二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: cross×world ( No.67 )
- 日時: 2016/07/04 20:44
- 名前: 柊 (ID: eOcocrd4)
第9話
とある島。その島の中に作られた巨大な建物。その廊下を真亜空軍のテオは靴音を鳴らしながら歩いていた。
「脱走者は一人……だが全てを合わせれば何十人か。全く、どう見張りをしていればこんなことになるんだかな」
「同意見ですよ、テオ様」
「……カーロイか」
カーロイ、と呼ばれた少年は美しい金の髪を小さく一つに結い、彼の美術品のような美しい顔は小さな微笑みを浮かべている。彼は燕尾服を着こなしていて、女子が一度でも憧れそうな執事そのものだ。その背には、人間の物ではない『黒い羽』が生えているが。
急に声をかけてきたカーロイをテオはじとりと睨んでいる。
「おや、怖いですね」
「……お前には関係のないことだ。タブー様のところにでも帰っていろ」
「そのタブー様より、スマッシュブラザーズの……もっと言うなら、あの保護された者たちの実力を見極めるよう命じられたのですよ」
「なんだと?」
「僕が見た限り、あの奇襲はたまたま成功しただけですよ。
……ああ、申し訳ありませんね。あれは貴方様が命じられたのではなく、勝手に貴方様の配下のプリムがしたことでした。
それにしても、貴方、最後まで悩んでましたね。
家族の命と他人の命、どちらを取ってもここでは咎められないのに」
「あ?」
テオの声がグッと低くなる。それとともに殺気がカーロイに向けられた。
しかしカーロイはその殺気を受けても微笑みを絶やさない。
「家族なんて所詮、血が繋がっただけの他人ですよ。いざとなれば我が身可愛さに簡単に切り捨てられる……。そういうものでしょう?
僕には理解できません。貴方の姉君と弟君ならともかく、あの役立たずな妹君は……」
「黙れっ!!」
テオが懐の銃をカーロイの眉間に当てる。テオの顔は怒りに染まっており、カーロイを見る目は憎しみに近い。
カーロイは初めて顔から微笑みを消してテオを見た。
「言わせておけば……!!
いいか、今後俺の家族をバカにするんじゃねえ!! 姉ちゃんでも、弟でも、妹の、リディでもだ!!」
「……はあ。分かりましたよ。さっさとそれ、下げてくれません? 不愉快だ」
しばらく二人は睨み合う。しかしテオが舌打ちをして銃をしまい、そのままカーロイに背を向けて歩いていく。
カーロイを一切気にせず、テオは資料を思い出しながら、また舌打ちをした。
「脱走者、艦娘『白露型駆逐艦四番艦夕立』か……面倒なやつを逃しやがって」
- Re: cross×world ( No.68 )
- 日時: 2016/07/04 20:46
- 名前: 柊 (ID: eOcocrd4)
ところ戻ってトロピコアイランド。そこにできた小さめの宿の一室で電はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「夕立さん……」
夕立。ここの宿のレストランでゆうちゃんと呼ばれながらウェイトレスをしていた彼女は艦娘などの記憶の一切を無くしていた。
スマッシュブラザーズの中央館に保護されてから初めて見つけた、同じ鎮守府の仲間。電は船上でゆうちゃんの特徴を聞いてから夕立なのではないかという期待を抱き、そしてその通り、ゆうちゃん=夕立だったのに……。
ーーごめんなさい、貴方は、誰?
彼女は何も覚えていなかった。自分のことすらも。
ここの経営者のマルコと従業員のコンポビーによると、夕立はある日トロピコアイランドの海岸に打ち上げられていたのだと言う。その時、夕立の姿はひどくボロボロで……おそらく、逃げてきたか、あるいは何らかの事故でここの世界に飛ばされ、運悪く真亜空軍に見つかったかして攻撃されたのだろう。
そのショックか、彼女は目覚めた時にはもう記憶を無くしていた。名前が分かったのは、夕立の艤装に彼女の名前が書いてあったから。
が、マルコ曰く、艤装を見せて混乱してはいけないとしばらく見せていなかったらしい。(実は彼女の容姿を見てこれは看板娘として売れる! と思ったマルコがあえて見せなかった。現在、彼はマリオと竜太、そして乱にこってりしぼられている)
「う、ひっく……」
ようやく再会できたのに。こんな仕打ち、あんまりだ。
それを吐き出す代わりに、電はまた泣いた。
廊下にいて、彼女の様子を伺っていた山伏、漁馬、一心、ゲッコウガは静かにその場を離れていった。
- Re: cross×world ( No.69 )
- 日時: 2016/07/04 20:51
- 名前: 柊 (ID: eOcocrd4)
「……」
「ゆうちゃーん、こっちトロピコマンゴーパフェちょうだい!」
「あっ、はーい!」
お客の注文にハッとして笑顔を見せるゆうちゃんこと夕立。彼女はすぐに厨房へお客の注文を告げ、また考え込む。
昼に来た少女、電について。
彼女は自分を見て目を見開き、次には嬉しそうに顔を明るくした。そうして、彼女は「夕立さん!」と駆け寄ってきたのだ。
無事だったんですね、心配しました、そう言う彼女に夕立はつい、言ってしまった。
貴方は誰? と。
それを聞いた彼女はまた目を見開き、今度は悲しそうに顔を歪めた。嘘ですよね? そう言って。
しかし夕立に彼女の記憶はない。だから心苦しくも嘘じゃない、と首を横に振ると彼女は泣き出してしまった。
それにどうしていいか分からずにいたらまた来たのは複数の少年たちと二人の男(乱は女の子かと思ったが違った)。その内の数人は電同様自分を知っていたようだった。当然、彼らのことも分からなくて……。そう告げれば、彼らも信じられない、という顔をした。
彼らは少し取り乱したけれど、すぐに冷静になってくれた。泣きじゃくる電を宥め、夕立にも一体どういう関係だったのかを説明してくれたけど、どうしても信じることができない。
自分が艦娘と呼ばれる存在で、深海棲艦という者を相手に戦っている、だなんて。
だけど仮にそれが嘘だったとしても、夕立には彼らが大切な存在だったように思える。今は何の確証もないけど。
「……思い出せたらいいな」
今までの記憶を、すべて。マルコは無理に思い出さなくていいと言ってくれていて、自分もそれでいいと思っていた。でも今は違う。
思い出したい。電たちに会って、強くそう思う。
「やっぱり、電ちゃんたちは私にとって、大切な存在……かな?」
そうじゃなかったら、きっとそう思わないだろうから。
夕立は出来上がったトロピコマンゴーパフェをおぼんに乗せて、お客の元へと運びに行った。
- Re: cross×world ( No.70 )
- 日時: 2016/07/04 21:03
- 名前: 柊 (ID: eOcocrd4)
……翌朝。電は海を見つめていた。今身につけている艤装を使えば、電はこの海をスケートのように滑っていける。ここに来るまでにそれをしなかったのは、燃料が限られているからだ。
電を含めた艦娘はどこかで補給できなければ今積んでいる燃料や弾しか使えない。しかも電は遠征の直後に真亜空軍の襲撃に遭い、補給もできていなかった。
弾は問題ないけれど、燃料は少ない。確か半分か少しそれより少ないかくらいだ。
なら何故今艤装を付けているのかと言えば、少し海を滑りたい、と思ったから。だけど燃料を無駄遣いできない、と今更思い直して、海を見つめるに止まっている。
ふぅ、と息を吐いて海を見つめ続け……。
「えっ、あれは……!?」
開店前のレストラン。すでにエプロンを付けた夕立はレストランの席の一つですやすやと眠っている。夕立がここに来てからすっかり馴染みとなった光景だ。
「あれ、夕立……?」
そこに竜太がやって来た。レストランがまだ開いていないのは分かっていたが、飲み物はここでしか貰えないという不親切さからわざわざ開店前のレストランに来たところだった。
「おや、確かキミは竜太くん」
「マルコ……さん」
「すごく嫌そうにさん付けしないでもらえるっ!?」
「静かにしてください。夕立が起きます」
「あ、ああ、これは失礼。で、ここに何を……」
「今度から飲み物は部屋に準備するなりルームサービスにすることをお勧めします」
「そう言うことか」
鼻が長く、黄色の肌をしたマルコが確かにその通りだね、ゆうちゃんが運んだらさらに売り上げアップ、と言うものだから竜太は思い切り彼を睨んだ。
「い、いやね、お金はあるけどどうせなら」
「意見は昨日のままでしたか」
「ゆうちゃんはうちの看板娘だから」
小声でマルコと竜太が言い争う。
そんな時だった。
「!!」
夕立が勢いよく起き上がったのは。その余りの勢いに二人が言い争いをやめ、夕立を見ている。
夕立の頬に、つぅ、と汗が伝う。
「……来た」
彼女はたった一言、そう呟いた。
- Re: cross×world ( No.71 )
- 日時: 2016/07/07 16:35
- 名前: 柊 (ID: eOcocrd4)
「あれは……駆逐、イ級……! それに……」
海岸の遥か遠くに元の世界で対峙している深海棲艦の姿を捉える。多くはイ級。その他にロ級、ハ級の姿がある。
それらを率いるは……。
「重巡、リ級……!」
重巡リ級。あの中にいる深海棲艦としては最も人間型に近い。ーーその分、厄介でもあるが。
ドクリ、ドクリ。鼓動が早く強く打ち始める。今ここで深海棲艦に太刀打ちできるのは、電のみ。夕立は記憶を無くしている。戦い方も忘れていると考えていいだろう。
……数でも、戦力でも、勝てる見込みは零に近い。けれど、ここで戦わなくては……。
「みんなが……」
電は少しだけスカートを握り、顔を上げる。
小さな水音。それの後に唸る音。
「……暁型駆逐艦、四番艦、電。出撃します」
聞いている人は誰もいない。それでも口にして、決意を改める。
電は、海を行く。
一人で、少しでも食い止めるために。
第9話-END-
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