二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.16 )
日時: 2015/08/08 22:20
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)



 ——これ即ち、真紅の花吹雪。
 淡い赤の光を孕みながら、無数の花弁が、バルの金髪を揺らして渦を巻く。そしてそれは、世にも芳しき薔薇の香を放ちながら、突然のことに呆然としているバルの周囲をふわりと一周したかと思うと、再び鳴らされた合図で風の如く掻き消えた。
 残るのは真紅の花弁の残像と、微かな薔薇の香りのみ。
 微かに首を振って、バルは無理やり酒杯を傾ける。

「——今のは」
「はは、綺麗に騙されるだろう? これが俺の人生で得たものの一つさ」

 言いながら掲げたのは、右手に緩く引っ掛かった、先ほどのハンカチーフだ。無論一枚の布切れでしかないし、先程の一連の業を外から見れば、紅い布がぺらりと風に舞っただけに過ぎない。しかし、バルの眼には、確かに紅き薔薇の舞と映ったのである。
 現実には無いものを、あたかも現実に有るかのごとく映す業。その意味は。

「幻を見せたり消したり出来るのさ、俺は。世間じゃこれを幻惑魔法と言うらしい」
「ステータスヒーラーか」
「そうとも言うかな。俺は今の所、狂人から狂気を取り上げる専門だがね」

 如何にも楽しげに口の端を吊り上げながら、レゾナンドは再びハンカチーフを丁寧に畳み直し、白いベストの胸ポケットへ元のように差し込んだ。その辺りの仕草も一々気取っている。軽薄で、尻の軽い女には好かれそうな、如何にもな気障男に相応しいてらい方だ。
 それでも、バルは彼を邪険に扱いはしなかった。ステータスヒーラーと言う言葉を肯定したトカゲの男に、彼女は後々の利用価値を見出していたのである。利用、と言う言葉の響きは何とも乱暴なものだが、それ以上の言い方など彼女には思いつきもしない。

「レゾナンド。仮に私が、旅に同行して欲しい——そう言えば、お前は共に来るか?」
「……まだ、行かないと言っておこうか」

 利用。無機質な言葉を思い浮かべながら放たれた提案を、彼はゆるりと断った。
 何故、と眼光鋭く問うた彼女は見ずに、トカゲは笑う。

「残念ながら俺はヒーラーじゃあない、ついでに言うと肉弾戦は得手としてない。傷も癒せない上に野獣と戦うことも出来ない、そんなのは旅の荷物と同じだろう。お宅には既に熟達したヒーラーが居る、俺がわざわざ居る必要もあるまいさ」
「老師か? だが彼一人では……」
「だからこそ“まだ”なのさ。こんな俺だが、一応ヒーラーの勉強をしていない訳じゃあない。レディがもう一度……そう、本当に俺を頼りたくなる時までに、簡単な治癒魔法程度は使えるようになっておくよ。その時が来れば、またきっと何処かで巡り合わせがあるはずだからね。——どうだい、バル?」

 流れるように紡ぎ上げられるのは、警戒心の強いバルですら一瞬ときめくような落とし文句だ。一度突き放し、条件を付けて引き寄せるなど、口八丁手八丁の詐欺師の口上でしかない。
 それでも、バルはその口説き文句に何も言えなかった。
 旅の道行きに役立つ仲間を。その信条に於いて、それは正論以外の何者でもなかったのだから。

「面白い……ならば私は待とう。それまでは老師に苦労を掛けそうだが」
「ほー、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。なら俺は一刻も早く治癒魔法の勉強を始めるべきか」
「そうしろ。私達も明日には此処を発つ」
「早いな。俺にはあやふやにしか分からないが、そんなに終わりは近いのか」

 わぁっ。

「————」

 踊り子の妖艶な舞に酒場が一層の盛り上がりを見せ、二人の周囲は普通の声も通りにくいほどの喧騒に包まれる。その声に紛れて、バルの返答はレゾナンドの耳に届かなかった。

「何だって?」
「……その程度のことは自分の目で確かめろ、気障男」

 酒杯を揺らしながら呟くバルの表情は、誰も見たことがない柔和な笑みだった。驚くほど穏やかな表情が何を意味するのか、レゾナンドには分からない。彼はしばし、しぱしぱと目を瞬いていたかと思うと、ふっと諦めたように小さく笑って、そっと肩を落とした。

「貴女は俺が見た中で一番の高嶺の花だよ、バル。この俺がこんなに強烈な肘打ちを食らうなんてね」
「さぁな……お前の口説き文句は、夢見がちな女の子には良いのだろう。だが生憎と私は現実主義者だ」

 からん、氷を杯の中で鳴らし、バルは眼を細める。芳醇な香りを楽しむような格好の奥、レゾナンドは大切なものを失くした時の寂しさと憎しみの色を見るも、詮索はしない。透明なグラスに半分ほど残った中身を一気に干して、彼はグラスをカウンターに置き、やおらその場から立ち上がった。

「現実主義者のレディを落とせる口説き文句か……良いな。次会う時までに考えておこう」
「ほう? 楽しみにしているぞ、将来のヒーラー」

 金貨十枚をカウンターに転がし、丁度やって来た店主にはチップ数枚を渡して、レゾナンドはひらりと手を振りその場から歩き去る。その方を見ずに琥珀色の酒を嗜むバルへ、男は最後まで気取っていた。

「では、美しき旅人よ。一夜一宿に良い夢を。その酒は奢っておくよ」
「そうか。では、貴方のその身に平穏な夜を。闇夜を往く旅人よ」

 踊り子の舞が終わる。
 その拍手と人だかりに紛れ、レゾナンドの後姿はすぐに見えなくなった。