二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.7 )
日時: 2015/08/04 14:22
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: 8DXjmx02)

〝First contact〟
 まだ薄暗い空の下。川の向こうの古い街並みをゆらりゆらり。時雨は淡い緑色のマフラーを口元までたくし上げて、その下でにんまりと笑った。特に集中的に鍛えたわけではないとはいえ、生来霊の類──それも殊更、悪霊と呼ばれる類──と相性のいい自身の魔力を駆使し情報を収集した限りでは、殆どのマスターはこの冬木の地に集結したようだった。ここから混乱が始まると思えばこれほど愉しいことはない。どうせ悪の一端を担う存在だ、救われないのは決まっているのだから精々自分が楽しいように掻き回してしまえばいい。
 気を抜けば声をあげて笑ってしまいそうな衝動をどうにか押し殺すことに集中したせいで、周囲の確認が疎かになってしまっていた。どん、と鈍い音と肩に走る衝撃に、少女は瞠目した。どうやら、誰かとぶつかってしまったらしい──

「あ、すみません」
「い、いえオレの方こそ──」

 夕日のような赤い髪、透き通るような琥珀の瞳。ぶつかった相手の少年は、どうやらこの先に在る穂群原学園へと通っているらしく、前の開いた黄土色の詰襟には見覚えがあった。

「本当にすみません」
「あ、いえいえ。私こそぼうっとしていたので」

 じい、と相手を観察していた時雨の耳に更に少年が謝罪を重ねた声が届く。少年はどうやら無言で相手を見つめていた時雨に何か気に障る事をしてしまったのかと考えていたらしく、はう、と息を吐き出す音が聞こえた。
穂群原といえば遠坂、間桐の後継が通う学園であり、逆に言えばそれしか興味など無い。現在のところ奇妙な結界らしきもののわずかな気配程度しか感じるものもないのだからそれ以上の感情など抱きようもなかった。保護者譲りの人当たりのいい笑顔を浮かべ、これから登校ですか? お気を付けて。などと当たり障りのない言葉を述べて不自然にならぬようそそくさと立ち去る。さて、これから教会に戻ったら何をすべきか──

*-*-*-
<side:Hero>
 空は未だ薄暗い。冬の夜明けはまだ訪れない。明星が光る空は、赤色の帯を境目にして黒と白のコントラストを描いている。なんだか妙な気分がして、オレは空を見上げていた。見慣れている筈の空がいつもと違う、いや、それよりももっと根本的な違和感。そうだ、これは───

「あ、すみません」

 ぼうっとしてしまったせいだろうか。肩に走った衝撃と、女性の声で我に返る。どうやらぶつかってしまったらしい。顔を上げると少し困惑したようなその人の表情が見えた。見た事があるような無いような、顔。綺麗に整っているのになぜか存在感が薄い。其処に加えて口元を覆った淡い緑のマフラーがゆらゆらとゆれ、視線を奪う。ただでさえ消えそうな印象が其処にばかりあつまる、ような───

「い、いえオレの方こそ──」

 はたと気付く。ぶつかってしまったというのに謝罪を忘れていた。慌てて頭を下げるとそんなオレの考えに気付いているのかいないのか、じい、と漆黒の瞳がオレを射抜いて──その、いたたまれない。希薄な存在感とはいえ、美人、の部類に入る相手に見つめられているのは気恥ずかしい。もう一度謝れば、相手は困ったように「あ、いえいえ。私こそぼうっとしていたので」と言葉を濁した姿に思わず息を吐く。どうやら謝罪が遅れたことに不快感を感じた訳ではなさそうだ。
 あたりさわりなく、彼女は言葉をつづけるとそのまま、ごくごく自然に──彼女は立ち去った。

「やれやれ、災難だな──彼も」

そんな男の声が風に溶けて消えた───気がした。

 その声の主を知ることも、彼女がどんなものであるかということも、オレはまだ知らない。だが、確実に、決定的に、彼女とオレの運命とやらが重なった初めての瞬間というのはこの時だった。

【 これも運命というのなら 】
(あの淡い緑のマフラーは)
(今もオレの脳裏でゆらゆらとゆれる)

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.8 )
日時: 2015/08/10 15:44
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: TQ0p.V5X)

〝Incipe. Dimidium est facti coepisse.〟
 もう誰もいない校舎の中を、夕闇が赤黒く染めている。星が瞬きだす暮れの空、その眼下の街を見下ろして満足そうに瞳を細めてみせながら、少女はゆらゆらと廊下を歩いていく。緑色のコートもその下の浅黄色のパーカーも、学校という空間には相応しくはない。が、彼女がそれを纏っていることは不自然ではない。何故と問うまでもなく、彼女が校内に立ち入っているというその事実が異質なのである。
 しばし歩いて、ある地点で少女がはたと足を止めた。雨の跡を残しながらも透明な硝子窓から、眼下に広がるグラウンドへと視線を滑らせた彼女はくく、と喉の奥を鳴らす。その視線の先で起きていたのは青い影と赤い影による殺し合い──そうとしか表現ができない──という異質。しかし当たり前のようにそれを受け入れた少女は誰もいないはずの空間に声を投げる。

「ご覧。もう始まったみたいだ」

 案の定、その声は静寂に融けた。しかしその静寂の中、何処からともなくすう、と男が現れると少女の背中から硝子窓を覗き込む。ややあって男がほう、と吐き出した息には感嘆すら含まれている。やはり男にとっても、それは何でもないことのようであった。
 ──何もかもが、異常。異質なことばかりを詰め込んだこの現状は、他に表現しよう事など出来ない。

「さ、じゃあ行こうか。ぼくらも盛大にオープニング出演しないとね」

 くすくすと声が響く──愉快なゲームが始まるかのような台詞を残し、二人の人影は屋上へと消えてゆく。

*-*-*-

唐突に、鮮烈に————『それ』は、上空から降ってきた。ランサーとアーチャーの斬りあいの中心、戦場となったグラウンドの真ん中に爆発音にも似た衝撃音が走り、地面がぐらりと揺れ、削れたグラウンドから巻き上げた特有の黄色い砂を含む砂煙がもうもうと立ち上がる。
 何事か、と緊迫感に息をのむその場の全員。しかしてその砂煙の中から聞こえた声といえば。

「うげほ、げっほ! うえぇ、口ン中に砂入ったぁ……」
「口空けているからだろう、ほらペッしろペッ」

 あまりにも間抜けな会話。気の抜けた男女の声に毒気ががりがりと音を立てて削られていくようだった。なんなのだ、なんなのだこれは。理解の追い付かない現状に必死についていこうとするも、考えれば考えるほどに絡み合う思考の糸にアーチャーのマスター、遠坂凛とおさかりんは混乱していた。──否、凛だけではない。アーチャーも、交戦していたランサーでさえも呆然と、唐突に(文字通り)降って涌いた異常事態を処理しきれずに固まっていた。
その様子に気付いているのか否か、いまだ砂煙のおさまらない混乱の中心では、間抜けな会話が続けられている。

「ってやばい相棒。滅茶苦茶抉れてる」
「まああの高さから飛び降りれば妥当ではないか?」
「うへえ、どうしようこれ。公共物破損とかで訴えられたりしないよね? ぼく損害賠償とか払えるほどお金ないよ」

 ──心配すんのは其処なのかよ、おい。
 青い槍兵が思わずといった風に呟いた声に、声はなくとも同意した。そんな心配をするより以前に考えるべきことがあるはずだ──例えば、この微妙な上に生ぬるい空気とか──!

「偉くリアルな心配だな、おい。その辺りは教会が何とでもするだろうさ、流石に」
「よっしゃ、そんならいいや。盛大に暴れようぜ! 壊して壊して壊そうじゃねえか! ヒャッハー!!」
「これはあれか、神父の胃が死んだ!」
「このヒトデナシー!」

 凛の心中での切実な叫びが届くはずもなく。彼ら彼女らにはやはり気にした風もない。きゃらきゃらと楽しそうな声に、(もしかしたら生まれて初めて)凛は言峰綺礼という神父にほんの少しばかり同情心を抱いた。本当に少し、雀の涙ほどではあったが。

「んじゃ──改めて参戦しよっか」
「ああ──そうするべきだろうな」

先程までの高い声が嘘のように低くなる。ふぉん、と空気を切る音が空間に響き、切り裂かれた空気が砂煙の黄色いヴェールを払いのけたその中心──其処に二人は立っていた。

「ようよう御三方。オープニングゲームならぼくらも混ぜておくれよ」

 にたり、いつの間に手にしていたのか木刀ほどの長さを持った鉄パイプを構え口角を釣り上げて、緑を纏う少女──七紙時雨が嗤う。その傍らで特徴的な赤と黄の細い槍を構えた青年──ディルムッドは囁くように謳った。

「さて、愉しんでいこうではないか」

【 始めよ 】
(始めることが事を成し遂げる道の半分にあたる)

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.9 )
日時: 2015/08/11 15:34
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: TQ0p.V5X)

〝デヴァステイト・ナイト〟

「──愉しんでいこうではないか」

 改めて見ると美しい風貌である翡翠の男のその一言と、その身に蒼を纏った男が飛び出すのは同時だった。目にもとまらぬ速度で突き出した紅い一閃──は、しかして翡翠の男にはぎりぎり届かない。
器用に後ろに倒れ込んでその真紅の一突きを躱し、左に上体を捻ると主と思しき少女を抱え地面を蹴る。たんっ、と軽い音を立てて数メートルほど距離が離れた地面に着地した翡翠は「少々気が早すぎるのではないか」と笑って見せた。
 ──ほう、この優男、なかなか出来る。
英雄と称されるだけあり、やはりどのサーヴァントも一筋縄ではいかない。戦場で感じる懐かしい高揚感にも似たそれが背中を駆け上がるのを感じ、青を纏った男──『ランサー』は緋色の瞳を細める。

(なかなかどうして、楽しくなりそうじゃあねえか)

 獣のように牙をむき出しにして、闘争本能でじりじりと理性を焦がしながら、ランサーは獰猛に笑った。

*-*-*-

 目の前で獣のように嗤う男の姿に、時雨は深い息を吐き出した。口先ばかりでは「こえー」などと呟いて見せるも、その瞳に恐怖の色はなく、あくまで冷静に目の前の槍兵をやり過ごすことに思考を巡らせているようだった。
 と、此方に飛来する赤い光。──ああ忘れてた。口の中で呟いた時雨はぶん、と手にした鉄パイプを振り回した。ぱきん、嫌な音を立てて硝子のように光が砕ける。

「忘れてもらっちゃ困るわね。というかのこのこサーヴァントの前に現れるなんて迂闊じゃない?」
「それを君が言っちゃうかなあ……」

 明確な敵対の意志をもって光──ガンドを放った赤いコートを纏った少女、遠坂凛に向き直ると時雨は苦笑する。まったく。こういうところは変わっていないのだから、この娘は。

「参ったね。オンナノコにこれで殴り掛かったりしたくないんだけど」
「誰だか知らないけど──私を舐めないでくれる? アーチャー!」

 ぽつりと本音を漏らせば相手はそれを挑発と受け取ったらしい。彼女のサーヴァントは彼女の叫びに応えるように此方に斬りかかってくる。が、それにはいち早くディルムッドが反応し、その双剣を槍で受け止め、上へと弾く。体制を崩したアーチャーに今度はランサーが繰り出した真紅の槍が襲い掛かり、しかしその隙をディルムッドの槍が突こうとする。ほどなくして、三つ巴の戦闘は激しさを増していった。
 三者入り乱れた混戦は熾烈を極めている。既に目には追えないそれを横目に、時雨もまた緑色のコートを翻して凛が放つガンドを受け流し、時折飛んでくる肉体攻撃をいなす作業に追われていた。作業──そう、作業である。それは戦闘、とは言い難い。時雨にはまだ彼女を殺す気はなく、ただ攻撃が当たらぬ様に逃げ回っているのに過ぎないのだから。

「ちょっと! 真面目に戦いなさいよ!」
「にゃはは。冗談きついってえ」

 痺れを切らした凛の叫び声も時雨にとってはどこ吹く風である。興味と呼べる一切は其処には初めから存在していない。そろそろ離脱のタイミングを計るか──そう考え始めたところで『異常事態』は発生した。
 リスクは皆無ではなかったはずだった。そう。ただその場にいた全員がその危険性を忘れていたのだ──この場に、第三者が現れる、という危険性を。
 ぱき、と小枝が折れる音に初めに気付いたのは誰だったかは定かでない。だがしかし、その音にいち早く反応したのは青いランサーであった。音の発生源である少年の背を追う姿に呆然としていると、先に我に返った赤い少女は自身の弓兵に「追うわよ!」と指示を飛ばして駆けてゆく。今度こそ本当に、時雨とディルムッドは取り残された形になった。

「──丁度いいし、撤退しようか」

 ぽつん。先程までの喧騒が嘘のように無音になった其処で、時雨の呟きは日暮れの空に溶けていった。

【 荒廃してゆく夜 】
(そういえばあの少年、どこかで見たような)

Re: 人間未満の聖杯戦争[Fate] ( No.10 )
日時: 2015/08/12 11:41
名前: 明星陽炎  ◆EaZslsthTk (ID: TQ0p.V5X)

〝心は痛まない〟
 興はすっかり冷めてしまっていた。のんびりと新都に在る拠点、もとい自宅へと歩きながら時折立ち止まって星を見上げる。実体化したディルムッドは新都の駅前のコインロッカーに隠してあった私服に既に袖を通しており、そうしていると傍目からは彼が人外の存在だということはまるで分らなくなってしまっていた。
 とはいえ、それでも彼の風貌というのは異様に目立つ。それは生来より整った顔に加えて、呪いにも近い魅了の祝福があるからでもある。道行く女性は彼に心を奪われずにはいられない。自らの義父でもある妖精の王には感謝すべきことばかりだが、こればかりはその人間との感覚の差異に頭を抱えたくなったものだった……そう。だった。過去形である。
 魅了の呪いというのはそもそも対魔の力がきちんと作用すれば防御ができる。先程交戦した遠坂凛にこの厄介な呪いが通じなかったのがそれであり、また七紙時雨という彼の現在の主に至っては魅了は愚か、凡そ精神に関わる魔術というものが通用しない。
当人曰く、「心に欠陥があるんでね」ということらしい。当時は意味が解らなかったものの、近頃になってその意味が漸くディルムッドにも解ってきた気がするのだが、まあそれは蛇足だ。

「相変わらず、お前の暗示は見事だな」
「ふふん。物理魔術師ってだけじゃないんだぜ、ぼくだってな」

 道行く誰もが彼女たち二人に気付かない。その異様な様にディルムッドが感心したように声を漏らすと、時雨は憎たらしいほどににんまりと笑ってみせる。必要以上に調子に乗ってみせた彼女にこれだからお前を褒めるのは憚れるんだ、と溜息を漏らすと黙れイケメンが、と悪口になりきらない悪態を彼女は吐くのだった。
 七紙時雨は暗示を得手とする。元々彼女が好んで使う魔術ではないが、その使い勝手の良さはお墨付きとも言える。
『心に欠陥がある』彼女が、それでもニンゲンらしく振る舞うために幼い時分に愛読していたのは心理学の専門書であった。結局、その心理学はニンゲンらしい精神構造を作るには至らず、今現在の彼女を構築したのは全く別のモノ──彼女はそれを『鏡』と形容していたが──だったが、その専門書から得た知識は思わぬところで役に立っている。それがこの強力な暗示である。
 例えば今、彼女が行使している暗示は『認識の疎外』だ。視覚、或いは聴覚から彼女ら二人の情報を得ても『それを脳に処理させない』暗示をかけている。其処に更に加えるのが意識をこちらに注目させない心理手法、所謂ミスディレクションというものだ。周囲の人が彼女たちを視認した際にすぐさま別のものに注意を向けさせる。例えば視線の動かし方、会話内容、場合によっては服の装飾など。そちらに気を取られているうちに暗示が浸透する。小狡い上に些細な手法だが、人間というものは存外に単純で、そんなものに簡単に嵌ってしまう。彼女の異様な印象の薄さも実のところこの小技に頼っているからのものだ。
 そうして、二人の影は夜の街に落ちてゆく。

*-*-*-

 その時教会に立ち寄ろうと思ったのは気紛れでしかない。いや、聖杯戦争の最終局面になるまでは一時的に教会から離れるという結論に至った黄金の王がいる自分の安アパートに帰るのをできるだけ遅らせたいという下心が無かったといえば嘘になるが。
 なにせ彼は我儘が多い。安いとはいえ言峰の眼鏡にかなった物件だけあってそうそう悪すぎる部屋ではない。家賃の安さの主な原因は駅からも商業施設からも離れすぎているという立地条件と部屋に居座る悪霊の類だけ(悪霊の類に関しては時雨にとって寧ろ好条件だ)である。それを言うに事欠いて犬小屋などと抜かしやがった恨みは根深い。一人寂しくポケットなモンスターの厳選作業に勤しんでろゲーマー王が、という本音が声に出てしまっていたらしく、時雨の隣を歩くディルムッドは苦笑していた。そういうお前こそゲーマーだろうに、と。(だがそんなディルムッドも主の影響か本人の気質か或いは中の人ネタか、結構なゲーマーである)
 教会まではまだ少しある。だがそう離れてはいない。近くに民家があるでもなし、人通りなどほぼないようなそんな場所でくだらない会話を裂くように、声が落ちた。

「よう、奇遇じゃねえか」

 瞬時にディルムッドが身構える。ぐるりと巡らせた視線の一点。競り立った電柱の群れの一つ。その上で青い男が嗤っていた。しかしよく見ると所々負傷し、息が上がっているらしい。

「やあ満身創痍のお兄さん。鼠に咬まれでもしたのかい? ぼろぼろじゃないか! 可哀想に。ぼくらも疲れているしこの辺でお暇してもいいのだけど、お兄さんがドォシテモっていうなら今すぐ楽ぅにしてあげてもいいぜ」

 競り合えば勝てる。そう確信した上で時雨は挑発してみせる。挑発も戦略だ、苛立ちが隙を生む。

「っは、イイ誘いだが蹴らせて貰う。乳臭い餓鬼かと思えば堂に入った挑発をするもんだ……驚いたぜ」

 しかし流石に歴戦の英雄には通用しなかった。その負傷を物ともしない豪快さで笑みを彩り、「近頃の餓鬼は意外と粒揃いじゃねえか、さっきのガキと言い、な」と宣ってみせる。

「さっきの、というと貴殿が追っていった子供のことか」
「如何にも。あの餓鬼、俺の槍を喰らってもまだ立っていやがった……っと、これを言うのもちいとばかしまずいかね」

 ディルムッドの問いに、にたりと笑いながらそんなことを宣う青い槍兵。それに時雨はくつり、と喉を鳴らしながら笑い返す。

「っへえ、まるで槍を喰らったら絶対に死ぬと確信してるみたいな物言いだ」
「そういうモンなんだよ。俺にとっての槍は……っチッ、テメエ」

 其処まで話してからはたと何かに気付いたランサーが時雨を睨む。緋色の瞳は焦燥を含んで爛々と燃え、静かな怒気が空間に溶ける。

「何をした」
「何も。敢えて言うならお兄さんの──ランサー、アンタの油断を誘っただけだ」

 その怒気に気圧されることもなく、飄々とした口ぶりで時雨は語る。

「このとおり、量が多いくらいしか魔力の使い道がないもんで喧嘩にゃ不向きなんだよね、ぼく。だからさ」

 ──この弱さを最大限に生かして貰えるモンは貰わないと。幸い、アンタはぼくではなくぼくの相棒に、より強い警戒を持っていたしね。
 その時雨の台詞にディルムッドは苦笑した。そう、時雨はそういう戦略を使う相手だ。言峰綺礼(育て親)に性質が似て、マイナスな意味合いで『イイ性格』である彼女の最大の武器はその弱さだ。ただでさえ実体化には相応の魔力を必要とし、更に暗示の必要性まであるというのにディルムッドがこうして普段から実体化を解かぬのも、彼女のその武器を最大限に生かす重要なピースであるから。警戒を一身に集め、彼女から意識を逸らす為。全く、末恐ろしい。

「イイ性格してやがる、餓鬼が」
「お褒めに預かり光栄だ」

 吐き捨てた罵倒に、彼女は微笑みを持って答えた。

【 もとより痛む心もない 】
(そんな上等なモノ、ぼくが持ってるわけねえじゃん?)