二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.29 )
- 日時: 2015/10/17 19:50
- 名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)
「……で、でけぇ」
マリーの勤めると言う診療所は、通りに並ぶ建物の中でも特に立派なものだった。
まだ新しさの残る煉瓦造りの三階建て、雪を払う急勾配の屋根は鮮やかに赤く、ほとんどの家では錆びてもげ落ちている風見鶏が立派にその用を果たしている。そして何より、全ての窓枠に透明なガラスがはまっている。
それ自体には何らおかしな所はない。作れる人間が減ったとは言え、煉瓦もガラスもその製造技術は健在のまま、ごくありきたりな一般人の家であっても、窓ガラスが機能している家など五万とある。
しかし、それはあくまでも資源や人手が潤沢な都での話だ。物資と言う物資が不足し、常に都の『お下がり』を望み、常に壊れかけの中古品を頼らざるを得ない辺境の環境下で、これほど立派な煉瓦の建物——しかも新築のものが悠然と腰を据えているなど、普通は在り得ない。
ぐるぐると脳内で考えを攪拌しつつ、ポーチの前に突っ立ったまま、半ば唖然として建物を見上げる四人のヒト。そして、一台の機械虫。ほへー、などと感動詞を零すその様は何とも奇妙なもので、マリーはけらけらと笑いっ放しだ。
「そんなに驚くことかしら? 煉瓦もガラスもそんなに珍しくないでしょ」
「いやいやいやいやいや、こんな宿駅でこんな立派なもん見るの初めてだぜオレ」
事もなげに言い放つマリーに対し、やや大袈裟な身振りで建物を指差して反論するのは弓使い。隣では、びしっとばかり指差した拍子に振り回された傘を、槍使いがさも迷惑そうに避けている。目の前に佇む豪邸に興奮頻りの弓使いは、己が他人に迷惑を掛けていると気付かない。
そして言い返すマリーも、槍使いが鬱陶しげに傘を避けている様から、そっと目を逸らした。
「まぁ、診療所だものね。雨漏りだの隙間風だの、そんなのに悩まされるなんて嫌でしょ?」
「え、そんだけの為に新築? 贅沢だな!」
「え、患者さんのこと考えたら当然のことじゃないかしら?」
「えっ?」
眉をひそめ、信じられないとでも言いたげな風情で首を傾げる看護師の感覚に、旅人の利己主義的な感覚は何一つとしてついていけない。本気で言っているのか、と心中では驚愕に感嘆を叫びつつ、彼等の口から紡がれる言葉はなく、辺りにはただただ気まずい空気が満ち満ちる。
結局、彼等は沈黙に佇んだまま扉を開けるしかなかった。