二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: cross×world ( No.90 )
- 日時: 2016/10/31 19:50
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
第13話
「くっ!」
乱は何度も何度も、様々な方向から襲ってくる斬撃を避けていた。しかし避け切れないものもいくつかあり、乱の体には小さな切り傷が多くある。
三人の老人は未だに幻術にかけられているのか自分の孫と思われる三人の名前を呼び、逃げろ、逃げろ、と叫んでいる。それぞれの刀を振り回しながら。
乱は思わず短刀を構えたがすぐに約束を思い出して避けることに再度集中する。
約束。それは、まる子と交わしたものだ。この世界に来る直前、まる子がこう言った。
もしかすると、おじいちゃんがいるかもしれない。だからお願い、おじいちゃんを無事に連れ戻して、と。
まる子の願いに、乱は頷いた。いいよ、傷一つ付けずに連れ戻すよ、と笑い、約束したのだ。それだけだったら良かった。だが乱は、己の名にそれを誓った。“乱藤四郎の名にかけて、誓う”と。
名に誓えば、条件を少しでも違えることは許されない。以前……審神者という職ができたばかりの頃、軽率にお互い、名に誓って約束した刀剣男士と審神者がその条件を少しだけ違えてしまい、とても悲惨な結末を迎えたという報告が政府から上がっていた。
その悲惨な結末とやらがどんなものかは報告では分からなかったが、刀剣男士がどうなったかという記述がなかったのに審神者が退任したという記述があったことから何があったか想像するのは容易だった。
乱もそうなるのは避けたい。今回だって、こうなるとは思わなかった。
一人ならまだしも、三人だと傷一つなく、というのは相当困難だ。いくら老人でも、いや、老人だからこそ。
またも一人の老人ーー桜友蔵が太刀を下ろした。一歩下がり、それを避けようと……。
ーードンッ
「え?」
乱は、振り向いて確認をする暇もなかった。背中に何かがぶつかり、後退を妨げられた彼は太刀の餌食となる。
肩から袈裟斬りされた乱の傷口から赤い飛沫が上がる。それは、自分の白い肌や美しい髪だけでなく、目の前の友蔵の服まで汚していった。
友蔵が悲鳴のように叫びをあげる。まるこ、まるこ、そう涙を零しながら。
「か、はっ……!」
乱は次々と溢れる赤をぼんやりと見つめた。今の一撃で中傷……それも重傷寄りの傷を負ったのは間違いない。追撃が来ないのは術者の趣味だろうか。ずいぶんと悪趣味だ。
背中に当たった壁を忌々しく思いながらも、ゆっくりとその場を離れていく。この間も友蔵は泣き喚くだけで、追撃をして来なかった。
他の二人も顔を青ざめさせながらこちらを見るに止めている。しかし、それも時間の問題だ。
- Re: cross×world ( No.91 )
- 日時: 2016/10/31 19:55
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
どうする。どうする。
乱は必死に頭を動かす。
相手は老人と言え三人。対してこちらは一人。その上、中傷。ちらりと本体を見れば、やはりと言うべきだろうか、ヒビが入り始めている。
この状況を脱し、彼らを解放するためにはまず術者を見つけて叩くのが一番手っ取り早い。が、この部屋に隠れられるような場所はない。隠し扉などもないようだ。
となると術者はここではないどこかで彼らを操っていることになる。術者本人を叩く戦法は使えない。
かと言って、彼らを倒すことはできない。
どうする。そこまで考えて、ふと思い出した。
「あ」
まる子と交わした約束。その約束の穴。いや、むしろどうして今までそれを考えつかなかったのか。
まる子との約束で傷一つ付けないと言ったのは友蔵だけ。つまり、他の二人ーー豪勝蔵安と木ノ宮龍之介に対しては適用されることはない。
だけど、その二人も中央館で待っているメンバーの祖父だ。だから乱はひどい傷を付けるつもりなんか塵ほどにもなかった。
せめて、あの二人から打刀を奪えればいいのだ。
それなら多少無理はするができないことではない。武器がなくなったところで術者が諦めるとは思い難いが、やらないよりは断然マシだ。
幸い、二人は打刀をずっと片手で振るっている。両手であったらより厳しくなっていたところだった。
太刀による攻撃に対する警戒は怠らずに乱は激しく痛みを訴える傷を無視して走り出す。
- Re: cross×world ( No.92 )
- 日時: 2016/10/31 20:00
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
三人の方へ走り出した乱に、悲痛な叫びに反して振り上げられた刃が迫る。乱は冷静にそれを一つ一つ、避けていく。出来うる限り、最小限の動きを心がけて。
ちり、と太刀が乱の髪を少し斬る。ぷつり、と打刀が乱の肌を少し斬る。最後の一撃。
迫る刃。迫る手。乱はただ冷静に手を伸ばす。指を真っ直ぐに伸ばした手は、龍之介の手首に当たる。その痛みと勢いからか、龍之介は思わずと言ったように打刀を手放した。
乱はすぐに、鞘もない打刀を宙で取り、距離を取る。残りは一振り。
蔵安が刃を振り上げて襲ってくるが先ほどの勢いはない。体力が限界に近付きつつあるのが分かった。
一度後ろに下がれば刃は空ぶった。それと共にガラ空きの手の甲に手刀を落とせば、蔵安も龍之介と同じように打刀を落とし、乱がそれをすぐに拾い上げた。
再度距離を取り、鞘のない二振りを床に置く。残る脅威は友蔵の振るう太刀のみ。友蔵を傷付けずに、どう終わらせるか。
ヒュン、という空を切る音に気付いたのは、足に鈍く重い痛みが走る直前だった。
「あぐ……!?」
痛みにバランスを崩して床に倒れる。寸でのところで二振りは守り、そちらを見れば拳ほどの石が転がっている。
……カラクリによる攻撃。その答えを導き出した乱は無理矢理にでも足を動かそうとする。しかし、足は満足に動かず、痛みが乱を駆け巡った。
「ぐぅうっ……!!」
これを術者が好機と見たのか、三人が襲いかかってくる。……とてもではないが、逃げられない。
ああ、この人たちは自分のせいで余計な苦しみを背負うのか。……幻術と言えど、孫殺しの罪を背負わせるのか。
悔しさでギリ、と歯を鳴らせど彼らは止まらない。乱が潔く瞼を伏せた瞬間、腰に何かが当たり、その何かは乱を宙に浮かばせた。
- Re: cross×world ( No.93 )
- 日時: 2016/10/31 20:05
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
「えっ!?」
伏せた瞼を開けば、乱は何者かに抱えられて宙を舞っていた。何者かの腕は青く細い。この腕に、乱は見覚えがあった。
「ゲコくん!」
ゲッコウガが着地し、乱をゆっくりと降ろす。乱のそばに駆け寄るのはこのはとメェークルだ。
「みだれねぇね、だいじょうぶ?」
「このは!? どうしてここに……!」
「ついてきて、やぎさんにつれてきてもらったの!」
「もうっ、危ないよ! ……けど、ゲコくんを連れてきてくれて、ありがとう。
このはは向こうに」
「あ、かせんにぃにとはちにぃにだ!」
部屋の外に行くように促そうとしていたが、このはの視線はすでに、乱が持っていた打刀二振りに注がれていた。彼が持っているのは、歌仙兼定と蜂須賀虎徹。……どちらも、銀煤竹の刀剣男士だ。
このはがいれば二振りはすぐに人の姿を得るだろう。しかし、それはこのはを必要以上に消耗させてしまう。とにかく、早く部屋の外に誘導しなければ。焦る乱がまた口を開きかけた時、背後から水飛沫がかかった。
驚いて振り向くと、ゲッコウガが友蔵の斬撃を避けながら何か小さな物ーー“みずしゅりけん”を飛ばしていることに気が付く。そして下を見れば、先ほどよりは小さな石が水浸しになって落ちていた。
まだカラクリは自分を狙っていたのか、あるいは、新たに現れたこのはたちを狙っていたのか。ゲッコウガはそのカラクリから自分たちを守ろうとしてくれていたのが分かる。
……乱の足はまだ動かない。己を守ることもこのはたちを守ることも難しいことは痛いくらいに分かってしまった。
こんなことでは、友蔵たちを救うなど夢のまた夢だ。
それでも、このはに無理を強いたくはなかった。
「だいじょーぶ」
「え?」
「ねぇね、だいじょーぶ!」
このはは真っ直ぐに乱を見た。乱の葛藤を分かっているかのように。
そのこのはの瞳を見て、乱は決意した。
「このは、蜂須賀さんと歌仙さんを顕現して」
「ん!!」
このはの小さな手が、二振りに触れる。
「おきて、かせんにぃに、はちにぃに!!」
ひらり、二つの桜が宙を舞う。
- Re: cross×world ( No.94 )
- 日時: 2016/10/31 20:10
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
眩い光が部屋を包み込む。その光に驚き、友蔵が動きを止めた。
光はゆるりと引いていき、二つの人影を映し出す。
とん、と二人の足が床に着いた。
一人は長い紫の髪の青年。金色に輝く鎧を身に付けた彼の顔立ちは優しげで、目の前のこのはたちを視界に入れるとふわりと微笑んだ。
一人はこちらも紫の髪の青年。しかしこちらは彼に比べれば短めで、ゆるりとした癖が付いている。明らかに上物と分かる着物を身に付けた青年の胸元を、一輪の牡丹が彩っていた。
「はちにぃに! かせんにぃに!」
「無事だったんだね、このは」
「このは、にぃにはやめさないと言っただろう? 僕のことは、なんと呼ぶのだったかな?」
「かせんにーさま!」
「よくできました」
歌仙はそう言って微笑んでこのはを撫でた。蜂須賀もこのはを撫でた後、乱に向き直る。
「蜂須賀さん、歌仙さんっあのっ」
「大丈夫だ、乱」
「全て、見ていたよ」
「あっ……そのっ、あの人たちは悪くないの!
あの人たちはっ」
「分かっているさ」
「……老人にあのような振る舞い……雅じゃない」
「歌仙、雅である以前に人とは思えない所業だよ」
「それも、そうだったね」
蜂須賀と歌仙が怒りを必死で押し留めているのが分かる。……きっと、それを抑えなければ目の前の老人たちに怒りの矛先が向いてしまうだろうから。
それをぶつければただの八つ当たりでしかないことを分かっていた。この怒りは、彼らを操る人間に向けられるべきだ。
「行こう、歌仙。彼らをこのまま見捨てるわけにはいかない」
「ああ、もちろんさ。乱はこのはたちと下がっていてくれ」
乱はそれに素直に頷いた。今の自分では、足手まといであることがよく分かっていたから。
「このは、まだ一振り、顕現できそうかい?」
歌仙の問いに、このははこくりと頷いた。少しばかり顔色は悪いが、無理をしているようではない。
それを見た二人はこのはに微笑み、立ち上がる。
「蜂須賀虎徹、いざ征くぞ!」
「我こそは之定が一振り、歌仙兼定なり!」
二人の刀剣男士は、己の本体を構えた。
- Re: cross×world ( No.95 )
- 日時: 2016/10/31 20:15
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
二人は真っ先に太刀に狙いを定める。少しばかり傷が付いてしまうかもしれないが、それでも友蔵の手から太刀が離れれば。
途中で、ガタンと音がした。次には、空を切る音が。
「歌仙!」
蜂須賀の声と共に甲高い金属音。そちらに少しだけ視線をやれば、矢が折れて床に落ちている。
カラクリは投石だけではなかったようだ。幸い、銃撃はない。
「蜂須賀、頼めるかい?」
「任せてくれ」
短いやり取りで蜂須賀はすぐに矢が飛んできた方向に向き直る。僅かではあるが蜂須賀の方が気配を察するのが得意だ。僅かな差でも得意な者に矢などを対処してもらった方がいいと判断した歌仙はそのまま足を進める。
もう片方、投石はゲッコウガが“みずしゅりけん”で落としている。
「ありがたいね。助かるよ」
歌仙が呟くように言えばゲッコウガは『気にするな』と言うように頷いた。それにくすりと笑って、友蔵を見る。
「にげて、くれぇ! まるこを、まごを連れてっ、逃げ、てく、れぇ!」
「……どうやら、僕は普通に見えるようだね」
刃と刃が混じり合う。金属音が響く。
「逃げて、くれ! ワシは、ワシはぁ!」
「よく聞くんだ! 貴方の孫はここにいない、貴方は操られているんだ!
大丈夫、すぐに解放しよう!」
「まるこ、まる子ぉ!」
「貴方は、孫を斬っていない!」
歌仙の言葉に友蔵はピクリと反応する。心なしか、力も弱まった。
「ワシ、は」
「そうだ、斬ってない。貴方は孫を斬ってないんだよ」
「まる子、」
「大丈夫だ、貴方の孫はきっと無事さ。貴方の孫だけじゃない。他の二人の孫だって無事に決まっている」
友蔵の目に涙が浮かび、握っていた手の力が抜け、太刀が離れていく。それを何とか宙で拾い、距離を取れば操られた三人が襲いかかる。
しかし体力をほぼ消耗した老人が、若い男の姿をした刀剣男士に敵うはずもない。歌仙が蜂須賀に太刀を渡し、蜂須賀はそれを持ってこのはに駆け寄る。歌仙は振り返り、ゲッコウガと共に三人の拳などを受け流していく。
「このは、頼むよ!」
「ん! ししにぃに、もどってきて!」
- Re: cross×world ( No.96 )
- 日時: 2016/10/31 20:20
- 名前: 柊 (ID: ucWXZRi/)
桜が舞い、光が瞬き……顕現したのは、金髪の少年だった。小柄な少年は黒を基調とした服装に身を包み、肩には何らかの黒い塊を乗せている。その塊には猿のような顔が付いていた。
「……悪い、無理させたな。このは」
にこりと微笑んだ少年ーー獅子王はくったりとしたこのはの頭を撫でる。
「乱も、よく頑張ってくれた」
次に、乱の頭を。
「お前も、このはを連れて来てくれてありがとうな」
次にメェークルの頭を撫でた。
「獅子王、早速で悪いけれど……」
「構わねえよ。……じっちゃんたちをあんな風にこき使いやがって。許せねえ!」
蜂須賀を見上げる獅子王は、太刀男士の中では一番小柄だ。見目も若く、言葉遣いも若い方だろう。
しかし。
「見えるかい?」
「ああ。バッチリな。……じっちゃんたちを操る黒い糸が」
侮るなかれ。
「では、あとは任せても?」
「おう」
彼は、平安に打たれた太刀なのだから。
ギラリと獲物を求める獣のように光る刃は今か今かと待ち焦がれる。その刃で、老人を痛めつける黒い糸を断ち切りたいと。
グッと体制を低くした獅子王はまさにその名の通り、獅子の如く飛び出した。
「下がれ!!!」
獅子王のその声に歌仙とゲッコウガはすぐに下がる。同時に、獅子王とすれ違う。
獅子王の刃はたった一閃で友蔵の黒い糸を断ち切る。いきなり自由になった友蔵が戸惑う前に、龍之介と蔵安の黒い糸も切り捨てる。
たったそれだけ。たったそれだけのことで、彼らは身体の自由を返還された。
「あ……身体が……?」
「タカオ、タカオは……!?」
「まる子、まる子は」
「じっちゃんたち、あんたらの孫はここじゃないぜ」
獅子王がにっこりと笑ってそう告げた。黒い糸が切れたことに、上機嫌になりながら。
ちらりとまだ宙を舞う黒い糸を見れば、しゅわ、しゅわりと小さな泡がはじけるように消えていった。
第13話-END-