二次創作小説(映像)※倉庫ログ

二章【青き英雄】 ( No.101 )
日時: 2016/03/12 11:44
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

ただ何の問題もなく飛行船はドンドルマから【龍歴院】への空路を通過している。
乗員の名簿と顔を全て把握を終え、それとなく物陰から伺ってみたが特に怪しい人間は居なかった。

初めから【シックバザル】などこの船には乗っていないのではないかと頭の隅では思ったりもしている。

北西からの風に吹かれ、船の甲板でふとそんなことを考えていた。


「ふと思ったんだけどさ。」
「…足音を消して急に話しかけないでください、心臓に悪いです。」

にしし、と犬歯を覗かせたシュートさんが麦色の短い髪をたなびかせながら俺の背後に姿を現す。

「アンタってどうして暗殺なんてやってるの?」
「…あまり褒められた話ではありません。」

脳裏に過去の記憶を思い浮かべる。

「…暗殺業をしていなければ、死んでいたのは自分、そういった状況でした。」

思い出すだけで頭痛を覚える。
聞いてきた彼女は興味なさそうに、「ふぅん」とどこかをみながらぼんやりと答える。

「いやさ、アンタ殺ししてる割にはマトモな神経だし、なんでだろうって思ってさ。」
「…マトモ?」
「だって、事情は知らないけどナナちゃんの世話もしてるみたいだし、それこそ2人で長い旅してきたんでしょ?殺しをしてる人間ぽくないな〜って。」

……。
自分の口元が歪んでいるのを自覚する。

マトモ?この俺が?

そう、そうか、周りからはそう捉えられていたのか。
年端もいかない少女と旅をする人間、そう認識されていたのか。そうか。
笑い声が漏れそうになるのを必死に抑える。

「おせっかいかもだけど、騒動終わったらナナちゃんとマトモな仕事に就いたら?…例えば町の—————















「俺がナナの両親を殺しました。」










「………。」

シュートさんの顔色が変わるのを背中で感じる。
さぞ軽蔑の色を示しているだろう。

…だが今後、変に俺とナナの関係を曲解されては面倒だ、この際ハッキリと。

自分。ミナト=カイムがどういう人間かハッキリと言っておいた方が良いだろう。












「ナナの両親を殺し、娼館に売られていたナナを買いました、親を殺した金でその娘を買ったんですよ。」





二章【青き英雄】 ( No.102 )
日時: 2016/03/14 00:38
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

「アンタ…、それどういう…。」
「詳しい事情は省きますが今言った通りです。」

しばらく逡巡の色を示した後、シュートさんが紡ぐ。

「…それと【シックバザル】が何か関係あるのね?」
「はい、【シックバザル】内の一人を殺すため、自分とナナが共に旅をするのは利害関係が一致しているだけです。」

「…そう。」


関心なさげに答える。

こんな話は他人にする話ではないはずなのに何故話したのか。

ふと朝のナナとのやりとりを思い出す。


「…モンスター、か。」


真にモンスター、化け物なのは果たしてどちらなのだろうか。
人を殺め、親を殺し、その金で娘を買うなど鬼畜外道の所業。

…事情があったにせよ、だ。

「それでも私は、アンタがただの人殺しには見えないわね。」
「そう皮を被っているだけです。」
「だってアンタがナナちゃんを見るときの目、案外優しいわよ?」


…くどいな。


「…今日はやけに自分に関わろうとしますね、自分を丸め込んでなにかメリットでもあるのでしょうか。」
「仕事仲間としての忠告よ、妙な詮索はしないで。」
「仕事仲間なら仕事仲間らしく、線引きをしてほしいものです、過度な接触は仕事に支障をきたします。」
「…、分かったわ。」


睨む視線を感じ、彼女が離れていく。
そこに何の感慨も湧かない。


…何をやっているんだ俺は。



八つ当たりにも近い行為をしてしまった自分を嘲笑するように、曇天の空から滴が落ちる。




「…ミナトさん?」
「…ルカさん、どうしました。」




しまった、先までの会話を聞かれていたか。
しかし少年の目は普段通りの透き通った目で俺を捉える。

その目に居心地の悪さを感じるのは俺が汚れている証拠だ。



「雨が降りそうだったので外套をもってきました!」
「…わざわざありがとうございます。」




灰色の外套、羽織ると温もりを感じる。
僅かに香る暖炉の匂い。

少年がわざわざ温めてきてくれたのだ。



「それと…ミナトさん。」



気まずそうに、申し訳なさそうに少年がつっかえつっかえでこちらを見る。



「ナナさんにもこれを渡したいのですが、どこにいるかわからなくて…どこか知っていますか?」
「…ナナなら倉庫内の積み荷場で……———



言いかける。

自分でも分からない感情になる。



「ミナトさん?」
「…場所は自分が知っています、複雑な場所なので、自分が渡してきます。」
「ほんとですか!ありがとうございます!」



外套を貰う、ひんやりとした空気とは真逆の人の温もり。
少年に背を向け、歩き出す。


















「ミナトさんって優しいですよね!」


二章【青き英雄】 ( No.103 )
日時: 2016/03/23 00:32
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

「おい。」
「ん、にーさん、何か起こった?」

朝と変わらない位置、木箱の間に隠れるようにナナは居た。

「…。」
「あてはいつでも動けるよ、相手は何人?」
「いや、そうじゃない。」

帯刀している二振りのナイフの柄に手をかけているナナを目で制す。
事情が呑み込めていない顔に外套を投げ渡す。

「…雨が降ってきた、身体を冷やさないようにしておけ。」
「………。」


沈黙、少女の目は渡された外套と俺を交互に見る。


「ん、ありがとね、にーさん。」


微笑みながら外套を羽織る。

「……!?!?」

ノイズのような物が視界に現れる。
瞬間、突き上げるような嘔吐感に襲われる。


立っていられない程の眩暈、天地が逆さになったかのような錯覚。










「にーさんっっ!」
「……。」











俺は少女の腕の中に抱きかかえられていた。





「…すまない。」




自力で立とうとするが、ナナが腕に力を優しく込める。




「誰も見てないよ?」



———その声は記憶の中の彼女にやはり似ていて。




「今だけなら、大丈夫。」




———風貌も酷似しているけど。




「だから、にーさん。」



——1つだけ違うのは、何かがするりと抜けおちたかのような、残滓を連想させる白銀の髪の毛。




「……。」
「…………。」




———目の前の少女はどこまでも妹に似ていた。


二章【青き英雄】 ( No.104 )
日時: 2016/03/26 02:10
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

「積み荷の整理終わったぞ」
「こっちもそろそろだ、それにしても龍歴院に行くのこれが初めてなんだが、ずいぶん寒いな」

革のコートに獣皮の帽子を深く被った男が白い息を吐く。
エンジンを稼働させている上と比べるとここ、船の最下層である冷凍室は外気とあわさり、防寒具が無ければ数十分で人が凍る過酷な寒さ。

ポポの凍った肉が入った木箱を置き、男2人は小休憩に入る。


「飲むか?」

ウィスキーが入ったボトルを片方に渡す。
20キロの木箱を運び終えた身体に程よく酒気が回り、身体が温まる。

「お前、この空域の噂、知ってるか?」
「はは、あれだろ?船が消えるとか何とか。」
「そうそう、全く誰が考えたのかねそんな噂。」


ボトルを飲みながら積み荷に腰を下ろす。
白い鼻息を交互に吐きながら談笑に暮れる。


「それと、こいつも噂だが…。」
「おう、なんだ。」
「なんでも、【シックバザル】が龍歴院にいるらしいぜ。」
「…ほんとか?」
「いや、分からねぇ、ただの噂だ。」

男がボトルを飲みほし、2本目のボトルに手を付ける。

「…火が無い所に煙は立たないって言うが…ほんとなのかねぇ。」



天井を見ながら心地よい酒気に身を任せる。


「…っとと、わりぃわりぃ、俺だけで飲んじまってた、へへ。」


ふと男は気付く、話をしているのが自分だけだと。


「…おいおい、寝るのは勘弁してくれよ。」


男を揺する。
反応がない男を見ていよいよ担いで外に出なければならないかと、面倒そうな顔を浮かべる。


「…え?」


この場にそぐわぬ赤い液体に思わず声が出る。

血、男の背中にはまだ温かい血がべっとりとついている。



「ひ、ひぃぃっ!?だっ、誰かぁ!」


反響するのは自分の声だけ、思わず周囲を見渡す。








「面白そうな話をしているね、私も混ぜてくれないか?」





すっと、それは倒れた男の背後から音もなく現れた。


長外套の女。


「……っ!」

男の思考が止まる。
何者か、先ほど見た血による恐怖よりもまず、目の前の女に見とれる

歳にして20代後半か30代前半か、腰まで届く黒い髪が何とも言い知れぬ色気を醸し出している。



男の視線が丁度髪の終わり、腰で止まる。



「…っひぇ!」



鞘に収まった2本のナイフ。


「さっきの話の続きを聞かせておくれよ。」
「…あ、……あ。」


後ずさりをするが、何かにつまずく。



「っひぃいっ!?!??」


淀んだ眼光でこちらを睨む男、眼孔が既に渇き、氷結の兆しを見している。

どうして、どうして自分がこんな目に、と男は思考する。


だが答えが出ることは無かった。


考える為の頭が横真っ二つに寸断されたからだ。








「……。」




躊躇いなく長外套の女は冷凍室の出口の扉に手を掛けた。

二章【青き英雄】 ( No.105 )
日時: 2016/03/27 03:22
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

「ん、ルカ君どうかしたの?うろついて。」
「ああシュートさん、あのですね、冷凍室どこかなと思いまして。」
「冷凍室?何か用事でもあるの?」
「今働いてくれている職員さんたちに差し入れでも持っていこうかなと。」
「ふ〜ん、差し入れって何よ。」
「ベルナミルクとパンです、ほら。」
「きゃー!!なにその美味しそうな香りを放つ液体は!?」
「いや、ですからミルクですって。」

船内部、客間。

客を乗せる船ではないので搭乗員のほとんどはこの広間で休息を取ったりしている。
もうすぐ夜を迎え、ほとんどの人間はこの部屋へと集まりつつある。

しかし、ルカと冷凍室の仕事を交代した人間は未だ戻らず、ルカは自分の荷物から差し入れにもっていくため、食糧を取り出していた。


「で、なに?冷凍室だっけ?」
「はい、シュートさん場所しっていますか?」
「う〜ん、多分覚えてるわよ。」
「…多分。」
「何よその懐疑的な目は、訂正、確実に覚えてるわよ。私、一度見た者は忘れないのよ。」
「…。」
「だからなによその懐疑的な目は!…いいわ、本当ってことを分からせてあげるわ、付いてきなさい!」
「(何も言ってないのに…)」


ドアを開ける。

寒冷の風が吹き付け、雨足が昼間と比べて更に強くなっている。
冷たい雨に思わず目をしかめる2人。


「こっちよ!付いてきなさい!」
「はい!…ところで、ミナトさん達どこに行ったか知っていますか?」
「あの2人?そういえば見ないわね、…ハッ!まさかカイムの奴、この雨足と積み荷の作業のどさくさにまぎれてナナちゃんにあんなことやこんなことを!」
「……。」
「…ハッ!だっ、だから何よその目は!」
「いや、特に意図はないです。」

二章【青き英雄】 ( No.106 )
日時: 2016/03/31 11:32
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

「ここの通路を曲がるわよ。」
「はい、…船の内部ってこんな入り組んでるんですね。」
「そうね、それぞれ部屋ごとに積んである荷物が違うわ、種類分けの意味もあるんでしょうね。」

ときおり雷雲の脈動のような音を耳にしながら船の中を進む。
人気は無く、各部屋をのぞき窓から見ると綺麗に整列された荷物だけが覗ける。

「ほんとルカ君あれよね、弟みたいよね。」
「ええっ?急になんですか。」
「世話焼きでパシりに向いてそうなところがさ。」
「え、遠回しな悪口ですかこれ。」
「そうね。」
「…ベルナミルクは僕ら3人で飲みますね。」
「ごめんなさい!もう言わないから!その飲み物ちょうだい!」
「分かりました分かりました、シュートさん、服を引っ張らないでください。」
「……。」
「…シュートさん?」


彼女の足が止まる。

通路の真ん中、もはや途中に部屋はなく、道順から考えるに通路最奥の金属の扉が冷凍室なのだろうと少年は思っていた。



「あ、もしかして道間違えました?」
「…いや、間違えてないわ。」



1歩、2歩と彼女、シュート=フィン=ウィングの足が一定の方向へと進む。
そして、やがてとまる。


視線は天井に集中していた。


「どうしました?シュートさん、明かりが弱いですか?」
「ルカくん、動かないで。」
「え?」







少年には言われた意味が何一つ分からなかった。
彼女が凝視している天井を見るが、特になにも感じない。

否、変わったところと言えば若干天井の木目が歪んでいる。








——————ガコッッ








何の音だろう。




少年はふと思う。
とりあえずシュートさんを見てみる。

すると凄い顔、見た事も無い顔、こちらを見て何かを叫ぼうとしている。




口元を良く見る、発せられる前の言葉を理解しようと思考する。



乱戦が多い狩猟では言葉も大事だが、それよりも合図のようなものや読唇術も重要だ。
教官との訓練ではそれらも叩き込まれ、自分もある程度は理解が出来るようになっていた。





シュートさんの口元の筋肉が形を変える。






(———に。)





「に、げ………て?」









———————————ッッッッ!!!????!?






ほぼ反射的に前へと前転をする。

それと同時に僕が数瞬前まで立っていた床にはナイフが深々と突き刺さっていた。
避けていなければどうなっていたかを考えるまでもない。





「あら、会話を聞く限りじゃあ、その餓鬼がお荷物だと思ったんだが…違ったか。」




すっ…、と音も無く天井から女性が下り立つ。
腰まで伸びた長い髪に腰にぶら下げた二振りのナイフ。



「シュートさん、何か外部との連絡手段はありますか?」
「ないわね、荷物は全部上ね…ルカ君は?」
「残念ながら…。何者ですか。」
「……。」

沈黙するシュートに一瞬戸惑うも、襲撃者を見据える。


襲撃者は無防備に突き刺さったナイフを抜き、鞘へと納める。

距離にして5メートル。
少年の武術、対モンスターの護身術の圏内ではある。

…が、その無防備ともとれる仕草が逆に少年に警報を鳴らした。



「別に隠す気もない…【シックバザル】さ。」

「「ッッ!!??」」


「まあ、逃がす気も無いけどね……ッッ!」





瞬間。




女の姿が消えた。


二章【青き英雄】 ( No.107 )
日時: 2016/04/02 02:02
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: daUscfqD)

違う!!

通路の壁と壁、ドアノブや覗き窓や装飾などの僅かな突起へ跳躍し、壁から壁へ、常人離れした跳躍でこちらへ迫っている!


「(…そんなっ!ここで【シックバザル】なんて…!ルカ君を巻き込むわけには!)」
「戦闘中に考え事かい!?」
「ッッッ!!!??」


大斧のフルスイングのようなナイフの一振りがシュートの首筋、薄い皮膚を裂く。
わずかでも反応が遅れていたら首と身体が分かれていただろう、うっすらと血が滲む首を指でなぞりながら戦慄する。


ルカはシュートに庇われるように通路の奥へと退避している。

だがシュートも防戦一方、徐々に後退を迫られ、通路奥へと追いやられている。
この状態が続けばルカも戦闘に巻き込まれてしまう、その考えが過りどうしても集中がそちらへと行ってしまう。






「———ッッシ!!!!」
「がぁはっっ!!!????」



ナイフのフェイントからの足刀が腹部を捉える。
胃の中のものが一気にこみ上げてくるのをぐっとこらえながらも、嫌な汗が体中に滲む。



「…強いわね。」



「伊達にこれで生きていないんでね。」



長い外套、その腰にぶら下げてあるナイフの鞘を柄でコンコン、と叩く。



「【シックバザル】にもアンタみたいな人間がいるのね。」
「アタシが特別なだけさ、他の連中はよく分からないことにやってるよ————————それと





—————冷凍室の男共なら死んでる、助けを呼ぼうと無駄だよ。」






「……。」





ハナから助けてもらおうとは考えていなかった、ただなんとかここから脱出して貰いたい、という気持ちは微塵に砕かれた。
ギルドに死者を出してしまったのだ、私が、ギルドナイトが現場に居ながら。





「…やってくれたわねアンタ。」
「価値のない命さ、あってもなくても変わらないさ。」




「———そう。」




ポーチから投げナイフを抜き、敵の頭部目掛けて右手で投げる。

それをさも当然のようにナイフで弾くが、左手で足に目掛けて2射目。
難なく後退し、避ける。

だが大きな前進。
防戦一方で距離を詰められるだけだった均衡が破られた。




「っ!ずいぶん戦い慣れてるじゃないか、ほんとにギルドの職員かい?」
「…正当防衛。」
「?」
「これだけ攻撃うければ正当防衛も成立するわね、もう手加減しないわよ。」
「そうかい、さっきまでが全力だったらどうしようか、どう殺そうか考えていたところさっ!!」





金属のぶつかる音。

飛行船内の通路は立派な、紛うことなき殺し合いの場と化していた。

二章【青き英雄】 ( No.108 )
日時: 2016/04/06 04:42
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: 9XXAAjqY)

少年は逡巡していた。
どうにかして自分の為に戦ってくれている彼女へサポート出来ないかと。

しかし細い通路では2対1の形式を保つのは難しい。

それぞれの個人の技量がものをいう戦場だ。
そして相手は人間、自分の持つ技術では遠く及ばない相手であることを少年は理解していた。


反響する残響。


シュートが投げナイフでなんとか凌いでいるが、敵の女が持つ大振りのナイフ、それも二刀流には分が悪い。



天井裏を敵のように渡り、外部と連絡する手段も考えたが、なにより天井へと移動する手段がない。
女のような常人離れした身体能力だからこその特権、でたらめな戦略だ。




————、一際大きい金属音。



シュートと女の距離が大きく離れる。



「いいね、いいよお前、楽しませてくれる。」
「生憎こっちは楽しむ余裕なんてないのよね。」




致命傷こそ貰っていないものの、シュートの身体の至る所には裂き傷が無数と付いていた。

対する女には目立った外傷はない。

その事実にシュートは驚愕していた。



「ここの船をどうするつもり?」
「ん?そんなことは知らない、アタシは殺しを命令されただけさ、他の奴らがなんとかしてくれるさ。」
「ッッ!!??アンタ以外にまだ仲間がいるの!?」
「そうさ、今頃は甲板か客間か…どうだろうね。」
「………ッッ。」
「よそ見ぃッッッ!!」




蛇のような軌跡でシュートの首をナイフが狙う。
避けなければ死、避けたところで2つ目のナイフが、致命傷ではないものの後に響く軽い傷を確実に負わす。



「——くっ!」


膝を浅く斬られ、血が滲む。

このままじゃ埒が明かない、だが打開策もない。
なによりも、コイツを早くどうにかしなければ他の乗員への被害も大きくなる。


その焦りが余計に集中力を低下させる。



「…まだ余計なこと考えてるのかい。」
「そうね…どうすればアンタをぶちのめせるかねっ!」
「———シッッ!」
「ぐうぅっっ!!!??」


ナイフからは想像も出来ない重い一撃。
防ぎに使った投げナイフは砕かれ、反動で後ろに大きく吹き飛ばされる。



「シュートさん!大丈夫ですか!?」

「終わりだ、少しは楽しめたよ、乳臭いガキ共。」



チロ、と舌で唇を舐める。



———逃げられない。




歩を進める女、こちらはもう退路がない。
相打ちを計算にいれるが、もうナイフがない、自分を犠牲にしてルカだけでも生き延びさせるか、と思考を回す。






———————————ガコッ






「ッッ!?」
「ほらにーさん、当たってたじゃん、あての言うとおり!」


上からの奇襲。



少年がかろうじて目で判断できたのは天井から見慣れた白髪の少女が敵に何かを振り抜いたこと、そしてそれが小振りのナイフだったことは振り抜いてからようやく把握できた。



「…シュートさん、ルカさん目を閉じてください。」



言い終わるか否か、廊下に閃光が弾ける。
女もかろうじて目を閉じることが出来たが、多少目くらましを喰らった。





………。
………………。





目が回復した時には、既に廊下には人影が無かった。







誰も居ない通路で女は笑う。




「……カイム。」

二章【青き英雄】 ( No.109 )
日時: 2016/04/07 22:59
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: 9XXAAjqY)

「船内の状況は!?」
「自分も貨物庫からここに直行してきたので詳しくは、ただ道中潜んでいた【シックバザル】は2名…。」

言いよどむ。

例の女から何とか逃げ、船員達の無事を確認するため全員甲板広間へ向かっていた。


事情を知らぬルカ、少年の目がカイムを見つめている。


———殺しました。


その言葉を発するか発しないか、で口が止まる。

ただその沈黙でシュートは察した。



「…連中の目的は船のコントロールの奪取よ、操舵室は広間の奥にあるわ!」
「そっ、それにしてもミナトさんとナナさん、よく僕らの居場所が分かりましたね!」
「あては耳がいいんだぞー、少し離れてても異変に気付けばすぐ分かるんだ。」


犬歯を白髪の少女が覗かせる。


疑問が多数残るが、言われたことを最優先し、少年が外へ続く扉を開く。




————吹き荒れる風。



外の天気は悪化し、暴風と言えるまでのものとなっていた。
周囲を安全を確認する。



雨に顔をしかめながらも一同は広間へと殺到する。





「——全員ッ!大丈夫!?怪我はない!?」




シュートの声が響く。
勢いよく開け放たれたドアの音に、皆顔を驚かせる。



彼女の胸に安堵感が満ちる。



「全員聞いて、今この船に【シックバザル】が潜んでいるの、だからここから一歩も出ないこと、いいわね?」


全員に言いながら、ギルドナイトの証である紋章が付いているコートの裏側を見せる。
それを見て、異常事態だということをようやく察した乗員は護身用のナイフや短剣などを自分たちの荷物から漁る。




「シュッ、シュートさん!!…そ、その紋章…。」
「隠していたわけじゃないの、ただ明かす時期じゃなかっただけよ。」



少年の目は見ず、操舵室へ歩みながら淡々と告げる。



———シュートの足が止まる。



「…どうしました?」
「開かないわ、内側から閉められているわね。」
「…。」



カイムが多少、力を加えるが扉が開く様子はない。

嫌な予感が全員の頭によぎる。




「ナナ、俺の太刀を取れ。」
「はい、にーさん。」



命じられ、少女が広間の片隅に偽装して隠しておいた鉄刀をカイムへと渡す。


「アンタっ!ここは武器の持ち込みは禁止よ!」
「何が起こるか分からなかったので忍ばせておきました。」
「…あー、もう、事態が事態ね、許すわ、開けなさい。」


髪をわしゃわしゃと乱すシュートをよそ目に、カイムが上段を構える。




———、一閃。



紙のように分厚い木製の扉が剛断される。








「なっ…!」




カイムが中の様子を見て絶句する。





土砂降りの後のように、一面が血で染められている。



死体は5つ、全て名簿で確認していた操縦員だ。







「遅かったねカイム。」





椅子に座りながら臓物をまき散らしている男、その椅子の影から女が現れる。



「…ガウ。」



「もっと感慨とかないのかい?好かれている女だぞ?」



「…獣から好かれる趣味はない。」



「あらそう。」



ガウと呼ばれた女が、つまらなそうに臓物を靴で弄ぶ。




「それにしても、次はハンターの真似事かい。」



「…。」



「後ろの奴らは今のお仲間ってことだね?…くくっ」



陰湿な、それでいて獣の凶暴さを感じる笑みを一同へと向ける。
ふと、視線がナナと合う。



「…ぁあ〜、小娘まだ生きてかい。」



「うん、にーさんに助けてもらったぞ。」



「助けてもらった?なんだいカイム、まだ言ってなかったのかい?」



「…何の話だ。」


「とぼけないでおくれよ、この小娘を引き取ったエピソードさ。」


「…?」



ナナが疑問の表情でカイムを見る。
対してカイムは目の前の女への眼力を強める。


「おおっと、そんな目で見ないでおくれよ、益々惚れてしますじゃないか。」


「貴様と話す舌は持たん。」




鉄刀を置き、腰からナイフを抜く。



2刀と2刀。



「ヒャハッ!!…カイム!会いたかったぞ!!」
「……!!」


交錯する刃と刃。

2人の構え、太刀捌きはどこまでも似ていた。