二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.39 )
日時: 2015/10/17 21:51
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: kkPVc8iM)

「ただいま……」
「遅かったな」

 ずぶ濡れの三人が、大量のタオルを抱えて戻ってきたのは、それから一時間後。
 槍使いの曰く、舫(もや)い忘れたボートは、通りの端まで流されていたらしい。此処まで引っ張るのにやたら時間が掛かったと、槍使いの声は少々疲れすぎていた。その尋常でない疲労加減の裏には、何某かあったに違いない。話を聞きつつバルは思うも、口には出さない。楽しそうな濡れ鼠のサンドラを見れば、察せられる。
 その代り彼女は、身の丈ほどもある長い槍を彼に投げ渡した。男が持ち歩いている得物だ。

「一体何……ん? 何か軽いな」
「嗚呼、重心を少し柄の方へ寄せておいた。振り回すならそちらの方が良いだろう」

 扱いやすくなった槍へ首を傾げる男に、事もなげにバルは告げる。マジか、と男は眉を跳ね上げた。

「アンタ、武器の調整も出来るのか」
「旅の途中で少し覚えただけだ。それほどのことはない」
「いやぁ、普通自分の使わない武器の調整は難しいと思うけどなぁ、俺……」

 関心八割、呆れと驚きが一割ずつ。複雑な色が混さり混ざった声をバルに向けつつ、彼は己の得物をまじまじと手に取って見つめる。調整のついでということなのか、刃は綺麗に磨き上げられ、輝きが曇り空の下でも眩しい。これを一時間で済ませたのかと思うと、槍使いは感心するしかなかった。
 そして、ふと疑念が湧いてくる。

「まさかバル、この為に?」
「冗談を言え、ついでだ」
「……ははぁん、ツンデレか——ぐふァっ!?」

 意地悪い笑みが、反対側の壁に吹き飛んだ。殺風景な部屋の数少ない調度品が衝撃で微かに揺れる。
 壁に叩きつけられ、床にそのまま倒れた後も、槍使いは立てなかった。いくら籠手を着けていない女の拳とは言え、油断していた所に手加減なく振り抜かれ、おまけに鳩尾のど真ん中にめり込んでは、さすがの男も悶絶するしかない。ふるふると小さく震えながら腹を押さえ、言葉もなく床にへたったままの男を、バルは冷たく見下ろした。

「レディの親切を無碍にした罪は重いよ、ナイトさん」
「さ、さーせんっした……っ」

 そして、リッキーの満面の笑みと声が追い打ちを掛ける。槍使いは、最早土下座以外の道を取り上げられ、その場に倒れ伏して額をこすりつけることしか出来ない。
 ——そうしてふざけながらも、折節慌ただしく、折節緩慢に、時は刻一刻と過ぎてゆく。
 南中まで、一行の間に沈黙が訪れることはなかった。