二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 虚の旅路 -Story of TERRA BATTLE- ( No.6 )
日時: 2015/08/08 22:03
名前: 霧桜 ◆U7aoDc6gZM (ID: K3Hf956n)


 男と老人の肩車に痛い視線を投げつけられながら、時折何処からか湧いて出てくるバクロウを叩き叩き、歩くこと丁度十分。街外れで男とバルは同時に足を止めた。目的の者が見つかった訳ではない。ただ、三者は共に、同じ感覚を共有していた。
 三人が視線を向ける先では、ごぉごぉと、何も居ない空が相変わらず低く唸っている。先ほどまでの珍道中の間は気付かなかった情感の響きを、彼らは今、またしてもその耳に聞き取っていたのだ。

 空には何も居ない。
 ならば、誰が?

「何て言うか、寂しそうだけど……」
「しかも、近い」
「——だが、儂等のことは未だ探しておる」

 三人とも、吠える声に形ある主が居ることを確信している。だが、確証がない。
 故にこそ、彼らは長くそこに留まらない。街中を包む寂寥の叫びを聞きながら、男はきょろきょろと視線を彷徨わせた。そして、すぐに目的の者を見つけたようだ。

「おー……お? おーい?」

 茶色い外套を羽織った、これまた兜ですっぽりと顔を隠したヒトに、男は親しげに手を上げかけ——素っ頓狂な声を幾つか上げて、そのまま固まった。他方、バルとソーマニアは顔を見合わせる。そして、揃って奇妙な表情で首を傾げ、そちらを見た。そして、何も言わないまま、自分の得物に手を掛ける。

「おい、カブト」
「それ俺?」

 バルの呼び名に、答えた槍使いの声色は複雑。何でそんな変な名前を、と続きそうな言葉を雰囲気で黙らせ、彼女は刃を構えて男の頭上を見る。その様子に何か察したのか、男は僅かに姿勢を低くして、携えていた槍の穂先を地面に降ろした。
 数秒の静寂。バルから少し離れた所では、ソーマニアが一人杖を携えて何処かに歩き去っているが、今の彼女にはそれも見えない。ただ、男の頭上にひたすら焦点を合わせるだけだ。
 そして、その時は来た。

「腰を落とせ!」
「はいよっ!」

 鋭いバルの一声に応えて男は膝をつき、同時にバルが石畳を蹴って走り出す。そして、彼女は男のすぐ手前で思い切り踏み込み、一気に虚空へ飛び上がった。射るような視線の先には、橙色の体色をしたバクロウが一匹と、それを狙う形で放たれた三本の矢。
 長い滞空を誇る跳躍の中で、彼女の眼は正確に、バクロウを射抜く矢へと向けられていた。
 そして、インパクトの瞬間。

「ふッ」

 短い呼気。握り締められた無骨な剣が陽光に白く閃き、カンッ、と微かな金属音を残して振り抜かれる。彼女はそれを一瞥もせず、猫のように爪先から柔らかく着地したかと思うと、そのまま正面を見て剣を構えた。
 かんからかん、とは数秒後の音。バルの背のすぐ後ろに、先程両断したもの、即ち何処からか放たれた数本の矢が落ちたのだ。一体誰が、と言う疑問は今、彼女が今興味を持つべき範疇ではない。そしてそれは、目の前に広がっている光景から、容易に察することが出来た。

「貴様、敵か……」
「勘弁しろやい! どっちかってーとオレの方が敵に襲われてるから! 痛てっ」

 ……馬鹿に五月蝿い奴だ。
 バルはその第一印象だけで、目の前のヒトの評価を五段階下げた。先程彼女がカブトと呼んだ槍使いの男、その彼と雰囲気が似ているのは、頭をすっぽりと覆う兜と、槍使いに似た軽薄さのせいだろう。
 茶色い外套を身に纏い、使い込まれた弓に残り少ない矢を番えるヒト——声からするに男の弓使いは、バルの中で最も軽蔑すべき人種として認定された。しかし、初対面の女からどう思われているかなど、ひっきりなしに飛来するバクロウに襲われっぱなしの彼は知る由もない。

「何でオレばっかりこんな……痛ぇっ!」
「弱そうに見えたのではないか?」
 
 遂に矢も尽き、徒手空拳になった男へ向かって、バクロウは容赦ない。まるで猛禽に小鳥がモビングするかの如く、足の爪で外套を引っ掛けては飛び去り、引っ掛けては飛び去りを繰り返す。バルはその様子を真顔で眺めながら、時折間違えたように飛んでくるバクロウを近場へ叩き落すだけだ。
 弓使いの焦燥と、剣士の閑暇。当人達は至って真面目なはずなのだが、傍から見ると妙に滑稽な姿だ。少し後ろでは槍使いが一人のんびりとバクロウの相手をしていることも含めると、弓使いの男の有様が余計に馬鹿らしく見えてくる。
 だが、その馬鹿さ加減を何時までも露呈している彼ではない。ふっと黙りこみ、男はその場にそっと膝をついて姿勢を低くすると、外套のポケットをまさぐり、弓に張るための弦の束を取り出した。弓の弦が切れたという訳でもなく、奇妙な行動にバルは眉をひそめかけ、次の瞬間予想外の行動に目を瞬く。
 最初から弾切れのことを想定していたのか——男は既に張ってある弦の傍に、新しく出した弦を張ったのである。元の弦と並行に渡された二本の弦、そのような構造を持つ弓を、バルは見たことがある。
 そして、彼女が頭の中で想定したその弓の使い方を、男は現実でそのままなぞった。

「矢が切れたからってチョーシに乗りやがって」

 捨て台詞と共に、男は近場に落ちていた楕円形の石ころを数個引っ掴む。そして、二本張った弦と楕円の長辺が垂直になるよう石を引っ掛け、そのまま弓を引き絞った。

「弓使いナメんな雑魚がァ!」

 発射。男が引っ掴んだ石くれは、まさに飛び掛かろうとしていたバクロウの額へ、まるで吸い込まれるかのように飛んでいき——バチンッとばかり痛そうな音を響かせて、球体の身体を空中で一回転させていた。弾き飛ばされた者に巻き込まれた分も含め、五匹のバクロウが錐もみ落下する様には目も暮れず、弓使いは石を弓で発射していく。
 三十匹はいようかというバクロウ、それらが全て地面に叩き落とされるまで、後一分。