二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.20 )
- 日時: 2015/08/08 22:33
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)
夜明けと同時に、一行は街を出た。
酒場の若店主が厚意で譲ってくれた折り畳み傘を大事に握りしめ、すっかり一行のものになってしまったらしい機械の蜘蛛を足元に引き連れて、彼等の足は荒廃した大地を踏みしめる。高い壁と魔法結界で辛うじて安寧を保つ街、その外へ一歩出てしまえば、最早道すらもない。
日暮れと雨が近づいている以上、道がなくとも足は止められない。何とはなしにバルを先頭に立てて歩きつつ、彼等は今後の方針を歩きながら話していた。
「最終目的地は百五十キロ先の西の都だ。だが、当面の目的地は途中の宿駅になるだろうな」
よく手入れされた古いコンパス、その赤い針を真西に保ち、バルは背後の男共に無茶を告げる。
街があったのは元々平原であり、本来ならば都までの道はそう大変なものではない。しかし、破壊活動によって様変わりしてしまったのだ。全長が何メートルあるかも分からない亀裂や隆起した断層は軽く見渡しただけでも嫌というほど、風化で剥がれた岩や倒れ朽ちた木は旅人の足取りに辛く、その上狂暴化した野生動物が今も彼等の背を狙っている。
休む場所も、息をつく暇もない。今や辺境の街から都までの道行は、命を削る危険な旅なのだ。
「無茶言ってくれんなァホントに。いくら宿駅に寄るったって、その宿駅も十二時間で踏破できる距離じゃねぇぞ」
「此処から五十キロは先だからな。だが、無理でもやらなければ私達は野宿だ。そうなれば火の番は任せる」
「何でオレなんだよ」
「私は街まで先導し、槍使いは殿を努めている。お前も仲間ならばその程度の仕事はしろ」
「ぅぐ……」
道はなく、勿論標識などというものもなく、曇り空では太陽の位置を測量に使うことも出来ない。だが、この近辺は幸いにして磁気の反転や狂いはない。それ故に、コンパスの針は正確に一行の進路を指し示す。バルは唯一の指標から目を離さず、自然と弓使いへの言葉にも棘が含まれた。
しかしながら、弓使いが今の所一番仕事をしていない、と言うのは紛れもない事実だ。刺々しい口調で放たれた正論に二の句が接げず、何とも言えない呻き声ばかりを捻り出す彼に、背後から声が掛かる。
「何、歩いているだけでも立派だよ。儂など歩いてもおらん」
快活な、しかししわがれて低い声は老師のものだ。その声が紡いだ「歩いてもいない」と言う言葉に、思わず弓使いがその方を見れば、彼は槍使いに肩車されているではないか。どう言う構図なんだ、とげんなりしたような声で尋ねる彼に、老師は困ったような笑み一つ。
「昨日からこの調子だ。御主等は足が速い」
「——心中お察しする」
どちらの、とは言わない。だが、誰もがその矛先をそれなく察したようで、憐れみの視線は槍使いに集中した。何だよ、と露骨に面倒くさそうな様子の槍使いを、弓使いはただ見る。
「俺じゃなくて前見てろよ。爺さんのことは諦めついてるから」
「まぁ、その……オレに余裕があったら交代するから」
「良い、別に」
最早諦めも一周回って悟りの境地。投げやりに突っ返し、槍使いは少しだけ歩くペースを早める。その僅かな違いは先頭の二人を急かすには十分なものだ。いそいそと身体と意識を前に戻しながら、しかしバルと弓使いは、その会話を止めることはなかった。
「んで——目的地が西の都っつーと、やっぱりケモノとトカゲ目当てか」
「嗚呼。ヒトには御伽噺しかないが、彼等には情報がある」
「ケモノとトカゲの話もあんまりヒトと変わらん気するけど」
「彼等の神話は、即ち寓話だ。話の裏には事実がある。事実そのものを知る者も居ておかしくはないと思うが」
ぱきん。バルが言い終わると同時に、足元で枯れ木が踏み折られた。
二人の口上に上るもの、それは、“知識”を持つ者達の存在だ。
知識と言っても、それは化学や工学と言った学問の類ではなく、むしろ伝承に近い。時に“神の道標”とも呼ばれるその伝承群は、技術と蒐集(しゅうしゅう)を極め、自然と手を繋ぐことを忘れた者達——つまり、太古のヒトが、遥か昔に遺すことをやめてしまったものの一つだ。それ故に、今のヒトには空想と偶像しか残っていない。
だがケモノやトカゲは違う。崩壊の大地により背を合わせた状況下、奇跡より低い確率の壁を乗り越え、自然淘汰の嵐を生き延びてきた彼等は、神の存在が如何なるものであり、どれほど大切なものかを良く知っている。その心持の違いが、今になって“神の道標”と言われ、命運を分けようとしているのだ。
ならば。
「知識と言えば、インビンシブル。貴方は何か知っているのか」
神によって生み出され、神によって放逐されたと言う獣はどうなのか。神の手が直々に生み出したと言うならば、言わばインビンシブルは神の子。親を知らぬ子など居ようはずもない。
かくして、雲間より姿を現したインビンシブルは、静かに答えた。