二次創作小説(映像)※倉庫ログ

第一章:『叫ぶ虚』-2 ( No.2 )
日時: 2015/08/08 21:57
名前: 霧桜 ◆bHKnIG35rg (ID: K3Hf956n)


 バルやソーマニア達が暮らす世界は、その終焉の縁を覗く所まで来ている。
 本能の芯にまで刻みつけられた空の声、それもその一つだ。それら——薄まってゆく大気、強さを増す宇宙線、剥がれ飛んでゆく大地——は崩壊と言う名の天変地異であり、秩序の瓦解に適応出来なかった生物は次々に淘汰された。何千年も前に闊歩していたヒトと今を生きるバル達とですら、違う部分は挙げ切れないほどに多い。
 況して他の生物は、最早面影すらもない。
 あるとすれば、それは。

「……バル。のんびりもしておられんようだよ」
「分かっている」

 野生動物がかつてより持っている、生存に対する貪欲さ。
 今のヒトは、それを狂気と呼ぶ。

「老師、今日と言う今日こそ峰打ちはなしだ」
「御主こそやり過ぎと違うか。斬り殺す必要はなかろう?」

 広がる花園から離れ、平穏の情景を庇うように、二人はそれぞれの得物を構えて立つ。すなわち、バルは両刃の剣を、ソーマニアは黒い宝玉の輝く杖を。交わされる言葉には余裕の色が見えた。
 泰然とした視線の先には、得体の知れない生物が数匹。人頭大の球体に蝙蝠のような翼と猛禽のような足を取り付けただけの、雑な造形をしたそれらは、この世界の何処にでも生きている。それなりに長く旅をしているバル達にとっては最早見飽きた種であり、闘い慣れた化物でもあった。

「いつも貴方はそう言うが、殴り倒すだけの腕力がないのを誤魔化しているだけではないのか?」
「老いぼれの耳に痛いことを平然と言ってくれるわ、御主」

 バクロウと、目の前の球体蝙蝠は名付けられている。ふらふらと頼りなく空を飛ぶ彼等が、一体何を思ってヒトに盾突くのかは分からない。今分かっているのは、彼等がヒトを見ると襲い掛かる習性を持っているというだけだ。

「——まあ、バクロウ相手に刃を使うのは気が咎める」
「ほっほ、それが良いそれが良い」

 ちゃき、とばかり、バルは得物を握る手を返した。女性が持つにしては大降りな剣の、唯一切り傷を付けない平の部分をバクロウの群れに向け、彼女の鋭い瞳は隣に佇む老人へ向く。老人の眠たげな目も、同じく彼女を見る。いつもの通りだと、互いの眼は語っていた。
 すっかり慣れた足捌きで、バルが敵へと近付いていく。その所作に虚を突かれたか、バクロウ達は狼狽したようにその場で翼を翻し、彼女に背を向けた。しかし、その行為に意味はない。

「遅い」

 大股で一歩踏み出しただけで、彼女はバクロウ達の正面を取っていた。ぎょっとしたようにその場で無理やり静止し、ぐらりと体勢が崩れたところに、彼女は剣の平を軽く振るう。べちん、と間抜けた音がして、一匹のバクロウが地面に叩き落された。そこへ追い討ちを掛けるように、木の杖が落ちる。
 どちらの攻撃も、ヒトにしてみれば、背に激励を受けた程度の衝撃だ。頭に喰らえば多少は痛いかもしれないが、この程度では攻撃の内にも入らない。だが、バクロウへ対しては、この程度でも十分すぎた。地面にぐったりと伸び切ってしまった一匹のバクロウと、それを哀れむように見ているソーマニアを他所に、バルは他を叩きに向かう。

「これ、一人で勝手に倒すでない」
「貴方が遅いだけだ、老師。雑魚に話しかけている暇など、これからの旅にはないと言うのに」

 ばちん、べちんと、逃げ惑うバクロウ達を手当たり次第に叩き落としていきながら、ソーマニアへの言葉は冷たい。視線もなく放たれた剣山のような声に、老人の表情は困ったような苦さを含む。
 結局、十数匹の小規模な群れが全て地面に伸びるまで、二人の間に会話が戻ることはなかった。