二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.28 )
日時: 2015/10/17 19:42
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 一行が雨に降られた場所から、北西に約三キロ歩いた山の麓に、その宿駅はひっそりと構えていた。
 他の辺境区に存在する街と同様、此処も石の城壁と魔法結界によって内と外とを隔てている。生半可な野獣は勿論のこと、ドラゴンでさえその侵入を許さぬ砦は、しかしバル達の姿を認めてすぐに歓迎の態度を示した。
 重々しい音を立て、ゆっくりと開かれていく城門。その開閉にどれほどの人手がつぎ込まれているのか、バル達は知る由もない。ただ、散々に降り続く雨にすっかり気力と体力を流され、表情も雰囲気も疲れ切っている。一人傘を差さなかったソーマニアに至っては、最早哀れなほどの濡れ鼠だ。

「誰も居ないな……」
「いや、バル。なんか居るぞ。あれ街の奴じゃね?」
「……居るのか? よく見えるな」
「弓使いの視力ナメんな」

 酷い雨と風のせいで、宿駅だと言うのに人は少ない。メーンストリートは、その妙な横幅の広さも相俟って、いやに閑静だった。足を休められる場所への道を聞くに、多少の時間と労力を要したのはその所為である。

「——失礼、尋ねたいことがある」
「えっ? あっ、ええ。何かしら? 旅人さん」
「バルだ。雨宿りの場所を探しているのだが、開いている店などはあるか?」

 撥水加工の成されたフード付外套——言わば雨合羽に身を包み、大事そうに何かを抱え歩いていた女性、その背を呼び止めて、バルが言葉を投げかける。呼び止められた相手はと言えば、バルが差していた傘に一瞬驚きと戸惑いの視線を投げたかと思うと、すぐににっこりと笑みを繕った。

「私、アミ・マリー。酒場は開いてないけど、雨宿りくらいは私達の診療所で出来るわ。案内しましょうか?」
「是非頼みたいが、診療所とは?」
「嗚呼、カッパ着てたから白衣見えなかったのね……私、これでも看護婦なのよ」
「看護婦か。似たようなものは居るな」

 ヒーラーと何か通じる所を感じたのだろう、バルの視線が、ずぶ濡れのソーマニアへ向く。己をアミ・マリーと名乗った看護師もその方へと目を向けて、まぁ、と驚きと呆れの混じった感動詞を一つ零した。続くのは、着替えあったかしら、の一声だ。そしてその言葉を聞いた途端、今の今まで表情を消していた老師が、嫌そうな顔をする。

「何を着せる気だね、御主」

 言い放つ老師の表情は、『苦虫を噛み潰した』などと言う言葉では表現が追いつかないほど苦々しい。いつも菩薩顔の彼が初めて見せた不機嫌そうな様子は、低くしわがれた声に一層の迫真味を上乗せする。対するマリーはと言えば、慌てたように首を横に振りながら言い返した。

「何を着せるも何も、服が濡れたままじゃ風邪引いちゃうでしょう? 別に私が脱がすわけじゃないし、ふりふりスカートとかピチピチの全身タイツとか、そんな変なもの用意しないから安心して」
「言ったってこた、やる気自体はあるんだよな?」
「あら、貴方も服が血だらけ……って、どうしてそうなるの! 奇抜って言ったって精々浴衣くらいよ!」
「浴衣って、東方の普段着だっけ? アレだって相当変な柄もあるって聞いたぞ」
「柄も普通! お願いだから私のセンスを信用してよ皆!」

 ますます激しくなる雨の中、悲鳴のような声だけが、大通りに響き渡る。



 それから、十数分は経ったか。
 雨合羽を羽織った看護師の先導の元、一行は大通りから一本外れた通りを歩いていた。メーンストリートから少しずれているとは言っても、決して醜悪な環境ではない。むしろ、小さいながら立派に家の体裁を保つ、何故かどれも高床の建物が並び、露店や定期市ばかりが並ぶ大通りに比べると、今は此方の方が立派に見える。
 山麓の町にしては綺麗な所だ、とは槍使い。そうでしょう、とマリーは自分のことのように得意げだ。

「此処は私達が私達らしく暮らせる集落の極限域。晴れていれば賑やかで楽しいわ」
「そうだろう」

 目を細め、顎を挙げたバルの視界に、メルヘンな模様の傘が映る。それは楽しいの意味が違うでしょう、とからから笑うマリーに対し、彼女はただ苦笑するばかり。普段のバルなら剣を振り回していた所だ、とひそひそ声で戦く男共には、狼すらも圧殺せんばかりの殺気と静寂が押し付けられた。
 ぱしゃん。ぱしゃん。静まり返った男共の耳に、水溜りを蹴散らす音が冷たい。

「そう怖い顔をしないで、バル。この土砂降りだもの、皆が皆黙り込むなんて楽しくないわ」
「無駄口は好きではない。五月蝿いのは尚更だ」
「あら、割と酷いのね」
「そうか?」

 涼しい顔で言い放ちつつ、バルはただ目を細めてマリーを見つめ、促すように通りの先へと視線をずらす。そこで初めて、彼女は先達である己が完全に足を止めてしまっていたことに気付いた。
 急ぎましょうか、の声に、一行はただ頷くだけだ。