二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 第二章:『蔓延する狂気』-7 ( No.24 )
- 日時: 2015/10/17 17:21
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
「この間抜け、何故前を押さえておかない!?」
「ンな無茶言うなアホッ、これ飛び越えろっつーつもりか!? 浮遊魔法は別の奴に頼めよ!」
野獣に対する直接的なアプローチの方法は、どんな時でも同じだ。
必ず二人以上で立ち向かい、前後、或いは左右から挟み撃ちを掛ける。一方からの攻撃に異様なほど鋭敏な彼等に対し、幾人もの旅人が傷付きながら築き上げた、最も有効な攻撃手段が挟撃だった。なまじ感覚が鋭いだけに、二方以上から同時に攻撃を仕掛けられると、野獣は判断力を失う。
無論、気配を悟られないように動けるならば、一人でも倒すことは可能だろう。だが、少なくとも今の彼等に、それが出来るほどの技量を持った者は存在しない。
「おい爺さん、無茶すんなよ!?」
「心配する暇があるなら背後をきちんと取っておかないかね。儂は御主等のようには戦えんのだよ」
必然的に、彼等もツーマンセルを組んで戦う。バルは弓使いと、ソーマニアは槍使いと。そしてインビンシブルは、機械の蜘蛛と。六人の旅人の取る連携は、昨日初めて出会った者達とは思えないほどに見事なものだ。
だが。
「ぐゥッ……!」
一匹ずつ距離を取って構える五匹に対し、彼等は六人。一匹ずつ各個撃破する時、二匹のキリンをどうしても見逃すことになる。その隙を見逃す野獣ではない。瀕死のキリンに止めを刺そうと矢を番えていた弓使い、その左肩に、仲間のキリンが背後から牙を立てた。
頑丈な防刃繊維で編まれた外套と、その下に着込んだ帷子。その両方を易々と貫き、鋭い歯がヒトの皮膚と筋肉を食い破る。思わず悲鳴になりかけた声を噛み殺し、男はそのまま引き倒そうとしてきたキリンの眼に向かって、番えようとしていた矢の先を突き刺した。
「ギャッ!」
命中。生物共通の弱点たる眼に刃物を突き立てられ、思わず力が緩んだところで、弓使いの手が強引に牙を引き剥がす。ぶちぶち、と筋の切れる嫌な音が響き、気が遠くなるほどの激痛が全身を走るも、此処で気を失っては敵にやられるだけだ。気合と根性と言う陳腐な精神論で、それでも男はその場に足を踏ん張った。
眼を刺されたキリンは、深々と突き立った異物を引き抜こうと、矢羽を引っ掛けられる場所を探しているようだ。その隙を縫い、バルは差し向かいの弓使いへ声を投げかける。
「おい、大丈夫か?」
「分、からん……弓は何とか持ててるが、しばらく血ィ止まんねーぞ、これ」
「失血し過ぎは不味い。老師は何処に?」
目を負傷したキリン、その背後に回り込んで止めを刺し、警戒の視線と強い殺気を周囲へ飛ばしながら、バルの鋭い眼がソーマニアの姿を探す。果たして特徴的なその姿は、彼女達から遠く二十メートル離れた所にあった。先程組んだツーマンセルを崩さず、槍使いと共にキリンの一匹を仕留めようとしている所のようだ。
しかしながら、非力な老人と間合いの取りにくそうな槍使いとでは、キリンに対して相性が悪すぎる。ひらりひらりとキリンは攻撃を避けてばかり、多少は当たっているようだが、決定打が与え切れていない。
「彼等は一体何をやっているんだ?」
「しょうがねぇよ……あいつの間合いとキリンの間合い、全然違うかんな」
呆れたようなバルの独り言に口を挟みながら、弓使いは兜の面頬を上げ、無事な右手と口を使って、傷口をタオルで縛り上げる。そのタオルは何処から、と思わず問えば、今朝渡してくれただろ、と返答。彼はどうやら、水を掛けられたときに投げ渡されたものをそのまま持ってきていたらしい。
それは宿の備品だったのだが、と言う重大な事実を、バルはそっと飲み込んだ。
「その程度の処置で間に合うのか」
「ちょっとならな」
もう痛みに順応してきたのか、面頬を下げながら放たれた弓使いの声はやや辛そうだが、先程までの掠れた調子ではない。弓を握り締める左手もしっかりとして、弦を引き絞ることも出来るようだ。これならばまだ戦えるだろう。しかし彼は、鏃を遠くのキリンへ向けようとして、すぐにその先を下ろしてしまった。
その理由はバルにもすぐに分かる。飛び道具で狙うには、敵と味方との距離が遠すぎるのだ。それでも、男が手負いでなければ狙い得たのかもしれないが、仮定の話など此処で幾らやっても何にもならない。
そして、もう一匹のキリンが虎視眈々と二人の首を狙う今、長話は無用の長物だ。
「距離を詰めるか」
「それっきゃねぇだろ」
二人で頷き合い、一歩を踏み出しかけて、止まる。
視線は上空。見る先は、ソーマニア達の頭上へと飛び行こうとするインビンシブルだ。一体何をするのか、そう疑問に思わせる間もなく、インビンシブルは槍使い達の真上に陣取ると——伸ばしていた六本の触手、その先端を、一匹のキリンに向けた。
何かが、起こる。決して悪いことではなく、しかし壮絶なことの起こる予感が、衝撃のように全身を貫く。
果たしてそれは、彼らの目の前で現実となった。