二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.4 )
- 日時: 2015/07/30 14:30
- 名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: 8DXjmx02)
〝序,幕開けは密やかに〟
少女が暗闇の中、小高い木の天辺に危なげなく立っている。その視線の先には立派な洋館。彼女はその場所をじいっと注視している。
館の周辺は不気味なくらいの静寂が支配し、小鳥の気配すらない。だが仮にも魔術師崩れである少女には、館を中心に不自然にうねる魔力を探知することなどさほど難しいモノでもない。
やがて魔力の奔流が静まり──しばしの静寂。館で何が起こっているか、予想をしていた少女はすわ失敗か、と息を吐き出したところで〝それ〟は唐突に降ってきた。
不可視の光。ぼんやりと集まったソレはやがて輝きを増しながら収束し──屋根を突き破って落ちていった。
「んー、予想通り。んじゃあ帰ろうか相棒」
「なんだ、もう少し観察しなくていいのか? クラスや何か分かるかもしれん」
相棒、と声が投げられた瞬間に少女の隣の枝の上に翡翠の衣を纏った男が現れた。男は少女の言葉に納得がいかなかったのか、心底不思議でたまらない、とばかりに声を紡ぐ。
「ぼくらが頼まれたのは彼女が召喚をしたか否かの確認。クラスの確認はそれこそあの人が何か策を練って調べるっしょ。それより此処でぼくら(イレギュラー)が確認される方が問題だっての」
やれやれ、単細胞め。言外に滲ませた言葉に相棒と呼ばれた翡翠の男は苦笑を漏らすのみだった。
「なら指示に従おう、時雨。俺のマスター。そうなれば早く立ち去るが吉だ」
「分かったならさっさと動く。おんぶ」
男の背中にしがみつく少女。苦笑したままの男はそんな少女を背負いなおすとあっという間にその場から立ち去った。
「相変わらず早い。駆けろトロンベ! その名の如くッ!」
「……スパロボネタは通じないから止めるのではなかったか?」
「うるさいよ。トロンベは馬ロボなんだから黙って走れ」
「はいはい」
そんな間抜けな会話を、暗闇の中に残しつつ。
【 Amat victoria curam? 】
(……)
(どうしたの、アーチャー?)
(──いや、何でもないよ……凛)
- Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.5 )
- 日時: 2016/01/28 10:31
- 名前: 明星陽炎 ◆EaZslsthTk (ID: RGCZI60V)
〝少女、人間未満と男、翡翠の亡霊。そして喜劇の脚本家〟
駆ける、駆ける。翡翠の影は常人の眼には追えぬ速度で駆けてゆく。木々を縫い、路地の裏を渡り、屋根の瓦を踏みしめ、やがてそれは新都の端、冬木教会の裏庭にて足を止めた。
「ここまでくれば一先ずは問題ないだろう。目を回してないか」
「セルフジェットコースターあざます。敏捷なんぞ糞くらえ」
問いかけに返ってきたのは低い声。男は苦笑を漏らしながら腕の中の少女を下してやる。「ああ愛しの地面! 揺れない!」などと訳の分からないことを宣い、煉瓦の地面に頬擦りする彼女を尻目に、男は慣れた手つきで教会の裏口を開く。そのまま教会の中へと歩を進める男に気付くと、少女はむくりと起き上がりその背中を追いかけていった。
迷いのない足取りで歩き、辿り着いた其処は聖堂。本来ならば聖なる空間である其処も、冬木に降りた深い深い夜の闇のせいか異様な空気を放っているが、少女は気にした風もない。
ふわふわと踊るような足取りでその中心に佇む黒に歩み寄っていく。大窓から漏れた満月の光が少女の姿を闇に浮き上がらせた。
それはどこまでも平凡な少女の姿だった。黒い髪は頭の下の方で結われており、背中の真ん中よりも少し下の辺りで、その少し傷んだ毛先を揺らしている。前髪は長く、その全てを右側に流しているためか、顔の右半分は隠れたようになっていた。露出した左側に乗った瞳は、眦がすこし吊り上がり猫のような形をしていたが、それも小生意気そうな半眼に細められ傍からは分かりづらい。
身に纏った服はと言えば、月に照らされ青白く光る萌黄色のタートルネックのセーターにジーパン、その上から深緑のコートを羽織ったという至ってシンプルな装いである。厚着の上から辛うじて判る体型は出るところは出て、引っ込むところはそれなりに引っ込んだ、健康的な体躯だ。脚には筋肉がついているのか、少し太めに見えるのは愛嬌というやつだろう。
一つ一つの形はよく見れば整っているが、目立たない。覚えるつもりにでもならなければ、出逢って数分後には忘れてしまうだろうその姿は、まるで異質を感じさせない。それが何よりも異質。──それが、七紙時雨という少女だ。
そんな彼女は、黒い影に向かってゆるゆると距離を詰めていく。左頬には先程地面に頬擦りした名残か少し泥がついていたが、彼女は気付いてもいないのか、明るい声で中心に佇む黒い影に声を投げた。
「ただいま、綺礼さん」
声を投げられた男はややあって彼女を振り返ると、薄ら笑いを浮かべながら重低音の声を甘く紡いだ。
「よく戻ったな、時雨」
時雨は朗らかに微笑むと、黒い影──言峰綺礼に飛びついた。2mに達するか否かという身長の彼の胸の辺りに彼女の黒い頭がすっぽりと収まる。その姿は確かに父子のそれに酷似していた。尤も、その二人の性質をよく理解し、彼ら二人の心象を推し量ることが可能な者がいたならばその姿を父子等とは喩えまい、と翡翠の男はぼんやりと考える。
彼らの関係は「共犯者」だ。双方共に己の歪んだ欲望のために戦争を掻き乱そうと画策する罪人。彼女の相棒になってより八年、翡翠の男にはそれが嫌というほどわかっている。
まあ、だからこそその背中に付き従っているという己自身の異質に苦笑を漏らし、男は少女の方へと歩み寄る。そうすることでまた、彼自身の風貌も月光に晒され青白く浮き上がった。
目も醒める様な美青年。それが彼に対する印象になるであろう。端正に鍛え上げられた肉体に乗せられた顔の造形は芸術品然としている。蜜色の瞳は緩く下がった眦の下で宝石のように輝き、吊り上がった柳眉、右目の下に浮かぶ泣き黒子と併せて色気のようなものを醸し出している。また、形の整った鼻や薄い唇が絶妙のバランスで配置され、やはりその様は男性的な美しさを感じさせる。漆黒の髪は、癖の強さを残しながらも前髪の一房を残し後頭部へと流され、それ自体もまた彼の特徴の一つだ。
彼の名はディルムッド。ケルトにおける魔貌の騎士であり、第四次聖杯戦争にて槍兵の位を得たサーヴァント、だった。
ディルムッド自身は既にサーヴァントという存在ではない。無論、時雨という契約者からの魔力の供給を得て現界し、実体を持つことも宝具を繰り戦うことも可能だ。しかし実のところ、その力量というのは本物のサーヴァントのそれには大きく劣る。
彼自身は第四次聖杯戦争にて『敗退した』サーヴァントだ。しかし、最期の瞬間の強い憎悪や憤怒のせいでその存在が一部歪められ、怨霊となったらしい。それが聖杯──正確にはその底にたまったモノ──と同調し、亡霊として冬木の街に縛り付けられた。その亡霊に最高に相性のいい魔力を持つ少女、それが時雨である。
サーヴァントではないが限りなくサーヴァントに近い。それが現在のディルムッドである。
「戻ったか、兎。おい綺礼、兎が戻ったならば何故我に報せに来ない?」
しゃらん。と冷涼な声が響き、ディルムッドの隣を黄金色が通り過ぎる。
「ギルガメッシュか──時雨は今戻ったところだ。それに何故お前に報せねばならない」
「戯け。あれは我に付き合う義務がある──む? 頬に泥がついているではないか。そのじゃじゃ馬は幾つになっても変わらんな、そなたは」
「え? あ、本当だ」
綺礼に抱き付いた時雨を引きはがすとじろじろと時雨を眺めぽつりと零す彼──ギルガメッシュのその台詞に時雨はぐしぐしと頬を拭った。
「気づいていなかったのか」
「うん、全然」
「間抜けめ」
からから、とギルガメッシュは笑う。すっかり機嫌を損ねたか、時雨は拗ねたように頬を膨らませた。
「うっさいやい。だいたい付き合えってどうせゲームのレベル上げでしょ?」
「分かっているなら早急に湯浴みを済ませ部屋に来い。PWTのレートが上がるまで寝かさんから覚悟せよ……おい亡霊、聞いていたろう。貴様も付き合うのだからな」
そう告げると足早に聖堂を去るギルガメッシュの背中に溜息を零すと、綺礼は時雨の頭にその大きな手のひらを乗せて呟いた。
「やれやれ、これだからアレは。まあ機嫌を損ねると後が辛い。手短に報告を聞こう、時雨。そうしたら風呂を浴びてアレに付き合ってやりたまえ。此方は此方で策を練っておくからその話はまたおいおいな──」
ディルムッドの瞳に映った綺礼の顔は、酷く愉しげに歪んでいた。
【 Dum vitant stulti vitia, in contraria currunt 】
(さあ)
(聖杯戦争を始めよう)