二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.13 )
日時: 2015/08/21 17:06
名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: TQ0p.V5X)

〝名と、恐怖〟
 悪態に微笑みで応えた少女にランサーは苦虫を噛み潰したような顔になる。彼女の性格は彼にとっては因縁深いとある男を思い起こさせるのが忌々しい。最早、自分が何をされたかは明白であった。そう、彼女の思惑通り翡翠を纏ったサーヴァントに気を取られ、まんまと心理誘導、暗示の類にかかってしまったというその事実は、彼の中で重く黒い感情となってぐろぐろと渦巻いていた。
 チィ、と舌打ちをしながら睨みつけるも、少女は気にした風もない。それどころか此方を放置して相棒と自らが呼び放った相手と会話をしている始末だ。

「さてさて。相手は死ぬ槍、となれば必中か決殺か、あるいは両方か。それと緋眼、神の血脈。絞り込めているようで全く絞り込めていないこの感じはどうしたものかな」
「いや、あの槍、覚えがある。決殺──呪い、朱槍……まさか──!」

 おうおう、此方を無視して随分な余裕だな──既に少女の術中に在り、迂闊に動けないだけにその間抜けな会話に苛立ちを募らせるランサー。しかしやはりそんな様子を他所に、翡翠の男は音が付きそうな勢いで顔を上げた。何度見てもやはり造形の整った顔の蜜色の瞳は、心なしかきらきらと輝いている。興奮を隠しきれないとばかりに頬を紅潮させ、此方を見るその視線に、ランサーは思わず後退った。

「な、なんだよ」
「もしかして御身は、我等がケルトの誉れ、赤枝の妖精の騎士──光の御子では!?」
「──っ!!」

 『ケルト』、『赤枝の騎士』、『光の御子』。その単語に、ランサーは言葉を詰まらせる。何故、それを──? 声にならない問いかけは、ひゅう、と浅い息になって男の口から漏れた。
 青ざめる男を他所に、翡翠の青年は「ああ、やはり!」と興奮しきりで少女のように顔を綻ばせながらはしゃいでいる。何やってんだろ此奴、という視線で自身の相棒を一瞥すると少女ははて、と首を傾げた。

「光の巫女? なにそれ、なんかのRPGキャラ?」

 っていうか『巫女』って女の子っしょ? 男じゃん、この人。
 少女──時雨の言葉に、一瞬にして空気が凍った。きゃあきゃあとはしゃいでいた翡翠の男も、顔を青ざめさせていたランサーも動きの一切を止め、凍った空気の中心にいる少女に視線を向ける。憐れみとか、呆れとか、諦めとか、諸々を混ぜ込んだ感情を視線に乗せることも忘れずに。

「な、なにさその視線は」

 此処に至って漸く、自身がこの空気からずれていることに気付き、時雨は慌てたように言葉を紡いだ。顔を赤くし「そんな目でぼくを見るな!!」と喚く姿に生ぬるい視線を送りながら、彼女の相棒は過ちを訂正していく。

「マスター。ミコはミコでも御中の御に子供の子で、御子だ。断じて神社や神殿に仕えるアレではない」

 優しい声に、ややあって頷き、少女は漸く言葉を発する。

「ああそっち……ってことは光の御子……? ──えっと、クー・フーリン、か」

 『クー・フーリン』その名が出たと同時に凍った空気が一気に緊迫したものに戻る。ランサー──クー・フーリンがその緋色の瞳を細め、射殺さんばかりに時雨を睨みつける。

「ったく──調子の狂う連中だ。真名がわかったということは……無論、この槍のことも分かっただろう? マスターには情報収集の命しかうけちゃあいないが──今屠るも後屠るも同じこと。一思いに、殺してやろうか?」
「冗談。『まだ』死ねない理由があるんだなあこれが。じゃあ『取引』だよ、お兄さん。君の真名を暴いちゃった代わりにぼくの相棒のヒントをあげるよ」

 殺気のこもった視線を全身で受け止めながら少女は嗤う。

「ぼくの相棒は『アヴェンジャー』。復讐者のサーヴァントだ。真名は──まあお兄さんなら遠からず気付いてるだろうから置いといて。正体は───」

 全身が総毛だつような殺気の中で、爽やかに、穏やかに、当たり前のように微笑む姿は異常。ランサーは此処にきて初めて少女の異常さに気が付いた。彼女は、恐怖なんて抱いていないのだ、と。

「───亡霊、だ」

 にたり、月明かりと電灯に浮かび上がった緑色の少女の笑みに、歴戦の英雄、クランの猛犬と称えられる英雄でもあるランサーは、『恐怖』にも似た感情を抱いた。

【それは、初めてみるイキモノだった】
(心の欠陥とは)
(つまりそういうことだよ)

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.14 )
日時: 2015/08/27 14:53
名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: TQ0p.V5X)

〝情報交換〟
 ──亡霊、という単語がしんと静まり返った冷たい空気に溶けていく。戸惑いは一瞬、ランサーは怒りを満面に湛え低く唸る。

「復讐者? しかも亡霊、だぁ? おい、小娘。冗談にしちゃ悪ふざけが過ぎる」
「お生憎。冗談でも何でもないんだなこれが──ま、信じる信じないは自由だけどね」

 しかしその怒りの表情にすら特にコメントもなく、あっさりと軽い調子で少女は応えた。
 余程余裕なのか、殺気になれているのか──それとも怒りにすら気づけないのか、そのどれも彼女が平然とし続ける理由には当てはまらないようにランサーには思えるが──いや、今はそんなことはどうでもいい。緩く首を振り、蜘蛛の巣のように思考に引っかかったそれを振り払いながら息を吐き出した。

「その真偽すら曖昧な情報じゃ取引にゃならねえな──もっと具体的な情報を寄越せ。例えば嬢ちゃん──アンタの名は?」
「あはは、それは教えらんないなあ。お兄さんのマスターも知らないのに」

 質問はさらりと躱された。せめて名でも判ればあのマスターも彼女の魔術に対処も出来そうなものを。しかしそれならばそれでいい。緋の瞳を少女から翡翠の青年に移してふむ、と唸る。

「まあいい。そっちのサーヴァント──長さの違う二槍、その武勇、なによりその魔貌……俺と同じ故郷くにの出だというならば──心当たりはある」

 翡翠の青年の眼は相変わらず、その蜜色に羨望を滲ませるだけで揺らぐことはない。

「ま、お兄さんなら此奴の真名も分かっちゃうよね」

 マスターの少女も動揺する素振りすらなく、実にあっけらかんとそんな台詞を吐き出す。自身の名を看破した時点で己のサーヴァントの真名が割れることは予測していたらしい──あはは、と緊張感のない笑い声をあげながら翡翠の青年の足のぐりぐりと踏み躙っている辺りから察するに、不本意ではあったようだが。
 痛い痛いと小声で呻く青年を華麗に無視し、ひらひらと手のひらを振った少女は「これでお手打ちにしない?」と宣い、踵を返した。

「っ、オイ!」
「『有意義な情報交換だったね』。んじゃ、バイバイ」

 微笑んだ少女は、その薄い存在感に色を添える淡い緑の襟巻をするりと外し、それを中空に放り投げ────その襟巻にランサーの意識が集中した隙に、あっけなくその場から掻き消えていた。

「ックソ、なんなんだ彼奴は──……!」

 まるで初めから其処にはランサー以外誰もいなかったかのように、夜の闇に沈んだ静寂を取り戻した空間の中で歯噛みする。彼女が投げ捨てた襟巻だけが電灯の灯りに白く浮かび上がっているのが寒々しい。それを拾い上げて握りしめた──次こそは、彼女の正体を暴いて見せると誓いながら。

【戦争一日目、終了】
(あーあ。あのマフラーお気に入りだったのに)