二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.38 )
日時: 2015/10/17 21:48
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

「なぁ、バル」
「……何だ?」

 目を向けた先には、椅子を反対に使い、背もたれに顎を乗せた槍使いの姿。その表情は至って真剣なもので、何だその格好は、と言いかけた口を、バルはそっと押さえる。言葉で続きを促せば、帰って来るのは静かな声だ。

「今日の南中から日暮れにかけて、雨が弱まりそうだ。雲が段々途切れ始めてきてる」
「完全に途切れる時間は分かるか?」
「南中から三時間が勝負ってとこだな。それ以降はどうなるかまだ分からん」
「三時間……」

 腕組みをしつつ、背もたれに背を預けて、バルは少し考え込む。
 ——此処から予定の宿駅に寄るとしても、もしもあの水浸しが街の外まで広がっていたならば、三時間ではとても辿り着けないだろう。そこから雨が収まった状態が続いても、日暮れまでに宿駅へ辿り着ける可能性は低い。
 ——しかし、この機会を逃せば、恐らく雨止みはずっと先になる。
 バルの中で、取るべき選択肢は一つに絞られた。視線は槍使いからマリーへと移る。

「マリー。先ほど見たが、貴女の所にはボートがあるんだな?」
「私の所と言うか、この街の人だったら誰でも持ってるわよ。私のが一番大きいけどね」
「用意周到だな。同船させて貰っても構わないか?」
「ええ、どうぞどうぞ。どうせ私も西の都に行くんだもの、相乗りしましょうよ」
「——決まりだ。正午に此処を発とう」

 それまでに諸々の準備を頼む、とマリーへ一言言い残し、バルはやおら椅子から立ち上がる。そして、傍に立て掛けてあった得物の剣を携え、隣室への扉を開けた。何をしに行く、と槍使いが尋ねれば、私には私の準備がある、と一言のみ。者どものリアクションを見ることなく、彼女は扉を閉める。
 直後、どさっと重いものが一気に床へ落ちる音が響き、深い溜息が続いて漏れ聞こえた。昨晩から腕や足の防具は身に着けたままだったが、それを外したのだろうか。室外に締め出された者達には、推察しか許されない。
 呆然としたように扉の方を見やる一行、その意識を引き戻したのは、ぱちんと言う軽い拍手の音だった。

「あーっ!」

 続くのは、サンドラの大声だ。切迫したものを含むその響きに、マリー以下部屋の一同がびくりと肩を竦ませる。

「なっ、何!? どうしたのサンドラ!?」
「ボート、ボート……!」

 酸欠の魚のごとく、口をぱくぱくと開閉させながら、サンドラは突っかかって出てこない単語を必死に絞り出そうとする。だが、言葉が声となって出てくる前に、彼女の足が先に動いてしまった。

「あっ、ちょっと! サンドラ待ちなさい!」

 バタバタバタ、と激しく床を鳴らしながら、彼女は診療所の外へと至る階段を駆け出していく。思わず強い語調で叱り飛ばしたマリーへと、ようやく紡がれた声は、止まらない足音に紛れて届いた。

「ボートもやうの忘れてたでしぃぃ……!」

 一瞬の、静寂。
 そして、彼女は理解する。

「はぁああ!? 何ですって!? こらっ、待ちなさぁいッ!」

 そして再び響き渡る、騒がしい足音と、ドアが乱暴に開閉される音、そしてサンドラを呼ぶマリーの声。一部始終を唖然として眺めていた槍使いは、二人の去った部屋に静寂が訪れたころ、やっと状況を理解したらしい。か細く、長い息を一つ吐いて、いつの間にか傍に居たソーマニアとリッキーに目配せした後、隣室のバルへ言葉を掛けた。

「俺、ちょっと手伝ってくるわ……荷物番頼む」
「嗚呼、そうしてやれ」

 労わるように、だが何処となく楽しそうに、バルが返答してくる。その言葉を背に受けながら、槍使いはやおら着込んでいた外套と帷子を脱ぐと、今までバルが座っていた椅子の背めがけてそれらを放り投げた。勢いと重みで倒れた椅子は見ないふりだ。
 はぁ、とまた小さく溜息を一つ、槍使いは重い足で階段を下りた。