二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 茶番7 ( No.104 )
- 日時: 2015/05/12 00:13
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)
新歓も明日に迫ろうかという日曜日の夜。
トンベリは家にいた。ゲームをしていた。
口数が少なく、自己主張の乏しいトンベリだが、彼だって趣味の一つや二つはある。明らかにアウトドアなタチではないので、家にこもって読書なりテレビなりゲームなりPCなり、俗に言うサブカルチャーに該当するものを彼は嗜んでいた。
その点では、あの雪女とも共通する趣味を持つのだが、あそこまでオープンにはなれない。これは単なる性格の問題だが。
さて、それはさておき、今は夜なので、流石に中学生が易々と外出できようもないのだが、それにしても明日が新歓バトルマッチの本番だというのに、余裕である。
と、いうのは語弊があった。なにも彼は、余裕だから家でゲームをしているわけではない。むしろ不安だった。
(こんなんで……本当に、大丈夫なのか……?)
金曜日に解散してから、彼らとは一切合切連絡を取っていない。ちーちゃんだけは家が近所ということもあって顔は合わせるが、作戦会議らしい話は一切なかった。明日の新歓バトルマッチ楽しみだね、というような類の話ばかりだ。
確かに相手の面子が分からない以上、メタを張ることはできない。しかし、こちらの基本選出、基本戦術を固めることくらいはできるはずだ。
いつもの対戦ならこんなに不安にはならない。いつもなら、あの口の悪い参謀が、しっかりと戦略を固めている。バトル・オブ・ホウエンに出場したときだってそうだ。あの時は、緊張こそしたが、不安なんてなかった。
自分だって、自信がないとまでは言わないが、自信満々でもない。緊張だってするし、不安も感じる。
「……………」
いつもなら不安なんて感じず、今になって不安になっているのは、やはり、彼の存在の有無だろう。
認めるのは癪だが、あの男は本当に優秀で、頼れる存在なのだ。
自分の憧れの、一形態と言ってもいいかもしれない。
しかしそこまで認めるのは、トンベリの安いプライドが許さず、彼は今までの考えを振り切るように首を振った。
だが、彼ならば、今の自分の不安を払拭できるのではないか。そんな考えが、新しく浮かんだ。
「……まだ、起きてるか……?」
トンベリはゲーム機をパタンと閉じると、充電中だったスマートデバイスを充電器から引っこ抜き、ある番号をコールする。
しばらくコールすると、やがて諦めたように相手は通話に応じた。その声は、どこか億劫そうだった。
『んだよ一体。ミスティ、夜中にはかけてくんなっつって——』
「……雷切……今、いいか……?」
『あ……? トンベリか?』
通話の相手——雷切は、意外そうな声を上げた。
『珍しいな、お前から俺に電話かけてくるって。しかもこんな夜に。なんだよ、なんの用だ?』
「……相談が、ある……」
『……ガチな話っぽいな。話してみろ——と、その前に』
「……?」
ゴトッ、と雷切がデバイスを置いた音が聞こえた。そして、トコトコとどこかへ歩いていく。話が長くなりそうだから、先にトイレにでも行くのだろうか、と思っていたら、
『おら雪姫! お前もういい加減に帰れ!』
「……!?」
雷切の口から飛び出たのは、違う知人の名前だった。
雷切の怒声が轟き、すぐさま声が返ってくる。だがその声は、どこか切羽詰まっていて、焦っているようだった。
『待って待って! こいつだけでも沈めさせて! 私にはこの駆逐艦隊(デストロイヤー)で深海棲艦をすべて駆逐して、世界の海を救うって使命があるんだ!』
『わけわかんねーこと言ってねーで、さっさと帰れ! 電気代がもったいねーだろ! 今度からお前に全部払わすぞ!』
『だってスパコンちゃんのスペック最高なんだもん! 速い、きれい、クリア! イベント攻略には欠かせないよ!』
『お前の都合なんざ知ったこっちゃねーんだよ! いいから帰れ! おら!』
『あぁぁぁぁぁ! やめて! 触らないで! 乱暴にしないで! 私の嫁たち(第六駆逐艦隊)が! 電ちゃんがあぁぁぁぁぁぁぁ——』
と、そこで。
彼女の絶叫が途切れた。ドスン、と遠くてなにかが落ちる音がしたので、家の外に投げ飛ばされたのかもしれない。
「……電……?」
『あぁ? あー、雪姫がやってたゲームのキャラクターだよ。なんつったか、最近人気らしいブラウザゲーム。艦隊なんちゃらとかいう……』
「……あぁ……」
知り合いの名前が出てきたので少し驚いたが、まあそんなとこだろうとは思っていた。それより、あの女はこんな夜まで人の家に入り浸ってなにをしているのか。
『ま、ともかく雪姫の奴は放り出した。もう気兼ねすることもねーな。言え』
「……えっと……」
思わぬ珍事が受話器の向こうで起こっていたために、少々困惑するトンベリだが、すぐに気を取り直し、口を開く。
明日に迫った、新歓バトルマッチのことについて。
雷切はそれを黙って聞いていた。トンベリの口調は決して聞き取りやすいものではなく、内容もお世辞にもまとまっているとはいい難い。それでも彼は、じっくりと、苦言を挟むこともなく、聞いていた。
そして、トンベリが話を終えた、直後だ。
『くだらねーことで悩んでんのな、お前。やっぱガキか』
「な……!」
まさかいきなりそんなことを言われるとは思いもせず、トンベリは面食らう。
最初は驚きが大半を占めていたが、同時に湧き出た小さな怒りが、徐々に驚きを上塗りし、侵食して大きくなっていく。
「……オレは、これでも、真剣に悩んで——」
『あー、はいはい。ガキの真剣なんざたかが知れてんだよ。お前の悩みなんざな、俺の借金問題に比べりゃ些事でしかねーよ』
「……それは……」
確かにその通りかもしれない。雷切の抱える借金は膨大で、家賃も込みでどんどん膨れ上がっている。
そんな現実的問題と比べてしまえば、トンベリの悩みなんて、気にするほどのことでもないだろう。
しかし現実問題と心情問題。単純比較できるものでもないので、そんな軽んじなくてもいいのではないか、とも思う。
しかしそれを口にする前に、雷切が次の言葉を紡いでいた。
『大体な、もう明日だろ? 今更お前に、その新歓なんとかを辞退することができるのか?』
「……それは……」
『無理だろ? もう賽は投げられてんだ。今頃になってじたばたしててもしゃーねぇ。腹括って覚悟を決めろ』
雷切の言い分はもっともだった。もうトンベリは新歓に出ないわけにはいかない状況に陥った。いくら明日が不安だからといって、今になってできることなどないに等しい。
これでは、ただ雷切に愚痴をこぼしただけのようだ。そう思うと、トンベリは自分が恥ずかしくなってくる。
『……つーかよぉ。お前、なにがしたいんだ?』
「……え……?」
唐突な質問に、トンベリはまた面食らう。
『明日が不安なのは分かる。だが、そんなことはお前だけがそうじゃねーし、お前だって、今まで不安を感じたことがない訳じゃねーだろ』
「それは……そう、だけど……」
『お前は不安だから--なにがしたい? なにをどう、解決したいんだ?』
「…………」
その問いに、トンベリは答えられない。なにをどうしたいのか、トンベリの頭の中には様々な感情、意志が渦巻き、答えがまとまって出てこない。
そんなトンベリを(見えていないが)見かねてか、雷切は、
『……答えやすいように、質問を変えてやろうか。つまりだ』
一呼吸おいて、雷切はと問うた。
『お前は、明日——勝ちたいのか?』
「……!」
その言葉はまるで、閉めていた部屋の鍵を、こじ開けられて中へと入られたようだった。
やはり、この男に核心を隠せるわけがないのだ。電話越しだからといって関係ない。本心を隠し通したまま、なにかいい案を引きだそうだなんて、考えが甘すぎた。
それを思えば、自分はやはりガキだ。大人(雷切)には敵わない。
そんな、弱く小さな自分がまた嫌になったが、同時に、どこか吹っ切れた。
この男に隠し事なんてできないのだ。だったらもう、すべて吐き出してもいいのではないか、と。
そう思った瞬間、彼の口から自然と言葉がこぼれた。
「……たい……」
『あん? 聞こえねーよ、はっきり言え。お前の悪い癖だ』
それもそうだ。これも自分の悪いところだな、と思うが、この時ばかりは嫌な気分でもなかった。
自己嫌悪に陥ることもなく、トンベリは、はっきりと、その言葉を口にする。
「……勝ちたい……!」
『……いい返事だ。やっぱお前は、俺の見込み通り--見所あるぜ、お前』
受話器の向こうで、雷切の声がぼそぼそと聞こえる。よく聞き取れなかったが、見所がある、というところだけははっきりと聞き取れた。
『つってもなに、そんでも俺がお前に言うことなんざねーんだけどな』
「今更……それはない……」
『自分の意志をしっかりと自覚しねーことには、勝てるもんも勝てねーってことさえ分かってりゃ、それでいい。今はな』
今は、というワードが引っかかりを覚え、そこに雷切は続ける。
『お前らはガキだ。精神面でも未熟なところは多い。だからこそ、伸びしろがある』
俺ら以上にな、と雷切は付け加えた。
「……でも、オレは、なにをすれば……」
『はぁ? ここまで言ってまだ気づかねーか……お前も大概、鈍感だな』
なんだかイラッとする発言だったが、雷切は今まで、そのことを伝えており、自分はそれに気付けていなかった、それは事実だ。
なのでトンベリは、大人しく反論しないことにする。
『ちーちゃんもいることだし、お前にもできるぜ。なに、お前のことは俺が認めた。この俺が、お前の才能については保証してやるぜ』
なにがだ、とトンベリは心中で呟く。お前になにを認められているというんだ。粘り強さか? 耐性か? 補助技のバリエーションか?
などと思ったが、それのどれでもない。そんな分かりきったことではなかった。
『明日の新歓バトルマッチ。当然だから俺は出れねぇ。だから——』
雷切は既に見抜き、見出していたのだ、トンベリの内に眠っていた、秘められた才能という奴を。
最後に彼は、その鍵を、開け放った。
『——お前が指令塔(ブレイン)だ、トンベリ。俺の代役だと思って、行ってこい』