二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.15 )
- 日時: 2016/04/22 00:06
- 名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)
船渠の霧島は、漸く自分の思い通りに動くようになった右腕を挙げ、きちんと指が5本揃っているか、数えようとするも近眼のせいで全く見えずにいた。顔の前まで手を持ってきて、ようやく指の本数が分かる程の重度な近眼。以前、大淀も言っていたがコンタクトの方が良いのだろうか、と頭を悩ませる。
(眼鏡……)
心なしか大湊の艦娘は目を患う者が多い。大淀は元々、伊達眼鏡だったが砲炎が原因で眼底組織が焼けてしまい強い光を嫌う。現在使っている眼鏡は普通の眼鏡に見えるが、遮光眼鏡との事らしい。特に夜間の戦闘では、何も見えなく事があるらしく本来であれば、照明弾などを使うのも嫌だと愚痴っていた。
巻雲に至っては元々視力が弱かったが、これからもっと酷くなる事だろう。木曽についてはあの眼帯の下には、艦娘になる前から目がない。また一見、何も目が悪そうに見えない艦娘——利根、矢矧、川内——達も大淀と同様の原因で目を患っていた。
霧島が思うに元長門である今川直海も同様に、砲炎が原因で目を患ったのであろう、全盛期時代には試製と言えども51cm連装砲を常用していた彼女だ、砲炎は他の艦娘と比べ物にならないほど見ている。それ故に艦娘を退任した後の、日常生活に支障を来している。かつての長門が白杖片手に歩く姿はなんとも忍びないものであると霧島は感じていた。
「なんか考え事でも?」
「えぇ、まぁ、そうね」
傍らで船渠から首だけ出した青葉が問う。外見上は無傷の青葉だったが、自身の20.3cm連装砲の砲身を取り急ぎ、素手で交換していたためか両手に重度の熱傷を負っており、一部は骨のまわりにまで達していたため、入渠するはめになっていた。
「あなたは目とか大丈夫?」
「青葉は撃つ時、目を閉じます!」
「えぇ……」
「その反応は青葉を疑ってますね? きちんと当たりますよ!」
よく当たるなと感心すると同時に、やや呆れたような声を霧島は挙げた。連装砲とはそもそも何発も撃ち込み、状況を見ながら射撃管制を行うのが目的で連装だというのに撃つ瞬間に目を閉じれば、弾着の確認が出来ない。修正を繰り返してから初めて目を閉じるというのなら分かるが、青葉の目を閉じる発言は霧島の理解に及ばない事柄だった。
「皆が戦う姿を青葉は記録しなくてはなりませんし、そのためには青葉の目は命の次に大事な物なんですよー」
そうにへらっとした笑みを湛えた青葉だったが、彼女の記録は確かに次の戦闘に役立つ物が多く、その一言に思わず霧島は納得させられていた。恐らく、青葉の思いとしてはそれ以外の所にあるのだろうが。
どうにも傍らの青葉の雰囲気に飲まれつつあったが、彼女の戦時の猛々しさとは異なる温和なオーラは心地よい代物だった。ここに巻雲や由良、長波が居ればいつもの穏やかな大島の空気になるのだが、彼女たちがここに居ないのが悔やまれた。
(……ま、いいか)
大島の艦娘達はそうそう内地には来られない。たまには羽根を伸ばし、緊張、緊迫しきった神経を休ませるのも必要だろう。
「出渠したらどこか行く?」
「青葉は写真整理しなきゃいけませんから」
彼女が佐世保からやってきた時、キャリーケースと人一人入りそうな程に大きなボストンバッグを担いでいた。そのボストンバッグの中には、かつての戦友達の写真や、戦闘記録が入っていた。その戦友達の写真には日付が書かれた物があり、その日付は轟沈した日付をであった。そういった日が近づくと決まって青葉は「写真整理」という言葉を持ち出す。また、その戦友の死を悼むのだろう。
「……もうじき青葉の元上官が沈んだ日になります。その日には多分、青葉大島に帰ってると思うんです。だから、今日あの人が好きだったものを写真に備えようと思ってまして」
「佐世保に居た頃の話かしら?」
「そうですね。佐世保です。あのー、霧島さん、大湊のお菓子屋知りません?」
「夕立に聞いてみたらどう?」
「あの子、基地で見た事ないんですけど」
青葉の元上官、それが誰なのか霧島は知る由もなく、沈む艦娘は数え切れない程に居る。それを詮索するような事はしたくもなければ、青葉もされたくないだろう。長く海で戦っていれば、新たな戦友との出会い、戦友との別れ、枚挙しきれない程の色々な事があると、霧島は一人納得するように瞳を閉じたのだった。
盲を患い、微かにしか利かない瞳であっても、その破片は明らかにミサイルの代物だと見て取れた。かつて長門であった今川直海は白杖を片手に、その破片の前に立ち、言葉一つ発する事なく見つめている。
「南沢君。これは私見が間違っていなければ、アスロックに見えるのだが如何に?」
「ご名答と言った所ですかね。間違いなく07式アスロックの外殻でしょう」
07式垂直発射式対潜ロケット。現場の人間は南沢と呼ばれた技官や護衛艦の乗員達は07式アスロックと呼ぶ。水中を航走せず、一直線に潜水艦へと向かうそれは第二次日中戦争の際に、多くの中国人民解放軍海軍所属の潜水艦を撃沈、漁礁にしている。米海軍からは必ず命中する事から北欧神話に登場する必中の槍「グングニル」というコールサインを付与された代物である。
「南沢君。きよなみは修理するのかね」
「今年度は“たかクラス”の定検が控えており、しんようが国債工事となっております。歳出予算に関しても大湊で修繕するだけの余裕はなく、今年度中の臨時修理立上は無理でしょうな」
「首を失って、彼女は痛いと泣いているぞ」
翳りと含みを持たせた今川の物言いに、南沢と呼ばれた技官の男は得も知れない好奇心を抱いた。元艦娘はよく艦の声を聴くと言われており、ある元艦娘は沈没した浦風と信濃の居所を発見するに至っている。今川が冗談ではなく、本当に「きよなみ」の悲痛な声を聴いているとすれば、目の前でその超常を見ているのだ。
「本当に聞こえているなら、奇妙な話ですがね」
などと意地の悪いことを言ってみると、今川は閉じた瞳を微かに開いて南沢を見据えながら、胸の前で腕を組み、意地の悪い笑みを浮かべて口角を吊上げる。彼女が艦娘だった頃は、笑みを湛える事なくこの立ち方をしていた。相対した武蔵も似たような事をしていたが、彼女は最早この世の者ではなく、その亡骸は沖縄の藻屑と化している。
「いつだったか。……噂が好きな“すおう”が言ってたぞ。お前と明石が、第六突堤で2200頃、逢引してたと。……なぁ、南沢。明るみに出てはまずいよなぁ」
「……今後もしっかり働かせて頂きます」
危ない橋を渡り、地獄の釜の蓋は開くべきではない。そう肝に命じ、小さく頭を垂れた。逆らってはいけない。これ以上、追求してはいけない。そんな気がしてならなかった。
「頼むぞ。……ところで南沢君。函館分遣隊用に船渠を調達してくれんかね」
「え、いやぁそれは……」
「明るみ出ればまずいよなぁ」
「やらせて頂きます」
函館分遣隊が使用するドックを買えという今川だったが、明石との関係が明るみに出るより幾分マシで、予算がない状況でもまだやりようはある仕事である。首の皮を繋げる事を考えるしかない、と南沢は深々と頷いたのであった。