二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.15 )
- 日時: 2015/08/08 22:17
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
夜の酒場は昼にもまして賑々しさを増す。
流浪の歌姫、流離(さすらい)の踊り子、流れの演奏家に、道半ばの戦士達。この街一番の老舗には今日も様々な者達が集い、美味い酒と陽気な言葉を酌み交わしていた。昼間は頑なに人を撥ねつけ、何者をも寄せ付けないバルも、この時ばかりは多少精神の緊張を解く。
「ペース早いぜ姐さん。悪酔いしちまうぞ」
「この程度、いつもと同じだ」
情熱的な歌詞と情緒的な弦楽、そしてそれに良く似合う艶やかな美声が、誰しもの耳を心地よくくすぐる。心なしか杯を運ぶ手も軽い。それは傍で立ち飲みしていた弓使いも同じだったのだろう、バルに一言だけ心配の声を掛けた後はそれきり口を結び、そして何処へかに歩き去っていった。
カウンター五十席、テーブル百五十席。酒場にしては相当な規模のこの場所も、夜になれば人が詰め掛けて、相席を作ってもまだ足りない。カウンター席の隅に腰掛けているバルの隣にも、随分前から男が居座って酒の杯を傾け、時折他の客に混じって歌や踊りに拍手など入れている。
黒いハット、同色のスカーフ、サテン地の上下、胸ポケットには真紅のハンカチーフ。体躯はすらりと長く、これで顔と皮膚が爬虫類でなければ、人間女性の一人二人は取り巻きが居てもおかしくないだろう。
進化の収斂(しゅうれん)の一つとして生まれた、新種の知的生命体——ヒトが『トカゲ』と呼ぶ者達の一人である。
「お前は此処の常連か?」
そんなトカゲの男に、バルは何気なく声を掛けた。グラスを揺らしていた男は、隣に座る女の言葉に、ただ視線のみを向けてくる。下心見え見えの嫌らしい視線だが、不思議に気色の悪さはあまり感じない。
「俺はレゾナンド、まだ此処へは二度寄っただけさ。貴女の御名前は何かな? 美しいレディ」
「バルだ。そしてトカゲ、歯が浮くような世辞は抜きにして貰おう」
トカゲの男——レゾナンドが二言目に放ったのは、ナンパであった。しかし、そこは酒場の陽気さの威力。バルは怒りもせず、ただ優雅に酒を干しながら、きついカウンターパンチのみを男に食らわせる。失敬、と一言、トカゲはそれを涼しい顔で受け流し、グラスの中の氷に音を立てさせた。
「ではバル。トカゲたる俺にわざわざ声を掛けたのは何故かな」
「昼間にヒトと悶着を起こしてな。ヒト以外と言葉を交わしたかった。それだけだ」
「光栄至極。ヒトは兎角俺達を避けがちだからね。俺達が避けてるってのもあるが」
くっく、と楽しそうに笑うレゾナンドに対して、バルは真顔。昼間の大騒ぎを思い出す度に、笑っていいのか恥ずかしがった方がいいのか分からなくなる。死と隣り合わせに生き、常に剣呑な表情ばかりを浮かべていた彼女は、あんな時どんな表情をしていれば良いか知らないのだ。
ふぅ、と一つ嘆息して、バルは残っていた酒を一気に呷(あお)った。度数の高い酒が、喉に清涼感と灼熱感を同時にもたらしながら胃の腑に流れ込む。その様を横目に見つつ、レゾナンドはグラスを片付けに来た店主へ無造作に注文を投げ、続けざまにバルへと声を掛けた。
「笑えよ、バル。そんな険しい表情、折角の綺麗な顔が台無しだ」
「お前は随分楽しそうだな、レゾナンド。常人にも終焉が覗ける場所に生きて楽しいか?」
「楽しいさ」
視線。目だけが彼を見ている。僅かな緊迫の気配が二人の間に漂う中、レゾナンドは置かれた酒瓶のコルクを栓抜きで器用に引き抜いて、バルが手に持ったままのグラスに中身を注いだ。
「終わりが見えてるってのは楽しい。本当にやりたいことが見えてくる」
「女を誑(たぶら)かすことがお前のやりたいことか。浅いな、トカゲ」
「ははっ、お言葉耳に痛いね。だが女を実際に口説くのは二番目にやりたいこと……だ」
「?」
からん。レゾナンドの手にする杯の氷が、涼しい音を奏でた。同時に、酒場の奥で歌が終わり、歓声と拍手が場を満たす。トカゲはそれに迷いなく乗り、気取った拍手を奏者に送りながら、黙ってバルの方に目配せした。
「口説き文句を考えている方が余程楽しいものさ。女と刹那の夜を過ごすよりな」
「……浅薄な生き方だな、レゾナンド」
バルの横顔には、呆れの混じった笑みが浮かぶ。その様を横目に、レゾナンドはぐっと琥珀色の液体を飲み干すと、二杯目を手酌で注ぎ入れ、やおらそれを鼻先に掲げた。
「浅薄結構。その生き方の為に、こうして俺は生きている」
「どう言うことだ?」
「大体の女の子は幻想がお好きさ。夢見る少女とも言うべきか……」
「?」
眉をひそめるバルを横に置き、レゾナンドはもったいぶった手付きで、服の胸ポケットに挿した真紅のハンカチーフを取り出した。几帳面に折り畳まれた絹の布を、スナップを効かせて一度振れば、炎のように紅い色が虚空を彩る。
まるで下手な手品のようだ。そう辛辣な評価をバルが心中で付ける中、彼はそのチーフを空中に放り投げると、革の手袋を着けた手で指を鳴らした。
ざわっ、酒場がどよめきに包まれる。しかしその視線は、流麗な剣舞を披露する踊り子の方に釘付けだ。下卑(げび)た興奮が辺りを包む中で、バルと傍に居た数人だけが、レゾナンドの成した業を見た。