二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.26 )
- 日時: 2015/10/17 17:37
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
ジジッ、と、電撃の弾けるような音が鼓膜を震わせる。
その音を聞いて、反射的にバルが足を止めた瞬間。空気を焦がしながら、残滓と共に虚空を突き刺すのは、光り輝く雷光の矢だ。それは仲間内の誰が使えるものではない。他でもなく、野獣の内の一匹——新たに出てきたキリンが放ったものである。
人々が“魔法”と呼び、百年の時をかけてその体系や発動様式を整えてきた技術は、彼等にとっては生まれ付いて持っている能力に等しい。そしてそれだけに、威力や制動力は形態付けされた魔法のそれより遥かに劣る。キリンの放った稲妻は、バルに真正面から直撃したにも関わらず、大したダメージを与えてはいなかった。
ただし、ダメージが大したものではないのは、決して威力の低さだけに起因するものではない。剣で受けた電撃をそのまま受け流す卓越した剣術と、進化したヒトが持つ生来からの耐電性が備わっていなければ、先程のような芸当はなし得ないものだ。
「舐めた真似を……!」
一旦は杭打った足で力強く地面を蹴り、バルは刃を地面と水平に構えながら、一気に野獣へ肉薄する。一足で懐に入られた野獣は、咄嗟に後ろへ退こうと腰を落とし——ばつん、と言う奇妙な音と共に地面へ崩れた。
何時の間にか、足の腱が切られていたのだ。それも、四本全てが。
「!」
突然のことに、野獣だけでなくバルさえも一瞬たじろぐ。
何事か、と視線を彷徨わせかけた彼女は、野獣の足元でかさこそと動く小さな影を認め、腑に落ちたらしい。鼻白んだ時に地面へ落ちた切っ先を寸秒で振り上げ、キリンの首を逆袈裟に叩き切った。返す刃で、横から飛びかかろうとしていた獅子の喉元を貫き、強引に振り捨てる。
野獣の首から溢れる赤黒い噴水、それをバルは避けようともしない。陽の色を映したような金の髪はたちまちにして赤く染まり、粘っこい液体が髪に房を作っていく。普通ならば不快で顔を歪めそうな所を、バルは涼しい表情を変えずに少し視線を巡らせて、足元に寄ってきたものを軽く小突いた。
「彼の言葉は嘘ではなかったか」
鎌のような前足に付いた血を砂で削ぎ落としながら、こんこんと硬い音を立てて突かれるままのそれは、件の機械である。蜘蛛として見るには大きすぎる機体も、戦場へ立てば踏み潰されかねない矮躯だ。しかしその小ささと、地を跳ねる蜘蛛らしい素早さが、此処に来て役に立った。
「ふ……」
少し首を振り、髪から滴る血を振り落とす。その有様を目にしたのか、遠くで牙の長いライオンを殴り倒していた槍使いとソーマニアが走り寄ってきた。この時ですら命を奪わず、殴り倒すに留めているのは、不殺主義の老師に合わせているからなのだろう。余裕がなければ出来ないことだ。
「ば、バル? 血塗れじゃないか」
「単なる返り血だ、気にするな。——それより」
髪を梳いて血を絞り落とし、手についた血糊を振り払い、それでも尚纏わりつくものを真顔で落としていきながら、バルの瞳は弓使いの方へと向けられる。釣られて見た先には、暗き影の援護を受けながら、手負いの体で弓を引く男の姿が一つ。左肩を縛り上げたタオルには、早くも赤いものが染み始めている。
老師、とバルの声が低く零れる。ソーマニアはただ一つ頷き、杖の先で一度地面を突いた。
「これ。手を止めよ、弓師(ゆみし)殿」
「ちょい待ち」
老人の嗄れた声には、無造作な返答。そのまま放たれた三本の矢は、インビンシブルの触手によって動きを止められていたニードアラに過たず命中し、遂にその命を奪い去った。どさっ、と重い音を立てて崩れ落ちた鳥には、最早針鼠とでも形容すべきほどに大量の矢が突き刺さっている。
バルが野獣二匹を倒すまでの間に、一体何があったのか。誰もが想像することを放棄した。
そして、弓使いの方も限界が近かったようだ。今し方倒したニードアラがそれきり動かないことを視認した彼は、最早左手に力を入れられず、がらん、とばかり地面に弓を取り落していた。そのまま、ほとんど倒れるように地面へ座り込んだ男の傍に、ソーマニアが皆をそっと押しのけて歩み寄る。
「おうおう、随分と派手に噛まれておる。タオル一枚では足しにもならん」
「ぅおうッ!? いってッ! 痛いッ、痛いってじーさん! もーちょっと丁寧に……!」
「やかましい」
止血帯代わりに肩を縛っていたタオル、それを半ば引っぺがすように取り去れば、思わず目を背けたくなるほどに噛み傷が痛々しい。だが、ソーマニアは冷静なものだ。痛がる弓使いをぴしゃりと一喝、血塗れのタオルを丁寧に畳んで右手に持ち、彼は左手に持った杖の宝玉を傷口に向ける。
掛け声はない。彼に仰々しい掛け声など必要ではない。
念じるように目を細める。ただそれだけで、傷口と宝玉の間を白い光が埋め尽くした。
数本の光条の形を取るそれは、即ち空気中を漂う不可視の力——ヒトが生命エネルギーと呼ぶものの集合体。人間を人間たらしめるエネルギーの塊は、ソーマニアの紡いだ魔法によって治癒力に変換されていく。変換された力は食い千切られた肉を修復し、流され失われた血を増幅していくが、その様は光に覆い隠されて窺えない。
そして。
ふわり、と暖かい風が一陣、何処からか吹き抜けて消えた時が、魔法の終わりであった。
「ほれ、終わりじゃよ。動かせるかね?」
「……おー! すげぇ、治ってる! 完治!」
最初は恐る恐る、そして痛みがないことを確認した後は、勢いよく。肩を少し回し、あれほどの傷が消えたことに弓使いがはしゃぎ回る。そして、皆の生暖かい視線に気付いたのだろう、突然静かになった。兜の奥では、恐らく顔を真っ赤にしているのだろう。そこまで一行は想像して、言葉には出さない。
先を急ごう、と慌てたように弓使い。バル達は一瞬だけ視線をかち合わせて、頷いた。