二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.11 )
- 日時: 2016/04/19 08:46
- 名前: N ◆kXPqEh086E (ID: iqzIP66W)
遥か西の水平は赤く燃え上がっていた。今すぐにでも駆け付けたい、そんな思いを噛み殺しながら矢矧は拳を握り締めた。軍役にある以上、命令無視は愚行であり、最大の禁忌である。時には戦友を信じるという事も必要なのだ。傍らの伊勢はそんな矢矧の様子を見ながら、腰に差した軍刀僅かに抜いたり、収めたりと音を立てていた。厭に静かな海に、その音だけが鳴り響く。潮騒は耳に入らない。それ程までに神経は研ぎ澄まされているようだ。
神通から西口に展開するようにと指示があったのは、物の1時間半前。大島と思しき箇所から火の手が上がりだしたのは10分程前になるだろうか。今川直海に指示を仰ぐも「待機命令」が出た。恐らくは深海棲艦の組織戦闘の一環であろう。東口に別働隊を出し、大湊の面々を平舘海峡に張り付け、一方では昨晩の戦闘で疲弊した大島へ攻撃を仕掛け、函館の面々が救援に向かった途端に、西口を突破。平舘海峡入り口を西と東から挟撃しつつ、函館の港湾設備を破壊し函館分遣隊の帰港先を喪失させる。何者かの指示を受けているのならば、こうするのが定石であり大島に救援が来なかった場合でも、大島を陥落させ翌日の第三次攻撃を発動するのみだ。
「……今川司令も悩んでる。霧島達を信じるしかない」
彼女達が打ち勝てば、全ての事は解決する。この組織的攻撃は函館分遣隊を引き付けるか、大島を陥落させなければ成立しない。函館分遣隊が大島に向かわない以上、大島を陥落させるしかないのだ。
矢矧を励まそうとした日向には言い得がたい不安と、微かな希望が胸の中を去来していた。大島を指揮するのは武闘派として名高い霧島、その配下には戦意の高い青葉が居る。
「そないな事言ったってぇ、由良も長波も死にかけてんやろ? うちは無理やと思うけどなぁ」
「黒潮、口を慎め」
「なんや怖い顔して。うちは正直に言うてるだけやで」
油を差すような黒潮を咎めると、黒潮は拗ねたように海面を蹴り上げた。彼女は良くも悪くも正直で、リアリストな一面がある。数的不利を覆すのは難しい。それは自分達が昔経験した事であり、現実である。今の霧島達もそのような状況に陥っているのではないかと思うと、何処となく苦々しく思えてきた。
「……艤装も壊れて、弾も油も無くなって。————終いや」
黒潮も恐らく日向と同じ事を考えていたのだろう。思わず飛行甲板で黒潮の頭を殴り付けそうになったが、伊勢の真似をして軍刀に手を掛け、苛立ちを収めようと勤めていた。
「飛鷹。一機偵察機を飛ばせるか?」
「えぇ、一機くらいだったら」
「大島を見てきてくれないか」
「……えぇ。酷かったら何も言わないわ」
「そうしてくれ」
もし勝っているのならばそれで良し。全滅しているようであれば仕方なし。そうとしか自分を納得させる事が出来ず、今自分達が大島に出来る事は此処に留まり、無事を祈るだけであった。
大島沖は真っ赤に燃え上がり、夥しい数の残骸が浮かんでいる。そこに居たのは前時代的な巨大な戦艦と重巡洋艦、そして一隻の駆逐艦だった。彼女達に相対するは真っ黒く、艦橋から青白い光を漏らす奇妙な艦達。それらは彼女達から10kmばかり離れた場所に艦隊を成している。空母を中央に据え、陣形の東西に重巡洋艦。空母の目の前には軽巡、背後には対潜哨戒目的の駆逐艦が居り、最も前に艦は居らず潜水艦を配置しているように感じられる。
「……多勢に無勢ね」
「青葉はまだ戦えますよ。弾も燃料もありますから」
「ま、巻雲もいけます!」
そう僚艦は意気軒昂をアピールするも、戦闘艦はたったの三隻のみに留まっている。日本海を南下するように退避させた秋津洲や明石は無事だろうか。そんな事を考えながら戦う術を考え続ける。潜水艦が居る以上、巻雲を失う訳にはいかず、空母が居る以上は対空に注視し続ける必要が求められ、対艦に全力を注ぐ事は出来ない。生存する事を考えるならば、大島を放棄し自身が殿を努めつつ、舞鶴まで後退するしかないだろう。だが、それでは津軽海峡の目の前まで深海棲艦の前進を許し、第三次攻撃が発動された段階で戦局は厳しい事となる。
「……此処で沈む覚悟は出来たかしら」
「青葉は沈みませんから」
「仕方ないです。そもそも巻雲は人間じゃないから、ぜっ、全然悔いなんて……」
青葉は覚悟を決めているようだ。巻雲には覚悟が伴っていないような上に、言葉を淀ませている。だが最早、引き返す事は出来そうにない。彼女には気の毒だが、黄泉路を共に歩み、海底まで供をしてもらうしかなさそうだ。
「覚悟は出来たようね。————弾残して、沈むなんて考えられないのよ」
錨鎖をウィンチから放ち、鎖と錨が海へと身を投じるか、投じないかの寸でで缶を最大戦速まで押し上げる。このまま走り続ければ缶が火を噴く事だろう。己を己で焼き尽くす事だろう。だがしかし、そんな事はもう関係はない。燃え尽き、弾が尽き、敵を一隻も残らず屠り己の身を擲ってでも、大島は守り抜く。そう心に決めたのだ。最大30ktの速力は、そう簡単に出やしない。しかし敵の陣形に到達する前には、その速力は出るはずだ。すれ違い様に前方の35.6cm連装砲、2基4門を斉射し、敵陣形を抜ける際に後方の2基4門を同様に撃ち込む。回頭時に右舷副砲8基8門を撃ち込む。僚艦を巻き込む可能性こそあれど、彼女達も霧島の事など顧みず、水雷、砲撃、出来うる限りの攻撃の術を尽くす事だろう。ソロモンの夜が脳裏に過ぎり、思わず笑みが毀れる。誰かがこんな風に使ってくれる事を待ち望んでいたが、まさか自分でこのような死に際を選ぶとは思いもしていなかった。
「司令、霧島は死に場所を見つける事が出来ました」
誰にも聞こえるのない、独白を口走り眼前に迫りつつある、敵を見据えていた。敵艦隊へ向け探照灯を照射すれば砲火は、霧島へと集中する。だが、そんな事は知った事ではない。船体へ1発、また1発砲弾がめり込み、身を捩り思わず悲鳴を挙げそうになるが、それを押し殺し深海棲艦へとただ単純な殺意をぶつける。後方に続く青葉と巻雲から魚雷が発射されるのを確認するなり、2基4門の主砲を撃ち放つ。真っ黒い煤と砲煙、炎に紛れ放たれた鉄の砲弾は空母ヲ級の船体にめり込み、火柱を上げながらそれが大きく傾いていく。僅か遅れながら魚雷が重巡ネ級の竜骨を圧し折り、大きく右よりに傾きつつあったが砲撃を止める事がない。いずれ止む事だろう。
「各艦! 重巡ネ級へ集中砲火を行えッ! 誤射は気にするな!! 全てッ!……全て殺せッ!!」
雄叫びのような霧島の指示に、霧島の右舷側を航行していた巻雲はネ級へ横腹を見せるように回頭し、12.7cm連装砲を撃ち込みながら、魚雷管をネ級へと向ける。ネ級の後ろには霧島が回頭し、逃げ場を塞いでいた。外せば全てが霧島へと当たるが、気にしては要られない。彼女は死を決めたのだ。海中を走る魚雷は3発。うち2発はネ級の艦首と横腹を貫く事だろう。しかし、残りの1発は霧島の左舷、艦尾を目掛けて航走している。次の瞬間、ネ級と霧島へ水柱が上がり、両者の船体が傾き始めた。ネ級は船体を二つに圧し折られ、霧島は右舷側へと傾斜し始めていた。傾斜しながらも霧島は軽巡ツ級を副砲で貫きながらも、反撃が原因で火災が起きていた。最後に残っているであろう、水上艦である駆逐ニ級に関しては20.3cmの砲弾を浴び、炎上していたが潜水カ級の姿が見えず、巻雲がソーナーを発信させた瞬間、再度霧島の船体に水柱が走り、右舷側への傾斜が酷くなっていく。
「霧島さん!」
「まだ……、問題ないわ」
次の雷撃までは時間がない、健在を主張する霧島であるがその声は既に消え入りそうな代物だった。巻雲のソーナーはまだ潜水カ級の姿を発見出来ずにいる。その時だった。中空から何かが海中へと向けて飛来し、水柱を上げると共に海中で轟音が鳴り響いたのは。
「青葉見ちゃいました……」
朦朧とする霧島には捉えられず、海中に気を向けていた巻雲にも捉えきれない。しかし、青葉は見ていたのだ。海中へ飛び込んでいった、「矢」の正体を。