二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- プロローグ ( No.8 )
- 日時: 2015/12/06 20:24
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
サクラには悪いがどつかれたことは不幸中の幸いだった。
あれがなければ、奴らは何をしてくるか分からなかった、ヤクザ者の事だ、懐に何がしまってあるか分かったもんじゃない。
そして手下を出払ってくれたおかげで一対三、力づくにはなる可能性は限りなく無いが、巧みな話術で何を吹き込まれるか分からない、それを防ぐ第三者がいるのはこちらに理がある。
「それで、お話というのは?」
マスターが切り出す。
机を隔てて一対一、僕らはさながらボディーガードのようにマスターの後ろに立っている。
「単刀直入に言いましょう、このお店なんですがね、もっと大きなところで経営しませんか?」
「…またその話ですか。」
「なぜこんな小さな店にこだわるんですか、貴方が打ち出している利益は大型酒場のそれに匹敵する、なら大型酒場にしてさらに大きな利益にすればいいじゃないですか。」
「断る。」
「何故です?人手ですか?それならこちらから何人か若い女を出しても構いません。」
「あんた、ビジネスしに来たにしては口が過ぎるな、足元を見られるぞ?」
「これはこれは、一酒場の店主にビジネスを説かれるとは、失敬。」
「若いころはギルドとの素材取引の毎日だったからな。」
「与太話などいいです、ならこう言いましょう、正直、私たちにとってこの店は御しがたいんですよ。」
組織、ドンドルマで土地を取り仕切る組織なぞ無数に存在するが、この男はその組織の幹部なのだろう。
利益がある店には良待遇だが利益の満たない店は、潰してまた新しい店を設ける、そういったシステムを持つ組織、やってることは地上げ屋と変わらない。
「大きい店にしてハンターズギルド公認の店にしてもらわないと私らとしても困りましてね。」
「何が困ると言うんです。」
「一個人に大金があるのは困るんですよ、何をされるか分からないので。」
「私が貴方方組織に牙を剥くと?」
「えぇ、そう考えています。」
何をバカな事を、と思うが現実そういったケースは多い。
土地を仕切るヤクザ者を他のヤクザ者を雇い、潰させ、自ら新たな統治者となるケースは、この広いドンドルマ、ごまんとある。
よってこの男はこの店をハンターズギルドと契約させ監視の目を付けようとしているのだ。
そうすれば店側は何も手出しは出来ない。
「話は分かりました。」
「そうでしょう、少し考えれば分かるはずですよね。」
「私はここを離れません。」
「…それは我々への宣戦布告ですか?」
「貴方方が何を考えてるかは分かりませんが私はここが、この場所が好きなのです。」
「…。」
「亡き妻の為です、申し訳ありません。」
マスターが頭を下げる。
それは深々と、机と額が密着するほど。
しかし反対に男の顔は歪んでいた。
「えぇ分かりました、話が伝わらないことも分かりましたよ、それならこちらも然るべき手段を取らさせていただきます、では。」
足早に店を出ていく帽子の男。
店内は再び静寂に戻った。
- プロローグ ( No.9 )
- 日時: 2015/12/06 20:29
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「アオトに良いとこ取られたー!!」
「うん、とりあえず元気そうで僕はほっとしたよ。」
サクラが男たちが去った箇所を念入りに何度も箒で掃いている、先ほど塩を撒こうとしていたのを僕とマスターで必死に止めたところだ。
「お前ら、こういうことあったら俺をまず呼べ、いいか?」
「…はい。」
頭を小突かれる。
「今回は何もなかったが、今度は何をされるか分からないんだ、お前らじゃ任せきれない。」
しかしマスターの表情は自然と笑みが零れていた。
サクラの奴が僕が奴らにしたことを洗いざらい吐いてしまったのだ。
「分かりました。」
「よし。」
「てかアオトがどつかれとけばよかったのよ、そうすればアオトが入れた3回の打撃の間に私なら10発は入れてたのに」
「うん、ごめん、何て返したらいいか分からないや。」
とりあえずサクラを怒らせるのはやめよう。
サクラはその容姿から夜道、誰に襲われるか分からないのでマスターから護身術を学んだのだがサクラがそれに興味を持っていつも僕を練習台に技の練習をしていたのだ。
僕がやったのは見よう見真似の猿芝居、相手が油断してなければ入れることすら適わない。
「まぁ、2人とも、良くこの店を守ってくれた、ありがとう。」
ぽんぽん、と僕ら2人の頭を撫でてくれる。
恐らく父親がいたらこういった感覚なのだろう、思わず笑みが浮かぶ。
「まだ店が開くまで時間がある、お前らこれでどっか遊んで来い。」
僕とサクラの手に銅貨と銀貨が渡される、およそ1500ゼニーほどだろう、上質な飯が3杯はいける値段だ。
「いいですよマスター、さっきのお礼なんて普段僕がして貰ってることと換算すれば貰えないです。」
「なーにを言ってるんだ、ボーナスだよボーナス、普段からこの店の為に身を削ってる従業員に対してのボーナスだ、受け取れ。」
強引に手のひらに包まされる。
マスターを見ると目が合い、サクラの方に顎をくいっとする、…まったくこの人は。
「サクラ、行こう。」
「え?でもいいの?こんな大金。」
「マスターがいいって言ってるんだから貰っとけよ、なんなら僕が全部貰うけど。」
「ごめん、冗談は顔だけにしてよね」
- プロローグ ( No.10 )
- 日時: 2015/12/06 20:35
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
といっても、装飾や家具に執着がない僕がお金を使うときは大体生活必須品で、娯楽や趣味に使うことは滅多にない。
あるとすればコイツと出かけるときくらいで、今がその時なのだが。
「〜♪」
この妙に上機嫌なこいつとどう接していいか僕には分からない。
変な冗談でも言った日なんか僕がさっき大男にかました技の数倍精確な打撃が僕に突き刺さることだろう。
「サクラ様、どこかいきたいところはおありでしょうか?」
「じいや、わたしお洋服が欲しいのよ。」
「はっ、それでしたら私めもご一緒いたします。」
「うんとね、これ!」
「はて、じいやの目の間違いじゃなければ1500ゼニーに更に0が加わっております値段ですが…」
「ね〜、買って?」
「お嬢様の執事退職させていただきます。ありがとうございました。」
ふざけんな、ミナガルデ特産品の服なんてお前が買ってもどうせ着ないだろ!部屋のタンスの肥やしになるだけだろ!
あてもなくぶらぶらと商店街を歩く。
マスターも嫌な人だ、僕が持っているサクラへの想いを知ってるうえでこういう事させるんだから。
「どっか食いいくか?」
「ううん、いいよ、どうせ店始まればお客さんから何か食わされるし。」
「それで勢い乗って食い過ぎて太ったんだよな、ハハッワロス」
鳩尾と人中、回し蹴りに加えて、朝に披露した足技【サクラスペシャル】をドンドルマ商店街のド真ん中で食らいました。
「あー!私食器欲しかったんだよね!」
結局行き着いたのは雑貨屋、買うのは生活で使うもの。
僕は特に買うものがないが、サクラは別なようなので何となく店内をぶらつく。
ハンター向けのアイテムに自然と興味が行く、回復薬、研石、ホットドリンク。
ホットドリンクを飲めば寒冷期のこの寒さの中でも長時間は平気だがこの原材料を考えれば飲むのを躊躇う。
「ん。」
目に留まる。
ソレは依然来たときと変わらずに鎮座している。
値段は変わらず1500ゼニー、次の給料がくるときに買おうとしていたが、丁度いい、今買おう。
店主の元へと持っていく。
寒さで鼻を赤らめている中年の男性。
「すみません、これを。」
「はいよ、1500ゼニー丁度ね。」
「包装してもらう事って出来ますか?」
「?出来るよ、…あぁ、なるほどね、大事にしなさいな。」
大きな手袋をしているが器用な手先で包装していく。
それは1分も掛からずに綺麗に包装された。
「包装代は?」
「いらんよ、サービスだサービス。」
「ありがとう。」
チャラン、と500ゼニー銅貨を店主へと渡す。
「じゃあこっちもサービスだよ店主。」
「おっ、キザだねぇ、いいことあったかい?」
「毎日ね。」
「ちょっとアオト早くしてよ、両手重いんだから。」
後ろで籠に大量の生活用品を抱えているサクラが声を上げる。
店主から意味深の目配せに妙な恥じらいを覚えつつ店から出る。
ほどなくしてサクラが店から出てくる。
「いやー買った買った。」
「買うのは良いけどお前その量どうすんだよ。」
「一旦家に帰るからそれまで持って。」
「へいへい。」
俺も片手はふさがっているためもう片手で荷物を持つ。
サクラが片手なのに対して俺は両手、世の中が男尊女卑から女尊男卑になっている様を身を以て感じた。
「ったくこんな何買ったんだよ。」
「中身見たら殺すから、アンタだって全然買ってないじゃない、また貯金にあてるの?夢ないわね。」
「うるせぇな。」
貯金した方が未来に対して夢を抱いてるんじゃないか?という野暮なツッコミを心にしまう。
「あっ…———
「ん?」
サクラが素っ頓狂な声を上げて僕が振り向くのは数秒後だった。
…サクラが転んだ。
転んだサクラの視線は遥か数メートル先に飛んだ袋に行っている、ああなっては僕ではどうしようもない。
——が。
「ッッ!危ない!そこの人!」
歩いている男女、恐らくは親子だろう、そこに向かって袋は向かっている。
中身は分からないが、店に入る前サクラが食器だのこうの言っていた、食器が入っている袋がこの距離から飛んできたらそれはもう凶器である。
「ほいっと。」
…。
子供、恐らくは子供の方が難なくキャッチ。
事態を察してくれたのかトテトテとこっちまで走ってきてくれる。
「はい、おねーさんのでしょ?」
「あ、ありがと。」
それは奇妙な女の子だった。
年齢はサクラや僕らと同じくらいの18歳ほどだが身長は一回り低い。
無邪気な笑顔を浮かべているが奇妙、と感じたのは髪の毛。
銀色とも淡い白とも取れる絶妙な色の髪の色だった。
ショートカットで綺麗に整えられた髪をぼんやりと眺めていると隣のサクラから思いっきりつま先をかかとで踏まれる、うん、骨折れるよこれ。
「怪我は、ありませんか。」
後から男がやってくる。
奇妙な女の子を見てからだと妙に大きく見える男。
肌は白く病人を思わせるほどだが体格はしっかりしており、髪の色はドンドルマでは珍しい真っ黒。
恐らく2人は旅の人なんだろう、その証拠に男は背中に荷物を背負っている。
「あ、大丈夫です!すみません!私が転んだばかりに!」
「いーのいーの、何とも無かったんだから。」
「僕からも謝ります、僕が彼女を良く見ていなかったばかりに。」
「私はお前のなんだ?ペットかプーギーか?」
リオレイアよりも気位は強く、ゲリョスよりも狡猾なモンスターです。
「ともかく、私たちはなんともありません、今は寒冷期、足元には気を付けて下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
男の気遣いにあのサクラが縮こまる、これは珍しいものを見れた。
「あ、あの、お2人は親子ですか?」
サクラの質問に2人が固まる。
瞬間、女の子が堪えられなくなったかのように吹き出す、男の方は限りなく表情が薄いが少しショックを受けたかのような表情。
男が口を開く。
「私はまだ、29歳です、コイツは娘などではありません。」
「にーさん酷いなぁ、でもでも周囲からだと親子に見られてるんだね、あてとにーさん。」
「にーさん?」
思わず聞き返してしまう。
容姿の接点は感じられないが…。
「2人はご兄妹なのですか?」
サクラがまた不作法に聞き返す、お前あんまそういうこと聞くなよ。
「「違うよ?/違います。」」
2人同時の返答、じゃあなんなんだろう、と思ったがそれを聞くのは流石に躊躇ったのかサクラは「ほうほう」と何を理解したのか分からない相槌を打っていた。
「では、私たちはこれで。」
「ばいばーい。」
「あ、ホントすいませんでしたコイツが!」
「ごめんなさい!」
奇妙な二人組は入り組んだ路地へと消えていった。
- プロローグ ( No.11 )
- 日時: 2015/12/06 20:39
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「にしても変な人達だったわね、あんな反応普通できないよ。」
サクラが足元を転ばないように警戒しながら隣を歩く、前を良く確認できないからその歩き方は危なくないか?
「確かに変な人たちだけどドンドルマなら居てもおかしくないだろ。」
「いやいや、そうなんだけどさ、あの女の子。」
「?」
「中身に何が入ってるか分かってたキャッチの仕方だったんだよね、アレ。」
「…。」
日常歩いていてアクシデントが起こることは良くあるだろう。
しかし中身に何が入ってるか分からない袋を放物線の軌道から重量を読み解くなんて芸当は僕は無理だし、サクラでも無理だ。
出来るとしたら何かしらやっている人、戦闘に身を置いている人、なのだろうか。
「まぁ考えても仕方ないや、アオトちょっと待ってて、荷物置いてくる。」
「うい。」
僕から荷物を渡され軽い足取りで家の中に入ってく、あれそんなに軽かったかな?と思いつつ商店街から来た道を振り返る。
ドンドルマ居住区。
ドンドルマは大きく四つのブロックで分かれており、東西南北、ここは南、四つの中で最も安い土地の値段だが、南は一番古龍やモンスターの襲撃が多いため、危険が伴うのだ。
「へーいおまたせ。」
「へーい。」
軽いやりとり、サクラの手には先ほど持っていた袋が一つぶら下がっていた。
「それはいいのか?」
「あー、これは…。」
「?」
「店に置きたい物だからいいの。」
嘘だ。
嘘だと分かっているが別にどうでもいい嘘だ。突っ込まないでおこう。
「んじゃ戻りますか。」
「うん、アオトはそれ持ち帰らなくていいの?」
「別にいいよ、ここから家遠いし、店からの帰りの方が手間が省ける。」
「…ふ〜ん。」
「何だよ。」
「別に?じゃあ店いこ?」
- プロローグ ( No.12 )
- 日時: 2015/12/06 20:41
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「アオトォ!2番テーブルまだかぁ!」
「今オーダー聞きます!4番!5番テーブル料理置きました!」
「サクラちゃーん!こっちに晩酌おねがーい!」
「はーい!ただ今!待っててねー!」
ごった返しの表現が最も合うだろう、いつものこの状況は。
この店の空間でこれだけの人数を3人で回すのだ、客もそれは分かっているが手を止めていては到底間に合わない。
「お待たせしました!ベルナクリーム黄金米リゾットと、ポッケポポノタンのココットネギ塩炒めです!」
矢継ぎ早に来る仕事の数々を思考など到底追い付かない速度で身体が消化している。
僕なんてまだいいがマスターは客ぞれぞれに最高の料理を提供しなければならない、ハンター生活、ハンマー使いで鍛えた剛腕と知性は料理の同時進行、巨大鍋での多人数分の料理をこなしている。
「アオトォ!ぼけっとすんなよ!ほら!料理出来たぞ!もってけ!」
「はい!」
席まで立っている客をするりするりとかわしながら目的のテーブルまで持っていく。
「お待たせしました!オニマツタケのソテーです!」
料理を置いてから気付く。
この客、見覚えのある帽子を被った客。
「こんばんわ。いいお店ですね。」
「ありがとうございます、では客が待っているのでこれで。」
「思った通りここの繁盛は素晴らしいですね、私はこれを見に来ました。」
背中を向けるが、立ち止まる。
なぜこの男がここにいるのか、ただ店に来たとは思えない、世界が止まる。
「惜しいですね、実に惜しい。この店を潰すのは。」
「ッッ!?」
「アオトォ!早くしろ!料理もってけ!」
マスターの言葉は敢えて無視、それだけでマスターは異常事態を察してくれるだろう。
「今何て言いました?」
「ですから潰すと、言いましたが?」
思考を別なところに持っていき、回す。
現実性がない、そう結論づける、が気をかけるに値する言葉、そう捉えることにした。
「やれるものならやってみてくださいよ、この繁盛具合、マスターはここのハンターさん達皆と交流を持っていますよ?」
「そうでしょうねぇ、いやぁ怖い。」
「…。」
「怖いですねぇ。」
今は相手をするだけ無駄、答えを出し、仕事に戻る。
ほどなくして帽子の男は店を出て行った。
- プロローグ ( No.13 )
- 日時: 2015/12/06 20:44
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
深夜はとうに回り、丑三つ時。
客足はほぼ止まり、ようやく店内が相応の人数となったところだ。
他の店ならもう店内に客が居ない店もある中、この賑わいは凄い。
「それでよぅ!マスター!俺がディアブロスの頭をこう!」
「おぉ!そいつは気持ちいいな!ああいった頭の固い敵がハンマーで倒れるのは何にも得難いな!」
「流石マスター分かってるねぇ!」
大体は常連さんだ、客の武勇伝やマスターが現役の頃の話。
それを料理を運びながら聞くのが毎日の楽しみなのだ。
「あら、綺麗な青色の髪の毛、坊やこっちに来ない?」
不意に声を掛けられる。
カウンター席で隣に一席空いている、声をかけた主はマギュル装備の女性ハンター。
「じゃあ、折角なんで。」
僕もいろいろハンター業とか気になるし!…しかし足が前に進まない、おかしいな。
「アオトく〜ん、何を仕事ほっぽり出してサボろうとしてるのかなぁ〜?」
「いたいいたい!耳!耳取れる!」
「何よ、もう相手いるじゃないの、つれないわね。」
後ろを向いた女性ハンターにべぇーっと舌を出すサクラ。
…といってもオーダーはもう取ったし客の大半は酒で腹が満たされてるから仕事と言えば冷や水をテーブルに運ぶくらいなんだけど。
なぜか怒っているサクラを刺激しないようにマスター達の会話に耳を傾ける。
「いやぁ!近年の新モンスター発見はほんと胸が躍るよな!」
「へぇ、新モンスターどんなのがいるんだ?」
「グレンゼブルやフォロロクルル、絶島のラヴィエンテとかな!ラヴィエンテはすげーぞ!分類不明らしいからな!」
「分類不明?古龍じゃないのか?」
「それすらわからないから分類不明らしい」
「なんだそりゃ、ギルドがサボってるんじゃねぇか?」
「違いねぇ!」
大きな笑い。
マスターもハンターだったころの熱い思いは残っているようで新モンスターという単語にはとても食いつく。
ああ見るとハンターはみな子供のように思える。
カランカラン。
「客?こんな時間に珍しいな?二軒目か?」
「違いねぇ、おぉー入れ入れ!」
酔っぱらったハンター達が新たな客を歓迎する。
「では、失礼して。」
「およ、昼間のカップル2人組」
「「カップルじゃない!!!」」
俺とサクラが同時に叫ぶ。
それを囃したてる周囲のハンターの祝言やらはとりあえず嬉しいが右から左へと流す。
「どっか適当に座ってください」
「おいサクラいくらなんでもその対応は。」
「では…店主の前のカウンター席でもいいですか?」
「いいですよー、お2人様入られます!」
おぉ!と店内が湧く。
ここの常連の人たちは結束力が高い。来る者拒まず去る者追わず、とても心豊かな人たちだ。
- プロローグ ( No.14 )
- 日時: 2015/12/06 20:48
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「兄ちゃん見ない顔だな!」
「はい、自分は旅の者で。」
「こっちは…娘さん?」
「断じて違います。」
あの人も災難だなと思いつつ、常連さんに絡まれている様を眺める。
サクラも気になるようで食器を回収しながら僕の隣であの奇妙な2人組を眺めている。
「で、あてら昼間にそこのカップルと会ったんだよ。」
「「ぶっっ!!」」
思わず2人揃って吹き出す。
そして再び囃し立てる声が店内に木霊する。
「なんだよ!隅に置けませんねマスター!アオトの奴!」
「ハッハッハ、全くですね、どこの誰とくっつくのかと思ったらサクラとくっついたか!マスターは応援するぞ2人とも!」
「おおぉ!親から許しが出たぞ!アオト!サクラ!」
「では、2人の未来を祝福しまして、HR6ジョージが乾杯の音頭を取らせていただきます!」
「「「「イエェーイ!!!!」」」」
「かんぱーい!」
「「「「「「「かんぱーい!!!!!!」」」」」」」」
「いやいやいやいや!勝手に盛り上がらないでくれますか!!」
俺の叫びも届かずダメな大人ハンター達は人を肴に勝手に飲みだした。
そしてあの様子だとマスターも酒入ってるな、テンション妙に高いし。
大人ダメハンター、略してO・D・Hsに勧められて席にサクラと座らせられる。
といってもこの人たちらは盛り上がる材料が欲しいだけでもう話題は僕らからとは明後日の方向に飛んで行っている、勝手なもんだよ。
「ねねね、君の名前は?」
隣から声を掛けられる、相手はあの奇妙な少女。
「アオトです、アオト=フリーデ。」
「髪の毛も蒼なんだ、いい名前だね、貴女は?」
「サクラ=フリーデ、よろしくね。」
「およ、兄妹なの?」
「そいつらは俺が拾ったんだ嬢ちゃん。」
マスターが会話に割り込んでくる、おいあんた他の客の相手はどうした。
「西シュレイドで野垂れ死にしそうになってるこいつらを俺が拾ったんだよ。」
「おぉお!?サクラちゃんの話か!?俺も聞きたいマスター!」
「アオト君の話!?お姉さんに聞かせて!」
他の客まで釣れた、まぁ自分の会話で客が盛り上がってくれるのは願ってもない。
それが不幸な話だろうがなんだろうが過ぎたことだ、今は幸せ、それなら良い、というつぶやきを心のなかで酒と一緒に身体に流し込む。
「当時西シュレイドとグラーク地方の小競り合いでちょっとした戦争になっててな、仕事の関係で立ち寄った際救助活動を支援したことがあったんだよ。」
周囲の人間が黙って食いつく、あんたらそんな知りたいのか、明日狩りにいく人間がいいのかそんなんで。
だがそれも黙っておく、サクラもなんだか恥ずかしそうにうつむいている。
「で、まぁ戦争孤児であるこいつらを家内と引き取ったってわけだ、丁度その頃ハンターを引退しようと2人で相談しててなぁ。」
「「「…。」」」
「俺と家内は子供に恵まれなくてな、それでこいつら、当時は7歳のこいつらを引き取ってここに帰ってきたんだ、こいつらは俺に引き取られる前から仲が良かったらしくてな。」
「「フゥ〜〜〜ゥ↑↑」」
「ガキかあんたら!」
僕のツっこみはまたしても雑多に消える。
「ふ〜ん、じゃあ兄妹じゃないんだ。」
「そうだな、名前も俺と家内で付けた、アオトとサクラ、安直なネーミングセンスは家内にいってくれな。」
髪の毛が淡いサクラ色だからサクラ、淡い蒼色だからアオト。
聞いた当時は「かっこいい!」「かわいい!」だのと騒いでいたが少し経つと意味が分かり亡くなったマスターの奥さんにすこし絶望していた。
「わっ、私たちの話はもういいでしょアンタら!それより、ほらっ!この2人の話にしましょ!」
サクラが耐え切れず叫ぶ。
周囲はそれに促され視線が俺達から2人に集中する。
- プロローグ ( No.15 )
- 日時: 2015/12/06 20:56
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
相変わらず血色の悪い色白な肌を浮かべ、男は周囲の視線に戸惑う…恐らく戸惑っている、それくらい表情が薄い。
「兄ちゃん達はなにをしてる人なんだ?」
ODHのハンマー使いが聞きだす。
そこは僕も気になっていた、行商にしては荷物は少ないし、そもそもそういった人はこういったハンターの店に来ることはめったにない。
「ある探し物をして旅をしています。」
男が酒を、ユクモ原産の黄金芋酎を片手に応える。
「あ、マスター!、あてにミルクちょーだい」
「はいよ、嬢ちゃん運がいいね、ベルナ村のミルクが丁度手に入ってね。」
「え!マスターずるい!私は!」
「サクラお前客より早く飲めるわけないだろ。」
「う〜。」
「サクラ、じゃあ、あてと半分にしよ。」
「ほんとぉ!ラッキー!やった!」
女子sは早くも意気投合していた。
その横の陣営は引き締まった空気を醸し出している、探し物…なんだろう。
「白疾風(シロハヤテ)…というモンスターを探していまして。」
「シロ…なに?」
ODHが聞き返す、僕も聞いたことが無かった、白疾風などというモンスター。
「白疾風です、正体は白いナルガクルガ。それを探してここまで来ました。」
周囲が模索の表情をするが、それを解いた者は居ない、大多数のハンター達の相手をしてきたマスターすら顔は晴れない。
「…済まないが聞いたことがない。」
「…そうですか、なら。」
男が芋焼酎を口に含め、飲み込む。その様子に周囲は自然と呑まれる。
「【シックバザル】という密猟グループを知っている方はどなたか居ますか。」
———瞬間、空気が凍る。
「?どなたか、いませんか。」
知っているが答えられない、この町、少なくともドンドルマの南でその名を口に出すことはあまり褒められた行為ではない。
誰が構成員か分からない組織、クスリや密漁、果てはハンターズギルドの荷車も襲うとされている【シックバザル】。
組織にしては最大級、拠点を各地に持っているそされる、有り体に言えば闇の組織だ。
「マ、マスター?」
ODHのハンマーハンターが怯えた様子でマスターに尋ねる。
マスターが店内を軽く見渡し、客も見て答える。
「…ここには居ない、大丈夫だ。」
「おい兄ちゃん、あんたなんでそんなもん探って。」
「…答えられない。」
「それはいいけどよ、あまりその名前は呼ばない方がいいぞ、誰が聞いてるか分からない。」
「…ご忠告痛み入る。」
「マスター!ミルクおかわり!」
「私も!実費でいいわ!こんなおいしいの初めて!」
- プロローグ ( No.16 )
- 日時: 2015/12/06 21:00
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「白疾風はね、こういう素材だよ」
話が一段落ついたころ、白い少女がポーチから何かを取り出す。
ってか今あんたらが捜してるっていう白疾風がどうって。
「これ。」
「「……ッッ!!」」
少女の手には純白の刃、のような物、それと何本もの幻想的な淡泊色の毛が持ち出される。
ハンター達が息を飲む、マスターも驚愕の表情でその素材をまじまじと見ていた。
「嬢ちゃん、触っても?」
「うん、マスターならいいよ。」
マスターがとても慎重に丁寧に素材を受け取る。
刃をあらゆる角度から見、毛をなぞったり感触を確かめている。
「本物だ、初めて見たぞこんな素材は…!」
「大分経っちゃってるけど、白疾風はこんなのを持ってるナルガクルガなんだ、見たことないかな?」
周囲のハンターにも問いだすが、返答は返ってこない。
少女は素材をポーチへと丁寧に仕舞う。
「嬢ちゃんはどうしてそれを?」
「…、ごめんねマスター、答えられないんだ。」
「…そうか。」
瞳を察する。 ・・
少女のその素材に対しての感情はあまりにも深い、それ以上の言及はせずにマスターは食器を磨く。
それを他のハンター達も察して、皆上手く話題を他に切り替える。
「まぁ代わりと言っちゃなんだ、そこの兄さん。」
色白の男が指名され、困惑する。
「店を仕舞ったら話がある。」
そして僕とサクラにもマスターからアイコンタクトが投げられた。
- 餅栩宛゛ ( No.17 )
- 日時: 2015/12/06 21:04
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
温暖期ならすでに山の隙間から朝日が差し込むであろう時間帯。
店の営業を知らせる看板は下げて店内には奇妙な2人組と僕らだけが残っている。
「ご主人、話、というのは?」
「【シックバザル】についてだ。」
「…。」
男がマスターを定めるような目つきに変わる、それも一瞬ですぐに昏くいつもの表情の読めない虚弱そうな顔色を浮かべる。
「ありがとうございます。」
「まーあてらは信じるしかないんだけどね。」
「【シックバザル】がドンドルマのどこに拠点を置いているかは知らないが、構成員は知っている。」
「そうなんですか?マスター。」
食器を洗い終え、エプロン姿のサクラがキッチンから顔を出す。
僕もマスターがあいつらを知ってるのは初耳だ。
「昼間のあいつらさ、店の外に控えてたチンピラはともかく、帽子の野郎は【シックバザル】の野郎だ、間違いない。」
「奴らとはどこで会えますか。」
「拠点が分からない以上動けないが、丁度この店は奴らに目を付けられててな、あんたらが来る前に一悶着あったんだよ。」
「ほへぇ〜そうだったんだ、大変だったねマスター。」
サービスで出されたベルナミルクをふーふー言いながら少女が答える。
それにしてもアンバランスな2人だなぁ。
「奴らは近いうち何らかの行動を起こす、この店に張ってれば恐らく会えると思うぞ。」
「情報ありがとうございます、ご迷惑をかけることは致しません。」
「いいんだいいんだ、昼間こいつらから面倒被ったんだろう、お互い様さ。」
サクラが顔を赤くしてうつむく。
いや、そこで潮らしくするなよ、こっちまで恥ずかしくなる。
「分かりました、私たちはでは、これで。」
「どこ行くんだ?旅の方。」
「宿を探しに…。」
「こんな時間じゃどこも追い払われるぞ、あんたのそのナリじゃ夜盗か何かと勘違いされちまう。」
「………。」
「あ、にーさん落ち込んでる。」
「では、ご主人、どうすれば良いでしょうか、野宿なら経験はありますので大丈夫です、どこか人目の付かない路地を……——
「アオト、サクラ、二階に案内してやれ。」
「「了解でーす/分かりました。」」
「客人を野宿させる奴にするんじゃねぇよ、今日はここで泊まっていけ。」
「…、これは、なにからなにまで申し訳ありません、ご恩情痛み入ります。」
「マスターありがと!」
男が少女の頭を掴み無理やり下げさせる。
「痛!いたたた!いたいにーさん!痛い!」
- プロローグ ( No.18 )
- 日時: 2015/12/06 21:07
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「これでよし、と、サクラがここの掃除してくれてたのか?」
「うん、マーサさんのお部屋は定期的にね。」
マーサさん、亡くなったマスターの奥さんだ。
彼女の生活用品は既に無いが、唯一のカーペットだけはまだ当時のままだ。
「どーぞ、旅の方。」
サクラに促されるが、男は動かない。
「しかし、聞いたところご主人の奥様のお部屋、このようなところに泊めさせて頂くわけには…。」
「あーはいはいそういうのいいから黙ってこういうのは受け入れるの!」
サクラの前蹴りが男のケツを押す。
とてとて、と少女もそれに付いていく、部屋の大きさはマスターの部屋と比べると二回りほど大きいから問題ないだろう。
……、問題?
サクラと顔を見合わせる、うん、同じことを思っていたようだ。
「あ、あのう、大変ご失礼なことをお聞きしま、しちゃいますけどかしら。」
「ん?サクラ話し方変だけどどうした?」
「同じ部屋でもい、いいんですか〜?なんて聞いちゃったり聞いてみたり…」
? と首を傾げられ、男の頭の上にも辛うじて?マークが見える。
しかしそのマークは少女の方が先に!マークへと変わる。
「あ!あて分かった!にーさんがあての事襲うかもしれないとか!?」
「「ぶっっ!!」」
2人同時に吹き出す、今日で何回目だこれ。
「私たちは問題ありません。」
男が淡々と荷物を整理しながら告げる、その言葉にサクラの妄想が膨らむ。
「あーあはははは!そうですよね!あらやだ私ったら!旅を2人で続けていたならそうですよね!もうそういう関係ですもんね!でもちょっと歳の差が大きいかなーなんて!私はそういう偏見ないけどでも———
「アオトさん…。」
「分かりました。」
男から頼むような目でサクラをどうにかしてくれオーラを放たれた。
まぁこの人なら大丈夫だろう、というか泊まった家の貸し間で情事など一般的な常識があれば誰もやらない。
「ほら、ピンク妄想大発達中ロアルドロス亜種、行くぞ。」
「五月蠅い生まれてこの方ルドロスどころか女を見たことのない万年童貞ロアルドロス。」
「ぐはぁ!?!?」
アオトの心の討伐に成功しました!
「「(うるさい……)」」
- 餅栩宛゛ ( No.19 )
- 日時: 2015/12/06 21:13
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
思ったより時間を取ってしまい、家に帰れなそうな僕は【ガルフレッド】に泊まることにした。
必要な仕事、マスターがするまでもない食材のしたごしらえは済まし、サクラの食器洗いも終わり、僕らはテーブルを退けて布団を広げていた。
「…で、なんでお前も居るんだ。」
「いや〜ん、1人は怖くて帰れない。」
「僕には不審者をノックアウトしてその財布で何かうまいもの食ってるお前しか想像できないんだけどな。」
といいつつちゃんと2人分の布団を用意する。
サクラも僕の言動が冗談だということは百も承知している、いつもの戯れだ。
「…あ。」
すっかり忘れていた用事を思い出し、店の倉庫へと向かう。
外見に変わりがないのを確認して、店内に戻る。
「サクラ。」
「?なによ。」
「これやるよ。」
ボスッと無造作にサクラに向かって放る、中のものを考えれば問題ないはずだ。
「えー何々?アンタが私に贈り物?なんの嫌がらせよ。」
口ではそういいつつガサゴソと中身を漁っている様子に表情が緩む。
「…っあ、これ。」
「まぁ、なんだ、いつも世話になってるし、ほら、日頃のお礼。」
こっぱずかしくなり頬をテンプレよろしく掻いてしまう。
「花、が好きだろお前、だから、ユクモとかに生えてるっていう、あれ、【桜】って花の香水、今日雑貨屋見たら丁度あったから買ったんだ。」
実は何回も足を運び狙いを定めていたのは内緒にしておこう。
貰った当の本人は珍しく嬉しそうな顔と好奇の顔で香水をあらゆる角度から見ている、そしてそれを僕が見ているのを察知したのかすぐに表情を戻し、決まって。
「ばっかじゃないの?まぁでもアオトにしては良く考えたプレゼントね。」
と、言う。
顔と言動が矛盾しているのが見ていてとても愉快だ。
「?でもこれ2つ入ってるよ?」
「…え?」
思わず袋を覗く、確かに同じものが2つ入っている、明日朝イチで届けようと思ったが、その香水に紙が留められていた。
『これもサービスだ、嬢ちゃん大事にしてやんな』
「……、あの店主。」
「え?何々?何て書いてあったの?」
「お前には関係ないだろ、これは…サクラ、お前いるか?」
「バカね、2つも貰えないわよ…。」
不意にサクラが顔を紅潮させる。
「ア、アオアオ、アオトも、そっ、それ付ければいいんじゃないかしら〜?」
「?」
「ほ、ほらほらぁ〜?私が2つってのもアオトがかわいそうだしぃ?どうせなら同じの付けた方が雑貨屋の人も喜ぶんじゃないかな〜?」
男が香水を付けるなんて聞いたことが無い、いや、どこか身分の上の人は付けるみたいなのを本で読んだことがある。
まさか自分がそれをするとは…。
「そういうことなら…」
仕方なく貰う、もちろんサクラが考えていることは僕には筒抜けだがそこを突っ込んでは僕の身が持たない(生命維持的な意味で)
「あっ、あとあと、あとね!あとだね!」
「いいから落ち着いて話せ。」
「ひゃ、ひゃいっ!」
舌を噛んでやがる。
「今日は、その、ありがと。」
「?」
「あの、守ってくれて。」
昼間のあの大男の事か。
「守れてないよ、あんなの僕が勝手に怒っただけだよ」
「それでも、私の為に怒ってくれて…」
「…。」
否定はしない。
両肩に手を乗せられ力を加えられる、優しい力。それに抵抗する術もなくそのまま布団に押し倒される形になる。
「にしし、襲われちゃうぞ?アオト。」
「襲う度胸ない奴のセリフじゃないな。」
再び上半身だけ起こされる。
どこか情欲的な獣のようななまなざし。
「———んっ」
「………………。」
キス、をされているのだろうか、生まれて初めてのキス。
そうか、こういうものか。とどこか達観的な自分が居ることに驚く。
「アオトっ、私ね、アオトの事がねっ」
唇を離し、蠱惑的に色めく糸を繋いでサクラが口を開く。
それを唇で塞いで逆に押し倒す。
もう分かった、それ以上は言わなくていい。知っている。
乱暴に乱雑に彼女の口内を犯す、息なんてさせない、僕が一方的に彼女、サクラという存在を貪る。
歯茎を舐め、舌を吸い、涎を吸い、そしてその涎を彼女にも与える、僕という存在を刻み付ける。
きゅっと背中に回されている手が彼女の限界を告げ、口を離す。
「———、えへへ、キスされちゃった。」
「今日はもう寝るぞ。」
・・・・
「私は別にキス以上の事されても、いいよ?」
耳元で囁かれる。
心を鷲掴みにされる感覚、理性があと一欠片足りなければ崩壊していただろう。
「…マスターや客が居るんだぞ、そんな真似は出来ない。」
「そうだね、そう言うと思った————んっ
3度目のキス。
「今日はこれでおしまいね、アオト、おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
このあと僕は自分がしたことに何度も後悔と懺悔とそれ以上の興奮を重ねロクに寝れなかったことをここに記しておく。
- プロローグ ( No.20 )
- 日時: 2015/12/06 21:19
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「ほい、アオト、料理出来たよ。」
「うい、じゃあもってくわ。」
モスの肉やスープ、パンが入った皿を手慣れた様子で、手、腕、肩に乗っけて2階へと運ぶ。
時間は正午2歩手前ほどで睡眠時間にしては丁度いいだろう、使った食材は僕とサクラがマスターから買い取る予定だから問題ない。
空いた左手でノックする。
程なく「どうぞ」と男の声がして、ドアを開ける。
「おはようございます、これ朝飯です、サクラが作ったので美味しいかどうかは自分では判断しかねます。」
「…!これは!何からなにまでありがとうございます。」
「いえいえ、どうぞお食べください…ってあれ?女の子は?」
「あぁ、それならあそこに。」
指を差された場所には布団の化け物が居た。
「え、あの中に?」
「…はい。」
見たところあの毛布はこの部屋に置いてあった毛布類全てだ、もしかしてこの人。
「あの、昨晩は毛布は…?」
「途中までは羽織って壁にもたれかかっていましたが、寝ぼけたそいつに、根こそぎ持っていかれました…。」
「…。」
お互い災難だったんだな。
「じゃ、じゃあ僕はこれで。」
「はい、ありがとうございます、食事が終わったら皿はキッチンにお渡しするということでいいですか?」
「あ、じゃあお願いします。」
「はい。」
礼儀が出来ている人だ、そう思いながらドアを閉め部屋を後にする。
掃除は済ませたし、どうするか、マスターへの食事もサクラが届けたはずだし、何をしよう。
ガシャンッッッ!!!!!
何かが割れる音。
音からして聞き慣れず、恐らく食器の類ではない。
慌てて階段を下りる。
「サクラ!大丈夫か!」
「私はなんともないけど、窓が、窓ガラスが。」
「窓?」
…、石が投げ込まれている。
大きさにして拳一つ分くらいだが、仮に人に当たっていたらただでは済まないであろう大きさ。
店を出る。
通行人が僕に驚きの声を上げるが、その中に犯人らしき姿は見えない。
「どうした?何か割れた音が聞こえたが。」
「あっマスター、それが…」
事情をサクラから聞く。
サクラが食器洗い中急に黒ずくめの男が走り去りながら石を投げ込んできたのだという。
「顔は見えたか?」
「ううん、フード、かな、何かで顔を隠してたから分からない。」
「恐らく【シックバザル】だろうな、ふん、何をしてくるかと思ったらガキの悪さと変わらねぇじゃねぇか。」
箒でガラス破片を取りながら文句を言うようにマスターが吐き捨てる。
「何か、大きな音が聞こえましたが?」
2階から皿を持って男も降りてきた。続いて少女が目をこすりながら降りてくる。
「【シックバザル】だ、石だっただけまだいいが、今日はお前ら店から出るとき気を付けろ、何をしてくるかわからんぞ。」
「…!わかりました、気を付けます。」
- プロローグ ( No.21 )
- 日時: 2015/12/06 21:24
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
そのあと再び石が投げ込まれ、玄関の窓まで割れてしまった。
開店まであと数刻、店内は嫌な緊張感で包まれていた。
「う〜ん。」
犯人を捕まえようと店の外と中をサクラが何度も出入りするが成果が見当たらない。
捕まったら捕まったで僕は恐らく犯人に同情するが。
「アオト、来たか?」
「犯人?いや、来てないよ。」
「そうじゃない、食材はまだか。」
「…。」
地方から運ばれてくる食材。
【ガルフレッド】のウリは地方の新鮮な食材を届けることで、2日に1回は大きな配達業者の荷車が玄関のベルを揺らす。
今日がその日なのだが、約束時間から約数刻、荷車は見当たらない。
「来てない…。」
「そうか、まぁ店のきりもみならなんとかなる。」
そういいつつマスターは焦っていた。
【シックバザル】がこうまで強行手段に出たことなどないらしい。
町の保安機関でもあるハンターズギルドに行っても本格的な調査に数日はかかる、それまでは自らで自分自身を守らなければならない。
カランカラン。
その音に全員が反応する、が姿は見えない。
「だっ、だんニャ!大変ですニャ!」
声は視界の下から聞こえた、いつも食材を運んでくれるアイルーだ。
「どうした。」
「アタシらの荷車が途中誰かに襲われて、食材も全部パァになったんだニャ!」
「「ッッ!!」」
「うニャァ、ごめんニャ…。」
「いや、お前さんは悪くない。ご苦労様、配達代だ。」
「ニャ!?でもアタシは仕事を…」
「いいんだ持ってけ、お前さんはちゃんと仕事をした、ちゃんと食材の行く末を届け主に伝えた、それでいいんだ。」
チャラン、と銀貨を数枚手渡す。
「だっ、だんニャ…ありがとニャ…。」
カランカラン、とアイルーが出ていき鐘が鳴り響く。
事態はどうやら深刻なようだ。
- プロローグ ( No.22 )
- 日時: 2015/12/06 21:25
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「えぇい!くそ!」
マスターが声を荒げる。
今度はモスの頭が店の前に投げつけられていた。
頭部は回収したものの、血痕に至ってはどうしようもないため水で流しはしたがそれでも見栄えの悪い悪趣味な店観になってしまった。
その為か普段は満員のはずが今夜は一人も居ない。
恐らく噂が噂を呼び、良くない風がここ一帯で起こっているのだろう。
旅の2人に外の会話を聞いてきて欲しいと依頼し、【ガルフレッド】が【シックバザル】と一悶着ある、という話が広まっているという報告を今さっき受けた。
「マスター…。」
サクラが水をマスターに手渡す。
それを見てハッとした表情をマスターがするのを僕は店の外に意識を飛ばしながら見ていた。
「一瞬マーサかとおもったよ。」
「あたしなんてマーサさんに比べたら全然よ、マスター疲れてるんじゃない?」
「かもな、ハッハッハ!」
空元気なのはここに居る全員知っている、しかしそれしか空気を和ませる方法が無いのも全員知っての事だった。
「よし!お前ら!こんな時だ、入ってきてくれた客を最大限もてなすぞ!」
「「了解!!」」
- プロローグ ( No.23 )
- 日時: 2015/12/06 21:29
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
結局客は常連さん含めて一人も来なかった。
店を覗く人は居ても不気味な血痕と割れた窓ガラスを見ては楽しく食事をしようなどとは思わない。
冷めたスープを捨て、一人で立ち尽くしているマスターを思わず心配する。
あんな表情のマスターは初めて見た。
「お前ら、今日は…、上がりだ、帰っていいぞ。」
エプロンの縛りをほどいてイスへ座る。
このままマスターを1人にしたら何をしでかすか分からない、それをサクラにアイコンタクトをし、うなずく。
「旅の方、今日は奴らとは会えず仕舞いですまん…。」
「ご主人、お気になさらずに。」
「そーだよ、マスター疲れた顔してるよ?ミルク飲んだ方がいいよ、マスターがくれたミルクほっとするよ!」
「はは、ありがとう。」
口ではそういうものの、イスには座ったままだ、これはいよいよどうするか、というところでまたあの音が鳴る
カランカラン。
「こんばんわ。」
帽子の男。
今日は手下の男共は引き連れていない、が顔からは嘲笑が滲み出ているような口角の緩みが伺える。
「…何の用です。」
一瞬マスターが拳を握りしめる、が、それを解く。
サクラが察してマスターの肩に手を置いてなければ拳が言葉より先に飛んでいたことだろう。
「今日は災難だったようで、いやぁどこかの誰かから不当ないたずらをされたとか。」
本心から心配をしているかのような、道化のような芝居。
男はピエロのような笑みを浮かべてマスターに近づく、その距離1メートル。
「…!」
「そんな怖い顔で見ないでくださいよ、ご主人。」
マスターは座りながら帽子の男を睨みつける。
「最終通告です、このお店を大通りへと移しませんか?そうすれば我々の方でいたずらの方をやめさせるように働きかけます。」
「…小僧。」
「土着愛なんてもう古いんですよ、それくらい貴方だって分かるでしょう?大通りに店を移せばそれこそ多くの人に……——
「手前に何が分かるッッッ!!!!」
「———ッッ。」
………。
…。
何が起こったか理解するのに数秒かかった。
遂に堪忍袋の緒が切れたマスターが男の顔面めがけて拳を叩き入れようとした。
それを色白の、旅の男が片腕で掴んで止めている。
マスターの拳と帽子の男の距離は数センチ、旅の男が手を離せば今この瞬間にでも拳は顔面へと入るだろう。
しかしマスターの拳はその場から動かず痙攣を繰り返すだけ。
「ッくっ!離せ!こいつは!こいつは!」
「…話も分からない蛮人でしたか、これだからハンターという人種はッ。」
男が帽子を深く被り直す。
「この店は終わりです、では。」
鐘の音。
旅の男がマスターの腕を解放する。
それと同時にマスターがイスに重力に任せて座り、拳を握りしめる。
僕ら、この場の全員はそれを見守ることしか出来なかった。
- プロローグ ( No.24 )
- 日時: 2015/12/06 21:31
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「マーサの最期を…、覚えているか?」
サクラが掃き掃除をし終え、僕がマスターがいつもやっているお酒のボトル拭きを済ましたところでイスに座りうなだれているマスターがうめくように呟く。
旅の2人は何か出来ることはないか、と聞いてくれてとりあえず玄関先の塵取りをお願いしていた。
「マーサさん…。」
確かめるように呟く。
あれは確か6年前、僕とサクラがこの店に慣れ始めたころ、まだ食材の貿易ルートが定まらず経営に四苦八苦していたころだ。
「ギルドの荷車をいつものクセでお手伝いしていたんだよね?」
サクラが掃除道具を片付け、僕の隣に来る。
マーサさんはハンターを引退してからもギルドと仲が良く、善意で荷車の運びの手伝いをしていた。
見返りは求めず、旅をこよなく愛する人だった。
「そうだ、荷車を地方から地方へと配達する最中、夜盗に襲われてな。」
「夜盗…」
旅の2人が玄関を閉め、話に参加する。
色白の男が何かを確かめるようにマスターへ問う。
「もしやご主人、その夜盗が。」
「【シックバザル】だ、だがやつらの仕業だと分かったのはそれより遥か後だ。」
マスターがおもむろにおぼつかない足取りでカウンターへ向かい、酒瓶を手に取る、火酒だ。
それを口に含め、深いため息の後に言葉を続ける。
「…調査を依頼したギルドは、マーサが襲撃された1か月後になっても調査に乗り出さなかった。」
…、おかしな話だ。
そこらの喧嘩沙汰に調査が切り出されるのに時間がかかるのは分かる。
しかし殺人事件、しかもよりにもよってハンターズギルド自身の事件だというのにそこまで調査がかかるのは明らかにおかしかった。
「調べた結果、荷車の搬送自体無かったことになって、当時の管理職は失踪。」
火酒をあおるように飲む。
「…許せないのはギルドの連中だ、マーサがあれだけ善意で、真摯に関係を続けていたのにも関わらず、明日はこの身と言わないばかりに誰もマーサの事件に関わろうともしなかった…!」
拳を握りしめ、プルプルと背中が震える。
目には男泣きが見られる。
「見殺しにされたんだっ…!」
……………。
………。
…。
全てが分かった、理解出来た。
マスターにとっては、いや、僕にとってもマーサさんを見殺し同然にもしたギルドと協定を結ぼうなどとは思わない。
そんなものは許されない。
「【シックバザル】が話を持ちかけてきたのはその後だ。」
もはや目は虚ろで復讐鬼のような顔つきになっているマスター。
サクラがマスターの為に何かをしようと動くが、何をしたら良いかわからず視線を左右させる。
僕はその手をそっと握る。
「あの帽子の男が話を持ちかけて来たんだ。」
「…それが「この店を大きくしないか」って提案ですよね。」
僕の発言に無言の肯定をする。
「奴は薄笑いを浮かべて、「奥さんの事は申し訳ありません、荷車に大事なものが入ってまして、その為にどうしても」……!」
マスターから涙が溢れ、下に俯く。
「「今後の生活に必要な費用はこちらから出します、上等な女も用意します、どうですか」…!どうですか…!だとッッ!」
瞬間、怒号。
「ふざけるなぁッッッ!!マーサは!!何の為に死んだんだ!奴らの都合のためか!?マーサに代わりは居ないッッ!マーサッ!マーサはっっ…。」
支離滅裂。
マスターはやがてマーサ、マーサと小さくつぶやきを繰り返し、その場にふさぎ込んだ。
「マスター、今日は、もう寝よう?ね?」
サクラが優しくマスターの肩を抱く、それに促され地下の自室へと2人は向かった。
- プロローグ ( No.25 )
- 日時: 2017/01/26 00:45
- 名前: 敷島クルル (ID: BvdJtULv)
「すみません、身内の問題に巻き込んでしまって。」
「いや、お気になさらず、むしろ何も力になれない自身の力不足に憤慨しております…。」
「マスター大丈夫?」
旅の2人へ謝るが、気にかけていない様子。
それでも胸糞悪かったであろう他人の身内話を聞かしてしまったことに対して、僕は深く頭を下げる。
「すみません。」
「…どうか頭を上げてください、私たちは何も気にしていません。」
「うんうん、ホントに、ここにいる誰も悪くないよ。」
少女が心配そうな顔で僕を案じる。
そう、ここにいる誰も悪くないのだ。
ならば誰が悪いのか、悪とはなんなのか、そんなものは決まっている、あの帽子の男【シックバザル】だ。
「2階の準備が済んだのでどうぞっ」
サクラが階段の通路からひょこっと顔を出して旅の2人に告げる。
「…、今度こそ私たちは泊めさせて頂くわけにはいきません。2日もお世話になるなど厚顔甚だしい。」
「あーもう!だからこんな時間に泊めれる施設もないし外は珍しく吹雪いてるんだから大人しく泊まる!」
サクラに背中を押され「いや、」「しかし」と弁解しながらも石像のように階段の通路へと押し込まれていった。
程なくして戻ってくる。
「…アオト。」
「…。」
アイコンタクト。
このアイコンタクトもマスターとマーサさんがよくやっていたものを2人で真似たものだ、目の微妙な動き、筋肉の緩急で相手に要件を伝える。
今のアイコンタクトは、「やるのか?」というサクラからのメッセージ、それを肯定の意味の動きで返す。
倉庫へ向かう。
親の意思は子供が何らかの形で引き継ぐもの。
それは仕事であれ、思想であれ形は様々。
僕とサクラは、今日さっきあの瞬間心に決めた。
————————復讐。
あの帽子の男を考えると心の深淵、最奥からドス黒い感情が際限なく溢れてくる。
奴を生かしてはいけない、奴を生かしておいては今後またこういう事になる、そしてマーサさんの死の実情。
奴は人殺し同然なのだ、このままマスターが職を失えば、もうあの年齢で手に職をつけるなど難しい、恐らく経済的に死ぬだろう。
そう、何が悪いのか。
人殺しを殺しで返すことは悪なのだろうか。
殺しは何も生まないという意見もあるが人を殺すことで満たされる感情があるのを僕とサクラは今実感している。
殺される前に、殺す。
その何が悪いのか、頼れるものなんて居ない、マーサさんを見殺しにしたハンターズギルドも信じられない。
信じられるのは自分が信じた者だけ。
「…。」
大型のナイフを手に取る。
ハンターに憧れていた僕が何年か前に大金を叩いて買ったものだ。
サクラも同じものを手に取る、あの頃は2人でハンターになろうと夢を信じ、2人でこのナイフを買った。
———誰がハンターなんてものになるか。
マーサさんを見殺しにした、あの仲よさげなギルドの関係者、マーサさんが死んだ途端、逃げるように事件から遠のいたあいつら。
ナイフを懐にしまう。
外は吹雪だ、フードも手に取り、羽織る。
この黒色なら吹雪の中正体は分からないだろう。
帽子の男がどこにいるかは分からないが、僕らは裏口から外へでた。
凍てつく逆風が顔に当たり妙に心地よかった。
- プロローグ ( No.26 )
- 日時: 2015/12/06 21:36
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「この吹雪よ、あの男はそう遠くから来ていないはず、こっちの路地を探しましょう。」
「あぁ。」
商店街へ向かう反対の道、つまり入り組んだ路地の更に奥。
深部には物乞いが天気の良い日だといるくらい、治安は良いとは言えない。
そして店に来たときのあの男は目につくほど雪を纏っていなかった。
よってこの付近にいる、と考えるのが妥当だろう。
殺す。
そう実感すると心に暗い炎が宿る。
その炎は僕の内を照らし、力をくれる。
マスターの苦しみの深淵、それを取り除かなければいけない。
ナイフに掛かっている手に力が加わる。
路地に入る。
建物と建物の隙間、吹雪が入ってこないポイント。
風に運ばれた薄い雪の膜にかろうじてそれは確認できた。
「アオト、足跡、その男の足と同じサイズよ。」
サクラの洞察眼に恐れ入る。
普段からどれだけ人間を視ているか良く分かった、今はそれが頼もしい。
慎重に足跡の先を見る、それは角まで続いてる。
身を屈め近づく、さらに深い路地に入りそうだ。
「…手筈通り進めろ、数刻後。」
帽子の男の声、サクラも気付いたようで呼吸を殺す。
ゆっくりと、確実に近づく。
「【ガルフレッド】の者は皆殺しだ、目撃者は全員殺す。」
…ッ!
そこまで強行策に出ていたとは思わなかった。
分析するに、他に誰かいるが声は聞こえない。
しかし足跡がこの路地からは男一人分しか続いてなく、この路地の狭さだ、そう人数は多くない。
腰の獲物に手をかけ、フードを深く被る。
サクラもナイフに手をかけ、すでに臨戦状態だ。
目を合わせる。
————。
時は来た。
「ッッッ…!!」
路地へ駆けこむ、急に殺到した襲撃者2人に気付いた奴が一人だけ。
路地には3人がいた。
帽子の男は一番奥、最も手前のスキンヘッドの男だけが気付いて何か叫ぼうとしているが。
「ッッッカハッ!!」
声にならない悲鳴を上げる。
ナイフの柄での鳩尾への一撃、内臓がひっくり返るほどの痛みだろう、男は白目をむいて倒れる。
ナイフを構え直し握りしめる、後ろを向いている帽子の男の心臓、狙うは一転。
肋骨に遮られないよう刃を横に倒し突進する。
「……ッ!!」
問題なく刺さる。
ナイフの感触は無い、初めてだからだろうか、人を刺した、という感覚はやってこない。
帽子の男が前のめりに倒れる。
———————終わりだ。
「アオトォ!!!」
後ろから異常事態の声、幼馴染の緊急の声に身体を即反転させる。
………それは僕が仕留めてないサクラに任せた男、そいつがサクラを後ろから拘束して、首元にナイフを当てられている。
「だっ、誰だおまえら!ほら!仲間が死んじまうぞ!おい!」
ナイフがサクラの肌に食い込む、あと数ミリ刃を横にずらすだけでサクラの首は裂ける、そんな距離だ。
ナイフを地面へと放る。
目的は為された。
あとは理由を適当に話してサクラを解放させて、【ガルフレッド】へと戻る。
「こぉんのガキャァアッッッッッッッ!!!!!!!」
「ガッッッ!!!!」
視界が揺れる。
鼻孔を血の匂いが充満し、身体に力が入らない。
なんで、どうして。
酸素を失いつつある脳を回すが出てこない。
辛うじて後ろを向く、帽子の男が歪みきった顔でこちらに何か言っている。
おかしい、ナイフは?刺したはずじゃ、死んだはずじゃ。
吹雪が顔へ降り荒ぶ。
僕の意識はそこで途絶えた。
- プロローグ ( No.27 )
- 日時: 2015/12/06 21:38
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
水を掛けられ意識が覚める。
水の温度は限りなく冷たく全身のあらゆる痛覚が刺激される。
ここは…。
身体を動かそうにも何故か動かない、両手を後ろで縛られているのだ。
ここで思考を取り戻す。
「おはようございます。」
「……。」
帽子の男がイスに座り僕を見下している。
ここはどこかの部屋、だろうか、蝋燭のおぼろげな明かりに照らされた室内は木造という情報しか入ってこない。
帽子の男の周りには屈強そうなチンピラ達、そして。
「サクラァッッッ!!!」
僕と同じように縛られているサクラ。
その後ろには下卑た笑いを浮かべる男たち。
「いやぁ肝を冷やしましたよ、まさか【ガルフレッド】のガキが殺しをやるとは。」
「…なんで生きている。」
「このような組織にいるんです、誰に背中を狙われるか分かりませんからねぇ。」
「…。」
「まぁ軽いプレートを仕込んでいました。」
立ち上がり、男の顔に蹴りを加えようとする、回し蹴りの類なら首の骨は容易く折れるはずだ。
「…ッッッ!!」
帽子の男の足が顎を捉える。
座ったまま、足で蹴り上げたのだ。
今の一撃で前歯が折れた、血を含んだそれを床に吐き捨てる。
「アオト、といったか?」
「…。」
「お前とそこの女はあの馬鹿な店主と違って使えそうだ、どうだ、ウチの下で働かないか?」
「…死んでも断る。」
「そうですかぁ。」
男が立ち上がり、足で僕の頭を踏む。
「おいガキ、このままだと死ぬぞ、いいんですか?」
「俺が死ぬのは怖くない!死ぬ覚悟のない奴が殺しをするわけないだろ。」
「…ふん」
頭を蹴飛ばされる。
打ち所が悪く鼻血が垂れる。
「その肝の大きさは褒めてやる、ますます欲しいな。」
「やめて!!アオトに乱暴しないで!」
サクラが拘束されながら帽子の男に懇願する。
その様子を見て周りの男たちが嬌声をあげる。
「…そうか、この女はお前の女か。」
「ッッ!!やめろ!サクラには何もするなッッ!!」
思わず叫ぶ。
空気が数秒とまり、帽子の男の顔が嗜虐的な目でこちらを捉える。
「アオト…お前が私のいう事を聞けばそこの女は解放してやってもいい。」
…………!!
「…何だ。」
「【ガルフレッド】のマスターを殺してこい、そうすればこの女も解放するし一生お前達には手を出さない。」
- 餅栩宛゛ ( No.28 )
- 日時: 2015/12/06 21:56
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
サクラと出会ったのは確か西シュレイドの住民街。
お隣さんで物心つく前から仲が良かった。
戦争があった、親とはぐれた僕たちは兵士の配給や盗みを働いて何とか生きながらえていた。
しかしそれが兵士に見つかり、子供ながらに暴力を受けていたとき、僕とサクラを引き取ってくれたのがマスターとマーサさんだった。
でもどうだろう。
僕の幸せの根源はどこからだろう。
確かにマスターには数えきれないほどの感謝と恩を感じている。
だが僕にとっての何にも代えがたい幸せ、それはサクラの笑顔を見ることだ。
ならばそれを守るために何か大切な物を犠牲にするのは間違いなのだろうか。
そんな答えは分かり切っている。
———間違いだが、正解でもない。
善悪の区別など立場が変わればいくらでも変わる。
物事の重要性も然り、そんなものは時と場合でなんとでも変化する。
マスターを殺せば、僕の。
僕の一番大事なものが守れる。
それなら答えはもう出ている。
「……マスターは、殺さない。」
「な、に?」
「マスターは殺さないしお前の下にも下らないって言ったんだよッッ!!!!!」
それは心の叫び、魂の叫び。
誰かの犠牲の上で成り立つ幸せには何の意味があるのだろうか。
他人は偽善だと罵るかもしれない、でも僕にはそれが受け入れられない。
そして僕がやろうとしたこと、コイツを殺して平和を掴みとる、それこそ今思った事と矛盾している。
だが世の中の物事全てそうではないか、矛盾が無ければどんなに簡単な世の中か、どれほど単純でつまらない世界か。
「…。」
僕の叫びに、帽子の男の顔からにやけが消える。
「おい。」
「へっへ、何でしょう。」
「その女、今ここでヤれ。」
「…へ?」
「ヤるんだお前達、ここで、いくらでもヤれ。」
それは呪詛だ。
この世を呪う呪詛。
そうだ、僕が変な意地を張ったばかりにサクラが危険にさらされる。
サクラを見る。
何だ?
こんな時にアイコンタクトか?
サクラの服に涎を垂らし獣のような男の手がかかる。
なんだ、なんだそのアイコンタクトは。
(アオトは…)
服がはだけ身体のあらゆるところにサクラの何倍もある黒ずんだ男の手がかかる、しかし目線は僕を捉えて離さない。
なんだ、アオトは、僕がなんだ?
(アオトはそれでいい、心配しないで。)
(バーカ、最後までかっこいいんだから。)
(大好き。)
「ゥゥゥゥウウウウウォォォォオオオオオオオオオァアアアアッッッッ!!!!!!!!!!」
目の前に殺到する、させてはならない、サクラを汚してはならない。
しかし身体が動かない、他の男が僕を羽交い絞めをしている、しかし僕は叫ぶ、現実を受け入れられない、だめだ、そんな顔しないでくれ。
「旦那、【ガルフレッド】の奴を捕まえました。」
部屋は扉の開く音で空気を止めた。
「うぅっ…」
「「マスター!!」」
最悪のタイミングで来てしまった。
身体には至るところに打撲の跡が見られ、頭から血を流している。
- プロローグ ( No.29 )
- 日時: 2015/12/06 22:00
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「わざわざそっちから出向いてくれましたね、え?」
帽子の男の標的がマスターへと変わる。
マスターは意識はあるようでぼんやりと帽子の男を睨んでいる。
「ガキを餌に貴方を釣ろうかと思いましたが、手間が省けました。」
「…、その2人を、離せ。」
同じように腕を拘束されており、自由がままならないようだ。
マスターを連れてきた男の手には血の付いた角材、それでマスターを襲ったのだろう。
「ここの前をウロウロしてまして、若い連中で襲いましたが、何人かやられてしまいました。」
報告をする男の頬は膨れ、大きな青たんが出来ている。
拳一つでマスターは僕らを探しに来てくれたのだ。
「ご苦労、後で報酬を渡す、下がれ。」
「はっ」
扉が閉じられ、部屋が静寂に戻る。
「…そこの2人を離せ。」
マスターを蹴り上げ、髪の毛を鷲掴みにし、耳元で帽子の男が告げる。
「状況がわかってるんですかぁ?ご主人、出来る訳ないじゃないですか、この2人を解放したら私、殺されちゃいます。」
あの笑みを浮かべて、マスターの頭を床に叩きつける。
「頼む!何でも!何でもする!あの2人に罪はないんだ!」
「…ほぉう、何でも。」
帽子の男が手下に何か命令を下す。
手下の男が部屋の隅に掛けてあったパイプを帽子の男に手渡す。
「…そういえばご主人、貴方のその右腕には冷や冷やしましたね。」
パイプをマスターの腕に這わせる。
「両腕、いただきます、そうすれば2人は解放しましょう。」
何を言ってるんだ。
料理人にとって腕は命、そしてマスターの腕はハンター時代からの相棒ともいうべき存在だ。
「マスター!わかってますよね!そんな誘い乗っちゃいけませんよ!」
俺の言葉は頭部へのパイプの一撃で遮られる。
意識が揺らぐ。
「ほらぁ、ご主人、早く決めないと、アオトとそこの女も殺しちゃうことになりますよぉ?」
「…いいだろう、この腕持って行け。」
ニタァ、と男の顔が歪む。
手下の男がマスターを数人がかりで抑え、縄を解放する。
マスターは抵抗をせずに片腕、命である利き腕の右腕を前へ突き出す。
「見上げた根性ですね、じゃぁあ、行きますよぉッッッ!!!!」
がしゃり。
とモスの頭骨を粉砕するのと同じような音が響く。
腕の関節部分にパイプが食い込み、右腕は違う方向に曲がっている。
「………!!!」
もはや声も出ない、誰かこの男を殺してくれ。
もう僕は気が狂いそうだ、こいつを殺さないと僕がどうにかなってしまう。
サクラも目を見開いて現実を直視している。
「声を出さないとは、見上げた根性だ、じゃぁあこっちの腕も。」
マスターの目は痛さに血走り尋常じゃない脂汗を掻いているが、僕とサクラを一瞬見てから尚も左腕を差し出す。
「お願い!!もうやめて!!」
サクラの叫び、しかしそれも届かず2撃目がマスターの最後の腕に振り下ろされる。
「ッッッッ!!!!!」
左腕がだらん、と関節部分で垂れる。
あれはもう使い物にならない、それは誰の目にも明らかだった。
「流石は元ハンター、壊してるこっちの手もどうにかなりそうでしたよ。」
手をプラプラと振り、イスに再び座る。
そして最悪の言葉を連ねる。
「2人は殺します。そしてマスター、貴方も。」
「ッッ!!約束が違うッッ!!!!」
今まで黙っていたマスターが叫ぶ。
叫びと同時に奥歯が吐き出される、痛みに耐えるため噛み締めていたのだろう。
「あんなんもの、私を楽しませるための余興ですよ、まぁガキはまだ使い道がありそうだ。」
目線がこちらに来る。
「そこの男は変態共の相手、女は娼館行きですかねぇ。」
あぁ。
誰か、誰かこの地獄から解放してくれ。
マスターは目から生気が抜け、その場に崩れ落ちる。
サクラもそのマスターを見て、先ほどの男の言葉に絶望している。
だめだ、ここで僕まで絶望してはいけない。
この悪、目の前の悪を生かしてはいけない、正義の鉄槌は必ず下るのだ。
それまで僕は、僕だけはあきらめちゃいけない。
「ゥゥゥウウウウウウォオオオオオオッッッ!!!!」
「なんですか、もう気が狂ったんですか、これだからガキは……———
「ぅおっ!!」
「ガッッ!!」
「カァハッッッ!!」
扉の外からの短い悲鳴。
金属の刺突音も聞こえる。
なんだ?
次はなんだ、何が来るっていうんだ。
でも誰でもいい、誰か、この事態を、誰か打開してくれ、誰でもいいんだ!!
「【ガルフレッド】の人!目ぇ瞑って!!!」
扉が音を立てて破壊され吹き飛ばされる。
続いて拳大の球体が室内に放られ。
瞬間、爆ぜた。
- プロローグ ( No.30 )
- 日時: 2015/12/06 22:04
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
閃光玉。
光蟲が絶命時に発する強力な閃光に衝撃を加えた対モンスター用のアイテム。
使用時には同行のハンターにも危険が及ぶアイテムで、対策をしなければ確実に目が眩む。
恐らくはそれが投げ込まれた。
密室空間での閃光玉は閃光が反射に反射を重ね絶大な効果を及ぼした。
目を瞑った僕ですら未だ視界は白い。
しかしかろうじて事態の把握は出来る。
「……。」
「アオト、大丈夫?」
あの奇妙な少女だ、しゃがみこんで僕を覗きこんでいる。
なぜこんなところに?いやそんなことはいい、違和感を感じたのは返り血。
白い髪にもべったりと鮮血が飛び散っている。
「ほい、外したよ、立てる?」
「…。」
「あらま、閃光玉で意識飛んじゃってる?」
「…、あ、立てます。」
何とか声を絞り出す。
現実なのか、夢なのかどうか、それを疑うような光景。
あの人数の男たちが全て、倒れている。
首から血を流し、平等に。
少女の後ろには黒く無反射仕様のナイフを帽子の男に突きつけている色白の男。
「おし、じゃあサクラとマスターを連れて【ガルフレッド】に行ってて。」
「え、あ、君は?」
「あてとにーさんはそこの男にちょっと話があるんだ、先行ってて。」
変わらぬ呑気な返答。
夢か幻かと思いつつ今までの痛みに耐え、現実と認識する。
マスターとサクラを見る。
サクラは指示に従い、意識は保っている、しかしマスターはその場から動いていない。
何かあったか、腕のダメージで気絶したか。
サクラとアイコンタクトを取る、そしてサクラの元へ一足で駆けつけ縄を外す。
「だっせー、前歯無いけど。」
「うるさい、無い胸が見えてんぞ。」
こんな時もいつもの戯れ、しかしそれは僕らに活力を与えてくれる。
サクラと共にマスターへと駆けつける。
気を失っているマスターを担ぐのはきつかったがサクラは外傷をほとんど加えられてなく、なんとか2人で担ぐことができた。
振り返る。
帽子の男に相変わらずナイフを突きつけている色白の男と、付き添う奇妙な少女。
「アオト、行くよ。」
「あっ、うん。」
壊された扉へ急ぐ。
あの2人に任せよう、僕らに出来ることは少女からのメッセージ、【ガルフレッド】へ無事に行くことだ。
- プロローグ ( No.31 )
- 日時: 2015/12/06 22:07
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「にーさん、アオト達行ったよ。」
「…。」
部屋に残された3人。
正確には地下室、道中の【シックバザル】の構成員は皆始末したはずだ、あの3人に危害が及ぶことは恐らくない。
ナイフを更に突きつける。
「ひッ!!」
「もう一度言う…。」
丁寧に、興奮している相手にも分かるように伝える。
「白疾風を知っているか?」
「だっ、だから知らない!私はなにも!!」
力を加える、男の首筋には赤い線が刻まれる。
傷から血がしたたり服へと滲む。
「ほほほ本当です!私は何も知りません!!」
「…。」
「にーさん、この人ホントに知らなそうだよ?」
「黙れ。」
「へーい。」
視線を移すことなく横に対して返事をする。
男の帽子は先の閃光玉の時にどこかへ飛び、その下の貧相な頭髪が晒されている。
「な、なぁアンタ強いじゃないかっっ!ど、どうだぁ?俺と手を組まないか!な!金なら沢山ある!ドンドルマの富裕街でも住めるぞ!」
「ナナ。」
「ほい。」
俺の言葉に応じて少女は白く美しい髪を左右に揺らしながら、男を組み伏せる。
「よっ…と。」
「あっっっっがああぁぁぁあああッッッ!!!」
両肩を外した。
ナナと呼んだ少女は男の服を丹念に調べる。
そして、首を左右に振り次は服をめくり上げる、また首を左右に振る。
「なっ、なんなんだアンタらは、何が目的なんだ!」
最小限の息を吸い、答える。
「【シックバザル】の他の拠点はどこにある。」
その問いに目を左右させ、声高に応える。
「そっ、そいつは言えませんね、掟なので、えぇ。」
「ナナ。」
「ほーい。」
ナナが右腕を抑える、少しでも力を加えれば折れる体勢だ。
「ごっ、拷問ですかぁ?そんなんで私が口を割るとでも………——
「うん、しょ」
バキリ、と正反対に腕が折られる。
「いぎゃぁぁあああああああ!!!!痛い!!痛いぃぃいいいいい!!!」
目が血走り耳障りな声を部屋に木霊させる。
「もう一度言う…【シックバザル】の拠点は他にどこにある。」
「いっ言えば許してくれますか!命を助けてくれますか!?!?」
………………。
………。
…。
「あぁ。」
「じゃっ、じゃあ!ほら!可愛いおチビちゃん!早く背中からどいて!ね!」
「いいの?にーさん」
無言で返す。
意図を汲み取り男の背中から離れる………——
「バァアカめ!!油断したなぁ!!!!」
懐から何かを出そうとする、が。
問答無用で構えていたナイフを胸に突き刺す、男の身体が揺らぎ、硬直する。
「なっッッ!?!?殺ッッ?」
「俺がナイフを抜けばお前は死ぬ、最後だ、他の拠点はどこにある。」
鼻孔を突くアンモニアの臭い、男は目を見開き失禁している。
「どこにある。」
ナイフに力を込める。
「ベルナ村!!ベルナ村近くの龍歴院!!ハンターズギルド内部に拠点がある!!私はそれしか知らない!!!」
聞いた情報を脳裏に刻む。
ナナも今の話を聞き漏らしていないようだ。
「そうか、では。」
ナイフを手放す。
男は後ろに倒れ、無様に天井を向く。
「ちょ、ちょっと貴方!助けてくれるんじゃないんですか!!」
「殺しはしない、後は自分でどうにかしろ。」
「そっ、そんな!話がちがっ……———
「それと俺は殺しはしないが、そいつは知らん。」
ナナが無表情にナイフを構える。
狙っているのは首元、手下の男達と同じく痛みを感じない急所だ。
「ごめん、あてはおにーさんみたいな人許せないんだ。」
「ごめんなさい許してください何でもしますからどうか!どうかぁ!」
「【ガルフレッド】の人たちがそう言ってもおにーさん嘘ついたよね?…ごめん、やっぱり許せない。」
なんでこの少女がそんなことを知っているのか、その悩みを抱えながら、男は絶命した。
ゆらり、と血のこびり付いたナイフを片手に少女は振り返り、微笑む。
「ふいー、お疲れさま、にーさん。」
「さっさと戻るぞ。」
「あいあいさー。」
死体が転がる部屋を後にする。
後始末は俺達ではない者がしてくれるだろう、この殺人は無かったことにされる。
返り血の付いたナナの髪を布でふき取る。
「ん、ありがと。」
「勘違いするな、そんなもの付けていては外の人に怪しまれるだけだ。」
- プロローグ ( No.32 )
- 日時: 2015/12/06 22:11
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
カランカラン。
鐘の音が来訪者を告げる。
予想通りの2人組、旅の2人だ。
「おまたせしました。」
「なんともない?大丈夫?」
普段と調子を変えない2人に少し、ほんの少し恐怖するが、笑顔で迎える。
「本当にありがとうございました、お2人が来ていなければ、僕らは今頃。」
「ありがとうございました!!」
サクラと並んで顔を下げる。
あれから吹雪の中マスターを運び【ガルフレッド】に着いた。
すぐさま暖炉に火を灯し、意識を失ったマスターの腕を冷やしていた。
「いえ、私たちも到着が遅れて申し訳ありません。」
「ごめんね。」
逆に頭を下げられる、そんなことをされては僕らの立つ瀬がない。
しかし聞きたいことが山ほどある。
それはさっきサクラと確認したことだ。
「あの、お2人は、その、何者なんですか。」
核心。
いくら旅の人といってもあの戦闘能力、そして容姿がおかしい。
更に【シックバザル】とも繋がりがある2人の正体を僕らはどうしても気になっていた。
「…。」
相変わらず何を考えているか分からない表情でこちらを見据える男。
逡巡し、口を開く。
「…、暗殺業をしている者です。」
はっきりと、そう告げられる。
暗殺業、すなわち人殺しを生業としている。
昨日までの自分なら嫌悪し、恐れていただろう。
しかし自分は知っている、この2人は性格破綻者でもなければ社会不適合者でもない、ちゃんと礼節を持ち常識を持ち合わせている人間だ。
「…、何か理由があるんですね。」
「はい。」
サクラと顔を見合わせる。
またアイコンタクト、答えは決まっていた。
「正体がバレた以上、ここに留まるわけにはいけません、今までありがとうございました。」
「ばいばい、アオト、サクラ。」
大型金貨を5,6枚を握り手渡そうとする男。
僕らはそれをしっかりと頂く。
「ありがとうございます、では今夜の宿代、食事代、しっかり頂きました。」
「……………は?」
踵を返し去ろうとしていた2人が足を止め、振り返る。
「お客様2名入りましたー!ほら!マスター!!」
サクラの声にマスターが気が付く。
机をベッド代わりにして動けないが、笑顔で2人を迎える。
「大型金貨5,6枚か、生憎俺は腕を振るえないが、うちの若い2人の店主がなんか作るだろ、ささ、座りなさい。」
マスターが上半身を起こして旅の2人を招き入れる。
今日初めての客にして、僕ら初のお客さんは、暗殺業2人組だった。
- プロローグ ( No.33 )
- 日時: 2015/12/06 22:17
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
ある食材だけで調理し、僕ら初、店主としての仕事を終える。
2人は既に2階へいき(またサクラが強引に入れた)1階はマスター、俺、サクラだけになった。
「マスター、腕大丈夫?」
「もうこいつは使えないな、明日朝一番に医者を呼ぶが、なんとか動かせる程度にしかならないだろう。」
それは聞き難い真実だった。
あの元気なマスターの料理をしている姿はもう見れないのだ。
そしてこれからの生活、腕が使えなくては不便そのもの、生活すらままならないだろう。
「なんて顔してんだアオト、サクラ、言ったろ、次の店主はお前らだって。」
「…。」
返す言葉がない。
口では俺とサクラで店を継ぐなんて言っても、覚悟が無かった、その現実を今見せつけられている。
「ごめん、マスター、私まだこのお店継げない。」
サクラが告げる。
同じことを思っていたのか、しかしそれもそうだろう、僕らにはまだ経験が足りないのだ。
あんな数のお客をマスター無しで回せるほどの手腕もなければマスターのトーク術もない、だから………——
「サクラ、お前見損なっ……——
「アオトと結婚する、それでこのお店継がしてよ!」
「「………。」」
マスターと絶句する。
何を言い出すかと思ったら、なんて?結婚?
そんな僕の心境も知らずにサクラが続ける。
「だって私が店主ってだけで評判上がっちゃうし、そんなことしたら毎日忙しくて籍を入れる暇がないでしょ?だから結婚してからお店を再開したいの!」
目を輝かせ、彼女は告げた、初めてしっかりと親同然の、親子の契りをかわした父親に向かって。
「僕からもお願いします、マスター、…いや、お父さん。」
サクラとアイコンタクトを取る、2人考えていることは一緒だ。
「「僕たち(私たち)を結婚させてください!!」」
悩む。
眉間を寄せ、僕らを見定めるように順番に睨む。
……、沈黙が続く。
流石に冷や汗を掻いてきた、十数年間育ててきた子供たち同士で結婚するなんて親の身になって考えろと言われても無茶だ、理解の範疇を超えている。
そして、永い永劫とも思える時間が終わりを告げる。
「式はどこでやろうか、ここはパァーっとどっか式場を借りて……——
「「この心配した時間を返せ糞親父!!」」
- プロローグ ( No.34 )
- 日時: 2015/12/06 22:19
- 名前: 敷島クルル (ID: QRmoI/Ul)
「おはようございます。」
「おはよ、アオト、サクラ、おっ、マスターもう立てるんださっすがー」
2人が階段から降りてくる。
何度見ても奇妙な2人だ、幻想的な白の髪でショートカットの少女。
対するは高身長で病的な色白、しかし体格はしっかりしている目が暗い男。
「ハッハッハ、まだまだ現役だよ、腕が使えないくらいどうとでもなる。」
「ほら、もうすぐお医者さん来るんだからはしゃがないの。」
まるで介護のお姉さんみたいにサクラがマスターをなだめる。
その様子を少女が笑って眺めている。
…、そうだ2人にも伝えなきゃ。
「あの、お2人とも。」
「はい。」
「ん〜?」
「僕たち、結婚することになりました。」
告げた。
なによりの恩人たちに告げなければいけないと、サクラ、マスターと今朝相談したのだ。
普段は表情の読めない男は確かに笑顔を(これでも他の人の笑顔に比べれば遥かに頬が堅い)
少女はぱぁっと顔を明るくさせてくれた。
「これは…!ご結婚おめでとうございます、心からお2人の行く末を祝福します。」
「えへへーおめでとう、アオト、サクラ、似合ってるよ2人とも。」
笑顔で迎えてくれた2人に感謝せずにはいられない。
サクラと顔を見合わせて微笑む。
「なら…」
男が背中の大荷物から何かを取り出す。
「これを、ご祝儀の代わりですがどうか。」
酒瓶を受け取る。
銘柄が見たことのない字だ、マスターに見せる。
見た瞬間少年のような目つきに変わる。
「ぉおおっ!最高品質のブロスワイン!」
「どうかお納めください、ほんの気持ちです。」
ブロスワイン、ココット地方近くの砂漠に生息するという角竜の血を特殊な製法で製造した酒。
僕もカタログでしか見たことないが、値段は一般的な物でも十万ゼニーは下らないという。
「ありがとうございます!」
頭を下げると荷物を背負い、玄関へと向かう2人。
………っと!聞き忘れた!!一番大事な事!
「お2人とも!最後に名前を教えてくれませんか!」
ずっと聞きたかったそれ、僕ら3人はこの2人組を一生忘れることはないだろう。
その問いに柔らかな笑顔を朝日に照らし2人は答える。
「ミナト…、ミナト=カイムです、紹介が遅れました」
「ナナ!ナナはナナだよ!」