二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 対戦後の茶番 ( No.110 )
- 日時: 2015/05/26 19:27
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)
「…………」
新歓もすべての行程が終了し、見物していた下級生も、参加していた上級生も、ほとんどが帰るか後片づけをしている中。
トンベリは一人教室に残っていた。
特に理由はない。ただなんとなく、一人になりたかっただけだ。
今日の新歓で、結果としてトンベリたちのクラスは勝利した。6組委員長の悔しそうな顔が、いまだ思い浮かぶ。
しかし、この新歓で、トンベリはなにかを得られただろうか。
今までと、なにか変わっただろうか。
「……なにも変わんないなら、オレのしたことって……いったい……」
今回の新歓のパーティー決めに難航したのは、参加に積極的なクラスメイトがいなかったから。なぜなら、それは自分に自信のある生徒がいなかったからだ。
トンベリは、自分に自信がないわけではない。一時期、レートパとしてその性能を最大限に発揮していた実績があり、その他のインターネット大会への出場経験もある。
だが、それは自信と言うよりは、拠り所であった。
場合によっては、自分が選ばれることなんてなかったかもしれない。自分は単に運が良かっただけなのかもしれない。
これまでの実績は、彼にとっては鎧のようなものだった。実力はどうあれ、形としてでもその実績があることで、自分の自信と呼べるようなものを持ち、自分自身という自我と個性を、なんとか保ってきた。
だが、実際はどうだろうか。
一時、ORAS環境のトップに上りつめたメガボーマンダ。自分なんて奴の起点そのものだ。
その他、バシャーモやファイアロー、ニンフィアやマリルリといった環境トップメタの面々に対して、非常に弱い。
それでも多数の型、調整を考え、なんとかそれでも活路を見いだしてきたが、それもそろそろ限界を感じていた。
トンベリは、ポケモンとしての自分の存在意義に、疑問を感じてしまったのだ。
さらに、それに追い打ちをかけるように、彼の思考はマイナスへと落ちていく。
ポケモンである以前の、一生命体としての自分自身は、果たしてどうなのだろうか。
今でこそ、それなりに人付き合いができるようにはなったが、それはちーちゃんがいたからこそだ。この先、ずっと彼女と一緒というわけにも行くまい。そうでなくても、彼女に頼りっきりではいけないことは理解しているつもりだし、それは彼のプライドが許さない。
だが、だからといってどうしようもないのが現状だ。自分自身はそう簡単には変えられない。それでも、変わらない自分は嫌になる。
自己嫌悪と自己否定、自問自答を繰り返し、自分のアイデンティティを常に見つめる。それは非常に辛く、苦しいことだ。
そんな自分は、今回の新歓で、決心した。ほんの少しだけだが、嫌になる自分を変えようと、とてもとても小さな、決意をした。
なんてことはない。今までは逃げてきただろう、流してきただろう、いなしてきただろう、目の前の物事に、取り組んだだけだ。決心というのは、あまりにも当然で小さいこと。
たったそれだけのことだが、彼にとっては大きいことだったのかもしれない。
そして、自分はその決心で変われたのか。どうなのか。
それを、ただひたすら、ぼーっと考えていたら、ふと教室の扉が開いた。
「あ、トンベリくん。ここにいたんだ」
「……ちーちゃん……」
「みんなトンベリくんのこと探してたよ。なんかね、このあと、みんなでどこか遊びに行こうって話になってるの。トンベリくんも行こう」
「…………」
あれだけの対戦をしておきながら、まだ遊ぶ気力が残っているのか、とトンベリは呆れたが、まあ、要は打ち上げに行こうということだろう。
それくらいだったあ構わないか、とトンベリは思考を中断して、立ち上がろうとするが、
「あ、そうだ。トンベリくん」
「……なに……?」
立ち上がったところで、ちーちゃんがこちらへとやってきた。
自分とほとんど変わらぬ背丈。幼い顔つき。華奢な体躯。それはいつもと変わらないが、夕陽を背にした彼女の姿は、どこかいつもと違って見えたような気がした。
彼女は無邪気に微笑むと、
「今日のトンベリくん、かっこよかったよ」
「……え……?」
最初は、なにを言っているのか分からなかった。まさか自分が、地味で嫌悪されるような戦い方しかできない自分が、そんなことを言われるとは思わなかった。
だからか、つい口をつくようににして、否定の言葉を並べてしまう。
「いや……そんな……オレなんか、別に、大したこと、ない……」
「ううん、そんなことないよ。今日のトンベリくんは、いつもと違って見えたもん。すっごいかっこよかった——」
そして、彼女は続けた。
「ーー雷切さんみたいで!」
「……そっか……」
一瞬で脱力した。同時に、トンベリは変に期待した自分が馬鹿だったと、己の自惚れを戒めて、勘違いによって引き起こされた羞恥心を必死で抑え込む。
確かに、今回は雷切にアドバイスをもらって、そのうえで臨んだ対戦だ。彼の心構えや姿勢が、知らず知らずのうちに出ていても不思議はない。
しかし、奴のようだと言われても、嬉しくもなんともなかった。
(まあ、でも……あいつには、感謝、しないとな……)
まがりなりにも、トンベリが今回の対戦で前向きになれたのは、彼のお陰なのだ。
感謝くらいは、しなくてはならないだろう。
少なくとも、今回の一件でトンベリは、雷切の言葉があったからこそ、なにかを掴めたような気がしたのだ。
(あぁ……なんだ……)
と、そこで、トンベリは気づいた。
(オレも……ちゃんと前に、進めてるのか……)
今まで堂々巡りの無限ループだった自己嫌悪と自己否定の連鎖は、たった一つの発見によって崩壊した。
自分には進歩もなにもない奴だと思ったが、そうではなかった。
なにを掴んだのか、それははっきりしないが、しかしなにかを掴んだ、それははっきりしている。
そのなにかから、また先に進める。つまり、自分でもちゃんと前に進めているのだ。
今まではそれがないと思いこんでいたが、そうではないことに気づかされ、自分でも進歩するものだと思うと、無性に嬉しくなる。
「……? トンベリくん?」
「え……あ、なに……?」
「いや、トンベリくんが笑ってたから、どうしたのかなって」
「笑ってた……? オレが……?」
どうやら、気づかないうちに顔が綻んでいたらしい。
それほどまでに、今までの負の連鎖から抜け出したことが嬉しかったのかと、自分でも驚く。
トンベリの珍しい笑みに目を丸くしたちーちゃんは、すぐに笑い返した。トンベリのような小さな笑みではなく、無邪気で純粋な、満面の笑みだ。
「トンベリくん!」
「……なに……ちーちゃん……」
自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。少し期待してしまうが、しかし彼女が次に紡ぐ言葉は、概ね見当がついていた。
だが、たとえその期待に外れた言葉であろうと、彼女の心からの言葉なのだ。
嬉しくないわけがない。そして、嬉しいからこそ、こちらも思うままに、言葉を返すだけだ——
「これからも、よろしくね!」
「……うん……よろ——」
ダァンッ!
「トンベリイィィ! ここかぁ!」
「ベリリンみっけー、ちーちゃんもー」
「一人でふらっと勝手にどっか行かないでよね! この後みんなで打ち上げするんだから」
「ちーちゃん、トンベリ君、はやく来るのです!」
トンベリの言葉は、扉を叩きつけるように開く音と、扉の向こうからまくし立てるような声によって、かき消されてしまった。
「あ、あめちゃんたちだ。わざわざむかえに来てくれたんだ」
「……締まらねぇ……」
「? どうしたの、トンベリくん」
「……別に……」
思い切って振り絞った言葉を遮られ、うなだれるトンベリ。
だが、しかし、こういうのも悪くはないかもしれないと、思わないでもなかった。
彼らも、今日はともに戦った仲間だ。彼らがいたからこそ、今の自分がある。そんな彼らにも感謝しなければならない。いつもなら断るところだが、今回は、打ち上げくらいはつきあってやろうと思った。
その時、スッと手が差し伸べられた。
「トンベリくん、いこっ」
「……うん……」