13 14:55
名前: あい (ID: 9kyB.qC3)

うまい。町の様子がよくわかる。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.144 )
日時: 2014/07/13 22:23
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: wW0E9trr)  

「サッカー?」
「誰が教えた訳でもないのに、サッカーだけは出来たんですよ。多分、どこかでやっていたんだと思います」

自分が日常生活に必要な知識以外で唯一覚えていたのは、サッカーだけ。養父母に言わせると、ある日ボールを見た瞬間に勝手にやりはじめ、綺麗なリフティングを決めたそうだ。記憶を無くしても、身体が覚えていたらしい。

「そう……」

瞳子は目線を下げる。それを見た蓮は、穏やかな表情を浮かべた。

「監督、僕、サッカーやってると不思議と心が落ち着くんですよ。どんなに落ち込んだ時でも、ボールを蹴っていれば元気になれるんです。すごく大好き。だから、サッカーから離れたくありません。それに……」
「それに?」
「僕、エイリア学園との戦いを通じて少しずつですが昔のことを思い出しているんです」
「…………」

瞳子は難しい顔で蓮を見つめる。

「このままいけば、全てが分かるような、そんな気がします。だから、この戦いを続けたい。自分が何者なのか、知りたいんです」

蓮は強い意思を宿した瞳で瞳子を居抜き、まだ旅を続けさせて欲しいと頭を下げる。

「……パンドラの箱」

ぼそ、と呟いた瞳子の言葉。蓮は意図が分からず瞬きした。

「え?」
「あなた、記憶を無くした理由を考えたことがある?」
「それはきっと事故で……」
「そうかもしれないわね。けれど、その記憶は本当に取り戻すべきなのかしら? 失ったことに何か理由があるとしたら?」
畳み掛けるように質問をする瞳子に、蓮は何も言えない。反論しようと口は動くが、言葉にならないのだ。
何故か頭の中でかつて、アツヤに言われた言葉が再生される。

(その瞳の奥に幾重の黒を……これは、僕自身が記憶を押さえ付けている比喩だったのかな?)
「自身で記憶に蓋をしたのなら、それは忘れたい程辛い記憶なはず。あなたにとって都合の悪い記憶。——開けてはならない禁断の記憶。きっと、パンドラの箱だと。私はそう思うわ」

瞳子の意見も一理ある。世の中には知らない方がいいこともある、と言う言葉があるくらいなのだから。幼かった自分にとって強いショックだったであろう記憶かもしれない。しかし、

「それでも知りたいんです」

自分は愚かだ、と蓮は自虐的な笑みを作る。パンドラが好奇心から箱を開けたように、自身も好奇心から自身で閉ざした箱を開けようとしている。一度知りたい、と言う欲求は止まらない。

「…………」

瞳子は、感情を感じさせない瞳を静かに蓮へ向ける。

「はっきりさせないといけないんです。僕は何者なのか」
「思い出して自身が不幸になってもよいと?」
「監督、パンドラの箱は最後に希望が残るんですよ。不幸になるかなんて分かりません」

蓮が負けじと見つめると、瞳子も見返す。二人は微動だにせず、見つめあった。それが長い間続き、ため息が漏れる。とうとう観念したのだろう。瞳子は、疲れきった表情で呆れたようなため息をついた。

「その瞳だと、私が何を言おうとイナズマキャラバンから降りるつもりはなさそうね」
「はい」

何度聞かれても答えは変わらない。瞳子がはい、と言うまで食い付くだけ。

「……いいわ。あなたがそこまで言うなら、この話は撤回しましょう」

喜びのあまり、つい腕を振り上げようとした蓮。鈍い痛みが両腕に走り、思わず呻いた。
瞳子はそれを冷ややかに眺めながら、ただしと付け加える。

「怪我が長引くようなら、入院してもらうわよ。あなたの身体の方が大事だから」
「それは勿論です」

早く治るよう、リハビリも頑張らなければ。蓮は固い決意をし、ぼんやりと外を眺めた。
そしてふっと思い出す。
(そういえば、あの時、晴矢と風介がいた気が。……気のせいか)

意識が朦朧としていたため幻覚を見たのかな、と蓮は苦笑いを浮かべた。
〜つづく〜
もうじき真帝国。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.145 )
日時: 2014/07/13 22:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: BpgOJEIu)  

>>あいさん
コメントありがとうございます!
お褒め頂きありがとうございます。自信になります。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.146 )
日時: 2014/07/17 21:04
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

蓮君、、雷門に戻れてよかった!!!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.147 )
日時: 2014/07/27 19:58
名前: アリス (ID: 3iqcZzcT)

イナイレなつい

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.148 )
日時: 2014/08/25 22:05
名前: アリス (ID: wUEUf8c.)

あげ。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.149 )
日時: 2014/08/28 20:58
名前: しずく ◆XbQ00ouYKM (ID: CMSJHimU)  

皆様、お久しぶりです。 ここ最近リアルが多忙で小説を進めることが出来ませんでした><
来月くらいまでバタバタしているので、小説の更新はもう少しだけお待ち下さると嬉しいです。
以上、しずくでした。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.150 )
日時: 2014/09/11 20:20
名前: ふぁいん (ID: wW0E9trr)

更新を心待ちにしています

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.151 )
日時: 2014/09/18 22:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: AUaokgCu)  

真・帝国学園との戦いに参加するため、蓮は入院先の病院で懸命にリハビリに励んでいた。二週間かけて、手足は少しずつだが動くようになって行き、今は病院の廊下にある手すりに捕まったり、誰かに支えてもらえさえすれば自分で歩けるようになるまで回復していた。これは早く雷門に戻りたい、と言う蓮自身の意思もあるが毎日のように来る、雷門中のメンバーが励ましてくれるからだと蓮は思う。瞳子が来たあの日、彼女が帰ってしばらくすると雷門のサッカー部のメンバーが、なんと全員お見舞いに来た。あの場に居たのに何も出来なくてごめんな、と円堂や風丸に謝られた。怪我の心配をする声を幾つも聞いた。真・帝国と戦うには、お前が必要だと励まされた。サッカー部のメンバーの表情はどれも真剣で。その言葉に偽りはない。改めて蓮は自分の居場所は、雷門中であることを感じた。
居場所があるなら、離れたくない。みんなと一緒にまたサッカーやりたい。その思いからか、身体の回復は医者が驚く程のものだった。もう少しすれば、完全に歩き、サッカーをやっても大丈夫だろうと言わせる程に。この調子なら、真・帝国との戦いにも出場できそうだ。
そんなことを考えていると、脇を移動用のベッドが通り過ぎた。医者と看護師の間から見た限り、ベッドの上にいたのはまた子供。ここ数週間、愛媛で行方不明となっていたサッカー上手な子供たちが、この病院に運び込まれて来るのを蓮は何度も見ていた。皆、意識不明の重体。目を覚まさないか、或いは覚ましてもぼんやりとした状態で生きているとは思えない。 瞳子の話だと、これは真・帝国学園のせいらしい。サッカーが上手い子を連れ去り、何かをし、ゴミを捨てるように放り出す。

「……真・帝国学園を倒さないと」

そう決意した蓮は、リハビリに励むべく部屋に向かうのだった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.152 )
日時: 2014/09/20 09:30
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

楽しみです

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.153 )
日時: 2014/11/18 18:13
名前: しずく (ID: V2/o1KYD)

生存あげ。
近々更新予定です

国?院:支持本地融?途径在建?目Qw-jiaohao1545394 ( No.154 )
日時: 2015/05/20 13:45
名前: 国?院:支持本地融?途径在建?目Qw-jiaohao1545394 (ID: 0WRXSyTI)
参照: http://jiaohao1545394.lofter.com/post/1cba559d_704af10

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Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.155 )
日時: 2015/07/09 00:20
名前: しずく (ID: 3mln2Ui1)

お久しぶりです。
そろそろ更新できると思うのであげ。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.156 )
日時: 2015/07/18 01:51
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: pRqGJiiJ)

ここでお知らせがあります。
あれこれプロットを練りましたが、蓮は本編で言う福岡編から参加させることにするのでここに記しておきます。次回は簡略な説明を書いて、本格的に更新を再開しようと思うのでよろしくお願い致します。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.157 )
日時: 2015/10/20 18:51
名前: しずく ◆GU/3ByX.m. (ID: 7pZrKn1X)
参照: 更新不定期、、

 その日、蓮は福岡に向かうため新幹線に乗り込んでいた。遠ざかる風景に目をやりながら、蓮は今までのことを思い返していた。
 結局、蓮の怪我は回復までに二月を要した。その間に雷門は確かに強くなったなのも確かだが、同時にたくさんのものを失ったこともまた事実。
 まず初めに、真・帝国学園との戦いが終わった。鬼道のかつての仲間を洗脳し、敵に回すと言う卑劣な手段を用いた影山。激闘の末、雷門が勝利した。が、影山は行方不明。鬼道のかつての仲間は、身体に途方もない負荷がかかると言う禁断の技によって身体が蝕まれ、病院に搬送された。そして雷門でも、染岡が足を痛め鬼道の仲間と同じ病院に搬送されたと聞く。
 敵も、味方も。どちらも傷付いただけの最悪の結果となってしまった。しかも真・帝国学園は、エイリア学園の手下に近いような存在でなかったのが余計に。それだけの犠牲を払い、雷門は何も得られなかったのだ。当事者である円堂たちはどう思っているのか、と蓮はぼんやり思いを馳せる。
 だが、希望がないわけではない。
 雷門は次に大阪へ向かいここで秘密の練習場で強化を果たしイプシロンを見事に下したと言う。ようやく希望の光が僅かに見えてきたのだ。今、雷門は福岡に向かっている。何でも円堂の祖父が残したノートがあるらしく、そこにはエイリア学園と戦うためのヒントがあるのではないかとのこと。それに蓮もまたようやく怪我が完治し、愛媛の病院から退院が許された。
 クララたちのことも考え、雷門を離れることも考えたが仲間たちの激励でそれは改めた。そして雷門と合流すべく、蓮はこうして単身福岡に向かっている。

(福岡か)

 新幹線は、すでに広島を通り過ぎた。後何時間もすれば、福岡に到着するだろう。雷門のメンバーとは、駅で待ち合わせしている。

(東北にある、会津で有名な県だったよね。新島八重とか……雪多いだろうし、寒そう……)

 馬鹿にされないよう福岡県の知識を思い出す蓮だが、似た地名の福島県と間違っていた。雷門メンバーに爆笑されるのは、もう少し後の話だ。

(僕はもう負けない)

 脳裏に雷門メンバーを思い浮かべながら、蓮は決意する。
 レアンたちに色々言われたが、屈したりしない。自分はもう雷門の一員だ。最後まで諦めずに戦う、と。

(必ず倒すんだ)

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.158 )
日時: 2016/04/18 11:17
名前: アメジス (ID: kKmRLwWa)

上げます