二次創作小説(映像)※倉庫ログ

茶番1 ( No.20 )
日時: 2015/03/18 13:43
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)

「……雨だなぁ」

 雷切はリビングのソファに仰向けで寝転がりながら、無気力に呟く。
 今日この日、無駄に広い我が家にいるのは雷切だけだった。

「まぁ、この土砂降りじゃしゃーねーかぁ……」

 風雨が窓を叩く音が絶え間なく聞こえてくる。まだ台風の時期ではないが、今日の天気は嵐でも来たのかというほどに悪い。
 ゆえに、今日は誰もこの家を訪れなかった。

「こんな日に外に出るのは、ラグナくらいだろうなぁ……」

 雨の日にはやたら元気になり、無駄に動き回り、いつも以上に気持ち悪さが増す友人のことを思い……出そうとしてやめた。考えたら気持ち悪くなった。

「……そういや、あいつら今なにしてっかねぇ……」

 ラグナロクの代わりに、雷切が思い出すのは学生時代の友人たち。
 雷切も昔は色々やったものだ。その中で数々のものたちと出会い、事々を成し遂げてきた。
 そんな懐かしい日々を、ふと思い出す。

「つっても、昔の話だがな……」

 口ではそう言うものの、思い出したらその記憶は止まらない。

「一番心配なのはミスティか……あいつ、俺がいなくて大丈夫かね……エテ公も変な奴に突っかかって死んでなきゃいいが、ま、そんときは自業自得だな……葬式くらいには出てやるか……先輩は……まぁ、あの人なら元気にやってるだろ……あいつも今はバリバリ働いてるみてーだし、心配ないか……」

 かつての友人たちを一人ずつ思い返す。
 その中で、一つの影が色濃く浮かんだ。
 それはさながら一枚の写真のように、三人の姿を映している。
 ラグナロクと自分と、その隣にいる——

「……はんっ」

 と、そこまで像が浮かんだところで、雷切は不機嫌そうに鼻で笑うと、考えるのをやめてしまった。

「あんな野郎のことを思い出すとか、胸糞悪ぃ……」

 そう吐き捨てると、雷切は体をうつ伏せにする。先ほど頭に浮かんだ像を忘れたいと願うかのように。
 実際、先ほどのことは忘れようと、彼は目を瞑る。

「…………」

 そして、そのまま、微睡みの世界へと落ちていった——







「トンベリくーん! はやくはやくっ!」
「ちょっ……ちーちゃん、速い……待って……」

 二つの小さな影が、コンクリートの階段を上る。
 ポニーテールの小柄な少女と、パーカーのフードを目深に被った陰気そうな少年。
 少女は階段をたったかと軽快な足取りで駆け上がり、対照的に少年は息を切らしている。
 少女はちーちゃん、少年はトンベリ——二人は、互いにそう呼び合っており、それが名前だった。

「……なにも、そんなに……急がなく、ても……いい、のに……」
「だって昨日は雨で雷切さんの家に行けなかったんだもん。今日は昨日の分も戦うぞー!」
「……いつも、死にかける、まで、働かされる、のに……今日も、ハードワーク、か……」

 やる気に満ち溢れたちーちゃんとは、またも対照的に、トンベリは酷く意気消沈している。
 パーティーのエースでここぞという時に大活躍するちーちゃんと、便利だからととりあえず選出されては殴られ再生を繰り返すトンベリ。
 どちらも重役ではあるが、エースとして立てられるちーちゃんと、ボロ雑巾のように酷使されるトンベリとでは、仕事量がまるで違っていた。というか、トンベリの仕事が多いうえに過酷なのだ。ひたすら殴られ耐え続けるなんて役目、誰が担いたいものか。

「……それより……あんまり、走ると……危ない……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶっ!」

 ちーちゃんはぱしゃぱしゃと水溜りを散らしながら階段を上っていく。
 本日はこの上なく快晴であるが、昨日は季節外れの台風でも来たのではないかというほどの嵐だったため、辺りにはその爪痕とでも言うのか、木葉や木の枝が散乱し、大量の水溜りができている。
 そんな状態の階段を、ハイスピードで駆け上がっていれば、彼女に起こることは当然の帰結である。

「わ……っ!」

 何度目になるのか、彼女が水溜りを踏み鳴らした時。
 彼女は水と一緒に散っていた木葉も踏みつけたようで、足を滑らせてしまう。
 反射的に体勢を立て直そうとしたが、それがいけなかった。
 前のめりに倒れそうになる体は無理やり後ろに逸らされるが、その勢いが強すぎた。今度は後ろ向きに体が倒れてしまう。
 そしてここは段差のある傾斜とも言うべき階段。上っている途中に後ろに倒れ込めば、彼女を支えるものはなくなる。

「あ——」

 ちーちゃんの体が、宙に浮く。

「っ……ちーちゃん……!」

 トンベリは咄嗟になにかをしようとする。しかしなにをすればいい。
 悪戯心の特性をもってすれば、なによりも早く動くことができる。しかしこの場でいくら早く動こうとも、ちーちゃんを助ける術がない。
 鬼火、挑発、自己再生——ダメだ。今の自分が覚えている技ではちーちゃんを助けられない。

(まずい……どうすれば……!)

 なにか、自分の使える補助技で彼女を助けられないのか。トンベリが必死に思考を巡らせていると。



 背後から、颯爽と一つの人影が飛び出した。



「……っ」

 その人影は、凄まじい勢いと速度でトンベリの真横を通過する。そしてその先にいるのは、ちーちゃんだった。

「……!」

 空中でちーちゃんを抱きとめると、その人物はさも当然のように階段の段差に綺麗に着地する。
 およそ人間とは思えない跳躍力とボディバランスに目を見開くトンベリ。トンベリよりもずっと先に進んでいたちーちゃんを、トンベリよりも低い位置から跳んで抱きとめ、段差になっていて足場が不安定な階段に着地するなどというのは、まず人間のなせる業ではない。

(まさか……ポケモン……?)

 恐らくは、そうであろう。
 自分たちがそうであるし、この街には普段は人間の姿をしたポケモンも多い。その線は大いにあり得る。
 などと考えていると、トンベリはハッと思い出す。

「ちーちゃん……っ」

 息を切らしながらも、トンベリはちーちゃんの元まで階段を駆け上がる。
 しかし、それにしても遅い。運動神経という言葉とはまるで無縁なようだ。
 そんなトンベリがぜいぜい言いながら駆け上がっていると、ちーちゃんが地面に降ろされるところだった。

「……大丈夫か?」
「えと……はい……」
「昨日の嵐で水溜りが多い。滑りやすいから気をつけろ」
「は、はい……ありがとうございます……」

 言葉少なく、その人物は階段を上って立ち去ってしまった。
 長い一時に感じたが、気づけば一瞬の出来事であった。

「……ちーちゃん……大丈夫……?」
「あ、トンベリくん。わたしはだいじょうぶだよ」

 その者の姿が見えなくなると、トンベリがやっと階段を上ってくる。
 正直、こちらの方が見ていて心配になる。早く休ませた方がいいのではないかと。
 少し時間をおいて呼吸を整えると、トンベリは先ほどの人物が去っていった方を見遣る。

「今の人……何者……」
「さぁ……? でも、ちょっとかっこよかったね」
「え……」
「あと、らいきりさんたちと、ちょっと似てる匂いがした」
「雷切や……ココロ、と……?」
「ココロさんっていうか、ラグナさん、かな?」
「あいつの……キモイ、匂いは……嗅がない、方が……いい、と思う……」
「でも似てたよ?」
「……歳は……雷切たちと、同じ……くらい、か……?」

 なんにせよ、ちーちゃんの命の恩人とも言える、先ほどの見知らぬ青年には感謝してもし足りない。

(……まあ、ちーちゃん、丈夫だし……この程度の、ところから、落ちても……掠り傷で、済みそう、だった、かもしれない、けど……)

 伊達に鋼タイプを持ってはいない。
 努力値を振る分トンベリの方が耐久は上だが、耐性の面ではちーちゃんの方が優秀なのだ。
 二人は少しの間、思案していたが、ふとちーちゃんが思い出したように駆け出した。

「そういえばらいきりさんちに行く途中だったんだ。トンベリくん、はやくらいきりさんとこに行こっ!」
「あ……ちょっと、待って……さっき、転んだ、ばかり……」
「ほら、はやくはやくっ!」
「う……速い……」

 結局。
 先ほどの人物のことなどなかったかのように、ちーちゃんは忠告されたことなどもう忘れて、階段も道路もダッシュするのだった。
 そしてその後ろを、トンベリがへとへとになりながらついていく。