二次創作小説(映像)※倉庫ログ

茶番1 ( No.39 )
日時: 2015/03/27 15:12
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)

「うーん、こっち? いやこっち? どっちかなぁ……」

 とある道を歩く、一人の少女がいた。少女というほど子供でもなさそうだが、顔立ちが幼い。
 少女は携帯電話型スマートデバイスの地図機能を頼りに歩いているようだが、道に迷っているようだった。

「グレン先輩はよくこんなところを迷わず歩けたなぁ。あの人、携帯も使えないのに……」

 などと言うが、他人のことを言ってもどうしようもない。
 しかし彼女は、目的地へと到達することに対する期待感、昂揚感を胸に秘め、足取りも軽い。
 そしてなによりも、“彼”に会うためならば、この程度の苦境はなんでもなかった。

「やっと会えるんだから、こんなところで挫けてられない……よし!」

 彼女は一度深呼吸して気持ちを切り替え、再び歩き出した。

「待っててくださいね、先輩——!」







 いつもと変わらぬ雷切の邸宅。豪邸というほどでもないが、一般的な一軒家と比べると立派な佇まいの屋敷。
 そんな家の窓から、ココロ、ラグナロク、雪姫の三人は、ひっそりと家の外——玄関口を覗いていた。
 そこには、変わらぬ邸宅とは裏腹に、変わった光景が広がっている。

「——あんたねぇ、何度も言ってることだけど、こういうことはきっちりやって欲しいんだよねぇ、雷切よぅ」
「はい、すみません。本当に申し訳ありませんでした……」

 雷切がペコペコと頭を下げていた。
 傲岸不遜とも取れる強気な態度を常に保っていた彼が、上司に叱咤されている平社員のように、頭を下げ続けていた。
 これは非常に珍しい光景だ。相手はやたらカラフルで派手な服を着た男だが、何者だろうか。

「来月は、ちゃんと払いますんで……」
「そう言って先月も期限を過ぎたのはどこのどいつやら。そりゃこっちもあんたの事情は分かってるけどさぁ、それでももうちょっとなんとかしようと——」
「わ、分かってます! それは分かってるんです! で、でもなかなか金が溜まらなくて……」
「そりゃあんたがもっと働かないからさ! 世の中、真面目にやってるだけじゃどうにもならないんよ。どんな手を使っても金を稼いで、家賃を払いな!」
「は、はい! 心得ました!」
「……まぁ、同じ旦那のポケモンだし、あたしゃ寛大だからある程度は大目に見るけどさ。定期期限くらい守んなよ」
「ありがとうございます!」
「じゃ、あたしゃこれで。次はちゃんと払いんさい」
「りょ、了解です!」

 そのやり取りを最後に、男は雷切の邸宅から去っていく。
 その姿が消えてから雷切は、ふぅ、と一息ついた。

「……ライ、今の人は誰なの……?」
「ココロか……」
「雪姫ちゃんもいるぞー! っていうか本当に誰? 雷切君がキャラ崩壊起こしてたけど」

 男が去るのを見計らって、ココロたちが玄関先へと出て来た。
 雷切は疲れ果てたような面持ちで、ゆっくりと口を開く。

「……大家さんだ」
「大家さん? この家の?」
「そうだ」
「それであんなにペコペコ頭を下げてたの」
「どうにも苦手なんだよな、あの人は……勝てる気がしねぇ」
「雷切さんの頭が上がらない相手の一人ですねぇ」
「こんな相手は先輩振りだぜ……あの人とはかなりベクトルが違うが」

 しかし、相手がこの家の大家ということは、先ほどの話は家賃についてだったようだ。

「期限がどうのこうの言ってたけど、借金のこと? でもあれって、一月や二月で返せるような額じゃ——」
「いや、そっちじゃない。この家に住んでいる以上、今まで溜めこんだ家賃とは別に、今現在住んでいる分の家賃を月ごとに払わなくちゃならねーんだが、そっちも滞っててな……」
「ふーん、なんで? 雷切君、ちょっと前までギャンブラーとしてガッポガッポ稼いでたじゃん」
「それはほとんど、今まで滞納してた借金の方に注ぎ込んだからなぁ……今はもうポーカーもブラックジャックもやってねーし、バトルビデオを公開して稼げる金額なんてたかが知れてる」
「でもだからって、ギャンブルはもうやめてよね……」
「ぶっちゃけると、今の稼ぎじゃとてもじゃねーがこの家の家賃をまともに払えねぇ。つーか高すぎるんだよこの家」
「まぁ、これだけ立派な家ですからねぇ」
「どう考えても一人で住む家じゃないわよね。奥にはもっとたくさん部屋もあるし」

 現在、雷切が使っているのはこの家のほんの一部。リビングと洗面所、台所に、一応自室にしている部屋くらいだ。残りは完全放置で埃も積もっていることだろう。
 本来ならルームシェアなどでもして、複数人で家賃を払っていくという形式を前提にしている節がある家なので、それを一人で使っている雷切は、この家を完全に持て余していた。

「こんな無駄にでかいだけの家、さっさと出て他の家に移り住みたいんだがなぁ……」
「色々制限とか制約とかでがんじがらめにされちゃってるから、雷切君、この家から出られないんだよねー」
「くっそあの主人野郎、ボックスに帰ったらあの首刎ね飛ばしてやる……!」

 と、少しばかり興奮して影響でポケモンとしての性質が現れ、腕から黄緑色の刃のようなものが飛び出す。

「ライ、出てる出てる」
「おっと」

 ココロに指摘されて、刃を引っ込める雷切。

「ま、あの野郎も今はなんやかんや色々やってるみてーだし、首を刎ねるのはほとぼりが冷めてからにしてやるか。それよか俺らの方をなんとかしねーと。スパコンピがいるとはいえ、もっとパーティーにバリエーションをつけたいんだよなぁ」
「グレンさんはどうですかぁ? 頼めばきっと来てくれ——」
「死んでもごめんだ。あいつに頼むくらいなら、あいつから有り金すべて巻き上げるわ」
「方向性が色々おかしいわよ」
「ともかく、俺らのパーティーは大衆に受けにくい面子みてーだからな。もっと一般ピープルにも分かりやすい支持を得られるような奴が欲しい」
「なによそれ……具体的にはどういう子が欲しいのよ」

 あまりに抽象的なのでまったくイメージがつかめない。かくゆう雷切も明確なイメージがあったわけではないのだが、

「そうだな……俺の後輩を例にすると、野郎は女に興味を持つのが普通らしい」
「まあそうでしょうけど、自分は興味ないみたいな物言いね。それが?」
「奴が言うには、大衆を引き付ける最も簡単な方法の一つは——」
「一つは?」
「——美少女を起用することだそうだ」
「…………」
「美女でも可と言っていた」

 そういうことではなく。
 ココロもなんと言えばいいのやらと黙りこくってしまうが、こういう時にテンションが上がる知り合いがすぐそこに。

「はいはーい! それならここ! ここに美少女と美女のペアリングがございますよ!」
「は? どこだよ」
「ここ、ここだよ! プラチナプリティー美少女の雪姫ちゃんと、クールビューティーな美女ココロちゃんがいるよ!」
「ちょっとユキ……!」
「いーじゃんいーじゃん、こういう時に自分を出していこーよ!」
「あたしはそういうのは求めてないから……」
「お前らがなぁ……」

 雷切はココロと雪姫を交互に見回す。確かに誇張表現でも、雪姫の言うことにそれほど間違いがあるということでもないのかもしれないが、

「……はっ」
「なんで鼻で笑うのさ!」
「それはあり得ねーだろ」
「根拠! 根拠はなに!? ちゃんと説明してくれないと、私は納得しないよ!」
「いや、だってよ」

 苦笑いと嘲笑が絶妙に混ざった奇妙な笑いを浮かべながら、雷切は言う。

「お前らがもし本当にそうなら、俺は今頃家賃に困ってねーし」
「……そうだったね」

 やや暴論だが、この場合に基準はそれである。
 雷切にとっては、雪姫たちが美少女である以前に、大衆受けが良く、入ってくる金が多いことが重要なのだ。
 彼女たちがいたからと言って、今まで劇的に収入が増えることはなかったので、つまりはそういうことだ。

「でも、そんな急にビジュアル方面を押し出そうとしても、一朝一夕でどうにかなるものじゃないわよ」
「そもそも文字だけじゃ容姿なんて想像の産物だしー」
「別にお前らにそんなことを求めちゃいねーよ。まぁ、俺には一応、アテがないわけでもないが……」

 途端に渋い顔をする雷切。
 そんな彼の心情を察してか、ラグナロクは、

「もしかして雷切さん、“彼女”ですかぁ……?」
「あぁ、あいつだ。たかが学校の一学年ってミクロな範囲だが、一般人受けってことを考えたら適正はある。だが、ここに来てあいつを呼ぶのは気が引けるっつーか、呼びたくない」
「バトル・オブ・ホウエンでも、あえて声をかけなかったって言ってましたもんねぇ。あの人なら、雷切さんが呼べば絶対に来ると思うのですが」
「どう考えてもパーティーが悪くなるからな、二重の意味で」

 一つは純粋にタイプバランスという意味だが、もう一つはまた違う意味を持っている。
 今はいない小さな少女のことを思いながら、雷切はふと顔を上げる。
 すると、塀の終わりからひょっこりと飛び出す、黒い尻尾。
 それに続く、真っ白な髪。
 その姿の、少女。

「……あ」
「あ……」

 そして、目が合った。
 刹那。

「せんぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 その女は、雷切目掛けて飛び掛かり——抱きついた。

「会いたかった会いたかった会いたかったです! 一万年と二千年前から会いたかったです! もう離しませんこのまま一生涯金輪際世界が果てようと地球が滅びようと宇宙の法則が乱れようとトップメタが絶滅してガルーラもガブリアスもファイアローもリザードンもニンフィアもクチートもゲンガーもギルガルドもポリゴン2も洗濯機もコピペロスもゴキブロスもクレセリアもライコウもスイクンも唯一神も消えて環境が終末を迎えようともザ・クロックでストップしても先輩と一緒に添い遂げますぅ!」
「ちょ……おいコラ、ミスティ! 離せ離しやがれ……! 大袈裟なんだよお前は! あの環境トップメタ共が絶滅するわけがねーだろ! つーか一万年も前に俺らが生まれてるか! 最後に会ったのは三年前だ!」
「三年と六ヶ月と九日と十二時間と二十四分と三十六秒前です! あ、今ので十三時間に!」
「知るか!」

 雷切を押し倒した少女はその勢いのまま雷切の胸に顔を埋めて頬ずりしており、雷切が引き剥がそうとしてもなかなか離れない。とんでもない吸着力だ。

「……ライ、この子は……」
「説明は後だ! とにかくこいつを鎮めねーと……!」
「大好きです先輩もうあたし先輩がいない間ずっと朝も昼も夜も先輩のことしか考えられなくておはようからおやすみまでバイト中もベットの中でも先輩のことを忘れた時なんて片時もないくらい先輩尊敬していますもういなくならないでくださいやっぱりずっといましょうよ先輩先輩先輩先輩——!」
「くそっ、禁断症状、それとも反動が来てるのか……!? 思考回路と言語機能が支離滅裂になってやがる……いや、今はんなことどうでもいい!」

 マウントポジションをほぼ奪われているので呼吸がしづらいが、しかし精一杯息を吸い込んで、雷切はありったけの声量で叫ぶ。

「ミスティ!」
「はいっ! 先輩!」

 そして、やっとその一声で、彼女は止まった。
 歓喜に満ちた、ニコニコとした表情のまま。

「……とりあえず、話は中でゆっくりするぞ」
「はいっ、先輩!」