二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 茶番1 ( No.52 )
- 日時: 2015/04/03 11:31
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: RHpGihsX)
「ねぇ、そこの君。三番書類持って来てくれる?」
「調査隊からの報告はまだか? 次の調査班が出られないんだが……」
「掃討班、今から何人出られる? ……え? 無理? そんなこと言われても——」
セントラル・フィールド。
俗称、中央街とも呼ばれるこの区域は、運営の管理とは別に政府が存在する。
その実態は政府というよりも、中央街に住まう者たちによる自治団体といったものだが、要するに役所だ。
その一室では何人もの役人たちがバタバタと駆けまわり、連絡を取り、書類の山に埋もれ、事務的な会話が続く。
そこから少し離れた場所で、一人ぽつんと長机に座った男がいた。ぽつんと、と言っても、彼の場合はそういう仕事だから一人でいるわけであり、孤独だからと言うわけではない。
「——不備はないようですね。了解しました。では、上に通しておきます」
「よろしくお願いします」
彼は先ほどまで手に取っていた書類を机に置いて、事務的な口調でそう言うと、目の前の書類を渡してきた役人は帰っていった。
そしてその姿には目もくれず、先ほど渡された“表面上は”不備のない書類を、机の上にいくつか積んである書類の山に几帳面に置く。
「…………」
「あらあら、相変わらずの仏頂面ですね。一息もつかないなんて」
先ほどの役人と入れ替わりに、また新しい人物がやって来た。
女性だ。そして、彼にとってはただの仕事仲間というだけでしかない他の役人以上に、関係の深い人物だった。
「今日は比較的仕事が少ないですから、このくらいならまだまだ余裕です。それより、なにかご用ですか?」
「調査報告です。確認、よろしくお願いします」
そう言って彼女は、男に何枚か綴られた書類を手渡す。
男はその書類を渡されると、すぐに目を通し始めた。
「ふむ……また単独調査ですか。場所が場所ではありますが、女性一人では危ないでしょうに」
「心配してくれてるんですか? 優しいですね」
「何分人手が足りない職場なので、他部署の方でもいなくなられると困るんですよ」
「実利的な回答ですね」
「まあ、あなたとは見知らぬ仲でもありませんし、心配していないわけではありません。特にあなたの場合だと」
「そうですね、誰かボディーガードでも雇った方がいいかしら? あ、グレンちゃんとかどうでしょうか?」
「他ならぬあなたからの依頼であれば、彼女ならば引き受けるでしょうが……いい顔はされないと思いますよ。それに彼女は協力者であって、正式な役人ではありませんし」
「そっかぁ……いい手だと思ったんですけど」
と、女が言ったところで、男は書類に全て目を通し終わり、
「しっかりまとめられていますね。不備はないので、こちらで預かります」
「よろしくお願いします。経理は大変だろうけど、無理しないでくださいね」
「はい。お気遣いありがとうございます」
女としてはわりと真面目に言ったつもりだが、男は社交辞令的に言葉を返す。とはいえ彼女も、男がそういう性格であることは承知の上なので、それ以上はなにも言わず——
「あ、そうそう」
——ということもなく、部屋から出る途中にくるりと振り返る。
「なんでしょう。まだ、なにか?」
「ただの世間話です」
「仕事中なのですが」
「今日はお仕事が少ないんでしょう? 大丈夫、ちょっとだけ。すぐ終わりますから」
「はぁ……では、手短にお願いします」
本来ならば仕事中に無駄話をするのは気が咎められるが、それを突っ撥ねて絡まれるのも困るし、今は他に仕事がないのも確かだ。
少しだけであれば、聞くだけ聞いておこう。きっと今日の調査でなにか個人的に面白いものでも見つけたのだろうと思って、そんな軽い気持ちで、彼は尋ねたのだった。
「雷切君がね、また皆と色々やってるみたい」
だが、彼女の口からは、意外な名前が出て来る。
軽く聞いただけに、少しだけ驚いたが、
「……そうですか」
と、すぐに素っ気なく返す。
「素っ気ないですね。興味ないですか?」
「特には。彼のことは既に知っています。バトル・オブ・ホウエンの情報は、政府にも流れて来るので」
「そうなんですか。下っ端役人の私は最近知ったのだけれど」
「個人情報を含む関係上、ある程度の上役と、一部の特殊な部署にしか公開されない情報なので」
「それは暗に自分がエリートだって言ってます? 嫌味ですねぇ」
「そんなつもりはありませんが……」
「しかも無意識なんて、ますます性質が悪いです。妬んじゃいますよ?」
「はぁ……では、経理事務と書類審査、その他の諸業務、やりたいですか?」
「いえ、まったく。私は古びたものと睨めっこするのが好きですから」
「私もそれと同じですよ。私にはこの仕事が性に合っている。だから結果として今の地位にいる。それだけです」
「それもそれで聞く人が聞くと嫌味っぽいですけどね……まあいいです」
他愛ない雑談もほどほどにして。
すぐ終わると言った手前、あまり長々と話はできない。本当はもっと言いたいことがあったようだが、彼女は要点だけを短く伝える。
「私も今度、雷切君に会いに行こうと思うんだけど……どうかしら、一緒に来ませんか?」
「結構です。しばらく仕事続きなので、そのような暇はありません」
「そっか、残念です。やっぱり人手不足ね……」
ばっさりと断られたが、あまり残念そうには見えない女。
しかし人手不足、ということについては、ここでは共通の悩みの種だった。
「そうですね。運営は頑なに情報を開示しようとしませんが、ボックスサーバーで起こった“なにか”が原因でしょう。トレーナーに強制送還された者が多いので、今の政府は深刻な人手不足です」
「私が単独調査に出ているのも、他の調査隊がトレーナーの元に戻されて、ほとんど活動がないからですし……どこもそうなのかしら。参っちゃいますね」
「まったくです。優秀だった人員も多くがいなくなってしまいました。新しい人員を雇いたいですが、ここに進んで就職したがる者は少ないです」
「ポケモンが多いだけに、こういう事務的なことは苦手な人が多いですからね」
「そこはある程度資質が求められるので、できる人がやればいいのですが、先ほども言った例の“なにか”の影響なのか、ポケモンの凶暴化や傷害、破損被害など、多くの依頼が寄せられています。こういった細々とした依頼の処理が滞っていることが問題ですね」
その手の依頼の主は、ほとんどがこの街の住人だ。
住人の依頼を遂行すれば、それだけ政府の評価も上がるだろうが、人員不足によりそれがなかなか難しくなっている。だからこそ政府の評価が下がり、募集をかけても人は来ない。そして人員不足がより深刻になり、依頼の達成もさらに困難となるなど、悪循環に陥ってしまっているのだ。
今すぐに打開できることではないだろうが、少しでも今の状況を改善したい。
「……彼がいれば、また変わってくるのかもしれませんがね……」
そう思ったら、ふと口が言葉を発していた。
「それって、雷切君のこと?」
「おや、口に出ていましたか。失礼、忘れてください」
彼はそう言うと、先ほど受け取った書類を山の上に重ねながら言う。
「さて、話はこのくらいにしておきましょう。あまり話に夢中になりすぎて突然、監査官が乗り込んで来ては堪りませんからね」
「……そうですね。では、私はこの辺で失礼します。またね」
女は手を軽く振って別れを告げ、バタン、と扉を閉め退室する。
そして一人部屋に残った男は、なにも音のない無音の空間でまた、ふっ、と言葉を漏らす。
「……雷切、か……」