二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.1 )
日時: 2015/12/25 23:07
名前: 波音 ◆VMdQS8tgwI (ID: mEKrjB1H)

 ポケットモンスター

 通称ポケモン。この世界に生きる不思議な生き物。陸に生きるもの、海に生きるもの、空に生きるもの。姿形も様々である。



 少女が目を開けるとそこは大空、だった。辺りには目に痛いほどの青が果てしなく続き、眼下には白い雲が綿を敷き詰めたように広がる。その大空を少女は、両手足を広げ縦横無尽に飛び回っていた。さながら、宙を泳いでいるかのごとく。——しかし、感覚はない。暑さも、寒さもない。ここは少女の夢の世界。感じることはできなかった。
 気が向くままに空を泳いでいると、どこからか鳴き声が聞こえた。遥か向こう——太陽から、大量の黒い影が沸いた。影は自由に踊りながら、姿を変える。小さかった影は徐々に輪郭を現して、ついに姿を見せる。それは、空を埋め尽くす程の大量の鳥たち。赤い鳥、ツバメ、ムクドリ。あるいは鷹。また、あるものはフクロウのよう。彼らは敵意を顕にした警戒音を発しながら、一斉に襲いかかってきた。大量の敵意が塊となり、少女を飲み尽くそうとしていた。
 敵意に気付いた少女は、大慌てでその場から逃げ出す。太陽に背を向け、上空に一瞬舞ったかと思うと、急降下した。雲海に飛び込み、雲に紛れて姿を消す考えだ。その後を多くの鳥達が追おうとした。人間と鳥では飛行スピードに差があり、当然鳥の方が速い。ほんの僅かの間に鳥達は少女に追い付き、奇襲を行う。
 鳥達の総攻撃を受けた少女の身体はバランスを崩し、翼を奪われたように落下していく。鳥達が視界から消え、雲が上に見えて。少女が覚えているのはそこまでだ。気がつけば自宅の屋根が見えてきた。ああ、ぶつかる。と少女は他人事のように思い、そして——

「きゃっ!」

 そして身体に伝わる衝撃で、少女——チカは跳ね起きる。本当に空から落ちたかと思ったが、ここは他ならぬ自分の部屋だ。カーテンが閉まっていて、室内は薄暗い。
 夢か、と安堵するが変な衝撃はまだ続く。膝の辺りが痛いのでそこへ視線を向けると、膝の上に乗った生物と目があった。茶色の四肢。長い耳と尻尾。首の周りには、襟巻きのような白い毛。
 チカのポケモンである、イーブイ——ニックネームはミーティア、が地団駄を踏むようにチカの膝を何度も踏みつけていた。膝を震源とした痛みは、ミーティアが原因だったらしい。
 怒りを込めてチカが睨むと、ミーティアは顔色を変えずチカの身体を遠慮なく踏みつけながら、枕元までやって来た。右前足で枕元にある、時計を示し短く鳴いた。

「ブイ」
「え、時間を見ろって?」

 枕元にある白いデジタル時計を手繰り寄せると、時刻は既に八時を過ぎていた。
 そろそろ起きるのに丁度いい時間だ。チカは重い身体をゆっくりと持ち上げ、ベッドから出した足を床に付ける。

「チカ、起きたかしら? ミーちゃんはとっくに起きてるわよ!」

 ドアの向こうから母親の声が聞こえる。

「もう起きてるわよ!」

 半ば怒鳴るように返答し、チカはミーティアと共に部屋から飛び出た。

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.2 )
日時: 2015/12/27 19:48
名前: 波音 ◆VMdQS8tgwI (ID: ECGJb6x4)
参照: 序章

 この世界には、アルバ地方と呼ばれる場があった。周囲を海に囲まれた島国。自然が豊かで様々な種類の生態系や美しい風景の存在は有名だが、特に有名なのは、やはり金や宝石だ。かつて程ではないが、金や宝石の採掘では他地方の追随を許さない。そしめ、アルバ地方、キララダウン。アルバの南に位置する町に、チカは住んでいた。 

 その後階段で母親と出くわしたチカは、着替えるようにと叱られた。仕方が無いので、素直に着替える。白いTシャツに、フードがついた黄土色のパーカー、黄土色の長ズボン。長旅に備えるならこの格好、と両親が決めてくれたものだ。
 この世界では、10歳になるとポケモンと共に旅をすることが法律で許される。本来ならチカも10歳で旅に出る予定だったがチカは学校——ポケモン・トレーナーズスクールにに通っていたため、すぐには旅に行けなかった。ようやく去年卒業し、親と話を説得すること半年。苦労に苦労を重ね、チカはようやく両親旅の許可が出た。

「なに、これ……」

 着替えを済まし、旅への期待で浮かれていたチカ。リビングに広がる光景に絶句する。
 リビングは荒らされていた。棚や食器棚は全て倒れ、色々な物が床に散乱している。窓は割れ、涼しい風がカーテンを踊られながら入っていた。ガラスは母親が片付けたのか、既に見当たらない。

「朝起きたらこんな状態よ。泥棒が入ったみたいでね。あれこれ家探しされたみたい。あ、ガラスが危ないから、この部屋には入らないで」
「何か盗まれたの?」

 キッチンに立ち、こちらを振り向き母親は言った。
 足元に用心しながら、チカは唯一無事であるテーブルとイスに近づく。こんな惨事の中、母親は朝食を作ってくれたらしい。テーブルの上にはスクランブルエッグとトースト、湯気の立つ紅茶があった。
 ミーティアも母親から何かもらったらしく、餌箱に顔を突っ込んでいた。

「何も盗まれてないけど、チカの荷物が特に荒れてたわ。リュックが開いてて、モンスターボールや着替えが床に全部出てたの」
「変な泥棒」

 食べる手を止め、チカは首を傾げる。
 チカの荷物に高級なものは何ひとつない。全てその辺りの店で買える安物であり、売ったところで大した額にはならないだろう。

「数を確認したら、荒らされる前と同じだったから大丈夫よ。それに足あともないなんて、何か怖いわ」
「何がしたかったのかしら」

 部屋を荒らすだけで帰ったらしい泥棒。
 母親曰くチカが起きると二時間前に警察を呼び、あれこれ調べたが何も出なかったと言う。大したモノがないので諦めたと言うのが、警察の見解らしい。 その話をカフェのBGMのように流して聞き、食器を流しに置いく。

「あたしも片付けする」
「何言ってるの。急がないと、ポケモンセンターに遅刻するわよ」

 そう言って、母親はチカの提案を却下した。時計を見れば、八時五十分だった。ポケモンセンターに行く時間は九時半である。まだまだ余裕はあるはずだ。

「これから、フレンドリーショップで買い物もするんでしょ? 片付けはお父さんとやっておくから。チカは安心して、旅に行ってきなさい」
「でも、それ二人で片付く?」

 一階の荒れ具合からして、二人では中々手のかかる作業だろう。人では欲しいはずだ。しかし、母親は首を横に振る。

「あなたの性格からして、片付け途中で切り上げられないでしょ? だったら、最初から手伝ってくれない方がジョーイさんに迷惑かからないわ。さあ、身だしなみ整えて」

 チカは一度作業を始めると集中してしまい、中途半端に切り上げるのが苦手。その性格をよく分かっている母親は速く家から送り出そうとしているのだ。
 その意図を理解したチカは頷き、洗面台に行った。短い赤みがかかった茶色の髪をくしで梳かし、顔を洗う。シャツや上着を整えてリビングに戻り、リュックを背負う。五分ほどで仕度は終わった。
 玄関に行くと、母親とミーティアがドアにいた。母親は真剣な顔付きで、ミーティアに話しかけている。

「でね、ミーちゃん、チカをよろしくね。ほんとはね、私はチカの旅に反対なのよ。あの子もシュウヤのようになるんじゃないかって……」

 母親の脳裏にあの事があるのは間違いない。強い不安と恐怖が顔に現れ、服の裾を掴んだ手は震えている。
 ミーティアは、母親を心配そうに見上げていた。何を言われているのか分からないらしく、戸惑いも混じっていたが。

(ミーティアは、シュウ兄のこと分からないって。……あたしもだけどね)

 旅立ちの日にしては暗い雰囲気を払拭するため、チカは気づかない振りをして玄関に近づく。足音でチカに気付いたのか、ミーティアが右の耳をぴくりと動かし、チカの方を見る。ミーティアの視線を追った
母親は、チカの存在にようやく気が付いた。

「あら、早いわね」

 悲しみを消し、母親はにこやかに笑う。
 その顔にかける言葉が見つからず、チカは笑顔で

「行ってきます」
「身体に気をつけてね」

 これ以上いると、また旅を反対される。
 それを避けるため、チカは短い会話を済ませると靴を履き、ミーティアと共に表へと出た。

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.3 )
日時: 2015/12/29 22:33
名前: 波音 ◆VMdQS8tgwI (ID: w8XrQ/7V)

 キララタウンはアルバ地方の田舎町だ。南を森に、北を草原に囲まれた——自然豊かと言えば聞こえがいいが実際は呆れる程何もない町である。
 家を出たチカは、目的地を考えながら歩いていた。仕事に向かうのか、大人たちがちらほら家から出てくる。
 ポケモンセンターに行く時間はまだ先。少し外でポケモンを探そうかと思い至る。道路に出れば、野生のポケモンたちの世界だ。新しいポケモンが欲しければ、もってこいの場所なのだ。

「さてミーティア、だいぶ時間もあるしポケモンを捕まえに行こうよ」

 ポケモンセンターは、無料でポケモンの傷を回復してくれる、ポケモン専用の病院だ。
 もしミーティアが戦いで傷ついても、すぐに回復してくれるから安心である。そう思い、ミーティアに声をかけたが。反応はしない。何かを訴えるように、じっとチカを見つめる。正確には、チカが背負ったリュックを。

「え、あたしのリュックがどうしたの? 中に何かあるの?」

 不審に思ったチカはリュックを地面に降ろし、開けてみる。朝入れた荷物がそのままあるだけ。何の変哲もない。
 そこへミーティアが歩いてきて、前足を持ち上げリュックに乗せる。何をしているのかとチカが疑問に思う間に、ミーティアは前足で力いっぱいリュックを横に押した。そのままリュックは地面に倒れ、中身が出てしまう。すぐ使えるようにとリュックの一番上に入れていた球体が、いくつも地面にぶちまけられた。地面に鮮やかな紅白模様が浮かぶ。球体は掌に収まるほどの大きさで上は赤、下は白に塗られていた。ポケモンを捕まえる道具、モンスターボールである。

「ちょ、ちょミーティア! あなたゴミあさりなんていつ覚えたの!」

 悲鳴を上げるチカの足下で、ミーティアは両耳をひくひくと動かし注意深く物音を聞いていた。そして転がったボールの一つに右足をくっつけるとすぐに離れ、また新しいボールに触れて。そんな奇妙な行動を何度か繰り返し、再度ボールに触れたミーティアが声を張り上げる。

「ブーイっ!」
「え、なに?」

 ミーティアに背を向け、落ちたボールをリュックに戻していたチカ。大きな鳴き声で振り向くと、ミーティアは一つのボールを右前足で押さえつけていた。ついでにミーティアの周りに落ちたモンスターボールを手早くリュックへ。これで落ちたボールは後一つ。

「これがどうかしたの?」

 かがんでチカがボールに向けて手を伸ばすと、ミーティアは大人しくどいた。
 チカの指先が落ちたボールに触れ、微かな揺れが伝わる。

(あれ、このモンスターボール、なんか揺れてる?)

 ボールを掌に収めれば、振動をはっきりと感じる。モンスターボールが動くのは、中にポケモンがいる時だけだと学校で習った。つまり、このモンスターボールは中にポケモンがいることになるがチカは覚えがない。

「お母さんからのプレゼントかな?」

 チカは母親が旅のプレゼントとして、新しいポケモンをこっそりと仕組んだものと考えた。なら中のポケモンはなんだろうと、好奇心がうずく。中のポケモンを出すためボールの中央部にあるボタンを押すと、ボールが割れた。機械が剥き出しとなったボールから一筋の白い光が飛び出し、膨張、光が消える。期待に輝いていたチカの瞳が驚愕に変わる。

「……え」

 チカの眼前には一体のポケモンがぐったりと横たわっていた。チカの人生で初めて見たポケモンだった。人間か乗れそうな大きな赤い身体。逆だった毛のような尖りがある頭、ジェット機の翼に似た羽、同じく尾翼に似た尾。
 ただでさえ赤い身体は、大量の引っかき傷や噛み付きの跡によりさらに赤みを増していた。ポケモンは地に横たわったまま動かず、声も出さない。薄く開けられた金の瞳だけが、弱々しくチカとミーティアに向けられていた。
 あまりにも凄惨な光景で目を逸らしたくなるが、チカは逸らせない。ポケモンの金の瞳が縋るように見上げてきて、逸らせない。この場で逸らすことができない何かが、このポケモンにはあった。

「ひ、ひどい怪我してるわ。こ、こういう時は……えっと……どうすれば……」

 慣れない光景でチカはパニックを起こしていた。ミーティアも怪我をすることがあるが、ここまでの怪我を見るのは初めてだ。ポケモンを救いたい気持ちと、ポケモンの傷への恐怖が頭を支配し考えが浮かばない。いつもなら怪我をしたポケモンがいた場合どうすればいいのか、分かる。しかし、今に限ってその知識が出てこない。いくら考えても、いくら考えても。
 思い出せ、と己を叱咤すると不意に声が聞こえた。

「た、たすけて……」

 弱々しく、今にも消えてしまいそうな声がした。
 今の声でチカは我に返る。

「誰?」
「苦しい……痛い……」

 何とか絞り出したような声はそこで途絶えた。
 地に横たわるポケモンは既に瞳を閉じていた。苦痛で顔を歪ませ、時折喘いでいた。顔には脂汗が流れ、ポケモンは痛みを必死で堪えているのが分かる。何もできない悔しさでチカは下を向き、脳裏に閃く。ぱっと顔を上げた。

「そうよ、ミーティア。ポケモンセンター。ポケモンセンターに行くのよ!」

 傷ついたポケモンは、ポケモンセンターで回復してくれる。この世界の誰もが知っていて当然の知識がようやく出てきた。
 チカは手にしたボールを横たわるポケモンに向け、再度ボタンを押す。するとボールから赤い光が伸び、ポケモンを包み、そのままボールに戻っていった。ポケモンの姿はない。
 地面に置いたリュックを乱暴に背負い、チカは地面を蹴る。その際、ミーティアはリュックの上に飛び乗った。傷ついたあのポケモンは助けてと言った。なら、助けなければならない。その思いがチカの身体を動かし、いつもより早い速度でポケモンセンターへと向かわせた。

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.4 )
日時: 2015/12/31 22:07
名前: 波音 ◆VMdQS8tgwI (ID: 3rsK9oI3)

 外見は赤い屋根が特徴の病院。それがポケモンセンターだった。アルバ地方の大抵のシティ、タウンに存在するポケモン専用の病院だ。
 チカが自動ドアをくぐると、ミーティアは地面に降りる。幸いなことに中はちょうど閑散としていた。こんな田舎町でも、利用者がいる時はいる。今日は利用者はいなくて幸いだった。

「チカちゃんにミーちゃん。どうしたの? まだ約束の時間までかなりあるのに」

 入口にいた女性——ジョーイがチカに声をかける。ジョーイは看護服を着、赤い髪を耳の下で輪にする独特な髪をした女性だ。ちなみにアルバ地方のジョーイたちは、双子と間違える程顔が似ている。彼女らは皆親戚なのだとか。

「ぽ、ポケモンが……」
「どうしたの? まずは息を整えて」

 全力疾走でチカは息が荒い。ジョーイはその様子からただならぬ事態を察したのか顔が険しくなり、チカに息を整えるよう指示。それに従いチカは深呼吸を数回繰り返し、息が整ってきたところで話し出す。

「ポケモンを見つけたんです。酷い傷で……」
「その子はどこに?」

 チカが右手に握っていたボールを差し出すと、ジョーイは両手でそれをしっかりと受け取った。
 そして少し離れた場にあるカウンターに声をかける。

「タブンネ、ここはお願いね」

 機械が置かれたカウンターにいる二足歩行のポケモンは、タブンネだ。羽根のような形をした耳。ピンクの上着を着た柄にも見える、肌色の身体。青い瞳は慈悲に溢れ、看護師にうってつけのポケモンだと聞く。現に人間の看護師のように、赤いモンスターボールのロゴが入ったナースキャップを被っている。
 ジョーイさんが早足で奥の部屋へ消えるのをチカとミーティアは見送った。

 しばらくして、ジョーイが厳しい顔付きでチカの元に戻ってきた。顔付きで、あのポケモンの容態が悪いのは明らかだった。

「ジョーイさん」
「あのポケモン、ラティアスの傷はかなりの深手だったわ。ここに来るのがもう少し遅れていたら、命が危なかったわ」
「…………」

 告げられた事実にチカは黙り込む。チカが名を知らなかったあのポケモンは、ラティアスと言うらしい。そのラティアスの傷が深かったことにショックが隠せない。地下の足下で、ミーティアが心配そうに見上げる。
 ジョーイはさらに続けた。

「今は薬で眠っているけれど、危険な状態であることに変わりないの」
「助かりますよね?」

 チカは強い希望を込めて聞く。——現実を知りつつも、ただ専門家であるジョーイの言葉でラティアスが大丈夫だと自信をつけたかった。ジョーイが言うから大丈夫なんだと、自分の不安を抑えたかった。
 しかしチカの期待と真逆に、ジョーイは首を横に振る。

「それはあの子次第よ。あの子の体力で乗り切れるか、私には分からない。ラティアスを信じてあげて。あなたのポケモンでしょう?」
「…………」

 当たり前の言葉にチカは何も言えない。医者が万能でないことは勿論知っているから。

「チカちゃんも分かるわよね。救われる命があれば、落とす命がある。医者は何でも治せる訳ではないの」

 ジョーイは無表情で佇むチカを諭す。それこそ駄々をこねる子供に言い聞かせるように。
 分かってる、とチカは思う。ジョーイは頑張っている。ラティアスは頑張っている。ラティアスが助かるかどうかは、彼らに任せるしかない、と。
 そこへタブンネが近づく。動作は慌ただしく、急用であるのが分かった。せわしなく声を出し、ジョーイの服の袖を引く。

「ごめんなさい、ラティアスのところに行かないと。チカちゃん、今日はここの宿を使って。何かあったら呼びに行くから」

 それだけを言い残し、ジョーイは駆け足でポケモンセンターの奥に消えた。

 ポケモンセンターには、無料の宿が併設されている。二つのベッドとクローゼット、四角い机とイスが二つ。チカが泊まる部屋にある家具はそれで全部だった。
 ジョーイを見送った後、チカはミーティアと共に部屋へ来て、ジョーイをひたすら待ち続けた。その間に時はどんどん進んだ。太陽が高い位置に来て、日が沈んで夕焼けになり、月が昇る。夕食はタブンネに頼んで部屋に届けてもらって食べた。結局夕食を食べ終わっても尚、ジョーイは姿を見せなかったが。
 ちなみに今日一日、チカはラティアスの安否を聞こうとタブンネたちを捕まえ聞いたが、教えてくれなかった。タブンネ様子から、ジョーイが口止めしているようだったがよく分からない。それにポケモンセンターの奥に続く道はタブンネたちが通せんぼをして、通行不可。確認の仕様がない。

「ねえミーティア。ラティアスはあたしのポケモンなんだって。変だよね、あたしゲットした覚えないのに」

 入口近くのベッドに腰掛けたチカは、膝の上に乗るミーティアに話しかけていた。することもないため、今日はチカがミーティアに独り言を言う状態が続いていた。

「変なの」

 ジョーイにラティアスは、「あなたのポケモン」と言われたが実際は違う。なにせゲットした覚えはないのだから。誰か他人のモンスターボールが入った可能性も否定できない。
 ミーティアも同意するようには頷いている。

「ラティアス、大丈夫かな」

 もう何度ミーティアに言ったか分からない、この言葉。チカの頭はラティアスの安否に支配されていた。
 朝までは旅立ちに胸を踊らせていたが、その気持ちは既に吹き飛んでいる。それどころか、朝に行うはずだったジョーイとの約束すら忘れている。

 ラティアスの安否は、ミーティアにも分かるはずがない。チカがその言葉を言う度、彼女はただ無言でじっとチカを見つめる。しつこいほど言っているのに、きちんと聞いてくれるミーティアが有難かった。少し不安が薄れる。

「あたしは、ラティアスを信じるよ。きっと元気になってくれるって」

 お礼を込めてミーティアの首筋を撫でててやる。ふさふさした毛皮が指をくすぐるこの感覚がチカは大好きだ。不思議と心が落ち着く。当のミーティアは、気持ち良さそうに目を閉じ、もっと撫でろと言わんばかりにフカフカの毛皮をチカの指に押し当ててきた。それに苦笑したチカは首筋に沿って毛皮を撫で回しつつ、視線は外に向ける。真っ暗な夜空には、半分の月が煌々と輝いていた。雲ひとつない、綺麗な夜空だ。

「ミーティア、あたしもう一回ラティアスのことタブンネたちに聞いてみる」

 ここでじっとジョーイを待ち続けてもらちが明かない。不安を晴らすなら、行動するしかないのだ。ミーティアも同意するように鳴く。
 ドアを開けるとミーティアは、チカの後をちょこちょこくっついて歩く。宿舎とポケモンセンターを繋ぐ渡り廊下を抜け、階段を二階分降りればポケモンセンターに着いた。
 そこでは全身白タイツの怪しい人間がタブンネ二匹相手にまくし立てていた。夜の時間に客がいるのは珍しい。チカは目を丸くする。

「おい。あんたら、ここのポケモンセンターはタブンネだらけだがどうしたんだ?」

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.5 )
日時: 2016/01/01 23:55
名前: 波音 ◆VMdQS8tgwI (ID: nzN0mpIy)
参照: あけましておめでとうございます

 タブンネたちは困り顔で男の言うことを聞いているだけ。人間とポケモンだ、会話が成立しないのだろう。
 チカはタブンネと男の間に入り、助け舟を出す。

「ああ、重症のポケモンがいてジョーイさんがかかりきりなんです」
「あんたは?」
「ここの宿泊客です。お困りのようなので、声かけたんです」

 事情を説明すると、白タイツは朗らかに笑う。

「おお、人間が来てくれて助かった。話が中々進まずに困っていたんだ。なあ、ここにチルットが緊急搬送されなかったか?」
「タブンネ、患者さんにチルットはいる?」

 チカが聞くとタブンネたちは、揃って首を振る。すると、白タイツは忌々しげに舌打ちをした。顔が酷く歪み怒りに満ちたが、チカに向き直る頃には満面の笑みに戻っていた。

「ありがとうなお嬢さん、助かったぞ」

 お礼を伝えると、白タイツはひらひらと手を振りながらポケモンセンターを出ていった。

「何なのあの人?」
 
 変な人間にチカとミーティアは首をかしげるばかりだった。
 そこへタイミングよくジョーイが現れた。

「チカちゃん、探したのよ」
「ジョーイさん」

 探していた人物がタイミングよく現れ、チカは瞬きをする。
 ラティアスの処置は困難だったのだろう。ジョーイの顔に出た濃い疲労の色がそれを伺わせる。ただ、ジョーイは疲れを見せながらも満面の笑みだった。それこそ、全力を出し切り優勝したスポーツ選手のような。

「チカちゃん、ラティアスはもう大丈夫よ」
「本当ですか!」

 今日一日待ち続けた朗報がついに届き、チカは興奮のあまり声を上擦った声を出した。足下のミーティアは、ほっとした顔で口角を上げていた。ラティアスの無事を喜んでいるようだ。

「付いてきて」

 ジョーイに促され、後を付いていくと病室にたどり着いた。 部屋はチカが泊まる寮と同じ程だが、あるのはポケモン用の大きなベッドだけ。大人二人が寝れそうなベッドで、ラティアスは腹を下にする形で眠る。ラティアスの身体は上から下までほぼ包帯。酷い怪我であったことを感じさせ、痛々しい。しかし、眠るラティアスの表情は穏やかだ。薬が効いているのか、深い眠りに落ちている。

「穏やかに寝てますね」

 ラティアスを起こさないよう、小声で話すチカ。口から時折漏れる寝息が生きている証だ。無事に安否を確認できて、チカはずっとニコニコしている。ミーティアはチカの右肩に器用に乗って、ベッド上のラティアスを穏やかな眼差しで見つめる。

「そういえば、チカちゃん。ここに来る前に、大人数のトレーナーとポケモンバトルでもして来たのかしら?」

 思い出したようにジョーイが聞いた。
 ポケモンバトルとは、文字通りトレーナーがポケモン同士で戦わせることである。

「ラティアスの傷は、鳥ポケモンたちによるものね。ムクホークやオオスバメ、ファイアロー……これでもかってくらいに鳥ポケモンたちの傷があったわ。最近このアルバ地方で多発してる、鳥ポケモンによる集団襲撃がよくあるから。傷を見ればわかるの」
(でもあれのターゲットは金持ちだけよね? でも、それって夢の……)

 ジョーイの言う通り、アルバ地方では金持ちが鳥ポケモンに、正確には鳥ポケモンたちとそれを操る謎のトレーナーたちに襲撃される事件が続いていた。泥棒、誘拐による身代金の要求、最悪殺人まで行われているとか。金持ちはこぞって外国まで逃げるが、逃げた先でも襲われると言う。犯人はいまだに捕まっていない。ただ、それのターゲットはあくまで人間だ。特定のポケモンが被害にあった、と言う話は聞かない。
 それどころか、ジョーイが言ったポケモンたち。チカには覚えがある。夢で見た、鳥ポケモンたち。そこに彼らはいた。恐ろしい偶然だ。それに気づき呆然としていると、脳裏に声がよぎる。

『すみません、人払いを』
(また声が……)

 ラティアスをボールから出した直後に聞こえた声だ。ここにはジョーイ、チカ以外に人間はいない。

『あなたとそこのイーブイさんと。三人で話したいのです。お願いします』

 気のせいではない。今度ははっきりと声がした。空気を振動させて発声しているような。普通に口から発する声でないことは確かだ。
 思わず肩にいるミーティアに目をやると、ミーティアは耳をピンと立たせていた。どうやら、彼女にも聞こえたらしい。ふと、学校で習ったことを思い出す。

「あのジョーイさん、あたしラティアスの側にいたいです。二人きりにしてもらえませんか?」

 チカは声の指示に従い、自然にジョーイが出ていくよう仕向ける。

「いいわよ。私はカウンターにいるから、宿舎に戻るときは声をかけてね」

 ポケモンと二人きりになるのは至極当然のこと。ジョーイは疑いもせずに部屋から出ていった。部屋に残されたのは、チカとミーティア、ラティアスだけ。

 ジョーイが消えたのを確認し、チカはラティアスに向き直る。

「昔学校で習ったわ。ポケモンの中には、テレパシーと言って自分の考えを伝えられるモノがいるって」

 ラティアスの金の瞳がチカとミーティアを捉える。

「あの声はあなたね、ラティアス?」

 チカの問にラティアスは——

Re:  ポケットモンスター 夢幻の世界へ ( No.6 )
日時: 2017/04/16 12:25
名前: 波音 ◆NRtIkON8C2 (ID: nVITTUo/)

お久しぶりです!
長く放置してすみません。そろそろ更新しようと思うのでまたよろしくお願いします