二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.2 )
日時: 2015/09/24 16:44
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)

〝Prologue/Da dextram misero〟
<side:subhuman>
 思いのほか上手く出来た初めての強化の『魔術』は思ったよりも威力があって、高い位置にある窓に飛びつこうとしたら天井に頭を打ってしまった。鍵のかかったドアーはどうしたって壊れないと思い至った頭脳もこうなっては役に立たない。馬鹿になったらどうすればいいのか。
 三度目にようやくしがみつくことができた。木で出来た柵を嵌め込んだ透明な硝子に拳を叩きこんだ。いやな音をたててばらばらに割れた硝子のかけらが手のひらをまっかにそめて熱を持っている。ふむなるほど、硝子というのは危ないモノらしい。つめたい空気が薄い布越しに身からだを刺すなか、ぼんやりと学習しそのまま窓枠を殴りつける。一回、二回、三回、何度目かにようやく木が折れた。さあ、これで外に出られる。
 窓枠だったものを素足で蹴って飛び出した。ざり、と音がして足の裏に何かが食い込んで熱い。ううん、また負傷してしまったようだ。鉄臭い臭いを帯びながらしろい服がオレンジめいた赤に染まる。
 血が出過ぎると動けなくなるらしいから早いところ遠くへ。いくら道具くらいはどうでもいいと思っているとはいえ、あんまり近くにいては拾いに来てしまう。つめたくてしめった地面の上を大急ぎで走って、走って、走って。
 気が付いたら目の前がくらい。身体が重たい。なるほど、動けなくなるとはこういうことか。からだをうごかすのもなんだかむずかしいので、そのまま、よこたわってねむる。

*-*-*-

 言峰璃正ことみねりせいは眉を寄せて目の前の血だまりとその中心に横たわる少女を見つめていた。冬の日の雨はその日一日で何度も降っては止みを繰り返しており、璃正がその連絡を受けた時にはもう何度目かの雨が窓を叩いていた。
 魔術には膨大な資金が必要だ。それ故に魔術師と言う人種は得てして貴族と呼ばれる階級の者が多い。その影響なのか、彼らは古い時代の選民意識を常に持っており、故に自分より下の階級の者に対して強い差別意識を持っている。差別意識ならばまだいい。時としてその差別意識から人間を人間と思わない扱いをする。今回もまたそういったものの一つの弊害だ。

「当方で後継者の補充部品スペアである娘を紛失した。近隣を探し発見したが損傷が激しくとてもではないが回収しても役に立たない。死体を始末し、秘匿を護ってくれ」

 現在の当主の代理から使い魔での連絡の内容は概ねそのようなことだった。
 補充部品、と少女を呼び、紛失したなどと宣い、挙句出血多量で虫の息である彼女を使えないからと置き去りにするという恐ろしいことを平然とする。常人には理解できない行動に背筋を震わせると細い目を上げた。
 視線の先には先程の依頼の主である魔術師が使役する小鳥の姿をした使い魔がじい、と璃正を見つめている。璃正がどのような行動を取るのかを監視しているのだろう、身じろぎもせずに目を光らせている様は不気味だった。こほん、息を吐き出して璃正は小鳥の眼を見つめ返しゆっくりと口を開いた。

「この少女は私が身柄を預かります。虫の息ですが急げばまだ間に合う。殺してしまっては手続きなどに不明点も多く、また出生届も出ていない身元不明者では根深い調査の対象になる恐れもあります。幸い私の知人には治癒魔術を得意とするものも多いですし、秘匿にも問題はない────よろしいですね」

 問いかけ、というには強めの語尾で紡ぎだされた言葉に、小鳥は考え込むように小首を傾げ、やがて嘴を開いた。

「如何にも相違ない。であればソレの処遇は貴殿ら聖堂教会に一任するとしよう。好きに使ってくれて構わんが、当方には既にソレは無関係である」

 どこからともなく響く声。奇妙な不協和音を含んだ不自然な声ははっきりと少女を不要だと断じた。予想の範疇内であり、更に言うならば璃正にとっては好都合ではあったがやるせない気分にもなる。

「はい、任されました。──つかぬ事をお尋ねしますが、彼女の名は……?」
「ソレに名はない。道具に名など不要」

 言いたいことはそれだけか、とばかりに小鳥は羽搏き何処へともなく暗闇の中へ飛び去って行く。その背を視線だけで追いながら璃正は血まみれの少女を抱き上げると冷たくなってゆく身体を抱き上げ自身のコートでくるむ。哀しいほどに軽い身体からの出血は止まりつつあった。

「実の娘のはずだが、情はないモノなのか」

 ぽつりと璃正が漏らした呟きは暗闇の中に溶けて消えていった。

【 哀れなものに右手を差し伸べよ 】

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.3 )
日時: 2015/09/24 16:44
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)

〝Prologue Ⅱ/Alea jacta est〟

 道具、と呼ばれ人間であることを否定されてきた少女が言峰璃正に拾われ、新たに「七紙時雨」という名を得て、既に五年の月日が流れていた。当時、五つであった少女は今では十になっている。あの小娘がどう成長したろうか、と言峰綺礼は中途半端に利発な光を持った視線で己を射抜く小さな少女の姿を浮かべながら、幾分か伸びた髪の襟足を掻き上げる。
彼女は、聖杯戦争に巻き込まれることが無いように、という璃正の気遣いによって預けられていた遠方の養護施設より、本日冬木に〝帰省〟することになっており、綺礼はその受け入れのために空き部屋の一つを片付けている最中であった。

「今日はまた一段と忙しないな、綺礼」
「ギルガメッシュか」

 背後から聞こえた声に振り返れば金糸の髪をふわりと揺らした凄絶な美貌の青年が其処に立ち、面白いモノを見るかのように綺礼を観察している。その佇まいはお伽噺に出てくるような理想の王子様然としていながらも、黄金の髪の隙間から覗く真紅の瞳に宿る灼熱の鋭い光と、彼自身が纏う圧倒的な威圧感がその全てを纏めて彼を『彼』足らしめている。
 彼の名は「ギルガメッシュ」。太古の昔に英雄王と呼ばれた偉大なるウルクの王その人であり、そして綺礼にとってはともに聖杯戦争を勝ち残ったサーヴァントでもある。

「なに、もうすぐ私のいもうとにあたる子供が『帰って』来るのでね」
「妹? ……貴様の血縁の者であるならばさぞ歪んだ雑種だろうな」

 如何にも面白いことを聞いた、と言わんばかりににやりと目を細めた彼を見て、綺礼は深く息を吐き出した。

「玩具にしよう、などとは努思うな。まずアレは私の血縁ではなく、父が魔術師に捨てられた子供を拾ってきただけであるし、そもそも今年で十になるか否かというような幼子だぞ」
「幼童か。つまらん」

 彼女について軽く概要を説明してやれば、黄金の王はすぐに興味を失ったようだった。

「だがまあ、あれもまた歪んでいるといえば歪んではいるがな」

 ぽつり。彼の言葉はすっかり片付いた一室の空気に交じって消えた。

*-*-*-

<side:subhuman>
さて、どうしたものかと、ぼんやり頭の隅で考える。流石に三年も前の記憶に頼るのは無理があったらしい。二年もの時間を過ごした教会への道がすっかり判らなくなってしまった。こんな様をあの性悪に見られたら何を言われるだろうか──いや、考えるまでもない。きっと無駄に冷めた視線をぼくに送りながら「ばかじゃない?」と呟くのだろう。そう考えると妙にイラッとした。
しかし三年も経てば街も随分と変わるもので、天を穿つようにそびえていた摩天楼のホテル(たしかハイなんたらといったか)は建物を建築しなおしているらしく鉄筋の無機質な山になっていて、駅から少し離れたところには気が付いたら大きな公園(しかし、何か嫌な気配を感じる)があった。
 ぼんやり。適当に辿り着いた其処のベンチに腰掛ける。この妙な気配のせいか、休日の日中だというのに人の姿はない。ゆえにぼくが独りだということを咎められることはないだろうと、ベンチの上で深く深く息を吐いた。
 ゆらゆら、ゆらり。初夏の風に若緑が揺れる。その中に浮かんだ──翡翠色。物憂げに立ち竦むその影の纏う異質。後姿しか見えないそれは、なんだか悲しそうに憤っているようだった。
 何の気なしにそいつに向かって石を投げてみる。邪魔だ退け。生憎幽霊は嫌いだ。

「いたっ…」
「あ、あたった」

 驚いたことに、弧を描いて飛んでいった拳大の石ころは幽霊の後頭部にぶつかって鈍い音を立てた。向こうが思わず漏らした、といった風の言葉にこちらも思わずつぶやいて。驚いたように振り返った幽霊の金色の瞳と目があった。

*-*-*-

 この忌々しい記憶の残る土地に意識が縫い付けられ彷徨い果てて、何度の陽が落ち、何度の月が眠ったろうか。ぼんやりと男──ディルムッド・オディナは考える。焼け落ちた街の一角は気が付けば外観ばかりは美しく整えられた公園へと成り下がり、しかして染付いた怨念は呪いに沈んだこの身に心地よい怨嗟の歌を歌い続けている。
 そんな歪んだ平穏が覆されたのは後頭部に走った衝撃だった。痛みに思わず声を上げれば幼い声で「あ、あたった」という台詞。驚いて振り返ると漆黒の瞳と視線がぶつかった。
 少女の名はナナガミシグレというらしい。見た目以上に妙な聡さを持つ少女が亡霊に成り下がったディルムッドに触れることができたのは、彼女が魔術師の系譜の者であり、その魔力の性質が呪いに近いモノだったことが起因しているようだった──断定するには少女の知識も、ディルムッドの知識も足りない──が聖杯戦争という言葉に首をこてりと傾げたところから、彼女が前回の聖杯戦争に関係しているということはないらしい、とディルムッドは判断した。
 しかし、冬木市民ならば誰しもが近寄らないこの公園に何故彼女が立ち入ったのか。答えを聞いてディルムッドは脱力した。随分スケールの大きな迷子である。
 独りで平気だ、などと駄々を捏ねる少女の腕を引いて、ディルムッドは彼女の引き取り先である冬木教会へと足を運んだ。

*-*-*-

──少女の到着が遅い。綺礼はうろうろと聖堂のなかを歩き回っていた。施設の関係者が着いてくるはずだったが少女が断ったらしいという旨の連絡は受けていたとはいえ、あまりにも遅い。ギルガメッシュ一人にこの教会を任せるのは不安であったし、迎えに行きすれ違っては元も子もないと教会に残ったものの、こうなっては不安でしかなかった。

「そういえばアレは昔からトラブルを招き入れる性質だった──まさか土地の魔術師と揉め事など起こしてはいるまいな……」
「鬱陶しいぞ綺礼──ん?」

 見兼ねた黄金の王の呆れた声がふと鋭くなる。それに合わせ綺礼も足を止めた。そうすることでより強く、此方に近寄る気配に気付く。

「おい、綺礼。貴様の妹とやらは面白いモノを土産にしてきたようだな。あの気配──多少歪んではいるが覚えがある」

 ギルガメッシュのやけに愉しそうな声が響くのと、聖堂の古びた扉が軋んだ音を立てて開くのは同時であった。


【 賽は投げられた 】