二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.30 )
日時: 2015/10/17 19:54
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 健康的な褐色の肌と、斑の入った大きな獣耳(じゅうじ)は、ケモノと呼ばれる知的生命体であることの証。
 誇らしげに着込んだ白衣と、その襟に織られた様々な紋様は、正規の看護師であることの証。
 アミ・マリー。彼女はケモノの看護師である。

「うん、此処ならすぐに乾くでしょ。——それにしてもバル、貴方こう言うの好きなのかしら?」
「成り行きだ。槍使いにこれを持たせて不審者扱いされても困る」
「意外とナイトさんならノリノリで……」
「俺に持って来んな、俺そんなにメンタル強くない」

 そんな彼女の勤める診療所は、立派な見た目に反し、室内は手狭な印象を受けるものだった。
 だからと言って、雑多な訳ではない。むしろ、一行が通された部屋は広さの割に調度が少なく、殺風景ですらある。それでも何処か窮屈に感じるのは、室内全体が纏う、何処か沈鬱な空気のせいだろう。
 悪天候であることと関わりなく、部屋自体が持っているこの澱みが何に起因するものか、旅人には知る術もない。そして部屋に入り慣れているマリーは、そんな重さが部屋に沈殿している自体を感じていなかった。それ故に、誰も雰囲気など気にせず、部屋には穏やかな空気と会話が流れ出す。

「これって貰い物でしょ? あげた人のセンス嫌いじゃないわ、私」
「それは私をからかっているのか?」
「いいえ、全く。旅の道行きにはちょっと外した所があるくらいが丁度良いってことよ」
「これは度を越していると思うが」
「そう? バルの基準ってキツいわね。……あ、終わったー?」

 椅子ごと後ろに傾きながら、マリーが覗き込んだ先は、今居る従業員控室の隣——誰も使っていない病室の一つ。此処と向こうとを隔てる扉の向こうから、聞こえるはずの声は聞こえない。ただ音もなく、扉が開くのみだ。

「うぅ、歩きにくい……極東人ってこんな面倒なもん着てるのかよ」
「お互い様だよ」

 出てきたのは、弓使いとソーマニアの二人。紺無地の着物に袖を通したはいいものの、普段着と全く違う着心地に困惑気味の彼等は、マリーに気を回す余裕を欠いていた。頻りに襟の合わせを直したり崩したり、まとわりつく裾に顔をしかめたり、反応はあまりよろしくない。

「ねぇちょっと、大丈夫? 私の声聞こえてる?」
「んー……あー、大丈夫大丈夫……」

 上の空、という言葉がこれほど似合う口調も他にないだろう。ぱたぱたと意味もなく裾を払いたがる弓使いに、マリーはとうとう言葉を掛けるのを諦めた。代わりに、やや順応した様子のソーマニアへと対象を移す。

「貴方はどう?」
「どうも何もない。普通としか言えんよ」
「いや、変じゃないでしょ?」
「それも含めての普通だがね」

 此方は此方で、何やら雰囲気が刺々しい。一度感じてしまった不信感は、最早マリーの言葉だけで拭えそうにもなかった。はぁあ、と搾り出すように溜息を一つ、テーブルに両肘をついて頭を抱えた彼女に、ソーマニアはやや面倒くさそうに眉根を寄せながら、やおら言葉を投げ付けた。

「ところで、マリー殿。御主は看護師だそうだが、『サラス論書』を読んだことがあるかね?」
「サラス論書? えぇ、看護師の免許を取るときとっても……えっ」

 ばっ、と勢いよく顔を上げるマリー。その先に見えるのは、したり気な笑みの老師だ。にこやか、と言うとニュアンスが違うだろう。今の笑みは、彼の素のものだ。
 まさか貴方って、と呟き、それきり言葉を失った彼女へ、ソーマニアは静かに告げた。

「儂が書いた本だよ、あれは。随分古い本なのだが、まだ使われておるのかね?」
「いやっ、あの本はだって百年前のっ……えっ、そっち!? ソーマニアさんってそっちのソーマニアさん!?」

 驚きか、さもなくば感動か。ぶんぶんと首を横に振り、椅子を蹴っ飛ばして、マリーの口からは途切れ途切れに言葉の切れ端が零れ落ちていく。そっちもどっちもあるか、と老師はようやく普段通りに呵呵大笑し、手近な壁にその背を預けた。ウソでしょ、とマリーは相変わらず混乱したままだ。

「老師、全く話が掴めない」
「高名な作家に出会った気分ではないかな、マリー殿にとっては」
「えっ、じーさん高名な作家なのか」

 今の今まで着物に気を取られていた弓使いが食いついた。買い被りすぎだとソーマニアは苦笑する。

「サラス論書の著者の話だが、知っておるかね?」
「あぁ、確か王宮図書に入ってたなそれ……凄い本だって噂は聞いてるけど、それをじーさんが?」
「そう言うことだよ。凄いと言う自覚はあまりないが」
「でもすげーなじーさん! 本の内容全然知らんけどな!」
「知らんと言うに喜んで楽しいかね?」

 ゆったりとした袖の中に諸手を突っ込み、老師は悠々と構えている。一方のマリーはと言えば、混乱此処に極まれり、興奮やら諸々の感情やらで耳の先まで真っ赤にして、声にならない言葉を喉の奥から溢れさせていた。なるほど確かに、予期せずして有名人に出会った一般人と、反応はまったく同じだ。
 そして遂に、溢れ出る感情は許容量を突破し、マリーはその場でショートしたかのように凍りついた。