二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.37 )
日時: 2015/10/17 21:45
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

 アミ・サンドラと、トカゲの少女は名乗った。
 まだ正式に看護師の資格を取った訳ではないが、彼女の持つ魔法の技量は、本職であるマリーの遥か上を行くと言う。だが、幾らそれを口頭で説明されたとて、複雑な魔法の理論を理解できるほどの知識はバルにない。そして、サンドラのあどけない容姿は、言葉から説得力をそっくり奪っていた。
 ただ一人、一行で言葉に含まれた意味と凄まじさを理解出来るのは、同じヒーラーであるソーマニアだけだ。

「成程……最新理論を提唱した同僚とは、この子のことかね」
「そうなの、学会で発表した時は『馬鹿の理想論だ』って一蹴されてたけどね」
「ばかじゃないでしっ!」
「分かってる分かってる」
「二つへんじ良くないでしよ!」

 必死で馬鹿ではないことを主張するサンドラに対し、生温かい視線を送っていたマリーの笑顔が、むにぃっとばかり横に伸びた。やめてぇ、とあまり危機感のない声に対して、ムキーッ、と何処かの漫画じみた声を上げながら、サンドラは同僚の頬を引っ張り続ける。
 きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐ二人の看護師、それを横目に、バルと男共は、何とはなしに部屋の隅へ寄り集まっていた。マリーもサンドラも「部屋の隅に固まれ」などとは一言たりと発していないのだが、何となくそこへ集まっていないといけないような空気が、彼等の中にはあったのだ。
 何が楽しくてそんな所に固まるのか。隅の方でこそこそと話し合いを始める彼女等に、リッキーの視線が冷たい。しかし、そんな冷ややかな視線にもめげず、三人の男女は言葉を投げあう。

「ところで弓使い、お前は朝何をしていた?」
「何って、コートの修繕だけど」

 平然と口にする着物姿のままの弓使い、その肩に引っ掛かった外套の肩口は、その痕が分からないほど綺麗に繕われている。否、最早繕ったというよりは、破けた部分を織って継ぎ足したかのようだ。破けていたはずの部分を覗き込みながら、バルは感心したように顎へ軽く手を当てた。

「嗚呼、道理で一人分しか鼾が聞こえないと思っていたが……まさか、一晩中起きていたのか」
「しょーがねーだろ、この編目再現すんの大変なんだぜ」
「お前は一体何を言っているんだ」

 一本の糸と針で防刃繊維の編みを再現するなど、最早裁縫と言う次元ではない。呆れ半分感心半分、何とも言い表しがたい表情のバルに、弓使いは苦笑を一つ。目の下に出来た濃い隈が、この修繕にどれだけ労力を注いだかを雄弁に物語っている。

「どうせもう一度買えるようなものじゃねーんだ、大事にしとかないとオバケが出ちまう」
「出ているどころか、恐らく毎晩枕元に立っているぞ」
「マジかよ!?」

 ひゃー怖ぇー、と、馬鹿のような声を上げてわざとらしく震え上がってみせた弓使いには、ビンタが飛ぶ。スナップを効かせた強めの平手を、しかし弓使いは首を逸らして避けた。鼻の上一ミリ上を、ひゅんと空を切ってバルの手が横切る。その音から、当たったときの威力は察して余りあるだろう。

「止せやい、マゾヒストじゃねぇんだよオレは」
「良い目覚ましになるだろう?」
「寝かせろよそこは——へぶっ」

 言いながら欠伸を噛み殺しかけた弓使いの頬に、今度こそビンタがヒットした。とは言え、威力は先ほどの半分もない。ぺちっと軽い音を立てて叩かれた頬に手を当てつつ、何すんだと彼はやや苛立たしげに眉を寄せる。一方のバルはと言えば、柄にもなく楽しげだ。

「嗚呼、冗談だ」
「……あのさ、仏の顔も三度までってことわざ知ってるか?」
「触らぬ神に祟りなしと返そう」

 一体どちらが祟り神なのか、この構図では全く分からない。やれやれとばかり頭を抱えた弓使いへ、流石に哀れみを感じたか、バルは悪かったと声を低めた。対する男は、黙って首を横に振る。

「まあ、あんたが笑ってるところなんてそうそう拝む機会なさそうだし」
「信用ならない相手に油断している姿は見せられないからな」
「嬉しいねぇ、少なくともオレは信用を勝ち得たわけだ……ふぁ」

 大欠伸。はしたない、とバルは体ごと弓使いから目を逸らす。悪かったな、と欠伸混じりに彼は言い返し、ぎしりと背もたれを軋ませて椅子に身を預けたかと思うと、やおら手を組んで目を閉じた。何を、とバルが見たときには、最早夢の中。寝落ちと言う言葉がこれほど似合うシチュエーションもそうそうないだろう。
 早速深い寝息を立て始めた男から、彼女はそっと視線を外す。そこに、槍使いの声が横から届いた。