二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.74 )
日時: 2014/03/22 23:08
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: ZZSfsyIC)  

第四章 闇からの巣立ち

「イプシロン……」

 デザームの声が消え去った後、円堂が呟いた。
 同時に蓮は身体が一気に軽くなるのを感じる。胸の痛みも、頭のぼうっとする感覚も全てが治まっていた。まるで熱が出た翌日に、一眠りするとだるい気分がなくなっているような——そんな状態がたった数時間で起ったのだ。
 何でだろう、と蓮は誰もいないフィールドを見つめながら思案する。ジェミニストーム、イプシロン。彼らに出会うと己の身体は、確実に痛み出す。彼らの、——デザームは声だけだがからは強い”何か”を、言葉では表現できないエネルギーを感じる。宇宙人だからか、感じたことのない禍々しく邪(よこしま)な力。そういえば同じエイリア学園でも、ライザーシルフからはその力はまったく感じられなかった。それは何故なのか。
 多くの疑問が泡のように浮かんでは消える中、風丸と円堂の肩に置かれた手を、蓮は自分の意思で下ろす。病人だった蓮が急激に回復したことに気づいた二人が、びっくりして見やってくる。

「白鳥! 身体はもう大丈夫なのか?」

 風丸が心配げにたずねてきて、蓮は半ば堂々巡り(どうどうめぐり)になりかかっていた思案をやめた。気分を切り替え、軽く跳ねてみせる。

「ほら! もう大丈夫だ」
「本当だ。すっかりよくなったみたいだな」

 蓮が元気そうにジャンプする光景を見て安心したのか、円堂と風丸の二人は安堵(あんど)の表情を浮かべる。が、風丸が腕組みをし、何かに気がついたような顔をする。

「いつも思うんだが、白鳥はどうしてエイリア学園が来ると苦しみだすんだ?」

 蓮は跳ねるのをやめると、頭の中でしばし考えをめぐらせ、つっかえつっかえに自分の考えを説明する。

「よくわからないけど……えっと、あいつらからは、なんというか……途方もなく強い”エネルギー”を感じるんだ」
「”エネルギー”?」
「その”エネルギー”に身体が反応して——とても強い痛みを感じるんだ」
「それってアレルギーじゃねぇか?」

 そこへひょこり染岡が吹雪を引き連れて、会話へ割り込んでくる。みんなは一斉に染岡と吹雪に視線を向け、蓮が続きを促す。

「染岡くん。アレルギーって?」

 ただ思いついただけなのか、染岡は少し戸惑いがちに頭を掻く。

「なんつーか食べ物アレルギーってあるよな? その食べ物食うと、身体に発疹(ほっしん)や痣が出るってテレビでやってたんだ。つまり、だ。白鳥の身体は、やつらの”エネルギー”に反応して痛むっつーことだろ」

 その仮説に風丸と蓮が同時に、なるほど、と納得する声を漏らした。
 確かにアレルギーという仮説は正しいかもしれない。やつらの邪悪なエネルギーに身体が反応し、痛みが襲い掛かってくるのなら合点が行く。

「やつらのエネルギー体に対するアレルギーか……染岡の言うとおりかもしれないな」

 風丸が言って、蓮がうなずく。だがその瞳は少し沈んでいた。

「でもそれじゃあ、エイリア学園との試合じゃ出番が限られてしまう。このアレルギー克服したいな。今のままじゃお荷物だ……」

 蓮は思わず内心を吐露(とろ)してしまい、慌てて口を両手でふさぐ。辺りをぐるっと見渡すと、やっぱり円堂たちが、驚いたような表情で見つめてきていた。

 チームメイトに、雷門イレブンのみんなに心配をかけたくなくてずっと黙っていた思いが、口をついてでてしまった。バカバカ、と蓮は自分を激しく責め立てる。今ここで心配をかけてしまったら、身体のことでさえ迷惑なのに、チームの負担がなおさら増えることになる。自分ひとりのために、チームに迷惑をかけるのはいやなのだ。蓮は作り笑顔で、

「な、なんでもない! 本当になんでもないって!」

 慌てて両手を振ってみるが無駄だった。

 円堂が、みんなが申し訳なさそうな表情で蓮を見据えてくる。蓮は悲しげな面持ちを浮かべ、円堂たちから逃げるように視線を下にそらした。むきだしのグラウンドの土がそこにあった。

(今の僕と同じだ。むき出しになった土は人に踏まれる。そう土足に踏まれていくんだ……)

「白鳥……おまえ、まだ自分のことをチームのお荷物だと思っていたのか」

「そう」

 円堂の低い問いかけに、もはやこれまでと観念した蓮は、自虐的に笑うと、沈痛な面持ちで仲間たちに順々に目をやる。そして感情が溢れるままに叫ぶ。

「後半しかフィールドに出られないプレイヤーなんて、聞いたことない。僕はいっつも後半しか出てない。たいしたプレイヤーじゃないってわかってる。そんな自分は荷物じゃなきゃなんだって言うんだよッ!」

 蓮の語勢が徐々に強まり、最後には誰もを押し黙らせる勢いがあった。その場に居合わせた四人は、立ち尽くすことしかできない。瞳を細め、各々(おのおの)は蓮に哀れむような視線を送っている。

 いつのまにか瞳が潤み始め、言葉を零すたびに、涙は頬を伝って空中で弾けていった。キラキラと煌く水滴はそれなりに美しかった。まるで自分の奥底に溜めていた気持ちが……水を入れすぎたコップから、水が零れるように、涙に姿を変えて消えていくようだった。現に泣くのに反比例し、気持ちだけはどんどん軽やかになっていくのだ。涙で息が詰まるのも、鼻水がつまって呼吸が困難になるのですら心地よいと感じるほどに。

 こんなに大泣きしたのは、ずいぶん久しぶりだ。心地よいと感じる一方で、泣いてる自分を女々しいと感じる客観的な自分もそこにはいた。

 と、そこに鈍い衝撃がきた。誰かに殴られたのだと気がついたのは、その後のことだった。

 身体が吹き飛ばされる。北海道の冷たい空気が、半袖のユニフォームに容赦なく吹き付けてくる。身体が地面にたたきつけられ、地面に激突した右腕に鋭い痛みが走る。そのまま蓮の身体は勢いで数回転する。空の青と地面の茶色が交互に見えた。やがて空の青が再び見えたところで、身体の回転は止まる。ちょうど右の辺りから、染岡やめろ! と円堂のなだめる声が聞こえる。が、すぐに染岡が、三白眼で自分を見下ろしている光景が目に飛び込んできた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.75 )
日時: 2014/03/23 13:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: WV0XJvB9)  

(染岡くん……)

 蓮を覗き込む染岡の瞳には、怒気とも憐憫(れんびん)の情ともとれる奇妙な色を宿していた。
 その瞳と目が合うと、蓮はうっと小さく呻いた(うめいた)。殴られた左頬と地面に強打した右腕が針の先でつつかれたようにしくしくと痛み始めた。だが同時に、心もまた痛み始めた。自分はとんでもないことをしたと言う黒い思いが胸の底から湧き出る。わかってはいたが、感情が欲するままに叫び引き起こしてしまったこと。不思議と後悔の念はなかった。
 イライラした時にやけ食いをしたり、人に愚痴ったりするとすっきりするのと根本的に同じだ、と蓮は考えていた。ただ、今回はぶつけられる相手が……サッカーで例えるならGKが着用するグローブなしの選手に、強いシュートを打ちこむようなものだろう。普通そんなことをしたら、相手にもよるが怪我は免れない。きっと思いをぶつけた雷門メンバーは、ねんざの代わりに『嫌悪』と言うものを持つだろう。散々強いシュートを放っておいて、謝りもしないのだから。
 そんなことをうっすらと思案していると、やはり染岡の相貌(そうぼう)が厳しくなった。染岡の瞳にあったのは、怒りの色。嘲笑、侮蔑(ぶべつ)。頭に嫌な単語が駆け抜けて行く。ゆっくりと染岡の口が開いていく。どんな風に嘲笑われるかな、と蓮は自虐的に心の中で笑っていた。——しかし。

「……なんで」

 とても低い声。でもその声はとても震えていた。染岡は蓮から視線をそらし、拳を震わせている。だがすぐに蓮へ視線を戻すと、

「なんでオレたちに相談しなかったんだ!」

 腹の底から出す大きな怒声を、蓮に浴びせかける。あまりのでかさに風圧が生まれ、蓮の前髪が浮いた。
 予想とは違う言葉に蓮は一瞬戸惑うが、疼く(うずく)右腕を擦りながら起き上がった。見るとぶつけた部分には大きな赤紫の痣が現れ、周りには小さな切り傷がかなりあった。周りには小石や砂利が付着している。
 蓮は、不安げな面持ちで染岡を黙って見つめた。次の言葉を待つ。
 苛立ちの表情で染岡は蓮を見つめ返していた。腕組みをし、片方のスパイクの先で地面を叩いている。ややあって、染岡は足の先で地面を叩くのを止めた。

「白鳥。お前大事なことを忘れてるだろ」

 急に飛んできた言葉に蓮はわけがわからず困惑する。
 忘れていることと言っても、思いつくのは幼い頃の記憶がないことのみ。だが、それは今更すぎる。
 蓮は、遠慮がちに染岡に聞き返す。

「えっとな、何を?」

 すると染岡は、呆れたようにため息をついた。

「やっぱりわかってねぇんだな。いいかお前は、今ここで何をするために北海道に立っているんだ?」
「サッカーやるため。仲間を集めて……エイリア学園を倒すためだ」

 蓮の語気はだんだん尻すぼみになった。最後の方は、もはや囁きに近い。答えを聞いた染岡は頷き、さらに問いを重ねてくる。

「そうだな。そのサッカーをやる仲間はどこにいる?」

 何が言いたいのかと思いつつ、蓮は当然のように、

「”ここ”。この白恋中のグラウンド」

 答えた。すると染岡の顔が明るくなる。

「そう、それがお前が忘れているもんだ」

 ますます染岡の意図(いと)を見抜けず、蓮はとうとう頭を抱えて悶え始めた(もだえはじめた)。すると染岡がまあよく聞け、と前置きをした。

「はっきり言うぜ。白鳥は、自分の内に閉じこもっていて、”ここ”——つまり周りが見えなくなってんだよ。お前のこと誰も荷物なんて、思っちゃいねえ。一人で考えることも大事だけどな……お前のアレルギーの問題は、一人じゃ解決できないだろ? ま、円堂に代わるぜ。こーいうのは円堂が得意だからな」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.76 )
日時: 2014/03/23 18:58
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  

突然の言葉に状況を飲み込むのに数秒を要した。
 染岡はおとなしく引き下がり、代りに円堂が蓮の前に立つ。円堂はしばらく食い入るように蓮を見つめていたが、急に頭を下げた。

「ごめん! 白鳥!」
「え、円堂くん?」

 それから数回平謝りされ、蓮はますます罪悪感が増していった。
 謝らなくちゃいけないのはこっちなのに、こんなに謝罪を入れられていいのだろうか。やっぱり自分はまだ円堂くんに迷惑をかけている——顔に出さないよう努めていたが、蓮の黒い瞳はますます暗さを増していた。そのことを円堂は察知したらしく、バッと顔を上げる。

「オレ……キャプテンなのに、お前の悩みに気付いてやれなくて本当にごめんな」
「いいよ。昔から悩み抱え込んじゃうのは、僕の悪い癖なんだ。僕こそ急に思いを爆発させたりしてごめん」

 蓮は悲しげに顔をほころばした。瞳は笑っているが、口元をぐっと噛んでいる。かなり強い力で噛んでいるらしく、唇の輪郭が赤く浮かび上がっていた。そんな蓮を、円堂は真剣な眼差しで見つめる。そして本当に心からの思いを蓮にぶつける。

「お前はチームの荷物じゃない。後半だけだって、参加していれば立派な選手だ。今回だって、レーゼの<ユニバースブラスト>を弱めてくれたじゃないか」

 蓮は首を横に振る。

「あれは、塔子さんもいたからさ。僕だけじゃ、とてもあそこまでは弱められなかった」
「塔子がいたとしても、お前が弱めてくれた事実に変わりはないだろ? もっと自信持てよ」

 蓮は首を横に振る。そして長い息を吐きながら、目線を円堂から下の地面にうつす。

「今回も前回も活躍できたからまだよかった。でも、もし本当に痛みが激しくて、僕が試合に出なかったら。それだって怖いくらいにあり得る話なんだ」
「それはオレだって同じだ、白鳥」

 その言葉に弾かれたように蓮が顔を上げ、円堂に目をやった。顔には、涙が流れた跡がまだ残っていた。

「なんで?」
「オレだって、次の試合の時には怪我をしているかもしれないし、ひょっとしたら熱で倒れているかもしれないんだ。試合に出れない可能性は、オレ達雷門サッカー部全員にある。だから白鳥が一回か二回出れないくたって、気にしない。それに……」

 円堂は一度言葉を切ると、風丸、染岡、吹雪を順番に見やった。三人ともこっくと小さく頷いた。
 少しじれったい気持ちになった蓮は、せかすように続きを促す。

「それに?」

 円堂は、にぃっと澄んで光を反射する水面の様な笑みを浮かべる。自分の胸をポンと手でたたいた。

「それに仲間がいるだろ? 倒れているときは、別の仲間が頑張ってくれる。次に出ればいいだろ?」

「……仲間」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.77 )
日時: 2014/03/23 21:52
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lrJDaE6x)  

蓮は感慨深げにポツリと呟いた。
 その時柔らかい視線をあちこちから感じた。周りを見渡すと、自分と円堂を中心にキャラバンに乗る仲間がぐるりと円状に立っていた。いつからいたのだろう。みんながみんな全員笑っていた。微笑んでいた。顔全体で笑っていれば、口元だけの子もいる。例えるなら子供が帰ってきた時の母のような。休み時間に、ふざけた友達が見せるような。表現はいくらでも思いつく、どこまでも純粋で優しい、暖かい笑み。見ていて幸せになる笑み。
 わがままを言った自分にどうしてこんな笑みを、みんは見せてくれるのだろう。こんな笑みを見せてくれる人は、自分を荷物だと思っていない——僅かな希望が確信に変わった時、蓮は全身が熱くなった。

「オレに鬼道」
 
 円堂は言いながら、歩き始める。円状に立つ仲間の前を時計回りに、ゆっくりと通って行く。仲間の前を通る時、その人物を手で示し、呼びながら。蓮の目線も、自然と円堂の動きを追っていた。黒い瞳にたくさんの人が映り込んでいく。

「風丸、吹雪、染岡、塔子、壁山、栗松、一之瀬、土門、目金、夏未、秋、春奈」

 仲間の名が呼ばれるたび、蓮の心は震えた。同時にその人物との思い出が脳裏に浮かぶ。
 円堂くんにはいつも励ましてもらってばっかり。鬼道くんは、とても戦術が上手い。自分の能力を見極め、色々と指導してくれたっけ。風丸くんは身体を支えてくれた。吹雪君はスキーを教えてくれた。染岡くんは一生懸命スキーをやり、<ワイバーンクラッシュ>と言う技を身に付けた。ジェミニストームとの試合の前半、つまりは自分が気絶していた時に決めたと聞いた。見てみたかった。塔子とは北海道旅行をした。みんなには言えないけど、楽しかった。壁山くんと栗松くんにはいつも笑わせてもらっている。一之瀬くんと土門くんは、アメリカの話をしたっけ。英語をしゃべって見せたら驚いていた。目金とは語った。いや、彼の知識はすごい。常人の域を超えている。秋に夏未に春奈。おにぎり、とてもおいしかった。
 本当にどうでもいい……道端の石のようにありふれた、変哲もない思い出だらけ。けれども。それら全てで自分の周りに雷門のみんながいることを思い出す。みんながいる——そう小さく言葉を漏らした時、再び鬼道の前に来た円堂が、蓮の正面に戻ってくる。

「それに今はいないけど豪炎寺だって——ここにいる雷門サッカー部は、みーんな白鳥の味方だ!」

 そこまで言いきり、円堂が思い出したように、

「それにオレ、旅立つ前に白鳥に言ったよな? お前が十分プレイできるようになるまで、チーム全員で支えるって」

 蓮は、改めて円状になっている仲間を全員見渡してみた。みんな蓮と目が合うと手を振ったり、笑いかけてくれたりする。誰も視線をそらしたり、睨んだりしなかった。ちゃんと蓮を見据え、ちゃんと笑みを見せてくれる。それが妙に嬉しくて。気付くとまた眦(まなじり)から涙が溢れていた。頬を伝って、グラウンドを濡らす。滂沱だが、今回は息苦しさが全くない。蛇口をひねると水が流れるように、無駄にだらだらと流れるのだ。蓮は男が簡単に泣くなど情けなくて、両手で顔を覆い俯いた。口だけは覆わなかった。

「……わがまま言ってごめんなさい」

 蓮は大きく、はっきりと涙声で謝罪した。そして顔を上げる。黒い瞳は少し充血し赤っぽい。涙の跡がまた増えている。けれどその表情に葛藤の類は見られず、変わりに強い意志が宿っていた。
 円状に並ぶ仲間たちを再度順々に見やり、最後に円堂と一対一で向き合う。

「どうか」

 蓮は息を吸い、一気に言葉を述べる。

「迷惑じゃなきゃ。どうか、これからもこの白鳥 蓮の面倒を見てやってください」

 一度だけ頭を下げ、再び蓮は顔を上げる。笑っていた。細められた瞼に残る涙が、キラキラと輝く。周りも花が咲いたように、一段と明るくなった。心から笑った、蓮の偽りのない笑顔。赤ん坊が見せる笑顔によく似ていた。

 その時、風が吹いた。空のねずみ色の雲を、円堂たちから見て東側に押し流していく。雲の切れ目から光が差し込むみ、グラウンドが、ところどころスポットライトで当てられたように明るくなる。やがて雲は完全になくなり、北海道の太陽が顔を出した。辺りが急に明るくなり、グラウンドのラインを、周りにある木々を徐々に浮かべあがらせていく。眩しくて、雷門イレブンは目を細めた。

 ただ円堂と蓮は、光の中で見つめ合ったままだった。互いの髪が風を孕んで(はらんで)、静かに揺れている。蓮の目からたくさんの煌きが零れ、風が持ち去って行く。小さな煌きは、集まって光のカーテンを形作る。

 カーテンは風に揺らされ、流れるように左から右へと光の粒となって消えていく。蛇行しながらどこへ消えていく。地上に天の川が生まれたようだった。

「堅苦しくなるなよ、白鳥。もちろんだ。なっ?」

「うん。これからもよろしく」

 蓮はもう一度だけ、太陽にも負けない笑顔を見せた。その時、不意に涼野が宗谷岬でかけてくれた言葉が耳の奥底にはっきりと蘇る。

『キミならできるはずだ』

(そうだな、風介)

 蓮は上を見上げる。どこまでも澄み渡る青い空に、力強く太陽が頭上にある。よく晴れていた。

(もっと頑張ってみるよ、風介)

 太陽はどこからでも見えるから、きっと届くだろうと信じて。蓮は太陽に心の中で語りかけた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.78 )
日時: 2014/03/24 12:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: BA35VKfF)  

「ようやく気づけたようね」

 円陣の向こうから瞳子の声がした。
 やがて鬼道と春奈が道を明けるように左右に割れ、その間をゆっくりと瞳子監督が進んでくる。

「瞳子監督」
「実はな。お前が悩んでいるって、瞳子監督が教えてくれたんだ」
「え? そうなんだ」

 蓮がびっくりしていると、蓮の目の前まで歩み寄ってきた瞳子に円堂は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、瞳子監督!」

 自分のことでお礼を述べているのかと思えば、円堂の口から出てきたのは思いがけない言葉だった。

「白鳥のことも、ジェミニストームのシュートを止められたのも、監督のおかげです!」
「どういうこと?」

 ジェミニストームのシュートを止められたのも、監督のおかげだという言葉がいまいちしっくりこなかった。
 そういえば奈良でボロボロなった後、円堂はあいつらのシュートが見えたといっていた。野菜をたくさん切ると、そのうちきれいに切ることができるように、相手のシュートの『数』をこなすことで、受けることができるようになったのだろう。そのことなら合点(がってん)がいくと蓮は思う。あの時、瞳子が円堂をベンチに下げたりしたら円堂は強くなれなかったかもしれない。

「オレさ、奈良であいつらのシュートを受けまくたっだろ? その時、シュートが見えるようになって、今回やっと止める事ができたんだ。これも監督のおかげだ!」

 円堂が自信満々に言い切った。監督を信じているんだな、と蓮は心の中でつぶやく。だからこそ、自分もこの監督を信じて仲間たちと進んでいくと改めて、心に誓う。流した涙で心は浄化され、すがすがしい青空のような気分だった。
 礼を言われた瞳子はどこ吹く風と言った顔つきで、黙って円堂の話を聞いている。

「本当はそんな意図があったんですね」

 何気なく瞳子に言ったが、瞳子はそうかしら? と素っ気無い対応をしてくれただけだ。でも、と蓮は目を細めて瞳子を見る。

(豪炎寺くんを外したのも、何か意味があるはずだ)

 夕香が言っていた『怖いおじさん』。これがもし、豪炎寺の離脱に関係があったとすれば。瞳子はその『おじさん』の正体を知り、あえて豪炎寺を逃がしたことになる。そういえばあの日の豪炎寺は顔はどこか浮かないものだったし、シュートをはずすという彼らしくない失態を犯していた。『おじさん』に狙われた豪炎寺は、仲間に火の粉がかからないようあえて、チームから離れたのではないだろうか。
 豪炎寺くんはどこですか? と無言の圧力で瞳子に問うが、彼女の目が揺れ動くことはなかった。ただただだんまりしたまま、静かに見つめ返してくる。

「吹雪くん」

 そこへ女の子の声がした。見ると、吹雪の後ろに白恋のユニフォームを着た白恋サッカー部のメンバーが立っている。いつのまにか吹雪の周りにいた雷門メンバーはあちこちに散っていて、吹雪の周りから少し距離を置いた場所にいる。

「吹雪くん、本当に行っちゃうっぺ?」

 笠を被った女の子が、名残惜しそうな顔で語りかけた。後ろにいるサッカー部のメンバーには、眦(まなじり)から涙を流しているものもいる。白い帽子を被った子が泣いちゃだめよ、と白恋サッカー部をなだめ、みんなユニフォームの袖で目をごしごしと拭いた。

「でも僕がいなくなって大丈夫かな」

 吹雪は心配そうな表情で白恋メンバーを見据えながら言って、笠を被った女の子が前に出てくる。その子はにっこりと笑いかけ、

「大丈夫だっぺ。私たちみんなで、しっかり白恋中学校は守っていくっぺ」

「そうだっぺ!だから吹雪くんには、宇宙人を倒して欲しいっぺ!」

 同時に背後の白恋メンバーがいってらっしゃい! 吹雪くんと声を揃えて大声を張り上げる。

 驚いたようにぐるりと白恋メンバーを、吹雪は見つめると、最後ににっこりと微笑みかける。

「……うん」

「それじゃあ、そろそろ白恋中学を出発するわよ」

 瞳子の声が合図で、雷門イレブンはぞろぞろと校門へあがる階段へと向かっていく。吹雪も別れが惜しいのかしばらく戸惑った表情で白恋メンバーを見つめていたが、円堂にポンと肩を叩かれると、踵を返し、蓮と円堂と一緒に階段へと走り去って行く。


〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.79 )
日時: 2014/03/24 17:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: iAJranvs)  

白恋中学校正門前には、既にイナズマキャラバンが止まっていた。雷門サッカー部のメンバーは、一番初めに来た瞳子を先頭に、ぞくぞくとキャラバン内に乗りこんでいく。風丸に先を譲り、風丸が先にキャラバン内へ入って行くのを見送っていると、視界に黒い物体が飛び込んできた。

「あ、ハト? それともカラス?」

 イナズマキャラバンの昇降口の上あたりに、一匹のハトが止まっていた。
 見た目こそ、神社や町中いたるところに出没するハトとなんら変わりはないが、その全身は黒。カラスと同じ色の体毛なのだ。しかも野生のハトにしては、その体毛は光沢があり、毛並みもいい。
 そのハトは、太陽を思わせる金色の双眸で、静かにこちらを見下ろしていた。ただのハトにしてはずいぶん存在感を感じさせる。

「ハト? こいつはカラスじゃないのか?」
「え〜でも、これはどう見てもハトだと思うなぁ」

 円堂が首をかしげ、蓮が腕を組んで、ハトと睨みあいをしていると、ハトはプイッと横を向いた。
 小さな翼を広げ、羽音を立てながらみるみるうちに大空へと消えていった。
 二人は呆気にとられてハトを眺めていたが、やがて既にキャラバンに乗っているメンバーが窓から顔を出して、こちらを見つめているのに気がついた。二人とも、バツが悪そうな表情で互いを見やり、

「ところで吹雪くん、キャラバンはどう?」
「イナズマキャラバンは、すごいだろ?」

 話題をそらすかのように、後ろにいた吹雪に話しかける。吹雪はにっこりとほほ笑むと、

「イナズマキャラバンって、思っていたよりも広いんだね。うん、これならみんなと楽しい旅ができそうだよ」

 感慨深くキャラバンを見た感想を述べた。そっか〜と言いながら、円堂がチームメイトの視線から逃げるように、そそくさと早足でキャラバンに滑りこんでいく。
 蓮は吹雪と苦笑いをしながら、後に続く。むっとした車独特の匂いが鼻をついたが、もう慣れた。キャラバン内は、外に比べるとほんの少しだけ暖かい。蓮は自分の席に座ると、ジャージ上下を身にまとった。吹雪は蓮の席から数えて二列後ろの染岡の隣に座り、楽しそうに染岡と話し込んでいる。

「それで……瞳子監督。次はどこへ向かうんですか?」

 ジャージを身に付けた蓮の横で、円堂が前の座席に座る瞳子に尋ねる。瞳子は立ち上がると、キャラバン全体に響くような大声で、

「まずは京都に向かうわよ。今、SPフィクサーズに頼んで、京都でエイリア学園から襲撃予告があった学校を探してもらっているところ。場所がわかり次第、そちらへ向かいます」
「それじゃあ、まずは京都に向かうことになるんですね」
「そういうことになるわね」
「よし。それじゃあ出発するぞ!」

 古株の声が合図で、エンジンが唸り始め、同時に白恋中学校がどんどん遠くなり始めた。

(イプシロン……いったいどんな奴らだろう)



同時刻。

「”ジェネシス”の座は……”ガイア”のものです」

「わかりました。父さん」

「なっ! 父さん、何故オレたち”プロミネンス”ではないのですか!?」

「我々ダイヤモンドダストも何か……」

「ガゼル、バーン。聞こえませんでしたか? ジェネシスの座はガイアのものだと——」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.80 )
日時: 2014/03/24 22:01
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: ilLKTbvz)  

昼過ぎに白恋中学を出たせいか、北海道を出る前に日が沈んでしまった。ちょうど、その頃イナズマキャラバンは山中を走っていたので、適当な場所で一晩を明かすこととなった。ちょうどよく、木がない広場の様な場所が見つかり、イナズマキャラバンはそこに止まっていた。
 その晩。やはり眠れない蓮は、一人キャラバンの屋場に乗り、物思いにふけっていた。ジャージをしっかり着て、体育座りになり、天を見上げていた。
 ふーっと息を吐くと、すぐさま白くなり、やがて空気の中に溶けていった。まだ北海道にいるせいか、空気は澄んでいて肌寒い。蓮はぶるっと身を震わせた。
 キャラバンの屋場には荷物を乗せるために、鉄製の柵で囲まれた小さなスペースがある。大人二人が楽々座れる程の広さはあり、キャラバンの後ろにかかっている鉄製の段から登ることが出来る。よくここに円堂や他のメンバーが座りに来るのだと言う。
 円堂に乗ってみろよ! 気持ちいいぞ! と前々から勧められてはいたが、機会がなく、蓮は今日こうして初めて乗ったのであった。上に乗っているせいか、辺りの風景が良く見える。
 キャラバンの前には女子メンバーが止まる、とんがり帽子の様な形をしたピンクのテント。辺りには針葉樹林が生え、空いっぱいに枝を伸ばしている。針葉樹林の下には短い雑草が惜しげっている。夜であるせいか、虫が鳴くどこか儚く(はかなく)弱弱しい音だけが聞こえてくる。嫌なくらいに静かである。

「星、綺麗だなぁ」

 蓮は呟いた。
 頭上を振り仰ぐと、枝と枝の間から、満天の星空が見える。冷たい風が吹き、ざわざわと葉を揺らす。その風情(ふぜい)がある光景に目を奪われていた蓮は、下から誰かの視線を感じた。
 誰かと思い、落ちないよう柵を掴みながら下を覗き込むと、吹雪がこちらを見上げていた。白いマフラーが風に弄ばれている(もてあそばれている)。

「ふ」

 吹雪の名を呼ぼうとして、蓮は言葉を飲み込む。

(あれ? なんだかいつもの吹雪くんじゃないみたいだ)

 妙な違和感を覚えた。確かにそこにいるのは吹雪だが、”何か”が違うと己の第六感が、蓮に囁きかけてくるのだ。何だろうと思い、蓮は吹雪の顔を凝視し、蓮の相貌が獲物を狙うハンターのごとく鋭くなった。
 集中してみると、吹雪の違いが驚くほどはっきりと見えて来た。雷門ジャージと風をはらんで揺れるタオルの様なマフラーだけは同じだが。
 まず髪の違いに目が言った。いつもより青白くなり、上に跳ねている。そして何よりその瞳。今の吹雪には好戦的な色が宿っているし、第一彼の瞳はオレンジではないはずだ。
 違和感の原因に気づいた蓮は顔をこわばらせ、

「……お前は誰だ?」

 威嚇するように低い声で『吹雪』に尋ねた。恐ろしさからか、柵をつかむ手が小刻みに揺れている。

「誰?」

 素っ頓狂(すっとんきょう)な返事がし、『吹雪』は高笑いをした。にいっと口元を不気味に歪ませ、蓮を見上げて嘲笑する。

「おいおい、白鳥。たった数日で、チームメイトのこと忘れちまったのかよ。オレは吹雪だ。吹雪 士郎」

「お前は、吹雪 士郎くんじゃない!」

 からかうように自分を指差し言った吹雪の言葉をいなし、蓮は言い放った。自分を奮い立たせ、攻撃的な口調で攻める。不気味な『吹雪』の視線を弾こうとするかのように、きっと『吹雪』を睨みつける。

 初めは驚いたように『吹雪』は目を丸くしていたが、再び含み笑いを浮かべ、くく……っと引くように笑った。

「くく……オレを『士郎』じゃないと見破ったのは、お前が初めてだ。雷門には、とんだやつがいたもんだぜ」

 そこまで言い切ると、『吹雪』は真顔に戻る。

「ああ。オレは吹雪 士郎じゃねぇ。オレの名は『アツヤ』だ。吹雪 アツヤ」

「……じゃあ吹雪くんは二重人格」

 頭の中に浮かんだ可能性を独り言のようにポツリと言うと、アツヤはあっさり首を縦に振った。

「そういうことだ。よく覚えておきな。ちなみに試合の時に、FWとして出てんのはオレ。DFとして出てんのは士郎の方だぜ」

「吹雪 アツヤ——それがお前の名前なのか。お前はアツヤって呼ぶ。士郎くんの方は、これからも吹雪くんと呼ばせてもらうよ」

「好きにしろよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.81 )
日時: 2014/03/25 13:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: U9CqFAX7)  

そうアツヤが言ったのを最後に、しばらく二人の間に沈黙が下りた。牽制(けんせい)しあうように睨みあい、そのまま固まっている。風が起こす葉擦れの音だけが、静寂の空間を切り裂いていく。

「……そっち行ってもいいか?」

 不意にアツヤが口を開き、蓮は顔の警戒の色を消さないまま頷いた。アツヤは蓮から視線を外すと、キャラバンの裏手に回る。鉄が叩かれる高い音がし、アツヤがキャラバンの屋場に上がってきた。蓮は占領していた中央部分から少しそれ、アツヤが座れるようにする。アツヤは無言で蓮の横に腰をおろした。

「様子を見る限り、主人格は吹雪くんのほうだね」

 沈黙が嫌で蓮はアツヤに話しかけた。アツヤは蓮の方を向くと、当たり前だろと言わんばかりの顔をする。

「白鳥の言う通り、士郎の方だ」
「じゃあさお前、何でわざわざ出て来たんだ」

 蓮は語勢を強めてアツヤに聞いた。するとアツヤは薄ら笑いを口元に浮かべ、

「白鳥と一回話してみたかったんだよ」

 急にアツヤが膝立ちになった。すっと人差し指を蓮のあごに当て、蓮の顔を無理やり上げさせる。とたんアツヤは蓮の瞳を覗き込もうとするかのように、顔を思い切り近づけた。二人の顔の距離は数十センチほどしかない。
 アツヤは蓮の目をじっと見つめる。蓮は恐怖のあまり目を見開いたまま、動かない。

「……黒い瞳か。随分便利なもの持ってんじゃねぇか」
「な、なんのことだよ」

 アツヤの冷たい眼光を真正面に受けながら、蓮は声を震わせて言った。
 そらせない。何故だか目をそらせない。そらすことを許さない威圧感がそこにはある。アツヤの視線が、自分の奥へ奥へと進んでくる。まるで心の内を探られているかのようだ。圧迫感が心の奥を無理やり引きずり出そうとしている。心臓が早鐘をうつように激しく脈打つ。早く終わってくれと心の中で祈る。それしかできない。
 
「黒ってのは便利な色だよなぁ? 混ぜればほとんどの色は黒に染まって行く。混ぜれば混ぜるほど、黒味は増して——やがては漆黒に染まる」

 ずぶずぶとアツヤの視線が、ますます心に突き刺さってくる。これがナイフなら血が出ているくらいに。
 アツヤは確実に自分の心を見透かしている——蓮はそのことを言葉の端端から感じ取っていた。

「お前、その瞳の奥で幾重(いくえ)黒を重ねてんだよ?」
「え」

 蓮は思いがけないことを聞かれ、一瞬目線を下げた。しかしアツヤは人差し指の力を強くし、容赦なく視線を合わせさせる。だが心を引きずりだそうとする嫌な感覚はなくなっていた。

「僕が、何か隠しているって言いたいのか」

 嫌々ながら答えると、アツヤは目を丸くした。

「ほう。馬鹿じゃねぇ様だな。オレが言いたいのは、その漆黒の奥に何を隠しているかってこと」

 蓮は目を瞬く。

「隠す? ひょっとして僕がチームのお荷物だとくよくよ悩んでいたことか? それならもう大丈夫だ。染岡くんに殴られて、円堂くんに励まされて……なんかふっきれた。みんな、僕のことを拒んだりしない。邪険に扱ったりしない。それどころか仲間として認めてくれている。だからこそ、僕は最後までエイリア学園と戦うつもりだ」

 力強く蓮が話すと、アツヤは首を横に振った。

「そっちじゃねぇよ」

「え? 違うのか?」

「一言で言うぜ。白鳥、お前——一部記憶喪失になってるだろ?」

 そこでアツヤが蓮のあごから人差し指を離した。

 解放された喜びよりも、蓮は記憶喪失だと言うことをアツヤに言い当てられた驚きが増しアツヤの方に、身を乗り出した。

 

「な、なんで僕が小学校3年生の頃より前の記憶がないこと知っているの?」

 興奮しているせいか早口になり、声が上ずった。

 アツヤは冷静に蓮をまっすぐ見据えて、

「瞳(め)でわかる。お前は、自分で自分の記憶を封じ込めてんだよ。意識的にじゃない。無意識に……な。士郎とある意味で同じだ」

「え? 吹雪くんと?」

 吹雪の名が出て蓮はきょとんとした。アツヤは腕を組み、なおも淡々と語りつづける。

「士郎は白鳥と逆だ。意識的に、自分の記憶を抑えつけようとしている。だけどな、無理して自分を抑えつけてんのはお前も士郎も同じだ。オレはな、お前の”月”になるつもりだ」

「つ、き……?」

 蓮が不思議そうに首をかしげると、アツヤは天を見上げる。蓮も上に視線をやると、ちかちかと輝く星の中でも、少しだけ優しい光の満月があった。アツヤはあんなに優しくない。

「お前の光はナイフだ。鈍く不気味に輝き、僕から全てを剥ぐ(はぐ)つもりなんだろ」

 蓮がアツヤに視線を戻しながら素っ気なく(そっけなく)言った。

 

「どうだろうな。お前の瞳は、例えるなら夜を移す水面(みなも)……オレはその真っ暗闇を照らしたいだけだ。お前が本当に嫌いなら、ここまでしねぇよ」

 アツヤが自虐的な笑みを浮かべ、蓮はそっぽを向いた。

 恐怖感こそ消えたが、アツヤには不信感を抱かざるを得ない。何を考えているのかわからないその不敵な顔に、蓮は憮然(ぶぜん)とした表情を一人浮かべた。

「じゃあ、オレはそろそろ帰るぜ」

「は?」

 一瞬理解に苦しみ、蓮は驚きの声を口から零してアツヤを見なおす。アツヤは左手で白いマフラーを触ろうとしている姿勢のまま、蓮を見ていた。

「言っておくが”アツヤ”のことは、士郎にも雷門イレブンにも話しても無駄だ。白い目で見られたくなかったら、黙っていることだな」

「ちょ……どういうことだよ!」

 蓮が吠えた瞬間、アツヤは目を閉じて白いマフラーに触れる。冷たい風が吹き付け、蓮の前髪と吹雪の白いマフラーを揺らした。

 アツヤが見る見るうちに戻って行く。上から押さえつけたかのように髪は下向きになり、色も元の濃さを取り戻した。やがて目をあけると、そこに濃い緑の瞳があった。——吹雪 士郎であった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.82 )
日時: 2014/03/25 17:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: a7WresCQ)  

主人格——吹雪は、何が起きたのかわからないといったようにせわしく首を動かし、辺りの様子を見渡していた。蓮も急に”アツヤ”が”士郎”に戻ったことに驚きを隠せず、口をあんぐりと明けて吹雪を見つめることしかできなかった。
 風が生み出す葉擦れの音が蓮と吹雪の間を駆け抜けて行った。身が震えるような冷たい風で蓮は一気に現実に引き戻される。きょろきょろとする吹雪を見つけ、蓮はおそるおそる吹雪に声をかけた。

「ふ、吹雪くん? 吹雪 士郎くんだよね?」

 すると、吹雪は蓮の存在に気づいたらしくはっとした顔で振り返った。濃い緑の瞳には不思議がる色が宿っていたが、すぐに吹雪は何事もなかったかのように温和な笑みを浮かべる。

「そうだよ。何かのギャグかな? 白鳥くんは面白い人だね」

 聞こえた声は澄んでいてよく通る、いつもの吹雪の声だった。さっきまでの”アツヤ”の声は、どすがきいたような低く恐ろしい声だったから、まるで別人のようだ。

(……さっきのこと覚えてないのか。やっぱり吹雪くんは二重人格なんだ)

 心の中で呟き、改めて吹雪をまじまじとみた瞬間——鼻が急にむずむずしはじめ、蓮はそのまま両手で口を覆い、くしゃみをした。同時に身体が小刻みに震え始める。今更ながら、手足の感覚が麻痺していることに気付いた。同時に寒いことに気づいた。
 長居をするつもりはなかったのだが、アツヤのせいですっかり身体が冷え切ってしまったらしい。さっきまで寒いことも気付かないほど、アツヤと対峙することに集中していたせいだろう、と蓮は考えた。そうかもしれないがアツヤにも責任はあるので、内心でアツヤに悪態をつき、鼻をすすった。吹雪が苦笑した。

「そろそろ寒くなってきたね。白鳥くん、長いこと北海道の夜の風に当たっちゃだめだよ。風邪をひいちゃうよ」

 吹雪に諭され、蓮は困ったように笑った。

「北海道をなめてたかな〜じゃ、中に戻ろうか」

 梯子を降りると、蓮は吹雪と共にキャラバンの中に戻った。少し肌寒いとはいえ、やはり車の中の方がだいぶ暖かい。蓮の体の震えが止まる。
 円堂たちは眠りに落ちているらしく、静かな寝息があちこちから漏れていた。が、壁山だけは大きないびきをかいていて、隣に眠る栗松が少し寝苦しそうな顔をしている。その光景を見た二人は思わず微笑みあう。

「吹雪くん! また壁山くんいびきかいてる」
「あははは。本当だね」

 チームメイトを起こさないよう、二人は小声で囁いた。だがすぐに吹雪の口から小さな欠伸が漏れた。吹雪の目がまどろみはじめ、今にも閉じてしまいそうだ。蓮は一番前の席にそっと入ると、

「吹雪くん、おやすみ」

 小声で言った。吹雪もまた欠伸を噛み殺しながら、

「おやすみ、白鳥くん」

 眠そうな声で答えると、自分の席に座った。

 様子が気になった蓮はそっと吹雪の席に近づいてみる。吹雪は、染岡に寄り掛かり、両の手を膝の上できちんと組んで寝ている。寄り掛かられた染岡は、明らかに顔をしかめて眠っていた。

 染岡を不憫(ふびん)に思った蓮は、吹雪の身体を横に引っ張って染岡から少し離すと、そのまま座席にもたれかからせた。吹雪は起きるどころか、能天気に穏やかな寝息を立てている。そのリスなんかの小動物を思わせる可愛い寝顔に、蓮はアツヤを思い出した。

(アツヤって誰なんだ——それに僕が、自分で自分の記憶を封じてるってどういう意味なんだよ)

「……アツヤ」

 蓮は独りごつ。しかし、吹雪は眠りに落ちているだけだった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.83 )
日時: 2014/03/25 23:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: xwXeKUvt)  

蓮がバスの中で夢の世界に入り始めていた頃、新幹線は東京を出発し、博多へと進んでいた。深夜であるし、時期が時期なので車内はガラガラ。ところどころぽつぽつと座る人々も大人の風貌の人間が多い中——明らかに周りから浮いた人間が二人、隣同士に座っていた。一人はまた私服姿の涼野であったが、横には見慣れない少年がいた。
 年のころは涼野と同じくらいだろう。炎を思わせる横に跳ねた真っ赤な髪。頭の上では何やらチューリップのような形になっている。少しきつめな金色の瞳は自信に満ち溢れたような光を宿し、鋭い観光を宿している。服は両袖部分は白く地の部分は黒いジャンパーの様な上着に、緑がかかった黄色の短パン、藍色のスニーカーを履いている。今は足組みをし、頭の後ろで手を組みながら、不機嫌そうに涼野を見ている。

「涼野 風介、おまえ長い間どこに行ってたんだよ」

 窓に頬杖(ほおづえ)をついて外の景色をボーっと眺めていた涼野は、めんどくさそうに横にめをやった。めをやっただけであった。何事もなかったかのように、再び視線を窓の外に向ける。外は真っ暗で、時折見える街灯の光を除いては何も見えない。

「雷門イレブンを追っていただけだ、南雲 晴矢(なぐも はるや)」

 涼野はめんどくさそうに答えた。横に座る『南雲 晴矢』と呼ばれた人間は露骨に嫌そうな顔を作る。

「それだけのためには、ずいぶんとなげー外出だったよなぁ?」
「キミには関係のないことだ」

 ガラス越しに涼野が嘲笑う表情が見え、南雲の顔はますます強張った。涼野はまだ嘲笑うような表情を浮かべながら、南雲の方に身体を向けた。

「キミこそ、何故私の後をついてくるのだ」

 南雲は苛立ったのか舌打ちをすると、
 
「風介、てめーがオレを京都行きに誘ったから、し・か・た・な・く! 着いてきてやったんだ」

 ”仕方なく”の節々に力を込め、南雲は吐き捨てるような勢いで涼野に噛みついた。金色の瞳でぎっと涼野を睨む。猛獣が見つめるような恐ろしい視線だが、涼野はまったく物怖じしない。鼻で笑うと、冷笑を浮かべた。

「”仕方なく”? 冗談も休み休み言うことだね。キミも私も考えることは同じだろう。京都に行けば、確実に蓮に会える。彼に会いたいからこそ、私に着いてきたのだろう」

 正鵠を射る(せいこくをいる)ことを涼野にずばり指摘され、南雲はばつが悪そうに俯いた。そして悲しげに蓮の名を呟いた。

「……蓮」
「彼とは5年ぶりの邂逅(かいこう)だったが」

 涼野は口元にほほ笑みをつくると、再度窓の外を見やった。また南雲に背を向けた。

「印象はずいぶんと変わった。あれほど私とキミの背に隠れて泣いていた蓮はずいぶんと強くなったぞ。いや、今も泣いていたらおかしいな」

 自分に言い聞かせるかのように涼野は、南雲に語りかけ、自嘲めいた笑みを浮かべた。南雲は顔を上げ、席わきの窓ガラスが映す涼野の表情を黙って睨んでいる。と、急に涼野が少し顔を下げ、しゅんとなった。傍から見てもわかるほど寂しげな面持ち。南雲は目を瞬く。

「だが。あの……愛嬌(あいきょう)のある笑みは、昔と変わらないね」

 何か思うところがあるのだろう、涼野はそれっきり口をつぐんでしまう。憂いに満ちた瞳がガラスを通じて南雲の瞳に飛び込んでくる。正確には涼野は視線をげていて、南雲を見てはいなかったが、嫌でも窓ガラスを見ていれば涼野の瞳は見えてくる。

 南雲もまた口を閉ざしていた。退屈そうに席前の網に手を突っ込んでペットボトルを取り出すと、ごくごくと飲んだ。列車が線路を走る音だけが定期的に聞こえてくる。

「あいつ。なんでオレ達の前から姿を消した」

 ややあって南雲が恨みがましく口を開いた。ペットボトルにふたをし、乱暴に網の中につっこむ。涼野が振り向く。

「また蓮が私たちを裏切ったと言うのか」

 非難するような口調で涼野が尋ね、南雲は目を細め、苛立ち混じりの口調で答えた。

「いなくなるタイミングがよすぎるんだよ。お前が作り話してなきゃ、確かになんかあったのかもしんねーけどよ。……オレは自分の耳で蓮の言葉を聞かない限り、あいつを完全に信じることはできない。それにあいつは雷門イレブンなんだろ?」

「ああ」

「話は変わるが、風介こそ正体がばれたらどうする気なんだよ」

 涼野は考え込むように視線を数秒宙に彷徨わせ、南雲をしっかりと見据える。青緑の瞳に強い意志の様な光が宿っていた。

「そのことなら何度も考えた」

 瞳に宿る光同様、迷いのない声で涼野は続ける。

「正体が判明していまえば私と蓮は今のままではいられないだろう……だが」

 ためらうように涼野は一度言葉を切った。顔に戸惑いの色が出ている。

「だが?」

 南雲がせっつき、涼野は迷いを払った顔で南雲をまっすぐ見つめる。

 

「だがこのまま敵同士でいれば蓮とは必ず会える。それだけで私は幸せなのだ」

「…………」

「5年前のように行方知れずになることもなく、ずっと蓮と会い続けることが出来る。それがどれほど幸福なことかわかるか?」

「わかんねーよ」

 南雲は呆れたように返事をした。涼野がふっと笑う。

「なら、たとえ話をしようではないか。たまたまスーパーで何でもよい、私がある菓子を買うことをためらったとする。欲しい私は翌日再度買いに行く。すると、そのある菓子はスーパーの棚から既になくなっていた、つまりは入荷しなくなっていて、二度と買えなかった——そんな経験は一度や二度、キミにもあるはずだろう」

「……まーな」

「この話と同じだ。菓子を買わない……ためらっていては、私は菓子を二度と買うことが出来ない——つまりは蓮と二度と会うことが出来なくなってしまうと思うのだ。彼がどこに住んでいるかなど私は知らないし、この戦いが終わったら蓮がどこへ行くのかわからない。敵だからと躊躇(ちゅうちょ)していては、彼は名字の通り、渡り鳥のごとく、どこか遠くの地へ——行ってしまう。そんな気がするのだ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.84 )
日時: 2014/03/26 14:45
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: AzXYRK4N)  


「バカじゃねーの」

 南雲は呆れたように言うと、だらしなく座席にもたれかかった。考え込むように数秒程視線を宙に彷徨わせてから、目だけを涼野に向ける。涼野は思いつめたような表情で過ぎていく窓の景色を追っていた。声をかけたが返事はなかった。ぼうっとただただ景色を見つめているのだ。
 真っ暗で、せいぜい山の稜線(りょうせん)がかろうじてわかる程度の景色を見て何が楽しいのか南雲には全くわからない。聞いていないだろうと思いつつも、南雲は背を向ける涼野に語りかける。

「蓮は”今”のオレたちにとっちゃ敵だ。敵に情けなんてかけてたら、ジェネシスの座をグランから奪い取れなくなるぞ」

 叱るような口調で南雲が言うと、涼野は僅かに顔を南雲の方へ向けた。悲しげな青緑の瞳で南雲を睨みつけてくる。悲しげな色がいつもの涼野らしい嘲笑のそれへと変わって行く。

「なら晴矢、今すぐプロミネンスを率いて雷門を潰してくるといい。果たしてキミに蓮を倒すことが出来るかな?」

 ふふと涼野が不敵な笑みを浮かべながら尋ねると、南雲はバネではじかれたように立ち上がった。焦りと戸惑いが混ぜったような表情になっている。

「れ、蓮がいようと! オレは……オレは……」

 言葉は尻すぼまりになり、南雲はとうとう口ごもってしまった。涼野はまた窓の向こうを見ていた。だがガラス越しに、やっぱりそうだと言わんばかりの得意げな笑みを浮かべているのが目に入り、

「くっそ!」

 何故だか馬鹿にされたような感覚を覚え腹立たしくなった。南雲は、乱暴にも前の座席を蹴りつけた。幸い前には誰も座っていなかったので、靴越しに空しく座席が揺れる振動が伝わってくるだけである。南雲は空虚感を覚え、独りでにため息を漏らした。

「……人の絆と言うものは」

 不意に涼野が口を開き、南雲は涼野に視線をやる。相変わらず自分に背を向けているが、南雲は黙って言葉の続きを待った。
 涼野はちらっと流し目に南雲見ると、ガラスに手を当てながら目を伏せた。

「実にやっかいなものだ。時にこうして我々の手枷(てかせ)、足枷(あしかせ)となるからな」

 蓮の存在がどれだけ涼野にとって大きいかが、言外に匂わす。どうして蓮にここまでこだわるのかわからない。確かに昔はとても仲の良い友人だった。幼い頃に共に遊んだ遠い記憶は南雲も鮮明に思い出せる。
 
 例えばある日住宅街で蓮と三人で走っていたら、蓮だけがずっこけて。男のくせに泣いて。仕方がないから自分と風介が立ち止まってかえるぞ、と言って手を伸ばすと、笑みを見せてくれる。見るものを和ませる不思議な笑み。そしてはるやー! ふうすけー! と自分の名前を呼びながら、嘘のように元気になった。立ちあがってこちらに駆けて来た。

 でも今は違うのだ。どんなに名前を呼んでも、蓮は来ない。いや、名前を呼ぶことすら本来なら許されないのだから。

 言うか言うまいか悩んだが、南雲は覚悟を決めて、

「風介、だったら今のうちにその”絆”を立ち切っちまえばどうだ? どうせいつかは正体ばれるんだ。早いうちの方がお前のためになるだろ?」

 多分涼野は激怒するだろう、と南雲は思っていた。自分が蓮が裏切ったと口にするたび不愉快そうな顔をするから、きっとそうだろうと考えていた。しかし、思った以上に涼野は冷静だった。

 ガラスから手を離し、伏せていた目を上げると、振り向いて南雲を見、静かに首を振る。

「断わるね。確かに、いつかは蓮に私の正体を知られる日が来るだろう。しかし、だ。私は彼とこうして仲良くすることを覚えてしまった。蓮は、”ジェネシス”の称号よりも遥かに価値のあるものだ。関係が崩れる日までせいぜい楽しませてもらうよ」

 涼野は力強く言い切った。語勢から、誰に何と言われようとも自分は蓮と付き合うことを止めないと言う意志の強さがしっかり伝わってくる。南雲はわかっていたとはいえ、言葉が出てこなかった。

 言葉事態は喉元まで迫上がってきているが、呆れの方が先行してなかなか口に出すことが出来なかったのだ。数秒無言の時間を要し、電車が線路を走る音だけがまた二人の間を通り抜けていく。

 ややあって、南雲は幽霊でも見たかのような面持ちでようやく言葉を発した。

「風介、一応聞いてやるが頭は大丈夫か?」

 呆れを通り越した戸惑いの声で南雲が尋ねると、涼野はふっと柔らかい笑みを見せた。

「私はいつもと変わらないつもりだ」

「……ビョーキだな、お前」

 南雲はうんざりしながら呟いた。

「ああ。私はビョーキだよ」

 涼野は自虐気味に呟いた。

 二人の間に静寂が戻り、南雲が欠伸をした。ぶっきらぼうにオレはもう寝る。おやすみと言った。涼野もそっけなくおやすみと返した。

 南雲は涼野に背を向けるように座席に寄り掛かると、身体を少し丸くし、そのまま目を閉じた。五秒後には彼の口から穏やかな寝息が洩れていた。心地よい電車の縦揺れが南雲の眠気を催したのだろう。

 穏やかな南雲の寝顔を見つめていた涼野は、顔をほころばせた。今までの悲しげなものではなく、優しく見守るような慈愛に満ちたものだった。

「……明日は早いぞ、晴矢」

 南雲の寝息が口から洩れる。答えはなかった。満足したように涼野は小さく笑い声を立てると、窓辺につっぷした。額に窓ガラスを当てると、ひんやりとした感触と電車の振動が伝わってくる。これでは眠れない。窓ガラスから少し手前につっぷすと、涼野もまた夢の世界に落ちて行った。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.85 )
日時: 2014/03/26 18:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 8w1jss8J)  

北海道を発った雷門中学校サッカー部一同は、再度南下を始めた。
 途中瞳子はSPフィクサーズに京都のどこの学校が襲撃予告を受けたのか調べるよう塔子経由で尋ねた。いくらチームに総理大臣の娘がいるとはいえ、公共の機関をただで使うのはどうかと思われるが、塔子に言わせると大丈夫だそうだ。蓮は、前の秘密の北海道旅行という弱みを握られているので口出しすることはできなかった。

 休憩しながら高速道路を南下し、イナズマキャラバンはいよいよ京都の街に入る。わずか数百年前の首都まで首都だった街。大きな路線の駅前はビルが並びかつての面影(おもかげ)は見られない。だが、一度駅前を離れると寺やTVで見るような昔ながらの街並みが広がり雷門サッカー部はおおいにはしゃいだ。壁山が土産を買いたいと叫んで、みなの失笑を買っていた。
北海道に比べると温度は心地よいもので、外でサッカー練習などもやりそうである。

 イナズマキャラバンは京都駅から一時間ほど走った、郊外のような場所で止まった。街から少し離れた、畑と田んぼが織りなす緑が永遠と広がる殺風景な場所だ。瞳子に言われるがままイナズマキャラバンを降り、10分程歩くとこじんまりとした丘が見えてくる。丘にはなぜか竹林があった。空に向かいまっすぐのびる竹の長さは数メートル程。まめに手入れされているのか長さは均一だった。
建物の一部と思わしき赤い壁面と石造りの屋根が竹林の間から顔をのぞかせている。。

「あれが漫遊寺中学校? なんだか中国のショウリンなんとかに出てきそう」

 蓮が竹林の間に見える建物らしきものを指さしながら言った。すると先頭を歩く瞳子が後ろを振り返り、

「ええ。SPフィクサーズからの情報によるとあそこで間違いないそうよ。漫遊寺は、“裏の優勝校”とも呼ばれる実力があるそうだから、それで狙われたのかもしれないわね」

 その話を聞いていた鬼道が腕を組む。

「聞いたことがある。表のフットボールフロンティア優勝校が帝国学園(ていこくがくえん)だとすると、裏の優勝校は漫遊寺中学校だと」

 思いもかけない話に雷門サッカー部は素直に感嘆の声を漏らす。世の中はまだまだ知らない未知のことだらけだ、と蓮は考えていた。
 
 それから漫遊寺中学校の内容をとりとめもなく話していると、あっという間に丘のふもとについた。
 竹林が日の光を遮り、辺りは薄暗い。そして少し肌寒い。竹林の足元には緑の藻(も)が多く張り付いていて、京都と言う土地柄のせいかどこか歴史を感じさせる。
 そんな竹林の間が、ある縦のラインだけ不自然になくなっていた。漫遊寺中学校へと続く石段があるからだ。横幅は大人四人は楽々通れそうなほど余裕はあるが、段数はかなり多い。ゴール地点の段は灰色の点のように見える。
 あまりの長さに雷門サッカー部は絶句しながら、一段目へと近づく。光が差さないせいだろう。灰色の石のあちこちにコケが生えている。

「んじゃあ行くぞ!」

 円堂が張り切りながら拳を天に突き上げ、意気揚々と階段をのぼりはじめた。

「おー」

 他の部員たちはやる気がなそうな声を出しながら、弱々しく拳を上げた。

 調子よく階段を進んでいく円堂と対照的に、いかにもだるそうな感じでゆっくりと階段を上り始める。手すりと言うものはないので、自分の力で上るしかないのだ。

 円堂はわくわくしているのだろうか。階段を一段や二段飛ばしながらどんどん進んでいく。

「白鳥! 早く来いよ!」

「ま、待てよ! 円堂くん!」

 初めから円堂の横にいた蓮は不幸にも、円堂と同じペースで進まなければならなくなっていた。慌てて階段を一段、二段とまたぎながらぐいぐい上って行く。

「ほら、もうついただろ?」

 円堂に追いつくことだけで必死だった蓮は、大した疲れも感じないうちに学校前についた。

 漫遊中は本当に中国にありそうな学校だ。校門は日本にある寺の入り口のようだ。違うのは寺は屋根部分などは黒などが多いが、こちらは赤いと言うこと。校門の向こうはグラウンドらしく、サッカーゴールとプレイしている選手の姿が視界に飛び込んでくる。

 蓮がぼーっと漫遊寺中学校を見ていると、円堂は一人校門の中に駆けこんでいった。蓮は我に返り、円堂の後に続いて、

「どわあっ」

「わっ」

 二人分の悲鳴が上がった。砂煙が派手に上がる。グラウンドで練習する選手たちは誰も見向きもしなかった。

 煙が止むと、深さ二mほどの穴の底に円堂と蓮が倒れているのが見えた。円堂がうつ伏せで穴の底に倒れ、その背中に蓮がやはりうつ伏せで乗っかっている。二人とも苦しそうに呻いていた。

 円堂は落ちる時に、とっさに蓮のジャージの袖を引っ張ってしまった。そのせいで蓮はまき沿いをくらって、共に落ちてしまったのだ。

「なんで落とし穴があるんだよ」

 蓮は円堂の背中から起き上がりながら、憎々しげに上を見上げる。すると上からこちらを見ている一人の少年と目があった。

 ベージュの道着をまとっているから、この学校の生徒なのだろう。悪魔の角を思わせるように、左右で二対ずつ跳ねている藍色の髪。小さな顔からすると結構大きめな山吹色の瞳。見上げているので何とも言えないが、かなり小柄な体格のように思える。

 初めこそ不思議がるようにこちらを見下ろしていたが、蓮と視線がぶつかった瞬間、口元が歪んだ。嘲笑するような顔つきになり、馬鹿にするような視線を投げかけて来た。

「うっしっし〜ひっかかったなぁ」

 少年は拳を口元に当て、実に楽しそうに笑った。蓮は目つきを細め、上にいる少年に尋ねる。

「この落とし穴作ったのキミだね?」

「そうだよ。オレが作ったんだ。うっしっし」

 少年は明らかに蓮を小馬鹿にする態度で答え、愉快そうにニヤリと笑った。蓮は呆れたようにため息をつくと、腕を組んで少年を睨みつける。

「ずいぶんとひどいじゃないか」

 睨みつけられた少年はわずかにびくついたが、べ〜と舌を出して見せる。

「ひっかかるほうが悪いんだよ」

 

 さすがにイライラが募ってきた蓮は、目つきを鋭くした。怖い、と言うか迫力のあるもので、少年は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。顔から一気に血の気がうせ、青ざめていく。逃げ出そうとそろそろと穴から離れようとする。逃げられる前に叱り飛ばそうと、蓮は大きく息を吸い、怒鳴ろうと思った瞬間、

「こら! 木暮(こぐれ)!」

 耳の鼓膜が破れるかと思うくらい大きな怒鳴り声が聞こえた。蓮は怒鳴るのを止め、反射的に耳を両手で塞いだ。同時に少年が青ざめた顔のままどこか遠くへ走って行くのが目に入ってきていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.86 )
日時: 2014/03/26 20:08
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  


 木暮が見えなくなると、代わりに縦に細長い楕円形の顔を持ち、オレンジのバンダナを頭に巻いた人間が焦った顔つきで、穴の中を覗き込んできた。見えている衣装は木暮と同じもので、漫遊寺の生徒らしい。その少年に続いて、雷門サッカー部のメンバーも心配そうに穴の中を見てくる。

「お、お二人とも大丈夫ですか!?」

 少年が呼びかけてきて、蓮と円堂は安全だと言うことを示すために手を振って答えた。


 雷門サッカー部のメンバーが総出で蓮と円堂を穴の底から引っ張り上げ、穴の底から救出された二人はジャージに着いた砂埃を手で払っていた。払っても後は消えるわけではないので、青と黄色のジャージにはところどころ茶色い斑点がこびりついてしまっている。蓮は円堂の上に落ちたので、痛みはない。しかし蓮の下敷きとなった円堂は背中が痛むらしく、しきりにさすっている。埃(ほこり)を擦ったせいで喉はからからに乾き、いがらっぽい。二人とも長い間咳き込んでいた。

「ぷはぁ……喉がカラカラだ」

 円堂の声は少し擦れていた。蓮も喉がかゆいような感覚が残っていて、時折喉を指でさすっている。

「ひどいめにあったね、円堂くん」

「我がサッカー部の部員、木暮がご迷惑をおかけして。本当にみなさまには、謝っても謝り切れません」

 少年こと漫遊寺サッカー部のキャプテン——垣田(かきた)は、深々と頭を下げた。
 垣田のすぐ後ろのグラウンドでは、木暮が一人でグラウンド整備をやらされている。今は雑巾でゴールのポストを拭いていた。クロスバーの上に乗っかり、嫌そうな顔で黙々と拭き掃除を続けている。

「あの子は、いつもあんな感じなんですか?」

 木暮を軽く一瞥した春奈が、垣田に尋ねる。すると垣田は顔を上げ、呆れたようにため息をついた。

「はい。木暮はあんな風に毎日いたずらばかりですよ……周りをすべて敵だと思い込んでいまして、あやつからすると復讐のつもりなのでしょう。ですから、サッカーをやらせるよりも、精神を一から鍛えるべきだと思い、あのように修行をさせているのですが」

 垣田は振り向き、背後で掃除をしているはずの木暮の姿を探した。しかしいつの間にか木暮の姿はなくなっている。クロスバーの上に雑巾だけがかかっていて、当の本人がお寺の様な漫遊寺校舎の中へと走り込んで行く後ろ姿があった。
 垣田が再度大きな声で怒り、雷門サッカー部は一斉に両手で耳を塞ぐ。木暮はわざとらしく立ち止まると、ニヤリと性根が悪い笑みを作りながら振り返る。そして、何事もなかったかのように、校舎の中へと駆けこんでいった。顔をしかめ頭を抱えた垣田が、

「……徒(いたずら)に終わってしまいます」

「もう! どうして人にいたずらばかりするのかしら」

 苛立った様子を見せる春奈に蓮がなだめるように声をかける。

「木暮くんって、寂しがり屋なのかも」

「寂しがりにしてはやりすぎだわ」

「でも、どうしてそんな性格になったのかしら」

 何気なく秋が呟き、垣田の顔が少し暗くなった。話すのを逡巡(しゅんじゅん)しているのか、視線が宙をさまよっている。やがて覚悟を決めたように雷門サッカー部をぐるりと見渡し、キャプテンである円堂をしっかりと見据える。

「それは恐らく木暮の過去のせいだと思います」

「過去?」

 続きをためらうように垣田は視線を少し下げ、

「……あやつは幼い頃、母親に捨てられたのです」

 重い口調で口を開いた。

「……捨てられた」

 春奈と鬼道がわずかに眉根を寄せる。蓮が無表情で氷のように冷たい声で言ったが、誰も気にしなかった。垣田は憐れむような悲しげな表情で話を続ける。

「母親と一緒に出かけていたところ、駅に置き去りにされたようでして……それ以来、人を信じることが出来なくなり、あんなひねくれた性格になってしまったのです」

「……バカ」

 蓮が低い声で呟いたが、誰も気にしなかった。

「立ち話は何ですから、中にご案内しましょう。どうぞこちらへ」

 垣田の先導で、重苦しい空気の雷門サッカー部はゆっくりと校舎の中へと歩みを進めていく。その時、蓮は春奈がひとりでみんなとは逆方向——先ほど木暮が姿を消した方向に進んでいくのが目にとまった。

「あれ、春奈さんどこに行くんだろ」

 蓮はそっと気付かれないように列から抜けると、春奈の後を尾行し始めた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.87 )
日時: 2014/03/26 22:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: a1/fn14p)  

 春奈の後をつけていた蓮だが、途中で春奈に気づかれたらしく、上手いこと逃げられてしまった。かと言って、雷門の仲間の元に戻ろうとしたが、どの場所に案内されたのか全くわからない。蓮は一人でグラウンドをとぼとぼと歩き、石造りの屋根をぼんやりと眺めていると、

「木暮くん! わたしの話を聞いて!」

 春奈の悲鳴のような抗議する声が聞こえ、続けて木暮が怒鳴り返す声が聞こえた。そのままひと悶着が起きているのか、春奈と木暮が互いに罵り合う声がする。声は、塀の裏側、つまり校舎の外から聞こえる。蓮は校門を潜り抜けると、すぐに塀よりの竹林の中に、春奈と木暮を発見した。春奈が蓮に背を向ける形で立ち、その向かいに腕を組んで嫌そうな顔で春奈を見つめる木暮の姿。

「さっきから、おまえはうるさいんだよ! おまえは親に置き去りにされたのか?」

 木暮がむっとしながら春奈に尋ね、春奈は首を振り、必死に木暮に語りかける。蓮は、ゆっくりと春奈と木暮に歩み寄る。

「違うわ。でも、わたしの親も飛行機事故で死んだのよ。木暮くんと同じで、親はいないの、だから……」

 それ以上、春奈は言葉が出ないのか口を閉じてしまった。
木暮は春奈の言葉尻を捕らえ、反論してきた。

「事故? それなら、違うじゃんか!」

 言葉が続かず、答えに窮する春奈の横に蓮がやってきた。何か言いたげな表情で、黒い瞳をだまって木暮に向ける。木暮は警戒するように目を細め、蓮を睨みつけた。しかし、蓮は何もせず何も語らず木暮を見つめ続ける。風が吹き、蓮の黒い前髪と春奈の青いボブカットが静かに揺れる。そうやって、二人は長いこと木暮と対峙していた。

「……白鳥先輩?」

 蓮の考えが読み取れない春奈は、蓮の顔を覗き込みながら尋ねるように声をかけた。いつもなら怒ったり笑ったりと、表情を映すはずの黒い瞳。今日は何も訴えかけては来ない。どうやら蓮自身が感情を押し殺しているようだ。まるで感情を木暮に悟られたくないかのように。

「おまえも何のようだよ!」

 しびれを切らした木暮が声を荒げて尋ね、蓮は静かに問う。

「聞いたよ。キミ、親に置き去りにされたんだって?」
「それがなんだよ」
「キミは馬鹿だ。どうして親への恨みの八つ当たりを周りの人にするんだ」

 蓮が木暮をあざ笑うように言って、木暮は反論できずに俯き、春奈は目を見開いた。どかどかと春奈は蓮に近づき、胸倉を掴みそうな勢いで蓮に食って掛かる。

「先輩! そういう言い方はないですよ!」

 怒りで鼻息を荒くする春奈と対照的に蓮は平静だった。春奈に怒鳴られても顔色一つ変えず、ただ怒鳴られるがままになっている。それから、春奈は木暮の境遇がどんなに不憫であるか述べ、それから蓮の無神経さをひたすらなじった。蓮は無表情のまま、口をつぐんでいた。ただ、先輩はお父さんとお母さんが死んでいないから、木暮くんの気持ちがわからないんですよ! と、春奈が勢いのまま言ったとき、蓮の瞳がわずかに見開かれた。           そのことに気づいた春奈は、言葉を失った。今の言葉を言った直後から、明らかに蓮の表情は変っていた。無表情だった顔に動揺の色が見えている。

「おまえにオレの気持ちがわかるか」

「……わかるよ。悲しい、かな」

 木暮がポツリと呟き、蓮が悲しげに零した。

 春奈と木暮が同時に蓮を見るが、蓮は沈痛な面持ちで自分の過去を思い出すように話を続ける。

「親に置き去りにされるってさ、悲しいよね。置き去りにされたら、言いようのない孤独と不安感だけが身を支配して、泣く事しかできなかった」

「え、おまえも親に置き去りにされたのか?」

 蓮は首を振る。そして自分に言い聞かせるように言った。

「木暮くんとは違うんだ。でも置き去りにされたのは事実。遠い昔、たった一人で置き去りにされた」

 春奈は暗い表情で話し続ける蓮を見て、尋ねるか迷ったが、思い切って聞いてみることにした。

「白鳥先輩、何があったんです?」

 蓮は言いたくないかのように視線を下に向けた。話すか話すまいか迷っているのか、時折視線をちらちらと春奈に向けている。

春奈は、蓮の過去に何かあったことをここまでの態度で悟っていた。しかし、暗い過去と言うものはなかなか話したくないものだ。自分だって、つらい思い出を思い出してしまうから、話したくない気持ちはわかる。

「……へんなこと聞いてすいません。実はわたし、おとうさんとおかあさんが飛行機事故で死んでいるんです」

 蓮が話しやすいように、と春奈は自分の過去を蓮に打ち明けた。蓮は驚いたように目を見開き、話して、と目で合図して来る。春奈は、淡々と語り続ける。

「“音無”は今の引き取ってくれた両親の苗字なんです。その頃、事故で親が死んだことは頭でわかっていても、当時のわたしは、頭の中で裏切られたような気持ちになっていました。お兄ちゃんがいなかったら、木暮くんのようになっていたと思うんです」

 そこまで言うと、蓮は悲しそうな顔をした。何か言おうとしているのか、口が陸に上がった魚のようにパクパクと動いている。

「……僕は」

 そこまで言うと、蓮は言葉を切った。木暮のほうへとゆっくり歩み寄り、木暮から少し離れた場所で立ち止まる。そして、重々しい口を開く。

「僕の生みの両親は、自分で海に身を投げたんだ」

 長いため息と共にゆっくりと言葉を吐き出した。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.88 )
日時: 2014/03/26 22:56
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: f7aWX8AY)  

「え。じ、じぶんで……?」

「ま、まじかよ」

 蓮の壮絶な過去を聞いた春奈と木暮は、驚愕と戸惑いでそれ以上のことは言えなかった。木暮は黙って俯き、春奈は言葉を選ぶようにえっとを何度も繰り返している。蓮は急にこんなこと言ってごめん、と申し訳なさそうに謝った。

「話は続けない方がいいかな」

「先輩、つらいとは思いますけど、話してください」

 自虐的な笑みを浮かべ話をやめようとする蓮に、春奈は話を続けるよう懇願する。すると、蓮は覚悟を決めたような顔になり、回想するように竹林へと目を向けながら、淡々と切り出した。

「今の両親から聞いた話だから、ほとんど覚えていないんだけど」

 春奈と木暮が、話しを聞こうと身を乗り出す。

「元々僕の生みの両親は仕事運に恵まれない人で、僕を生んだときから既に生活は貧しかった。でも、しばらくはなんとか貧しいながらも生活はやっていけた。けれどある時……金融会社の一つとトラブルを起こして、両親は幼い僕を連れて、夜逃げ同然に家を飛び出した」

 記憶喪失になっても、蓮は両親が海に身を投げる当日のことはうっすらとだが覚えている。

 当日、両親はお金がないはずなのに、ファミレスに連れていってくれた。そして、好きなものを何でも食べていいと言っていたことを覚えている。元々物欲があまりない自分は困った。どうして、と尋ねると、両親は寂しげに笑いながら、自分の頭を撫でた。その、寂しげな笑みがいまだに脳裏にこびりついて離れない。大きくなって、『最後の晩餐』と言う言葉を知った。両親の一連の言葉は、幼い自分が、この世に未練を残さないために、と言う彼らなりの優しさだったと思う。この時までは、両親は自分をまき沿いにするつもりだったのだ。

「それで海に……」

 悲しげに春奈が零した。そして両手で顔を覆い、さめざめと泣き始める。

「先輩……わたし、先輩のこと何も知らずにあんなことをいってごめんなさい」

 消え入りそうな涙声で春奈が頭を下げ、蓮は彼女の肩に両手を置いて、気にしてないよとにっこりと笑いかける。

 木暮は考え込むように下を向いていたが顔を上げ、話に口を挟む。

「でも、普通そういうやつって『むりなんとか』って、小さい子供もよく巻き込まれてるだろ」

 蓮は首を振り、再度自虐的に笑った。

「ところが、僕の生みの両親は何を思ったのか……僕を近くの店に置き去りにして、二人だけで海に飛び込んだ。その時ね『すぐに帰ってくるから』って言ってたんだ。でも、母さんはさ、最後に僕を抱きしめてこう言ってたかな。『蓮、せめてあなただけは幸せになって』って。考えるとおかしいことだらけだ」

 両親の気が変わった理由は今もわからない。途中まで、母は自分を抱いたまま、父と共に崖下にある海を見つめていた。海は早くおいでとでも言うように、崖下で音を立てていた。

 両親は長いこと海を見つめていたが、急に海に背を向け、しばし歩いた。近くの土産物屋で自分を下ろした。交互に自分を抱きしめ、すぐに帰ってくるから待っているのよ、と母は言って幼い自分は、無邪気に頷いた。そして大きな背中はどんどん遠くなり——二度と帰ってくることはなかった。

 蓮は難しい顔になって恨みがましく呟いた。そして、苦痛を耐えるような顔になり、ぐっと唇をかむ。

「記憶喪失になっても、両親が自分から遠ざかっていくところまでは覚えているんだ。忘れられるのなら、その場面も忘れたかった」

 感情を抑えた声で蓮は言ったが、無意識に作った拳は震えてた。声も心なしか震えていた。その様子を、木暮は複雑な顔で眺めていた。

 今まで泣いていた春奈は、袖で涙を拭うと、控えめに蓮に話しかける。

「先輩は」

 話しかけて、後悔するようにはっとした表情になった。しかし蓮をしっかりと見据え、話を続ける。

「先輩は自分だけが生き残ったこと、どう思っているんですか?」

 春奈の声に迷いはなかった。

 蓮は静かに首を振り、複雑な顔で木暮と春奈を交互に見やる。

「わからない。あの時、親と一緒に海の藻屑(もくず)になればよかったのか、生きててよかったのか……答えはまだ見つからない。でも、生きててよかったと思いたい。だって、雷門のみんなに会えたから。だからさ、今はそう断言できる」

 初めは沈んだ声音だったものの、最後はだんだん明るい調子になった。

 生きているから、雷門サッカー部の仲間に会えた。風介に会えた。はっきりとはわからないが、仲間と会えた嬉しさに感謝しながら、蓮は自信を持って断言する。その言葉を聞いた春奈が安心したように微笑み、木暮は悲しげに目を伏せた。

「……お前はオレと違って、幸せなのか」

 木暮が羨むような嫉妬するような声で呟き、蓮はすぐに否定した。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.89 )
日時: 2014/03/27 16:09
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: MDrIaVE2)  

「そんなことないよ。木暮くんだって、キミを大切に思ってくれる人がいるだろ?」

 言って、蓮は春奈に目配せする。

 春奈は、はっとしたような顔つきになり、木暮に詰め寄る。

「ねえ、木暮くん。悔しくないの?」

「え?」

 予想外の質問をされたのか、木暮は瞬きをする。春奈は早口でまくし立てた。

「毎日毎日、やりたくもない修行をやらされるのよ! 悔しくないの!?」

「た、確かにフィールドにも立たせてもらえないし、悔しいけどな」

 春奈の勢いに気おされたのか、木暮はとりあえずと言った感じに春奈に話をあわせる。すると、春奈は満足そうに頷いて、溌剌(はつらつ)と宣言した。

「じゃあ、わたしと白鳥先輩と一緒に特訓するのよ!」

「勝手に決めるな!」

「ちょ、なんで僕まで数に入ってるの?」

「いいの、いいの! 人数は多いほうがいいでしょ?」

 何故か自分も含まれていることに驚いた蓮が、木暮と共に抗議の声を上げる。しかし、春奈はどこふく風で、先輩である蓮に敬語も使わずに軽くいなした。二人の意見を無視して勝手に話を進める。

以前、鬼道が春奈は一度言い出したら聞かない、と苦々しく呟いていたのを蓮は思い出し、心内で苦笑いをした。

「木暮くん、ポジションは?」

「し、しらねぇよ。オレ、ベンチ(控え)だからな」

 木暮の話によると、仲間にいたずらをする罰として、自分自身、試合に出せてもらえないのだという。しかし話を進めると、過去には出させてもらっていたが、自分勝手なプレーをするため、あっけなくベンチ入りとなったらしいことが分かった。

 因果応報とは彼のためにある言葉だろうな……と蓮は口に出さずに思いながらも、どこのポジションとして練習させるか悩む春奈に助言をする。

「修行で鍛えられた身軽さを見ると、DFに向いていると思うよ」

「あ、そうね。DFならいのじゃないかしら!」

 春奈は手を叩いて喜び、木暮が憤る。

「二人で勝手に決めんな!」

「まあまあ」

 蓮は木暮をなだめるように優しくにっこりと笑いかけた。周りを明るくする、笑み。それを見た木暮は少し目を見開いた。

「ね、こんなふうにキミを気にしている人はいるんだよ。春奈さんみたいな人。そのことに気づけないキミは、馬鹿だって言ったんだよ」

「あ、さっきの馬鹿ってそういう意味だったんですか」

 誤解が解けたのか春奈が神妙な顔付きで頷く。

 木暮は唇を尖らせたが、その顔に怒りや警戒の色は泣く、もうすっかり春奈や蓮と打ち解けたようすだった。

「うるせーよお前も忘れんな。ところで、一つ聞いていいか? お前はどうやって立ち直ったんだ?」

「ね、木暮くん。キミはサッカーって好きかな?」

 蓮は優しい顔で木暮に尋ねる。初めて自分から人に過去を話したが、心は自然と落ち着き始めた。

「罰としてやらされるから、微妙だな」

「僕はすごく好きだ」

 言いながら、蓮はリフティングの真似事をする。ボールがある“つもり”で、両膝を交互に動かした。その間、蓮は楽しそうに笑っていた。しばらくすると足を下ろして、足に履いた雷門のスパイクを見つめながら、感慨深げに語り始めた。

「立ち直れたのも、サッカーのおかげなんだ。生みの両親が死んでから、連れて行かれた施設で、サッカーが得意な子たちと仲良くなってさ、その二人のおかげで立ち直れたんだ。ボールを蹴るのに夢中になると、だんだん悲しみが和らいでいった。それに、その二人も、僕を明るく励ましてくれたおかげたんだ。サッカーとその二人のおかげで、両親がいなくても、前に進める勇気が生まれてきたんだ」

 サッカーとの思い出を話す蓮は、今までと違いとても嬉々とした表情で、力強く、明るい声で話してくれた。話を聞く春奈や木暮も穏やかな表情で聞いていた。

 でも、と蓮はきゅうにしおらしくなり、悲しげに目を伏せ、木暮と春奈は、心配そうに蓮を見つめた。

「ど、どうしたんだよ」

「でも、その二人の顔も記憶と共に忘れてしまった。僕を立ちなおさせてくれた命の恩人で、とても仲のよい二人だったのに。二人は、今、どこで何をしているんだろう」

 サッカーを始めたきっかけは人それぞれだ。

 蓮はボールを追いかけていると、ふっと自分がサッカーを始めるきっかけは何だったのだろう、と思うことが小学生の頃からよくあった。

 周りの子は父の影響とかテレビでと言うが、蓮の場合仲がいい友達であることは確かだった。それは覚えている。が、その彼らの顔と名前を全く思い出せない。記憶喪失になったのは小学校3年生。

 その頃には、サッカーを始めていたから、始めたのはもっと前だ。そういえば、ぶっとんでいる記憶のほとんどは、施設で過ごした頃の記憶。意識が回復した同時に別の学校に転入させられたため、友達関係に困ることはなかった。

 過ごした施設に彼らはいたのか。そういえば妙に懐かしい雰囲気がする涼野は、その仲がよかった人間の一人なのかもしれない。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.90 )
日時: 2014/03/27 16:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: w/AVokpv)  

 頬に冷たい感覚がし、涼野はぱっと目を開けた。見ると、片手にコンビニ袋を提げた南雲が、自分の頬にアイスクリームを当てているのが目に飛び込んできた。

 

 涼野と南雲は清水寺に来ていた。今いるのは、かの有名な清水の舞台。遠くには緑の山が見え、その裾野に張り付くように京都の町が広がる。

 辺りには老若男女問わず様々な人間がいるが、私服の中学生二人はその中から見るとかなり浮いているように見える。

「ああ、晴矢か」

「なにぼうっとしてんだよ。凍てつく闇はどうした? ガゼルさんよぉ」

 涼野は不機嫌そうに南雲の名を呼びながらアイスをぶんどり、嫌味を言う南雲をきっと睨みつけながら、手すりに背を預ける。南雲は、退屈そうに手すりに両肘をつき、手の上に頬を乗せている。

「蓮がおひさま園に来たのは、この位の時期だったと思っていただけだ」

 むっとしながら涼野が答えると、南雲は変らずに頬杖をつきながらも、話に乗ってきた。

「覚えてるぜ。あいつ、父さんの元に来たときはずっと泣いていたよな」

「両親は蓮を置き去りにして、海に身を投げたのだ。あの頃の蓮には、何もわからなかったのだろう」

 涼野は蓮を擁護するように言った。

 おひさま園に長いこといた涼野はさまざまな子供を見てきた。

 おひさま園は孤児を保護する目的で立てられたものだから、当然ここに来る子供たちは、何らかの理由で親を失った。事故、病気……上げればきりがないが、初めは誰も彼も慣れずに不安そうな目をしているものだ。

 もちろん泣いているものもいたが、蓮はかなり特殊だった。まず3日間ずっと泣き通し。どっからそんなに涙が出ているのだと思うくらい、父と母の名前を呼んで泣いていた。幼い涼野は、泣き虫なこの少年が何故か気になっていた。

「それから泣き止むと、ずっと木の下で塞ぎこんでたな」

 南雲が哀れむように呟き、涼野は同調する。

「ああ。魂が抜かれたような生気のない顔色で、焦点の定まらない目で、ぼんやりと地面を見ていたのは今も忘れられない」

 それから親がいないことを悟ったのか、ずっと一人で幼い蓮は外にいた。子供でもよじ登れる程の木の下で体育座りになって塞ぎこんでいた。

 肌から血の気はうせ、土色になっていたし、瞳は光を宿していなかった。生きる気力を失った、焦点が定まらないぼんやりとした瞳。誰かが声をかけても反応しない、生きる人形と化していた。

 当時の蓮は、今の明るい表情を見せる蓮からは想像がつかない程ひどく落ち込んでいたのだ。

「んで、お前は何を思ったのか、蓮が塞ぎこんでいるのを、蓮が寄りかかる木に登ってみていて……あいつの上に落ちた」

 南雲がからかうように言って、涼野は無言で俯いた。

 

 幼い涼野は蓮が気になり、蓮が落ち込んでいる様子を、太い枝に座って見下ろしていた。すぐ下では、幼い蓮がずっと地面を見ている。時々声はかけたが反応はない。何をしようとしたのか幼い涼野は、枝の上に立ち——うっかり足を滑らせて、木から落下した。

 さほど高さはなかったから、もしそのまま落ちても怪我はなかっただろう。しかし、ちょうど幼い涼野の落下点にいた幼い蓮は、哀れにも下敷きに。砂埃が軽く立った。小さく呻き、大の字でうつ伏せになった。ちなみに落下した幼い涼野は、幼い蓮の背中の上で正座をする体制で着地していた。

『だいじょうぶか?』

 幼い涼野は正座をしたまま、幼い蓮に話しかけた。幼い蓮は瞳を潤ませながら、顔だけを動かして振り向き、幼い涼野に向かって頷いた。始めてみる、人間らしい顔付き。

 幼い涼野は蓮の背から立ち上がると、幼い蓮の前に回りこみ、手を差し出した。

『わたしはふうすけ。キミは?』

『れんだよ。ぼくは、れん』

 幼い蓮は差し出された手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。

 今思うと、この出会いがすべての始まりだった。

 

「それからキミと私、蓮の3人で遊ぶようになったのだろう」

 少し話してからと言うもの、幼い蓮はしきりに幼い涼野に懐いてきた。やがて南雲も含めた三人で遊ぶようになり、よくサッカーをした。すると、幼い蓮は表情も日に日に明るくなった。笑顔が非常に愛嬌があるものだとこの頃からわかり始めたのもこの頃だったはずだ。

「んなの、昔の話じゃねぇか」

「そうだな」

 南雲が呟き、涼野は自嘲気味に笑った。

 ところで、と南雲が続ける。

「ところで、そろそろイプシロンが漫遊寺を攻める時間じゃねぇのか?」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.91 )
日時: 2014/03/27 17:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /jbXLzGv)  

南雲が何気なく呟いたのと同時刻。漫遊寺に黒い流星が近づいていた。いや、流星ではない。よく見ると、本来白い部分が黒く塗られ、黒い部分は赤く塗られたサッカーボール。かなりのスピードで落下しているために、空中で熱を帯び、黒い尾を引く姿が流星のように見えるのだ。黒い流星は狙いを違わず——漫遊寺の校舎の一角に激突した。くぐもった爆発音が辺りに響き渡り、煙がもうもうと立ち込める。グラウンドは騒然となり、漫遊寺の生徒はただ逃げることしかできなかった。

「な、なんだ?」

 その時、蓮は木暮や春奈と共に学校の裏手にある竹林の中にまだいた。何が起こったのかわからず、三人ともおろおろと不安げに辺りを見渡していたが、やがて思考が回復してきた蓮が脳内に思い浮かんだ嫌な仮説を唱える。

「まさかエイリア学園……!?」




 漫遊寺のグラウンドへとかけて行く紅葉の背中を見て、蓮と春奈は現実に戻った。
 そうだ。おそらくだが、“イプシロン”がこの漫遊寺に攻めてきたのだろう。蓮は自身のうかつさを攻めながら振り向き、春奈と木暮にグラウンドへ行くよう声を投げかける。

「木暮くん、春奈さん、行こう!」

 木暮と春奈は同時に頷き、木暮は蓮の後を大急ぎで追いかけ始めた。蓮は意外とスピードがあるらしい。姿がもう校舎の中に入っていた。木暮とは距離が広がる一方である。その姿を見ながら、春奈は脳裏に一つの疑問を覚える。

(白鳥先輩、今日はどうして倒れていないのかしら?)

 そうエイリア学園が現れると決まって倒れていた蓮が何故、倒れないのかという疑問。

「さあ、勝負だ! イプシロン!」

 漫遊寺のグラウンドでは、既に雷門中サッカー部とイプシロンが睨み合っていた。

 イプシロンは11人。控えはいないらしい。宇宙服を思わせる赤い地に黒のラインが入ったユニフォーム。見ていて痛々しくなるのは気のせいだろうか。

「おや、お仲間も到着したようだな」

 蓮と春奈、木暮が走ってくるのを見ると一際背の高い男——イプシロンのキャプテン、デザームが唇をゆがめる。

 デザームはひょろっと長い顔にかあんり吊り上った赤い目、と言う爬虫類を思わせる顔付き。ぼさぼさに乱れた髪の一部は首元で何十にも巻かれ、マフラーのようになっている。

 デザームとイプシロンが投げかける侮蔑の視線を蓮は丁寧に睨み返しながら、歩く。怖いのか木暮は、蓮の足元にぴったりとくっつきながら、おずおずとイプシロンの顔を眺めていた。蓮が円堂の真後ろに立つと、円堂は振り向き、心配そうな顔で口を開いた。

「白鳥、今日は身体の方は大丈夫なのか?」

 仲間たちも蓮を気遣うような視線を送り、蓮はみなの優しさに心が震えた。不思議なことに今日の体調は優れているから、力が出せそうだ。蓮は自信に満ちた表情で、はっきりとした声で答え、好戦的な光を目に宿してイプシロンを見やる。

「うん。これはいつもより戦いやすそうだ」

「でも無理すんなよ。つらかったら、いつでも言ってくれていいんだからな?」

「大丈夫」

 蓮が力強く断言すると、聞き覚えのある含み笑いが聞こえた。声の方を振り向くと、あざ笑うような顔をした吹雪——いや瞳がオレンジになっているからアツヤ、がいた。アツヤを発見した途端、蓮の顔が強張る。柔らかい笑みがみるみるうちに蓮らしくない、警戒心に満ち溢れたものへと変貌する。蓮の態度に雷門サッカー部に小さなどよめきが駆け抜けた。

「よお、白鳥。倒れてお荷物になるなよ」

「余計なお世話だ。おまえは攻めることだけに集中しろ」

 からかうようにアツヤが言って、蓮は口調を荒くしながらアツヤに鋭い視線を送った。吹雪(アツヤ)と蓮の間にピリピリとした空気が流れていることに、雷門サッカー部の面々は、ただただ疑問符を浮かべることしかできなかった。隣り合ったもの同士でどうしたんだ? と耳打ちをしあっても、誰も何もわからなかった。そのうち円堂が二人をなだめようと近づき、

「みんな、作戦を伝えるから集まって」

 瞳子に集合の指示を出され、アツヤは挑発するように蓮に笑いかけ、蓮はすました顔をしてアツヤに背を向けて通り過ぎた。イライラしたように大またかつ早足で歩く蓮に染岡が近づき、小声で話しかける。

「おまえ、吹雪のこと嫌いなのか?」

「FWの吹雪は嫌いだ。でもDFの吹雪は好きだ」

 蓮はアツヤを睨みながら小声で答える。

 仲間たちは”士郎”と”アツヤ”の区別がついていない。相談しても無駄だろう。

 何故か自分だけにあのような態度をとるアツヤ。瞳を覗き込んだときの恐怖感は今も忘れられない。あいつだけは理解できない。あいつだけは信じられないんだ。

 

 蓮と春奈は今までのいきさつを聞いた。

 

 イプシロンは急にグラウンドに現れ、漫遊寺サッカー部に勝負を挑んだのだと言う。

 しかし漫遊寺サッカー部は、『サッカーはあくまで修行。勝負は受けかねない』と自身らの信条で断った。だがイプシロンは『断るのなら、敗北宣言をしたのも同然だ』と学校破壊を始めた。蓮たちが一番初めに聞いたのはその音だったのだ。

 そして当然の流れで、円堂たちが漫遊寺に変わり試合を受ける羽目になった。

 

 漫遊寺の生徒は、遠巻きに校舎の影から雷門イレブンを見やっていた。その視線には応援する気持ちが込められたものと、勝てるかどうか半信半疑、と言った物が混ざっている。

 学校を破壊するような地球外生命体に一般人が勝てるか、と言う疑問を覚えても無理はないだろう。

 瞳子の指示で雷門イレブンはそれぞれのポジションに着く。蓮は瞳子の指示で、右サイドのMFの役職に置かれた。そのわけは木暮。

 春奈が必死に懇願し、晴れて木暮は雷門のDFとして試合に出られたというわけだ。雷門のユニフォームを身にまとう木暮はなにやら緊張の面持ちでいまいち頼りない。そして足が小さく震えていた。

 対するイプシロンは余裕綽々だった。前線に立つ青い髪を扇風機のようなおだんごにした少女——マキュアは振り向いて、ゴールに立つデザームに甘ったるい声で質問を投げかける。

「ねぇデザーム様。あたしたち“エネルギー”0だけど、“チャージ”なしで大丈夫かなぁ?」

「マキュア。無駄口を叩くな」

 デザームに叱られたマキュアは、はぁ〜いと間の抜けた返事をして前を向いた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.92 )
日時: 2014/03/27 22:18
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: RSw5RuTO)

お久しぶりですというかなんというか……!
どの面提げてって感じですが、桃李ですごめんなさい。

色々あってネット触れない時期が続いたんですが、なんとか落ち着きまして。久々にカキコ覗いてみたら好きだった作品がリメイクされていることに気付き、いてもたってもいられず突撃した次第です。
合作まで約束してたのに黙って消えて本当にすみませんでした。またてたなどころじゃないです。ごめんなさい。

でも、蓮くんの活躍をまた見ることができて本当に嬉しいです。
わたしもイナズマ熱が冷めない組なので、ひっそりこっそり応援させてください。

本当に申し訳なさ過ぎて、このコメは無視して頂いても構わないくらいなんですが……。
大好きな作品をまた読むことができて私は本当に嬉しいです。これからも応援しています。
お目汚し、失礼いたしました。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.93 )
日時: 2014/03/27 23:17
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: K9lkoYz9)  

>>桃李さん
お、お久しぶりです!
桃李さんのお名前があったので、嬉しさのあまり画面を思わず何回も見てしまいました。いえいえ来て下さっただけでとても嬉しいです^^まさにぶっとびジャンプで←
私も諸事情あり、一時期カキコから離れ、あちこちさ迷いましたがやはりカキコが一番落ち着きます。他サイトさんはランキングがどうも肌に合わなくて…
それに完結させたいと言う思いがあり、一番思い出のある試練をリメイクすることにしました。
時間が立っても、作品を、蓮を大好きだと言ってくださる桃李さんがいて、私も嬉しいです。
GOも終わり、円堂世代がどんどん遠ざかる中で話が合う方がめっきりいなくなってしまって。

合作の件は気にしないで下さい><桃李さんも何かしらの事情があったのだろうと思っていましたから、私自身気にしてないので。また色々お話できると嬉しいです。
私もオリキャラを預かったのに小説を挫折したりと申し訳ないですorz

本当にコメントありがとうございました!
乱文失礼しました。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.94 )
日時: 2014/03/27 23:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: K9lkoYz9)  

今の会話を鬼道は、はっきりと聞いていた。ゴーグルの奥にある切れ長の赤い瞳が細められ、『天才ゲームメイカー』と呼ばれる優れた頭脳がわずかな言葉に疑問を呈する。

(“エネルギー”だと?)

 だが考えを邪魔するように試合開始のホイッスルが鳴らされた。染岡がセンターラインに置かれたボールをタッチし、アツヤに。

 次の瞬間、アツヤはドリブルの体制に入る。そのまま持ち前のスピードでイプシロンのMF,DFを一気に抜きさった。いや抜きさる、は違うか。

 イプシロンのMF・DFはアツヤに邪魔しようと近づく素振りは見せるものの、何もしない。

 アツヤがゴール前へと進んでいくのを黙って見送っているのだ。

 

 ——確実に実力を測っている。そのことに気が付いた蓮は前に進みながら、舌をかんだ。そんな中でも時間は流れる。

 アツヤはデザームと一対一と言うまたとないチャンスを作り出していた。円堂がゴール前から大きな声で声援を送る。デザームが不適に笑い、アツヤは地面に手をつけて両足を広げる。とたん寒気がしてきた。空気が渦を巻き、風が低く唸る音が聞こえる。

「吹き荒れろ! <エターナル・ブリザード>!」

 アツヤの雄たけびと共に、冷気を纏った氷塊がデザームに襲い掛かる。氷塊が日の光を受けてきらめく中、デザームは嘲笑を浮かべた。飛んできた氷塊に向かい、すっと片手を差し出す。まるで普通のシュートを止めるかのように。

「なっ」

 小さくアツヤが驚きの声を上げる中、デザームの掌と凍りついたボールがぶつかり合う。氷のボールはデザームの掌に収まった途端、姿を一瞬で水に変えた。しゅーっとスチームに似た音が立ち、白い煙と共に水滴がデザームのスパイクを濡らした。

 

 雷門イレブンの誰もが、愕然とした。この光景を信じられなかった。

「……<エターナル・ブリザード>が片手で止められた」

 蓮が呆然と呟く中、デザームは大きく目を見開くアツヤに笑いかける。

「これが雷門最強の必殺技か。笑わせる」

「なんだと!」

「イプシロンの戦士たちよ! 反撃だ!」

 デザームは大きく振りかぶり、目の前にいたDFへとボールを出す。しかし、そのボールはDFに届くことはなかった。

「そうはさせないよ!」

 近くにいた蓮がすぐさまDFの前に立ち、すばやくボールを奪い取ったからだ。すぐさま辺りを見た渡すが、染岡にもアツヤにもイプシロンの選手が張り付いていて、パスを出せない。

 無理をするなと言われたがやるしかないようだ。倒れる覚悟を決めると、蓮は右足を後方に振り上げて、シュート体制に入る。

「久々にシュートをうってやるよ! <ホーリー・ウィング>!」

 蓮がボールを蹴った瞬間、ボールの周りに多くの発行する白い羽が現れた。白い羽はまるで自分の意思を持つかのように軸をデザームのほうへと向け、ボールと共に矢のように降り注ぐ。身体の力が一気に抜け、視界が揺らぐ。

 大した威力がないことをデザームはわかっているのか、不敵な笑みを浮かべた。

「ならばこの一撃でゲームは終了だ」

「え?」

 デザームが言い放った刹那。

 気づくと蓮は、身体を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていた。痛む身体を擦りながら上半身を起こすと、雷門サッカー部の面々が悲鳴を上げて宙に身体を持ち上げられている光景が視界に飛び込んできた。その原因は、赤いオーラを纏ったボール。

 槍か何かか。先端を尖らせ、槍のような形になったボールが地面をえぐりながら、円堂の元へと近づく。    

 

 止めたいが、この位置では間に合わない。とうとう壁山が吹っ飛び、残るは木暮一人。しかし、彼は逃げていた。ボールが進むのと同方向、つまりは円堂の元に。必死に走っているようだが、とうとうこけてしまい、赤いオーラを纏ったボールに追いつかれた。

 蓮は無意識に木暮の名を叫び——固まった。

 こけて逆立ちになった木暮が両足でボールをはさみ、その体制のままこまのように回り始めたのだ。

 吹き飛ばされることもなく、むしろボールの方が木暮の回転と共に赤い光を弱まらせていく。やがて木暮が力尽きたように、回転をやめて足から地面に倒れた。木暮の足から零れた、ただのサッカーボールが、地面に落ちて何回か跳ねて止まる。そして辺りを見渡すと、

「イプシロンが、消えた?」

 イプシロンの姿は忽然と消えていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.95 )
日時: 2014/03/28 00:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: bQbYMR0G)  

「い、いなくなったね」

 蓮は肩で息をしながら、無人のゴールを憎々しげに見つめた。まるで空気と同化したかのように、イプシロンの姿はどこにもない。ジェミニストームと同じで、宇宙人だから魔法の呪文でも唱えたと言うのか。雷門中の面々は注意深く首を左右に動かすが、イプシロンがいなくなりほっとしている漫遊寺の学生らしか見えない。
 
やがて漫遊寺の生徒は校舎に戻り始め、一部だが壊された校舎の残骸を拾ったり、無事に宇宙人が姿を消したことに手を取り合って喜んでいる。

「オレの技を見てびっくりして逃げたんだろ!」
 
 うっしし〜と得意げに笑う木暮だったが、雷門中サッカー部の空気はどこか重い。みな、顔が笑っていない。
 そのことに気がついた木暮は、決まりが悪そうな顔で雷門中サッカー部の面子の顔を眺めた時、蓮がポツリと呟いた。

「これでエイリア学園の出掛かりはゼロだね」

 その言葉に鬼道が顔を上げ、首を振る。

「いや。そうでもない」

 どういうことだ、と問うように、みなの視線が鬼道に集中する。鬼道は、瞳子を軽く一瞥してから、雷門中サッカー部のメンバーに向き直った。

「一つだけだがわかったことがある。それは、奴らが言っていたエネルギー”と“チャージ”」
「つまり、エイリア学園はドーピングしているってこと?」

 蓮が間髪いれずに鬼道の言葉を継ぎ、円堂たちから小さな驚きの声が漏れる。予想外の言葉なのか、円堂たちは戸惑う顔になり、続きを待つように鬼道を見つめた。

「やつらの強力な運動能力は、“特別な”エネルギー体による可能性が今時点では高い」
「エイリア学園は宇宙人じゃなくて、たんなるドーピング集団ってことかよ」

 染岡が口を挟み、鬼道は腕を組んで小さく首を横に振った。

「やつらの話から察するに、だ。まだ断言はできない」
「じゃあ白鳥先輩が倒れなかったのは、その“エネルギー”がなかったから、なんですね」

 春奈が何気なく呟き、蓮は疑問を呈する。
 
 自分が倒れる理由は、エイリア学園が使う“エネルギー”体にあるようだが、何故そんな身体になってしまったのだろう。染岡が言うとおり『アレルギー』なのかもしれないが、実際には何かあったのではないか。
 
 考えてみると、記憶が一部とは言え欠落しているのはおかしい。しかも欠落した部分は、施設で過ごしていた年月全て。偶然にしては出来過ぎている。今の両親も、施設のこととなると、決まって口を閉ざす。

「私はこれからエイリアの行方を捜しに行きます。今日一日、あなたたちの好きにしていていいわ」

 蓮がふと我に返ると、瞳子が事実上の休日宣言を出していた。今までの真剣な空気はどこかへふっとび、雷門中サッカー部は浮かれ出した。自然と仲のいい人間同士が集まり、わいわいと騒ぎ出す。

「もしかして京都観光してもいいでヤンすか!?」

「じゃあオレはおいしい八橋(やつはし)のお店にいくっす〜!」

 観光地に行くと言ったり、食べ物を食べるといったり。誰もサッカーをやろうとは言わない。蓮はたまたま隣にいた塔子と話し込んでいる。

「なあ、白鳥はどこに行くんだ?」

「疲れたけど、ちょっと遠出しようかな」

「遠出? どこに行くんだい?」

「ちょっと清水の方に」
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.96 )
日時: 2014/03/28 10:24
名前: 雪菜 (ID: KqRHiSU0)

お久しぶりです。
なかなかコメが出来なくて、すみませんでした。
試練の戦いをこれからも楽しみにしています。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.97 )
日時: 2014/03/28 18:41
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 7H/tVqhn)  

塔子を連れ立って清水まで来たものの、塔子はいつのまにかいなくなっていた。

 

 パパに土産物を買うからあたしは好きなところを見てくるよ、待ち合わせはここ〜と早口で言い残し、塔子は土産物屋街の中に消えていった。

 困った蓮は、人の流れに乗り、いつのまにか教科書でもよく見る清水の舞台に来ていた。平日ながらも人はたくさんいて、写真撮ったり、遠くの景色を眺めている人がいるその中に、

「あ」

 見知った顔がいて蓮は小さく声を上げた。涼野だ。見慣れた私服に身を包んでいる。手すりの上で腕を組み、ぼうっと視線を前に投げかけている。その横に、見知らぬ少年が手すりにもたれかかり、腕を組んで目を閉じていた。

 刹那。蓮の頭は、熱でもあるかのように熱くなり始めた。記憶がざわめき、脳内にぼんやりとしたイメージが浮かぶ。楽しげな音……それは聞きなれたサッカーボールの音だ。辺りではきゃあきゃあと歓声が聞こえる。自分の声。いくよー! と高めな明るい声がし、続いて変な雑音。誰かの名前を呼んでいるのに、聞こえない。なんて名前? 誰だっけ? 暗転。

 今度は鈍い光の反射。何かはわからない——が、まっすぐ自分の元へ振り下ろされる。ナイフのように煌くそれは自分の腕にどんどん近づいてくる。身をよじっても逃げられない。距離が縮まる。そして……。

「蓮?」

 肩に手が置かれる感覚がして、蓮は我に帰る。

 目の前には相変わらずの無表情で——でも心配しているような顔付きの涼野が、蓮の黒い瞳に映る。涼野の横では、赤い髪の見慣れない少年が蓮を見定めようとするかのようにじろじろ見つめてきた。

「風介。また会えたね」

「ああ」

 蓮がにこりと笑って涼野との再会を喜ぶと、涼野もつられたのか、口元に柔らかい笑みを浮かべた。それから互いの近況を一言二言交し合ったが、蓮の心の中は暖かい懐かしさに包まれていた。

 それは涼野の横にいる赤い髪の少年のせいであろう。脳細胞がこの少年も涼野と同じく知っている、と告げてくるものの名前も顔も思い出せない。ただ懐かしいという感情が込み上げて来るのみ。

「あれ、今日は友達も」

 じろじろ眺めてくる少年に蓮は怖気づき言葉を切ったが、思い切って続ける。

「友達もいっしょなんだね。邪魔しちゃ悪いから退散するよ」

 くるりと踵を返そうとすると、涼野が蓮のジャージの袖を掴んだ。安心させるようにわずかに笑って見せると、手を離し、赤い髪の少年のほうを向いた。非難するような鋭い目つきを伴った顔。蓮に見せていた穏やかな表情とはだいぶ異なる。

「晴矢、そう蓮をじろじろ見るな。困っているだろう」

「あ〜わりぃわりぃ」

 少年は軽く謝ると、涼野の脇を通り抜け、蓮の前に立った。

 

 何度見ても、自信に満ちた金色の瞳は記憶の片隅をつつく。脳内の記憶と言う記憶がざわざわと騒ぎ、心は温かくなっていく。蓮は懐かしむように目を細めていた。横では、涼野が複雑な表情で蓮の顔を横目で見ていた。

「オレは南雲 晴矢だ。よろしくな」

 南雲が自己紹介をした。

 その名前もどこか聞き覚えのあるものだった。思い出せないもどかしさを胸に抱えながら、蓮も明るく努めて自己紹介をする。

「僕は、白鳥 蓮」

「おまえが蓮か。風介から話は聞いているぜ」

「どんな話?」

「階段から落ちて記憶喪失になったドジなやつだってな」

「風介。なんてこと言いふらしているんだ!」

 南雲が茶化すように言って、蓮は涼野を怒鳴った。ただ、どうも(本気を出さない限り)怒っても蓮は大して怖く見えない。

 涼野は子犬に吠えられた大型犬のように悠然と構えている。

 蓮は取り直すように笑顔を作り、知り合ったばかりの南雲に声をかける。

「ね、キミのこと晴矢って呼んでもいいかな?」

「べつにいいぜ」

「じゃあ、よろしくな。晴矢」

 本人が許可してくれたので、蓮は南雲を晴矢と呼んだ。

 その時、耳の奥から声が突き上げてきた。晴矢、風介! と嬉しそうに叫ぶ自分の声。声の高さから言って、もっと幼い頃——忘れてしまった頃なのかもしれない。

 蓮は、思い出した勢いそのままに、まくしたてた。

「晴矢、風介! 僕たち小さい頃にどこかで会ったことない!?」

 南雲と涼野の瞳に一瞬、同様の色が走った。蓮はわずかな顔付きの変化を見逃さなかった。

 問いただそうとするが、南雲と涼野はすぐに何でもないような顔を作り、

「ないな。キミと始めて出会ったのは、大阪のパーキングエリアだろう」

「オレもだ。今日始めてお前と会ったんだぜ? 気のせいだろ」

 しっかりとした声音で言った。二人とも身体の後ろに回された手で、服をしっかりと握っていた。

 初めの顔の変化は何だったのだろう、と心内疑いながらも、二人がそう言うのだから間違いないだろう、と考え、蓮は追求しなかった。

「なにかあった?」

 南雲と涼野が暗い顔で俯いていることに気がついた蓮は、心配そうな声で話しかける。

 すると涼野は自虐めいた笑みを浮かべて顔を上げた。手すりに寄りかかり、景色を見ながら息と共に言葉を吐き出す。

「以前、キミに私はとあるサッカーチームに所属していると言っただろう」

「ああ。地域のって言ってたっけ」

 蓮は涼野の脇で軽くてすりに身体を預け、涼野の横顔を窺う。だいぶ涼野の表情が見分けられるようになってきた蓮は、涼野が難しい顔をしていることに気づいた。

 

「そこでは、どう表現すればいいのかわからないが……いわゆる、ランク付けのようなものがあるのだ」

 涼野は真っ直ぐに景色を見据えながら、前髪を書き上げながら、説明しづらそうに言った。

「やるきを出すためだとしても、あまり僕は感心しないな」

「オレたちの監督の意向だ。仕方ねえだろ」

 南雲が諦める様に呟き、蓮の横で手すりに背中を預け、そのままそっくりかえる。てすりを超えてオチやしないかと蓮は心配になったものの、南雲はすぐに体勢を戻し、手すりに寄りかかる。

「それで、二人とも一番になれなかった?」

 南雲と涼野は同時に目を見開き、涼野はふんっと鼻を鳴らす。

「ふん。キミは恐ろしいほど鋭いな」

「風介と前に少しパス練習したからわかるさ。風介はとてもサッカーが上手いし、なにより自分のプレーに自信を持っていた」

 北海道でのパス練習、あれで涼野の性格を蓮は少し悟っていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.98 )
日時: 2014/03/28 18:46
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: cASJvb5A)  

>>雪菜さん
お久しぶりです!
もうすぐコピーが終わりそうなので、新たに頑張っていきたいと思います。
コメントありがとうございました!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.99 )
日時: 2014/03/28 18:50
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: EI9VusTL)  

力強いパス。そして自分の力量を見定めるかのように輝いていた青緑の瞳。それらは、涼野の自信に満ち溢れた態度の表れだった。自信があるからあれ程強いパスが出せ、パス練習にも応じてくれたのだろう。自分のプレーに自信を持ち、フィールドで力強く輝く。蓮があこがれるプレイヤーの理想図そのままだった。

自分なら見慣れない人間に弱みを見せるのがいやで、どうしても知らない人間とのパス練習は渋ってしまう。ただ涼野なら弱みを見せても大丈夫と言う、自分勝手な自信でパス練習を頼んだのだった。

「落ち込むなんて、認められなかったとしか思えないんだ」

「少しのパス練習でそこまで見抜かれるとは」

 再度自分をあざ笑うような笑みを見せると、涼野は景色に目をやりながら、

「ああ。そうだな。監督に認められずに2位どまりだ。所詮(しょせん)その程度の実力と言うことか」

 自分を笑うように言った。横にいる南雲に目をやると、悔しそうに地面の板を睨んでいる。蓮は二人の悔しそうな顔を眺め、その“監督”に強い憤りを覚えた。

 景色に視線を向けると、怒った声で監督を非難する。

「そんなことない。風介や晴矢を認めないなんて、おかしい監督だ」

「オレもか」

 自分が含まれていることに驚いたのか、南雲が目を瞬かせる。

 蓮はニコリと明るい笑みで南雲と涼野に交互に笑いかけ、言い切った。

「晴矢も風介もすごいプレイヤーだ。僕が言うんだから間違いないよ!」

「……ははっ! そういうことは、この南雲晴矢さまのプレーを見てから言うんだな」

 南雲が楽しそうに笑い、涼野はくすぐったいような顔で小さく笑っていた。が、すぐに沈痛な面持ちに逆戻りし、重々しく口を開いた。

「それで……ひとつ問題があるのだ」

「え?」

 蓮が強い調子で聞き返し、涼野はしまったという顔をして蓮から目線をそらした。

 蓮の横にいる南雲も、何やら視線で涼野に非難するようなとげとげしい視線を投げかけている。   

 

 聞いてはいけないことを聞いたような気がして、蓮は話題を変えようと頭をひねって、

「そういえば八橋食べた?」

「私たちが一番になるには、“大切なもの”を壊す必要がある」

「お、おい! 風介!」

 涼野は抗議する南雲を無視して話を続けた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.100 )
日時: 2014/03/28 23:25
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: xwXeKUvt)  

「壊す必要があるって、北海道で言っていた“大切なもの”のこと?」

「ああ、そうだ」

 涼野が首肯し、蓮はなおも問いを重ねる。

「せっかく取り戻しかかっているのに、壊す必要があるの?」

「ああ、そうだ」

「風介はどっちが大切なの?」

「……わからない」

 答えると、涼野は口ごもる。本当に葛藤している様子が傍目に取れて、蓮は心を痛めた。——その原因を知らずに。

「一位になりたいのは事実だな。だが、“大切なもの”を壊すのも怖いのだ」

「オレは……別に」

 南雲は脇で言葉を濁していた。二人にとって大切な友人でもいるのかなと蓮は考え、

「その“大切なもの”、壊したらどうなるの?」

 恐る恐る蓮が聞くと、涼野はしっかりと蓮を見つめ、落ち着いた声音で答える。

「恐らく、二度と元には戻らないだろう。永久(とわ)に戻ることはない。一位になるのはいつでも可能だろう。しかし、こちらは失ってしまえば永遠に帰ってこない」

 蓮は頭の中で次にどんな言葉を紡げばよいか悩んでいた。
 単なる人生相談ではないのだ。決定しだいでは涼野と南雲が大きく後悔するかもしれない。そう思うと、尚更(なおさら)下手なことは言いたくない。

「キミならどうする?」

「……え?」

 いきなり話を振られた蓮はびっくりして現実に戻った。
 涼野が青緑の瞳で蓮を見据えている。
 その瞳にからかいや冗談といった類(たぐい)のものはなく、真剣な瞳そのものだ。そして瞳同様真剣な声で、

「目の前に見える利益と、自分にとって“大切な何か”。……表現が悪いな。こうならどうだ? 目の前に財宝がある。しかし、財宝をとるには仲間を殺さなければならない。どちらかを選ばなければならないとしたら、キミならどちらを望む?」

 上手い答えが見つからず助けを求めるように南雲に目をやると、南雲も蓮の答えを聞こうとするかのように身を乗り出し、金色の瞳で蓮をじっと見つめていた。蓮は困った顔で交互に二人を見やると、仕方なしに自分の考えを述べ始める。

「えっと、僕なら、“大切な何か”を壊すのが怖くて、えっと仲間を殺すのが怖くて……きっと逃げてしまうと、仲間と共に財宝を捨てて逃げてしまうと思う。僕はそう言う臆病な人間だから」

 苦笑すると、蓮は景色に目をむけ、手すりを掴んだ。風が吹いて、三人の前髪を揺らした。

 

 周りにいる人間の顔振りはだいぶ変わり、男子中学生3人でなにやら話をしている光景は、明らかに浮いていた。外人らしい人間が興味深そうに三人を観察していた。

「けど、人は追い込まれると変わる。僕だって地理は大嫌いだけど、テスト前はかなり勉強して、赤点以上は取ろうとするしね。——それと同じで、例えば親から期待がかかっていてさ、レギュラーになれ、とか言われたらその“大切なもの”を壊すかも。あ、財宝で言うとだな。親が病気で大金が必要とかそう言う理由があれば、仲間をやってしまうかもしれない。人は状況によって、すぐに変わってしまうから」

 昔、蓮は母を喜ばせようとして取ってはいけないと言われた公園の花を摘んだことがある。

 あの年でやってはいけないと分かっていたはずなのに、悪いことをした。ルールを守る大人しい子が、一日でいたずら小僧に様変わり。このくらいなら軽いものだが、人が良くも悪くも簡単に変わることを蓮はよく知っていた。——そう、自分一人を置き去りにし、海に身を投げた親がそうなのだから。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.101 )
日時: 2014/03/29 09:59
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: vWq4PSF8)  

その後、涼野と南雲は用があると言って帰り、蓮は清水寺の土産物屋がある通りに来ていた。
その姿を見つめる影。土産物屋の裏にある路地に二人の少女がいた。こんな狭い場所にいるのも怪しいが、彼らの瞳はずっとある人物を追っていた。——土産物屋の前を駆け抜ける蓮の姿を。

「ねえ、レアン」

「なに、クララ?」

 レアンと呼ばれた少女が不機嫌そうな声で尋ねる。あまり仲はよくないらしい。

「ガゼル様とバーン様の幼馴染……ちょっとムカつくと思わないかしら?」

 クララが目の前を通り過ぎていく蓮を憎憎しげに見つめながら呟いて、レアンは鼻で笑う。

「ふ〜ん。あなたとわたし。珍しく気が合うのね」

「嫌だけど、プロミネンスに相談があるのよ」

「なあに? ダイヤモンドダストさん」

 クララは長いことレアンの耳に何やら耳打ちをしていた。

 蓮は彼らの前で塔子と合流し、何やら楽しげに話しながらクララとレアンから遠ざかっていく。レアンはその背中を見つめながら、

「・・・・・・ふふ。面白そうね」

 暗闇の中で笑った。

〜四章完〜
京都まで終了。
四月中には続きを書けそうです。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.102 )
日時: 2014/03/29 17:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Qz56zXDk)  

第5章 希望と絶望 

 暗い部屋だった。何も見えない暗闇だけが広がり、肌を突き刺すような寒さが場を満たしている。
 その時、スイッチが入る音ともに黄色いスポットライトが上下灰色スーツ姿の男の姿を浮かび上がらせた。
 背ばかりがひょひょろとした男。緑の髪はかにの横足のように跳ね、頬は何かにえぐられたようにくぼんでいる。そして意地が悪そうな切れ長の黒い瞳。肌は生気を失ったような白さで、見ていて気持ちが悪い。
 そして、男の右肩には一羽のハトが止まっていた。白いが毛並みはくすんでおり、羽毛はぼさぼさだ。ただ色素が薄い金色の瞳だけはぎらぎらと暗闇を照らす街灯のごとく輝いている。

「ようやく戻ってきましたか。バーン、それにガゼル」

 男は誰もいない暗闇に語りかけた。しばらく男の声が反響していたが、すぐに静寂に包まれる。ややあって、ようやく不機嫌そうな声が返ってきた。

「なんだよ、研崎」

「父さんから何か命令でもあったのか?」

 パッと赤と青のスポットライトがつき、バーンとガゼルの姿を浮かび上がらせる。二人の長い影が床に広がる。
 赤いスポットライトに照らされるバーンは目の下に黒い切れ込みが入った南雲、青いスポットライトに照らされるガゼルは涼野その人だった。
 しかし、服装はいつもと違う。二人ともユニフォームのようなものに身を包んでいる。
 バーンは赤と白が基調のユニフォームに、下は黒に近い灰色のハーフパンツ。左腕に白いキャプテンマークをつけている。ユニフォームは赤い長袖で、白地のシャツ部分、胸元には紫のボタンのようなもの。周りを炎をかたどった赤い模様が描かれている。
 ガゼルは青と白が基調で、下は藍色のハーフパンツ。何故かユニフォームの両袖はまくりあげており、邪魔ではないかと思いたくなる。
ガゼルのユニフォームはバーンのものと同じく、胸元に紫のボタンのようなでっぱりがある。デザインは傍目には白い部分がキャンディーに真下からYの字をしたから突き刺した形に見えた。

 バーンとガゼルは声どおり、嫌そうな顔で腕を組み、研崎を睨んでいる。それを見た研崎は静かに首を振った。右肩の白ハトが落とされまいとして、鍵爪に力を入れる。研崎は小さく呻いた。

「いいえ。旦那さまは、“ジェネシス”の面倒を見るので忙しいのですよ」

 バーンとガゼルはほとんど同時に鼻を鳴らし、腕を解いた。

「だろーな。オレラらなんかよりグランの方がお気に入りだからな」

 バーンは他人事のように言った。どうやら研崎と話すのをめんどくさいと思っているらしい。先ほどからしきりに欠伸をして、研崎の顔をしかめさせている。

「だからこそ、父さんは、グランが率いる“ガイア”に、エイリア学園最強のチームであることを認める称号——“ジェネシス”を与えたのだろう」

 ガゼルもまた話を早く終わらせたいようだ。自分とは関係がないと言わんばかりの口調で述べ、バーンにかえるぞと声をかけ、研崎に背を向ける。

 それを見た研崎はニタァ、と笑い、帰ろうとするバーンとガゼルの背中に問いかけるような言葉を投げかけた。

「バーン、ガゼル。なに他人事のように言っているんです?」

 その瞬間、バーンとガゼルの足が止まった。靴音が反響し、辺りに響きわたる。

 二人は振り向いて、めんどくさそうな視線で研崎に目をやった。研崎は気味が悪い笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

「あなたたちは、それでもマスターランクチームのキャプテンですか?」

「何が言いたいんだよ!」

 問いかけれたバーンは研崎に向き直り、つんけんな調子で返した。横ではガゼルが抗議するような瞳で研崎を睨みつけている。

 研崎は無言だった。気持ちが悪い笑みを口元に浮かべ、口を閉ざしていた。その時、

「ガゼルにバーン」

 からかう調子の声がした。バーンとガゼルは身を震わせ、刺々しい視線を研崎の右肩に止まる白ハトに向ける。睨まれた白ハトの顔が、まるで人間のように歪む。嘲笑の形に。そしてパクパクと動く薄桃色の嘴は、流暢な日本語を紡いでいく。

「おまえたちはジェネシスの座を求めると思うよぉ〜」

「リアティ、口を慎みなさい(つつしみなさい)」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.103 )
日時: 2014/03/29 19:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 7H/tVqhn)  

研崎はリアティを叱ったが、リアティは喋り続ける。

「元々大仏。あ、間違えた。元々父さんに認めてもらうために、ここまで頑張ってきたんでしょ〜? なのにさ、ジェネシスの座を雷門と戦ってもいない“ガイア”に与えるなんておかしくな〜い?」

「……父さんの意思だ。私は気にしていない」

「オレもだ」

 ガゼルは、リアティから目をそらしながら自分を納得させるように呟いた。バーンも弱弱しい声で同意する。

 リアティはそんな二人を愉快そうに眺めていたが、不意に両翼を広げ、空中に飛び立つ。羽音が立ち、研崎の髪が揺れた。そのまま自分から目をそらしているガゼルの周りを円を描くように飛び回る。

「ふ〜ん。でもさ、不公平はよくないとリアティは思うんだよねぇ〜。今すぐ雷門を倒せば、大仏だって認めてくれると思うよぉ〜?」

 からかう声がガゼルの周りでくるくる回る。ガゼルはいつもの冷静な表情で——俯いていた。バーンはずかずかと飛び回るリアティに近づくと、リアティを片手で下に落とすように叩く。リアティはくすんだ羽を数枚落としながら落下し、地面に叩きつけられた。羽を伸ばして痙攣を起こしている。

「リアティ、旦那さまを『大仏』と呼ぶのは止めなさい」

 呆れたように研崎がため息をつきながら、研崎がリアティを両手ですくい上げる。

 研崎の両掌の中で起き上がったリアティは、ぴょーんと飛びおり、くすんだ羽を上下に動かして、宙のある一点に“止まっている”。そして嫌そうに、

「いいじゃ〜ん。めんどくさいし〜」

 口答えし、黙る。くるりと向き直り、リアティはバーンの前まで飛んだ。

 バーンは苦しそうな顔で頭を抱え、涼野はその横で明らかに悲しげな顔をしていた。リアティは、のんきに飛びながらそれを楽しそうに眺めている。

「雷門とは戦えば蓮が……」

 バーンは言葉を切った。

 頭が起きて欲しくない最悪のビジョンを見せつけてくる。雷門のユニフォームを纏う蓮がいる。周りには円堂を初めとする“今”の仲間たち。蓮はこちらに向かって、鋭い視線を投げかけてくる。きっと怒っているのだ。正体を隠し、普通の友達として付き合ってきたから。どうして嘘をついたんだ、と極限まで低められた声が問いかけてくる。そして。僕はお前を許さない、と蓮は低い声で続けてくる。可能性が高いビジョン。

「蓮とは、蓮とだけは戦いたくない」

 ガゼルは苦しそうに言葉を吐き出した。

 神などいないと改めて思った。神はいるとしたらこんなむごい仕打ちをしないだろう。かつて分かれた大切な人間とどうしてこんな最悪なタイミングで会ってしまったのだろう。もし会わなければ悩むことなどなかったのに。学校を破壊することに罪の意識は覚えなくても、彼に手を下すことだけはためらわれる。何故、何故なのか。理由を問う声が、脳内をぐるぐると巡る。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.104 )
日時: 2014/03/29 19:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: LkHrxW/C)  

「ん〜? おまえたち、まだ幼馴染との関係ひきずってるんだぁ〜? あははっ!」

 リアティが馬鹿にするように高笑いをする。バーンとガゼルは何も言えず、恨めしそうにリアティに鋭い視線を送る。するとリアティは嘲笑の表情で二人を見つめ、今まで黙っていた研崎が二人に現実を突きつける。

「バーン、ガゼル。あなたたちは、自分たちがエイリア側の人間だということを忘れていませんか? それに白鳥は記憶喪失。何年かかってもあなたたちのことなど、絶対に思い出しませんよ」

 バーンとガゼルは思わず互いに見つめ合った。はっとしたような全く同じ顔。どうやら、全く同じことを考えているようだ。楽しかった幼少期には戻れない、と言うわかりすぎている現実のことだ。そして、自分たちがいかにかりそめの付き合いを楽しんでいるか。

 

彼らが見合う横で、リアティが一層高く笑う。人間なら抱腹絶倒と言うところか。羽を激しく上下に動かし、脚をばたばとさせている。

「そぉ〜そぉ〜! それにさぁ〜今、思い出したりしたら白鳥って子、かわいそうだよね。友達が実は敵側の人間だったなんてねぇ〜」

 バーンが再度リアティを黙らせようと近づき、それを察したリアティは素早く定位置である研崎の右肩に止まった。それから再度中に飛び、バーンとガゼルを見下ろす位置で止まる。

「どうせばれるんなら早いほうがいいよねぇ? ねぇ、早く雷門倒しちゃいなよぉ。プロミネンスとダイヤモンドダスト——どっちが先にジェネシスになるのかみものだねぇ〜」

 それ聞いたガゼルは歯を少しむき出してリアティを見、バーンはリアティに剣突(けんつく)を食わせる。

「おい、土鳩(どばと)! 話はそれだけか!」

 リアティは叱られてもけろりとしていた。滑るように部屋を縦横無尽に動き回り、バーンを小ばかにする調子で声を投げかける。

「な〜に怒ってるのぉ? 優しいリアティはおまえたちに助言してあげただけなのにぃ〜」

 バーンが両手で挟み込むようにリアティを捕まえようとして、リアティは素早く上へと飛んでかわす。掴み損ねた両手と両手が重なり、拍手(かしわで)を打ってしまった。

バーンは悔しそうに舌打ちをすると、リアティを嫌そうな顔で眺めているガゼルの肩を掴んだ。

「おい、土鳩の相手しないで帰るぞ」

 ガゼルは無言で首を縦に振り、こちらを気味悪い笑みを浮かべながら見続けている研崎に背を向けた。リアティは不適に笑うと、再度研崎の右肩に止まる。バーンとガゼルを浮かび上がらせるスポットライトが消え、彼らが闇と同化した時、

「ですが、バーン。ガゼル。だんな様に逆らうのも結構ですが、エイリア学園以外にあなたたちの居場所はないのですよ。それを心に刻んでおきなさい」

 研崎は釘をさすように口を開いた。返事も物音もなかった。ただ暗闇が広がるばかりだ。

「ちぇ〜。おもったより手ごわいなぁ〜」

 めんどくさそうにリアティがため息をつく。研崎は闇を見つめながら腕を組み、ポツリと零した。

「あの二人では、恐らく雷門を倒せないでしょう」

「幼馴染がいるからかぁ〜。でもね〜羽崎ぃ」

「……研崎です」

 研崎は肩に止まるリアティを見ながら切実に訴えた。しかしリアティに軽くかわされた。

「いいじゃ〜ん、羽崎で。でもね〜羽崎。人間は簡単に変わることができるんだよ? 強い友情で紡がれた(つむがれた)絆なんて、見せかけさ」

「しかし、ガゼルとバーンにとって、白鳥の存在は大きすぎるようですが」

 リアティは得意げに笑う。

「へへ〜わかってないなぁ、羽崎。バーンとガゼル、白鳥の絆は例えるなら谷と谷にかけられた一本の丸太橋さ。ちょっと手を加えてやれば、丸太はすぐに谷の底さぁ〜」

「ふむ、では策があるのですか?」

 研崎が尋ねると、リアティは自信満々に、

「あの二人はリアティのために必要なんだぁ〜。でもいきなりじゃ退屈だからぁ〜」

「から?」

「今回、少しだけ手を加えて二人が改心するか見てみようよぉ〜」

 やがて光が消え、辺りは再度闇に包まれていた。だが闇の中に爛々と輝く二つの金色の円があった。パッと赤いスポットライトがその姿を照らし出す。そこにいたのは、北海道でキャラバンの屋上にいた黒いハト。ライトの光で赤みを帯びた黒い体毛が輝いている。

「……バーン、ガゼル」

 黒いハトは闇を睨みながら、若い女の子のような声で呟いた。

*同時刻、沖縄。

『なんと、雷門がジェミニストームを……』

 商店街のTVをショーウィンドウ越しに見つめる男がいた。オレンジのフードつきパーカーに身を包み、その顔はうかがえない。しかし男は次々に移り変わる画面を食い入るように見つめていた。

「円堂、みんな」

 切なく彼らの名を呼びながら。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.105 )
日時: 2014/03/29 23:34
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: C6pp1bGb)  

三日後。サッカーの練習をし終えた雷門イレブンは、紅葉をキャラバンに乗せ、漫遊寺を後にしていた。まだ京都の中を走り、とある駐車場に停車していた。中で少し問題が起こっていたからだ。

 それぞれの席から身を乗り出しながら、後ろのある一点に視線を注ぐ雷門中サッカー部の面々。その顔には驚きと呆れが混ざり合っている。原因は、一番後ろの席で、鞄と鞄にはさまれて座る木暮だった。

「うっしっし〜」

 いたずらめいた笑みを浮かべながら木暮は引くように笑う。
木暮は何故か雷門のジャージに身を包んでいた。木暮の左右にある鞄も、数えると、数が一つ増えていた。
 木暮が仲間になった覚えがないだけに、円堂たちの頭には、疑問符が飛び交う。
 こうして見ると、木暮はかなり小柄だ。雷門中サッカー部のメンバーは全員、足が床に届いているが、木暮は届いていない。退屈そうに届かない足をぶらぶらさせている。もう10cm背が高ければ地面に足がつくだろうか。

「なんでキミがここにいるの!?」

 蓮が戸惑う円堂たちの気持ちを代弁すると、木暮は得意そうにそっくり返る。

「このイプシロンを破った木暮様が味方になるんだ。ありがたく思え! うしし〜!」

 “破った”のではなく、“試合放棄”が正しい。それを勘違いしているのか、誇張しているのかわからないが、自慢げに木暮は高笑いする。 それを聞いて大半のものは呆れたように目を細めるか、相手にせず無関心な態度を取るかのどちらかだった。だが、染岡は今にも木暮を殴ろうと席を立ち上がり、吹雪にたしなめられた。
 
 蓮は通路を挟んで隣に座る春奈と目を合わせ、苦笑しあう。そして、春奈の横から鬼道が殺気に溢れた刺々しい視線を送ってくることに気づいた。春奈は兄が殺気立っているのに気づかず笑いかけてくる。
 
 鬼道は無表情。しかしゴーグルの奥から発せられる力は恐ろしいほど強い。怒気を孕んだそれは、大抵の人間なら黙らせられるだろう。しかし蓮は屈せず、言い訳を必死に考えていた。
 その三人を余所に(よそに)瞳子は、木暮の足腰の力を買ってこのチームに入れたことを説明していた。

「木暮くんはDFに向いていると思ってこのキャラバンに入れたわ」

 おぉ、と納得する声が上がる。そしてよろしくな木暮、と挨拶が飛び交う中で、

「き、鬼道くん! 僕は春奈さんと今日初めて話したんだよ!」

 蓮は、鬼道の誤解を解こうとやっけになっていた。

 両親を事故で失い、二人きりの兄妹なせいか、鬼道は春奈をとても大切に思っている。かつて春奈と施設にいた頃は、いじめられっこの春奈を守っていたと言うのだ。
 だが少々度が過ぎることもある。いい例が春奈とあまり親しくなりすぎると、春奈に恋心を持ってるのではと疑われることだ。
 鬼道のことはチームメイトから注意されていたので、春奈とは軽い付き合い。が、今回春奈には自分の過去を打ち明け、同情の気持ちを抱かせてしまった。 最近、春奈の方から声をかけてくることが多くなってきて、同時に鬼道がいかめしい顔付きでこっちを見てくるのが増加したのも気のせいか。
 

 疑わしきは罰せずなどと言うが鬼道の場合、疑わしきは罰す。疑いをもたれようものなら、とことん追及するのが彼のやり方だ。

「そうなのか、春奈?」

「そうよ、お兄ちゃん。白鳥先輩はわたしと木暮くんにつらい過去を打ち明けてくれたの」

 鬼道が確認するように春奈に尋ね、春奈は同情の眼差しを蓮に向けながら頷いた。蓮は、優しい眼差しとナイフの切っ先のような怒気を同時に受け止め、作り笑いで応対していた。    

 そのうち鬼道と蓮の間に横たわる異様な空気に気づいた円堂たちの視線が、自然とそちらに集中する。固唾を呑み、成り行きを見守っていた。

「……ほう、過去を打ち明けられたのか」

 落ち着いた声音だが蓮は背筋を寒気が走り抜けるのを感じた。円堂たちが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえる。

 同情とも哀れむともつかない視線が背中に突き刺さる。

 同情するなら助けて、と蓮は一応振り向いて、円堂たちに助けの視線を送るが、みなことごとく蓮から視線をそらした。一之瀬なんか親指を立ててごまかした。まさに万事休す。

 蓮は油切れ掛かったブリキのように首を動かしながら、鬼道のゴーグルに目をやる。中の赤い切れ長の目が、探るような目つきでこちらを睨んでいた。

「先輩はわたしたちとは違うけど、悲しい形で両親を失っているの」

 春奈が沈んだ口調で鬼道に語り、鬼道の目が見開かれた。円堂たちが驚いたように蓮へと視線を向ける。木暮だけは眉根を寄せていた。

 蓮は四方八方から飛んでくる視線を受け止めながら、春奈に目配せをした。控えめに春奈は首を縦に振ると、

 蓮は鬼道を見ながら、淡々と自分の過去を語った。ついでにどうして春奈に話すことになったのかもきちんと説明した。

 長いこと語った蓮を、鬼道は、円堂はずっと無言で見つめていた。

 鬼道の表情は疑うようなものから、徐々に哀れむようなものになっていた。そして勘違いして申し訳ないという思いも顔に表れ始めていた。円堂たちも複雑な表情で蓮の話を聞いている。

 やがて蓮が語り終えると、

「……春奈、円堂の横に座れ。白鳥は俺の横に座れ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.106 )
日時: 2014/03/30 13:41
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: vWq4PSF8)  

隣に座る鬼道はいつもの落ち着いた顔つき。ゴーグルの奥の瞳は穏やかな色をしていて、蓮は心内でほっとため息をつく。鬼道はお冠ではないらしい。

「すまない白鳥。オレは勘違いをしていたようだ」

 すまない、と開口一番に鬼道は蓮に謝った。

 何を、と聞こうとしたが聞くのも気が引けるので、蓮は聞かずにおいた。

「ううん。気にしていないから」

「一つ気づいたが」

 鬼道は前置きすると、

「この前まで自分がお荷物だと感じていることを隠していたな。それは両親の死に方と関っているんじゃないか?」

 円堂たちがどよめく。

 蓮は考え込むように目を伏せると、訥々(とつとつ)と語りだした。

「多分。何となくだけど、自分が迷惑をかけると、相手がいなくなる気がして怖いんだ。両親みたいに永遠に帰ってこないかも、って」

「だがオレたちは消えたりしない。むしろ思いをぶつけてもらわないと困るな」

 安心させるように鬼道が口元に笑みを見せ、蓮は持ち前の明るい笑みを向けた。雰囲気が少し明るくなった気がする。

「そうだね」

「ところで」

 鬼道は辺りを窺いながら、ぎりぎり聞き取れる位の声で蓮に耳打ちする。

 興味があるのか座席の近くにいた何人かが身を乗り出して声を聞こうとしたが、蓮と鬼道に睨まれ、後ずさった。

「白鳥。お前は春奈のことをどう思う?」

 蓮は鬼道の耳にそっと口を寄せ、ひそひそ声で、かなり早口で語りかける。

「明るくて優しいし……いい子だと思う」

「そうか。ならいい」

 満足げに笑うと鬼道は腕を組んで春奈を見た。春奈は可愛らしく小首をかしげ、取り巻きの後ろにいる目金がポツリと呟く。

「……シスコンですね」

 その後、蓮は鬼道と長いこと話し合っていた。春奈と鬼道の過去について散々聞かされた。勘違いは奇妙な友情へと変わったらしい。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.107 )
日時: 2014/03/30 18:35
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 22LHFLcQ)  

「風丸?」

 その夜、目が覚めた蓮は窓の外から声がすることに気がついた。眠い瞼を擦りながら窓の鍵を外し、窓を開ける。涼しい夜風が蓮の前髪を舞い上げた。風が声を運んでくる。

「どうしたんだよ」

 心配するような円堂の声。窓の上から聞こえてくる。蓮は脇に丸めておいたジャージの上を羽織ると、みなを起こさないよう注意しながら外へと出た。木々がざわめく音を聞きながらキャラバンの屋根を見上げると、果たして円堂と風丸の後姿が見えた。二人とも足を崩して座っているようだ。蓮の方を向かない辺り気づいていないのだろう。風丸の青いポニーテールが暗闇の中でも、確認できるほど揺れている。

「円堂。オレたちはこのままでエイリア学園に勝てると思うか?」

「もちろんだ。みんな努力して、この前まで勝てなかったジェミニストームにも勝てたじゃないか!」

 風丸が真剣な声で聞いて、円堂が明るく答える。風丸の表情は伺えないが、蓮は風丸が何か悩んでいる様子であることをうっすらと感じ取っていた。無言で二人の姿を見上げ、様子を窺っている。

「でも、この前のイプシロン戦はどうだ? デザームの放った必殺技にオレたちは、何もできなかっただろ」

「…………」

 現実的な問題を風丸に突きつけられ、円堂は言葉を返せなかった。しばらく沈黙が二人を支配し、不意に風丸が沈黙を破るように呟く。

「“神のアクア”があれば」

 “神のアクア”と言われても蓮ははっとした。“

神のアクア”は、フットボール・フロンティアの雷門中の決勝戦の相手——世宇子(ぜうす)中学校が使った飲み物だ。一見、ただの水であるが実は身体能力を一時的に向上させるドーピングアイテムなのだ。蓮は実物を見たことはないものの、円堂たちから話は聞いていたので知識はあった。苦戦した様子や、世宇子のキャプテン、アフロディなる人間が強いこと。美しくも華麗な選手らしい。アフロディと言う人間に蓮は興味を覚えたが、会うことはできないと諦めていた。

 そして風丸は円堂に詰め寄る。横を向いたので、風丸の顔の輪郭が月に照らされはっきりと見えた。必死な顔つきで円堂を説得しようとしている。

(風丸くん、今すぐ強くなりたいの……?)

 蓮は風丸の思いを読み取ろうと、目と耳に意識を集中させた。風丸の顔を見上げ、声を聞く。

「なあ、円堂。世界を救うためなら、“神のアクア”を使っても許されるんじゃないか?」

「風丸!」

 円堂は非難するように風丸の名前を呼んだ。

「だってそうだろ!? エイリア学園もドーピングしているって鬼道が——」

 声を荒げ、風丸は言葉を続けようとしたが、円堂に肩をつかまれて言葉を切った。

 円堂は風丸の両肩をつかみ、風丸を見据えながら諭すように言う。

「あいつらがドーピングをしていたとしてしても。オレたちまでやったら、オレたちはエイリア学園と同じだ。勝つためにドーピングをするのはずるだ。努力すれば必ず勝てる」

 力強く言い切った円堂の言葉を聞きながら、蓮は心の中で円堂に問いかける。

(でも努力で追いつけないときはどうすればいいんだ? 円堂くん)

 すぐに効果が出ればいい。しかし努力の成果が出るのが遅ければどうなるのだろうか。このキャラバンの旅で求められるのは“早い成長”だ。エイリア学園は短期間でどんどん強くなる。こちらも素早く進化しないと敵わない。でもそのスピードに追いつけなけなくとも円堂はしっかり待ってくれるようだ。それが嬉しくもありプレッシャーでもあった。

「……そうだな」

 片手で肩に置かれた円堂の手を払いながら、風丸は暗い調子で答えた。円堂がもう片方の手も外すと、風丸はまた前を向き、俯いてしまった。落ち込むように丸められた背中が蓮の黒い瞳に焼きつく。

「悪い。一人で考えさせてくれ」

 風丸が沈んだ声で言って、円堂は無言で立ち上がる。そのまま地面へと降りる梯子の方へ進もうとしたとき、風丸が円堂を呼び止める。

「円堂。一つだけ教えてくれ」

 円堂がゆっくりと振り向いて、

「この戦いは、いつになったら終わるんだ?」

 蓮が答えられずに硬直している円堂を見ていると、後ろから小ばかにするような声が聞こえた。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.108 )
日時: 2014/03/30 18:36
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 22LHFLcQ)  


「ふん。うつうつ悩みやがって」

「あ、アツヤ!」

 円堂たちに悟られないよう、蓮は小声で叫びながら振り向いた。後ろにいたのは吹雪。しオレンジの瞳。逆立つ白い髪——アツヤだ。

 気づかれたか心配なので後ろを見ると、円堂と風丸は対峙したまま固まっていた。

「よう白鳥。眠れないのか?」

「……なんだっていいだろ」

 アツヤは蓮に歩み寄り、嘲笑めいた顔で蓮に声をかけた。蓮は強張った顔でアツヤを睨んだ。口調も自然と荒くなる。

「……お前、少しは瞳にある黒を薄めたようだな」

 蓮の黒い瞳をじっと観察しながらアツヤは言った。今回は胸の奥にまで刺さるような視線ではなく、あくまで”観察”するような視線だ。恐ろしさは感じられない。

「わかるのか?」

 蓮は強張った面持ちを崩さずに尋ねた。

 アツヤは鼻を鳴らすと、白い歯をむき出しにして獰猛に笑う。すべてを見透かし得意になったような表情だ。

「ああ。でも、お前の分厚い黒の層は並大抵のことじゃ剥がせないな」

 唐突に今日感じた懐かしい感じが身体の奥底から、這いずって来た。身体の内を焦がすような熱い思い。頭はしびれ、全身は火照る。蓮は暑さにふらつきながら、額をキャラバンの側面に当てた。心地よい冷たさが額を冷ます。

 南雲や涼野の顔を思い浮かべながら、蓮は身体の熱にうなされるように言葉を零す。

「思い出そうとしても、思い出すことができない。手を伸ばせば届きそうな位置にあるのに、するりと僕の掌を通り抜けてしまう」

「……通り抜けた方がおまえの幸せになるからだろ」

 アツヤを問いただそうと後ろを向いたとき、アツヤは”消えていた”。そこにいたのは穏やかな顔付きの——士郎の方だ。

「あれ? ボク、どうして起きているのかな」

 アツヤとしての意識がないらしく、吹雪はせわしく辺りの様子を窺っていた。白いマフラーが風になびいている。

「アツ……暑いからじゃない?」

 蓮は適当なごまかしをでっちあげると、

「わかったよ!」

 吹雪は突っぱねるように同意した。

「へ?」

 話がかみ合わずに蓮が聞き返すように声を出すと、吹雪は驚いた顔で連のほうを向いた。どうやら、蓮に気がついていなかったらしい。

 吹雪は取り繕うように作り笑いを浮かべると、ゆっくりと蓮から後ずさる。

「ご、ごめんよ。独り言なんだ。じゃあ、おやすみ!」

 言うが早いか吹雪は逃げるようにキャラバンの中へ消えていった。揺れる白いマフラーを目で追いながら、蓮はため息をついた。寒くないのか無色透明のまま空気と同化した。

 キャラバンに背を当てたまま、蓮はずるずると崩れた。冷たさをジャージごしに感じながらしゃがみこむ。

 地面にキャラバンの黒い影が伸びている。吹雪の中にある”アツヤ”と言う”影”を隠そうとした吹雪。でも、自分はもうアツヤのことを知っている。

(そういえば吹雪くんと僕が同じってどういうことだろう?)

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.109 )
日時: 2014/03/30 21:33
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: KEq/ufVV)  

それから雷門中サッカー部は、広い公園に来ていた。
 円堂が練習をしたいと我を張り、瞳子も許可をしたので練習をすることになったのだ。公園には人口芝が植えられ、抜けるような青空の下に緑が広がる。雷門中サッカー部はユニフォームに着替えていた。
 広いので練習できるスペースは十分にあるが、ゴールはない。
 だが円堂がいる背後にゴールがあると思い、みなは思い思いに行動していく。
 その中で蓮は、FWの位置に立たされ、染岡と共に駆け上がっていた。風丸たちを敵と見立て、抜くように鬼道に指示された。
 当の鬼道は、少し離れた場所からじっと蓮の動きを観察している。

「抜かせるか」

 足の速い風丸が、ボールをキープする蓮にスライデイングタックルをしかける。蓮は冷静に、空いている左サイドにパスを出した。すぐさま染岡が受け取り、ぼうっとする木暮を抜いた。そしてボールは再び蓮の元へ。
 塔子と壁山が前に立ち塞がるが、蓮は塔子の左に行く素振りを見せた。

「ダメだよ、白鳥」

 塔子と壁山が左に注意を向け、右側への注意が薄くなった。その隙を突いて、蓮は塔子と壁山の間を通り抜ける。
 二人がフェイントであったことに気づいて、しまったという顔をした時には、蓮はすでに円堂の目の前に飛び込んできていた。一対一の決定的チャンスである。

「早いな、白鳥!」

 試合ではふらつく蓮の姿しか見ていなかっただけに、円堂は蓮を見直した。

 ——そういえば白鳥は落し物や地震にすぐ反応するよな。そういえばイプシロンのボールもカットしていたな。
 蓮が何かと敏感だったことを思い出し、円堂は納得する。蓮が右足を引いた。円堂も腰を下ろし、両手を前に突き出してシュート受ける体勢になる。

「くらえっ!」

 勇ましい掛け声と共に蓮がボールを蹴った。
 円堂から見て左側に向かって、まっすぐ飛んでくる。だがそれは円堂からするとかなり取りやすいボールだ。円堂はボールの元へ歩くと、両腕で包みこむように受け止めた。蓮は悔しそうな顔で肩をすくめる。

「あ〜。やっぱり止められた」

「なかなかいいシュートだぞ! 白鳥!」

 円堂は蓮を褒めながら、ぐっと親指を立てて笑いかけた。蓮は照れ笑いをしながら、円堂に頭を下げる。
 その光景を見ながら、鬼道は顎に腕を当てぶつぶつと独り言を呟いていた。

「白鳥は身体能力が高いようだな。だが……」

 染岡と共に駆け上がり、風丸を相手にしたときのこと。今度は風丸が逆にフェイントを仕掛けた。右に動くように見えるようわざと身体を右に向けた。すると蓮はがら空きの左側を突破しようとし、風丸がほくそ笑む。

「あっ!」

 蓮は進路を塞がれ、すれ違いざまにタックルを仕掛けられた。身体がバランスを崩した僅かな瞬間、ボールは風丸の足に張り付いていた。鬼道が片手を挙げて、それ以上動かないように指示する。

「あ〜僕の馬鹿ぁ。何度同じミスを繰り返せばすむんだ」

 蓮は自分を責め、右手で拳を作り自分の額を軽く叩いた。そこへ腕を組んだ鬼道が近づいてきて、蓮は叩くのをやめる。

「おまえはフェイントに弱いようだな。反応が速すぎて、逆にフェイントを食らっている」

「フェイントなのか本気なのか、見極めるのが苦手なんだよなぁ」

「それと、お前は吹雪のようなパワーファイターも苦手だな。よく“ボールウォチャー”になっているぞ」

「……強引に突っ込んでくる子に気圧されてしまうんだ」

 鬼道に自分の弱点を指摘され、蓮はしゅんとなりながら言った。

 大人しい蓮は、普段から強気な人間に押されてしまうことがある。それがサッカーのプレーにも影響しているらしく、サッカーをこなす上で荒々しいプレイヤーは天敵だ。

 相手が放つオーラや雰囲気に飲まれてしまい、ボールウォチャー(相手オフェンスやボールの動きに対応できず、ボールをただ見ているだけの状態になってしまった選手)になってしまうことがよくあるのだ。

「じゃあ、オレが特訓してやろうか?」

 特訓を終えて、染岡とこちらに来た吹雪——アツヤがからかう様に提案して、蓮はむっとした顔付きになった。反射的にその提案を突っぱねる。

「おまえには頼まない」

 蓮はアツヤに厳しい視線を向け、アツヤは小ばかにする笑みを返してくる。二人の間に漂う形容しがたい空気は、円堂たちを当惑させた。遠巻きに二人の様子を眺めている。

 見かねた染岡が二人の間を割るようにして入り込み、双方をなだめる。

「おい、吹雪そんな口調で言うなよ。白鳥、お前は吹雪が嫌いなのか? よくこいつと楽しそうに話しているじゃないか」

「そっちはDFの吹雪。FWの吹雪とは違う」

「どっちも吹雪だろ」

 警戒するような低い声で蓮が言い放ち、染岡は呆れた声を出して頭を抱えた。

“アツヤ”の存在を知るのは相変わらず蓮だけのようだ。FWになると性格が変わるのは、『試合のときは熱くなりやすい』と言うのが円堂たちの共通認識のようだった。
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.110 )
日時: 2014/03/30 21:43
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: KEq/ufVV)  

アツヤは蓮を嘲笑の表情で見つめ、蓮の面持ちがますます固くなっていく。そこへ、颯爽(さっそう)と瞳子が現れた。

 円堂たちの視線は自然とそちらに向き、アツヤは最後にもう一度口元を歪めて蓮を見た。その挑発的な表情に蓮は怒りを覚えたが、表には出さずに瞳子を見た。アツヤも瞳子を見る。

「次の目的地は愛媛よ」
 瞳子は円堂たちを見渡しながら言った。

「愛媛?」

理由が分からない蓮たちは一斉に首を傾げる。

「最近、愛媛では子供が誘拐される事件が相次いでいるのよ」

「誘拐事件? エイリア学園と何の関係があるんだよ」

 染岡が聞いて、瞳子は淡々と答える。

「サッカーが上手い子供たちが次々と誘拐され、行方不明になっているの。——そしてその誘拐犯連中は、『エイリア学園』と名乗っているそうよ」

 『エイリア学園』と言う単語を聞いた途端、円堂たちの顔色が不安げなものになる。“名乗っている”だけではエイリア学園かどうか判断がつかないため、鬼道や蓮は難しい顔をしたが。

「エイリア学園の名前をかたっているのかよ!?」
「僕たちをおびき寄せるため、かな」

 信じられないと言わんばかりに染岡が声を張り上げるのを聞いて、蓮がふっと脳裏によぎった可能性を呟く。本当は頭で考えていただけなのだが、いつの間にか独り言になっていたようだ。円堂たちがええっ!? と一斉に驚きの声をあげてから、蓮はそのことに気がついた。

 目を丸くして円堂たちの驚愕の視線を受け止める蓮は、迷子の子供のようだ。

 瞳子はおろおろする蓮を余所に説明を続ける。

「その可能性は高いわね。命からがら誘拐犯の元から戻ってきた子供たちは、みな『エイリア』と言う単語を呟いているそうだから」
 エイリア学園である可能性が濃厚になるにつれ、円堂たちは腕を組んだり、顎に手を当てたりと各々の姿勢で考え込み始めた。風丸が腕を組んで唸る横で、頭を使うのが苦手な円堂はすぐに音を上げた。退屈そうに持っていたサッカーボールをいじり始める。

 その時、明るいノリの曲が辺りに響き渡った。円堂たちは、顔を上げ、音の震源——鬼道へと一斉に注目した。鬼道は口をぽかんと開けていたが、すまないと言う様に片手を挙げると、ポケットに手を突っ込みながら円堂たちから離れていく。聞かれたくない相手なのだろうか。鬼道はポケットから携帯を取り出すと、円堂たちから2mほど離れたところで立ち止まって、通話ボタンを押した。

「オレだ」

『鬼道!』

 電話口から鼓膜が破れそうな大声がして、鬼道は反射的に携帯から耳を離した。離れている円堂は、電話の内容に興味があるのか鬼道の下へと歩み寄ってくる。後に何故か蓮が続く。鬼道は円堂と蓮の姿を確認すると、声量を落として電話の主に話しかける。

「どうした?」

そして、答える。

「え、愛媛だが」

その直後、鬼道は携帯を耳から離し、呆然としていた。

「い、今の声は洞面(どうめん)か?」

 鬼道が呆然としていると、円堂が明るく声をかけてきた。

「どうした、鬼道?」

「帝国学園のメンバーから電話があったが……すぐに切られてしまった」
「何かあったのかな?」
 蓮が不安そうに目を細め、鬼道は首を振る。

「わからない。だが愛媛につけばはっきりするだろう」

 この時、鬼道はかすかだが異様な胸のざわめきを覚えた。心臓を作る細胞一つ一つが、何かを訴えるかのようにむずむずするのだ。だがすぐに消えてしまったので、鬼道はさほど気にはしなかった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.111 )
日時: 2014/03/30 21:46
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 4nNMzbDf)  

「僕達、あまり歓迎されていないみたいだね」

 蓮が、隣にいる吹雪に声を潜めて話しかけて、

「そのようだね」

 吹雪は静かな声で同意。蓮の脇にいる染岡が、不安げな面持ちの吹雪と蓮を守るように、前に立ちふさがり、

「ったく。愛媛はどうなってるんだよ」

 小さく悪態をついた。

 京都を立って早くも数日が過ぎ、蓮たちは愛媛にやってきていた。
 愛媛は、日本でも有名な温泉地の一つだ。現在蓮たちがいる市街地は、小高い丘の上にある。まっすぐ進めば川とぶつかり、やがて埠頭(ふとう)に出る。埠頭は工業地帯特有のもので、遠くからでもうっすらとクレーンの姿を確認することができる。
 道の左右には、小綺麗な旅館風の建物と土産屋が軒を連ねている。旅館の近くには無料の足湯もある。円形の石造りの台座には、同じく石を削って彫られた龍が、開けた口からお湯を注いでいた。時折、風に乗って硫黄の香りが漂って来た。
この時期、愛媛は込み合うのが常なのに、温泉街は閑散としていた。土産屋は全てシャッターを締切ってしまい、いくつかの足湯は水が濁っている。人の姿もほとんど見受けられない。
 活気が見られず、寂れた温泉街のようだ。蓮が以前TV番組で見たときには、ひなびた雰囲気の温泉街だったのだが、名残すら見られない。閉じられたシャッターに張られた張り紙を、蓮はやるせない表情で眺めていた。
 そして僅かにいる人々は、刺すような視線を、立ち止まっている蓮たちに向けてくる。罪人を見る瞳そのもの。言葉にせずとも、蓮たちが歓迎されていないのは明らかだ。
 円堂が人々の警戒を解こうと、大きく手を振りながら近づこうとして、人々に逃げられた。

「オレたち嫌われているんッスかね」

 壁山が遠くなる人々の背中を悲しげに見送りながら、肩をすくめた。短気な染岡などは、人々に文句を言おうと足を一歩踏み出していた。鬼道がなだめ、一生懸命引きとどめていた。

「こんな状態じゃあ、話も聞けないよ」

 染岡の背中から顔を出して、辺りを見渡しながら、蓮は嘆いた。
情報は紅葉とネットが教えてくれた、サッカーが上手い子供が誘拐されている、と言う事実のみ。現地で話を聞けば、何とかなるだろうと踏んだ円堂たちだが、考えは甘かった。
 愛媛では子供たちがさらわれるせいで、現地の人々は観光客のような外部の人間を疑うようになっていたのだ。

「誘拐事件のせいで、皺寄せが、僕達よその人間に来ているのかも」

 勘が鋭い蓮がずばり言い当てて、鬼道が顎に手を当てて考え込む。円堂たちは、蓮の意図を掴めないらしく、怪訝な顔つきで蓮を眺めている。壁山は栗松と確認しあいながら、議論していたが、双方わかっていなかった。とちんかんな言葉が飛び交う。

「それもあるだろう。しかし、観光客が減った苛立ちもあるのではないか?」

「死活問題だしね」

 円堂たちの顔色が険しくなった。今の言葉で風丸や夏未は理解したようだが、壁山や栗松はきょとんとしている。

 そのことに気がついた鬼道が、説明をした。

「つまり、だ。愛媛の人々は、生活への不安と、オレたちが誘拐事件の犯人ではないかと言う猜疑心さいぎしんからあんな態度をとっているのだろう」

「そうなのか!」

 円堂が納得したような、していないような、声で叫んだ。すぐにう〜んと悶えている辺り、わかっていないのだろう。

 壁山と栗松が困った顔で互いを見つめあっているのを見、蓮は助け舟を出す。

「子供が誘拐されたのも、観光客が来ないのも僕達のせいかもって疑っているんだ」

「ひ、ひどいッス」

「むきー! オレたち何もしていないでヤンス!」

 蓮のシンプルな説明で理解した、壁山と栗松は憤る。

 でも、と蓮は制し、二人をなだめるように言葉を続ける。

「でも忘れないで。愛媛の人たちは、不安なんだ。僕達は、その不安を取り除きに来たんだ」

「え、それ本当!?」

 その時、円堂たちのものではない高い声がした。

 蓮たちが声の方に目をやると、茶色い髪をした男の子がいた。興味津々でに視線を蓮たちに投げ掛けている。

「どうしたのかな?」

 皆を代表して円堂が、男の子の前に進み出て、目線が対等となるようしゃがんだ。

 男の子は、必死な声で円堂に頼み込んできた。

「お兄ちゃん! ユウを助けて!」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.112 )
日時: 2014/03/30 22:53
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /PzKOmrb)  

「ユウくん?」

 円堂が問い返すと、男の子はしっかりと頷いた。

「ユウはとてもサッカーが上手くて、この前エイリア学園に連れて行かれちゃった。でも、何とか逃げ出して、帰ってきたんだ。でも、帰ってきてから様子が変なんだ」

「変って?」

「話しかけても返事しないし、大好きなサッカーもやらなくなったんだ」

 その言葉にエイリア学園に何かされたのかな、と円堂は考える。同意を求めるように雷門イレブンをちらりと見た。
 何か思うところがあるのか蓮だけは物思いにふけっていたが、円堂の視線に気がつくと顔を上げてにこりと笑った。他の仲間たちも、似たようなことを考えているのか、円堂の視線をしっかりと受け止めて返し、小さく首を縦に振った。

「じゃあ、オレたちが話しかけてみるよ。ユウくんはどこにいるのかな?」

「ユウは川辺にいるよ。いっつも一人でいるんだ」

 温泉街をまっすぐ進むと橋があった。石で作られた、幅2メートルほどの橋。車は通れず、往来するのは自転車と歩行者ばかり。橋を渡ってしまえば、そこは住宅街と旅館が混在する少し変わった景色へと変貌する。右手の建物の真下には川が流れている。横幅は2,3メートルありそうだが、深さはあまりない。川の流れは穏やかで、簡単に向こう岸に渡れそうだ。対岸には、多くのみかんの木が群生している。よく熟れたオレンジ色が自分の存在を主張するようになっている。壁山がそれを見てよだれを垂らしながら橋を渡り、木暮にたしなめられていた。
 
 サッカー部の人数が十何人もいるのだ。通行人の邪魔にならないよう、円堂たちは橋の脇に寄りながら、身を乗り出してユウスケの姿を探していた。
 その時、春奈が何かに気がついて、ある一点を指差しながら、大きな声を上げる。たまたま側にいた蓮は、ジャージの袖を鷲掴みにされ、春奈と同じ方向に強制的に向かせられた。

「キャプテン! あれがユウくんじゃないですか!」

 春奈が指差す先には、遠目だが、男の子の姿がはっきりと捉えられた。小学校低学年くらいの栗色の髪を持つ少年。短パンにTシャツと活発そうな格好だ。ずっと下を向き、川の水面を見続けている。騒ぐわけでも動くわけでもなく。じっと彫像のように佇んでいる。

「あれがユウくんだな。よし、みんな行くぞ!」

 円堂はユウの姿を確認すると、雷門サッカー部に声をかけてユウの元に直行する。
 橋を渡りきり、河川敷へと降りる階段の元まで走ると、一気に駆け降りた。川は飲めば体調不良を起こしそうな色をし、陽光を鈍く反射して煌いていた。魚が住むどころか、人の飲み水としても使えそうにない川だ。
 愛媛の河川敷は、雷門町の河川敷と違い、整備がされておらず砂利だらけ。そのせいで円堂たちは、足元の石に足をとられそうになったが、懸命にユウの元に寄った。

 だが、途中で蓮の足が遅くなってきた。円堂たちがどんどん遠ざかっていく。苦しそうに喘ぎながら、懸命に足を引きずって円堂たちの後を追おうとする。蓮の異変に気づいた吹雪が、立ち止まって蓮の元に戻り、「大丈夫?」と心配そうな顔付きで声をかける。蓮は「へーきへーき」と気丈を振舞うが、息は荒くなる一方で、声も弱々しかった。

「肩を貸すからいっしょに歩こうよ」

 吹雪が蓮に片手を差し出しながら笑いかけ、蓮は返事をする代わりに持てる限りの力で笑みを見せた。吹雪が差し出した手をしっかりと掴んだ。吹雪は蓮の腕を自分の肩に回し、空いた手で蓮の身体を支える。

 一方、蓮たちから離れた場所では。

ユウが、円堂たちの靴が砂利を踏みしめる音に反応したのか、一瞬だけ振り向いた。その瞳は、生気を感じない光の灯らない目だった。ユウはすぐに視線を川の方に戻してしまった。

「お〜いユウくん」

 気さくに円堂がユウの背中に声をかけるが、ユウは振り向かなかった。

 川のせせらぎが耳に涼しく、わりかしら温暖な愛媛の気候に汗をかいている円堂たちの気分をさわやかにした。

「こんにちは、ユウくん!」

 聞こえていないのかと思ったのか、円堂は先ほどよりも大きな声でユウに話しかける。しかしユウが動くことはなかった。円堂たちなど川辺の石のように思っているのか、何の反応も見せない。円堂たちとユウの間に響く川のせせらぎが空虚感を増大させた。

「弱ったなぁ」

 困ったように円堂は頭をかく。そして蓮と吹雪の姿が見えないことに気がついた。慌てて辺りを見渡し、後ろを向いたとき蓮と吹雪の姿を見つける。

 吹雪の肩に腕を回し、反対の腕で支えられながら、蓮は重い右足で踏み出し、引きずるように左足を前に出して進んでいた。苦痛に耐えるように唇をかみ締め、唇の輪郭がうっすらと赤色に浮かび上がっている。大地を一歩一歩踏みしめるような歩き方で、速度はかなり遅い。時折ふらついて倒れそうになり、吹雪が懸命に起こしていた。吹雪は蓮の歩調にあわせゆっくりと歩く。文句も言わず、蓮を励ましていた。

 ゆっくりとこちらに向かってくる蓮と吹雪のため、鬼道たちは一歩身を引いて道を開ける。蓮のつらそうな表情を見ながら、不安げに前へ進む蓮を凝視していた。

 円堂はだるそうな蓮に駆け寄ると、蓮は吹雪に身体を預けたまま目を閉じていた。

「キャプテン。白鳥くんのこの症状って、ジェミニストームのときと似ているよね?」


Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.113 )
日時: 2014/03/30 22:53
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: /PzKOmrb)  

 蓮の顔には汗がびっちりと顔に張り付き、乱れた呼吸をしている。確かにジェミニストームとの戦いのときに起こした症状によく似ている。胸が痛み、頭がぼうっとする。ただ胸を押さえていないし、歩ける等ジェミニストーム時に比べれば幾分か軽い気もする。

 円堂は、蓮の頬を平手で軽く叩きながら呼びかける。

「白鳥大丈夫か?」

「……う、ん。へーき、だよ」

 すると、蓮は黒い瞳を半分ほど開き、ゆっくりと上半身を起こしながら、うわ言のように答える。息を吐くテンポは大分短くなっているが、頬の赤みは増し、黒い瞳は潤んでいる。熱があるように見えた円堂は、自分の額を蓮の額に押し当てた。少し熱かったので、反射的に身を引く。それを見た雷門中サッカー部は蓮をいたわる様に一瞥してから、警戒気味に辺りを見渡す。エイリア学園が近くにいると思ったのだ。

「まさか近くにエイリア学園がいるのか?」

 しかし辺りにはユウ以外誰もいない。

ユウに話しかけても無視されるだけなので、円堂たちは一度引き上げることにした。今度は円堂がぐったりしている蓮の肩を支え、来た道を引き返す。

 何故かユウから距離を置くたび、蓮の顔色がどんどんよくなった。頬の赤みは健康的な肌色に戻り、潤み閉じられていた瞳が完全に開かれる。姿勢も正しくなり、歩くスピードも早くなった。やがて円堂の支えなしでも平然と歩き回るようになり、円堂たちを安堵させた。

「もう大丈夫だよ!」

 階段を上り終えると、蓮は今までの症状が嘘であったように元気に跳ね回って見せる。円堂たちは微笑みながら蓮に視線を向ける。ジェミニストームのことを知らない木暮には、春奈が今までのいきさつを説明をしていた。

 しかし蓮が回復したことを喜ぶこともつかの間、ユウから話を聞き出せなかったという事実は雷門中サッカー部を悩ませていた

「話は聞けなかったな」

 風丸が残念そうに言って、円堂たちが一斉に頷く。

「う〜ん。どうすればいいのかなぁ」

 蓮が呟くと、ユウの友達である男の子がある提案をしてきた。

「だったらユウの父さんに話してみたら? ユウの家はすぐ近くなんだ」

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.114 )
日時: 2014/03/31 21:20
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: Mg3hHTO1)  

こっちだよ!」と元気に走っていくユウの友達を追うこと数分。川からさほど遠くないところにユウの家はあった。いや、家と言うより店でだろう。小奇麗なスポーツショップだった。客は一人もいない。ガラス戸の向こうには、バスケットボールやサッカーボールが整然と並べられている棚が見える。奥にあるカウンターでは、一人の男が上に設置されたTVに目をやっていた。恐らくユウの父親だろう。後姿がどことなくユウに似ている。
 
 ユウの友達は遠慮せずに、スポーツショップの中へと続く扉を押した。円堂たちも後に続く。少しほこっりぽい臭いがした。
 ちりんちりんとドアの上に下げられたベルが心地よい音で来客を告げ、男が「いらっしゃいませ」と気の乗らない声で応対しながら、振り返る。
 40を過ぎたくらいの黒縁めがねをかけた優しそうな男だ。直後、目を限界まで見開くと、座っていたパイプ椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。

「あ、あなた方は雷門中サッカー部のみなさん!」

 思わぬ来客にユウの父親は、興奮で声を上擦らせながら、円堂たちを見やる。憧れの人間に会えたという恍惚の表情を浮かべていたが、すぐに真顔に戻る。
 倒したパイプ椅子を元に戻し、カウンター上に置かれたリモコンでTVを消した。ユウの父親が、リモコンをテーブルに置くのを確認すると、鬼道が前に進み出て話を切り出す。

「失礼ですが、ユウくんがエイリア学園から戻ってきたとお聞きしたのですが」

 ユウの父親は、ユウを見つめるように店の外へと目をやった。そして、小さくため息をつきながらパイプ椅子に腰を下ろす。

「なるほど。息子に話を聞きたくてここまで来たのですね。ですが、息子はごらんの有様です。毎日食事もろくにとらず、ああしてずっと川辺で一人、水の流れを眺めています。話しかけても言葉はユウスケの心に届かず、どうすればよいのかわかりません」

 ユウの父親は沈痛な面持ちで両肘をカウンターについて、頭をくしゃくしゃと掻き始めた。初めは平静を装って落ち着いた声音で話していたが、だんだん悲しむようなものになっていった。
 息子を心配する父親の気持ちに、円堂たちは同情しながら、ユウを救ってやりたいと決意を新たにした。しかし上手い方法が思いつかず、どうにもならない。

「エイリア学園に攫われて、怖い思いをしたんだろうな」

 蓮が同情するように口を開いて、円堂が何か思いついたような顔付きになる。考え込む蓮たちを見渡しながら、大声で叫んだ。

「じゃあ話は簡単だ! 大好きなサッカーをやって、嫌なことは全部忘れればいいんだ」

「そう簡単に言うけど、話しかけても無反応だったじゃないか。どうするの?」

 蓮に問われ、円堂は黙った。数秒ほど唸ると、嬉々とした表情でカウンターに近づく。カウンターから身を乗り出し、ユウの父親は少し身を引いた。円堂は、ユウの父親に顔を近づけて勢いよく尋ねる。

「そうだ、ユウくんのお父さん。ユウくんが、サッカーをやっていたときの品物ってありませんか!?」

「ス、スパイクならあるが」

 円堂の気迫に押されたユウの父親は、戸惑いながら返事をした。パイプ椅子から離れると、ボールが並べられた棚に近づく。円堂たちが好奇のまなざしを向ける中、ユウの父親は棚の一番上に置かれた箱を取り上げて戻ってきた。カウンターに置かれた箱を見ようと、雷門中サッカー部が周りに集まる中、ユウの父親は箱の蓋を外す。

 中には、紙で包まれたスパイクが入っていた。子供向きの小さいもので、緑の地にグリーンのラインが通っている。あちこちに泥がついていて、靴紐も汚れていて、相当使い込まれていることが分かる。

「これ、借りてもいいですか?」

「ああ。構わないよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.115 )
日時: 2014/03/31 22:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: C6pp1bGb)  

紙を外すと、円堂は箱の中からユウのスパイクを取り出して聞いた。断られても持って行きそうな雰囲気で蓮はひやひやしたが、ユウの父親はあっさり承諾してくれた。ユウのスパイクを掴むと、円堂は張り切って店を飛び出していく。

 蓮たちは慌てて円堂の後を追い、河川敷へと向かった。

 円堂が河川敷に降りる階段を下りた頃、蓮は染岡にユウに近づくことを止められていた。「ユウに近づいて体調が悪くなら、ここで待ってろ」と言われ、蓮は染岡の行為に甘えることにした。その際、吹雪が留守番役を買って出てくれて、蓮は吹雪と共に遠くから成り行きを見守ることになった。

「みんな。ユウくんをよろしく! みんななら大丈夫だ」

「ボクがしっかり白鳥くんを見ているから大丈夫だよ」

 階段を下りていく染岡たちに蓮が応援の言葉を投げかけ、大きく両手を振る。その横では、吹雪が染岡たちを安心させるように声を送った。別に逃げるわけではないので、蓮は少し苦笑していた。

 染岡たちは一度階段の途中で振り向くと、力強く頷いた。染岡などは、

「この染岡様がいりゃあ、サッカーの楽しさなんてすぐに思い出せるぜ」

 軽い口調だが頼もしいことを言って、親指を立てた。蓮は吹雪と共に親指を立てて返す。染岡はまかせろ言うように笑うと、階段を駆け下りていく。円堂はユウから少し離れた場所で染岡たちを待っていた。

 染岡たちが円堂に駆け寄ると、円堂は先陣を切ってユウに近づく。相変わらずユウは、円堂たちを無視していた。円堂は片手にスパイクを持ち、ユウの肩を掴んだ。

 ユウは小さな身体を震わせ、青ざめた顔でこちらを振り向く。円堂の手を乱暴に払いのけ、逃げ出そうとする。

「安心してくれ。オレたちはキミの敵じゃない」

 円堂が安心させるようにユウに語りかけながら、借りてきたスパイクを前に出した。それを見た途端、ユウの顔付きが変わる。怯えた顔が不思議そうな顔になる。

「あ、そのスパイク」

 ユウが言葉を零すと、円堂は明るく白い歯を見せて笑った。

「キミのお父さんからもらったんだ。お父さん、すっげー心配してたぜ!」

「……キミたちはだあれ?」

 少しは信頼してくれたようだが、まだ警戒心が残っている顔でユウが聞いてきた。円堂は、ユウにスパイクを返すと、片手で染岡たちを示しながらはっきりと答える。

「雷門中サッカー部だ」

「え、雷門中? じゃあぼくを助けてください!」

 その言葉を聞くと、ユウの顔から警戒心が消えた。真剣な声で助けを求めてきた。

 円堂たちはもちろん承諾し、ユウに守るという意志を見せるためポーズをとったりして見せた。    

 ユウは安堵したような怖がるような表情で、辺りを窺いながら話を続ける。

「何とか逃げてきたのですが、追っ手が来ていて」

「大丈夫だ。オレたちがついている」

 鬼道が断言し、ユウの肩に両手を置く。そしてユウを守るように、雷門中サッカー部の中に入れ、ゆっくりと階段に向かい始めた。

 ユウが近づくたび、蓮は異様なだるさに襲われる。身体がふらつき、また吹雪に身体を支えてもらった。

 ユウは雷門中サッカー部に守られながら階段を上りきると、はっとした顔でズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「あ、そうだ。ぼく、この石を押し付けられたんです」

 ユウが円堂に差し出したのは、ペンダントだった。500円玉ほどの大きさで、6角形にカットされた紫色の石に、首にかけられるほどの長さの黒い紐が通されている。

 

 円堂はその石を見て寒気を覚えた。石の色は禍々しい紫で見ていて気持ちが悪い。宝石のようにきれいにカットされているのだが、どうしても綺麗とは思えなかった。底が見えない奈落のような闇を感じさせた。見ていると引き込まれそうで怖い。

 その時、円堂は風丸の声で我に返った。見ると、全員が焦った顔で蓮に注目している。

「白鳥、おい! 大丈夫か!?」

 見ると、吹雪に身体を支えられた蓮が呻き声を上げていた。苦痛で顔をゆがめながら、荒い息共に必死に言葉を吐き出している。風丸が耳を近づけて掠れた声を一生懸命聞こうとしている。

「この石見ると……すごく……くる、しい」

 蓮が苦しんでいたのはこの石のせいだったらしい。 どう見てもアメジストの変種などにしか見えないのだが、なにやら特殊な力があるようだ。風丸はこわばった顔でユウが差し出す石をにらみながら、鬼道に目をやる。

「鬼道、もしかすると白鳥がジェミニストーム戦のときにふらふらしてたのは、この石のせいじゃないか?」

 鬼道は腕を組むと、用心深くペンダントに顔を近づけ、顔をしかめた。

「これが、やつらの言っていた“エネルギー”である可能性が高いな」

「これが”エネルギー”……」

「でも、これはただの石にしか見えないッスね」

 風丸は石をじっと見つめ、壁山が恐々とペンダントを覗き込みながらのんきに呟いて、近くにいる蓮が喘ぎながら、必死に円堂たちに懇願する。

「おねがい。はやく……こわすかなにか……して」

 その言葉が通じたのか、円堂たちは憎憎しげにユウの掌を睨んだ。気にはなるが、仲間を苦しませる“嫌な”ものであることには変わらない。早く壊すに限る。

 染岡がジャージの袖をまくりながら、どかどかと大股でユウの差し出す掌まで近寄った。

「あっても白鳥が苦しむだけだし、さっさと壊しちまおうぜ」

「よし、じゃあオレが……」

 近くにいた円堂がユウの掌に乗せられたペンダントに手を近づけ、紫の石に円堂の指が触れた瞬間。石が欠けた。円堂の指が触れたところだけがポロポロとビスケットのように崩れる。円堂が驚いて石から指を離した瞬間、石に縦横無尽に亀裂が入り始めた。ガラスがきしむような音を立てながら、ヒビは蜘蛛の巣状に広がる。

 やがてガラスが割れるような音がし、紫の石は木っ端微塵に割れた。砕けた欠片はユウの手から零れ落ち、その姿をパステルカラーの砂に変えて消えていった。パステルカラーの砂は地面に落ちて消えるか、風に流されて見えなくなる。

 

 わずか5秒ほどの出来事を、円堂たちは瞬きもせずに凝視していた。石が砕けると同時に、蓮が喘ぐのをやめた。呼吸もいつもどおりに戻り、顔色もよくなっている。

 しばらく無言が続き、円堂がようやく声を張り上げた。

「え、く、砕けた!?」

「ようやく見つけたぞ小僧め!」

 石のことが気になるが、悩んでいる暇は与えられなかった。

 男の声がして、ユウが円堂の背中に隠れる。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.116 )
日時: 2014/04/01 19:03
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: IsECsokC)  

謎の石が砕けたことを、驚くことを許さないように、野太い男の声がした。ユウがびくっと身を震わせ、円堂の背中に隠れる。ジャージの裾を強く握り締め、目をきつく閉じて身を縮めていた。

 ユウの様子がおかしいことに気がついた円堂たちは、一斉に声の方を見つめ——蓮と塔子だけが。はっとした顔つきで、声の主を眺める。
 以前夕香が描いた、『あやしいおじさん』の絵がそのまま実体化した連中がそこにいたからだ。

 背丈は円堂たちより遥かに高く、ニメートルはある。血の気を感じない肌の色をした顔で四十代を過ぎたおじさんに思える。連中に、髪は一本もなく、禿げ頭である。目を覆うのは、黒いフレームに赤いガラスをはめ込んだ怪しいデザインのゴーグル。濃い紫のハイネックセーターを着込み、上に丈の長いジャーンパーを羽織っている。連中は、分身の術でも使ったように、同じ背格好の奴らが五人横にならんでいる。
 
 蓮は夕香の絵を思い出しながら、塔子に視線を向けると、塔子は頷いた。どうやら様子を見よう、と同じことを考えていたらしい。
 横に並ぶ男たちは、円堂たちに気がつくと、苦虫を噛み潰した顔になった。五人は一斉に舌打ちし、

「ちぃ。雷門連中が、何故ここにいる」

「関係ない。奴らを潰し、あの小僧から石を取り返すのだ!」
 
 男の一人が強く言い放ち、円堂たちに詰め寄ってくる。
 蓮たちは、男たちを睨み据えながら、ユウを守るように円堂を取り囲み、円堂は両手を広げ、戦う意思を男たちに示す。辺りにいた人々は円堂たちから離れ、不安げに様子を伺っている。

「ガキごときに、なにができる!」

 不意に男の一人が、両腕を振り上げて蓮たちに躍りかかってきた。出さない辺り、どうやら、銃やナイフなどは持ち合わせていないようだ。
 蓮は、それを確認すると、不適な笑みを浮かべ、勇敢にも男に突っ込んでいく。たじろいでいた円堂たちが、止めようと手を伸ばすが、蓮は上手く身体を動かして避けた。

「白鳥先輩!」

「うわっ!」

 春奈が止めるように蓮の名前を呼んだ直後。恐怖で固まっていた木暮の身体が男の強烈なタックルで宙に舞った。それを合図に、残りの男たちも攻め混んでくる。

 雷門はめちゃめちゃだ。男に怖じけづき、逃げ出すもの。恐怖で固まり、男たちを見送ってしまうもの。何人かは、男たちに立ち向かったが、大人の力には敵わず、吹っ飛ばされ、身体が地面に叩き付けられた。

「みんな!」

 円堂は、叩き付けられた風丸たちを気遣かう声を飛ばす。だが、仲間の心配をしている暇はなかった。三人の男たちが、円堂に近づいているのだ。距離はもう、30センチメートルとない。ユウが裾を掴む力が、一層強くなるのを、円堂は感じた。

「大丈夫だ、ユウくん」

 円堂は庇うように、片手を広げて、迫り来る男たちと対峙する。男たちは、円堂の背中からユウを引きずり出そうと、片手を伸ばした。円堂になすすべはなく、男たちのての一本が、円堂の手を払いのけ、裾を握る小さな手に伸ばされた。円堂は、悔しそうに後ろを向いた。ユウが泣き叫ぶ。

 その時、男の手がユウの腕を掴む寸前で凍り付いた。円堂が反射的に前を見ると、地面に華麗に着地し、にっこりと微笑む蓮と吹雪の二人がいた。

「頑張ったけど、危なかったね、キャプテン」

「ぎりぎりセーフだよ。円堂くん」

 二人に労いの言葉をかけられ、円堂は状況を理解できないまま辺りを見渡す。

 四人の男たちが、そっくり返った姿勢で氷の彫刻になっていた。透明な氷は、陽光を受けて、その輪郭を際立たせ、光を反射して七色に輝いている。氷らされた男たちは、罰を受けて氷にされた囚人のようだ。周りにいる仲間たちは、つついて遊んだり、感心そうに眺めている。

 円堂は、氷の一つに歩み寄る。ひんやりとした冷気が、肌をくすぐる。

 まだ怯えているのか、ユウは円堂の背中から恐々と顔を出しながら、氷の男を見上げていた。円堂は、手でグーを作ると、氷を軽く叩いた。中々固く、拳がじんじんする。そして、手が冷えた。

「よく凍ってるでしょ?」

 蓮が吹雪を伴いながら円堂の元に来て、得意そうに言った。

「もしかして、〈アイスグラウンド〉と〈アイススパイクル〉で氷付けにしたのか!」

 円堂が気づいて声を張り上げると、蓮と吹雪は互いを見合い、小さく笑い声をたてた。

「そうそう! 二人の合作『氷のエイリアン』だよ。ねー吹雪くん」

「キミとの合作、とても楽しかったよ」

 蓮が冗談めかした調子で、吹雪に同意を求めた。吹雪は吹雪で、楽しそうに答えた。

 あまり捻っていないタイトルに円堂は、思わず失笑した。

しばらく和気あいあいと話していた三人だったが、春奈の何気ない一言で、それは止まる。

「あら? 木暮くんは?」

木暮の姿が、忽然と消えていた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.117 )
日時: 2014/04/01 23:42
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: aQf5AfGs)  

木暮がいないことに気がついた円堂たちは、蓮と吹雪が氷付けにした男たちを問いただすことにした。

 男たちが溶ける前に、円堂たちは、ロープを四つ、キャラバンから持ってきた。太さも長さも十分あり、簡単にはほどけないだろう。

 男たちの氷が溶ける頃を見計らい、円堂たちは四つのグループに分かれて、それぞれロープを持って男に襲いかかった。

 数で敵わない男たちは、あっさりと捕えられ、ロープで身体をぐるぐる巻きにされた。手は後ろ手に縛られ、身動きはとれないようだ。

 男たちは、息を切らしながら、頭と足を激しく動かして逃げ出そうとするが、身体がエビのように反るだけだ。動かすタイミングは、計ったように同じで気持ち悪い。やがて疲れたのか、荒い呼吸をしながら、動くのを止める。

 蓮は、転がされた男の顔の近くに歩み寄る。隣に吹雪が並ぶ。

 男は、うつ伏せになっていたが、二人のスパイクが砂利を踏む音に気付くと、頭を持ち上げた。白い歯を剥き出しにした獰猛な顔で二人を睨む。

 蓮も吹雪も全く動じず、穏やかな二人にしては珍しく厳しい視線を、男に送った。

「木暮くんはどこ?」

「ふん。守秘義務だ」

 蓮が腕を組ながら率直に聞いて、男はつんけんした態度で答える。

 残りの三人も円堂たちが問い詰めているが、答えは似たり寄ったりだった。

「じゃあ、何で子供をさらったりしたんだい」

 吹雪が厳しい表情を崩さずに質問を変えると、男はにやりと怪しく笑った。

「気になるんなら、この先にある埠頭ふとうに行きな。そこで、すべてがわかる」

「口が滑ったな」

 揶揄するように蓮が言うと、男はますます嫌な笑みを深くする。

「わざと滑らせてやったのだ。オレたちが警察に捕まろうと、雷門が潰れるのは確実だからな。ははははっ!」

 頭だけを動かして、男は高笑いをした。蓮は睨むように目を細め、吹雪は驚いたのか目を丸くした。

そして、静かな川のせせらぎに混じり——パトカーのサイレンの音が聞こえ初めた。円堂が、知り合いの鬼瓦おにがわら刑事を呼んだのである。

「くっそ。木暮の行方はわからずじまいかよ」

「木暮くん、無事でいて」

 遠くなっていくパトカーを睨みながら、染岡は地団駄を踏んだ。横では、春奈が手を組んで木暮の無事を祈っていた。

 染岡は、八つ当たりに足元にあった小石を一つ掴むと、川に向かって放り投げた。小石は、弧を描きながら川に向かい、僅な水音としぶきを上げて、水の中に消える。

 それを目で追っていた鬼道は顔を上げ、円堂たちの方に振り向いた。

「……やはり、埠頭に行くしかないだろう」

「でも、罠だったらどうするんだ?」

 用心深い風丸が意見し、何人か顔を鬼道から反らした。返り討ちにされたら、という不安の色が顔に出ている。

 悩む鬼道に、蓮が助け船を出す。

「罠でも、手がかりはそれだけだ。可能性があるなら、食いつかなきゃ」

「そうだけど……!」

 風丸は何か言おうとして、口を閉ざした。物言いたげな顔つきで蓮の顔を見ている。

「オレは行くぜ」

 微妙な空気が漂う中、その空気を破るように円堂が声を発した。

 みなの視線が、自然と円堂に集中する。円堂はみなの視線を浴びながら、堂々と断言した。

「だって、仲間のピンチなんだぜ。罠でも、木暮の手がかりになりそうなら、行くべきだ」

「けど、襲われたりしたらどうするんだ?」

 風丸が聞いて、蓮が提案する。

「じゃあ、四人くらいで行ったらどうかな? 少ない方が動きやすそうだし、もし見つかっても、すぐに逃げられるんじゃないかな?」

「確かに大勢で行くより、行動できそうだな」

「白鳥! 頭いいな!」

 納得するように鬼道が呟き、円堂たちが素直に誉め称えた。蓮は、仲間の感心するような声にはにかみ、円堂が高らかに宣言する。

「さあ、木暮を救うぞ!」

 蓮たちは力強い雄叫びと共に拳を天に突き上げた。空は曇り始めていた。

〜つづく〜



Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.118 )
日時: 2014/04/02 17:48
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: w1PAg8ZW)  

蓮の提案どおり、埠頭へ行く4人の少人数グループが作られた。
 チームのリーダー格である円堂、鬼道、そしてついて行くと言い張った風丸、鬼道の推薦により蓮。
 ユウのスポーツショップに仲間を残し、蓮たち4人は埠頭に向かった。

 川を北上するにつれ、家はどんどん減っていき、やがて工場が並ぶ工業地帯になった。工場の煙突からは黒い煙が天を汚すように立ち上がっている。
 辺りの空気は心なしか汚れていて、煙っぽい気がする。辺りに木や草の類が見受けられないせいだろう。蓮たちは何度も咳き込んでいた。
 また、汚れているのは空気だけではない。川の水も濁り、底が見えない。愛媛は人の心のようだ、と蓮は思う。
 ユウの話によると、川や空気が汚染され始めたのは、子供が攫われるようになってからだという。今の環境は、愛媛の人々の心を映し出す鏡のようなものだった。子供を解放すれば元に戻るかな、と心内で呟き、埠頭に足を進める。

 しばらく歩くと、ようやく埠頭が見えてきた。高い塀の向こうには、左右に広がる貸し倉庫。ペンキは真新しく、最近舗装されたばかりのようだ。ただ屋根だけは潮風でさびてしまっている。近くに荷物を持ち上げる赤いクレーンが寂しく佇んでいた。上空では、のんきにかもめが鳴きながら空を舞っている。日差しが強い。
 倉庫の向こうは当然ながら海に面している。簡単に超えられてしまいそうな車止めの向こうに、工業用物質が溶け込んでいる色をした海水が揺れていた。日が反射して

 円堂たちは、横に伸びる高い塀と塀の間に作られた、閉じられた鉄扉の間から中の様子を垣間見ていた。潮風が時折吹くものの、生ぬるく心地よくない。潮風で鬼道の青いマントがなびいて音を立てている。
 蓮だけは、鉄扉の脇近くの塀上に設置された妙な看板に目が行っている。白地に『真・帝国学園』と明朝体で大きくプリントされた謎の看板。しかし、風丸に袖を引っ張られ、鉄扉の中を見た。

「あ、さっき逮捕された奴らがいっぱいいるぞ」

 円堂が声を潜めながら鉄扉の向こうを指差す。海寄りの倉庫の扉の前には、先ほど逮捕された男と全く同じ姿・体格の男が立っていた。腕を組み前をじっと睨んでいる。こちらには気づいていないようだ。
 さらに、波止場近くには、やはり同じ姿の男が十人ほど歩いている。パトロールなのか、波止場の道を行ったり来たりしている。

「何か守っているようだね」

 蓮は水面を見ていたので、眩しさのため目を細めながら呟いた時。波止場を歩いていた男の一人がこちらに向かってきたので、円堂と風丸は鉄扉から見て左に、鬼道と蓮は右の塀に咄嗟(とっさ)に隠れた。四人とも強張った顔つきで互いを見やると、恐る恐る鉄扉の向こうに視線を送る。
 男は倉庫の前に立つ男に何か声をかけ、倉庫の前に立っていた男と共に倉庫の中に消えた。
 蓮は円堂と風丸を手招きし、円堂と風丸が素早く鉄扉の前を横切った。中の様子を窺う鬼道と蓮の横に来ると、同じタイミングで安心したようにため息をついた。

「ああ。あの倉庫に、木暮が閉じ込められていても不思議ではない」

 落ち着いたところで鬼道が蓮に同意するように言った。鬼道の横から港の様子を観察している蓮が、波止場前をうろついている男を指差し、何気なく言葉を零す。

「あの男たちって、複製かなにかしたロボットみたい」

 再度倉庫から男たちが出てくるのを見つけ、蓮と鬼道は身体を塀の方に引いた。鬼道は塀に背を当てながら腕を組む。

「あの石といい、あの連中といい、エイリア学園には、高度な科学技術があるようだな」

「本当。でもロボットくらいなら人でも作れそうだよね」

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.119 )
日時: 2014/04/02 21:37
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: WV0XJvB9)  

 蓮の言葉に鬼道は手を顎に当てた。風丸と円堂と位置を入れ替え、物思いにふけ始める。二人が鉄扉の向こうを盗み見る間、蓮は若干下向き加減になっている鬼道に近づいた。

「人……か。恐らくだが、地球人の協力者もいるのだろう。宇宙人は知識と策、そして石だけを与え、やつらに協力する人間が今の事態を引き起こしているのかもしれない」

「それなら、エイリア学園の能力も説明がつくね。元々は人間だけど、あの石の力で能力を飛躍的(ひやくてき)に伸ばしているってね」

  鬼道の独り言に蓮は天を仰ぎながら同意した。その時、蓮は誰かに肩を叩かれた。気づかなかったが、鬼道が位置的に叩けない方の肩を叩かれた。
 蓮が反射的に振り向いたところ、一人の男が立っていた。
 歳が相当上であるように思える小太りの男だ。口元に白いひげをたっぷりと蓄え、目には丸い小さめなサングラス。頭には濃い紫のバンダナを巻き、中華風のバンダナと同じ色の服を着ている。蓮は敵かと思い、目つきを鋭くして睨むと、鉄扉を睨んでいた円堂が振り返り、小さく、だが明るい声を出した。

「あ、響木(ひびき)監督!」

 円堂が駆け寄ると、続いて風丸と鬼道も響木の周りに集まり始めた。その顔に恐怖や焦りといったものはなく、むしろ頼っているような顔付きだ。雷門の知り合いなのだろうか。
 蓮があんぐりと口を開けていると、響木の方から蓮に歩み寄ってきた。

「お前は雷門の新入り、白鳥だな?」

 その言葉で大まかな察しはついたものの、蓮は念を押すように一応、尋ねた。

「え、どうして僕の事を知っているんですか?」

「白鳥、響木監督はオレたち雷門サッカー部の監督なんだぜ!」

「普段は雷雷軒って言って、ラーメン屋の店主をやっているんだ」

 円堂と風丸が順々に小声で解説し、蓮は予想通りで納得した。
 蓮は緊張した新入りのようにびしっと体制を整え、よろしくおねがいしますと響木に頭を下げる。もちろん声量を落として。すると響木は苦笑しだす。

「そういえば転校初日にお前には迷惑をかけたな。ここで謝らせてもらう」

 今度は円堂たちがぽかんとする番だった。わけがわからないと言った顔で蓮に目を向け、蓮ははっとした顔でいつも通りの声量を出そうとして、慌てて口を塞ぐ。一息つくと、ひそひそ声で話し出した。

「あ、もしかして転校初日に傘美野に行くよう僕の家に電話かけてきたのも、転校初日なのに瞳子監督が僕のことを知っていたのも——」

「そうだ。俺が全て手を回した」

 蓮がもう気にしていません、と取り繕うと、円堂が口を開いた。

「ところで、響木監督がどうして愛媛に? 鬼瓦さんもいたみたいだし」

「愛媛で子供が攫われるという事件に、とある“男”が関っていると聞いてな。ここまで調べに来たんだ」

「“男”って?」

 蓮の問いに響木は、鬼道に哀れむような、ためらうような視線を投げかけたその様子を察した鬼道が首をかしげる。鬼道に何か関係があることだろうか。

 その時、蓮は先日鬼道の携帯に帝国学園の仲間から連絡があったことを思い出した。そしてすぐ上にある真・帝国学園の文字。とても無関係とは思えない。

「帝国学園で何かあったんですか?」

 心配そうに蓮が尋ねると、鬼道は口を開けた。ゴーグルの中の赤い瞳が驚きで揺れている。ここまで動揺を見せる鬼道は始めてみた。話してください、と懇願するような眼差しを鬼道は響木に向ける。動作がいつもより慌しく見える。響木は、話すのをためらうように考え込み始めた。

 しばし沈黙の時間が続き、響木が重い口を開く。

「実は影山 零治(かげやま れいじ)が、この愛媛にいる可能性があるんだ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.120 )
日時: 2014/04/02 23:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: s5c4A2FH)  

『影山 零治』の名を聞いた途端、円堂たちは計ったかのように瞠目した。中でも鬼道はひときわ大きく目を見開き、驚きの光を宿している。口まで無造作に開けられている。
 普段、わりかしら落ち着いている鬼道が、ここまで感情を顕にするのを蓮は初めて見た。誰が見ても感情を理解できるはっきりとした顔つき。蓮はその顔と円堂たちの顔を交互に眺めていた。

 鬼道はふらつく身体を支えるように、一歩後退した。顔中に冷や汗が張り付き、表情も凍り付いている。風丸が「おい、鬼道。大丈夫か?」と声をかけ、鬼道は戸惑いながら返事をする。思い詰めた顔で憎憎しげに塀をにらんだ。
 一方、影山がわからない蓮は、呆然とした表情で鬼道と風丸を見ていた。その横で、円堂が円堂にしては小さな声を上げた。

「か、影山がいるんですか!?」

「……ね、影山って?」

 蓮が遠慮がちに尋ね、円堂と風丸が同時に声を上げた。鬼道は鉄扉の方に走っていく。

「あ、そっか。白鳥はフットボールフロンティアの時にはいなかったもんな」

「あいつは卑怯(ひきょう)が服を着たような男だ。ところで、白鳥は『帝国学園』を聞いたことがあるか?」

 風丸は恨みがましく呟いてから話を切り替えて、蓮に聞いた。蓮は首を縦に振る。

「今年雷門が勝つまで、四十年間優勝し続けた王者の学校だろ?」

 蓮が生まれるずっと昔から、フットボールフロンティアで優勝を続けてきた帝国学園は、サッカーをやらないものですら名前を聞いたことがあると口をそろえる有名校だ。
 ただし、『帝国』の名かどうかは不明だが、通うには相当のお金が必要なのだという。一方で、中には帝国学園であることを誇りに思い、他校を見下す暴慢(ぼうまん)な人間もいると嫌な噂も絶えない。

「そうだ。そして、影山は帝国学園が四十年間勝ち続けた時代の監督、いや帝国の選手たちには『総帥(そうすい)』と呼ばれていたから総帥と呼ぶことにするか。総帥だった男だ」

 響木が説明して、蓮は初めて気がついた。
 帝国学園が勝ち続けていた間は、影山がずっと監督をしていたのだ。いくら帝国が強いとはいえ、選手は毎年入れ替わる。能力が高い選手が集まる年もあれば、全くと言っていいほど強くない年だってあるはずだ。いや、なければおかしい。“永遠の強さ”なんてありえない。
 
 授業で習った『平家物語』の一説に、『たけき者も遂(つい)にはほろびぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ』がある。勢いが盛んなものも、いつかは滅び去り、その姿は風の前の塵と同じだというわけだが、サッカーもそうだ。
 サッカーが上手かった友人は怪我し、サッカーができなくなってしまった。年をとった選手は引退する。大会で勝つ国は毎年変わる。——ずっと頂点に君臨し続けるのは無理だ。

「40年も無敗なんて、おかしい気がする。偶然にしては勝ちすぎだ」

 思ったことをそのまま言うと、鉄扉と睨み合いをしていた鬼道が首だけを蓮の方に向け、

「白鳥は鋭いな。あいつは——影山は、帝国が勝ち続けた四十年間の間、巧みに裏から手を伸ばし、帝国の相手校を潰してきた。ある時は相手校に喧嘩を起こすよう仕向け、ある時は相手校を試合で叩き潰し、またある時は鉄骨を落として相手校を怪我を負わせた」

 感情を押し殺した声で淡々と言った。感情を表に出さないように振舞っているようだが、顔は時折悔しそうに歪み、唇を強く噛んでいた。感情を隠すように時々前を向いた。

 苛立ち紛れに鉄扉を蹴ろうとしたのか、片足を引き、男がいることを蓮に注意されてしぶしぶ止めた。

 気持ちのやり場がないらしい。鉄扉の変わりに足元のコンクリを強く蹴りつけた。強く。何度も。何度も。その度に背中の青いマントが舞い上がる。頭の中の“影山”に攻撃しているのだろうか。

 蓮は目を細め、悲しそうに鬼道を眺めている。

 

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.121 )
日時: 2014/04/03 17:22
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: zypMmNa5)  

影山と鬼道の間には、何かあるのだろう。しかしフットボールフロンティアの時にはいなかったから、理解はできない。
 蓮は地面を蹴り続ける鬼道に近づくと、落ち着いてというように鬼道の両肩を掴んだ。鬼道は地面を蹴るのを止め、顔をバッと上げた。
 ゴーグルの奥の瞳は驚いたように揺れていたが、すぐに怒りの光を宿す。

「……影山ってやる時は徹底的なんだね。ひどいやつだ」

 蓮は鬼道の肩から両手を離し、同調するように言った。鬼道は悔しそうな顔で天を仰ぐ。

「あいつは雷門を倒すことにした後は、世宇子中の名の下に“神のアクア”を作り、そのおかげでようやく逮捕された。だが、あいつはここにいる。あいつの企みは早く止めなくては……!」

 鬼道は鉄扉に近づこうとして、蓮は鬼道が何をしようとしているのか理解する。急いで両腕を伸ばしながら、鬼道の前に回りこむ。鬼道はこの前見せた怒気を孕んだ瞳で、蓮を睨み据えた。
 円堂たちが怖さのあまり身体をびくっと震わせる中、蓮は怖気づかずに強気な顔で鬼道と対峙している。鬼道が睨めば、睨み返す。普段の穏やかな態度からは想像がつかない、強気な態度だ。

「白鳥。そこをどけ! オレは影山と決着をつける必要がある!」

 鬼道が怒鳴り声を張り上げ、蓮は反射的に振り向いた。
やはり声が聞こえたらしく、波止場前をうろついていた男たちが一斉にこちらを向く。
 向かれる前に蓮は鬼道の腕を掴んで、無理矢理円堂たちがいる塀側に連れ込んだ。鬼道が蓮の手を払いのけようとし、蓮は、鬼道を睨みながら非難するような声で意見する。

「一つ聞くけど、僕たちまで捕まったら、木暮くんや他のみんなはどうなるんだよ?」

 その言葉でようやく鬼道は今の事態を思い出したような顔付きになった。「すまない」と短く謝ると、蓮に背を向けて俯いてしまう。
 蓮は鬼道の腕から手を外すと、心配そうな声で鬼道に話しかける。

「鬼道くんどうしたの? 急に焦りだして」

 すると今まで黙っていた円堂が動く。蓮の横に歩み寄ると、鬼道に控えめに声をかける。

「鬼道、白鳥に話してもいいよな?」

 鬼道はみなに背を向けたまま頷いた。背中から喪失感と怒りと悔しさと悲しみと——複雑な感情を感じさせられる。蓮は黙って鬼道を見つめていたが、円堂に向き直る。

「鬼道は元々帝国学園にいたんだ」

「え、帝国学園に?」

 話はこうだった。
 
 両親を早くに亡くした鬼道と春奈は養護施設に引き取られた。その養護施設で、鬼道はサッカーの才能を影山に見出され(みいだされ)、影山が鬼道財閥に養子縁組を推薦し、鬼道は鬼道家に引き取られたのだという。司令塔として育成され、それはサッカーにおいて司令塔であることは、多くの系列企業を束ねることのシミュレーションであるというのが理由らしい。こじつけっぽいと蓮は思ったが、あえて声には出さなかった。

 

 春奈も言っていたが、その後、施設に残された春奈は音無夫婦に引き取られ、二人はバラバラになってしまったのだ。春奈と鬼道の苗字が違うことは気にしてはいたが、こういう悲惨な過去だとは春奈の話を聞くまで蓮は知らなかった。

 春奈はごく普通に育ったのに対して、鬼道はずっと影山にサッカーを教わったのだという。そして当然のごとく帝国学園に入った。相手校を圧倒的な力で捻じ伏せていたらしい。今からは考え付かない。だが、雷門と一戦を交えたことで鬼道は変わる。

 影山が行う行為に疑問を持ち、雷門と再度戦うときには雷門の命を助けたらしい。もし鬼道が口を出さなければ、雷門は鉄骨の下敷きになっていたのだと言う。帝国学園は影山から離反し、自分たちのサッカーで戦った。

 この鉄骨が原因で影山は一度は警察に捕まったらしいが、証拠不足で釈放。今度は世宇子中を率いて、帝国学園を潰した。そして世宇子を倒すため、鬼道は雷門の仲間に——

「…………」

 長い話を聞き終わり、蓮は驚きと戸惑いが混じった顔で鬼道の背中に目をやっていた。風になびく鬼道の青いマントだけが音を立てている。

 鬼道が影山にこだわる理由が分かった気がする。離反したからこそ、逆に悪事を止めたいと思うのだろう。かつてサッカーを関ったからこそ、”悪事”を許せないのだろう。ただ鬼道が影山を拒絶するような態度から察するに、影山との関係を断ち切りたいのかもしれない。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.122 )
日時: 2014/04/03 20:05
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: horemYhG)  

鬼道の指示で、蓮たちは音を立てないよう鉄扉に近づいた。声を殺しながら、強張った面持ちで中の様子を窺っている。静寂だけが鬼道たちを包み込んでいた。いつもは元気な円堂ですら、緊張した顔付きであることからみなが真剣であることが分かる。
 
 男たちは二人。やがて中からもう一人出てきて何やら話し込んでいる。三人とも違う反応をしているとはいえ、姿形が全く同じなのが不気味だ。ややこしいので、今倉庫から出てきた男は『男A』、元々立っていた二人は、『男B』、『男C』とそれぞれ表すことにしよう。特に深い意味はない。

「おい、そろそろ出発の時間だ」

「了解」

 男Aが早く倉庫の中に入るよう男BとCを促す。男Bはこくりと頷き、男Cは跳ねるような仕草をした。見た目こそ似ているが中身は微妙に異なるらしい。円堂たち五人は、新たな発見に思わず互いに顔を見合わせた。

「それとさっき捕まえたやつも連れて行くそうだ。早く支度をしろ」

「わかったにゃん。四十秒で支度するにゃん」

 男Cが変な語尾と共に崩れた敬礼。不覚にも円堂が噴出しそうになった。風丸が容赦なく円堂の口を片手で覆う。円堂は顔を真っ赤にして暴れた。風丸に口を塞がれた際、鼻まで塞がれたため、苦しいのだろう。息苦しそうに顔を歪め、抗議するように何か叫ぼうとしているが、言の葉にはならない。
 その様子を蓮は呆れたように眺めていたが、しばらくして風丸が円堂を解放した。それを見た蓮は、前を向く。

「風丸、塞ぎ方が悪いよ」

「悪いな」

 円堂が小声で抗議し、風丸も声を潜めて短く謝り、二人とも門の向こうを見やる。
 男たちA、B、Cが倉庫の中に消えると同時に、波止場前をうろついていた男たちが、一斉に身体を右に向けた。軍隊の行進のように揃った足並みで、蓮たちから見て左から右に進んでいく。男たちの気持ちが悪い行列は五分ほどで、全員が右の方向に進んだ。それ以上後には誰も続かなかった。
 
 見張りがいる可能性がある、と鬼道の意見で、蓮たちは十分ほど様子を見る。十分たったが誰も来ない。鬼道は中をにらみつけながら呟いた。

「……いなくなったようだな」

「よし、早く行こうぜ!」

 円堂が元気よく鉄扉に駆け寄り、無理やり引っ張る。が、鍵がかかっているらしく、びくともしない。
顔が見る見るうちに赤く染まり、唸り始めた円堂を見て、蓮は円堂に声をかける。

「任せて」

 蓮はジャージの袖を捲り上げると、身軽に鉄扉をよじ登り始める。
鬼道たちが驚いたように蓮を見上げる中、蓮は早くも鉄扉の上に腹を引っ掛け、両手足をだらしなく下げている体勢になっていた。そのまま器用に身体を動かし、鉄扉の向こうに飛び降りる。着地するとすぐに扉を閉めている閂(かんぬき)を外し、と鉄扉を開いた。鉄が地面にすれる甲高い音と共に、扉が開く。

「すごいな白鳥!」

「よじ登れるなんて、大した運動神経だぜ」

「来てもらって正解だったようだな」

 扉から入ってきた円堂たちが、次々に蓮を誉めそやす。蓮ははにかみとも苦笑ともつかない表情を浮かべていた。

 なんせ校門登りを自力習得したのが、遅刻を防ぐため。通っていた小学校の裏門には、ある時間を過ぎると先生がいない。従って、よじ登ってしまえば怒られることはないのだ。そのために習得した。これを説明するのはどうにも気が引ける。

「あの倉庫だな」

 円堂は、男たちが入っていった倉庫を指差す。

鬼道の指示により、辺りに気を配りながら慎重に進んだ。試合といい今といい、鬼道は優れたリーダーだなぁと蓮は改めて痛感する。

 倉庫と倉庫の間や波止場前と注意深く視覚と聴覚を働かせるが、見えるのは誰もいない港。聞こえるのは、海鳥の鳴き声と風の音。

 ゆっくり進むうちに、問題の倉庫の前についた。コンテナなどを置く長方形の建物だ。扉は開け放たれており、中から冷気がこちらに吹き付けてくる。円堂たちは身を震わせた。

 その冷気は、涼しい場所にあるものではなく、霊山や神社で感じる凛とした空気に近い。ただ、心地よいものではなく、身体を内から震え上がらせるような威圧感を纏ったもの。

 蓮は心がざわつき始める。そしてそのざわつきが的中するように、

「ふふ。待っていたわよ、雷門中サッカー部」

 まだ若い女の子の鋭い呼びかけが聞こえる。冷気が一層激しくなった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.123 )
日時: 2014/04/03 22:11
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

「だ、誰だ!?」

 冷気を吹き飛ばすように円堂が叫んだ。
 その声に反応するように吹き付けてくる冷気は収まった。しかし、肌をぞくぞくと撫でていく気味の悪い寒さはまだ肌に残っている。それは冷”気”でも、人が放つ”気”のように蓮には思えた。中にいる人間は普通の人間ないことだけは何となく感じ取っていた。
 
 蓮たちは顔をこわばらせながら、扉を乱暴に蹴破り、中に突入する。砂っぽい乾いた空気が喉を直撃し、蓮は咳き込んだ。風丸に背中を擦って介抱され、口を開けたまま立っている鬼道と円堂と同じ方向を見た。

 何もない灰色の床を、明り取りの窓から差し込む日差しが、照らしていた。光の中にほこりが舞っている。だが日差しは別のものを、倉庫の奥に浮かび上がらせていた。それは秋や夏未とさほど変わらない少女たちの影。

 一人は、以前バーンが纏っていたユニフォームをまとう少女。小さな胸のふくらみと細い腰が可愛らしい。背丈は秋ほどか。オレンジの髪をショートカットにしているが、前髪はカールを描くように渦を巻いていて、かなり独特のヘアスタイルだ。可愛い身体な半面、青い切れ長の瞳は吊り上っていて、きつそうな印象を与える。

 もう一人はオレンジの少女よりほんの少し背が低い少女。かなり小柄で、木暮と同じ背丈に見える。濃い青い髪をボブカットにし、もみあげを黄色い髪留めで止めていた。垂れ気味な黒い目に小さな桜色の唇が人形のよう。顔付きは固く、与える印象は冷たい。
 二人の少女は蓮たちと目が合うと、待っていたといわんばかりに口を歪めた。蓮たちは緊張のあまり生唾を飲み込む。静かなせいで、その音がはっきりと自分たちの耳に届いた。

「初めまして、かしら。あたしはエイリア学園マスターランクチーム、<プロミネンス>の一員、レアンよ」

「わたしは、同じくエイリア学園マスターランクチーム<ダイヤモンドダスト>の一員、クララ」

 オレンジの髪の少女——レアンと、青い髪の少女——クララは、淡々と自己紹介をする。
 『イプシロン』に続く新たなエイリア学園チームの登場に、蓮たちは驚きを隠せなかった。そういえば彼らはエイリア学園のチームだと名乗っているが、リーダーや他のメンバーが見当たらないのは何故かと蓮は思ったが、その疑問はすぐに消えた。驚愕の面持ちになりながらも、同時に緊張の面持ちも浮かべ、身構える。

「エイリア学園、オレたちに何のようだ! 木暮を返せ!」

 円堂が怒鳴ると、レアンとクララは目を伏せて静かに笑う。蓮は、背筋を寒さが駆け抜けた気がした。
 
「そうね。返してあげてもいいわ」

「なんだって?」

 予想外の言葉に円堂は聞き返すように言葉を漏らす。するとクララは、視線を横に動かし、黒い瞳で見据える。レアンもまた、同じ人物に目を向ける。——風丸の横にいる蓮に。

「あなたが、今すぐ雷門中サッカー部から去るのなら、ね」

 落ち着いた声音で、クララはしっかりと蓮の瞳に視線を合わせながら言った。目つきこそ凪のように穏やかであるものの、視線自体は刺々しいものだった。目が合った瞬間に初めて感じ取れる、地雷のようなものだ。憎悪や怒りがこもった視線に蓮はたじろぎそうになるが、負けじとレアンとクララを睨み返す。

 

「何を言っているんだ」
〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.124 )
日時: 2014/04/03 22:13
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: I1RbCwCF)  


 蓮の低い声に、レアンとクララは蓮に向ける視線をますます厳しくした。蓮も目つきを鋭くする。蓮とレアン、クララの間には見えない空気がぴんと張り詰め、他のものが近づくことを拒んでいた。

 しばらく無言のにらみ合いが続いていたが、クララが口を開く。

「あなたがいると目障りなの」

 囁くような小さな声。けれど言葉はとても恐ろしい。円堂がクララに食って掛かろうとして、蓮が手を出して制する。風丸も鬼道も憤っているらしく、クララを睨む。続いてレアンが、

「あんたが雷門にいるとね、困る”お方”たちが居るのよ」

 クララの言葉は無視することにするが、レアンの言葉が引っかかる。僕が雷門に居ると困る人って誰だ? 

「それって、誰?」

「あなたに教える義務はないわ。ただ、一つだけ教えてあげる。あなたはね、その”お方”たちをとても傷つけているの」

 馬鹿にするような口調で言っていた言葉を切ると、クララは垂れている目を吊り上げる。今まで違い、無表情だった顔に怒りがはっきりと刻まれていた。瞳にも憎しみや怒りの感情がはっきりと見え、今までの冷静さが嘘のように思われる。

「あなたはなんにも知らずに、”お方”たちを悩ませているの。少しは罪の意識を持っているのかしら!? 答えなさいよ!」

 今までの冷静な口調とは打って変わり、激しい口調。唾が飛んできそうな勢いで、恐ろしい剣幕で蓮を問いただす。”気”が風となって身体に吹き付ける。円堂たちはクララの雰囲気に圧倒され、その場で立ち尽くしていた。蓮だけは、円堂たちの前に出た。円藤たちを守るように、腕を組んで仁王立ちになり、クララやレアンと対峙する。

「…………」

 何、わけの分からないことを言っているんだと言い返すように、クララに冷めた視線を送る。誰を悩ませているのかは知らないが、こいつらの言うことはいちゃもんの可能性が高い。根拠のないでたらめだ。嘘だけで、雷門をやめるわけなんてない。

 クララは呆れた顔付きで笑った。冷たい顔が哀れみを送ってくる。

「あなたは愚者ね。雷門中のサッカーは『仲間ごっこ』だってことに気づいていないんだもの」

「『仲間ごっこ』?」

 蓮は思わず尋ね返した。クララはレアンに目配せし、レアンが哀れむように——見下すようにせせら笑ってきた。

「あんた、エイリア学園との戦いで倒れてばかりで、大して活躍していないそうじゃない。試合で役に立てないような人が、どうして雷門にいるの?」

「……それは」

 蓮は頭に言葉が出てこず、口を閉ざしてしまう。レアンは、蓮の言葉尻を捕らえて畳み掛けてきた。クララと同じく、その瞳には強すぎる負の感情が渦巻いている。

「あら、咄嗟に答えられないの? やっぱり『仲間ごっこ』ね。どうせ『今は無理でも後で何とかなる』とか、言われていそうだけれど——それは、あなたを傷つけないための”嘘”。本当はみんな、あなたみたいに成長の見込みがない人は、やめてほしいと思っているの。でも、言えば双方の気分を害することになるわ。だから言わないの。自分が嫌な思いをしたくないから黙っている……雷門は、そんな自分勝手な人間の集まりよ」

 以前に悩んでいたことをぶりかえされ、それでも図星なことを指摘され、蓮は悲しくなった。今すぐ消えてしまいたかった。

 『試合で役に立てないような人が、どうして雷門にいるの?』と言うレアンの台詞が頭を支配し、何度も反芻する。円堂たちがレアンに噛み付く声も聞こえなくなっていた。

 

 ——チームのみんな本当は僕のことをどう思っているんだろう?

 倒れるたびに心配そうに優しい声をかけ、介抱してくれる仲間たち。しかし、それは”本心”ではなく、レアンの指摘するとおり”仕方なく”と言う可能性もある。今までもそう感じることはあったが、その可能性は打ち消してきた。本心は嫌だが、”チームメイト”として、仕方なく助けてやっているのかもしれない。早くサッカー部からいなくなってほしいと思われているかもしれない。

「……僕は、僕は……」

 蓮は頭を抱え、唸るような声を発した。何かを堪えるように唇をぎゅっと噛み、瞳を閉じている。身体が不安げに揺れていた。円堂たちが蓮に駆け寄り、三人で蓮の名前を呼ぶ。四人の様子を眺め、レアンとクララは顔を元の静かなものに戻した。レアンがすうっと短く息を吸い、

 

「ここまで言えば分かるでしょう?」

 静かな声で問う。蓮ははっとした顔でレアンを見て、円堂たちは厳しい目つきで応対した。

「さあ消えなさい、白鳥 蓮!」

 クララが怒りの炎を目に灯したまま叫んだ。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.125 )
日時: 2014/04/03 22:16
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

消えろ、とクララに言われ、蓮の思考は混乱の渦の中にあった。

 雷門の仲間は、倒れたり、体調が優れないと優しい言葉をかけてくれる。あれは”建前”で本音ではないのだろうか。建前であんなに優しい響きを持つわけない。けど、もしかしたら——考えれば考えるほど、頭が熱を帯びてくる。

 北海道のあの言葉も嘘よ、とクララの冷たい幻聴が聞こえ、熱が引いた。追い討ちをかけるように、レアンがだからあなたは愚者なのよと囁く。蓮は、悶えた。わからない、わからない。誰を困らせているのかも、誰が自分を必要としているのかも。

 蓮が頭を抱えている間、円堂たちは蓮に己の思いを真っ正面からぶつけていた。

「白鳥! オレたちは、お前に雷門中サッカー部にいてほしいと思っている!」

 と円堂が、

「奴らの言葉に惑わされるな。イプシロン戦でのお前の活躍をオレは知っているぞ」

 と鬼道が、

「お前は、これから活躍するんだろ! ここでにげだすな!」

 と風丸が。

 三人の言葉を聞いた蓮は、頭から手を離した。三人の思いを確かめるように、円堂、鬼道、風丸の順に顔を向ける。蓮に顔をむけられるたび、三人は力強く頷いた。本当だ、と答えているようだ。

 三人の真意を確かめた蓮は、強い意思を秘めた黒い瞳でレアンとクララを睨む。同時に、仲間を疑った自分を恥じ、拳を握る。しかし、クララとレアンは蔑むような顔で四人を眺めていた。

「僕は雷門を止めない」

 蓮が力強くいい放ち、レアンとクララは面白くなさそうに眉にしわを寄せる。感じる冷”気”が一層強くなる。肌に悪寒が生じる。

 これ以上何か言えば、恐ろしいことを起こす、とレアンとクララは無言でどすをきかせてきた。彼女らが発する冷”気”は、憎しみと怒りを交えた総身を粟立たせるものだ。でも、怖くない。蓮は、後ろに立つ三人に微笑みかける。三人は笑い返してくれた。——そう、仲間がいるから。

 勇気を得た蓮は、強い眼差しをクララとレアンに向け、続けた。

「僕はエイリア学園を倒すため、仲間と共に”ここ”にいる! ここが僕の居場所なんだ!」

 蓮が、今までに見せたことのない気迫で叫んだ。散々悩んだからこそ出てくる。はっきりとした、自信に満ちた叫び声だった。強い叫びは、冷”気”をかきけした。

 蓮の気迫にレアンとクララは圧倒され、目を限界まで見開いて固まっている。円堂たちは、「よく言ったな!」、「それでこそ雷門の一員だ」、「いいぞ、白鳥」と口々に蓮を誉めそやす。蓮は、親指を立ててウィンクしてみせた。それからクララとレアンに向き直り、みながかろうじて聞き取れる程の声量で、こぼした。

「……それに知りたいんだ」

 最後に晴矢と風介のことを、と誰にも聞こえない音量で追加しておいた。

 懐かしい気持ちを起こさせる彼ら。いつも、頭の片隅にもやががったように懐かしさの原因を思い出せない。しかし、旅を続ければわかる気がした。何となくと根拠のないものだが、その予感はある。

「やっぱりあなたは愚者だわ!」

 今まで黙っていたレアンが急に高く笑う。

「せっかく警告してあげたのに、突っぱねるんですもの」

 レアンが蓮を愚弄ぐろうし、蓮は挑発するような笑みを見せる。

「たった二人で何かする気?」

「……あなたに残された選択肢はひとつだけ」

 クララが哀れむように目を細め、細い声で呟いた。蓮は、円堂たちは身構える。ずっと立ち続けていたレアンが初めて動いた。スパイクが床を叩く音が、倉庫に何重にも響く。

「私たちに消されるって選択しか残っていないのよ」

 レアンが憎悪に満ちた声で言った。切れ長の青い瞳は、怒りに満たされ、背中からは怒りが赤く、憎しみが黒となって混ざりあっているように見えた。

「覚悟しなさい。<イグナイト・スティール>」

 レアンはその場で飛び上がると、勢いを保ったままスライディングを仕掛ける。その先にいるのは、——蓮。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.126 )
日時: 2014/04/03 22:18
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: g8YCqQvJ)  

「あっ!」

蓮は、レアンの動きに敏感に反応した。スライディングが足に当たる寸前、飛び上がる。ジャンプで生じた僅な空間をレアンが滑っていった。その後には、炎が生じている。レアンが滑った後には、一本の炎の道。熱くはない上、すぐに消えた。
蓮の足の下を通りすぎると、憎々しい顔で振り向きながら、レアンは壁に激突した。
それでほっとしたが、

「ガゼルさまの痛みよ。<フローズン・スティール>!」

「白鳥! 避けろ!」

風丸の注意を促す叫びに振り返ると、クララがこちらにスライディングをしかけていた。普通のスライディングよりも速く蓮に襲いかかる。あっという間に蓮の前に来た。
先程のレアンと同じ体勢ではあるが、彼女がスライディングで通った道は凍っている。

「……しつこいよ」

風丸の注意で、蓮はまた宙に舞い上がって難を避けた。クララは当たらないと見るや素早く立ち上がり、また体勢を整えて<フローズン・スティール>をしかけてけてくる。また、ジャンプでやり過ごし地に着陸。
その後もクララとレアンの猛攻は続く。
蓮ばかりがターゲットにされ、円堂たちは蓮を守ろうと動くが、レアンに邪魔される。その隙にクララは、蓮に<フローズン・スティール>で攻撃した。蓮は、持ち前の運動神経でかわしつづけるものの、だんだんジャンプするタイミングが遅くなってきた。着地の度に荒い息を吐いている。
なにもできず、歯痒い思いで円堂たちは蓮が疲れていくのを見もることしかできなかった。
しばらくクララを避け続けていると、クララは勢い余って壁に足を激突した。蓮は、肩で息をしながらクララを睨んでいる。しかし——それに夢中で背後から<イグナイト・スティール>で迫るレアンに気づいていなかった。

「白鳥!」

青ざめた顔で風丸が蓮の名を呼んだ時——蓮の身体は、仰向けで宙にふっとんでいた。吹き飛ばされた蓮は、呻き声を出しながら、つらそうに顔を歪めていた。レアンが下でほくそ笑み、素早く立ち上がる。そして、重力の法則で蓮が地面に落下する寸前、

「<フローズン・スティール>!」

楽しそうな声をあげながら、今度はクララが蓮の身体を宙に送る。蓮は、痛さから悲鳴をあげ、きつく閉じられた目から涙をこぼした。円堂たちが助けようと走り込み、レアンの<イグナイト・スティール>にまとめてぶっとばされた。壁際まで跳ばされて後頭部を強打し、崩れるように三人とも前にたおれこんだ。

「……み、みんな」

痛みに耐えながらも、宙にいる蓮は、倒れた円堂たちを心配そうに眺めていた。
その顔を見たかったと言わんばかりにレアンが高笑いをする。

「あはは! いいざまだわ。あなたのせいで仲間はきづついた。でも、バーン様の痛みはこんなものじゃない。もっともっと味わいなさい!」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.127 )
日時: 2014/04/04 20:26
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

レアンが<イグナイト・スティール>で、蓮を空中に浮かせ。そして蓮が落ちると、クララが<フローズン・スティール>でまた宙に送り返す。下に行けばレアンが<イグナイト・スティール>で……蓮は、クララとレアンによって何回も空中へ撥ね飛ばされる。まるで蓮の身体をボールにし、バレーボールでもしているようだ。スライディングで蓮の身体を宙に浮かせ、落ちたらまたスライディングで打ち上げる。

蓮は、抵抗できずにされるがままになっていた。ジャージがあるのでまだよいが、身体に力はなく、動かすことすらできない。
跳ばされるたびに、焼けつくような痛みと刺すような痛みが交互に走り、激痛となって肌を蝕んだ。苦痛を耐える顔には冷や汗かびっしり張り付いている。息のテンポが速くなる。
レアンとクララは、スライディングが当たって痛くなるよう角度を計算しているらしい。やたらと腕を、弱い力で狙ってくる。どうやら長いこといたぶりたいようだ。
そのせいか足は平気だが、腕はもう感覚がなくなっていた。痺れていた。二人のスパイクが当たっても、痛くもない。スパイクの先が、肌をえぐるように当てられるのを感じるだけだ。

初めは痛みに耐えきれず、小さく呻き声や涙を漏らしていた。それでも唇をかんで、声を出さないよう必死に堪えていた。が、あまりにも早すぎる間隔で痛みが襲ってくるので、やがて声がでなくなる。息がつまり、視界が端から霞んできた。倉庫の窓や壁の輪郭が溶けるようにぼやけはじめる。

(……だめ、いしきが)

どさ、と身体が地面に落ちる音を聞いた。半拍ほど遅れて、床のひんやりとした冷たさが脳に伝わってくる。身体を動かしたいが、重りでもつけたように重く、動かなかった。

「……反省した?」

クララの冷ややかな声が降ってきた。蓮は力を振り絞って身体を震わせながら、頭だけを動かし、声の方を見上げる。霞ゆく視界にレアンとクララが、蔑むように見下ろす姿がぼんやりと映った。

「その顔だと、していないみたい。まあ何も知らずに消えた方が幸せね」

クララが静かに語りかけ、レアンも哀れむように口を開く。

「命は助けてあげるわ。”消えろ”って言うのは、エイリアとの戦いから”消えろ”ってことよ。この戦いであなたは、”いてはならない存在”なのよ。お仲間とおんなじで、病院で大人しくしていればいいのよ」

「……いやだ」

蓮は、レアンとクララを弱々しく睨みながら、ゆっくりと言葉を吐き出した。
かろうじて上半身を支えていた腕から力が抜け、蓮は床にうつ伏せになってしまった。

「あら、まだ話せる元気が残っていたの」

レアンが冷たい眼差しを送り、蓮はまた腕に力を込めて上半身を起こした。力ないが、強烈な光を宿した瞳で二人を捉える。速くなる呼吸のせいで、変な区切りかたをして話す。

「みんなと、仲間と、一緒に、戦うって、約束したから」

「バカじゃない」

クララは蓮を嘲笑うと、蓮の腕に軽く蹴りを入れた。蓮は、前につんのめりかかったが、歯を食い縛って、何とか持ちこたえる。

「仲間? あのおべっかをまだ信じていたのね」

レアンは小馬鹿にする口調で言いながら、勢いをつけ、蓮の背中に座った。

レアンの全体重をかけられ、腕で身体を支えられなくなった蓮は、呻いて、両手を前につき出すようにして上半身を伏せてしまった。レアンは椅子に座るように、伏せた蓮の背中の上で足を揺らしている。弱りきった蓮に抵抗する力はなく、少女の重みが身体を圧迫し、息がますます苦しくなるだけだ。

苦しむ蓮の前にクララが立ち、前髪をわしづかみにした。髪を引っ張り、蓮の顔をあげさせる。苦痛の色を顔に出しながらも、瞳は媚びていなかった。むしろ、抗うような意志を宿してクララを見据えていた。クララは、面白くなさそうに鼻をならして、蓮の顔を自分の顔に近づける。

「さっきから弱音の一つも吐かないけど、どうせ来ないとは言え、助けくらい求めたらどうなの? わたしに求めてもいいのよ」

「お前たちに、助けなんか求めない」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.128 )
日時: 2014/04/04 20:29
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

蓮がはっきりと言い切り、クララは驚いたように目を少し見開く。レアンは、変わらず腕を組んで、痛みに耐えながら、顔をあげさせられてもなお、睨み付ける蓮を背中から見下ろしていた。

蓮に助けを懇願する様子はなく、抵抗しようとする意志がはっきりと表れていた。苦痛で顔を歪め、荒い息を吐き出しながらも。残ったわずかな力で歯を剥き出しにし、弱々しくも厳しい視線を二人に向けた。

レアンは、退屈そうに頬づえをつきながら、気絶している円堂たちを一瞥すると、

「つまらない意地ね」

視線は蓮から逸らしながら、レアンは吐き捨てるように言った。馬鹿にする一言に、蓮は震える声で必死に言葉を紡ぐ。

「ぼ、僕には、サッカーが、導いて、くれた、な、か、まが、いる。彼らは、絶対に、ここに、く、る……」

ほとんど聞き取れない、掠れた声が蓮の口から発せられた。レアンが「元気だけはあるのね」と、呆れた声を出した。

話すにつれ語勢ごせいは、徐々に弱まり遂には消える。蓮は、なおも口を動かしているが、言葉にならない。虚しく口だけが動いていた。それを見ていたクララは、蓮の髪を掴みながら冷笑を浮かべた。

「来るわけないじゃない」

「来る!」

それを否定するがごとく——突如、蓮が大声をだしたことにクララとレアンは瞠目する。場を支配するような圧迫感が一瞬、流れた。あまりの気迫に、レアンは転がるように蓮の背中から飛び降りた。クララの手から、蓮の頭が落ちた。蓮は額を軽く床に打ち付けたものの、最後の力を腕に込め、手のひらを床につけた。震える上半身を起こしながら、凍り付く二人を睨む。ライオンが睨むような迫力にクララとレアンは、たじろいだ。

「僕は仲間を信じて待つんだ! だって、これが仲間たちを信じていると証明する……」

蓮は力の限り叫び、最後に「から」と続けようとした。しかし急に息がつまる。それに気づいた瞬間、全身から力が奪われていった。両腕が折れ、身体が床に引き寄せられる。冷たい空気が風となって吹き付けてくる中、視界がどんどん床の灰色に染まる。

倒れる直前、蓮の口がはっきりと動く。”ご”、”め”、”ん”と。特定の誰かに向けられたものではない。ただ、雷門のみんな、そして晴矢と風介に向けられたものであることは間違いない。

もうエイリア学園とは、戦えないみたいだ。そんな絶望が胸を支配する。でも、と蓮はその絶望を心のすみに追いやる。

その時。蓮は顎を床につけ、うつ伏せの姿勢のまま動かなくなっていた。意識はあるが、身体に力は残されていない。ただ、異様な達成感が身体全体を包み込んでいた。仲間を信じ、待つんだと言ってやれたから。そう、それでいい。……でも、ごめんね。この思い、みんなに伝えたかったよ。……ごめん。晴矢のことも風介のこともまだまだ知らない。キミたちは、僕の一体なんなんだ。はるや、ふうすけと言う響きは、いつも懐かしくて暖かい。暖かさの先にあるものは何なのか。それを知りたい——そう考えた瞬間、ここで旅が終わるのは嫌だと、頭の細胞たちが訴えてきた。本当の雷門の一員になるため、南雲と涼野を”探す”ため、ここで旅は終わってはいけないと蓮に告げる。しかし、

「……バーンさまとガゼルさまが手を下せないなら、あたしたちがくだすまでよ」

「あなたがいると、バーン様とガゼル様の居場所がなくなってしまうの」

クララとレアンが、自分を説得するように呟くのを聞いて、やはり見逃してもらえないことを悟る。視界の霞も一層酷くなってきた。目眩が波のように押し寄せてくるし、耳を貫くような耳鳴りもする。身体が悲鳴をあげているのだ。蓮は、消えかかる意識の中、バーンとガゼルのことを考えた。何故、バーンとガゼルは自分が雷門にいると困るのだろう。だが、考える間もなく、

「<フローズン・スティール>」

「<イグナイト・スティール>」

なんの感情もこもっていない声がはっきりと聞き取れた。これで最後だと通告する冷えきった声。蓮は、覚悟を決めて目を瞑った。

熱気と冷気がじわじわと両側から迫ってくるのを感じる。二つの気はぶつかり合い、蓮の辺りでは心地よいそよ風と化していた。その時間だけは、ゆっくりに思われた。レアンとクララの行動が、スローモーションで再生されたように——近づいてきた。イグナイト・スティールが生み出す炎が陽炎のように揺れ、フローズン・スティールが作った氷が光を反射して輝く。その二つは、とても美しく思えた。自分の最期を美しく飾るために光っているように思えた。クララとレアンのスパイクの底が、腕から僅か三十センチ位の場所に来て、蓮が瞳を一層強く瞑り、意識を投げ出そうとした——その時。

「<アトミック・フレア>!」

「<ノーザン・インパクト>!」

倉庫の入口から、立て続けに声がした。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.129 )
日時: 2014/04/04 20:30
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: CMSJHimU)  

聞き覚えのある声がし、蓮ははっとしと目を開けた。頭からわずか数センチ上を、まず高熱を帯びた物体が通りすぎる。お湯が沸騰するのに似た音が耳に届く。肌寒いはずの気温が一気に上昇し、真夏並の暑さとなった。辺りは数秒のうちに、熱気に満たされる。蓮の肌にうっすらと汗が浮かび、熱気が空気を陽炎のように揺らす。蓮は、頭だけを動かして、真夏を作り上げるものを目で追った。それは、赤い隕石を連想させる、巨大な火の玉。正しくは火の玉のように膨らむ、炎を纏うサッカーボールだった。激しく炎を燃やしながら、レアンに近づいていく。豪炎寺の<ファイア・トルネード>を凌ぐ炎だ。炎が燃える勢いも、炎の大きさもこちらの方が勝っていた。

蓮が南雲のボールに見とれていると、今度は気温が一気に下がった。最初の気温を通り越し、真冬の寒さとなった。あまりの寒さに、蓮は頭を下げ、身を震わせた。頭の上を、風を伴いながら、物体がよぎったのだ。氷のような、冷気を放つ物体。何かと顔を上げると、凍り付いたペットボトル。透き通った氷の中に、スポーツ飲料のラベルが見える。凍り付いたペットボトルは、虹色の輝きを溢しながら、クララとの距離をどんどん縮めていた。

レアンもクララも、技を放つ体勢だったが、身軽にも身体を横に捻った。勢いがついていたせいで、壁際まで身体を回転させながら進んだ。<アトミック・フレア>と<ノーザン・インパクト>は彼女たちには当たらず、床に落ちる。火の玉も氷も消え、ただのサッカーボールとペットボトルに戻った。乾いた音をたてて、床に転がった。

レアンとクララは、壁に身体がぶつかると、素早く立ち上がり、振り返った。驚いた面持ちで、蓮を守るように立ち塞がる南雲と涼野を見る。南雲と涼野の顔には、強い怒りが露になっていた。敵意を目に灯し、威嚇するように白い歯を剥き出しにしている。蓮は、晴矢と風介が助けに来てくれた……と、二人の逞しい背中をぼんやり眺めていたが、とうとう意識を失った。崩れるように額を床につけ、それきり動かなくなる。

「蓮!」

涼野が心配そうに蓮の名を呼び、蓮に駆け寄った。南雲は、目を眇め、クララとレアンに食って掛かる。

「テメーら! 蓮に何したのか分かってんのか!」

南雲の怒声が、広い倉庫の中に反響した。南雲に同意するように、しゃがんで蓮の容態を窺っていた涼野も二人を睨む。南雲と涼野の迫力にクララとレアンは、びくっと華奢な身体を震わせた。しかし、レアンは懇願する光を目に宿し、

「バーンさま、ガゼルさま。何故そんな、塵芥川ちりあくたのような存在を守ろうとするのですか?」

青い瞳を潤ませながら、静かに南雲に尋ねた。南雲は無言でレアンを見つめながら答えない。レアンは、南雲の後ろにいる蓮を憎々し気に見やる。

「幼馴染み、だからですか?」

冷ややかにクララが聞いて、涼野は立ち上がって頷く。クララは、はっきりとわかるくらい動揺した。

「どうして、記憶のない幼馴染みを大切に思うんですか!」

クララの悲痛な叫びが、事実そのものが、涼野と南雲に突き付けられた。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.130 )
日時: 2014/04/04 20:32
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lwQfLpDF)  

事実を突き付けられた南雲と涼野は、答えに窮し、顔に皺を寄せた。

蓮は、自分たちと過ごした日々をきれいに忘れている。だが、南雲と涼野の記憶に蓮はいる。変わっていない愛嬌のある笑み。幼少期に見せていたサッカーの片鱗。——戻れない楽しい日々だ。あの頃には戻れないが、新しく”友達”の関係は築けるとそう二人は信じていた。

「……記憶がなくとも」

涼野が口を開き、クララは絶望した顔つきで涼野を見る。口が少し開けられ、瞳が潤む。顔から血の気が失せていく。どうして、どうして、と狂ったように呟いていた。涼野は顔色一つ変えず、倒れた蓮を一瞥し、

「蓮は、私と晴矢の幼馴染みだ。そのことに変わりはない」

はっきりと言った。クララは、静かに首を振る。光の雫が弾けるように光った。

「ガゼルさま。もう昔には戻れません。彼を裏切って雷門を倒してください。……今、雷門を倒さないと、あたしたちの居場所はなくなります」

クララが先程とはちがい、はっきりと感情を露にした。必死、必死、必死。それしかなかった。彼女の訴えは実に切実なものだった。南雲と涼野は口を閉ざした。居場所は、エイリア学園しかない。分かりきっていることだった。このまま蓮を理由に雷門と戦わなければどうなるかも。分かりきっていることだった。

南雲と涼野が反論しないところに、クララが畳み掛けて言葉を投げ掛ける。

「父さんは『ジェネシス』だけしかいらないと言っています。わたしたちはいつ、エイリア学園からお払い箱になるかわからないんですよ!?」

南雲と涼野は悔しげに顔を歪めて、お互いを見、次に気絶した円堂たちを。最後に蓮の背中を見つめた。倒れたままの蓮の背中をじっと見つめていた。

レアンは苛立ちを隠すように腕を組んで、爪先で地面を叩いている。スパイクが床を叩く音が反響し、多くの人間が一斉に床を叩いているような錯覚を起こさせる。やがて爪先で床を叩くのを止めた。腕組みをとき、何も言わない背中に向かって、確認するように問いかける。

「バーンさま。わたしたちの居場所はエイリア学園だけ。このままその幼馴染みに拘っていると、プロミンスもダイヤモンドダストも居場所がなくなるんですよ?」

南雲と涼野は振り向かなかった。それどころか、倒れた蓮に近づくと、彼の近くにしゃがみこんでしまった。クララは悲しそうに目を伏せ、レアンは顔を真っ赤にした。

「……どうして何も言わないんですか」

静かで抑揚がない——だが、はっきりと怒りに震えた声でレアンは言った。

南雲も涼野も答えない。レアンとクララに背を向けたまま、一言も発しない。

しばらくの間、レアンは二人が何か言うのを待っていた。しかし、やがて限界に来たらしい。突然、

「バーンさまとガゼルさまの分からず屋!」

と、子供のように泣き叫んだ。その時だけ、南雲と涼野は悲しみと怒りが混ざった顔で振り向く。

同時にレアンを飲み込むように、彼女の背丈程の火柱がさっと立つ。人間の身体など簡単に焼いてしまいそうな勢いの炎だ。クララも慌てて、火柱の中に飛び込んでいった。わずか数秒もしないうちに火柱は、消える。消えた後には、何も残っていなかった。クララもレアンも、彼女たちが存在していた痕跡すら。火柱が持ち去ってしまったようだ。何もない、倉庫の床が広がる。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.131 )
日時: 2014/04/04 20:36
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lwQfLpDF)  

「風介、何でオレたち蓮に拘っているんだろうな」

南雲はクララとレアンが立っていた床を睨みながら、独り言同然に呟いた。前を向いて倒れた蓮の脇の下に手を突っ込み、蓮の身体を転がして仰向けにする。顔は苦痛に耐えるような表情だった。続けて、南雲は、蓮のジャージのチャックを下げて、右腕から、ジャージを脱がせにかかる。腕を触られると痛みが走るのか、蓮は小さくうめき声をあげた。見かねた涼野が変われ、と目で合図したが、南雲は続ける。蓮の腕で辛うじて肌色になっている部分をそっと掴み、やがて——唇を噛んだ。

蓮の右腕は、青い痣と赤い痣で覆われ、痛々しい。クララとレアンは、蓮が痛みをできるだけ感じるよう当てる部位を少しずつだがずらしていたのだ。

南雲と涼野が不安そうに蓮の顔を眺めていると、蓮の身体が少し動いた。

「……は、る、や? ふ、う、す、け?」

蓮はうっすらと目を開け、聞き取れるのがやっとの声で二人の名を呼んだ。

視界は霞がかかったようにぼんやりとし、ピントが合わない。ぶれてばかりだ。服の色で何とかわかるが、輪郭をなさない映像では、彼らがどんな表情かも、何を話しているかさえもわからない。身体にも力が入らず、口を動かして、二人の名前を呼ぶのが、やっとだった。助けられて、熱い思いが喉まで、熱い水が目までせり上がっているのに。表現できる程の元気が欲しいと、蓮は、ぼうっと思った。

一方、南雲と涼野は、膝を地面に付け、蓮を心配そうに覗きこんでいる。南雲は、蓮の手を床に下ろすと、

「……くそ、レアンもクララも蓮にこんなことしやがって」

憎々し気に呟き、舌打ちをした。蓮には、南雲の声が聞こえていない。わずかに見開かれた黒い瞳で、弱々しく南雲と涼野を見つめかえすだけ。

「……昔に戻れないことなど、分かっているが。少しでも、あの頃に戻りたいな。晴矢を”バーン”と呼ぶこともなく、蓮がいた昔に。三人で楽しくサッカーをやれていた頃に、な」

涼野が過去を回想するように天井へと視線を投げ掛けた。顔がだんだん綻んでいく。だが、どこか寂しげでもあった。蓮が忘れていようとも、南雲と涼野にとっては、暖かくも悲しい思い出だった。

「お前らしくねえこと言うな」

南雲は、涼野を元気づけようとしたのか、口元を歪め、涼野を茶化した。すると、涼野は短く鼻を鳴らし、からかうような瞳で南雲を見やる。

「キミこそ、『ジェネシス』の座は諦めたのか?」

南雲は首を横に振る。

「諦めてはいねーよ。オレも父さんに認められたい。けど、雷門と戦うのはごめんだ」

「……しかし、そのままだと私たちはエイリア学園から追放される」

涼野が苦し気に言葉を吐き出す。顔には、わずかに恐怖の色が浮かび、冷や汗が頬を伝って、手の甲に滴り落ちた。南雲も追い詰められたような面持ちになり、床を睨んだ。自然に作られた拳が、独りでに震える。やるせない気持ちが、二人を支配していた。

「最悪なことに、雷門にプロミンスの存在も、ダイヤモンドダストの存在ももうばれているしな」

「……私たちの正体がばれるのも、時間の問題か」

苦々しく涼野が言って、南雲と涼野は思わず顔を見合せた。気絶する円堂たちを一瞥。続いて、視線を落とした。そこには、また意識を失ったのか目を閉じたままの蓮。顔つきは、先程より、少しだけ穏やかになったものの、まだ苦しそうだ。顔には、汗が張り付き、早い呼吸を繰り返している。

南雲と涼野は、静かに頷きあった。立ち上がって蓮に近づくと、涼野は、蓮にジャージを着せ直す。右腕に袖を慎重に通し、再度チャックをあげる。そして、涼野は蓮の脇の下に手をいれ、南雲は方膝を地面について、背中を丸めた。蓮の身体を涼野は、背中を丸めた南雲の元までゆっくり引っ張ってくると、南雲の背に覆い被さるように乗せた。蓮の両腕が南雲の背中から、だらんと垂れる。南雲は、蓮の膝裏をしっかり持つと、立ち上がった。蓮は、南雲にしっかりおぶわれていた。

「…………」

南雲は無言で、ゆっくり倉庫の出入口に向かって歩く。横を涼野が、平行して歩いた。最後には外にでた。倉庫の中には、気絶した円堂たちだけが、取り残されてしまった。

〜つづく〜
コピー終了。
次回からは更新が遅くなります。
本当ですと、病院で会話するシーンですが個人的な理由で変えます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.132 )
日時: 2014/04/12 13:22
名前: ふぁいん (ID: V2/o1KYD)

お久し振りです!試練の戦いが復活なんて…嬉しすぎます。頑張って下さい!!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.133 )
日時: 2014/04/13 20:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 66F22OvM)  

「どういうことですか、父さん!?」
「これは最後の警告です。できないのなら、今すぐにエイリア学園から立ち去りなさい。バーン、ガゼル」「……何故」
「エイリア学園の王者たるチームはザ・ジェネシスだけで十分。あなたたちの役目は、雷門中を倒し、エイリア学園の、引いてはザ・ジェネシスの力を世に知らしめることなのです」
「…………」
「…………」
「それができないと言うなら、あなたたちはこのエイリア学園には不要なのですよ」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.134 )
日時: 2014/04/14 23:12
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: lTRb9CJl)  

目覚めた蓮が初めに見た光景は、白い天井だった。薬品でも使っているのか、消毒薬のような臭いが鼻をつく。少なくとも、あの倉庫ではないらしい。
ゆっくりとベッドから起き上がると、腕に小さな痛みが走り、蓮は小さく呻く。腕を見れば、白い包帯が巻かれ、ギブスで固定されていた。
首を捻って横を見ると、緑のカーテンが引かれ、周りの光景は見えなかった。
辺りの状況から、蓮は自分が病院にいるらしいことを察する。

「ここ、病院か……」

呟いて自分の服を見れば、雷門中のジャージから、黒いパジャマへと変わっていた。足にも包帯が巻かれ、足は何かの道具で固定され、上げられている。
何で病院にいるんだろう、と頭を捻っていると、カーテンが引かれ、瞳子が姿を現した。

「監督……」

突然現れた瞳子を見た蓮は、驚きで目を丸くする。
一方の瞳子はいつもと違い穏やかな顔つきで、口角を上げていた。
ベッドの脇にあった椅子を近くに寄せると、瞳子はそれに腰を下ろす。
そして包帯を巻かれた蓮の腕を見て、表情を曇らせた。

「調子はどうかしら?」
「まだ手足が痛みます」

病院で手当てを受けたためか酷くは痛まないが、少し動かせば痛みが襲ってくることがある。

「……ひどくやられたのね。お医者様の話だと、完治するまでに、数週間はかかるそうよ」

完治するまでに数週間、と言う現実。
蓮は頭をトンカチで殴られたような衝撃を覚えた。
雷門中サッカー部は、かなりの速さで行動している。完治までに数週間もかかるようでは、恐らくマックスたちと同じく病院に置いていかれるだろう。
仕方がない、と分かってはいる。自分が完治するまで待っていたら、多くの学校が被害を受けてしまう。
エイリア学園と戦うためには、怪我人を置いていくしかない。いたら、邪魔になる。
分かってはいる。が、一人取り残されることに蓮は強い恐怖を覚えた。

〜つづく〜
相変わらず下手。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.135 )
日時: 2014/04/27 09:34
名前: 雪菜 (ID: KqRHiSU0)

こんにちは、お久しぶりです。
最近学校が忙しくてなかなか見に来れませんでした。
でも、たくさん更新されていたので嬉しいです。
これからも応援してます。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.136 )
日時: 2014/05/05 00:42
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: .WGhLPV.)

こんばんは、突撃させてください!

この回は南雲と涼野の気持ちもわかるけど、レアンちゃんとクララちゃんの心の叫びに涙腺があああ、と昔叫んでいたような気がします。
南雲と涼野は大切なものをどちらも守りたくて、でもどれも捨てられなくて。女子二人はただ自分の居場所を守ろうと必死になっているだけで。蓮くんもボロボロだけど、皆の心もボロボロですよね……。

そして蓮くんに離脱フラグ……?
全体を優先するためなら、もうちょい先の点取り屋さんのような決断も必要なのかもしれませんが。だからってはいわかりました、では割り切れませんよね。いかに超次元サッカーと言えども、中学生ですから。神の手も炎もペンギンも出せるけど、彼ら中学生ですから。繊細なんです。
瞳子監督がどんな判断を下すのか、どきどきです……。

では、のんびり待たせて頂きます(^^*)
更新頑張ってください!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.137 )
日時: 2014/05/08 19:31
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: NPMu05CX)  

そして不安は現実のものとなった。
しばらく無言で俯いていた瞳子は顔を上げ蓮を見据えると、淡々と告げる。

「白鳥くん。監督して命令します。イナズマキャラバンから降りなさい」

殴られたような衝撃を覚えながらも、蓮は間髪入れずに身を乗り出して反論した。勢いよく起き上がったせいでつられた足が少し痛んだ。

「監督。僕、雷門を辞めたくありません!こんな大怪我して役立たずだって言いたいのは分かってます。……けど、まだ戦いたいんです!」

必死な声音で訴える蓮を、瞳子は考えを読み取れない無表情で見つめながら、

「あなた、またクララとレアンに襲われたらどうするつもりなの?」
「え……」

蓮は咄嗟に答えられなかった。

「次にクララとレアンに襲われたら、今度こそサッカーができなくなるかもしれないのよ」
「…………」
「これ以上エイリア学園と戦うのは危険と私は判断するわ。だからこそ……」

〜つづく〜
にっすうあけた上に短文ですみません。受験生なためあまり書けず…
コメント返しは夜に。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.138 )
日時: 2014/05/08 22:27
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 4dKRj7K1)  

>>雪菜さん
お久しぶりです!
やっぱり新学期は忙しくなりますよね^^;私も模試やら何やらでなかなかSSに手をつけられてませんorz
春休み中は現実逃避、コピーで大量に更新してました←(え受験が終わる今年冬ごろまで更新ががくっと落ちる予定です…
コメントありがとうございました!

>>桃李さん
突撃ありがとうございましたあぁっ!
この回は書いていて何とも言えない気持ちになります。
余談ですが、当時、五章辺りからバンガゼ蓮の関係が変化していくのを考えていました。父さんの言葉通り、バンガゼ追い詰められてます。
バンガゼもクラレアもそれぞれに守りたいもの、やりたいことがあるけど理解しあえずすれ違ってしまい、みんなボロボロと言う悲しい事態ですよね…自身の居場所、友情。どちらも天秤にかけるには難しすぎる問題。
バンガゼ・蓮が悩み、どのような結論を出すか。
瞳子監督は離脱するよう提案しました。
ですが桃李さんの仰る通り、はい止めますで終わらない問題です。
蓮自身全てを取り戻したがっているし、何より円堂たちはどう思うか。

亀更新になりますが、書いていきたいと思います。
コメントありがとうございました!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.139 )
日時: 2014/07/03 23:37
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: gmbFTpMK)

「だからこそ、戦いから離れなさい。……一ヶ月後に真・帝国学園との試合があるけれど、あなたには危険すぎる」

その言葉を押し退けるように、蓮は毛布をきつく握りながら、口を開く。
「嫌です」
「え?」

いつもの蓮からは想像が付かない、強いはっきりとした口調。それに驚いた瞳子は目を丸くする。
「僕は、まだみんなと一緒にサッカーをしたいんです!」

蓮に正直な思いをぶつけられた瞳子は、我に返った。今度は、冷静な口調で反論する。

「白鳥くん、あなた人の話を聞いていなかったのかしら? これ以上エイリア学園に関れば、あなたサッカーができなくなるかもしれないのよ?」
「それでも構いません」
確固たる決意があるのだろう。いつもなら唯々諾々となるはずの蓮は、今日に限って自分の意見を曲げようとしない。
叱るような目付きで睨む瞳子に負けじと睨み返している。

「何故?」
「どうしても知りたい、いや取り戻したいんです。僕自身の過去を」
「どういうことかしら?」

自身の決意を図るような目付きで見つめる瞳子を前にした蓮は、軽く深呼吸をする。
この戦いから、離脱すると決まった訳ではない。少し療養して、完治したら合流すればいい。医者は全治数週間と言っていたらしいから、一ヶ月後の試合にはギリギリ間に合うはず。
瞳子を説得しようと、蓮は自分の気持ちを正直に打ち明ける。

「……実は。僕、養父母に引き取られる前の記憶が、施設に居た頃の記憶が全くないんです」
「あなたのご両親は、施設のことを知らないのかしら?」

蓮は首を横に振る。

「ある日、自宅の前で僕が倒れていたのを拾っただけですから。何も知りません」

今の養父母と蓮の出会いは、意外なことに蓮が養父母の家の前で行き倒れていたのが始まりだった。養父母に聞いた限りでは、この時の自分は、服は汚れ、痩せこけた状態で危険だったと聞いている。施設から追い出されたのか、逃げ出したのかは定かではないが、相当長い間、一人でさ迷っていたらしい。

「そう……」
「一応、施設の人が書いた手紙を持っていたみたいですけど、手紙にあった施設の名前は架空の名前だったみたいで」

幼い蓮は、施設の人間が書いたと思われる手紙を持っていた。内容はパソコンで打たれた字で、「この手紙を見た方、この子をよろしくお願いします、尾火佐間園」と素っ気なく書かれていたらしい。まるで猫か何かのような扱いだと養父母が酷く憤慨しながら会話していたのを、蓮は今でもよく覚えている。
その後養父母は、一応警察にこのことを届けたらしいが、蓮がどの施設から来たのか全く分からなかった。どうやら施設名が架空のものだったらしく、日本中どこを探しても見付からなかったとのことだ。

「よく引き取ってもらえたわね」
「僕を世話するうちに情が移ったらしいです。本当に今の両親には、感謝していますよ」

養父母は自分を解放するうちに情が移り、養子にしようと決意したようなことを話してくれたことがある。身元不明の怪しい子供を引き取ろうと思ってくれた両親には、いくら感謝しても足りない。
だが、今は感謝の気持ちに浸っている場合ではない、と蓮は話を戻す。

「当時の僕に分かることは、蓮と言う名前と、生みの両親が僕を置き去りにしたまま帰ってこないことと。——そして、サッカーだけでした」

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.140 )
日時: 2014/07/09 21:24
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

連君の強い覚悟が素敵です。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.141 )
日時: 2014/07/09 21:29
名前: IR (ID: vzo8adFf)

はじめまして!!IRと申すものでさぁ以後よろしくな!
見てみたんですけど、めっちゃ面白いですよ
それでひとつ質問なんすけど、ここってオリキャラ募集とかするんですか?

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.142 )
日時: 2014/07/10 22:09
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: 66F22OvM)  

>>ふぁいんさん
お久しぶりですっ。蓮はサッカーを止めたくなく必死です。
リアル多忙なため更新が遅くてすみません。

>>IRさん
お初です。お褒め頂きありがとうございます。
残念ですが、オリキャラ募集はしておりません。する予定も今のところありませんね。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.143 )
日時: 2014/07/13 14:55
名前: あい (ID: 9kyB.qC3)

うまい。町の様子がよくわかる。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.144 )
日時: 2014/07/13 22:23
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: wW0E9trr)  

「サッカー?」
「誰が教えた訳でもないのに、サッカーだけは出来たんですよ。多分、どこかでやっていたんだと思います」

自分が日常生活に必要な知識以外で唯一覚えていたのは、サッカーだけ。養父母に言わせると、ある日ボールを見た瞬間に勝手にやりはじめ、綺麗なリフティングを決めたそうだ。記憶を無くしても、身体が覚えていたらしい。

「そう……」

瞳子は目線を下げる。それを見た蓮は、穏やかな表情を浮かべた。

「監督、僕、サッカーやってると不思議と心が落ち着くんですよ。どんなに落ち込んだ時でも、ボールを蹴っていれば元気になれるんです。すごく大好き。だから、サッカーから離れたくありません。それに……」
「それに?」
「僕、エイリア学園との戦いを通じて少しずつですが昔のことを思い出しているんです」
「…………」

瞳子は難しい顔で蓮を見つめる。

「このままいけば、全てが分かるような、そんな気がします。だから、この戦いを続けたい。自分が何者なのか、知りたいんです」

蓮は強い意思を宿した瞳で瞳子を居抜き、まだ旅を続けさせて欲しいと頭を下げる。

「……パンドラの箱」

ぼそ、と呟いた瞳子の言葉。蓮は意図が分からず瞬きした。

「え?」
「あなた、記憶を無くした理由を考えたことがある?」
「それはきっと事故で……」
「そうかもしれないわね。けれど、その記憶は本当に取り戻すべきなのかしら? 失ったことに何か理由があるとしたら?」
畳み掛けるように質問をする瞳子に、蓮は何も言えない。反論しようと口は動くが、言葉にならないのだ。
何故か頭の中でかつて、アツヤに言われた言葉が再生される。

(その瞳の奥に幾重の黒を……これは、僕自身が記憶を押さえ付けている比喩だったのかな?)
「自身で記憶に蓋をしたのなら、それは忘れたい程辛い記憶なはず。あなたにとって都合の悪い記憶。——開けてはならない禁断の記憶。きっと、パンドラの箱だと。私はそう思うわ」

瞳子の意見も一理ある。世の中には知らない方がいいこともある、と言う言葉があるくらいなのだから。幼かった自分にとって強いショックだったであろう記憶かもしれない。しかし、

「それでも知りたいんです」

自分は愚かだ、と蓮は自虐的な笑みを作る。パンドラが好奇心から箱を開けたように、自身も好奇心から自身で閉ざした箱を開けようとしている。一度知りたい、と言う欲求は止まらない。

「…………」

瞳子は、感情を感じさせない瞳を静かに蓮へ向ける。

「はっきりさせないといけないんです。僕は何者なのか」
「思い出して自身が不幸になってもよいと?」
「監督、パンドラの箱は最後に希望が残るんですよ。不幸になるかなんて分かりません」

蓮が負けじと見つめると、瞳子も見返す。二人は微動だにせず、見つめあった。それが長い間続き、ため息が漏れる。とうとう観念したのだろう。瞳子は、疲れきった表情で呆れたようなため息をついた。

「その瞳だと、私が何を言おうとイナズマキャラバンから降りるつもりはなさそうね」
「はい」

何度聞かれても答えは変わらない。瞳子がはい、と言うまで食い付くだけ。

「……いいわ。あなたがそこまで言うなら、この話は撤回しましょう」

喜びのあまり、つい腕を振り上げようとした蓮。鈍い痛みが両腕に走り、思わず呻いた。
瞳子はそれを冷ややかに眺めながら、ただしと付け加える。

「怪我が長引くようなら、入院してもらうわよ。あなたの身体の方が大事だから」
「それは勿論です」

早く治るよう、リハビリも頑張らなければ。蓮は固い決意をし、ぼんやりと外を眺めた。
そしてふっと思い出す。
(そういえば、あの時、晴矢と風介がいた気が。……気のせいか)

意識が朦朧としていたため幻覚を見たのかな、と蓮は苦笑いを浮かべた。
〜つづく〜
もうじき真帝国。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.145 )
日時: 2014/07/13 22:24
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: BpgOJEIu)  

>>あいさん
コメントありがとうございます!
お褒め頂きありがとうございます。自信になります。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.146 )
日時: 2014/07/17 21:04
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

蓮君、、雷門に戻れてよかった!!!

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.147 )
日時: 2014/07/27 19:58
名前: アリス (ID: 3iqcZzcT)

イナイレなつい

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.148 )
日時: 2014/08/25 22:05
名前: アリス (ID: wUEUf8c.)

あげ。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.149 )
日時: 2014/08/28 20:58
名前: しずく ◆XbQ00ouYKM (ID: CMSJHimU)  

皆様、お久しぶりです。 ここ最近リアルが多忙で小説を進めることが出来ませんでした><
来月くらいまでバタバタしているので、小説の更新はもう少しだけお待ち下さると嬉しいです。
以上、しずくでした。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.150 )
日時: 2014/09/11 20:20
名前: ふぁいん (ID: wW0E9trr)

更新を心待ちにしています

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.151 )
日時: 2014/09/18 22:39
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: AUaokgCu)  

真・帝国学園との戦いに参加するため、蓮は入院先の病院で懸命にリハビリに励んでいた。二週間かけて、手足は少しずつだが動くようになって行き、今は病院の廊下にある手すりに捕まったり、誰かに支えてもらえさえすれば自分で歩けるようになるまで回復していた。これは早く雷門に戻りたい、と言う蓮自身の意思もあるが毎日のように来る、雷門中のメンバーが励ましてくれるからだと蓮は思う。瞳子が来たあの日、彼女が帰ってしばらくすると雷門のサッカー部のメンバーが、なんと全員お見舞いに来た。あの場に居たのに何も出来なくてごめんな、と円堂や風丸に謝られた。怪我の心配をする声を幾つも聞いた。真・帝国と戦うには、お前が必要だと励まされた。サッカー部のメンバーの表情はどれも真剣で。その言葉に偽りはない。改めて蓮は自分の居場所は、雷門中であることを感じた。
居場所があるなら、離れたくない。みんなと一緒にまたサッカーやりたい。その思いからか、身体の回復は医者が驚く程のものだった。もう少しすれば、完全に歩き、サッカーをやっても大丈夫だろうと言わせる程に。この調子なら、真・帝国との戦いにも出場できそうだ。
そんなことを考えていると、脇を移動用のベッドが通り過ぎた。医者と看護師の間から見た限り、ベッドの上にいたのはまた子供。ここ数週間、愛媛で行方不明となっていたサッカー上手な子供たちが、この病院に運び込まれて来るのを蓮は何度も見ていた。皆、意識不明の重体。目を覚まさないか、或いは覚ましてもぼんやりとした状態で生きているとは思えない。 瞳子の話だと、これは真・帝国学園のせいらしい。サッカーが上手い子を連れ去り、何かをし、ゴミを捨てるように放り出す。

「……真・帝国学園を倒さないと」

そう決意した蓮は、リハビリに励むべく部屋に向かうのだった。

〜つづく〜

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.152 )
日時: 2014/09/20 09:30
名前: ふぁいん (ID: 9kyB.qC3)

楽しみです

Re: イナズマイレブン〜試練の戦 ( No.153 )
日時: 2014/11/18 18:13
名前: しずく (ID: V2/o1KYD)

生存あげ。
近々更新予定です

国?院:支持本地融?途径在建?目Qw-jiaohao1545394 ( No.154 )
日時: 2015/05/20 13:45
名前: 国?院:支持本地融?途径在建?目Qw-jiaohao1545394 (ID: 0WRXSyTI)
参照: http://jiaohao1545394.lofter.com/post/1cba559d_704af10

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Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.155 )
日時: 2015/07/09 00:20
名前: しずく (ID: 3mln2Ui1)

お久しぶりです。
そろそろ更新できると思うのであげ。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.156 )
日時: 2015/07/18 01:51
名前: しずく ◆UaO7kZlnMA (ID: pRqGJiiJ)

ここでお知らせがあります。
あれこれプロットを練りましたが、蓮は本編で言う福岡編から参加させることにするのでここに記しておきます。次回は簡略な説明を書いて、本格的に更新を再開しようと思うのでよろしくお願い致します。

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.157 )
日時: 2015/10/20 18:51
名前: しずく ◆GU/3ByX.m. (ID: 7pZrKn1X)
参照: 更新不定期、、

 その日、蓮は福岡に向かうため新幹線に乗り込んでいた。遠ざかる風景に目をやりながら、蓮は今までのことを思い返していた。
 結局、蓮の怪我は回復までに二月を要した。その間に雷門は確かに強くなったなのも確かだが、同時にたくさんのものを失ったこともまた事実。
 まず初めに、真・帝国学園との戦いが終わった。鬼道のかつての仲間を洗脳し、敵に回すと言う卑劣な手段を用いた影山。激闘の末、雷門が勝利した。が、影山は行方不明。鬼道のかつての仲間は、身体に途方もない負荷がかかると言う禁断の技によって身体が蝕まれ、病院に搬送された。そして雷門でも、染岡が足を痛め鬼道の仲間と同じ病院に搬送されたと聞く。
 敵も、味方も。どちらも傷付いただけの最悪の結果となってしまった。しかも真・帝国学園は、エイリア学園の手下に近いような存在でなかったのが余計に。それだけの犠牲を払い、雷門は何も得られなかったのだ。当事者である円堂たちはどう思っているのか、と蓮はぼんやり思いを馳せる。
 だが、希望がないわけではない。
 雷門は次に大阪へ向かいここで秘密の練習場で強化を果たしイプシロンを見事に下したと言う。ようやく希望の光が僅かに見えてきたのだ。今、雷門は福岡に向かっている。何でも円堂の祖父が残したノートがあるらしく、そこにはエイリア学園と戦うためのヒントがあるのではないかとのこと。それに蓮もまたようやく怪我が完治し、愛媛の病院から退院が許された。
 クララたちのことも考え、雷門を離れることも考えたが仲間たちの激励でそれは改めた。そして雷門と合流すべく、蓮はこうして単身福岡に向かっている。

(福岡か)

 新幹線は、すでに広島を通り過ぎた。後何時間もすれば、福岡に到着するだろう。雷門のメンバーとは、駅で待ち合わせしている。

(東北にある、会津で有名な県だったよね。新島八重とか……雪多いだろうし、寒そう……)

 馬鹿にされないよう福岡県の知識を思い出す蓮だが、似た地名の福島県と間違っていた。雷門メンバーに爆笑されるのは、もう少し後の話だ。

(僕はもう負けない)

 脳裏に雷門メンバーを思い浮かべながら、蓮は決意する。
 レアンたちに色々言われたが、屈したりしない。自分はもう雷門の一員だ。最後まで諦めずに戦う、と。

(必ず倒すんだ)

Re: イナズマイレブン〜試練の戦い〜 ( No.158 )
日時: 2016/04/18 11:17
名前: アメジス (ID: kKmRLwWa)

上げます