二次創作小説(映像)※倉庫ログ

二章【青き英雄】 ( No.69 )
日時: 2015/12/25 21:08
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: QRmoI/Ul)

その時代は最も人の活気に満ち、自然と人が共存した眩い数世紀。
闇があるのならば光もある。
それは自然の摂理であり絶対の規律。

——悪があるなら正義がある。

どの時代にも英雄を目指す者は居る。
諦めず、仲間を支え、敵を倒し、賞賛される者。

———この時代では【モンスターハンター】

…英雄とは何をしたら英雄なのか、英雄たりえるのか。

強大な敵を打倒したから?———否。
多くの人々を救ったから———否。
世界を救ったから—————否。

それは結果にしか過ぎない。
英雄とは立ち居振る舞い、その者が歩んできた全ての軌跡が英雄そのものなのだ。



〜〜〜〜〜〜〜二章【青き英雄】〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


二章【青き英雄】 ( No.70 )
日時: 2015/12/27 18:53
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: QRmoI/Ul)

盾と剣を構える少年、大して木刀を構える大人。

道場の中の空気は寒冷期であることを疑うかのような熱気が満ち、2人の間には朝もやに包まれた湖のような静けさが流れている。
場には2人、道場の壁には様々な木製の武器が掛けられている。

大剣、太刀、槌…そのどれもがハンターが狩りで使うものの模造品、稽古用の武器だということが、それらに付いたおびただしい数の傷が雄弁に語っている。

———風が吹く。

手汗をじんわりと掻いている少年の身体の熱が、すぅ…と収まる。
寒冷期のベルナの風は相手がどう打ち込んでくるのか、様々なパターンを思考させる冷静さを少年にもたらした。

少年の獲物が先に動く、右手の盾を突き出し、左手の剣を左腰で待機させる。
大盾で相手の攻撃を凌ぎ、こちらの後手の必殺で仕留める。

敵が攻撃をしてこなくとも、盾を間合いの中で展開されては身体の大部分が盾で占められ、敵からは何を仕掛けてくるか検討も付かないだろう。
未熟な相手ならばこの時点で勝負は決している。

少年の術中にはまり、焦って攻撃をすれば盾でいなされ、控えている剣が脳天を叩く。

しかし、均衡は保たれたまま。

対する相手はバケツの水、冷え切ったようにピクリとも動かない。
獲物は木刀、正眼の構えで半歩退いただけで、少年の動きには釣られなかった。

————小鳥が開け放たれた窓から入ってくる。

何も知らぬ小鳥が、置物と間違え木刀の切っ先へとちょん、と羽休めをする。

…少年は盾を展開し、未だ必殺の刃を眠らせており、その牙はこの瞬間にでも繰り出せることだろう。
対するは正眼の木刀、リーチで勝るこの武器は構えるだけで敵の選択肢を大きく狭める。

ならば何が勝敗を決するか。

至極単純。

体力と気力の勝負である。

敵の動向を逐一読み取り、無限にも等しいパターンを脳内で反復し、身体をその瞬間に備える。
それを続けるのは容易ではなく、油断を一匙でもすれば次の瞬間、身体は天井を仰いでることだろう。
瞬きはもちろん、安直な行動は即、負けに繋がる。

それを理解している者同士の戦い。

成人前の少年の身体は活力に漲っており、体力は渓谷を一晩で下ろうと、まだ潰えることはないだろう。
対するは髭をうっすらと生やした、40代、年瀬を感じる頃だろうが、身体に刻まれた無数の傷跡から勝負事の経験が少年など露にも及ばない存在だということが分かる。

——少年が突き出した盾が僅かに揺れる。

ほんの数ミリ、誤差の範疇でしかない僅かな揺れ、されど揺れ。
右腕を突き出したまま姿勢を維持するなど歴戦の兵士、剣聖と呼ばれる存在すら、確実に疲労する。

大人は正眼のまま動かない。
このまま体力を浪費するのがどちらかなのは語るまでもない。

———盾の動きに驚き、小鳥が飛び立つ。


それは投げられた賽。
勝負が動く。



「はああぁぁっっ!!」



盾で距離を詰める。
木刀は打ち込む箇所を見付けられず、未だ正眼のまま、対して盾は潜りこむように木刀の下を這い縫っていく。
これは少年の身長のみが出来うる特権の戦術だろう。

このまま距離を詰めれば、長物である木刀はそのリーチを生かせず、至近距離戦闘へと晒される。
それを知っての木刀は数歩後ずさる。

…少年の口が笑う。

手慣れた動作で、盾の中心へと剣を納める。
木製のそれは小気味のよい音を響かせて、盾内部のトリガーを起動させる。

盾から押し出されるように木棒が伸び、あっという間に片手剣のような風貌から、大斧へと変化した。

「はあっ!」

振りかぶり、打ち下ろす。
単純にして絶対の破壊力。

防げば武器の損壊は免れない木刀は避けることしか適わぬ。
斧の大振りを紙一重で後退し、直撃を避ける。

「…!」

木刀が遂に動く。
それは獲物を捕らえる蛇のように攻撃の隙を晒す少年の頭部へと迫る。
あとは木刀が頭を捉え勝負はつく。



———しかして少年の動きはここまで全てが一連の流れ、決められた動作の最中である。



少年は攻撃に隙を晒していたのではなく、次の攻撃の為の準備をしていたのだ。
当然振りかぶった重量の制御、反動を消すことは出来ない。
しかしフェイク、全ては次の一手の為の動作。

盾に仕舞われた剣を引き抜き、上半身を回転させる。
遠心力で引き抜かれた剣は勇猛に対象へと迫る。

対するは突き、当たれば必殺である。
しかし当たらなければ膨大な隙を晒す諸刃の剣。




———木刀は盾を、少年の剣は空を斬っていた。



寸前で気付いた木刀の担い手は左手のみを突き出し、腹部へと繰り出された少年の一撃を薄皮一枚で躱す。
少年の攻撃は攻防一体、回転力を増した剣は虚空を斬るが、相手の剣は右手の盾で受け止められている。




…再び静寂が場を支配する。



少年の額には玉のような汗、対する大人は顔色一つ変えず、均衡に身を委ねている。




「ガードポイント…会得したようだな。」
「………!!」



言葉を発した大人の口が和らぐ。
少年は歓喜の表情でただ相手を見つめている。


「最終稽古終わりだ!荷物をまとめて吾輩のところに来い!ルカ!」
「…はいっ!!師匠!!」


二章【青き英雄】 ( No.71 )
日時: 2015/12/28 14:24
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: QRmoI/Ul)

訓練所たる施設がある。
ギルドからの支援金で成り立ち、世界中のあらゆるギルドの拠点に設けられている訓練所には毎日のようにどこかでハンターがその門を叩いている。
ここベルナ村の訓練所も例に違わなかった。
そもそも地理的に龍歴院と至近距離にあるベルナ村に訓練所を設立するかどうかはギルド本部でも議論が分かれた。
その話し合いは最終的に、とあるハンターが引退と共にベルナ村へ移住し、設立するという結果で丸く収まっている。

設立して早2年。

訓練所どころか何かを経営すること自体が初めてだったその男にとって門下生の会得は困難を極めた。
仲間内からもスパルタで知られた彼の元を訪れたハンターは皆一日で音を上げ、次の日には来なくなってしまう。

しかして、物好きというものはどこの世界にもいる者だ。

ある日、早朝、門が叩かれた。

いつものように興味本位の連中がまた来たか、と決めつけて門を開けるとそこには少年がいた。
歳は16、身長はその年齢にしては小さく160センチほど。

だが、男は少年を見て馬鹿になどしなかった。

目が違う、姿勢が違う、声色が違う。
そして全くの素人であることは少年の服装を見てすぐに分かった。

———インナー姿にハンターナイフ。

「かっこいいハンターになりたいです!」

目を輝かせ少年は何のためらいもなく放つ。
それは穢れを知らぬ眼、そして穢れ全てを受け入れ、尚も前へと進むことを他者に信じさせる天性。

ハンターを初めて真っ先に訓練所に来た少年を、男は深く尊敬の念を込めて、今日まで自分が持っている技術、知識を授けた。

訓練は過酷を極めた。
ハンターライフのハの字も知らない素人にも、容赦のない座学、実地訓練をさせた。
時には命の危険もあったが、少年は音を上げずに輝く眼をいつも絶やさず付いてきた。

そして今日、遂に最後の武器訓練である、盾斧【チャージアックス】と呼ばれる、扱いが難しい武器の上級技術、ガードポイントを会得したことにより、晴れて全科目を終了させた。


「教官!お待たせしました!」
「うむ!そこに座れ!」


道場の中央、師範と弟子が腰を下ろす。

「今日までご苦労であった、これからのハンターライフは訓練など生ぬるいと感じるものになるだろう、命の危険は当然伴う。」
「…はい。」
「しかし俺が知っていることは全て教えたつもりだ、お前なら大丈夫だ!」
「はい!ありがとうございます!」

教官が席を立つ。
道場で大きく「戦場在中」とかかれてある看板の下、風呂敷で包まれたそれを取り払う。

「選別だ、もっていけ。」
「…ベルダーアックス!いいんですか!」
「チャージアックスはお前に向いている、手数はもちろん、斧形態での破壊力、榴弾ビンでの頭部へのめまいの誘発。」
「…。」
「ガードポイント、高出力属性解放斬りを備えているこの武器は、状況を常に把握しておかなければただの器用貧乏だ、この武器を満足に扱えることが出来れば、お前は一人前のハンターだ。」
「はい!ありがとうございます!」

少年が教官に促されて席を立ち、武器を手に取る。
まず感じたのは重量。
遥か太古の地層の鉱石から作られたそれは、確かな重量があり、実戦での破壊力を逞しく想像させる。

「さて、そろそろか。」
「?何がですか?」
「村長から連絡があってな、今日、男が吾輩の訓練を受けたいとの話が入っているのだ。」
「はぁ。」
「村長自らの申し出との事もあって、吾輩気合いが入っている、分かるな?」
「分かります!」
「ルカ、太刀を用意しろ、客人は太刀での訓練を望んでいる。」
「はい!」

ルカと呼ばれた少年が未だ収まらない汗を浮かべ道場の奥へと消える。
教官は思案していた。

これから来るであろう人物のある程度のプロフィールは村長から貰っている。
かくも素人、年は少年と13も離れたハンターが自分の訓練に付いてこれるかどうか。

開け放たれた窓からは、雄大な雪山と青空が広がっている。

「…失礼、訓練所と呼ばれる施設はこちらで間違いないでしょうか?」

不意に道場入口から声が聞こえた。
足音は無く、模擬戦後ということもあり油断していた教官は気付けなかった。

「いかにも、ここはベルナ村訓練所…主の名は?」
「ミナト=カイムです、本日はご鞭撻のほどよろしくお願い致します。」

見れば、漆黒の髪の毛。
東国独特の髪の毛の色、そして凛と伸びた背筋からは堅い印象は受け取れない、その姿勢で普段立ち居振る舞っているのだろう。

「よくぞ来てくれた、吾輩の訓練は厳しいぞ?付いてこれるか?」
「…よろしくお願いいたします。」

男が頭を下げる。
動作も淀みのなく、何か武芸を嗜んでいると見て間違いないと感じた教官。

「…。」

男の目は昏い。
頭を少年の瞳がよぎる。

輝かしい瞳とは対照的な、昏く、何かを悟っているかのような眼。

「…妙な運命だな、これも必然か。」
「…は?」
「なんでもない、間もなく弟子が太刀を持ってくる、それまで身体をほぐしておけ。」

二章【青き英雄】 ( No.72 )
日時: 2015/12/29 14:26
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: QRmoI/Ul)

「ルカ、カイムさんと模擬戦だ。」
「はぇっ!?」

試合用の木刀、教官と呼ばれている男が手にしているものより一回り長い、狩猟用のと同等の長さの太刀を両手に抱えた少年が目をぱちくりさせる。
動揺を隠せないのは、道場を訪れた男も同様だった。

元はといえばポッケ村のネコートさんから、ベルナ村の村長へ挨拶してこいと言われ朝一番に村長宅に訪れてみたら、「息子に会ってくれないか。」との会話の流れとなった。
潜入捜査は地元の人間に感づかれると多くのデメリットが伴う。
かくしてミナト=カイムは、自身の太刀の向上も同時に計れると計算し、この道場に訪れた訳である。

「…。」

ミナト=カイムが少年の風貌を見る。
自分より遥かに下の、いかにも好少年といった具合の良く出来てそうな少年である。

身体付きは鍛錬を怠っていない、無駄のない筋肉がインナーからでも確認できる。

「カイム君、これは別に戯言でも何でもないぞ。」

教官の瞳に偽りの色は見えない。
カイムは察する。
この少年は確かに相当やり手だろう、彼と自分をぶつけさせることで、自分の癖を見抜き、指導する事なのだろう、とカイムは思案する。

「あっ、あのっ、よろしくお願いします…。」

少年は困惑の色を見せながらも、試合をすること自体に否定はしない。

ミナト=カイムという人間に、人間としての常識的な配慮、気負いは示しているが、一武人を兼ねているルカ自身としては戦うこと自体は好きなのだ。

「カイム君、準備運動は?」
「…必要ありません。」

道場の看板の文字を見据え、カイムが呟く。
ならば、と教官がルカから木刀を一本抜き、カイムへと投げる。

「ルカ、お前が使う武器は?」
「ぼ、僕は…。」

ベルダーアックスが視界の端に止まる。
今日、自身が尊敬する人間から託された武器、少年が選ぶのは決まっていた。

「チャージアックスです…!」

二章【青き英雄】 ( No.73 )
日時: 2015/12/30 22:35
名前: 敷島クルル ◆vhkHu4l20g (ID: QRmoI/Ul)

「どちらかの剣が相手の急所に当たるか、降参すれば勝負が付く、いいな?」

教官の言葉に両者頷く。

道場を中央を中心として向かい合う形となる。
カイムの剣は脇構え。
右足を引き、体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げた構え方。相手から見て自身の急所が集まる正中線を正面から外し、こちらの刀身の長さを正確に視認できないように構える。

狩猟の時との構えと同じなのはカイム自身も驚いている。
リーチが長い太刀を正眼に構えるリスクと体力の消耗は言うまでもないが、敵は人間。

剣の長さを計られまいと思考した結果、奇しくもこの剣の形となった。
元よりカイムは、盾斧との戦闘はおろか、戦う姿ことすら見た事が無い。

ほんの近年開発されたその武器は過多までに操作方法が難しく、確実に使い手を選ぶ武器だという。
先の飛行船での戦闘でも使用していたハンターを見ることがなかった。

よってカイム自身から仕掛けることは得策ではないと判断、リーチで勝る太刀の個性を生かし、避けて、後手の必殺(カウンター)を繰り出す。
返しの逆袈裟、敵を斜めに切り裂く斬撃で試合は終了。



対してルカ、少年は太刀のリーチを警戒しての、教官との戦闘と同じ盾を前面に展開し、左腕にまた同じく必殺の一撃。
攻撃を凌いでの脇腹への一撃、これで試合は終了。


攻めてが必殺であるなら受け手もまた必殺。



その道理を理解している2人は先の勝負をなぞるように、間合いの均衡を保っている。


試合が始まって早十数分、お互いがこの形となって未だ動かずにいた。


「……。」
「……。」


ルカが———動いた。

右手の突き出した盾を引き、反対に片手の剣をカイムの刃を受ける形、柳の形へと変える。

ルカの動きにカイムは釣られない。
ここで焦って打ち掛かれば、片手剣で受け流され、体勢を崩したところに盾の先端、打突用の部位の攻撃がカイムを待つ。

………カイムが半歩退く。

この動きを見てルカの内心が僅かに揺らぐ。

「(……、この人、出来る。)」

教官とはまた違った、滑らすような、音を発しない摺り足は、カイムの足に意識を集中していなければ見逃すほどの速さ。
また、その速度と精密な体捌きを支える体幹の良さ、それを目の前の男は持っている、とルカが確信する。

少年は思考する。

このままでは負けると、本能で察する。
先ほどの試合と同じように、体勢を維持するのが続かずに、勝負に出て、負ける。

この未来(ヴィジョン)が少年の心を揺さぶる。

ならばどうするか、安易な打ち込みは、太刀のリーチ、つまり先端で打ち払われる。
ならば連続攻撃はどうか、それこそ引かれ、消耗するのはこちらのみ。

だが相手は脇構え、返しの刃は持っていようが、刃は一本。

こちらの攻め手は二本、剣と盾、どちらかで牽制の一撃を放ち、返しの刃を受け止め、更に反撃(カウンター)

リーチは長いが、その長さゆえ取り回しの良さはこちらが勝る、とルカは判断。

「———ッッ!!」

獣の如き一撃。

肉食獣の上顎を連想とさせる片手剣での振りかぶりは悠然とカイムの頭部を捉えまいと空を斬る。

そうはさせまい、と逆袈裟で刃を迎える。

——カコンッッ!と小気味の良い音が道場に響く。
手から伝わる痛覚を刺激する振動に耐え、少年の必殺の刃、盾が控える。

盾の握り手のトリガーを押し、盾が半分に割れる、そしてその間から打突用の小剣が展開される。

「——はぁっ!」
「———ッッ!!」

未知なる攻撃にカイムの反応が遅れる。
右手での盾の打突をなんとか、自身左上で止まった刃で打ち込み、軌道を変える。

だが少年は盾で太刀をやりすごし、そのまま前へと前進、左手の片手剣が唸りを上げて右腹へと襲い掛かる。

少年は勝ちを確信する。

このまま剣が相手を捉える、もし仮に相手が下がっても次は盾での連撃。

捌かれる間合いでの連続攻撃は愚策の骨頂だが、敵の懐ならば話は別である。
後退させずに、怒涛の攻撃、下がらせる暇は与えない。


少年の身体が大きく揺れる。


「ッッ!?」


敵が、目の前の相手が体当たりしてきたのだ。

太刀を寝かせ、肩での体当たり、かろうじて盾で受けたが、左足の踏ん張りが足りなかったのか、数歩後ずさる。

尚も縋り付くように接近する相手。
何故だ…このように近づいては太刀のリーチを生かし切れない、攻撃を外したら負けるのに!

少年の常識は次の瞬間に崩れる



「………かっ!!」


太刀を構えてのひじ打ち。
顎を捉え、視界が揺れる。



———体術。



カイムは悟っていた。
この少年には武器での戦いでは勝てぬ、と。

太刀を握ってまだ数日の自分が道場の門下生に勝るなど到底出来ない、ならばどうするか。


自分の領域(フィールド)に引き摺り込む。


カイムが最も得意とする間合い、超至近距離での体術。


太刀の間合いの優位性を相手に与え、接近を誘う、ここのみ、ここだけにしか勝機を見いだせなかったカイムの妄念がついに少年を掴む。

ぐらついた少年が反撃の、片手剣の突きを見舞う。
だが、ここで実戦経験の差が出た。

突きは刀の攻撃の中で最も殺傷能力が高いと言っていい攻撃の一つ。

だが弱点は、攻撃後の隙と、隠しきれない攻撃前の予備動作、…刃を引く動作をカイムは捉えていた。

「…ッッ!?」

カイムが消えた。
少なくとも少年の目には間違いなくこう見えた。

視界に映るのは苦し紛れに放った突き。
上下左右に映る何も変わらない景色、中央には看板、上には天井、下には床、左には佇む教官、右には……っ!!!


————右には、自身の盾ッッ!!


瞬間、気付き、身体を右へ反転させる———が、もう遅い。


カイムの刃、太刀は既にルカの額へ目掛け、猛然と迫っていた。