二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.31 )
日時: 2015/10/17 21:01
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 それから、マリーが気勢を取り戻したのは、遠く三十分後の話である。
 自分で用意した、ほかほかと湯気の立つココアを一口。彼女は気まずそうに椅子の上で縮こまっていた。

「ごめんなさい、取り乱して……まさかサラス論書の作者が存命だなんて思わなかったわ」
「普通のヒトならば生きてはおらんからの。——尤も、あれを書いた時点でヒトの寿命は越えておるが」

 その差し向かいには老師がちょこんと椅子に腰掛け、マリーが出したコーヒーをちびちびと啜っている。そして二人が挟むテーブルの上には、葉書大ほどの小さくも分厚い本が一冊。頑丈な皮装丁の表紙には『サラス論書』の金文字が、いかにも偉そうな佇まいで光っていた。

「して、だよ。サラス論書を手引きにしておると言うことは、相応の使い手とお見受けする」
「そんな、私は」
「黙りなさい。理論が使い手を選ばずとも、儂は選ぶのだよ」

 ただの新米だ、と言う言葉は、ただ口唇の動きに留まる。老師が遮ったのだ。
 サラス論書。治癒と回復魔法の基礎理論を網羅した、系統魔法研究の始まりにして集大成。百年経った今でさえ現役で使われる理論書の著者として、また魔法研究の先駆けとして、彼はある種の誇りとプライドを持っている。
 知識を託し、技術を継承するための若き人材。数百の時を生きた彼には、それを選び抜く義務と権利があると自負していた。

「新米などと不当に卑下するでない。儂よりは余程上位の使い手だよ、御主」
「いやだって、テラ理論……」
「確かにあれは儂が考えた。しかし、儂はただの理論屋でしかない。実際に使えるかどうかと言われなば」

 自信はない。そうきっぱりと己の能力不足を暴露した老師に、マリーは何とも言えぬ表情。そっかぁ、と声がやや沈んでいるのは何故か。ココアにまた一口付けて、彼女はマグカップをそっとテーブルに置いた。

「ソーマニアさん」

 透徹とした声に、老師は無言。漂う静寂を、雨音と声が断ち切っていく。

「私の知識と技術、貴方の何に役立てられるかしら」

 再びの静寂。ことん、と、老師の手がカップを置くその音が、部屋に大きい。
 外の雨は一層激しく、窓ガラスには滝のように雨水が流れている。その様子を見ながら、彼はゆっくりと返した。

「テラ理論の広範囲均等分散を試そうと思っておる。分かるかね」
「エネルギー均等分散……えぇ、大丈夫。応用できそうな理論知ってるわよ」

 知っている。
 その言葉に、ソーマニアが興味を示した。

「面白い。誰の系列かね、その理論は?」
「それなんだけど、私の同僚がね——」

 そして二人の意識は、俗世から完全に断絶される。