二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.27 )
日時: 2015/10/17 17:54
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 野獣の襲撃をやり過ごすこと数度。本来なら、太陽が南中するであろう時刻に差し掛かった時だった。
 ぽつん。
 鼻の頭に冷たいものを感じて、一行は顔を上げる。

「——あ」

 翳した手に、ぽつん、とまた冷たい雫がぶつかった。
 ぽつ、ぽつ。水の粒は加速度的にその量と振る面積を増し、瞬く間に地面を濡らしていく。
 雨だ。一行の危惧していたことが、遂に起きた。

「あーあ、何てこった」
「だが、まだ傘で間に合う雨量だ。本降りになる前に、なるべく距離を稼ごう」
「あそこのマスターに感謝しないとな」

 折り畳みの傘を開き、頭上に差しかければ、ばらばらと激しい雨音が響く。緩やかに到来した雨は、早くも豪雨になりかけていた。そして、この雨は夜まで続くだろうと、一行は雨の様相から容易に想像し得た。
 あまりにも激しい天候の変化もまた、滅びを謳うこの星では当たり前に起こりうる。そして今に生きるヒトは、その激しさに対して柔軟だ。これがもし、太古の世界を闊歩していたヒトならば、急激な気圧変化に耐えられず軒並み倒れているであろう。環境への適応と言う面では、ヒトは確実に進化している。

「しかし、何だ、槍使い。それは少し……」
「いっ、言うなっ……それ以上は止めろっ……」

 ばらばらばら、ばたばたばた。穴が開きそうなほどの激しさで打ち付ける雨から、小さな傘が一行を護る。そしてその傘の柄や色は、一人ひとり違っていた。その四つの内三つはありふれたチェック柄や無地のものだが、槍使いの分だけ、柄がおかしい。と、言うより、とても可愛らしい。
 傘の地にプリントされているのは——大きな赤いリボンを頭に付けた、白い猫。太古と言うのもおこがましいほど昔に流行り、今も何故か模様としてその形態を保つそれを、彼等は知らない。ただ言えるのは、それが一行のセンスから激しく逸脱していると言うことだけだ。勿論槍使いの嗜好からしてもアウトゾーンである。
 しかしながら、可愛いと言う共通認識は彼等の中にあった。余計な追い討ちでしかない。

「……槍使い、傘を交換しよう」

 流石に可哀相だと思ったのか、さもなくばシュールレアリスム漂う光景に我慢ならなかったのか。極力平静を繕いながら、バルが己の頭上に差しかけていた水色の傘を差し出した。有無を言わさぬものを生来含んだ口調に、半ば反射を交えて受け取りかけた槍使いは、ハッとしてその手を引っ込める。

「バル、良いのか? アンタだってこんな柄好きって訳じゃないんだろ」
「だが、お前がそのまま宿駅に行くよりもましだ。野獣にも笑い者にされたいか?」
「代わってくれ」

 結局、槍使いの微かな心配は杞憂に終わる。
 かくして先達の頭上には、大変にメルヘンな模様が掲げられるのであった。


「しかし、風が強いな」
「追い風なだけまだ良い方だろ。向かい風だったら歩けなくなってる所だ」
「儂は吹き飛ばされそうだが……」

 そうして途中だった道程を消化し始めてから、一時間ほどか。
 背中から吹き付ける風に殴られ、水溜りを通り越して水辺になりつつある地面に足を取られて、一行の歩みはやや覚束ない。それは、せっかくの傘を壊すまいと庇う動きのせいもあるだろう。風に紛れるほどの小声で愚痴を零したソーマニアは、早々に傘を差し続けることを諦め、頭の天辺からつま先までずぶ濡れだった。
 そんな老師に対し、おい爺さん、とは槍使いの呆れ声。傘を貰った意味がないじゃないか、と言う非難の響きが混じった続きに、ソーマニアは分かっていると言いつつも、小さく首を横に振る。自分は最早傘を差す行為自体が無意味なのだと、諦めきった笑みだけが雄弁だった。

「……仕方ない。最寄の宿駅で、雨止みを待とう」

 遠く近く、間断なく降り続く雨。それを破るような涼しい声はバルのもの。手にした方位磁石の先を北西に合わせ、水溜りを踏み散らして、彼女は他の面子の返答を聞かず歩き出す。ちょっと待てよと慌てつつも、男達は決断に異を唱えない。この雨では都になど到底辿り着けはしないと、彼等も分かっているのだ。
 激しさの余りに白く染まった景色の中、瞬く間にヒトの背は溶け消えていく。