二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.20 )
日時: 2015/09/25 14:44
名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)

〝情報整理〟

「───しかし、何度聞いても俄かにゃ信じ難い。まさか其処の優男が前回───十年前の聖杯戦争でランサーのクラスを得た英霊だったなんてな」

 理解し難い現実を噛砕くように、青いランサーははあ、と息を吐き出す。その様子に苦笑を浮かべながら「最早そんな大層なモノではなくなってしまいましたが」とディルムッドはランサーに茶を差し出した。
 さんきゅ、と低く礼を述べ、茶を受け取ったランサーはそれを一息に飲み下し、その美しい青い髪をガリガリと乱暴に掻き乱しながら湯呑を乱暴に置く姿はならず者めいて見えた。

「こうなってくると聖杯戦争とやらの仕組みすらこんがらがってくんな」

 唸るように吐き出した台詞に反応したのは目下、彼のマスターである言峰であった。意地の悪い笑みを浮かべ、自身の傍らで裏柳色の襟巻を満足そうに玩ぶ少女の頭にその大きな手のひらを乗せると、重低音の声を紡ぎだす。

「ほう、では至らぬ大英雄殿の為に今一度整理しておくとしよう──時雨、おさらいだ。まず、聖杯戦争の定義とは?」
「──万物の願いを叶える「聖杯」を奪い合う争い。参加者たちは『マスター』と呼ばれ、様々な次元に存在しうる英雄たちの魂を顕現した『サーヴァント』を使役する。また、マスターは事前に聖杯から『令呪』と呼ばれるサーヴァントへの絶対命令権が三画配布される」

 言峰の台詞にすらすらと、淀みなく答える時雨。それを見ると言峰は満足そうに頷いた。

「よろしい。では時雨、サーヴァントについてもう少し詳しい説明をしてみたまえ」
「御意ー。まずはサーヴァントは七騎存在するということ。基本的に、英雄たちはそれぞれ『セイバー』『アーチャー』『ランサー』『キャスター』『ライダー』『バーサーカー』『アサシン』と呼ばれるクラスに振り分けられ、それぞれの伝承からクラスに相応したスキルや武器を扱える……例えば、ランサーのクラスで召喚された青いお兄さんは『クー・フーリン』の伝承から、呪いの朱槍を扱っているようにね」

 びっ、と時雨の指がランサーを指す。「行儀が悪い」とその指を捻りながらディルムッドは時雨の言葉に続けるように発言した。

「そして私──ディルムッド・オディナが前回の聖杯戦争にて恐れ多くも『ランサー』のクラスを得て現界したのは、先程御子殿が仰られた通りです」
「──そう、問題は其処だ。前回の聖杯戦争に喚ばれた英霊が何でまだ現界している。貴様の言い分では前回の聖杯戦争に勝者はいなかった──敗退したサーヴァントは聖杯に呑まれるんじゃなかったのかよ、監査役」

 ぎっ、とその緋色の瞳を細め、ランサーは己の主を睨みつける。睨めつけられた本人と言えば涼しい顔をして首をすくめて見せた。

「──その直接の原因は我々にも解らん。肝心の元ランサー当人にもよく解っていないようだしな」
「申し訳ない。だが一つ確かなのは、先の聖杯戦争にて敗退したこの身は、英雄としての要素のない、悪霊に近いモノとして存在している、ということです。これについては敗退時の強い負の感情が原因ではないか、という旨の見解を言峰殿に出していただきました」
「憶測に過ぎぬがね。そして悪霊であるその魂は、時雨と契約を交わし、その魔力を糧にすることで、召喚当初サーヴァントとして得ていた能力を再現するに至っている──」

 言葉を切り、言峰は時雨に視線を移す。ん? とでも言わんばかりに首を傾げた件の少女は相変わらず嬉しそうにマフラーを弄り倒しながら、ああ、と口を開いた。

「ぼくの魔力はどうやら悪霊とか呪いとか、その類と相性が良いみたいでさー。魔力を貸してあげることでそれを生前の姿に近いとこまで再現できるみたいなのね」

 ──ぱちん。
 気怠げに鳴らされた指の音に誘われたように、小さな霊がその指先で漂い始める。それを無造作に掴むとぎゅう、と握りしめ、ややあってから開いた手のひらの中には黒い小鳥が佇んでいた。

「──このとおり。って言ってもぼくは専門的に魔術を学んだことがあるわけじゃないし、ちゃんと使えるのは基礎の基礎である教化、派生した硬化、そんでもって暗示。悪霊の使役とかは──どっちかっつーと特技の方かな。魔術ではない」

 言いながら、手のひらの小鳥を直線状に飛ばす。暫く羽搏いたそれは、途中で霧のように掻き消えた。

「で、ディル──相棒もそうやってサーヴァントを再現したもの。とはいえぼくの能力じゃ完全再現は無理無理。宝具だってなんとか『呪い』にして再現できた程度で、ステータスはぶっちゃけザコなんだよね」

 けらけらと笑い、相棒と称した男を指示す少女。指された方はその指を掴み、ぎりぎりと曲がらない方向に曲げようとすることで反撃していた。子供の喧嘩か、と密かに思ったのは恐らくランサーだけではない。

「再現、という形ではあるが一応はサーヴァントという現象なのでね。彼女らには『復讐者』(アヴェンジャー)のクラスを名乗らせているというわけだ。理解したかね、ランサー」
「──ケッ、わーったよ」

 補足のように付け足された言峰の言葉に、ランサーは再び息を吐き出しながら応える。目の前では呑気な復讐者主従が静かな攻防に決着をつけたらしく、指を摩り涙目の少女と、何処か勝ち誇った顔の輝く貌が対照的だった。
 呆れたように低く息を吐いた言峰は、しかしすぐにいつものような食えない笑みを貼り付け、低く、甘いその声で楽しそうに告げた。

「さて、では現時点で明らかになっている情報を整理しようか────」

*-*-*-

 通り過ぎてゆく冬の澄み切った空と、日常に溶け込んでいく学生服。穂群原、というその学園独特の茶色の詰襟を纏った赤い髪が通り過ぎていく。急いでいるらしい、駆け足の少年はゆっくりと歩み続ける萌黄色のセーターの少女には気付いていないようだった。

「──衛宮士郎、かあ」

 ぽつり。少女は薄笑いを零しながら口元のマフラーをたくし上げる。ぎゅっと吊り上がった口角はそれで隠れたものの、愉悦の昏い光を帯びながら歪められたその瞳は隠しきれていない。

「『正義』を志す少年──うふふ、イイなァ」

 邪悪な笑みを携えて、少女は学園に背を向けてゆっくりと歩き出す。

「てってーてきに、捻りつぶしたくなっちゃうよねえ」

 その場に零した不穏な言葉を聞き届けたのは、彼女に付き従う翡翠の男のみだった。

【 歯車、噛み合う 】

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.21 )
日時: 2016/01/15 16:04
名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)

〝対面〟

 元より隠密行動や、暗示による心理誘導を得意とする時雨にとって、人のまばらになった放課後の学び舎に忍び込むことなどそう難しい事でもない。派手な立ち回りこそないものの、実に堂々と校舎を闊歩する姿はやはり何度見ても異様の一言に尽きる。
 揚々と歩を進める彼の少女は、本来年齢から言えば自分が通っていたとておかしくはない高校というものに興味があるのだろうか──心なしかきらきらと目を輝かせ、落ち着いた色合いで統一された廊下が夕陽でオレンジに染まる様を見つめている。
 その姿はあんまりにも常の様とは違って見えた。ディルムッドは低い声で己の主の名を呼ぶ。本人とて分かってはいるだろうけれども──此処は、違うのだ。

「───時雨」
「…………わーかってるよ」

 言外に含んだ非難めいた響きに気付いたのか、振り返った時雨の表情は妙な昏さを伴った笑みで。ほんの少しだけ、ディルムッドは先程の自分を後悔した。とはいえ、最早正しい騎士では在れない自身の中の黒い心が囁く。
 〝七紙時雨はそうでなくてはならない〟〝平穏とも安穏ともかけ離れた存在でなくてはならない〟一種の強迫観念にも似たそれは、恐らくディルムッドの中だけでなく、時雨自身にも浸透しているのだろう。昏い笑みは瞬時に失せ、いつもの挑発的な光を宿した瞳を廊下の先に向ける。
 その視線の先から聞こえる音にディルムッドも気付いている。

「絶賛バトってるカンジ? あつぅいお二人の間にお邪魔しちゃおうか」
「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られると言うぞ? まあその意見には賛成だがな」


*-*-*-
<side:Hero>
 静かな校舎内に不釣り合いな激しい戦闘の音が響いている。嗚呼、どうしてこんなことになったのか。

「待て、待てったら、遠坂!」
「うるさい! 次に会ったら敵だと警告したはずよ!!」

 どうにか彼女と話をつけなければならないというのに、指先から射出される魔力の塊──ガンドを躱すのに精一杯でそんな余裕はない。避けきれなかった魔力弾を強化した鞄で受けきる手がどこまで通じるかが怪しい。これが所謂『絶体絶命』という奴か、などと意識を逸らした瞬間に膨れ上がる──殺気。
 反射的に飛びのく。視界に入った遠坂もあの殺気に警戒を強めて構え、いつの間にか彼女の隣には赤いアーチャーが双剣を構えながら佇んでいる。

「嘘──もう学校内にマスターはいないはずなのに!」

 低い声で呻いた遠坂の言葉に顔を顰め、「凛、この気配は彼らだ。来るぞ」赤い弓兵はそんな事を告げる。
 彼ら? 全く理解できない会話に戸惑いつつも、アーチャーの睨みつける方向へと視線を向ければ、その二人は其処に居た。
一人は少女。オレたちと同じ年頃だろうか、中肉中背の彼女の長い黒髪の隙間でにんまりと細められた眦から覗く瞳には澱の様に淀んだ黒を滲ませている。鉄パイプと思しきモノを持つ彼女が従えているのは背の高い男性。癖の強い黒髪に陶磁の肌。蜜色の瞳が輝く眦は緩く下がっており、右目の下には泣き黒子がぽつりと浮かんでいる。

「オッジャマシマァス」

 にんまりと笑ってマフラーを口元までたくし上げる少女。学校という空間に決して馴染むことのない私服姿、しかしてまるで『其処に居るのが当たり前であるかのように』存在するその異様さにその場の空気はすっかり呑まれてしまった。だから、オレは気付かなかった。

「みぃつけた&#9825;」

 少女がオレを見て、マフラーに隠した口元を歪めていたことなど。

【 異質+異様+異常=波乱の始まり 】

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.22 )
日時: 2016/02/15 16:17
名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)

〝彼女の名は『凶兆』〟

 向けられた殺気に背筋がぞくぞくと粟立つのが何とも心地いい。思わず口角を吊り上げれば、視線の先の赤い男──アーチャーが俄かに殺気立つのが痛いほどわかり、時雨は両手を広げておどけて見せる。

「いやん、怖い怖い。そおんな睨まないで?」

 くすくすと響く声は扇動。他者を煽り、苛立たせ、判断力を奪うには十分。現に、闖入者の存在という異常事態イレギュラーも相まって、その場の空気の支配権は完全に時雨が握っていた。彼女の一挙一動に、その場が奔走される、その隙に。
 一瞬の鈍い音。その後に響く甲高い金属音。向けるともなく視線を向ければディルムッドの二槍がアーチャーの双剣と交わっている。

「おっと、中々巧くはいかんな。好機かと思ったのだが」
「──抜かせ。流石の私も自身の命は惜しい」

 何処か愉しげな色を含んだディルムッドの声音に、苛立ちを隠さずに漏らされたアーチャーの苦々しい言葉。サーヴァント二人の剣戟は止まることはなく、その圧倒的な戦いに気圧されて動けないマスター二人。間抜け面ねえ、と小さく呟いた時雨が隠し持っていたカッターナイフ数本を取り出したところで、少女の方が此方の動きに気付いたようだった。

「──しまった!」
「……遅いよ? 『Harden<硬化>』!」

 魔力を帯びた刃が一斉に放たれる。只の投擲にしか過ぎないそれは、しかして的確に若きマスター達を狙っていた。とっさに散開し、二人が躱した刃は勢いを殺さないまま二人の背後の防火扉に深々と突き刺さる。

「! 嘘だろ、ただのカッターじゃないのか」
「ただのカッターだったよ? それよりぽやぽやしていていいの?」

 ──瞬間。少年の琥珀の瞳が大きく見開かれ、その琥珀色の輝きの中に映り込む時雨の笑顔。すぐ眼前に迫ったその笑顔の上では、振り被られた鉄パイプが煌めい、て────?
 鈍い音を立てて振り下ろされたソレは、少年のすぐ横の廊下へと叩き付けられた。

「やっと君に会えたね」

 ──少女の言葉は、少年には理解できない。ただ、恍惚の表情を浮かべて己の瞳を覗き込むその瞳がどこまでもどこまでも深く、昏い。

「君に会いたかったんだよ、衛宮士郎<正義の味方>」
「どうして、オレの名前を──」

 その問いに、少女はますます笑みを深くし──そして異変は起きる。
 一瞬にして校内の空気が変化したことにその場の全員が気付いたらしく、先程まで激しい剣戟を繰り広げていたサーヴァント二人もその動きを止めたようだった。

「マスター」
「分かってるよ、相棒」

 フン、と鼻を鳴らした少女はいつの間にか自身の背後に控える己の相棒に視線を投げると、そのまま歩き出す。あまりにもなんでもない事であるかのように行われたその動作に、真っ先に我に返ったのは赤い弓兵だった。

「──待て。貴様ら、何処に行こうというのかね」
「そうね、魔力を彼方此方で感じるからそこを虱潰しにして結界から出てくつもりだけど?」

 あっさりと返された返答に、アーチャーは一瞬言葉に詰まる。一瞬の逡巡の後、「手を、貸すつもりは」「ないね。敵同士だもの」ようやく吐き出した台詞はすげなく却下され、今度こそアーチャーは黙らざるを得なかった。
 もう何もあるまい。そうして背を向けた少女に再び声をかけたのは少年。鬱陶しそうに振り返った彼女をまっすぐと見据えた彼から零れた言葉に、不機嫌さを滲ませていた少女の顔は一気に華やぐ。待っていた、と、その歪んだ執着を隠すこともせずに。

「お前の、名前は──?」
「ぼくの名前は七紙時雨。君(正義の味方)を壊しに来た」


【 やっと会えたね、正義の味方 】

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.23 )
日時: 2016/09/10 11:37
名前: 明星陽炎  ◆4fD6znnZvI (ID: YiQB1cB2)

〝知らぬが仏〟

 硝子の割れるような音が、鼓膜を震わせる事無く脳裏に響く。五感を介さずに認識される魔力ならではの現象だが、そもそも本業の魔術師ではない為にどうにもこの音には慣れない。ディルムッドが微かに眉を顰める横で、時雨は結界の起点があった本棚を元の形に戻している。

「相変わらずこの音は不快だな」
「慣れればどうってことないけどね」

 あっという間に整理された本棚を一瞥すれば、誰が読むのかすら分からないような古びた神話集が並んでいる。ギリシャ、ローマ、エジプト、日本。時雨の細い指が、撫でる様に背表紙の群れを滑る。当然だがケルトの物語はないに等しい。アルスターの文字が踊る薄い文庫本があったがどうやらそれっきりだ。
 気紛れにその本を手に取ってみれば、白銀の鎧を身に纏った美しい青年が表紙で剣を掲げていた。凛々しい絵姿に、モデルとなった当人を重ねてみるがどうにもイメージがそぐわない。どうやらそれは覗き込んできた相棒も同じらしく、梅干しを噛み締めたような顔で「似ってねえ」と呟いたのだった。

*-*-*-

 どうにも、彼らが巧い事やったらしい。幾つかの起点を破壊しているうちに、いつのまにか結界の嫌な雰囲気は失せていた。しめたもの、と校内を抜け出して教会へと足を運ぶ。すっかり昏くなった住宅街の中には、もう人影は殆どない。不自然に苛立ちながら学園の方を睨みつける青い髪の少年を見かけたような気もしたが、どうせ関係のない事だ。念の為、とディルムッドは別ルートで帰路に付いた以上、彼が此方に気付くこともないだろう。

 教会に足を踏み入れた二人を、言峰綺礼は相変わらず底の見えない笑みで迎え入れた。初めの頃こそ警戒したものの、慣れてしまえばどうということはない。ディルムッドや時雨と同様に、彼もまたこの茶番を愉しんでいるのだ。ディルムッドが仄暗い瞳の奥底に確かな愉悦の光を感じ取れば、同じくそれを感じ取ったか時雨も笑う。

「どうだったかね?」

 その笑みを見た言峰は問う。言外に含まれているのは自身の選んだ玩具への評価だ。新しい玩具を与えた我が子に気に入ったか?と、父が問うように、彼女の義兄あには甘く囁く。衛宮士郎(新しい玩具)は、お前の眼鏡にかなったのか、と。

「最高だよ、綺礼さん」

 蕩ける様な笑みで、少女は頷く。恋をしているかのように紅潮した頬、幸せそうに細められる眦。だがその奥にある瞳にはゆらりと歪んだ光が宿っている。それが悪への渇望か、愉悦と言う享楽への酔いだったのかはディルムッドには分からない。或いはそれは、その光は、なにか違うものを求めていたのかもしれないという思考がちらりと脳裏をよぎったが、彼はその思考にそっと蓋をした。七紙時雨はそれに気づいてはならないのである。壊れる間際まで、悪であることを望んだのだから。

 その夜遅く、教会に一本の電話が入った。神父の妹弟子からの近況報告(と言う名の被害報告だが)によると、穂群原学園に吸魂の結界が張られていたことと、謎の勢力が聖杯戦争を荒らしているらしい。神妙にそれを受け取れば、物言いに機嫌を損ねた少女は噛みつき損ねた獣のように唸って、電話を切った。
 機械音だけが鼓膜を揺さぶる受話器を手にしたまま、言峰はただ、どうしようもなくこみ上げる衝動のままに、笑い声を漏らすのだった。

【 気付くのはきっと落ちてから 】