二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 一章【邂逅】 ( No.39 )
- 日時: 2015/12/07 17:57
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
アプトノスが引く荷車の旅は何も支障なく目的の地域に着く。
未だ夢の中のナナの寝息は白く、それなのに本人が毛布を寝ぼけてどけた所為か丸まった体勢でピクリとも動かない。
寒冷期のフラヒヤはとても冷える。
1年を通じて常に雪化粧に彩られたこの地域は寒冷期にはその牙を更に鋭くする。
まだマカライト鉱石での貿易が盛んだったころのここらは、整備されていない雪道で遭難し、命を落とす者が多くいたと記録されている。
「着いたぞ。」
「すぅ……、すぅ……。」
こいつが朝に極端に弱いのは重々承知の上だが、今は時を急ぐ。
周囲は暗いが、もう数刻で日差しが指す。
強引にでも起きて貰わなければいけない。
寒さで冷えた身体をなんとか動かし、上半身を揺する。
…、動かない。
「…、さて。」
目的の場所、ポッケ村はここから距離はさほどないのだが麓まで思ったより雪が積もっており、俺の膝まで埋まるほど。
そのため道が道を為してなく、歩いていたら転落なんてことは雪山初心者にはよく起こることだ、それで運悪く死ぬ者もいる。
そのため誰かが先行してアプトノスを率いて、安全を確保した上で進まなければならない。
つまり俺が道の確認、ナナがアプトノスを率いてこの先を進む。
しかし先ほどからピクリとも動かない、無理に起こそうとしても癇癪を起されては溜まったものではない、どうするか。
荷物が入った袋の雪を払い、長靴を取り出す。
ここを出たときも履いたそれは難なく収まり、ガウシカの毛特有の暖かな感覚を膝から下を覆う。
荷車から降りる。
新雪なのだろうか、まるで雲の上を歩いているかのように、雪を踏んでいる感覚がない。
「…。」
目的の物を見つける。
ポッケ村への道は多数あるが、ここは最も知られている道。
雪が多少降ろうが人の出入りが頻繁なこの道は、以前他人が通ったであろう道の跡が目を凝らせば続いていた。
「…、来い。」
アプトノスの手綱を引く。
鼻息を一つ大きく吐き、嫌な顔をせずに巨体は俺に従う。
道の跡はあるが、そこが道の真ん中であるとは限らない、もしかしたら道の端で踏み外したら転落という事態も大いにあり得る。
ゆっくり、確実に牛歩のようにポッケ村まで進んでいった。
- 一章【邂逅】 ( No.40 )
- 日時: 2015/12/08 02:47
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
途中、雪山草を何本か摘み、ポッケ村の入り口までたどり着く。
未だ夜の帳が下された村は温泉の湯気以外は集会所の明かりしか見えず、夜空の星に照らされ幻想的な風景を映し出していた。
さながら白の廃墟。
人の足跡を一夜にして消し去り、視界に映るものみな平等に降り積もる柔らかな新雪。
人工物にも降り積もり、人影が一つも見えないその景色に思わず息を飲む、美しい。
アプトノスを旅の者が使う小屋へと引き連れる。
2頭の他のアプトノスが休眠を取っており、2頭の真ん中にこのアプトノスを止める。
地面に設けられてある籠にあらかじめ入っている干し草を見ると、長い首を屈めて食事をしだす。
荷物を取り出す。
借りている空き家に早急に下ろし、集会所へと向かわなければ。
「すぅ…すぅ…。」
「…。」
「すぅ………、すぅ……。」
「おい。」
「すぅーーーー、すぅーーー。」
鼻をつまむ。
「すぅーーーー、ッッッ!!げほっげほっ!!」
「寝たふりは止せ。」
「なんだよ、ばれてたのか。」
「にやけながら不規則に寝息を立てる奴を俺は見たことが無い。」
こいつのことだ、恐らく途中の道で起きて邪念が指して寝た振りを敢行した、そんなところだろう。
「ごめんごめん、その分ここから張り切るからさ。」
荷物を山積みにして持ち上げる、俺は比較的重量のあるものが詰まった背負い袋を持ち、その場を後にする。
「うわ、こりゃひどいや、どうする?かまくらでも掘る?」
「生憎雪遊びはあまり好きじゃない。」
「いやいや、かまくらは雪遊びじゃないよ?地方によってはかまくらで生活する人だっているんだから。」
俺達が借りていた空き家は屋根こそ三角形の構造上雪はあまり積もってないが、家の入口には俺の背丈ほどの雪の壁が出来上がっていた。
仕方がないので掘り進む。
雪をかき分け、なんとか扉を見つける。
「アオアシラみたいだよにーさん。」
「…、黙れ。」
扉はなんとか押し開くことが出来、雪が多少家の中に入る。
「荷物を頼む、俺はもう向かう。」
「うん、あてもすぐに向かうよ。」
- 一章【邂逅】 ( No.41 )
- 日時: 2016/01/07 17:11
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
集会所。
あらゆる地方からフラヒヤ特産品目当ての商人や、貿易職の者があつまるポッケ村の中で最も活気があるのはこの施設だろう。
フラヒヤ山脈で近年発見された数々の新モンスターや新たな素材を入手すべく多数のハンターが出入りする。
そこには昼夜の概念がなく、常に人でにぎわっている。
しかしハンターでも商人でもない自分は集会所の奥、ギルド関係者の宿泊施設へと足を運ばせる。
木造で出来た外通路を通る。
すぐ横には温泉が湧いており、クエスト前や仕事終わりのハンターが労を労っている。
突き当り右の個室。
木造の扉に付けられた窓から明かりが漏れている、まだ床に着いていないようだ。
2回ノックする。
「ミナト=カイムです。」
しばらくして分厚い本を閉じる音が聞こえて足音が近づいてくる。
扉は内から開かれた。
「うむ、入れ。」
外套姿のアイルー。
「は、失礼します。」
「まず報告を聞こうか。」
背筋はピンと延び、アイルー特有の語尾も見当たらない。
毛並は整い、鋭い眼光は歴戦のハンターのそれよりも長けていることが一目で理解できる。
招かれた部屋は、書斎。
だが寝具や机も設けられてあり、部屋の4隅には明かりとしての蝋燭の炎が部屋の主大の大きさで壁に付けられている。
扉を閉める。
「ドンドルマの【シックバザル】は壊滅させました。」
「そのようだな、報告にも主犯格の死亡と書かれてある。」
「は、そしてその主犯格の者から情報を聞き出しました。」
「ふむ、申せ。」
「は。」
アイルーからイスを勧められる。
座り、依頼主へ報告を続ける。
「【シックバザル】の他の拠点は、ベルナ村近くの龍歴院にある、と。」
「…ほう。」
綺麗に横に伸びた髭がピク、と動く。
「他には何か聞き出せたか?」
「…。」
「そうか、ご苦労であった。」
「は。」
頭を下げる。
あの男から聞き出すとき、他にもなにかよりよい方法が無かったのでは、と自分を悔やむ。
恐らくは大丈夫だが、その情報が本当だとはも限らない。
やはりもっと尋問をかけた方が良かったか、と心中で一瞬疑問が浮かぶ。
「カイム、何かつまらん事を考えている顔だ。」
「…、その通りです。」
長年世話になっている彼女には筒抜けだったらしい。
自分の浅はかさが悔やまれる。
「龍歴院、まさかハンターズギルド内部に奴らの手が及んでいたとはな。」
「ネコート様、如何。」
「ふむ。」
と彼女が考えたのも束の間、すぐに答えは発せられる。
「カイム、お前と………——
トタトタ、と廊下を走る音、俺と彼女は会話を止める。
こんな早朝にこんな横暴にこの施設を走る者を俺は1人しか知らない。
扉が勢い良く開かれる。
「よっ!ネコートさんただいま!」
えへへ、と白い歯を浮かべる来訪者。
「あぁおかえり、ナナはカイムと違って元気が良いな、任務の与え甲斐のある。」
- 一章【邂逅】紹介 ( No.42 )
- 日時: 2015/12/09 00:09
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
こんばんわ。
補足のし忘れがあったので補完しておきます。
アオト、サクラの物語は一旦終わりです(今後出るかは不明。)
この物語はカイム、ナナちゃんが一応主人公という設定です。
時系列はタイトル通りモンスターハンタークロスと同時期、ということになります。
更新すると増える閲覧数に毎日スマホで見ながらニヤニヤしている作者です。
ではノシ
- 一章【邂逅】 ( No.43 )
- 日時: 2015/12/09 17:01
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「ほらほら!【ガルフレッド】ってお店のマスターが沢山お土産くれたんだ!ほい!ドスマタタビ酒!」
「ニャに!?それは通常のマタタビ酒よりも上質でマタタビが豊作の時にしか作れないというあの!」
「まだまだあるよー、マタタビゼリーにマタタビプリン!」
「…ふむふむ!よくやったニャ!…、ごほん、良くやったナナ、後で褒美をやろう。」
ネコート様、彼女がアイルー特有の語尾を発するときは彼女自身が興奮や驚愕をしたときだ。
普段は滅多なことではないのだが、ナナとは色んな気が合うようで、任務先でのお土産をナナが渡すとたびたび彼女の変わった一面が見られる。
「…、さて、話の途中だったな。」
再び咳払いをしてこちらを見据える。
しかし髭が嬉しそうに上下しているのは見なかったことにしておこう。
「カイム、ナナを龍歴院所属志望のハンターとしてわたくしからベルナ村村長へと推薦しておこう。」
「ほい!龍歴院ね!分かったよ。」
「は。」
…、龍歴院所属のハンター。
言われた事柄を頭で整理してると「はい!」とナナが手を上げる。
「龍歴院ってなに?ネコートさん。」
「…。」
「すみませんネコート様、自分から後で言い聞かしておきます。」
「いやいい、丁度カイムにも伝えなければならない事もある。」
「はっ。」
ネコート様が席を外し、机から地図を持ってきて床に広げる、大陸図だ。
「そもそもベルナ村からポッケ村は地理的にはさして離れていない。」
「へぇー。」
「しかしフラヒヤ山脈が隔てるように連なっているため、移動は飛行船で迂回することとなる。」
棒が地図をつつつ、となぞる。
「龍歴院はここだ、ベルナ村のほとんど隣に位置する。」
「で、ここはなにするとこなの?」
「それを今から説明する。」
「はい!」
「龍歴院とは各地に生息する生物の生態調査や環境の確認、新たなモンスターの観察や未だ開かれていないフィールドの探索が主な仕事だ。」
「うぅん、にーさん、あとで詳しく教えて。」
隣の阿呆に拳骨を食らわす。
短い悲鳴を上げてネコート様の話をしぶしぶ聞く体制になる。
「大体は学者や博士で構成されている為、護衛となるハンターを良く募集している、それを利用してお主達には便宜上ハンターとして潜ってもらう。」
「…。」
「ハンターとなるための試験はパスできるようにわたくしの方から告げておく、それと最近龍歴院の動きが慌ただしい。」
「…、危惧すべきでしょうか?」
「ふむ、するに越したことは無いな、なんでも龍歴院付近のとある空域を通過する飛行船が謎の消失が繰り返されている。」
「…。」
「また募集ハンターの急募、施設の拡大、それは良いことなんだがな、【シックバザル】の者が龍歴院に潜んでいるとなると何が起こるか分からん、慎重にな。」
「はっ。」
事態は把握した。
ハンターとしての潜入任務、そこに潜む【シックバザル】の壊滅。
「お主達の、ハンターとしての道具もわたくしから手配させよう。」
「ありがとうございます。」
「どうだ?カイム、このままハンターになってみては。」
「…、お戯れを、お断りします。」
「一応わたくしはギルドの要人だからな、今の言葉で傷ついたことにしておこう。」
「…。」
自分はハンターの器ではない。
多数の人の血で汚れたこの手が、自然と人間の生活の調律などという大義を果たす資格など到底ない。
「丁度飛行船の出発は明後日だ、しばらくこの村で休まれよ。」
「ありがとうございます。」
「あ、話終わったみたいだね。って痛い!いたたたた!!耳もげる!」
ナナを連れて部屋を出、一礼して閉める。
部屋に入る時より景色が変わったことに気が付き、振り返る。
遠くの山脈から朝の陽ざしが差し込み、人の生活の始まりを告げた。
- 一章【邂逅】 ( No.44 )
- 日時: 2015/12/10 19:35
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
成人男性の背丈を遥かに超える本棚に囲まれた一室。
赤い絨毯が敷かれ、部屋の壁にはハンターズギルドの紋様が刻まれた装飾が施されており、部屋の角に備え付けられてある蝋燭の明かりがそれを際立たせて影を浮かべ上がらせている。
そして入口には儀礼用の甲冑、その横には主が着るであろう防具。
ハンターズギルド、それも極めて高位のものしか付けられないと言われる、人類の敵、黒い龍の紋が記されており、ここがギルドナイトが生活をする一室ということを物語っている。
しかし奇妙なのはその防具、薄い埃を被っており、誇り高きギルドナイトなら欠かさないであろう防具の手入れを少なくともしていない様子である。
部屋の中央で筆を走らせている人物。
机には山のような資料が溜まり、なかなかその山は切り崩せない。
やがて筆が止まる。
「ったく誰よこんな面倒事起こしたアホは。」
成人前の女性————、だろうか。
少なくとも声は幼女ほどの幼さはないが熟年の女性ほどの滲み出る深さは見受けられない。
コンコン、と扉からノックの音。
机の女性はその音を無視しようか逡巡するも「どうぞ。」と返事をする。
かなり不機嫌そうだ。
「書類が届きました。」
「はぁっ!?まだ増えるのこれ!」
「…申し訳ありません。」
自分は届けに来てくれと命令されただけなのに…と何故か怒られた世の理不尽を感じながらも、不満を表に出すことは躊躇われた。
それは目の前の人物が自分よりはるか上に位置する人間だからなのは、彼の物腰の低さから容易に感じ取れる。
「あーいーよ、それ置いてさっさと出てって。」
「はっ、……。」
「なによ、まだ何かあんの?」
「それが…。」
中々要件を切り出さない若年のギルド職員にイラつきながらも言葉が続くのを待つ。
「シュート様には現地へ赴いて調査をして欲しいとの通告でした…。」
「………は?」
いよいよ拳が飛んでくるか、と若い職員は目を瞑る。
しかしいくら経っても痛みが身体を走ることはない。
「やっと書類地獄から解放されるのね!ラッキー!明日までには戻ってくるから!」
「えっ!?あの!そこの書類の提出期限は今夜まで……——
言葉を全て言い終わる前に、少女は部屋を突風のように駆けて行った。
彼女の名はシュート=フィン=ウィング。
狩猟都市ドンドルマに12人しか居ないギルドナイト、その中の一人である。
- 一章【邂逅】 ( No.45 )
- 日時: 2015/12/11 23:26
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
見てくれガリヒョロのウチの職員が追いかけてきて地図を渡しに来たけど無視。
私服のまま詰所を出て何人かの職員が目を丸くしてるのが見えたけどあたしの顔を見た途端納得したかのようにそれぞれ持ち場に戻っていく。
そのままドンドルマへ。
太陽は多少傾いてはいるがまだまだお昼時。
仕事をこなす猶予はまだ余裕にある。
久しぶりの下町の空気を思いっきり吸う。
「ぅん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
思い切り伸びる。
ここ連日資料に追われていたお蔭で部屋に缶詰にされていた鬱憤を晴らすかのような深呼吸とあくび。
これ。
これが無いとやってられない。
何が悲しくて年端もいかない花も恥じらういたいけな少女があのようなかび臭い部屋で延々と書類とにらめっこしなければならないのだろう。
理不尽だ、不公平だ。
もうずっとこういった現地での調査でいい、部屋に行きたくない、文字嫌い、身体動かしたい。
「さて、と。」
脳内で下町の地図を思い浮かべる。
私のちょっとした得意技で、記憶した景色を第三者目線、芸事で言うといわゆる俯瞰が私は長けている。
舞台俳優やパフォーマンスをする人間は、自分が舞台のどこを立っているかを役に集中しながらもう一人の自分が見ているというが、私の場合は少し範囲が広い。
「なによ、大分近いわね。」
距離にして1キロあるかないか。
しかし直線距離で1キロであり、入り組んだ路地を含めれば体感はその半分以上だろう。
そこまで走ってもいいけど、別に急ぐ必要はない。
ここは下町の味覚を堪能しましょ。
商店街へと入り、昼飯を探す。
「ん!サクラージャンボのパイ!ヤマツカミルクのホイップクリームのクレープ!!」
目当ての、いや、目当て以上のものを早速デザートを取り扱っている店で発見する。
即座に購入。
私はお金を出し、店の外へ。
店主がお釣りを渡そうとしたけどそれを無視、早くこれを食べさせて頂戴。
形さまざまな雲をぼんやりと見つめながらパイをほおる。
…。
素晴らしい。
ラージャンのような雷模様が入った極デカ一粒のサクランボからはじけるような果汁が溢れる。
詰所の中では決して味わえない酸味に舌が震える。
わたしはいよいよ本命の果実の中心をほお張ろうと。
「あぁーーーーーーっ!!そこの人!!危ない!!」
「ん?————ちょっ!まっ!」
突然の叫び声、しかも標的がわたし。
一瞬パニックになるが、それも一瞬、状況判断。
飛んできているのは片手で持てるほどの袋。
中に何が入ってるかは分からないけどさっきの男の声からするに重いものか鋭いものが袋に入っている可能性がある。
袋の手提げは幸いとりやすい位置にある。
そして私に直撃する直前の手提げの位置を計算、うん。
「—————よっと。」
難なく両手でキャッチ。
…、思ったより軽いわね、何が入ってるのかしら。
「あっ!ダメ!!見ないで!見ないでください!」
突然の懇願の声、女の子だ。
声に従い、顔をそっちに向ける。
「貴女の?気を付けてね?」
「はいっ!!あのっ、ごめんなさい!!」
「僕からも謝ります!こいつを監視してなかった僕の責任です!ごめんなさい!」
「私はお前のなんだ!」
急に漫才かコントかが始まる。
正直興味のないそれを見てその場を立ち去ろうとする。
「あ、あのぅ。」
申し訳なさそうな男の声。
まだ何か用事があるのか、振り返る。
薄い蒼色の髪の男と、それと同じような明るさの桜色の髪の毛の女。
2人とも同じ年齢のように見える。
「なに?」
「その、服に…。」
「え?」
身体を、同じ一点を凝視している2人。
一体なんだというのだ。
「服がなによ。」
「パイが服に。」
…、ここでようやく事態を理解する。
片手で持っていたパイを放っといて袋を両手で掴んだのだ。
パイがあらぬ方向に飛んでいくのは自然の道理だ。
しかしそれを許せないのが人間というものだろうか。
私の怒りの沸点はすでに越し、目の前の2人に発散される。
「ちょおっと!どうしてくれんのよ!このパイ最後の1個だったのよ!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ごめんなさいで済むならね!ギルドナイトはいらないのよ!」
「はいぃ!!ごめんなさい!」
男の胸倉をつかんで揺らす。
「あー」「うー」とか情けない声を出しながら私の暴力を受け入れている。
「あ!そうだ!ねえ貴女!お詫びとして私たちのお店に招待します!」
手を止める。
「なによ、あんた達どっかの従業員?サービスしてくれんの?」
私の声に、何かアイコンタクトを取る。
悪巧みは感じない、純粋な善意。
やがて人懐っこい笑顔を振りまき、女の子が答える。
「私たち、店を営んでいるんです、どうか、お詫びさせてください!」
- 一章【邂逅】 ( No.46 )
- 日時: 2015/12/12 04:56
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
特に時間を急ぐわけでもない私はこの2人。
アオト、サクラと名乗る男女が営むという店【ガルフレッド】という、下町の更に奥。
事件でも起きない限り立ち入ることはないエリアに構える酒場に招待された。
「へぇ、下町にはこういった店があるのね…。」
店に入って鼻孔を突いたのはまず酒の臭い、それとキッチンから漂ってくる多種多様の香辛料の香りだった。
装飾品は無駄がないが、華やかでもない、といった印象。
いつもの詰所に比べれば質素と思う人間もいるかもしれないが私はこういった方が落ち着く。
とりあえず促されるままカウンター席に座り、サクラが何か作っているのを待つ。
「はい!パリアプリアプリンです!どうぞ!」
出されたそれの大きさにまず驚く。
バケツに入ったプリンをそのままひっくり返したんじゃないかと2度見するほどの大きさ。
しかしボリュームからくるインパクトとは裏腹に表面の質感、外見から察する弾力は食事会で出されるシェフが作ったデザートよりも魅力的に見える。
「…あの、ご招待しておいてなんなんですが…、食べきれなかったら残していいですよそれ。」
店内の装飾品の位置の確認をしていたアオトが困り顔でこちらに告げる。
「サクラの今度店で出そうかと考えている実験作なんですが…量が多いですよね…。」
「何を言ってるの!私くらいの目になればね!目の前にいる人間が腹を透かしてるか、そしてその人の好みが何かくらい分かるのよ!そして私の計算ではこの人はかなり食える…人間だッ!」
ドヤ顔を亭主にさらしているサクラを自分でも驚くほど冷めた心境で見つめている。
しかしその眼力は確かなもので、サクラ、彼女は私がスイーツに目が無いこと、そして良く食べることを見抜いていた。
「じゃ、じゃあいただきます。」
目をキラキラして覗くサクラ、それを心配そうに覗くアオト。
スプーンを手に取り、直径30センチはあろう金冠サイズのプリンへと接触させる。
————ッッ!!
「やっ、柔らかい!!」
本当に掬っているのか、スプーンに支えを失い蠱惑的に揺れているこの物体にこの世の物理法則が機能しているか思わず不安になるかのような錯覚。
それほど柔らかく、重みを感じない。
「ふっふっふ、そうでしょうお客さん、そのパリアプリアプリンはかの有名な……———ってもう食べてるーーー!!」
「サクラがツッコミなんて珍しいね。」
朝から何も食べていない私にこのプリンは刺激的すぎる。
何度口にスプーンを運んでも飽きを感じさせず、甘味による倦怠感も絶妙な調節で抑えている。
「———ッ!!サ、サクラ!これは!!」
スプーンがプリン内部で何かに当たる、それをそのまま取り出すと、これはまたとろみがかかっているカラメル、そしてそれに絡まる多種多様な果物がこれでもか、と発掘される。
「パリアプリアプリン…、飛竜パリアプリアと同じく粘膜に似た表面に覆われた身をほぐしていくと、胃液をイメージしたカラメル、そしてそれにくるまれた内容物をイメージして作ったわ!!」
「サクラさん、その制作テーマを聞くと食欲が無くなる気がするのと、中に入ってる果物は昨日の余り物ですよね、再利用ですかそれ。」
食べるのに夢中でサクラとアオトが何を言っていたか分からないが、何故かアオトがサクラに綺麗な体捌きで脚技を喰らっていた。
「おや、お客さんかい、ようこそ【ガルフレッド】へ。」
「「あ、マスター。」」
すぐ近くの通路から声、聞こえた場所から察するに地下への階段から妙齢の男性の声が聞こえた。
「まぁ若い店主達の相談相手になってください。」
整えられた髭を揺らし、マスターと呼ばれた男性は通路から現れる。
「…。」
見事な体格だ。
ギルドナイトに就任してからハンターの指揮を執ったことは何度かあるが、これほど鍛えられた体躯は久しく見たことが無かった。
そして声音からは柔和な印象だが、彼の目線の運び方、身体の運びは、数多くの死線を潜り抜けた戦士のそれが伺えた。
「…、失礼、あの、マスター。」
「ん?なんでしょう。」
気付けば釘づけになっていた。
それほどの気迫を持ちながら、何故。
「つまらない事を聞いてもいい?」
「あぁどうぞ、最近は毎日がつまらないからな、一つや二つ増えても構わないよ。」
「貴方のその腕、誰にやられたのかしら、詳しく聞いてみてもいいかしら?」
- 一章【邂逅】 ( No.47 )
- 日時: 2015/12/12 16:26
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「ふむ。」
私を見る目が変わる、深く身体が食い込むような視線。
戦いに身を置くものが敵の情報を整理する目だ。
数秒、されど数秒この場の時間は彼に完全に支配された。
「…、質問を聞き返すようで悪いが、嬢ちゃん、あんた何者だ?」
未だ解かれぬ警戒の目、目の前の思いがけない気迫の壁にわずかに指先が震える。
だけど私だってこなしてきた仕事や任務の数なら負けないし、誇りがある。
負けじと下っ腹に力を込める。
「ドンドルマでギルドナイトをやっているわ、ある事件を調査している。」
———、アオトとサクラの動きが変わる。
今まで傍観に徹していた彼らだったが、今この瞬間、私の言葉を皮切りに雰囲気、が変わった。
あまり心地の良いものではない。
「それとこの腕については何の関係がある?」
「単なる勘よ、事件と直接的な証拠はないけれど、確実に、何か繋がっているわ。」
確信をもって言える。
度重なるドントルマ南区域にての暴力事件、窃盗の急減。
ここ最近の南区域での暴力沙汰、そして目の前の。
私よりも遥か高みに存在しているといっても過言ではない妙齢の男。
そこらの人間相手では確実に相手にならないであろう彼が不自然に折られている、包帯を巻いた両腕。
時間が流れる。
下手な動きをすれば、今この瞬間にでも白兵戦になってもおかしくない緊張感。
「…、嬢ちゃん、悪かったな。ほらお前らも引っ込め。」
「マスター!でもギルドナイトって!」
サクラがマスターに訴えているのを手で制するアオト。
「サクラ、マスターの意図を汲め、マスターは彼女を信じた。」
「……ッ!」
私が声をかける暇もなく、階段通路へと髪を乱しながらサクラが消える。
彼らの事情は知らないが、ギルドの関係者が下町の人間から疎まれることはあまり珍しいことではない。
ちくり、と胸にかすかな痛みを覚えながらも視線をマスターへと戻す。
「この腕は少し事情が入り組んでいて、話せない部分が多いが、それでもいいかい?嬢ちゃん。」
「えぇ、ありがとう、助かるわ。」
- 一章【邂逅】 ( No.48 )
- 日時: 2017/01/26 01:14
- 名前: 敷島クルル (ID: BvdJtULv)
【ガルフレッド】を後にして、下町の更に奥へと進む。
建物が密集し、その間を縫うようにして進んでいるが、下手をしたら自分が今どこに向かって進んでいるのかと思うほど方向が定まらない。
一応太陽を目印として目的の現場へと足を進めている。
(この腕は【シックバザル】にやられた腕だ、経緯は教えてやれない。)
私がギルドに報告しないと確信を持たれた上での言葉。
それを足蹴にするほど私は落ちてはいない、さっきの話は私の胸に収めよう。
目的地の眼前に迫る。
路地に続く路地、人間が2人並んで歩けばそれでいっぱいと言うほど狭い道。
太陽の陽ざしはちょうど陰りとなっていて届かず、昼間だというのにここだけ暗黒の風情を漂わせている。
進む。
ギルドナイトには特別な権限として、違反者に力を行使するため、街中での武器の使用が限定的だが許されている。
それはギルドナイトが配属されている都市に害を仇なす人間あるいは組織に対して。
今、このどこかに【シックバザル】の人間が襲ってくるとも分からないのだ。
腰の、如何せん狩猟用投げナイフだが、対モンスターの為に製造されたこれは人間に対しては非常に有効である。
それに力を込め、影に隠れた建物への扉に手を掛ける。
「…、開いてる。」
なんの抵抗も示さずに扉が開く。
物音はしない、臭いも別段変わったところはない。
進む。
地下へと続く階段だけが扉の先には広がっていた。
自分の足音だけが響く空間で、雑音が聞こえないことに妙な警報が胸に鳴る。
(シックバザルの拠点のはずよね?…ここ。)
まさかアジトを乗り換えたのか。
しかし【シックバザル】を監視している職員グループからはそのような情報は聞いたこともない。
何の襲撃者もなしに、遂に一番奥の部屋までたどり着いてしまった。
細心の注意を払いながら、扉を開く。
先ほどまで外にいた所為で、暗闇に目が慣れず、視界が暗黒に塗りつぶされている。
だがそれも徐々に回復し、部屋の全貌が明らかになる。
—————、何の変哲もない一室。
変哲、【シックバザル】のアジトであることを示す武器の類は壁に大量に掛けられており、蝋燭は形を崩したままそれに准じている。
蝋燭に火を灯す。
「…。」
おかしい、この部屋には違和感しかない。
部屋の人気はないが、家具や道具の類は使用された形跡は多くある。
しかし埃が薄い膜を張っており、ここ数日間人間の出入りがされていないことは明白である。
だが武器が持ち出された形跡がなく、まるで夜逃げか何かのようにここに居た人間がパッタリと姿を消した。
そんな風に思えて仕方がない。
———否。
その通りなのだろう。
【ガルフレッド】のマスター、彼の腕は確実に【シックバザル】によるものである。
だがここには居ない、必要な道具が持ち出された形跡はなく、マスターの言動から察する事件が起きた日とここから人間が消えた日はほぼ同じ時間と見て間違いないだろう。
「…、調査は終わりね。」
核心を持つ。
【シックバザル】は何者かの手によって壊滅された。
それとマスター、あるいはその従業員は何かしらの接点を持っている。
僥倖だ、あと調べるのは一つだけ。
「最近物資の輸入や荷車の被害が大きいところね。」
少女は俯く。
蝋燭に照らされた横顔からは表情は窺い知れぬが、その眼光だけはハッキリと見えた。
それは何かを護ると決意した目、ギルドナイトとしての使命を果たす嘘偽りない正義の眼光である。
- 一章【邂逅】 ( No.49 )
- 日時: 2015/12/13 16:30
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
深夜、月が真天に座し薄光がドンドルマを柔らかく包む。
狩猟都市であるドンドルマは夜中狩りに出向くものが多く街中の明かりは尚も輝きを忘れていない。
ハンターズギルド本部でもそれは同じ。
深夜だろうが関係なくひっきりなしに人間の出入りが激しい。
忙しく書物を抱える書記隊やハンターの中に紛れる一人の少女は誰からも悟られることなく詰所を出る。
手には最低限の荷物が詰まっているカバン、肩からは使い込まれている様子の軽弩『ヴァルキリーファイヤ』を携えている。
レオレイア装備に身を包む彼女をギルドナイトだと知る人間は少ない。
ピアスを月に照らしながら彼女は迷いを見せず夜を駆ける。
行先には飛行船。
誰にも告げずに飛び出してきた少女はドンドルマにしばらく帰ってくる気は無い。
夜風に肩までかかった髪をなびかせながら薄い茶色の髪がたなびく。
「【龍歴院】…。」
己に確認するかのようにつぶやく。
胸に落ちたその言葉は少女の心をより熱くさせる。
少女は詰所に帰ってから書類を全て片付け、ここ最近の物資の流通や事件、ささいな噂を収集し、この暴挙ともいえる行動に打って出た。
より鋭い眼光で夜天を睨む。
一切の迷いない瞳は間違いなくその務めを果たすだろう。
ギルドナイトという身分の者が付けるとは思えないほど質素なピアスが音を立てる。
その音が少女を更に早く走れ、と命ずる。
呪い。
これは呪いだ。
発した者は既にこの世にはおらず、言葉だけが生者にまとわり、それに憑りつかれる。
呪いを解くには、呪いを発した、あるいはその対象を殺害しなければそれは未来永劫解かれることはない、救われない。
少女は呪いを解くため、空に残月、一人ドンドルマの闇を切り裂くように走る。
- 一章【邂逅】 ( No.50 )
- 日時: 2015/12/14 00:02
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「ハンターメイル…、これがハンターが纏う防具か。」
「似合ってるよにーさん。」
ネコート様からの助力でポッケ村からの飛行船に乗り、早2日、俺達はドンドルマを経由して龍歴院に向かう船に乗り込み、支給された道具を点検していた。
目の前の少女、ナナもやはり纏う防具はハンター装備。
俺には一振りの太刀、『鉄刀』、ナナには『ツインダガー』がそれぞれ手渡されている。
武器の扱いはもちろんないが、振るう予定はない。
あくまで潜入用の武器。
「…、といっても何が起きるか分からんな。」
人間相手に戦闘をしたことは過去に経験はあるが、この武器、鉄刀を向けるべき相手は人間とは遥かに強く、堅く、早いモンスターである。
ハンターとして全くの素人である自分はモンスター相手にどう立ち回るか、それを脳内で考える。
「にーさん狩猟とか経験ないんだよね?教えてあげようか?」
目の前の少女は違う。
俺より、いや、他のハンターよりも遥かに幼い頃から狩猟に携わってきた彼女は確かに狩猟の心得は知っているだろう。
だが彼女の壊滅的な語彙力を聞こうとは露にも思わない。
それなら幼子から錬金術の定理を聞いた方が遥かに容易なことだ。
「夜が明けたら出立だ、今のうちに休んでおけ。」
「スルー!?あてが善意から提案したのに!」
ふてくされてそっぽを向く。
それに釣られるように夜のドンドルマを見る。
まさかまた近いうちに訪れるとは。
あの少年少女達は元気だろうか、とぼんやりと町を眺めていると横から卑しい視線を感じる。
「にーさんも正直になったらいいのに〜、アオトとサクラ、マスターの事が気になってるんでしょ。」
「…。」
「あても気になるな〜、サクラ可愛かったよね〜にーさん。」
「…。」
「ほらほら〜正直になろうよ————ッッ!
耳障りな首を手にかける。
急に圧迫されたのか声にならない声を上げる。
俺は明確な力を持って更に力を込める、あともう一心加えればその細い首は容易く折れるだろう。
その寸前を保ち、最低限の力を腹に込める。
「図に乗るなよモンスター…!俺はお前の親しい仲でも仲間でもない……!」
「あっ……!!かっ……はっ!……ぁ!」
「俺達が共に行動するのは利益が一致してるからだと知れッッ!」
首を解放する。
新鮮な空気が一気に肺に入ったのかヒューヒューと、涙を浮かべながら尚も変わらない笑みを浮かべてまた元の、俺の隣に戻る。
「えへへ、分かってるよ、でもあてにはにーさんしか居ないんだ。」
それ以降会話は無いまま時間が過ぎる。
夜には三日月が座す。
また、確実にこの手が人間の手で染まる。
先ほどのナナの首に手をかけた手が震える。
だが止まる、否、意思を用いて御する。
人を殺した、この手が、己、ミナト=カイムという人間が震えなど許されぬ。
人殺しが人を殺した罪に怯えては決してならぬ。
その罪を全うし、来る日に惨たらしく処刑される、その日を待ちわびる。
悪党を殺すのもまた悪党。
悪党である自分が罪から逃げるなど許されぬ。
依頼を、使命を果たしたとき、その後が自分が処刑される時だ。
目を閉じる。
意識はすぐに混濁に染まり、宵闇に染まる眠気が俺にまとわりついた。
- 一章【邂逅】 ( No.51 )
- 日時: 2015/12/14 01:46
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
寒気から目が覚める。
いつの間にかいつものように羽織っていた毛布が隣でまだ寝息を立てている少女に奪われたようだ。
朝日が差し、街はもう活気に満ちていた。
飛行船の看板で睡眠を取っているのは既に自分達だけで、乗組員がドンドルマからの乗客を案内しているところだ。
ちらほらとハンターや商人の姿が見えるのは流石狩猟都市といったところだろう。
ポッケ村からの乗客は数人一組が数グループのみだった。
「…。」
ドンドルマからの乗客を悟られないように見る。
この中にも【シックバザル】の構成員が居ないとも限らない。
1人1人を見る、が思わしき人物は居ない。
「ぅん…。」
隣の少女が目覚める。
寝起きの小動物を思わせるように目をこすりながら毛布を被り直し、口を開く。
「もう出発?」
「いや、まだ時間はある、今はドンドルマからの乗客を乗せているところだ。」
「ん。」
それだけ言って再び睡眠の体勢になる。
いつもの様子を今更気にかけることのないまま乗客の観察を再開する。
この段階で既に10人ほどが確認されており、やはり龍歴院が人員増大に手をかけていることは明らかだった。
「む。」
1人の少女。
記憶のカタログから、彼女が身に着けている防具が見当たる。
リオレイアのガンナー防具、そして軽弩。
ただ違いがあるとすれば頭装備がピアスで、顔が確認できることだろう。
目に留まった理由は、視線。
同行人が見当たらない彼女、そして知り合いを探しているというよりも、誰かに悟られまいとしている。
それも自然に、視線のみの誘導で、身体の動きは他の乗客と変わらないように隠している。
あれは人ごみか、対象が隠れることが出来る環境で敵を追ったことがある人間が行う目線だ。
やがて目が合う。
「…。」
「………。」
「………………………。」
「………………………………………。」
怪しい。
確実に気付かれないと自負していたのだが、この少女は俺の目線に気付いている。
だが先にあちらが視線を外し、人ごみに紛れる。
「では!龍歴院行き、飛行船!出発します!!」
一際大きい乗組員の声が朝のドンドルマに響く。
やがて船はうなりを上げて、地表からその体躯を離し、空をゆっくりと歩むように進んでいった。
- 一章【邂逅】 ( No.52 )
- 日時: 2015/12/15 01:00
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「最近晴れが続くね。」
「あぁ。」
ドントルマを立ち、既に半日が経過。
飛行船は高度1000メートル上空、雲の海を航海し、足を龍歴院へと未だ続けていた。
乗客は観光目的の人間は俺達のように甲板にでて地平線——この表現が正しいかは分からないが、続く雲の海を見て好奇の声を上げている人間が多い。
そうではない人間、ハンターや商人はこの船旅は休息時間に過ぎず、皆死んだように眠っている。
少女の年相応の溌剌とした声が、船の外の景色へと向けられる。
「にーさん、モンスター出たらどうしよう。」
「…この船には飛竜が嫌う臭い、そして音を周囲に発信している、その上こういった飛行船は飛竜のテリトリーを侵さないよう入念に下調べを済ませている、飛竜の出現はまずありえない。」
「答えになってないよ。」
「仮に新種の飛竜が出現して、そして偶然その個体が凶暴で臭いと音に反応する凶悪な個体だったとしてもこの船には多数のハンター、迎撃兵器、そして甲板での戦闘が可能だ。」
「あて達はどうするの?」
「モンスターの相手は専門職の人間がすることだ、一介の人間が立ち入ることは死を意味する。」
「一応あて達は今はハンターだよね?」
「そうだ、そして新米ハンター、ギルドカードにはそう書いてあっただろう。」
少女が思い出したように腰のポーチへと手を伸ばす。
1枚の加工を施してあるカード。【ギルドカード】
「あ、ほんとだ。」
「他のハンターに妙な態度は取るな。」
「うん、いつも通りにーさんに合わせるね。」
少女は屈託ない微笑みを浮かべ、視線を再び船の外へと戻す。
飛行船の旅はこいつとは数える程しか乗ったことがない。
それもその全てが深夜だったため、昼間、晴天の空の旅は好奇心旺盛なこいつには良いリラックスになるだろう。
「…、しかし、これは中々。」
この少女と共に行動してからの空の旅の経験は全てが夜。
それ以前は飛行船に搭乗したことすらなかった。
幼少の頃夢に見た、人間が到達できるはずなどない天空に自分は今いる、存在している。
今は雲で見えないが、下の景色が見ることができればさぞ絶景であろう。
「にーさん目が輝いてる。」
「…、男性という生き物は皆こういった病気を抱えている、覚えておけ。」
「それほんと?」
訝しげな声をあげるが、俺の言っていることは決して間違いではない。
空に憧れない男子などいるものか。
「良い天気ね。」
背後から声。
若い少女、ナナよりは年上だろうが、それでも少女の幼さを残した声が自分を指す。
そして接近を気付かなかった、気配を消し、わざわざ俺に声をかける人物、それは必然と一人のみに絞られる。
「…、そうですね、寒冷期であることを忘れるようです。」
視線を雲海に向けたまま答える。
少女、レイア装備の例の彼女は俺の隣へと座る。
やはり只の人間ではない。
ハンターを生業とする人間はこれまで大勢見てきたが、対人間への気配の消し方を完全にこなす人間とは終ぞ見合ったことなど無かった。
「隣の子は娘さん?」
「…違います。」
俺に合わせるとの命令を受けているナナの口元がにやける。
「あらそう、ごめんなさい。」
口だけの謝罪。
「何か用でしょうか?」
「別に、私一人だから話し相手が欲しかったのよ、いいかしら?」
「…、自分でよろしければ。」
良い機会、かどうかは図りかねる。
得体の知れないこの少女の接近、だがあちらから来てくれたのは悪いことではない。
【シックバザル】の手のものかどうか分かるかもしれない、とナナに目配せをする。
「貴方達はハンター長いの?」
「お恥ずかしいことに、まだハンターとしての経験がありません、龍歴院で初仕事になります。」
「珍しいわね、その年齢でハンターを始めるなんて。」
「そうでもありません、ベルナ村には旧知の友人が居まして、隣の娘は彼の娘なんです、3人でハンターをやってその後飲食店を開くのが夢のようで、大してやることのない自分はその夢についていこうと、恥かしながら思ったわけです。」
「そういうのいいわね〜、良かったら名前おしえてもらってもいいかしら?」
「ミナト=カイムです、隣のはナナ。」
ぺこ、と俺の視線を受けたナナがこの少女に頭を下げる。
「失礼ですが、貴女のお名前は?」
「シュート、シュート=フィン=ウィングよ。」
ギルドカードを渡される。
自分より明らかに下の人間に自身の情報が載っているギルドカードを相手に渡す。
おかしい、がここは乗らないわけにはいかない。
ナナと共にギルドカードを渡す。
「私も龍歴院に用事があるの、良かったら現地に到着したら下見がてらクエストいかないかしら?」
「…、喜んで、自分達は右も左も分からぬ新米ハンターです、足を引っ張らないようにします。」
「大丈夫よ、そういうの気にしないから。」
意味深な視線を受ける。
その意図を把握するまでには至らず、目の前の彼女は身体を船の外へと向ける。
- 一章【邂逅】 ( No.53 )
- 日時: 2015/12/15 01:05
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
今のところ【シックバザル】との繋がりは見えない。
ギルドカードの情報へ目を向ける、毒怪鳥ゲリョス、リオレイア、ガノトトス。
一般的なハンターが狩るテンプレートのような討伐記録。
何人かとクエストに言っていると書かれているが、その人物たちの名前はどれもバラバラ。
如何せん特定のパーティを組んでいないようだ。
何も怪しい点が無いのが逆に怪しい。
まだ警戒は続けた方が良さそうだ。
ピク、とナナが顔を身体ごと反応させる。
「どうした。」と声をかけようとしたのも束の間、少女の耳を澄ませるように目を瞑る仕草にそれが躊躇われた。
次に視線を雲海へと向けている。
「にーさん、何か近付いてきてる。」
「…飛行船ではないのか。」
「絶対違う、何かバチバチしてる。」
警戒を雲の中に続けるナナ。
耳を傾ける。
が、何も聞こえてこない、俺の耳の、常人の範囲外の音の大きさらしい。
「ッッ!!来るよ!にーさん!」
「何ッ!?」
飛行船前方の雲の一点が稲妻が走ったかの様に割れる。
空の海から抜け出したそいつは、明らかな敵意の目を持ってこの船を見据えている。
外見には覚えがないその飛竜は確かにナナの言った通り、電光を纏っている。
鋭利にとがった部位、透き通った翼膜は美しいが、その尖ったフォルムと眼光と相まって、攻撃的な印象を受ける。
不明飛竜襲来(アンノウンエンゲージ)
脳の意識が即座に切り替わる。
…これは異常事態だ。
「電竜…ライゼクス…?どうして…?」
シュートが、彼女が目の前の光景を自身に確かめるように呟く。
「どのような飛竜ですか。」
「極めて獰猛な気性で知られているわ、縄張りに入った獲物は容赦なく殲滅する、格上の敵だろうと怖じずに向かう。」
目が変わる。
敵を前にした、ハンターの、戦う者の目だ。
「雷の反逆者って異名の危険度5、リオレウスやディアブロス並みって言えばわかるかしら…!」
その言葉を聞き、即座に俺は行動を移す。
まずは非戦闘員の避難と、この事態を休憩所のハンターへ伝えるべく駆けた。
「ってちょっと!どこ行くのよ!!」
「異常事態です!避難と中のハンターへの通達は自分とナナが行います!シュートさんは船員への説明をお願いします!!」
それだけ言って全力で駆ける。
ここが戦場となる確率が確実に高い。
ライゼクスへと目を向ける。
怒りに満ちたかのような赤い瞳はやはり船を外敵とみなしているに違いなかった。
- 一章【邂逅】 ( No.54 )
- 日時: 2015/12/16 00:33
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
飛行船内は阿鼻叫喚の様と化していた。
観光客は我先にと船内へと逃げ込み、そこで休息を取っていた商人、ハンターが皆一同に何事かと騒ぐ。
俺が皆に聞こえるように説明すると、あろうことか逃げようとする上位ハンターすら居たものだ。
しかし何人かは冷静なハンターが居る様で、すぐさま迎撃の準備とそれぞれ武器を手に取り甲板へと勇み歩んでいった。
「シュートさん、船内に通達してきました。」
「ありがとう、今のところアイツは船と並走してるだけだけど、もう電荷状態寸前。そろそろ攻撃してくるわ。」
「電荷状態?」
「勧告の手際が良いのにそういうところは知らないのね、要は今より凶暴になるから気を付けないとヤバいってこと。」
「なるほど。」
船の横に取りついたライゼクスは確かに先ほどとは外見に違いがある。
身体全体がより鋭利に、そして電光が迸る装甲ともいえる甲殻が展開し、攻撃的なフォルムが強調されている。
ドウゥン——、と鈍い発砲音。
鞘走ったヘビィボウガンを携えた男がライゼクスへと発砲。
しかし空中を独特の軌道で飛行しているライゼクスは絶妙にそれを躱す。
ヘビィボウガンに触発された他のハンター、中でも弓や軽弩を携えたハンターがそれに続く。
だが適正射程距離を捉えていない弾丸はライゼクスを捉えるが大したダメージにはなってない。
「全員注目ぅ!」
隣のシュートさん、彼女が大声を張り上げる。
なんだ、と訝しげに皆注目する。
「ガンナーは今みたいに射撃を続けて!剣士はバリスタ拾って交互に交代しながら撃って!」
急な指示に一同困惑の色を示すが、指示の内容に納得した何人かが、その通りする。
今まで指を加えているだけのハンマー使いや大剣使いが揃ってバリスタといわれる迎撃用の巨大弩へと殺到する。
「ナナ、お前も加われ。」
「はいさー!」
いつもと変わらない調子で白髪の少女はバリスタの弾を拾いに船首へと向かう。
「「ギシィャヤアアァァアア!!!!」」
「ッッ!!」
聞いたことのないような高い雄叫びを上げて遂にライゼクスが甲板直下に取りつく。
そこにはバリスタの弾を抱えたハンターや未だ何をしたらいいか分からない新米ハンター達が多く残っている。
「「ッッシャァアアアォオオ!!!」」
巨体が落ちてくる。
思わず顔を覆い、甲板の床の素材が焼ける臭いに思わず咽る。
ライゼクスとの距離は10メートル以上あるが、これだけ離れていても衝撃の瞬間、身体が静電気に覆われる。
そして直撃をまともに受けた者はほぼ水平方向へと受け身が取れないまま吹き飛ぶ。
船外に放り出された者がいないのは不幸中の幸いだが、今の攻撃を見て完全に全体の士気が下がる。
「「ォオオオオオオッッ!!」」
尚も攻撃の手を緩めない電光は、次に力を溜める様に身を屈める。
頭を前に突出し静止する様に、隙と判断したランスを手にしたハンターが盾を展開しながら突撃する。
だが次の瞬間には3メートルほど突き上げられていた。
それは走行準備をした突進。
まさに稲妻のごとき一撃は、盾ごと吹き飛ばし、更に奥で油断していたガンナー達まで蹂躙する。
バシュシュン!!——、と異様な風切り音。
飛行船に乗っていたハンターにも歴戦の猛者が何人か居たようで、未知なる飛竜に対して果敢にバリスタで援護する人間が居た。
元を辿ればラオシャンロンや超大型モンスター用に作られたバリスタの巨弾丸はライゼクスの背中の棘を一発で穿つ。
だがそれでも本体の直撃を避けたライゼクスに驚愕せざるを得ない。
怒りに満ちた瞳は攻撃を受けた方向を見据え、翼を広げる。
そのまま飛翔し、ガンナーの弾丸が届くか届かないか、遥か上空にライゼクスは鎮座した。
どよよ、と声が上がる。
逃げたのか?今のうちに!とバリスタで更なる追い討ちを狙おうとするハンター達。
バリスタの発射音が数発鳴り響くが、着弾した音は響かなかった。
「えっ?」
俺の横で様子を眺めていたハンターの言葉———否、言葉だった。
直撃を喰らってないにも関わらず、俺の身体は吹き飛ばされていた。
鼻孔が血の臭いで充満し、平衡感覚が狂う。
何をされたか理解できない。
ただ上空に居たライゼクスの足が一瞬光り、俺の横寸前へと急降下していたまでは認識していた。
言葉を発したハンターは、片手剣が衝撃で彼方へと跳んでいき、船内に続く扉に叩きつけられる。
「がっ!」
受け身も取れず甲板に倒れる。
骨が折れていないのは幸いだが、どうしたものか。
直撃を喰らえば確実に骨折どころでは済まされない。
背中の太刀、【鉄刀】に手を伸ばす。
使ったことなど無いが、手に取らなければ無抵抗にやられるだけだ。
——重い。
鉄鉱石を圧縮して研磨された武器は今まで使用していたナイフ等の暗殺道具とは比べものにならないほどの重量。
こんなものを振るって目の前の化け物と戦えというのか、ハンターというものは。
だがやれないこともない。
太刀を逆袈裟に構える。
見よう見まねで他に太刀を持っているハンターの構えを模す。
正眼に構えるよりも重さが分散されるこの持ち方は身体的にも精神的にも若干の余裕が生まれる。
「「ッシャァアアアア!!!」」
続く怒涛の連撃。
尻尾の回転や、鋭利な甲殻を使ったタックルで、ハンター達が圧倒されている。
誤射を恐れるガンナーは撃つにも撃てない状況で、それはバリスタを構えている人間も同じだった
———だが一発の弾丸がライゼクスの頭部を捉える。
この場の誰もが思わず見るその軌跡。
ライゼクスの周りに殺到しているハンター達を上手く避け、ライゼクスの頭部が揺らぐ。
しかしそれだけで、ライゼクスは怒気を更に高め、弾丸を発した者へと標的に変える。
「——フッッ!」
不敵に笑う。
シュート=フィン=ウィングは自らに突進してくるライゼクスに怯んだ様子もなく銃口を突きつけている。
彼女の周囲には他のハンターがおらず、皆その瞬間に括目する。
逃げろ嬢ちゃん!殺されるぞ!
声が四方から聞こえる。ライゼクスとシュートさんの距離およそ5メートル。
接触するか否か、寸前で前転回避。
———いや違う、回避ではない!
それまで彼女が位置していた場所には明滅する物体が地面に設置されていた。
恐らくあれは——
瞬間爆発。
地面からは数メートルの爆風が突き上げ、頭部からも連鎖的に爆発が起きる。
恐らく連爆榴弾、すでに初めの一射で仕込んでいたのだ。
「ほら!チャンスよ!畳み掛けて!!」
傾いていた天秤の重さが逆転する。
彼女の声に士気を取り戻したハンター達が自身の武器を力強く握りしめ、ライゼクスへと肉薄する。