二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.14 )
- 日時: 2015/08/08 22:14
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
「部屋自体二つしかなかったが——取れただけ良いとしよう」
「徹夜で火の番は免除かね。良かったの、野獣の相手をしないで済む」
「でも男は三人で一部屋なんだろ? それか廊下なんだろ?」
「寝込み襲われたくなかったら素直に廊下で寝ろって」
「だから何でオレ!? つか襲うって何!?」
苛烈な喧嘩の困惑が抜けないのか、或いは外で起こっていたことの処理が追いついていないのか。動揺と怯えの抜けない曖昧な笑顔を浮かべる店主に目で会釈しながら、バル達は至極生真面目な表情で一つのテーブルに向かい合っていた。議題は四人に対して二つしかない宿の部屋割だ。
部屋割と言っても、バルが一部屋を一人で使うことは既にして暗黙の了解となりつつある。
「三人で一つとは、タコ部屋ではないかね」
「おまけにベッドはシングル」
「仮にダブルでも床と廊下に一人ずつ転がすのは確定事項だけどな!」
残るは、まともな睡眠が取れるか否か。男三人で密かに火花に散らす様をバルは横目に見ながら、やれやれと言わんばかりに酒のグラスを伴って席を立ち、空いたカウンター席の隅に座りなおした。その動きを引き金としたかのように、男三人のテーブル席はにわかに騒がしくなる。
真昼間から騒がしいことこの上ない。追加の迷惑料を支払うべきか。そんな事を考えつつ、あらぬ所から湧いてくる頭痛に頭を抱えた彼女の傍へ、店主がそっと歩み寄ってきた。
「お客さん、お返ししますよ」
「アーカイヴか。……丁度半額だな。全額でも構わなかったが?」
カウンターに置かれた薄い六角形の機械、その側面に幾つか取り付けられたボタンの一つを押して中のデータを検めながら、バルは目を細める。ぽつりと零した言葉に、店主は苦笑して小さく首を振った。
「流石に全額頂くとなると盗まれかねませんで、半額だけ。それでも三千はお釣りです」
「客に迷惑料を時間分払ってもそれだけ余るのか?」
「誰も受け取りませんよ、そんな大金。それこそ強盗にでも遭いかねません」
そうか、と眼を伏せ、バルはグラスを傾け、何の気なしにそれを外の陽に翳(かざ)した。そこら中に転がっている天然ガラスなど比にもならない、青味がかった透明感は、今に僅かながら生き残っている職人達の魂の結晶と言っても過言ではない。宝石を模すこともできるほどの煌きを、彼は惜しげもなく客に提供している。
間違いなく彼は酒場の店主だ。カウンターに映る琥珀色の影を眺めながら、バルはそんなことをふと考える。そしてそんな薄ぼんやりとした思案は、店主がやおら床から拾い上げたものを見て中断された。
「……店主。何だそれは」
お釣りの代価として進呈します。そんな言葉を添えて、カウンターを越し床に放り投げられたのは——鈍い鉛色に輝く、十本足の機械。前部に取り付けられた三つのアイカメラを真紅に光らすその様は、足が多い気もするが、紛れもなく蜘蛛のそれであった。
しかし、大きい。通常見る小蜘蛛の何倍あることか。太古に生きていた蜘蛛ですら、最も大きいもので十五センチほどだと言うのに、この機械はその倍ほどもあった。足先から反対まで概算三十センチ、虫に特段抵抗のないバルと言えど、ここまで大きいと悪寒が走る。
かしょかしょと奇妙な音を立てて近寄ってくる蜘蛛に、リアクションの取り辛そうな表情を浮かべながら、バルは店主へ黙って視線を送る。対する青年も、何故か反応しにくそうだ。自分で進呈すると言っておきながら何故自分も引いているのか。つらつら考えるバルの声は重い。
「おい」
「二週間ほど前、仕入れに言った先で酒樽の間に紛れてましてね。貰ったんです」
「……趣味の悪い手伝いを雇ったな」
「そいつは用心棒。ちょっとした強盗団くらいならそいつ一匹で十分ですよ」
強さは保証します。引きつった営業スマイルで付け足され、バルは全身からもりもりと力が抜けていくのを感じた。
「ぃよっしゃぁ勝ちぃいいッ! どーだざまー見ろ槍使い!」
「インチキだッ! ぜってーインチキだやり直せーっ!」
「勝負が決まった後でインチキなんざほざくんじゃねーカタブツ! ヒャッハー!」
そして男共の声が、切れかけていた緊張と警戒の糸に止めを刺す。
あはは、と、乾いた笑声が漏れ出すのを、バルは堪えられなかった。