二次創作小説(映像)※倉庫ログ

第二章:『蔓延する狂気』-6 ( No.23 )
日時: 2015/10/17 17:18
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

「やっぱりキリンか」

 彼等の背後を取る形で、断層の陰から現れたもの。それは、緑青色の鱗と偶蹄目の蹄、そして伝説にのみ伝わる聖獣——『龍』のような頭部と長い尾を備えた、四足歩行の獣。キリン、そう旅人の間で呼ばれているそれは、六匹の群れを作って、彼等を取り囲むように地を蹴った。

「ははっ、オレ達を喰うってのか? ヒトは不味いぜぇ」

 弓使いの軽口に返されるのは、沈黙と、狂気に満ちた視線。その主の瞳には、光はおろか虹彩も見当たらない。何かに憑かれたかのような白目は、まさしく滅びの地に生きる獣らしい気配を漂わせている。
 彼等は捕食者。旅路を往く者達にとって、捕食者は脅威以外の何者でもない。
 腕一本を容易に食いちぎる牙、金属の鎧さえ裂く爪、刃を通さぬ分厚い毛皮、解毒剤のない毒。そして、生存本能と言う名の狂気。生半可な装備の旅人では、五人が束になっても一匹倒せるか否か分からない。そんな獣達が、今、彼等の前に立ちはだかり、その臓腑を喰らい尽くさんとしている。
 しかし、一行の顔に焦りや恐怖などは無い。それどころか、横顔には余裕の色さえ浮かんでいた。

「あーあもう。こりゃァ今夜の晩飯だな」
「馬鹿野郎、生臭いもん飯に出すんじゃねえ」
「そもそも、こんなものを都まで誰がどうやって持っていく?」
「都まで持って行けたとしてどうするのかね」
「まさかの総スカン!? 何なんだお前等、傷付くだろ!?」

 彼等にとって、目の前の捕食者は食糧と同値である。そう出来るだけの実力を、彼等は十分に持っている。敵前だと言うのにふざけた会話を交わしながら、地上に立てる者達は打ち合わせたようにそれぞれ動き出した。
 そこで彼等は疑念を抱く。

「そう言えば、インビンシブル。あんたは……戦えるのか?」

 上空に佇める影は、戦うのか。戦えるのか。
 得体の知れない力を秘めていることは知っている。ならば、それをどう使うのか。
 インビンシブルは、それらの疑念に、ただ行為を以って応えた。

 ごぉっ。
 風が低い唸り声を上げ、雲の白さと瘴気を孕みながら、巨大な飛空挺の姿が空より降りてくる。
一体何をするのか、怪訝そうな表情で己を見上げる者達の前で、インビンシブルは光の明滅する触手を一本伸ばし、一行の頭上に横たわる虚空を一撫でしたかと思うと——人間どもの背後を狙っていた一体のキリン、その首に、ぐるりと触手を絡ませた。

 ——ごぎんッ。

「ギャンッ」

 骨のへし折れる鈍い音と、キリンの上げたらしい微かな断末魔が、心臓を縮ませる。背後で行われたことへの不安に、恐る恐るその方を見れば、触手の姿は視界にない。ただ、あらぬ方向に首を折り曲げられ、事切れた一体のキリンが地面に崩折れているばかりだ。
 時間にして、一秒以下。余りにも呆気ない野獣の死に、一行は理解しきるまで数秒の時を要した。

「これ、は」
「——答えは、出たな……」

 衝撃が激しすぎて、頭も体も追いつかない。それでも時は容赦なく進んでゆく。バルがやや強引に思考を切り替え、得物を構え直したことを皮切りに、残る男共と機械の蜘蛛も捕食者へ意識を向け直す。そしてインビンシブルは、そんな一行の様子を空より見下ろしながら、先程は一本だった触手を、六本に増やした。
 そして、蹂躙が始まる。