二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 幕間劇・美鶴と風花の密談 ( No.523 )
- 日時: 2015/01/19 22:48
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
某日、風花は一人、ある場所にいた。
「…お呼びですか? 桐条先輩。」
「ああ、山岸、来たか。」
目の前にいるのは、自分の一個上の先輩、桐条美鶴。対シャドウの専門部署、シャドウワーカーのリーダー。
その執務室に、風花は招かれていた。
「あの、また何かシャドウ関連事案があるのですか?」
「ある…というより、あった、といった方が正しいか。」
美鶴はそう言って、目の前にあったパソコンを風花に向けた。そこにあったのは、地図のようだ。
「実は、一年前の五月に、この付近一帯で大きなシャドウ反応を観測した。だが、それはすぐに消えてしまってな…。現場に急行したが、もう既に反応は消えうせていた。」
「ここって…!(聖域、だよね…!?)」
風花は、見覚えのある場所に唖然とした。そう、地図で示されたそこは…昴の済む聖域付近だったのだ。
「アイギスから聞いた。昴さん達の居住区だそうだな。」
「はい。私も、何度かお邪魔させていただきました。でも、昴さんからそれと言った話はお聞きしませんでしたが…。」
「きっと、心配をかけさせたくないが故に話をしなかったのかもしれないな。」
「昴さんの事ですから、きっとそうかもしれません。」
美鶴と二言三言会話をすると、風花は本題を切り出した。
「桐条先輩、それで、私を呼んだ理由というのは…。」
「ああ、すまない。話が脱線したな。…昴さん達からこの件について聞いてきてもらいたいんだ。私が行ってもいいのだが、生憎多忙でな…。それに、山岸は最近、頻繁にあの場所に通っていると聞いた。きっと、君になら話してくれる。そんな気がしてな。」
「…わかりました。明日は大学の講義もないですし、昴さん達に探りを入れてみますね。」
「頼んだ。」
風花は美鶴との話を終えると、そっと部屋を後にした。
そして移動し、トイレの個室に入るなり、風花は創世手帳を取り出す。創造者にその当時の事を聞いてみようと考えたのだ。
「…。」
—わかってる。去年の五月に何があったか聞きたいんでしょ。
(お話、聞かせていただいてもよろしいでしょうか?)
—当時の事は、昴達を呼んでみんなで振り返ろうと思ったけど…簡潔に言うとね、マヨナカテレビがまたこの場所で映ったのよ。
マヨナカテレビ、と見た瞬間、風花は驚いた。
(マヨナカテレビって、花村君達が解決した…!?)
—まだ、事件は終わっていなかったの。この世界の時間が繰り返すようになる前に、りせちゃん達だけが一度時間の繰り返しを体感したの。そして、再びマヨナカテレビ騒動が八十稲羽で起こった。幸いにも、みんなは気億を保持した状態で時間の繰り返しをしたから、シャドウはすんなりとペルソナに昇華してくれたみたいだけど…二度目の事件を起こした犯人は分からずじまいだったみたい。
(じゃあ…!)
—うん。その二度目の事件を起こした犯人が、再び聖域付近でマヨナカテレビ騒動を引き起こした可能性が高いって思ってる。そして、その件の五月…氷海ちゃんがマヨナカテレビに映って、中に入れられた。
風花は、創造者の言葉に驚くばかりだった。自分達の知らない場所で、こんな事件が起こっていたとは思わなかった。
—恐らく、美鶴さんが見たシャドウ反応は、氷海ちゃんのシャドウだろうね。けど、幸いにも一日で解決できたから、すぐに消失したんだと思う。
(…詳しい話は、明日にお願いしますね。)
—うん、わかった。
創世手帳をパタンと閉じると、風花はトイレから出た。
■
翌日、神殿、昴の執務室…。
「…ごめんなさい、みんな。急に集まってもらって。」
そこには、昴を初め、りせ、理乃、由梨、鏡と、創世手帳の所持者や、葉月、紅と、手帳を持たずとも世界の真実を知る者達が集まっていた。
「いいんだよ。で、五月に起こったマヨナカテレビ事件の事だっけな。」
昴が創世ノートを開くと、すぐに文字が踊る。創造者の同期が開始されたのだろう。
「…事の発端は、氷海の…烈に対する深い恋慕から始まったんだ。」
そう、悲しそうに言ってから、昴はノートを全員に見える位置に置いた。
- 虚ろな映身は現身を打つ その一 ( No.524 )
- 日時: 2015/01/19 22:57
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
いつも目の前にいる赤。
優しい笑顔を向けてくれる赤。
いつも目の前にいてくれる赤。
隣で無邪気に笑う赤。
私はいつしか、そんな赤に惹かれていった。
赤がいるだけで、私は安心できた。
大切な半身や仲間達が消えたあの事件でも、
死と隣り合わせだった、あの別次元での事件でも。
あの赤が側にいる。共にいる。
ただ、それだけで、安心できた。心強い存在。
私は、そんな赤を眺めているだけで満足だった。
…そう、眺めているだけで…側にいるだけで、満足だった。
■
赤が消え、闇が訪れる。
私は今、無数の鏡に囲まれ、一人ポツンと佇んでいた。
鏡に映る、無数の私。
ニタニタ笑って、私を見つめる。
無数の腕が、私を掴む。
こちらにおいでと、私に囁きかける。
私は成す術もなく捕まって、それでも必死に振り解く。
だけど、いつしかまた捕まって、そのまま鏡の中へと吸い込まれていってしまう。
泣き叫んでも、無駄だった。
完全に鏡の中に取り込まれる寸前、不意に、あの赤が視線の先に見えた。
後ろ姿で、いつものように私の目の前にいてくれた。
私は叫ぶ。必死に叫ぶ。
手を伸ばして、「助けて!」と。
■
「っ!」
私は掛け布団を思い切り上げ、起き上がる。
また、あの夢だ。最近よく見る、自分によく似た虚像が、私を取り込む夢…。
「…ひうみ〜…?」
息を整えていると、パステルくんが目をグシグシと擦りながら、床の上から起き上がって私に声を…って、何故床で眠っていたのかしら?
「パステルくん、何で床で眠っているの?」
「ん〜…。あれ〜? おかしいな〜…。氷海のお布団の上で眠ってたのに〜…。」
と、言う事は、起き上がる時の勢いで、私が吹っ飛ばした…のかしら…。
「って、氷海、どしたの?」
「えっ?」
「顔色、悪いよ? 大丈夫…?」
パステルくんは心配そうに私を見つめる。
近くにあったドレッサーを見ると、確かに青かった。
別に体調は悪くない。…あの夢の、せい?
「学校、休む? パパさんとママさんにはボクから言っておこうか?」
「大丈夫よ、パステルくん。ただ、ちょっと嫌な夢を見ただけだから…。」
「それならいいけど…。」
まだ、心配そうな表情を解いてくれないパステルくんを、私はそっと撫でてから、彼と共に身支度を始める。
…そう、大丈夫よ、私。
あれは、ただの夢。…夢、なのよ。
このまま変わらなければ、いつでもあの赤に…烈に、会える。
だから、打ち明けちゃ、駄目。駄目なの。
変わらないままでいい。彼も、そう望んでいたはず…。
そう、今のままで…十分。十分なのよ…。
- 虚ろな映身は現身を打つ その二 ( No.525 )
- 日時: 2015/01/19 23:00
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
学校に着くと、一番に、あの赤が…烈の姿が目に入った。
今日は早く来たのね。いつもは、私や直斗の方が早いのに。
「おはよう、烈。」
「おいっす、氷海。今日はちっと遅かったな。」
「烈が早いのよ。珍しく、ね。」
「珍しくは余計だろ!」
頬を膨らませ、反論する烈。
昔は、それが苛立たしかったが、今はそれが、その仕草が、とても可愛らしく思える。愛しく思える。
「そうね、最近の烈は頑張っているものね。」
「な、何だよいきなり…。まぁ、勉強の方は…うん、なんとか頑張れてるけど…。」
確かに、勉強は去年の夏休みをきっかけに、頑張っているわね。
だけど、それだけじゃ、ない。
「勉強だけじゃないわ。千枝先輩や牡丹との鍛練も頑張っているって聞いたわ。どんどん強くなっていくのね、烈。」
「まだまだ、だよ。…もう、あんな悲しい顔したアイツ等を見たくないしさ…。だから、もっと強くなりてぇよ。」
そう。…あの、亜空間事件をきっかけに、力を付ける事も頑張って…どんどん、強くなっていく。
それが何だか…寂しく、思う。
どんどん強くなる烈。それは、誰かを守る為…。
もしかしたら、誰かの中に私が入っているかも知れない。いいえ、烈の事だから、みんなを守る為に、強くなろうとしているのでしょう。
けど…だけど、それは、嫌…。嫌なの…!
「…私だけを、守ってほしいの…。」
「ん? 何か言ったか?」
「! な、何でもないわ。」
今の…聞かれなかったわよね…?
「っと、そうだ。氷海、今日も生徒会の仕事で遅くまで残るんだろ?」
た、助かったわ…。話を変えてくれた…。
「え、ええ…。もう少しであの書類が終わりそうだから…。」
「遅くに一人で帰るのも不安だろ? 待っててやるから一緒に帰ろうぜ。あ、簡単な事だったら手伝うし。」
「あ…ありがとう。助かるわ。」
烈ったら、本当に…優しいわね。
だけど…。
「おい、烈。」
「ん? おっ、ナカジ、おはよーさん。」
「挨拶は後だ。陽介先輩と悠先輩の喧嘩の仲裁を手伝え。また校庭で暴れてる。」
「またかよ!? あー、もぅ、悠先輩の野郎…。じゃあ、氷海、また後でな!」
「え、ええ…。ホームルームが始まる前には帰ってきなさいね…。」
その優しさは、私だけに向けられた物じゃ、ないのよね…。
烈は、誰かに頼まれれば断れない。困っている人がいれば全力で助ける、お節介な人…。
誰にでも優しい、人…。
「…その優しさを…私だけに向けてほしい…。」
そう願うのは、我儘、なのかしらね…。
- 虚ろな映身は現身を打つ その三 ( No.526 )
- 日時: 2015/01/19 23:06
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
時間も過ぎて、放課後。
私と烈は生徒会室で二人きりで、仕事をしていた。
…二人、きりの…誰もいない、部屋…。
「…。」
い、いけないいけない。何を考えているの、私。
学校で不純異性交遊はいけません。…い、いけません。
なら、学校以外なら…いやいや、学校以外でもいけません。学生の身分なのですからね、私。
「烈、ごめんなさいね、もう少しで終わるわ。」
「…。」
私は、気を紛らわせる為に書類仕事をしながら、烈に声をかけたけど…。
「…烈?」
反応がない。心配になって顔をあげたら、そこにあったのは…。
「…あらあら。」
机に伏せて眠る烈の姿だった。余程疲れていたのか、よく眠っている。
無理もないだろう。朝の一件以降、ひっきりなしに烈への依頼(主に能力者同士の喧嘩の仲裁)が飛び込んできていた。それに全て対応したものだから、疲れるのも当たり前ね。
それに…普段から、鍛練や家の手伝いを頑張っているから、余計に疲れるのかしらね…。
「本当に、無理をするんだから。」
本音を言えば、無理はしてほしくない。
だけど、我武者羅に頑張る烈を、もっと、側で見ていたい。
…烈の側に、居たい。烈に、触れていたい。烈を感じていたい。
烈の…“恋人”に、なりたい。
「…!」
だ、駄目よ! この感情は打ち明けないって決めたじゃない!
烈も…烈も、変わる事を望んでいないわ!
「…。」
だけど…今だけ…。今だけ、なら…。
眠っている、今なら…。
「…烈…。」
私は眠る烈の…無防備な烈の側に寄り、顔を近付け、そして…。
−ガタッ。
「!? 誰かいるの!?」
あと少し、と言ったところで、物音が聞こえて、私は顔を上げ、烈を起こさぬよう声を潜めながらあげた。
「にゃー。」
程なくして、黒猫が生徒会室に入ってくる。
あら? 確かあの子は、紅の恋猫さんじゃなかったかしら?
きっと、昇降口は開いているから、そこから校内に入ってきちゃったのね。
「貴方…迷子になったの? 帰り道、わかる?」
「にゃー。」
頷いて…くれたのかしら。…自分から去っていったけど、きっと平気でしょう。この子は頭がいいと紅に聞いたから、大丈夫ね。
そんな事を考えながらふと、時計を見ると、時刻は午後七時を指していた。
「あら、もうこんな時間。烈、起きて。」
「んー…。んんっ!?」
「きゃっ!」
いきなりがぱりと起きないで頂戴! ビックリしたじゃないの!
「うわ、俺、寝てた!? あちゃー…。わりぃ、氷海! 手伝うっつったのに…!」
「いいのよ。もう終わったから。さぁ、帰りましょう、烈。」
「おう。」
私達は後片付けをして、さっさと帰る事にした。
- 虚ろな映身は現身を打つ その四【side葉月】 ( No.527 )
- 日時: 2015/01/19 23:12
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
スバルさん、どうしよう…。私、今、凄く衝撃的なシーンを見た気がします。
今、隣の教室…あ、いや、生徒会室で、後輩が…よりにもよって生徒会長を勤める後輩が、眠っていた別の後輩に…あ、貴方が心底惚れている後輩に、そ、その、き、キキキキ、キスを…接吻を…!
『葉月さん。…葉月さん。』
「うにゃあっ!」
後ろから声をかけられ、私は思わずビックリして声をあげてしまった。
「き、聞かれてないよね…!?」
『大丈夫ですにゃ。お二人は既に帰りましたにゃ。』
「よかった…。ホント助かったよ、クーちゃん…。クーちゃんがいなかったら、今頃見つかってたよ…。」
私は目の前にいた黒猫のクーちゃんを撫でる。
…えっ? 何でクーちゃんがここにいるか?
ちょっと、ピアノの練習していたら遅くなって、帰ろうとしたら雨で、傘を取りに教室に向かおうとしたら、昇降口でずぶ濡れのクーちゃん見つけて、放っておけなかったから今までタオルで拭いてあげてたの。
それで、あ、そろそろ七時だわー。氷海ちゃん達も残っていたみたいだし、声かけて一緒に帰ろうかなーと考えて生徒会室覗いたら…アレに遭遇だよ。
私はクーちゃん連れて咄嗟に隣の空き教室に潜り込んだけど気付かれて…。そしたら、クーちゃんが『ここは任せて下さいにゃ。』って言ったから、任せて…現在に至る。
『クーの水気を拭いてくれたお礼ですにゃ。…それにしても、氷海さんがあんな大胆な方だとは思ってもいませんでしたにゃ…。』
「私も…。クールな人だとは思ったけど、眠っている烈君相手にキスしようとするとは…。」
…でも、あの一瞬で分かった。
本気で好きなんだな。烈君の事が。
「あ、やば。」
『どうかしましたかにゃ?』
「寮の門限、過ぎてる…。どうしよう、帰れない。」
寮の門限を一分でも過ぎると、すぐに閉め出されるんだよねぇ…。
『昴さんに事情を話して、泊めて貰うといいと思いますにゃ。』
「それしかないか…。」
私は溜息をつきながら、クーちゃん抱えて一緒に聖域まで向かう事にした。
…えっ? クーちゃんの言葉がわかる理由?
それはね、私の指にはまっている、水の宝珠って言う物がついた指輪のお陰なんだ。詳しい事は、また今度ね。
- 虚ろな映身は現身を打つ その五 ( No.528 )
- 日時: 2015/01/19 23:17
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
暖かい日差しの教室。私は烈、直斗と共に、そこにいた。
お昼を食べながら、楽しく談笑している。
他愛ない、本当に他愛ない、小さな話。
「…!?」
ふと、気が付けば、私は一人、冷たい鏡貼りの部屋にいた。
そこにいるのは、鏡に映る無数の自分。
「なっ…何なの、これは…!?」
『クスクス…。コレとは失礼ね。』
『私達は貴方なのにね。』
クスクス笑う自分を名乗る何者か。
鏡に映っているせいか、無数にいて、気味が悪い。
『気味が悪いとは心外ね。』
『私達が君が悪いというのならば、貴方も気味が悪いわ。』
「どう言う意味よ!」
私が問うと、また、クスクス笑う私に似た虚像達。
『まだ気づかない?』
『私達の事。』
ふと、気が付く。
その鏡の中から、腕が伸びている。…私に向かって。
『私達は貴方。』
『貴方は私達。』
私に向かって伸ばされた腕は、私を掴み、引きずり込もうとしている。
まるで、ひとつになりたいと願うように。
『私達は、貴方が閉じ込めた感情。』
『貴方が圧し殺した、烈への恋心。』
私が圧し殺した、烈への感情?
それが、この無数の私?
『どうせ烈の事。私への思いなんか知らずに、仲間としか思われていないわ。』
『報われない烈への思いなんか捨てて、私達と一つになりましょう?』
『ここは楽しいわ。私が沢山いるもの。』
『寂しくなんかないわ。私達がいるもの。』
私は、私を引きずり込もうとする。寂しくない。一人じゃないと、囁きながら。
だけど、それは嫌!
「嫌よ! 烈と会えなくなるなんて、絶対に嫌!」
私は烈と一緒にいたいの!
報われなくていい! この思いが気づかれなくたっていい!
ただ、烈と過ごせるこの時間が幸せなの!
『本当に?』
『本当にそれだけで幸せなの?』
「…!」
そう、幸せ。幸せな、はず。
『本当は烈にこの思いを打ち明けたいんじゃないの?』
『烈と二人きりで愛し合いたいんじゃないの?』
『烈と添い遂げたいんじゃないの?』
違う! そんな事、思って…!
『思ってないと、言い切れる?』
「あ…!」
『烈と添い遂げたい。けれど、彼が望むのは、停滞。』
—来年も、何にも変わらねぇといいな、氷海。
そう、だったわ…。
二年参りの日に言っていた。何も変わらないといい。
それはすなわち、私と今のままで…仲間のままでいたいという事。
『ここでは、そんな感情を抱かなくていい。』
『全てを忘れて、ここで一緒に暮らしましょう?』
「…。」
私は抵抗する気を失い、無数の腕に捕まれた。
—氷海。
ふと、烈の声が聞こえた気がして、前を向いた。
ぼんやりと浮かぶ光の中に、烈の背中が見える。
私がいつも見ている、烈の姿。私だけが見れる、烈の背中。
「…助けて…!」
私は、必死に手を伸ばす。光の先に見える、烈の背中へと向けて。
「助けて! 烈!」
- 虚ろな映身は現身を打つ その六 ( No.529 )
- 日時: 2015/01/19 23:24
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
「っ、あっ…!」
私は勢いよく起き上がる。
…また、あの夢…。最近、この夢ばかり…。
「氷海…?」
ふよふよと、横から何かが飛んできた。
あのローブ姿は、セシルね。起こしてしまったかしら…。
「あぁ、セシル。ごめんなさい、起こしてしまって。」
「構いませんわ。…随分うなされていたようですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。…悪い夢を見ただけだから。」
「…ここ数日、夢見が悪いようですわね。わたくしでよろしければ、相談に乗りますが…。」
…セシルは優しいわね。あの時…ワンダークロック事件の時に戦っていた時からは、こうなるとは想像できなかったけれど…。
でも、大丈夫。
「平気よ、セシル。…大丈夫。」
「…なら、よろしいのですが…。」
私がそう言うと、セシルはふわりとベッドから浮き上がり、また吹っ飛ばしていたパステルくんを私の横に寝かせてから、自分の寝床へと戻ろうとしていた。が、その体が急にピタリと止まる。
「氷海。夢は時として、残酷な姿を見せます。」
「…ええ。」
「ですが、夢は夢。現実ではありません。しかし、夢は何かを貴方に伝えようとしているのでしょう。…思い当たる事があるのならば、吐き出してしまった方が楽になりますわ。」
吐き出してしまった方が楽になる、か…。
そう、ね。打ち明けた方が、楽になるのかもしれないわ。
「…ありがとう、セシル。…考えてみるわ。」
「ええ。…それと、氷海。貴方は一人ではありません。貴方の周りには、助けてくれる誰かが常に側にいる。それだけは、覚えておいて下さい。」
「ええ。」
「では、お休みなさい、氷海。」
「…お休みなさい、セシル。」
セシルは再び、寝床へと戻る。
私は点けていたベッドランプを消し、再び布団に潜った。
…打ち明けた方が、確かに楽になるかも知れない。千枝先輩達のように、何かが変われるかも知れない。
だけど、打ち明ける訳には行かない。
だって、今のままで十分幸せだもの…。これ以上を烈に求めるなんて、私には…。
■
「えっ? 烈、今日はお休みなの?」
学校へと辿り着いて、直斗から告げられた報告に、私は驚きを隠せなかった。
「はい。どうやら昨日の雨に打たれて、風邪を引いたらしくて…。熱が高いから学校休むと、Twitterで呟いてましたよ。」
「っ、もぅ…。『俺は大丈夫だから。』って言ったのを信じなければよかったわ。」
昨日、大雨が降っていたのに、私は傘を忘れて、烈の持っていた折り畳み傘で帰ったのだけれど、私の方ばかりに差すものだから、体が冷えたのね…。
大丈夫だと言い張っていたけれど、全然大丈夫じゃないじゃない。
「それで、今日は放課後、何か作って烈君のお見舞いに行こうと巽君が提案してきたのですが、氷海さんも一緒に行きませんか?」
「お誘いは嬉しいけれど、今日はすぐに帰らなければならなくて…。」
私がそう言うと、直斗は「そうですか…。」と残念そうな呟きを漏らした。
…お父様のお客様を待つという用事がなければ、私だって行きたかった…。
「…早く良くなりなさい、と言っておいてくれないかしら?」
「フフッ、分かりました。伝えておきます。」
直斗は悪戯っぽく笑って、そう言ってくれた。
- 虚ろな映身は現身を打つ その七 ( No.530 )
- 日時: 2015/01/19 23:29
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
放課後、私はすぐに、寄り道もせずに家へと帰った。
お父様のお客様は、すぐに来ないみたい。セシルも家にいてくれるし、心細さはないわね。
「…ふぅ…。」
私はドレッサーの前に座り、髪を整え、溜息をついた。
鏡に映るその顔は、とても疲れきっているように見えた。
「氷海、お茶を入れましたわ。」
「あ、ありがとう。」
そんな私を気遣ってくれたのか、誰かがオレンジのいい香りがする紅茶を持ってきてくれた。
…細身で、美しい、スタイルのいい、赤いドレスを着た女性が目の前にいた。
誰だろうと思い返す事、数秒。すぐに思い出せた。
あれは、セシル。擬人化したセシルだわ。…たまにしか擬人化しないから、時々忘れるわ…。
「あら? その紅茶、家になかったわよね?」
「理乃さんが、氷海にと調合して下さったハーブティーです。疲れた体によく効くそうですよ。」
「理乃先輩が?」
「…あの方は、恋愛事には鈍感だが、他人の不調には敏感だと、由梨さんが仰っていました。お昼時に顔を会わせた際に、氷海の変化に気がついたのでしょう。」
気を遣わせてしまったわね…。今度、理乃先輩には何らかのお礼をしなくては…。
「これを飲んで、一息吐いて下さい。今の貴方に必要なものは、きっと安らぐ時間ですわ。」
「ええ…。」
私はハーブティーを一口、含む。
いい香りと共に、オレンジの優しい味が広がった。確かにこれは、凄く安らぐ。
本当に、理乃先輩の料理の腕には頭が上がらない。今度、教えて貰おうかしら…。
「あら?」
「どうかしたの?」
「今、チャイムが鳴った気がします。」
「お客様が来るにはまだ早いけれど…。」
「おーい、セッシルー! ひっうみー!」
誰だろうと考えていると、外から元気な男の子の声が聞こえた。この声は、ローズね。
「リリィが酒持って来たぞー!」
「…。」
「リリィの声がちっちゃいんじゃないか!」
「…。」
「確かにすぐ来るだろうけど、誰か分からなかったら出てこないだろー!」
…リリィも一緒だろうけれど、声が小さいから全く聞こえないわ…。
でも、リリィがお酒を? 何故…って、烈が倒れたから、リリィが代わりに持ってきてくれたのね…。
「まったく、あの二人は…。氷海、わたくしが出ますわ。」
「お願いね。お金なら、お母様が冷蔵庫のところに張り付けておいたそうよ。」
「わかったわ。貴方達ー、近所迷惑だから、そのまま喧嘩しないで待っていなさーい。」
セシルは外に向けてそう叫びながら、一階へと降りていった。
「…。」
楽しい喧騒が、玄関から聞こえる。
…あんな風に騒げば、私も夢の事を忘れられるかしら…。
『忘れられる訳ないじゃない。』
「!?」
突然、声が聞こえ、私は前を見る。
鏡の奥には、私がいた。けど、違う。
私であり、私じゃない誰かが…そこに、いた。
『どんなに騒いだって、どんなに安らいだって、貴方が烈への恋心を持つ限り…貴方が烈への思いを閉じ込める限り、私は存在し続けるわ。』
「あ、貴方は…誰…? 誰なの…?」
『私は貴方。貴方は私。』
平然と答える、私。
鏡の奥で、クスクスと笑っている。まるで混乱している私を見て、楽しんでいるかのように。
『愛する烈と向き合う事から逃げている私よ。』
「に、逃げてなんか…!」
『逃げているじゃない。本当は烈が好きなのに、その感情を押さえつけて、烈が望んでいないという言い訳を盾にして、逃げているじゃない。』
逃げてなんかいない!
烈が望まない事を、する訳にもいかないわ!
『…頑固者ね。烈は本当に、変わりたくないのかしら。』
「二年参りの日に、そう言って」
『貴方はそれが烈の本心だと確かめた? その言葉の真意を確かめた?』
「あ…!」
確かに、真意は違うかも知れない。けど、それを確かめるのは…!
『怖いんでしょ?』
「あ…う…!」
『本当は、烈に告白して、フラれて、今まで通りにいけなくなるのが怖いんでしょ? だから何かにつけて告白をせずに、逃げてばかり。』
今まで通りにいけなくなる。確かに、そう。それが一番、怖い。
今まで通りの距離で話したり出来なくなるのが、怖い。烈が遠くにいくのが、怖い…!
『そんな風に苦しむくらいなら、こっちに来てしまえばいいわ。ここなら、そんな悩みなんて考えなくていいもの。』
「い、嫌…!」
鏡をすり抜け、私の手首をぎゅっと掴む。私を引きずり込もうとするかのように。
『ずっとずっと、この中で、烈への愛情を育みながら、過ごして』
「そんなの…そんなの、嫌よ!」
私は鏡に向け、力を放つ。
盛大な音を立て、鏡は粉々に砕け散った。
- 虚ろな映身は現身を打つ その八【sideリリィ】 ( No.531 )
- 日時: 2015/01/19 23:35
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
「はい、代金よ。いつもありがとう、リリィ。」
「いつもは、烈君。今日は、たまたま。」
「烈がぶっ倒れなきゃ、今頃は烈が届けてたんだけどなー。」
烈君、風邪引いた。昨日の雨で。
無理もない。昨日の雨は、凄く冷たい。かく言う私も、ちょっと、鼻、辛い。ネコネコ超会議の帰り、雨に打たれた。すぐに乾かして貰ったけど、やっぱりちょっと、風邪、引いた。
にゃぐわも、高熱出して倒れたって聞いた。トビーも、今、黒が看病してる。ただ、クーは、葉月さんがいたから、助かったみたい。今、紅さんと一緒に、お話中。らーぶらーぶ。
「ところで、ローズは何故ここに?」
「烈がぶっ倒れたから、お手伝い!」
ローズは最近、何でも屋みたいな事をしているらしい。昴さんのお手伝いもしているって、本人から聞いた。
よっぽど、暇なのかな。まぁ、関係ないけど。
「そんなの、嫌よ!」
「!?」
氷海さんの声と一緒に、何かが割れる音が響いた。ガラスのような、何かが。
「氷海!?」
セシルは心配して、すぐに駆けて行った。
「おい、リリィ、どうする!?」
「後、追う。心配。」
「だよな。ボクも行く!」
私は持ってきていたお酒を玄関口に置いて、二階の、氷海さんの部屋に向かった。
■
二階の部屋では、氷海さんがドレッサーの前で蹲って、セシルに支えられた姿が一番に目に入った。
「氷海! どうしたの!? 一体何があったの!?」
「…な、何でもないわ…。」
「冷静な貴方がそんなに取り乱すなんて…。とにかく、腕の治療をしましょう? ねっ?」
氷海さんの腕からは、割れたガラス…ううん、鏡で切ったのだろうか、血が流れていた。
そして、セシルは氷海さんと一緒に部屋から出て行く。
「…うわぁ…粉々だよ…。何をやればこんな風に粉々になるんだろう…。」
「…分からない。…ローズ、ちょっと、箒とちりとり取ってきて。」
「片付けるんだろ? わかってるって!」
すぐさまローズは箒とちりとりを探しに、部屋の外に出た。
「…。」
私は、割れた鏡の欠片を手に取る。
その奥に見える私が、怪しげに笑った気がした。
「…変な感じ。」
上手くは言えない。けど、この鏡に不吉な何かを、私は感じ取った。
…この予感は、当たらないと、いい。絶対に…。
- 虚ろな映身は現身を打つ その九 ( No.532 )
- 日時: 2015/01/19 23:40
- 名前: 奏月 昴 ◆Dh/xEZWmVM (ID: 0iVKUEqP)
翌朝、再び私は学校に向かう。
今日は、いるかしら。昨日の今日だから、またお休みかしら。
「…!」
いた。私の席の前で呆けているわ。
「あ、おいっす、氷海。」
「おはよう、烈。風邪はもういいの?」
「鼻がまだ本調子じゃないけど、それ以外はもう全然。それに、俺が休んじまうと、他のツッコミ属性の奴等の仕事が増えちまうしさ。」
喧嘩の仲裁という仕事を、直斗達に増やさない為に、無理して早く治したのかしら…。無理なんて、しなくてもいいのに…。
「って、お前、腕…!」
「えっ?」
腕に、何かあるのかし…って、まずいわ、傷口が開いたのか、血が出てきていたわ。
「昨日、リリィから怪我したって聞いたが…。」
「ちょっと、切っただけよ。」
「ちょっとの出血じゃねぇだろ。」
そう言って烈は私の手を取り、ぐいっ、と引っ張った。
「痛っ…!」
「あっ、わ、わりぃ! とにかく、保健室行くぞ。包帯、変えねぇと…。」
烈は私を無理矢理引っ張り、そのまま保健室へと連行していった。
■
保健室に着くなり、烈は養護の先生を探す。
けれど、そこには誰もいなかった。職員会議の時間だろうか。
「あれ? いねぇな…。」
「れ、烈、私なら大丈夫だから、教室に戻りましょう?」
「血塗れの包帯巻いたままでみんなに心配されていいなら戻っけど?」
「うぅ…。」
さ、流石にこのままだと直斗や鈴花が心配しそう…。
観念した私を見た烈は、私の腕に巻いていた包帯を解き始めた。
「まったく、何やったらそんな切り傷できんだよ。」
「…。」
それは、言えない。言ったら、烈を心配させてしまうから。
「まぁ、話したくないならそれでいいけどよ…。」
「…ごめんなさい。」
「何でお前が謝るんだ…ん?」
包帯を外し終えた後、烈は私の腕をじっと見た。
「…どうか、したの?」
「ん、あ、いや…。なぁ、氷海…。」
「何?」
烈は、私の手をとったまま、私の腕を見つめる。
その視線の先には…。
「えっ…!?」
黒い、鬱血した痕があった。昨日は、無かった筈なのに…!
しかも、この痕…手の、形を…!?
「何だよ、この、何か掴まれたような痕…!」
「こ、これは…その…!」
「お前、本当に大丈夫なのか!? 何か、ヤバい事に巻き込まれて…!」
「…大丈夫よ、そんな心配、いらないわ。」
「大丈夫な訳…!」
「大丈夫よ!」
私は語気荒く、烈に反論した。
…烈は驚いたような顔をして、その手にガーゼと包帯を手に取った。
「…言いたくないなら、いい。けど…。」
丁重に包帯を巻き終え、私の腕をぽんっ、と叩き、立ち上がって私から背を向けた。
「危なくなる前に、言ってくれよな? 俺に言い辛いなら、昴さんでもいいし、雪花にだって…。」
「…ええ、勿論よ。」
「約束だぞ。」
「ええ。」
私は烈に、微笑みながらそう言い残した。
…でも、何も言うつもりもない。打ち明けるのが、怖い。
打ち明けたら、貴方が…遠くへと行ってしまいそうだから…。
だから、私はこの思いを抱えて生きていくつもり。
烈、貴方への、この狂おしい愛情を…。
■
「…氷海ちゃん、こんなにも烈君の事を深く愛していたんだね…。」
「だけど、その当の本人は何にも気付かず。こんな事があってようやく気付いた感じだよ。」
風花の言葉に、りせは溜息をつきながらそう答える。
「…仮に、その前に気付いても…烈はきっと、悩んじゃうと思う。」
そんなりせに待ったをかけたのは、鏡だった。
「…そうですね。きっとこの時点で烈さんが氷海さんの気持ちに気付いても…恐らく、これといった進展はないかと思います。むしろ、苦しむだけだと思います…。」
「…。」
昴は黙って、鏡の言葉に同意した理乃の言葉を聞いていた。
「…話、続けるぞ。」
「あ、はい、お願いします。」
だが、その沈黙も束の間、昴はすぐに次のページをめくった。