二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.32 )
日時: 2015/10/17 21:04
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)


 論書を開き、ページを捲って、びっしりと並ぶ文字を追い。
 二人の会話は一気にヒーラーとしての専門性と高度さを増し、傍で聞いている一般人には何のことかさっぱりだ。“軸”だの“空間”だの“時間干渉”だのと言った単語が飛び出してきた時点で、聞き耳を立てていた三人のヒトは、その理解を諦めてしまった。

「自分達の世界に入ってしまったか……」
「おーおー、爺さんが生き生きしてやがる。まあ、ヒーラー同士会話も弾むんだろうがさ」
「何言ってるかサッパリ分かんねぇ。ヒーラー怖ぇ」

 湯気を立てるカップ片手に、話の分からないメンツは自然と部屋の隅に移動していた。一体どこから持ってきたものか、紙の束に次々と持論と修正論を書き込み、口頭でもディスカッションを止めない二人に、三人の戦士は引き気味だ。まるで次元の違う会話に、弓使いなどは恐れをなしている。
 他方、床を徘徊していた機械の蜘蛛は、人間共の感情とは無関係に動いていた。何もなければ気ままに床を這い回り、時折テーブルから紙が落ちれば掻き集め、何故か三人の足元まで持っていくことを繰り返している。そして三人はその紙を見て、何一つ繋がりの理解できない文字列を、もはや面白がっていた。

「静物時間軸と生体時間軸って何なんだよ……」
「『“現在”を発動した時に固定し、それまで“現在”が動いてきた線の方程式に沿って時を飛ばす』……? 何を言っているんだこれは一体」
「そもそもさ、この議論ってエネルギーをどうやって散らすかって議論じゃなかったのか? なんか論点が変わってないかこれ? 俺の理解が追い付いてないだけ?」
「二人のことだ、恐らく私達の理解が追い付いていないだけではないか?」
「むしろお前よくそこまで理解が回るなオイ。オレまッたく理解出来ない。ヒーラー超怖ぇ」

 「全く」を協調しつつ、弓使いは手にしていた紙の束を、何とはなしに隣のバルへ渡していた。そしてバルはと言えば、それを丁寧に自分の膝の上へ置き、黙々と文字を追っている。その横顔はいかにも分かっていそうな無表情だが、瞳の奥は揺れてばかり、「全く分からない」と言う心の声が誰にも窺い知れるだろう。
 だが、彼女は特に分かる必要は無かった。ただ、一人でこの膨大な暇を潰せるものがあればそれで良かったのだ。読んでも分からない文章を読むのはかなりの苦痛だが、眼前の男共と駄弁ったり置物のように椅子へ腰掛けているよりは、難解な文書を読んでいる方が楽だと彼女は思っている。
 そうして、何時しか言葉を失くしたバルに、男二人が気付くのは、数分後の話。

「あー、っと。どうする、弓使い? 此処で喋ってるのは多分邪魔になるぞ」
「コートの修繕するわオレ。針と糸貸して」
「別に良いけど、お前自前で持ってなかったっけ」
「ガキんちょがアーカイヴん中入れやがった。酒場閉まってるしどーしようもねぇ」
「……あっそ」

 のっそりと席を立ち、弓使いと槍使いは隣室のドアを開けた。その後姿をちらと一瞥したマリーは、糸が無くなったら遠慮なく言って、と男共の背に言葉一つ。おう、と無造作に声を返し、弓使い達は振り向かずにドアを閉める。
 そして後には、再びディスカッションに戻っていったヒーラー二人と、部屋の隅で慣れない文書を読み続けるバル、床の書類を掻き集める機械虫ばかりが残された。