二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: cross×world ( No.29 )
日時: 2016/04/07 22:49
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

第4話
暗く長く、薄汚れた廊下に人々のうめき声や泣き声が響く。そんな廊下を、妙高型重巡洋艦四番艦の艦娘、羽黒が歩いていた。

彼女の手首には乱雑に鎖が巻かれ、足首には足枷が付けられている。逃げようにも前にも後ろにも武器を持った男がいて、艤装を奪われた彼女には勝てる要素など何一つない。

ちらりと前を見てもただ黙って歩く男の背中。しかしその前に、ここにはとても似つかわしくない少女の姿があった。

少女はとても背が低く、年齢は最高でも小学生低学年がいいところだ。服は黒の上着に同色のミニスカート。足は白いニーソックスが覆っている。腕には目つきが少し悪い、小さなパンダのぬいぐるみが抱かれていた。

サイドテールにされた黒髪が歩くたびに揺れ、もしもこんな場所でなければ微笑ましくてくすりと微笑んでいただろう。今は言うまでもない。

誰でもいいから助けてほしい、なんて思ってまた俯向く。が、ふとまた少女を見て、ぎょっとしてしまった。

少女の服の襟から、何か鎖のようなアザが見えた。いや、それはアザと言うには、あまりにも……。

「着いたぞ」

男の声がしてから、部屋に入れられた羽黒は肩を掴まれて次には牢の冷たい石床に投げられていた。きゃ、と悲鳴をあげても誰も助けはしない。

痛みに少し涙を滲ませ、ゆっくり起き上がる。

「あとは任せたぞ、リディ。『あいつ』はすぐに連れて来られるだろう」

「……はい」

リディ、と呼ばれた少女は愛らしくも小さく暗い声で返事を返した。男たちが出て行くとリディが牢に入ってくる。

彼女は黙って羽黒に付けられた足枷と鎖を外す。そしてそれを持ち、牢の外の机の下にある箱に入れた。

そしてそのまま牢の扉を閉めて鍵をかける。

「あ、あの」

「……何」

リディは先ほどと変わらない声で答えた。正面から見たリディはとても愛らしい顔つきをしている。黒い瞳はくりくりとしていて、肌も白くすべすべとしていそうだ。成長しても相当手を抜かなければ美人の部類に入るだろう。

しかしだからこそ無表情さが際立った。あまりに無表情で、目を見ていても人形に見つめられているみたいだ。

いったい何があれば、こんな風に……そう考えていて、ハッとする。まだ足枷や鎖を外してもらったお礼を言っていない。言うために話しかけたのに、と。

「あの、ありがとうございます。足枷と、鎖外してくれて」

「……どうせ、逃げられない。それに、貴女には、『その子』の世話、してもらわなきゃいけないから」

その子? と首を傾げると後ろから声がした。びっくぅ、と体を震わせて恐る恐る振り向く。

「た?」

そこには、一人の赤ん坊がいた。

Re: cross×world ( No.30 )
日時: 2016/04/07 22:54
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

「こ、この子、あ、赤ちゃんっ!?」

「たぁ」

「私たちはみんな、子どもを育てたことない。
それに、忙しい。だから、貴女が世話」

「え、えええ!?」

世話、と言われても。

羽黒とて遠征や出撃(と言っても出撃は稀だったが)ばかりで、赤ん坊の世話など提督の子どもの子守を少しした程度。とてもではないが出来る気などしなかった。

「む、無理ですぅうう!」

「……でも、誰か世話しなきゃ、その子……」

脅されている、と感じてリディを見る。が、リディはとても悲しそうで苦しそうな顔をしていた。

それはまさにこの赤ん坊を心配していることが分かる表情で。

……羽黒は、正直自分たちを捕らえた組織の人間はみな非道だと思っていた。しかし目の前のリディは明らかに違う。

「……ねえ」

「それに、貴女一人じゃない」

羽黒が何かを聞く前に言葉を遮られ、そのままタイミングを見計らったように部屋の扉が開いた。

そこから入ってきたのは、何人かの男と彼らに囚われた、白髪をオールバックにした老人だった。老人、と言っても体つきは明らかに老人とはかけ離れていると言っても過言ではない。

一言で表すならば、筋肉ダルマ、だろうか。老人にしては……いや、今時の若者でもレスラーでもなければここまで筋肉のある者はいないと言ってもいいほど、老人の体は鍛えこまれていた。

だがその身体には傷やアザがいくつも見受けられた。

「えっ、あ……た、武雄お爺様!?」

「ぐ……羽黒、か……?」

「は、はいっ、お爺様!」

武雄、と呼ばれた老人は目だけを羽黒に向ける。

武雄は、羽黒のいる鎮守府の艦娘の義父でその艦娘が生んだ子どもの祖父であった。

また彼は刀剣男士を率いる審神者(審神者名、銀煤竹)でもあり、一度審神者会議の際に襲撃してきた歴史修正主義者を拳とそこらに転がっていた武器になり得る物で追い払った実力者でもある。その武雄が捕まったということは……そこまで考えて羽黒はさあ、と血が引くのを感じた。

「っさ、よ、小夜くん、小夜くんは!?」

小夜、その名前は短刀『小夜左文字』の通称だ。兄である宗三左文字、江雪左文字が本丸に来るのが遅く(聞いた話では、二人ともなかなか出辛いとされる三日月宗近よりも遅く来たらしい)短刀男士とも上手く馴染めずにいた小夜を、羽黒はよく気にかけ、短刀男士と仲良くなれるように尽力していた。

その甲斐あってか小夜は短刀男士と馴染むことができ、兄たちがきた後も彼は羽黒を姉のように慕い、羽黒もまた、彼を弟のように可愛がっていた。そんな羽黒が小夜を気にかけるのも無理はない。ましてや小夜は刀剣男士の中でもっとも脆い短刀。

万が一折られていたら……そう考える羽黒の目にうっすら涙の膜が張る。

Re: cross×world ( No.31 )
日時: 2016/04/07 22:59
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

「心配するな、小夜は折られてない」

「本、当? 本当、ですか?」

本来なら、話すことすら身体のケガに障るだろう。だが武雄は羽黒の心配を拭うように、はっきりとした口調でそう答えた。

「小夜と繋がった霊力が、途切れていない。
あの時よりは微弱だが……繋がっている以上、折れてはない。断言してやる」

「よか、良かった……!」

「無駄話は終わったか?」

突然、少しばかり若い声が聞こえた。その声がしたと同時にざっ、と武雄を取り押さえる男以外が道を開けて退いていく。乱れぬその動きは割れる海を連想させる。そして最後に、武雄を取り押さえる男もゆっくりと退いた。

そこから現れたのは赤い髪を一つに纏めた少年だった。彼の右目には白い眼帯が付けられている。涼しげな目に反し、瞳の色もまた赤。かと言って肌の色素は薄くはないようだ。アルビノではないだろう。

深緑の軍服を着こなした赤い髪の少年は静かな音を立てて武雄の前に立つ。そして目だけでリディを見た。

リディは一つ頷くと一度閉めた牢の鍵を開けて扉を開ける。すると少年はそちらを見ないままに何かを牢の中に投げた。

羽黒がそちらに視線を向けると、そこには一振の刀と一振の槍。……どちらも見覚えがある。

「さあ、陣ノ内武雄、審神者名、銀煤竹。
この二振を顕現してもらおう。
しなければお前の妻の命も、お前を待つ刀剣男士の安全も保証しない」

「くそっ……。テメエら……あとで覚悟しろ」

「その『あとで』があればいいな?」

武雄が歯を食い縛る音が聞こえる。しばらく黙り込んでいたが、渋々と言った声で祝詞を紡ぎ始めた。

「……降りよ、『同田貫正国』、『御手杵』」

Re: cross×world ( No.32 )
日時: 2016/04/07 23:04
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

祝詞が終わり、二つの桜が舞う。

桜が光を放ち、人の影が作られていく。

「……っ」

「……ここ、は」

現れたのは、刀剣男士の同田貫正国と御手杵。同田貫は黒い髪をかなり短めにしていて、少しばかり黒い肌、そして顔には大きく斜めに入った傷がある。顔つきもあまり優しい方とは言えない。鋭い目の中にある黄色の瞳がギラリと赤い髪の少年を睨んでいる。

もう一人の刀剣男士、御手杵はふわりとしていそうな茶色の髪だ。同田貫とは対照的に、優しげな雰囲気を受ける顔立ちだが、今は同田貫同様に臙脂色の瞳で赤い髪の少年を睨んでいた。

「目覚めたか、刀剣男士のお二方」

「てめえか……あの時襲撃してきたのは!」

「……半分当たり、半分外れだな」

「俺たちや主をどうするつもりだ!」

「俺たちの言うことさえ聞けば悪いようにはしない。ただし、逆らえば……」

そこで少年は言葉を切り、銃を取り出す。引き金に指をかけながら武雄のこめかみに銃口を押し付けた。

ぎょっとした三人の表情を見て、少年がにたりと笑う。

「御手杵、同田貫、気にするな!
オレはどうなろうが構わん、その二人を」

「おっと。それ以上はご勘弁願おうか?」

少年が次に、牢の中にいる四人に銃口を向ける。羽黒が情けなくも短く悲鳴をあげた。

「分かるだろう?」

「くそっ……!」

「いいか、お前らは互いに人質だ。下手に逆らおうなんて思わない方がいいぞ?」

少年はそう言ってから銃をしまう。そして、御手杵と同田貫を見る。

その後に、羽黒と赤ん坊を。

「御手杵、同田貫正国。貴様らには真亜空軍に下ってもらう。
拒否権はないと思え。
その二人はタブー様からの贈り物だ。憂さ晴らしなり何なり、好きにしろ」

「!? ま、待って」

リディが少年に駆け寄る。まったく聞いていなかったのか、顔は驚愕の色に染まっていた。

少年がリディを睨むように見下げるとリディは小さな体を大きく震わせる。

「なんだ」

「……そんなの、聞いて、ない……です」

「……タブー様が変更なされた。
タブー様のお言葉は絶対だ。分かるな?」

「……は、い」

「それでいい」

短い会話が終わると何かが震えるような音がした。少年が通信機のようなものを取り、それを耳に当てる。

その通信機越しの会話を聞いている間、リディは俯いたままだ。ぬいぐるみをきつく抱きしめてはいるが、何も言葉を発さない。

「……そうか、分かった。すぐそちらへ向かう」

通信が切れた機器をしまい、少年が背を向けた。

「て、テオ様、どちらへ?」

「脱走だそうだ。お前らもそいつを連れて戻れ。
リディ、お前は引き続き監視だ。すぐに交代が来る。
交代が来たら自室で待機しろ。いいな?」

「……はい」

リディの返事にテオは何も返さずに立ち去る。そのテオのあとを着いて行くように、男たちも武雄を連れて去って行った。

Re: cross×world ( No.33 )
日時: 2016/04/07 23:09
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

しん、と静まり返る部屋。格子を隔てた先に立っていたリディは急に歩き出して、ぽつりと置いてあった椅子に座った。

そのまま彼女は椅子の上で膝を抱えてぬいぐるみに顔を埋める。

「くそっ……な、なあ、ここから出してくれないか?」

御手杵が穏やかな声色でリディに乞う。リディが小さな子どもだからだろう。この御手杵の良いところの一つだ。

しかしリディはぬいぐるみから顔を上げずに一言だけ、

「出せない」

そう言った。

「頼む、俺たちは主を助けなきゃならない」

「ダメ」

「どうしてだ? あいつらが怖いなら、守ってやるから」

その言葉にピクリ、と体を動かした気がする。それでも次にはダメ、と声を出していた。

何度か御手杵が出してほしい、と頼むがリディは一向に首を縦に振らない。とは言え、当たり前なのだが。

そんなやり取りを見て苛立ったのか、同田貫が舌打ちをして立ち上がり、鉄格子を蹴りつけた。大きな音が部屋に響く。

リディの体が、分かりやすいほど大きく震えた。

「出しやがれ、ガキと言えど叩っ斬るぞ」

「おい、正国!」

「黙ってろ御手杵」

「っ、だ、め」

「ああ?」

「ダメ、出さない」

リディの声は震えていた。泣いているのかもしれない。

それにふと羽黒が腕の中の赤ん坊を見ると赤ん坊もぐずりだしている。すぐに同田貫を落ち着かせようと声を上げようとした時だった。

「ガウッ!!」

獣の声が響き、リディの腕の中にいたぬいぐるみが床に降りて同田貫を睨みつけた。それが、ぬいぐるみだと思い込んでいたために全員が呆気に取られている。

そんな彼らを知らずにかぬいぐるみ改め、パンダのような生き物が唸り、拳を床に叩きつけた。その拳が叩きつけられた床はいとも簡単にクレーターを作りあげた。

「なっ!?」

「う、嘘だろ!?」

今度は拳を同田貫らに向ける。あんな威力で殴られれば重傷になるのは見なくても分かった。

「ガァア!」

「だめっ、るく!!」

Re: cross×world ( No.34 )
日時: 2016/04/07 23:14
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

リディが生き物ーーるくの名を叫ぶように呼びながら抱きしめた。るくはまだ唸りながら暴れている。

「だめ、だめ、るく」

「ガウッ! ガゥウ!!」

「だめ、やめて、るく、るく」

「ガウ……」

徐々にリディの声が聞こえたのか、るくは大人しくなった。いつの間にか泣き出していた赤ん坊の泣き声が響き渡る。

羽黒は赤ん坊を泣きやませようとあやしながら、リディをちらりと見ていた。……涙を流していないのに、泣いているように見えた。

「……ごめんなさい。でも、出すことはできない」

「そう、か……」

御手杵が返した言葉を聞いて、リディはまた椅子に座る。しかし先ほどとは違いるくに顔を埋めず、ただ無表情で壁を見つめるだけだった。

羽黒がリディを見ていられたのもそこまでだ。赤ん坊が激しく暴れ出し、とても赤ん坊から目を離してはいられなくなった。

「ひゃ、ひゃあぁ!」

「うお!? お、おい大丈夫か!?」

「だ、大丈夫でっ、ひゃああああ!」

「危なっかしいな!!」

「わ、渡してくれ!」

すぐに御手杵が赤ん坊を羽黒から渡され、あやし始めた。相変わらず暴れているが、やはり男女の差か、はたまた普段持つ物が違うせいか、羽黒よりは安定して抱いている。(ただし、あやし方は羽黒の方が上手い)

ぎこちなくあやしているとふ、と赤ん坊が泣き止んだ。それにホッとして御手杵が顔を緩める。

……と、同時に赤ん坊が笑った。いや、笑う、というよりかはニヤける、という表現の方が合っているか。

「……赤子のくせに男前が好きってか」

「おお、笑ったなぁ」

「はい、きっと安心しているんですね!」

「おいお前ら本気で言ってんのか」

同田貫の言葉に二人が首を傾げる。それを見た同田貫はため息を吐いた。

ーー今のは、ニヤけてたろうが……。

そんな呆れが込められた言葉は、またため息となって吐き出された。

「あ、そういえば……えっと、リディ……さん。
この子の名前、なんて言うんですか?」

「……確か、ひまわり。
野原ひまわり」

「向日葵、か。いい名前だな」

御手杵が笑いかけると赤ん坊ーーひまわりがまたニヤける。それを二人は普通に笑っていると勘違いし、同田貫は頭を抱えた。

……どこか羨ましそうに彼らを見つめるリディに誰も気付かぬまま。

Re: cross×world ( No.35 )
日時: 2016/04/07 23:19
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

「……」

リディは一人、黙って歩いていた。見張りの交代が来たので、自室に戻るためだ。

暗く長い廊下をかなり歩くとようやく突き当たりに自室のドアが見えてくる。そのドアノブを握って回し、ドアを押す。

そこに広がるのは、石畳。その右の隅にはベッドとはとても呼べない高床がある。高床には一振だけ短刀が置かれていた。……高床があり、短刀があること以外は羽黒たちが入れられていた牢とほとんど変わらない部屋だった。

何かが動くような音がして、そちらを見たと同時にポン、と部屋の出っ張りに置かれた赤と白のボールから赤い光とともに何かが出てくる。少しばかり目つきが悪い、頭に白い何かをかぶった黒い犬のような生き物と、青い体を持ち、白の綿のような羽を持つ愛らしい鳥のような生き物。

その二体はリディに嬉しそうに近づいた。

「ただいま、デル、チル」

デルと呼ばれた黒い犬ーーデルビルとチルと呼ばれた青い鳥ーーチルットがそれぞれの鳴き声で返事を返す。リディは一旦るく(ヤンチャム)を降ろしてから二体を撫でてふわりと笑う。

「……今日もね、人が捕まったの。私は、その見張り。
……いったい、いつまでこんなこと……」

それを言いかけて、リディの自室の扉が乱暴に開いた。思わずリディが振り返ると同時にリディの頬に鈍痛が走る。

その鈍痛の勢いに押されて床に倒れるとチルルやるくたちの声がした。しかしそれもポン、という軽い音によって終わってしまう。

視界の端で、一人の男がボールに何かを巻きつけているのが見えた。

そしてその男とは違う複数の男たちが、リディを床に押さえつけーー。

Re: cross×world ( No.36 )
日時: 2016/04/07 23:28
名前: 柊 (ID: WHyGh.XN)

……あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。リディは汚れた体をそのままにぼぅ、と床に倒れたままだった。

「……」

殴られた体はひどく重たく、動かしたくとも微かに動かすだけで痛みが走る。とは言えどこのままの訳にも行かず、リディは痛みを何とか無視して起き上がり、置きざられた濡れタオルを使って体を清め始めた。

ある程度拭くと乱れた服を直し、ようやくボールに巻かれた鎖を外す。全て外し終えると、軽い音を立ててるくたちが姿を現した。

「ごめんね、大丈夫だった?」

そう声をかけると三匹は泣きながらリディに擦り寄る。リディは三匹を優しく撫でた。

「仕方ないんだよ、私が弱いから。
……お姉ちゃんたちとは、違うから」

彼女には三人の兄姉がいた。その三人は戦い方こそ異なれど、とても強く、ここに入れられてからすでに二人は幹部、一人は幹部に近い位置にいた。

リディは、プリムを除けばこの真亜空軍の中で一番弱い少女。だから前線に立つことはほぼないと言っていい。立つとしたらるくたちに指示を出す程度。

その弱さ故に、彼女は欲望と暴力の格好の的だった。

……いつからだっただろう。

「辛くないよ」

彼女が自分をも誤魔化すようになったのは。

「苦しく、ないよ」

弱い自分が悪いのだと、自分に言い訳するようになったのは。

「怖くっ、ない、よ……」

……本当のことを、口にも出さなくなったのは。

「ふ……ひぐっ……」

声を押し殺してリディは泣く。

「おねえ、ちゃ、おにい、ちゃん」

今は思うように会えない兄姉を思って、ただただ泣いた。

……それを、彼女にもるくたちにも見えない、赤髪の少年が悔しげに見つめていたとも知らずに。
第4話-END-
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