二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.17 )
日時: 2015/08/08 22:22
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)


 階下は未だ騒がしく、槍使いと弓使いもまだ入り浸っているようだ。
 レゾナンドが半分ほど残していった酒をゆっくりと溶かし、多少酔いの回った足取りで階段を上がったバルは、廊下にぽつんと佇む人影を見て、思わず声を投げかけていた。

「老師? 何をしているんだ、そんな所で」

 廊下の真ん中、何かを手に持ち、つくねんとして俯く小さな老人、もといソーマニア。彼はバルの声にまず目だけを向け、そして右手に持っていたものに、ぱたんと音を立てさせる。彼が持っていたのは古びた革表紙の本と、骨董品のルーペ——要するに、本を読んでいたらしい。
 老師はルーペを衣服のポケットに押し込みながら、ほっほっほ、と楽しそうに一笑した。

「いやはや、ジャンケンに負けてしまってね。今宵は儂が廊下だよ」
「……もう少しまともな休息を取ったらどうなんだ、貴方は」

 頭を抱えるバルの言い分は何も間違っていない。
 彼女の知る限り、旅の最中で野宿せざるを得ない機会には五回ほどぶつかっているが、そのどれもについて、彼は一晩中火の番をしているのである。幾ら代わると言っても彼は聞かず、旅の最中に三日三晩の徹夜など当たり前になりかけていた。
 このままでは彼が倒れてしまう。そんな危機感を抱いた故にこそ、無理やりにでもこの宿を取ったというのに、彼はまたしても酷い場所で寝る羽目になってしまったらしい。野獣なぞに襲われる心配がないだけまだましだが、それでも場所的には野宿に毛が生えたレベル以下だろう。
 だが、老師は飄々としたものだ。

「そう心配するでない、この程度で儂は十分だよ」
「思っているだけだろう! 気力でどうにもならないものは幾らでもある」

 きつく眉根を寄せ、怒気さえ孕んだ口調で言葉を投げつけてきたバルを、老師はただ見上げた。
 彼女はそれをただ見下ろした。
 沈黙が辺りを包み、そして、老師の声で破られる。

「優しいのだね、バルは」
「っ!?」

 ——優しい?
 突然そんなことを口に出されて、バルは言いようのない激情に思わず言葉を吹っ飛ばした。
 あまり面と向かって褒められたことのない初(うぶ)な性格を良いように利用されている、そう分かっていても、何の前触れもなく、しかも真正面から喰らったときの恥ずかしさは尋常ではない。酔いはすっかり覚めているというのに、バルの顔は火で炙られたかのように火照り、彼女自身はっきり分かるほど真っ赤になってしまっていた。
 恥ずかしいを通り越して激怒に近い表情を浮かべ、拳すら握って、しかし何も出来ずただ固まっているバルへ、ソーマニアはからからと楽しそうな笑声をぶつけた。

「そう怖い顔をするでないよ。少なくとも、かの男共よりは老体を気遣っておるぞ」
「……ッ!」

 からかわれている。
 明確な意志を以って、彼はバルをからかっている。
 彼女は最早恥辱に耐えかねていた。耳まで真っ赤な顔からは本当に火が吹き出んばかり、言葉など紡ぐ余裕もなく、彼女は激情の赴くままに、ソーマニアの感知能力を超える速さでフックを放った。
 ドゴォ、と重い音。速さの割りに威力は薄かったか、或いは壁が頑丈だったのか、放たれた超速のパンチは壁を揺らすだけに留まる。だが、老師から思考を奪うには十分な衝撃だったようだ。

「…………」
「ッ——もう寝るッ!」

 ぱちくり。唖然として立ち尽くす老師に、クールダウンした後も出来ることは何もなく。バルは慌てて部屋の扉を開け、己一人がやっと入れるほどの隙間に我が身を押し込んだかと思うと、捨て台詞と共に扉を勢い良く閉めた。バァンッ、と廊下中にその音は響いて、余韻を少し残してから消えていく。

「全く、相変わらずだよ……」

 再び本を開きながら、やや呆然として呟いたソーマニアの声は、誰に届くこともなかった。


第一章『叫(おらぶ)虚(そら)』:完

次章は『都への街道』ノベライズ。
辺境の街から都までの、長いようで短い旅路の話。